ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

サド・マゾ

2009年11月29日 | ノンジャンル
個人に約せば、サド的要素、マゾ的要素というものは、
その内容は別として、陰と陽、善と悪と同じように、
どちらか一方ではなく本然的に併せ持っているものである。

どちらの傾向が強いかによって、サディスト、マゾヒストと
分類されるのだが、そこにはある程度の相関関係も見られる。

さて、その傾向に注目すれば、サディストは能動、
マゾヒストは受動と見て取れる面が多い。

環境に対し、それに順応していこうとするのみであれば、
これはマゾと言える。積極的に環境を変えようと
していくなら、サドと言えよう。

しかしながら、厳しい環境化にあって、それに耐え忍ぶ中で、
自らを進化させて順応していくというのは受動の中の
能動であり、その厳しい環境の中に快適な環境を
作り出していこうとするのは能動であるが、それは新たな
困難を伴い、その困難を敢えて自ら受けるという点で、
能動の中の受動とも言える。

いずれにせよ、能動と受動、サドとマゾは相関関係にあり、
どちらか一方のみがその人にあるわけではない。
要するに、その要素の強さ、傾向によって、その人が
サド的か、マゾ的かの判断がされるのみである。

この傾向の強さという点で、サドか、マゾかという
見方をすれば、女性はマゾである方が本然的に安定する
気がする。
生殖的には受動であっても、出産という特別な能動が
ある以上、その後は平和と安定を望むマゾで良い。

反対に、女子供を守る役割として創生された
男というものは、常に能動、サドでなければならない
宿命を持っている。

よって、その男の特別な性的嗜好や、性癖などは別として、
日常生活、社会生活においてマゾ的傾向の強い男というのは
私にとっては最も嫌悪する対象となる。

環境に甘んじて、受動的な生き方しかできないなら、
男などやめてしまえば良い。
事実、男をやめているものいる。

男女平等などと声高に唱える者を私は蔑視する。
性差というのは役割の違いである。初めから違うものを、
どうしたって同じにはできない。

女性が社会に出て、その能力や才能を存分に発揮できる
ための自由と権利を保障するのが、ジェンダーフリーの
概念である。フリーであって、イコールではない。
男女平等という概念には違和感を禁じえない。

結論から言えば、役割というものを男女間でどう
分担しようが、当人が幸せであればよい。
男性以上の社会的責任を持ち、その能力を遺憾なく
発揮している女性が、不幸であるとしたら意味がない。

女性よりもきめ細やかに家庭を守り、子育てに身を
尽くすことに無上の喜びと幸せを感じるなら、それが
男性であっても一向差し支えない。

しばしば勘違いされているようだが、マゾというのは
受身である以上、人のことなどどうでもよい。
まず自分ありきなのである。肝心なことは人任せなので、
その人に準じていれば良いだけの話である。
つまりその人のことなど理解せずともよい。

サドというのは能動である以上、人や社会に働きかけて
行かねばならない。
そのためには、その人を、社会を理解する努力が
不可欠となる。

自身を理解してもらいたければ、その相手はサドで
なければ無理である。マゾは、ありのままの自分を
受け入れてくれるように見えるが、実は自分の何も
見てはいないのである。

さて、少なくとも社会において仕事をする者について
いえば、その人のサドかマゾかという傾向は、
傍から見ていて実によくわかる。

端的に言えば、マゾは仕事を与えられることを待ち、
与えられた仕事をこなしていく。
サドは、自ら仕事を創り、艱難を覚悟の上でそれを
成し遂げていく。

自身に約せば、このサド的要素と表裏一体の
マゾ的要素を、対極として虫唾が走るほど嫌悪しながら、
それを受け入れつつも、決してマゾの傾向に凌駕される
ことのないようにと心がけている。

男として生まれた以上、その本来の役割を果たすのが
自然と考えている。それが男の幸せでもあると信じる
私は、死ぬまでサドであり続けたいと願うものである。


あふれるもの

2009年11月28日 | ノンジャンル
ここでは、基本的に自身の考えや感情の整理ということに
主眼を置いている。

それで、どうしても理屈っぽくなってしまうが、
実を言うと、私自身はそれほど理屈っぽい人間ではない。

むしろ、情動、情感的なものがあふれ出すと、
始末に終えない面がある。

そのあたりをコントロールするのに、なるだけ物事の
本質を捉えようと自制しているのが、外見で言えば
ポーカーフェイスとなり、ここでの硬い文章となっている。

大体、物事に対して元から冷徹に理解し、判断し、
処していけるものなら、こんな病気になど
ならなかったはずである。

あふれる思いを自制することは、慣れるものではない。
その都度、それなりに無理のかかった抑圧を
伴うものである。

その抑圧の緩和に、お酒の力を借りていたのだとも
思われる。


ここは、整理をする場である以上、自分のあふれる
感情のままに書き散らすことはしていない。
意外に思われるかもしれないが、自信の思いや本音を
話したり書いたりすることはあまりしたことがない。

制御の効かぬまま、思いをあふれ出すままにすれば、
それを言葉になど到底できないからである。
いかに勉強し、本を読もうとも、その思いのたけを
表せる言葉などないことを知っている。

芸術というものは突き詰めれば、そういう事かもしれない。
言語という手段では表せないものを、たとえば音楽や、
絵画や、彫刻や、建築などによって表しているのだとも
言えるだろう。

多感な時期に、音楽によって救われたことが幾度も
あったし、今もそれは変わらない。
声を出すことによって、表しようのない思いを
表そうとしているのである。

それは抑圧の解放にもなるのだが、飲んでいたころは、
お酒と音楽という至上の組み合わせが、かえって自身を
毒したかに思える。

飲んで麻痺の状態にあれば、本当の意味での解放には
ならない。飲めば飲むほど、歌えば歌うほど、抑圧が
かえって増すことになっていたはずである。
特に末期の頃は、その際たるもので、いくら飲んでも、
いくら歌っても、物足りなさを感じていた。

今、断酒が継続している中で、無性に歌いたくなる
事がある。
同じ歌でも、そのときの思いによって、あるいは抑圧の
度合いによってまるで違う歌い方になる。

言葉にできない思いを、歌で表すということは、もはや
今の自分にとっては必要不可欠なことかもしれない。
音楽のない人生など、文字通り考えられないのである。





心の自由

2009年11月19日 | ノンジャンル
人は、その属する組織であれ、社会であれ、こと自身に
対する評価というものに関しては、他人とは違う
特別さというものを求める。

他人と自身は元より異なる、違うという認識の上で、
個々の個性というものを主張したがるのだが、
同時に、その中で不当と感じる扱いをされたなら、
他人と同等に、平等に扱えと、まったく相反する
ことを求める。

つまり、自身に対する評価の優劣によって、その求める
ところが真逆となるのであり、ひとつの個体において、
特別と普通を併せて求めるという矛盾を常に抱えている。

人間は平等だとはいえ、そもそも生まれた時点で
その個人も、個人を取り巻く環境も異なっている。
完全な平等などあり得ない。

ある条件下において、その人の為すことに差がある以上、
仮に万人に平等に機会が与えられたとしても、万人がみな
同等なことを為すことはあり得ない。
それは、また、与えられた条件が異なる場合、
それに応じてまた変化する。

人は皆、自由と平等の権利を有すというのは形而上的な
問題で、形而下においては、人は自由をこそ求めてはいても、
平等など求めてはいない。
それを求めることは、自身の特別たる存在を否定することに
なるからである。

差別問題における戦いは自由への戦いであって、
平等への戦いではないと考えている。
事実、不当に虐げられてきた人々がその戦いに勝って
得たものは自由であり、自由を得た後、その人たちが
求めたのは、特別という、平等とはまるで縁のない
ことであった。
同じく、自由を謳歌し、特別な境遇にあったものは、
平等など微塵も望まぬであろう。

真に平等であると言えることは、命の営みという
大原則のみである。
この世に生まれ、食べ、飲み、活動し、眠り、成長し、
老い衰え、病んで死んでいく。
この避けられらない自然の摂理にかかわることのみ、
平等といえるのである。

その根本的な摂理に関わる面において、人々は真の共感を
分かち、共同体を形成してきたのである。

階級差別、身分差別、民族差別は、個人の中に存在する
願望の大きな集合的表われ方であって、それを解消する
ことなど夢想に等しい。
我々が望むのは自由であって、平等ではないからである。

社会というものは、自由と権利を約束する代わりに、
責任と義務を課すのである。
つまり、完全な自由というものも、
絶対な権力というものもあり得ない。
そこには必ず何らかの制約、制限があるのであり、
これを個人にも社会にも機構にも約して
コントロールと呼ぶのである。

さて、個人においても、それを取り巻く環境においても、
何らかの制約、制限下にあるならば、その事と、
個人の幸福というものはまったく別に考えられなければ
ならない。

自由と権利を謳歌してきたものが幸福で、
虐げられてきたものが不幸という図式は成り立たない。
いずれもコントロール下にあるという原則からみれば
変わらないし、漫然たる暮らしに倦み飽きて死ぬものも
いれば、自由獲得の闘争に命を燃やすものもいた。

いずれが幸福で、いずれが不幸かは、その当人にしか
わからぬことである。

人というものは、いかなる環境にあろうと、
己の思想によって心を律する限り、幸福をいかようにでも
感じて生きていけるものなのである。

己の幸福を、他人や環境によって決められてしまうとは、
何とも情けない話であり、それこそが求めて止まぬはずの
自由の放棄ではないだろうか。



女というもの

2009年11月17日 | ノンジャンル
最初に生まれたなら、市(いち)がついて、「姉」。

次に生まれたなら、未熟で、「妹」。

一番良い時が、「娘」。

家臣がいるほどの良家の娘なら、「姫」。

結婚して、家に入れば「嫁」。

家に女がいれば、「安」らぎ。

やがて鼻につくようになって、「嬶(かかあ)」。

3人寄れば、「姦(かしま)」しい。

息子も結婚するころになれば、もう古くなって、「姑」。

さらに皺の波が増えれば、「婆」。

男が好きなのは「女の子」。

女が喜べば、男は「嬉」しい。

なぜか「母」には、女がつかない。

女性蔑視? いやいや、漢字のお話。

不思議なのは、女に少なしと書いて、「妙」。

女を小さく削ぐとは、染色体を削いで、男を創み出した

という命の不可思議さか。

その不可思議さが、数多ある女へんの文字に表れて

いるのかもしれない。



乾杯

2009年11月16日 | ノンジャンル
土曜日に成田へ到着。東京へと向かい、
ホテルでしばし休息。
出張先ではどこもシャワーだけだったので、
すぐにお湯を張って浸かる。

身体を洗うだけなら、シャワーの方が合理的で、
経済的なのだが、芯を温めて疲れを取る意味から
言えば、湯船は絶対必要である。

仕度をして、礼装に着替え、結婚式へ。
断酒して初めての披露宴。
開宴の乾杯のためにシャンパンが注がれる。

お祝いの席で、しかもグラスに少しの
シャンパンでの乾杯。
この程度、飲んだところで何が変わるわけでもない。
むしろ、飲まない方が祝いの席に水を差すようで、
余程失礼ではないか。断酒しているのは自分の
都合なのだから。

グラスを持ち、立ち上がる。
乾杯の音頭と共に唱和して、グラスを口もとへ寄せる。
シャンパンの香りが鼻腔に広がる。。。。

ニヒルな笑みが顔に浮かぶのが自分でわかる。
残念だったなと。。。

何年経とうが、様々な場面、状況、機会に、
なんだかんだと理由をつけては飲ませようとする面で
言えば、頭は何も変わってはいない。

変わったのは、それを冷静に見つめて、
最後の最後で口をつけさせない理性を
強化させてきたことぐらいである。

一滴も口をつけずに、グラスを掲げた後、席に着き、
グラスを置いた。
この一杯を飲まなければ、後に挨拶に来る方々のお酌など
なんという事はない。
素直にお酌を受けるか、反対にお酌をして飲ませるか。

我ながら、うまく乗り越えたものだとも思う。
2次会、3次会とお付き合いして、ホテルへ戻れば深夜。
再び湯船につかると、しばらくそのまま寝ていた。

冷やしては意味がないので、少し眠るつもりで
ベッドに横になると、死んだように眠ってしまい、
目覚めたのは日曜日の午前11時。

さすがに疲れていたようだ。

「飲みたい」が影を潜めても、「飲ませよう」は
虎視眈々とその機会を狙っている。
狙われていることを感じるかどうか。
感じたならどうするか。

そのあたりが、意志の断酒から、感性の断酒への
変化なのであろう。
火を口に近付けたなら、咄嗟に顔をそむける、
あの反射に近いものがある。

もはやアルコールが毒物でしかないという概念は、
少なくとも理性においてしっかりと根付いて
きたようである。