ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

雑感

2010年03月17日 | ノンジャンル
「兜の緒を締めよ」

春を前に、大きな仕事を終え、業績に苦しんだ一年を
思いもよらぬ大逆転で有終の美を飾り、息子の受験も
一応終わった今、暖かい陽気に身も心も弛みがちである。

新たな年(会計期)に向けて、その余韻が自身を意気揚々と
させている面も確かにある。

先にも書いたが、実はこの時こそが一番危険な時でもある。
つまり、最も隙ができやすい時なのである。
その隙に付け入られれば、たちまちに高転びにこける
ことにもなる。

完勝とも言える、連合艦隊解散の辞で、秋山真之はそれを
「古人曰く、勝って兜の緒を締めよと。」と結んでいる。
この言葉を決して忘れてはならない。


「良薬口に苦し」

病に苦しむものに、それを癒す良薬を知るものが
それを教え、飲ませようとするのは人情である。

その薬の苦さを毛嫌いし、それを勧める人を憎み、罵り、
薬を飲まなければ、いつまでも自分が苦しむだけである。

だが、飲ませようとする人は、何とか飲ませようと
様々に考えを巡らせるであろう。
飲め飲めと、うるさく言っても飲まなければ、
なだめすかして飲ませようとするかもしれない。

あるいは、その薬だけを置いてその人から離れ、
飲む飲まないを、その人に委ねるかもしれない。

結局、苦しむ本人が、その薬を自ら飲まなければ
苦しみから逃れることはできないからである。

置いてきた薬を、苦しむ人が早く自ら飲むことを
祈るのみである。


「不言実行」

仕事というのは、有言実行の世界である。それによってのみ、
社会的信用というのは得ることができる。
実行のないところに、信頼はない。

有言不実行では、家庭にせよ社会にせよ、およそ人との
関わりの中では、信用を失うのみである。

弁解不実行というのは、最も見苦しく、実行しないのなら
不言不実行で良いのである。それはその人だけの問題である。

人徳とは、有言でも弁解でもなく、ましてや主張でもなく、
己の為すことを坦々と為していく、不言実行の人にある。
その人にこそ、人は無量の信頼を置く。

有言実行より、不言実行へと昇華していきたいものである。


「問題の所在」

物事を冷静に見極めていくと、ほとんどの問題は
自身の内にあることが多い。その所在を外に求めるから、
仮にその問題を解決できたように見えても、自身の内の
問題は何も変わりないことに気づかされる。

反対に、自身の問題ではないことに引きずられる場合がある。
問題の本質と、その所在を見極めて、それが自身の内では
ないなら、わざわざそれに悩む必要はない。

他の問題を、自身の問題として共に悩み、解決へ向かおうと
するなら、それは顔を合わせ、声に出した言葉を交わし、
瞳を合わせ、時に手を触れ合う人と人との交歓がそこに
無ければ難しい。

想いだけでも、言葉だけでも足りないものを、
人は人と会って交換し、分けあうものなのである。