ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

特別なもの

2008年09月29日 | ノンジャンル
何もないことが幸せであったり、何でもないようなこと、
何気ないことが特別なことであったりということに
気づかされると、日々幸せを感じながら、感謝する心が
生まれる。

穏やかに日々を暮らせるのは断酒のおかげ、
断酒が出来ているのは、何のおかげかと考えていけば、
自然に謙虚に、ありがたい気持ちが湧き上がる。

あれだけ飲んでいたお酒を断っている自分は偉いと自分で
思ったときに、その感謝の気持ちは消えている。

人はみな、それぞれ苦しみながらも精一杯生きている、
生きようとしている。
酒害を経験し、断酒を継続している我々は、何も特別な
存在でも何でもない。
病気を経験したものが、健康のありがたさを知ったに過ぎず、
それは誰しもが形は違うにせよ、経験することでもある。

特別なことをしているわけでも何でもなく、生きていく
上ではごくあたりまえの事であると自覚したときに
謙虚さが身につく。
いかなる経験であろうと、無用の経験であろうと、
経験してしまった以上、その経験に学び、生かしていく
ほかはない。それを忘れてしまえば、再び同じ経験を
しなければならないこととなる。

学び続けていくことは、経験を重ねることであり、
同じ経験を繰り返すことではない。

何もない日々であっても、同じ日は一日たりともない。
だからこそ積み重ねていける。

誰しもが、日常の忙しさに埋もれながらも、生きる意味や
目的を求めている。
身をもって経験し、学び、身につけたものが人のために
活かされるとき、その人自身ではなく、その人の持つものが
特別なものとなる。
そしてそれはその人だけではなくて、皆で分かち合えば、
皆にとっても特別なものとなるのである。

我々は相対的に特別な存在なのではなく、共に特別なものを
分け合うかけがえのない存在なのである。
つまり一人一人がこの世に生を享け、同じ時代を共に生きる
絶対的な存在なのである。

誰かが特別で、絶対的ということはむしろありえない。
人は人と人との間でしか存在することは出来ない。



全国大会

2008年09月28日 | ノンジャンル
滋賀県で開催された全国大会に参加してきました。

総勢3,752名。大盛会と言って良いでしょう。

主治医も来賓として招待されており、クリニックのスタッフも
多く集っておられました。

いつもネット上でお世話なっている大先輩とも無事にお会いでき、
共にお弁当を頂いて、お忙しいのに最後までいろいろと説明も
して頂きました。

これまで大会の模様は、参加された方々のネット上の記事や、
広報などで、おおよその雰囲気は掴めていましたが、実際に
参加して見ると、全国とはいえこれほど多くの人達が一堂に
会する熱気に圧倒されました。

一言で言うと、これは全国規模の「断酒祭り」だなという感想を
持ちました。祭りと言うと、誤解を招きそうなのですが、日頃、
地域の断酒会で自分を厳しく律して、一日断酒を継続している
人達が、年に一度、文字通り北は北海道から、南は沖縄まで、
全国から参集して、断酒によって得た喜びを分かち合う。

その場は、喜びの場であり、笑顔の場であると感じました。
もちろん、未だに断酒に至っていない人達もいるでしょうけれど、
その喜びと笑顔の場に参加する事で、翌年には皆と同じ笑顔で
集うことができるようにという願いと決意を胸に刻む事ができる
のではないかと思います。

お祭りの場は、楽しく、嬉しく、喜びの力に溢れた場です。
その場に人が集り、互いの熱と息吹きを感じ、その力を
分け合って、また一人一人が生きていく力を更に得るという
こと自体、本当に貴重で素晴らしい事だとも思いました。

断酒仲間という特別さではなく、本来、人と人との繋がりと
いうものは、分け合う事から始まるという事を、連鎖握手を
した時に改めて感じる事ができ、同時に、それが特別な場と
なっている今の社会の寂しさにも思いを馳せていました。

手に手を取って、力を分けあって生きているという事、
生かされているという事を感じられる現実の場が、本当に
少ないような気がします。

家族から、地域社会、全国へと、この手を取り合う事が広がって
いけば、それが本当の意味の豊かさになるのではないかと
考えていました。

満たされない心を、お酒で埋める事はできないと知った我々は、
同じように物質の豊かさでも埋める事はできない事を理解する
はずです。
何が大切で、何が必要かを知ったものが、それを広げていくしか
ないのでしょうし、広げていくべきなのでしょう。




気付かない事

2008年09月25日 | ノンジャンル
とかく様々な出来事に一喜一憂することが多いのだが、
その本質を知らず、あるいは気付かないで表層的なことに
しばしば心を乱されているように感じる。

過去に縛られることも御免ではあるが、先行きの不安に囚われる
ことも徒に自分を疲れさせるだけである。
今を生きている以上、昨日は返らないし、明日も生きているか
さえわからない。
ただ、明日も生きていることを信じて、今日を生きているに
過ぎない。

もっと早く断酒していればとか、これから先の断酒が不安だとか
聞くこともあるのだが、 どうも、今現在、断酒して生きている
事に対する感謝が足りないような気がする。

例えは悪いが、右腕一本を失う運命であった人が、
幸いにも小指一本で済んだとしよう。
その運命に気付いた人は、小指一本で済んだ、なんとありがたい
ことかと、感謝の心となる。
それを知らず、気付きもしない人は、小指を失ったと嘆き悲しむ
心となる。

失ったものは同じなのに、この心の差は天と地ほどのものとなる。
時期やきっかけ、経緯は別として、命を失う運命であったものが、
断酒で命を取りとめたのである。
だからこそ、今を生きることができている。
泥酔して訳のわからないうちに死んで行く人のなんと多いことか。
自分の人生の幕を、自分の手で引くことができないのは
不幸である。事故や突発的な災難であっという間に幕が自動的に
引かれてしまったなら、何ともやりきれないではないか。

人間、衰えて死ぬ時は病気で死ぬのである。
いつかはわからぬまでも、衰えと近づく死期を感じるその時に、
残されたわずかな時間に、何を為すべきかを考えられる状態で
ありたいと願う。

ともかくも、今日を生きることができることに感謝する心が
なければ、断酒は続かない。
また後悔と不安とにさいなまれて、ドライドランクの状態と
なれば、せっかく与えられた残りの人生も味わいのない、
無味乾燥したものとなるであろう。

失った小指を嘆き悲しんで生きるのか、小指だけで済んだと、
感謝しながら生きることを楽しむのか、それはその人次第である。

一日断酒は、一日を生きること。
そして生きている、生かされていることに
感謝することなのである。




記憶のズレ

2008年09月23日 | ノンジャンル
日曜日の例会で、私自身久し振りに娘の話を聞いたのだが、
彼女の中では、私の飲み方がおかしくなり、病院へ繋がったのが
小学校4年生の頃となっている。

実際は、ちょうど彼女が中学校に上がった年の6月1日に
自ら病院へ向かい、診察、処置を受けてふらふらの状態で
家に戻ったのだが、その状態であった事が彼女の記憶の中では、
それより3年も以前の事になっている。

私が飲まなくなって3年以上が過ぎ、その当時の事を振り返る時、
彼女にとっては、6年以上前のことという記憶のズレがある。
これはつまり、私の飲み方が異常だと彼女が感じ出したのが、
小学校4年生の頃からだったという事になる。
ちょうど母親が亡くなって、3回忌を済ませた時期と符合する
ところを見ると、その時期には既に依存症を発症していた
ともいえるだろう。

確かに、その頃には既に飲む量をコントロールできなくなって
いたようである。
突発性ではなく、進行性の病気であるから、それまでに依存症
へと推移していく過程はあったにせよ、明らかにコントロールを
失い始めたのは、2002年ということが、娘の記憶のズレから
判断できる。やはり、母親を突然失うという衝撃が、大きな
引鉄となっている事は間違いなさそうである。

しかしながら、なるべくしてなった病気である以上、仮に母親が
永らえていたとしても、いずれ発症していたであろうし、
その時期がずれて、自覚する時期が遅れたとしたなら、今の回復の
道程とは全く違ったものになっていたであろう。

家族も失い、仕事も失い、命さえ失ってしまっていた
かもしれないし、仮に命を取りとめたとしても、流浪の身と
なって、独りこの世を呪う暮らしとなっていたかもしれない。

やはり、本当にギリギリのところで守られて、
今の自分があるという事なのだろう。
だとすれば、耐え難かった母親の死も含めて、
何もかもがそれ相応の意味を持っていた事に、
今更ながら気づかされるのである。




娘とデート

2008年09月21日 | ノンジャンル
今日は院内例会の日。珍しく部活が休みだという娘に、
「デートしよっか」と声を掛けると、「うん!」と元気な返事。
受験勉強、高校入学、休みの無いクラブ活動。本当に久し振りに
娘と共に参加した例会であった。

今回は様々な世代の女性が参加していて、発表者も女性が
多かった。例会の間、話を聞きながら殆んど泣いていた人もいた。
涙ながらの発表も多く、今現在止められていない事を告白する
女性、そしてそれを見守るご主人の話と、滅多に聞けない貴重な
お話を伺う事も出来た。

予想はしていたが、案の定、娘が指名された。久し振りなので
緊張したかとは思うが、他の人達の話を聞いて、感じた事を
話しただけだと、後で私に説明していた。

出来ないから、出来るようになりたいと思う事を一生懸命
自分はやっている。お酒をやめたいけれどやめられないのも
同じことで、やめたいという気持がある限り、いつかきっと
やめられる。出来ない事を出来るようになるには、時間も
掛かるけれど、一つ一つ頑張っていくしかない。

概ね、そのような事を話していた。我が娘ながら、目覚しい
成長に、我が目を瞠るようであった。身体ばかりではなく、
心も大きく成長しているようである。

院長先生のお話にも感銘を受けた、依存症だから生き辛い
のではない。生きていくという事は本来、辛い事であり、
苦しい事である。アルコールで脳を梅酒の梅のように
してしまった以上、その回復にはかなりの時間を要する。
断酒したからといって、首から下の身体のように際立って
回復するわけではない。
まともだと思っていても、まだまだまともでは無い
という事を受け容れて自覚するべきと。

また、自助グループでお酒を止める事が出来たなら、今度は
自身が他の人の断酒の支えとなっていく事が、支えられ、
支えて生きていく本来の社会生活というものであること。
自分が断酒できたから、自助グループはもういらない
というのは、一人よがりであって、それでは社会生活
そのものが出来るとは言えないという事。

その意味でも、依存症というのは心と脳の病気であって、
精神科と神経科の専門分野である事など、改めて考え
させられる内容であった。
やはり私は、この本人も、家族も医療側も関係各者が一堂に
会する例会が非常に貴重であるように思える。
この例会出席が、今後の断酒継続において、新たな原点と
なる事を痛感した。

娘の事を覚えてくださっている方々も多く、例会後には多くの
人に声を掛けられて、嬉しそうであった。
「どうしても飲みたくなったら、身体を動かして、お風呂に入って
サッパリして、早く寝てしまいましょう。」という娘の発言に、
ガッツポーズで応えてくれる方々もいた。

食事をして、CDショップに行ったりぶらぶらしながら、
そういえば時計を買ってやっていなかった事に気付き、
気に入ったものがあったので腕時計を買った。
早速腕にはめて、ご満悦であった。

一日断酒は、一日、命を永らえる事。一日を生きる事。
一日をどう動き、考えるかという事。
今日一日は、本当に久し振りに娘と過ごせた楽しい
日曜日となった。