ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

秋色

2021年09月27日 | ノンジャンル
秋分の日を越えて、急に肌寒くなり、秋色が
濃くなってきたかと思いきや、また夏戻りした
ような日中である。

それでも空は高く澄んで、乾いた風が秋の薫りを
運んでくる。

もう今年も加速度的に終わりに向かう時期となった。
最後の四半期というのはなぜこうも毎年慌ただしく
一瞬の様に駆け去るのか。

一日一日、悔いのないようにとは心がけているが、
正直なところ、仕事にせよ休日にせよ、昔のような
張りあいがない。

子供たちが一人前になるまではという張りあいも
なくなり、家族で楽しい休日をということも
少なくなった。

フル充電で動いている時は、残りなど気にも
していないが、残りが少なくなってくると、
それをどう使うかを考えるようになる。

細く長くか、太く短くかというのは、
そういう時にこそ真剣に考える事なの
かもしれない。

どれほどの時間が許されているのかは
わからない。
とすれば、これまで通りに生きていくしか
ないだろう。

永遠に生きるかのように悩み、
明日死ぬかのように今日の覚悟を決める。

もっと楽に生きれば良いものをと自分ながら
苦笑する。

まあ、楽をするのは最後の方に取っておいて、
その最後を楽しめなかったとしても、それは
それでよしと思って、また今日を生きている。





ワンクール

2021年09月17日 | ノンジャンル
なんとなく始めた禁煙も、もう3ヶ月という、
ひとつの区切りを迎える事になる。

コロナもさることながら、個人的には今年の
一大ニュースであることに間違いはない。

飲酒歴よりもはるかに長い喫煙歴である。
それに終止符を打った意味は大きい。

禁煙中に、煙をかけてくれという人も
いるらしいが、私はといえば、タバコの臭いが
鼻につくようになってきた。

屋外でも、タバコを吸っている人がいれば
すぐわかるし、一服した後、しばらく経って
いても、残っている臭いが分かる。

ハッキリ言うと不快ですらあり、
元々喫煙者とはいえ、タバコを吸わない人の
不快さがわかるようになってきた。

とはいえ、これは初めからタバコを吸わない
人の感覚とは違って、他人の吸うタバコの
臭いを嗅がされるのが嫌なだけである。

これは喫煙していた時でも同じである。
自分が吸うタバコの香り以外のものが混じると
せっかくの喫煙がまずくなるからだ。

大自然の澄んだ空気の中で、ひとりタバコを
楽しむのが本当の嗜好というものだ。

他人のタバコの煙が濛々と混じった
喫煙ルームなる場所での喫煙は、
いわば呪縛である。

まして、他人のタバコの煙をかけて欲しい
などと言うのは理解に苦しむ。

いまではメディアでも喫煙シーンというのは
御法度の様になっているが、昔CMで女性が
タバコに火を点け、ベッドにいる男性の口に
くわえさせて起こすというシーンがあった。

今時なら物議をかもすどころか炎上もの
だろうが、そういう野暮ったさのない、
クールな大人の香りがそこにはあった。

お酒もタバコも、成人のものではなく、
大人のものであった時代である。





V2

2021年09月13日 | ノンジャンル
2回目のワクチン接種が終わった。

1回目と違って、当日には肩のだるさや鈍痛が
感じられた。

そして翌日、倦怠感はなかったが、徐々に体が
熱くなるのが感じられ、それが悪寒にまでなった。
その時点で38.6度。

平熱が高い私にとっては、さほど大した熱では
ないが、寒気がするほどの高熱は久しぶりだった。

とはいえ、かえって食欲もあり、寝込むような
事もなく、普通に一晩寝て起きたら、熱も下がり、
体調もスッキリしていた。

家内も同じ様な感じであったが、これで一応、
取れる対策を全て取ったことになる。

無論、手洗い・うがい、密を避ける、
マスク着用など、基本的な感染対策は
継続していく。

インフルエンザの予防接種をしたものが、
別タイプのインフルエンザに感染する事など
あたりまえに起こっていた事を思えば、
よも油断はできないのである。






秋空

2021年09月07日 | ノンジャンル
雨が上がって、秋晴れとなった日曜日、家内も娘も
珍しく休みとなったので、お墓参りに行きたいと。

そうか、今年の正月は雪の交通規制で
行けなかったから、彼女たちにすれば初詣となる。

渋滞もなく、カラッとした秋晴れの空の下、
久し振りに3人で出掛けた。

長時間運転する者に気を遣って、横や後ろから
常に話し掛けてくる人もいるが、正直に言うと
そんな気遣いは無用である。

家内や娘に至っては、そんな気遣いをする気など
さらさらなく、往きも帰りも車中では殆ど
爆睡していた。

そんな、何の変哲もない穏やかな休日のひと時が、
幸せというものなのである。