現在、沖縄県のある地域は沖縄と呼ばれていますが、古くは琉球でした。これらの呼び方の歴史を紹介します。沖縄の人々は自らを「ウチナーチュ」といいます。「ウチナー」は「オキナハ」、「チュ」は「人」を言い、「オキナハ(沖縄)」という呼称にかなり執着している一方で、「琉球」という名称にも深い愛着を持っているそうです。
「おきなわ」は和名で、この表記は「平家物語」の「長門本」(1300年頃成立)に出ており、俊寛らが鬼界ケ島に流されることになった時、その地を説明する文の中に、「ゑらぶ、おきなは、きかいが嶋」と出ているそうです。1609年には薩摩藩が琉球侵攻を行い、明治維新まで支配して来ました。
一方、「琉球」という呼称ですが、中国の隋書や唐代の「北史」、宋・元の地歴書などには「流求国」として書かれており、他にもいろいろな漢字が当てられました。14世紀の半ばに中国が初めて沖縄を琉球国と名づけ、沖縄側も、これを自国名として使うようになりました。
沖縄は嘗て中国や日本の侵攻を受けましたが、古来の文化を守って独立を保ってきました。
小玉正任 「學士會会報」
「おきなわ」は和名で、この表記は「平家物語」の「長門本」(1300年頃成立)に出ており、俊寛らが鬼界ケ島に流されることになった時、その地を説明する文の中に、「ゑらぶ、おきなは、きかいが嶋」と出ているそうです。1609年には薩摩藩が琉球侵攻を行い、明治維新まで支配して来ました。
一方、「琉球」という呼称ですが、中国の隋書や唐代の「北史」、宋・元の地歴書などには「流求国」として書かれており、他にもいろいろな漢字が当てられました。14世紀の半ばに中国が初めて沖縄を琉球国と名づけ、沖縄側も、これを自国名として使うようになりました。
沖縄は嘗て中国や日本の侵攻を受けましたが、古来の文化を守って独立を保ってきました。
小玉正任 「學士會会報」
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