閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

トロフィー・その2

2018-12-09 23:19:29 | 日々

本日は黒の女王。
外から見たらチェスの駒のようだった。

 

ダブルで。
コマ吉は、もう誰と並んでも「小さい」という感じがしなくなったね。

いつも出窓の写真ばかりなのはどうしてかというと、ごちゃごちゃ物を置いてないのはここだけだから(笑

 

西の窓からは、ときどき息をのむような光景が見られる。

小さい頃から「窓」が好き。
2階以上の高いところの窓や、出窓は特に好き。
神戸で住んでいた3階建ての集合住宅には出窓があった。
正確にいえば、外に張り出した出窓ではなく、窓の内側に低い台があるのだけど。
台の下には、スチームの管が通っていた。冬の夕方になると、管理人のおじさんがコークスを焚き、煙突からもくもくと黒い煙が上がり、やがてボイラーの蒸気がやってきて、ほんのり暖かくなる。半世紀前のセントラルヒーティングである。
でも、スチーム暖房のことは、うっすらとしか覚えていない。小学生の頃には、すでに各家ごとにガスや灯油のストーブがあり、もうコークスは焚かれなくなって、設備だけがそのまま残っていた。
その「出窓」で、よく遊んだ。高さが子どもにちょうどよかったし、絵を描くのも、折り紙やおはじきも、畳の上より平らな台のほうが具合がいい。表面はすり減って木目が浮き出し、ところどころ節があったり、隙間があったりする。隙間に紙人形を立てて遊ぶこともできるけれど、気をつけないとすとんと下に落ち込んで取れなくなってしまう。
台全体を鍵盤に見立てて、でたらめな歌をうたいながらピアノを弾く真似などもしていた。たぶんオルガンを買ってもらう前のことだから、4歳くらいの記憶だろうか。
でも、遊ぶより、外を見ているのが好きだった。
うちは2階だったから、庭で遊んでいる子どもたちの声は手に取るように聞こえ、まるで一緒に遊んでいるような気がする。出ていって仲間に入るより、見ているほうがよかった。
庭に誰もいないときは、鳩の群れが舞い降りたり、砂場で雀が砂浴びをしたりするのを見ていた。
風の日はヒマラヤ杉の枝が揺れるのを、雨の日は軒から落ちる雨だれ越しに、濡れているぶらんこや滑り台を見ていた。
いまも、すこしも変わらない。
黙ってひとりで見てきたもの、心に溜めてきたもので、わたしはできていると思う。

 

窓のそばで
竹下文子・作
南塚直子・絵
偕成社 1990年

「窓」をモチーフにした短い連作が10本と、ちょっと長めのがひとつ入った短編集です。
すでに古本しか手に入らないけれど、これは法外な高値がついたりしていないので、いまのうちに(笑)。

<12月12日追記>
と書いたら、ぱたぱたと売れたみたいで、高いのしか残ってませんでした。
古本屋さんの売り上げに協力しているわけではないけれど、倉庫に眠っているより誰かに読んでもらえるほうが、本も作者も幸せです。お求めくださった方ありがとうございます。

 

出窓じゃないのも1枚。
これは1階の猫ドア(内側から見たところ)。
ドアの開け方は猫それぞれ微妙に違っていて、基本的には、前足でちょいちょいと押し、隙間ができたところに頭を突っ込むんだけど、きなこは、前足を出さず、左のほっぺで「うにゅっ」と押して、そのまま入ってくる。
その瞬間がカワイイので撮ってやろうと狙っているのですが、なかなかタイミングが合わず。
このあと、ドアを通過中に、猫とは思えないほど平べったくなる一瞬があるんだけど、そっちも動きが速すぎて撮れない。
通過してしまえば、あとは2階までノンストップの快速きなこ。

 

本日の「いいね!」


Fibonacci Konnakol

むー、難しすぎるー(8以上は数えられない・笑)

 

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