閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

ブレーメンの謎

2011-09-27 09:31:54 | 

荷物を運べなくなったロバ。
獲物を追いかけられなくなった猟犬。
ネズミをとれなくなった猫。
スープのダシにされる運命の雄鶏。
みんなでブレーメンへ行って音楽隊に入ろう!

・・というのが、グリムの「ブレーメンの音楽隊」。
ブレーメンというのはドイツで10番目に大きな都市で、
市庁舎のそばには、この有名な4匹の像もあるそうです。

しかし、よーく考えてみると、彼らはブレーメンに
たどり着かなかったし、音楽隊にも入らなかった。
音楽を演奏するシーンも、ひとつもありません。
にもかかわらず、この話は「ブレーメンの音楽隊」として
世界中に広く知られているのが不思議。

そもそも、「音楽隊に入ろう」と言ってるのはロバだけ。
他の3匹は簡単に「同意した」だけ。

 「ものは相談だ、どうだい」と、ろばが話をもちかけました。
 「おれは、ブレーメンへ行って、楽隊になるんだ。
  いっしょに行って、貴公も楽隊へ入れてもらえや。
  おれは琵琶を弾く。貴公は鍋太鼓を打ちなよ」
 (金田鬼一訳「完訳グリム童話集1」岩波文庫)

いくら古い訳(昭和28年改訂版)とはいえ、
「琵琶と鍋太鼓」はないでしょうよ。
これだから昔の翻訳本って楽しいんだなあ。

で、それはどうやら「リュートとティンパニ」のことらしい。
しかし、ロバがティンパニならともかく、リュート弾くかしらん。
しかも、かなり自信ありげに勧誘しているんだけど。

さて、今回、調べていたのは、昔のブレーメンの町に
「お抱え音楽隊もしくは楽団」なるものが実在していたのかどうか。
そして、リュートとティンパニのパートがあるというのは
いったいどのような曲だったのか。

ではなくてね(・・すみません;)

「ロバはなんといって鳴くのか?」

です。

 これだけのしたくができると、動物たちは、
 あいずにしたがって、 いちどきに音楽をやりだしたものです。
 ろばが割れ鐘のような声を出せば、犬はわんわん、
 猫はごろにゃーオごろにゃーオ、それにおんどりが
 のどもさけそうな時をつくったかとおもうと、
 窓ガラスを、がらがら、がらがら、ぶちこわして、
 窓からおへやのなかへなだれこみました。
 (出典は上に同じ)

犬、猫、雄鶏。
これらはまあ誰でも異論のないところです。
しかし、ロバは?
わたしは聞いたことがありません。
ほとんどの人が、ないでしょう。
「割れ鐘のような声」??

念のため原典をあたってみると、ドイツ語では
schrieと書いてあり、これは「叫んだ」という意味らしく。
(そもそも、ドイツ語でも英語でも、ここは擬音は使われていない。
日本語では「擬音」+「鳴く」になりますが、あちらでは
「犬が吠える」「猫が鳴く」に相当する動詞がそれぞれ別にある・・)

既訳をいくつか見てみると、子ども向きには「ヒヒーン」が多いかな。
馬に近い動物だから、ヒヒーンで、いいのか?

百聞は一見に、じゃなくて、百読は一聴にしかず。
動画検索して、国内、国外、いろいろ聞いてみたのですが、
これがまあ、なんとも形容しがたい鳴き声。
「ヒヒーン」では・・ないような。
フガーとか、クエーとか、ゴアーとか、ブーヒーとか・・
はっきり言って、鳴き声というより、「うるさい音」であります。

あ・・そうか。
ロバという動物はあんまり音楽的じゃないということを、
昔のドイツの民衆はよく知っていた。
もちろん手(足)先が器用じゃないってことも。
そんなロバが、リュートを弾くつもりでいる。
楽団に雇ってもらえる気でいる。
そこのところがおかしくて笑える話、だったのか、これは。

一方、たとえばハンス・フィッシャーの描いた
「ブレーメンのおんがくたい」(福音館書店)の表紙では、
ロバは背中に小太鼓をのせております。
犬はトランペット、雄鶏はクラリネットだろうか?
猫は・・絵本が手元にないためちょっと確認できませんが、
別の絵本では、猫がヴァイオリンを持ったものもあるようです。
実際に楽器を持つか、持たないかで、
この話のイメージはがらっと変わることになります。

もし「楽器の演奏もできる器用な賢い動物たち」だったら。
それなら、やっぱりブレーメンへ行ったほうが、
彼ら自身のためにも、よかったんじゃないかなあ。

まじめにこつこつ働いて定年を迎え、これからが第二の人生。
気の合う仲間と集まって、趣味と特技を生かして、
もう一花咲かせようじゃないかと、思ったわけでしょ。
せっかく途中まで行ったのに、泥棒の上前はねて
満足して終わりなんて、つまらないではないか。

と、思うのは、たぶん、現代だからでしょうね。
荷物運びだろうと、音楽隊のリュート弾き?だろうと、
人に使われて働くことに変わりはないわけで。
働かずに一生安楽に暮らせれば、それほど幸せなことはない。
泥棒の家に行き着いたのは、宝くじにあたったようなもの。
誰もがよろこぶハッピーエンドの形であったかもしれない。
(泥棒というのは、民衆から搾取している地主、統治者の暗喩・・
という解釈もありますね)

わたしはフィッシャーの絵が好きなので、
この愛すべき絵本がロングセラーなのは嬉しいです。
文章とは裏腹に、動物たち、可愛いでしょう?
働けなくなって捨てられた、というみじめっぽさがなく、
みんないきいきと楽しんでいる様子。
だからこちらも安心して見て楽しむことができます。

しかし、元の話は、たぶん、そうではなかった。
年をとり、体力は衰え、しかし人生経験は豊か。
思い込みは頑固で、あつかましく、したたか。
そういう中高年4人組が、共謀して行動を起こし、
まんまと成功する話。
それに「どこが音楽隊だよ」と突っ込みの入るタイトル。

うーん。
この話の鍵をにぎるのは、ロバのような気がする。
ロバの鳴き声が、分かれ目ではないかと。
しかし、
その鳴き声を、文字でどう書き表せばいいのか、
という肝心の問題が、いまだ解決されておらず・・。

 

(追記)
この続きはこちらです →リュートの謎 

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