ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

男の生理

2015年08月26日 | ノンジャンル
台風も過ぎ、秋めいた青空が広がる中、
下世話な話だが、日曜日に何となく
違和感を感じて肛門のあたりを触ると、
ぷっくりとしたできものがあった。

硬い大便の時に、たまに切れることはあるが、
それは別に痛くもなんともない。

とはいえ、触った感じは大きいので、
市販の薬を塗っておいた。

昨日、どうも良くなる気配がないので、
肛門科に連絡し、夕方診察を受けることにした。

いわゆる痔というより、疲れとうっ血で血栓ができた
とのこと。
薬で3-4週間かけて治療するか、思い切って
切除するかという説明に、迷わず切除を希望した。

すぐに切除の処置をしてもらったが、局所麻酔の痛い事。
ほんの数秒の痛みだが、今までされたことのない部位に
注射されて、それこそ歯を食いしばる痛みであった。

医師の「ちょっとちくっとします」という言葉に、
思わずツッコミを入れたくなる痛さだったが、
おとなしく我慢した。

切除自体はもちろん痛みはなく、数分で済んだが、
その後が大変だった。

2-3日は出血があるとは聞かされていたが、
病院を出て歩いている段階で、なにかしら血が腿の後ろを
つたっている感じがしてさわるとべっとり。

幸い、ズボンは黒色で、外にはわからないが、急いで
会社に戻り、トイレで見ると血だらけである。
タオルで拭いて、おむつさながらタオルを当てておいたが、
これもすぐにぐっしょりで、絞れるほどになった。

家に帰って、さっとシャワーで流して、夕食も取らずに
横になった。
久し振りにその日のうちに眠りにおち、ぐっすりと寝たが、
相変わらず出血が多い。
今日の昼ごろになって、ようやく滲む程度にまで出血が
おさまってきた。

医師はガーゼなどをあてて下着が汚れないようになどと
言っていたが、そんなものではとても追いつかない。
生理ナプキンの夜用スーパーくらいが最低でも必要だ。

処方薬のおかげで、痛みはほとんどないが、
出血の処理だけでもう大変である。

女性の生理痛は経験しようもないが、出血の処理の
大変さは少しわかったような気がした。

正直、病気でもあるまいしとは思っていたが、
コントローのできない生理現象だし、痛みも伴う。

しかも毎月やってくるというのは本当に
大変だろうと思う。
改めて、女性には優しくしないといけないなと
感じているところだ。

今日の夜ぐらいからは、タオルじゃなくて、
ナプキンぐらいで済ませられるだろう。
カミさんか、娘のを借りることにする。

これも人生初体験である。

ちなみに、男性自身の活力は肛門の力による
ところが大きい。
術後の出血で、戦意を完全に喪失した私自身は、
見るも惨めな姿を露呈している。





見えない明日

2015年08月19日 | ノンジャンル
お盆も過ぎ、なんとなく秋の気配が感じられるように
なってきた。

この時期になると、亡くなった人達に思いを馳せる
機会が多いせいか、今日一日と明日ということを
意識するようになる。

いつかは死ぬ。そんなことは誰でも十分に
承知しているが、それが明日かもしれないとは
多分誰も考えてはいない。

現在、病床にいるとか、明日の命を意識せざるを
得ない人は別として、殆どの人が、明日は当然のごとく
自分にやってくると信じて今日を生きている。

だが、明日も今日と同じように生きていられるかは
誰にもわからないのである。

今日、いや、今できることを精一杯というのは、
明日がないつもりで悔いのないようにということだ。
明日に回すことというのは、仮に明日がなくて
できないとしても悔いのない事なのだろう。

仕事の上では、明日でなければできないことも
多くある。
だが、その明日自体がないなら、仕方のない事である。

明日を夢見て生きるなら、明日がなくとも悔いのない
今日を、今を生きることである。

今を生きられない者が、明日を生きられる
わけがない。
今を生きることに感謝できない者が、
明日を感謝できるわけがない。

永遠の夢を胸に、今この時を生きていくのである。




鎮魂

2015年08月12日 | ノンジャンル
五月の連休、お盆休みにお正月といえば、
断酒をしている者にとっては鬼門である。

なにせ普段でも十分飲んでいるのに、この時期は
いわば自由にたらふく飲める時でもある。

それを飲まずに過ごすというのはかなり大変で、
とにかく暇をつくらないようにデイケアもあり、
イベントも企画される。

さて、このお盆はほとんど休みなしとなったが、
私的にも忙しく、どうやら母親のお墓参りだけで
終わりそうである。

この10年、見送った人も多かった。
同じ断酒仲間も、二人失った。
何より、大恩ある院長先生を失ったことは
本当に自分にとって大きかった。

あれからもう5年になる。

「先生、すいません、飲んじゃいました。」

と言える相手がいなくなった以上、
もう飲むわけにはいかない。

飲める飲めないではなく、飲まない生き方を
貫くのみである。

亡くなった人がどうなったかはわからない。
ただ、その人たちは今なお私の中に生きていて、
私の話し相手であることは確かだ。

そこで感じるのはいつも、生きている今を
大切にすることと、今を生きている人を大切にする
ことが一番大事だということだ。

まだまだ厳しい暑気だが、少し、風に秋の気配を
感じつつある。




夏い!

2015年08月04日 | ノンジャンル
アジア各地を過密なスケジュールで8日間巡って、
帰国したのが月末。
もう8月に入ってしまった。

年中夏の地域を巡ってきたのだが、帰国したら、
大阪の方が暑いのには閉口した。

激しい夕立で、夜と朝は比較的過ごし
やすかったのだが、大阪は連日の熱帯夜。

疲れが一気に噴き出してきそうである。
帰国後も多忙で、何とかお盆までには
ひと段落つけて、ゆっくりとした夏休みを
過ごしたいと思うが、どうやらそうもいかない
ようである。

母親が亡くなってちょうど15年。
5年の空虚と、10年の奮闘。
今の自分を、母親は褒めてくれるだろうか。

ともかくも、今日という一日を精一杯
生きることだ。
それが一日断酒ということでもある。

それにしてもこの暑さには辟易する。
それでも、動いて汗まみれになりながらも、
冷たいシャワーを浴びる爽快さを思い描けば、
それもまた楽しいことだろう。

暑い、夏い、夏本番である。