ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

まだ5ヶ月

2006年10月31日 | ノンジャンル
お酒を断ってから、17ヶ月になろうとしている。
早いものだという感覚と、長かったという感慨とは別に、
断酒の一年間が、ぽっかりと抜けている、不思議な感覚もある。

つまり、休職前と何ら変わりないハードな仕事に戻ってからの
一年というものは、それまでとは打って変って、全く
お酒抜きの生活であったわけで、それはそれなりに長く苦しい、
大変な一年でもあったのだが、断酒という点では、ぽっかり
抜けていて、まだ、5ヶ月かという気分なのである。

あと1ヶ月で、半年だなあという気分なのだ。

良いのか悪いのかもわからないが、主治医は、17ヶ月も
断酒したのだからと考えるよりは、まだ5ヶ月という
感覚の方が、良いでしょうと仰っていた。

一年経った時に、ひとつの節目として気持の整理をし、
新たな一年という気構えで臨んだおかげで、そういう不思議な
気分でいられるのかもしれない。

2年経った時には、また新たな一年と、切り換えて、毎年、
再スタートという感覚で過ごしていければ、それでいいかとも
考えている。
その方が、断酒何年目というような、思わぬトラップの
前振りに陥らなくて済むとも思っている。

節目節目で、自分を整理して、それまでの自身を清算し、
新たなスタートを切り、次の節目へと向かっていく。。。
そういうことの繰り返しなのかもしれない。

テレビなどの番組で、それまでは「くだらない」と、
馬鹿にしていた自分が、くだらなければ、くだらないなりに、
笑顔を浮かべている事に最近気が付いた。

断酒の月日を重ねていく中、気付かないうちに、それなりに
変わってきているものがあるのかもしれないと、
感慨深いものがあった。


卑劣な言い訳

2006年10月30日 | ノンジャンル
以前にも書いたが、このアルコール依存症という病気は、
本人の意志というものには全く関係がなく、
お酒を飲むことを止められなくなる病気で、精神的にも、
肉体的にも徐々に蝕まれ、家庭生活、社会生活は、次第に
破綻し、終焉は死に至るというケースも、多々ある。

よって、その病気自体をよくよく理解し、自分の意志だけ
ではどうしようもない事を認めた上で、回復への道を進むのか、
飲みたいだけ飲んで、死んでいくのかは、おかしな話では
あるが、本人の意志である。

つまりは、「生きたい」のか、「死んでもいい」のかの
どちらかである。
もっとも、この病気のピーク時にある人は、殆んどが
「死んでもいい」と思っているであろう。

お酒を止められない時というのは、この病気のピークの
時であり、意志の問題ではない。
だが、治療を受けるなどして、お酒を止める事が出来るまでに
なってからは、意志の問題である。 
断酒して立ち直ろうという意志があるのか、
無いのかだけである。

立ち直る意志がある場合は、どんな場面でも、自己との
戦いである事を忘れてはならないし、危険な場を乗り越える
ごとに、兜の緒を締めなおす気構えでなければ
ならないと感じる。

対して、この意志というよりも決断の薄い人は、
飲んでいた頃と同じ様にいつも言い訳と、弁解のタネを
探す事に終始しているように思える。
「飲まないと、場の空気をしらけさせてしまう。」
「乾杯の、一杯だけ。」
「もう、一年も飲まないで来ているんだから。」
「人間、失敗もあるし、それが人生。」
挙句の果てに、
「これは、意志に関係ない、病気なんだ。」と、逆手に
取ったような弁解をする人もいる。

一体、誰の為の断酒なのか? もう一度、考えてもらいたい。
家族の為、会社の為、人それぞれ思いはあるであろうが、
自分自身が立ち直らないで、家族の為にもならないし、
会社の為にもなるわけが無い。
つまりは、まず自分自身が立ち直る事。健康を取り戻す事。
お酒を離れて、一日を精一杯暮らす事。
その姿、その生き様が、家族や会社、ひいては、社会の為に
なるのである。

であるならば、何よりも自分の為に、まずは、断酒をする
ことから始めているのではないか。

言うに事欠いて、これは病気なんだなどという弁解を
家族にして、それが一体、なんだというのか?
家族にすれば、「病気で済ませられるのか?」という
ことでしかない。

断酒の日々を積み重ね、頑張っている自分を認めて欲しい
気持はわかる。
不本意ながら、スリップしてしまった自分に対し、慙愧の念に
苛まれる気持もわかる。
しかし、再飲酒を繰り返し、その弁解が、これは病気なんだ
などと言える人の気持は、到底理解できない。

同じ様に、再飲酒を繰り返している人でも、その度に、
死にたいほどの辛さを感じ、何度も立ち上がろうともがいて
いるのであれば、微力ながらもエールを送りたいと思うが、
病気なんだという弁解を繰り返す人に対しては、
吐き気さえもよおす。

自分が、医療側の人間であったとしたら、間違いなく
匙を投げているだろう。
意志ではどうにもならない病気という事を、意志が問われる
段階においてずるく利用するのは、卑怯というものだ。

それならば、飲んだくれて、死んでしまう事で、周りに
迷惑を掛ける事を無くしてしまう方が、よほど人間臭くて、
かえって好感が持てるのである。



デート

2006年10月27日 | ノンジャンル
昨日は、眩しいくらいの陽射しと、カラッとした爽やかな
風の中、朝から、カミサンと出掛けました。

二人きりで一日を過ごすなんていうことは、10何年振り
かもしれません。
アトラクションやショーを楽しんだり、少し贅沢な食事を
したりと、まるで普段の生活とは違う時間の流れを、
満喫しました。

一日中、歩いたり、列に並んで順番を待っていたりと、
普段の仕事とは全く異なる過ごし方をしたせいか、
結構疲れましたが、有給休暇を取っての、
遊びの日でしたので、心地良い疲れでした。

子供達も大きくなり、しっかりと留守番も出来、
自分達の事は自分達で出来るようになったおかげで、
過ごせた一日でしたが、これからもたまには、
そういう日を、カミサンと共に作るのも悪くはないなと
感じました。

それでも、やっぱり話題の中心は、いつのまにか
子供達の事になってしまいます。
二人きりでいればいるで、気にも掛かります。

家に帰って、子供達と一緒に、夕食を摂っている時、
なんとなくホッとした気分でいたのは、
私ばかりではないようです。



一日一生

2006年10月24日 | ノンジャンル
輪廻転生という概念は、悟脱には遠い私からすれば、未だに
形而上の事となってしまいます。

ただ、人の一生を、一日に置き換えてみれば、多少、
考えられる事にもなるのです。

人生80年を、人が朝起きて、眠るまでの16時間余りに
換算して考えると、それなりに面白いものがあります。

朝6時に目が覚める時が、この世に誕生した時です。
徐々に覚醒し、自我が芽生え、本格的にエンジンが
かかり出す頃、9時頃でしょうか。15歳という
溌剌とした年代です。

やがて、10時を過ぎて20歳を超え、14時頃までは、
もっとも活発な行動を起こす、40歳ぐらいまでの時期です。
そして、人生も半ばとなり、少々中だるみの時がやってきます。
ちょっと一休みの、15時頃、45歳位の時でしょうか。

そして、更に頑張って、20時頃、定年を超えて、ほぼ、
やるべき事をやり終えたといえる時期、70歳となります。

ここまでくると、もうカウントダウンの時期ですが、
一日(一生)を振り返り、それを受け入れて、残りの
人生(時間)を穏やかに過ごせたらと、気分的には
落ち着いている時期が22時頃、つまり80歳頃です。

人によっては、更に2時間、3時間と永らえる方もいれば、
かなり早い時点で、眠りにつく方もいます。

いずれにせよ、眠りにつくのは、次の日の行動のために、
休息を取る事で、人生という一日を終えた後に来る
死というものも、次の新たな人生を迎えるための休息と
考えられないことはありません。

その一日に、何を考え、何をしたかということは、眠りに
ついたからといって、消えてしまうことは無く、次の目覚めの
時には、すべてそれを持って、誕生してきます。
これは、宿命論、因果論の基本となるわけですが、こうして
考えてみると、一日というものの大切さが解るという点で、
非常に有意義な概念でもあると思えます。

どんな過ごし方をしようと、それぞれの、個々の自由ですが、
個人の思考、行動の全てが、結果的には自分自身に
帰せられていくという事に、間違いはなさそうです。

悟れるものなら、自身の過去世がどうであったのか、
知りたいとは思いますが、いずれにせよ結果として今の
自分があり、今の自分が様々な原因をなしていくという事に
変わりはありません。

とはいえ、現時点では、初めてこの世に誕生し、自分自身を
自覚し、この時代を生きているということしか知覚できない
凡人ですから、せめて、この世、この時代に生まれ出て、
他とは違う自我を知覚した自身が成すべき事は何かという事を
問い掛けて行きたいと考えています。

この、一日(一生)という概念において、昨日も明日も
見通した上で、今日を生きる事が出来るのが、
人が到達出来る、最高の境地なのかもしれません。

死の一日前でいいので、この境地に到達してみたいと
思うのです。


バランス

2006年10月23日 | ノンジャンル
一日一日、異なる様々な場面がある中で、
毎日を、穏やかな心で過ごす事が出来れば良いのでしょうが、
なかなかそうもいきません。

自分ばかりが苦労して、我慢して、頑張らないといけないのか
という気分に囚われかけた時は、何もしません。

反対に、やる事や、やらなければならない事があるにも
拘らず、億劫で、萎えた気分に囚われ、とめどない思考に
翻弄されかけた時は、とにかく具体的に動いてみます。
いや、具体的に動く事が出来るようになってきたと
いうべきかも知れません。

以前なら、特に支障が無ければ、どちらの場合でも、
何ら具体的な動きを起こさず、無為且つ堂々巡りの思考に
甘んじていたと思います。

昨年の今頃、丁度断種4ヶ月を過ぎた頃に、それまでの
一部麻痺した状態の脳が急に活性化して、思考が限りなく
広がったり、溢れたりと、意識レベルでのコントロールに
支障が出だした頃に、自分自身を整理するために
飲酒の履歴、断種決意までの経緯、離脱症状の体験、
通院治療の経緯、その後の経過について、出来るだけ
詳細に書き記す事を始めました。

出来るだけ客観的に記していこうと努力していましたが、
自分自身と向き合うという点で、非常に厳しい時もあり、
息苦しくなって、しばらく書く事も出来なかった事も
ありました。

ただ、その作業を進めている時は、とりもなおさず、
具体的に動くという事をしていた訳で、自身にとっては、
自分の意志で自分が動いているという点で、
非常に重要な意味を持つことでした。

この10月というのは、そういう意味でも、節目の一つで
あるでしょうし、季節の変わり目という面でも、その節目を、
際立たせているのかもしれません。

波の山谷でいえば、どうやら谷の時期でもあるようです。
気分の上下に応じて、何もしない、もしくは、具体的に
動く事を、カウンターとして、バランスを取れるようには
なってきました。

仕事に身も心も偏っていくと、どうしても気分や、体調にも
おかしなしわ寄せが行き、飲んでいた頃と同じ悪循環に陥る
可能性もあります。
断種したからといって、それまでのストレスや抑圧的なものが
消滅するわけでは決してありません。
お酒に逃げていた自分の逃げ道を断って、それらの抑圧と
どう向き合っていくのかという事が問題となるし、
もっとも重要な事でもあります。

偏るという事は、偏る側においても、その反対側においても、
決して好結果をもたらしません。
バランスというものは結局、総体的な調和において、
不可欠なものであるといえます。

ということで、人出の少ない平日に、有給休暇を取って、
カミサンと二人でデートをすることにしました。
テーマパークに出掛けて、恋人気分で一時を過ごしたいと
思っています。 
仕事偏重に対する、カウンターパンチのつもりです。