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yoshのブログ

日々の発見や所感を述べます。

365日の紙飛行機

2025-08-21 07:43:24 | 文学
2015年、NHKの連続テレビ小説「あさが来た」のテーマソングが「365日の紙飛行機」で、人気グループ AKB48が歌いました。歌詞は次の通りです。
作詞 秋本康
作曲 角野平和、青葉紘季


朝の空を見上げて
今日という一日が
笑顔でいられるように
そっとお願いした

時には雨も降って
涙も溢れるけど
思い通りにならない日は
明日 頑張ろう

ずっと見てる夢は
私がもう一人いて
やりたいこと 好きなように
自由にできる夢

人生は紙飛行機
願い乗せて飛んで行くよ
風の中を力の限り
ただ進むだけ
その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番大切なんだ
さあ心のままに
365日

星はいくつ見えるか
何も見えない夜が
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「ら抜き」言葉

2025-07-25 06:30:52 | 文学
近頃、「ら抜き」言葉が優勢だということです。「見られる」を「見れる」という使い方は、私には違和感がありますが、現在は「ら抜き」言葉を使っている人が多数派だそうです。これは日本語の乱れの一端ではないでしょうか。
文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」によれば、「今年は初日が見れた」が48.4%で、「見られた」の44.6%を上回り、「早く出れる」が45.1%、「出られる」は44.3%だったそうです。
「られる」という助動詞は、本来、自発・尊敬・受身・可能などの意味がありました。「見れる」、「出れる」ですと、「可能」の意味に限定されるというメリットもあるということですが、私は「ら抜き」言葉には賛成できません。











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南洲翁遺訓

2025-07-22 06:25:48 | 文学
西郷隆盛が遺した言葉に「南洲翁遺訓」がありますが、その中からいくつかを紹介します。

十六「節義廉恥」を失ひて、国を維持するの道決して有らず。
二一 道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は「敬天愛人」を目的とし、身を修する克己を以て終始せよ
二五 人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽して人を咎めず、我が誠
   の足らざるを尋ぬべし。
二六 己れを愛するは善からぬことの第一也。修業の出来ぬも、事の成らぬも功に伐(ほ)
こり驕慢の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己れを愛せぬもの也。
三十 命もいらず、官位も金もいらぬ人は始抹に困るもの也。此の始抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大は成し得られぬなり。

上記の第十六項の「節義廉恥」は、武士道の根本とも言われています。
また、第二十一項の「敬天愛人」もよく知られています。











   
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「くよくよ」と「あれこれ」

2025-07-07 06:19:08 | 文学
多湖輝先生は、気持ちの持ち方について次のように書いています。

頭の老化防止に役立つ使い方と役立たない使い方を一言で言えば、「くよくよ」と「あれこれ」の違いと言い換えることもできます。「くよくよ」は老化防止に役立たないどころか、頭の老化を進めてしまう使い方であり、「あれこれ」は老化防止に役立つものと言うことができるのです。失恋とか破産など、なんらかの困難な状況に陥った時、「くよくよ」考えていると、考えの「キャナリゼーション(水路付け)」という現象が起こります。すると、頭の働きは、いつも同じところを流れる一つの水流のように、その水路を深めていってしまいます。一方、「あれこれ」思考は、言ってみれば私がよく言う「東京がだめなら名古屋があるさ。名古屋がだめなら大阪があるさ。沖縄もあるし、その先は外国もあるさ」と思考回路を広げる思考と言えます。窮地にあってもあわてずに、確実にそれに対処していくことの出来る人間は、「「どうしよう、どうしよう」ではなく、「どうにかしよう、どうにかしよう」と心の中でつぶやいているものだ、と禅の名僧、松原泰道師も話されていました。

 これを読んで、「くよくよ」悩むより、さっさと気分転換をしてプラス指向の行動に切り替えるのが良いと教えられました。

多湖輝 「100歳になっても脳を元気に動かす習慣術」 日本文芸社

     
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猗器の誡(いきのいましめ)

2025-07-04 06:22:40 | 文学
猗器は水の容器で、空の状態では傾き、適量ならまっすぐに、満杯になると転倒する。それを孔子が人間の高慢な心に例えて弟子たちを諭した、という故事があります。中村不折にも、これを題材にした絵があるそうです。
また、「猗」の字に関連した言葉として、「陶朱 猗頓の富」があります。淘朱か越の名臣、范蠡(はんれい)の後の名です。越王、勾践(こうせん)に会稽の恥」を雪(すす)がせ、越をして天下に覇をとなえさせた後、越を去って斉に移り、巨万の富を蓄えました。猗頓(いとん)も魯国の大富豪でした。なお、猗は、「き」と読むこともできます。



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「読む」考

2025-06-28 06:28:39 | 文学
「読む」という簡単な言葉。英訳はreadですが、日本語の「読む」にぴったり対応する英単語が直ぐに思い浮かびません。日本語の読むには独特の意味があると思います。
例えば下記のように使われます。

先を読む。
票を読む。(選挙の場合)
勝負の成り行き、結果を読む。
相手の出方を読む。
将棋の手を読む。

これらに見る「読む」の意味は「予測する」ということです。
読みが深い、甘いなどとも使います。

将棋のプロが手を読む場合、何手くらい読むのかには、興味があります。

トッププロは普通20ー30手、周辺の変化を含めると200-300手といわれます。
羽生名人:若い頃は、大局観に頼ることができなかったので、沢山読むしかなかった。
谷川九段: 沢山読むより、ある局面で形勢判断をすることが重要。
渡辺竜王: 状況により異なるが400-500手
藤井九段: 大抵の場合、1時間考えても1分考えても、結局は指し手は同じになる。
米長九段: 沢山読むことが重要なのではなく、いかに読む手を捨てるかが重要。

「予測する」に対応する英語は、forecastやestimate ですが、どうもぴったりとは言えず、日本語の「読む」に相当する英単語には思い至りませんでした。
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春夜喜雨 杜甫

2025-05-25 06:32:40 | 文学
盛唐の詩人、杜甫の五言律詩を紹介します。

 春夜喜雨

好雨知時節
当春乃発生
随風潜入夜
潤物細無声
野径雲倶黒
江船火独明
暁看紅湿処
花重錦官城

 春夜 雨ヲ喜ブ

好雨 時節ヲ知リ
春ニ当ツテ乃(すなわち)チ発生ス
風ニ随ツテ潜(ひそ)カニ夜ニ入リ
物ヲ潤シテ細ヤカニシテ声無シ
野径 雲ハ倶(とも)ニ黒ク
江船 火ハ独リ明ラカナリ
暁ニ紅(くれない)ノ湿(うるお)エル処ヲ看レバ
花ハ錦官城ニ重カラン
 
「訳」

よい雨は降るべき時節を知っており、春になると降りだして、万物が萌えはじめる。雨は風につれてひそかに夜まで降り続き、こまやかに音もたてずに万物を潤している。野の小道も雲と同じように真っ黒であり、川に浮かぶ船のいさり火だけが明るく見える。夜明けに、赤くしめりをおびたところを見るならば、それは錦官城に花がしっとりぬれて咲くいている姿なのだった。

「鑑賞」

35歳の杜甫は官を求めて都長安を出て放浪しましたが、48歳で四川省の成都に到り、浣花渓(かんかけい)のほとりに草堂を築いてしばしの安らぎを得ました。この詩は浣花草堂での春の雨をうたって、もの静かなうちにも喜びのあふれた作となっています。前半は春雨に育まれる自然を、後半は夜と翌朝の景をうたい、いさり火の一点の赤から紅の花びらへと拡散していく。詩句の中に「喜」の語は一つもないが錦官城(=成都)の町いっぱいに咲く花に目を細める姿が偲ばれます。

 石川忠久 「漢詩紀行」日本放送出版協会








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「風立ちぬ」余話

2025-05-19 06:40:06 | 文学
宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」は良い作品でした。ゼロ戦を設計した堀越二郎(1903~1982)と、同時代の文学者 堀辰雄(1904~1953)の小説「風立ちぬ」の世界を融合した佳品です。さて、最近、この堀越二郎と堀辰雄が旧制の第一高等学校の理科で同期であったことを知りました。1921年に堀越二郎は理科甲類、堀辰雄は理科乙類にいました。当時の理科は東京帝大の工学部や医学部に進むコースで約200名でした。今日の理科一類、二類、三類の合計定員、1704名(平成25年度)と比べると当時は僅かに200名(現在の約1/10)ですから、いかに狭き門であったかがわかります。堀越二郎は群馬県藤岡市の出身で、旧制藤岡中学から一高に合格しました。
堀辰雄は東京生まれで東京府立三中(現・都立両国高校)を4年終了した時点で一高に合格し堀越二郎に追いつきました。(いわゆる飛び級)二人とも超秀才です。堀越二郎は工学部航空学科(現・航空宇宙工学科)に進み、卒業後、請われて三菱内燃機製造(現・三菱重工業)に入社してゼロ戦の設計に携わりました。学生時代から探求心が旺盛なため、「根ホリコシ、葉ホリコシ」と言われたそうです。一方、堀辰雄は、三中、一高の先輩である芥川龍之介の知遇を得て、芥川に傾倒し、文学部国文科に進学し、理科から文科に転進しました。堀辰雄、は結核の療養所で婚約者と生と死を見つめて過ごした日々を元に小説「風立ちぬ」を書いたということです。

   山田博政 「アニメ映画「風立ちぬ」余聞」 學士會会報 No. 905 2014―Ⅱ
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「雪山讃歌」とゴ-ルド・ラッシュ

2025-05-16 06:23:02 | 文学
「雪山讃歌」と「ゴ-ルド・ラッシュ」の両語は一見、無関係に思えますが、開拓者精神(フロンティア・スピリット)とメロディ-というキ-ワ-ドで大いにつながっています。

「雪山讃歌」は南極越冬隊長を勤めた西堀栄三郎氏(1903~1989)が作詞しました。西堀氏は京都帝国大学で、桑原武夫や今西錦司らと共に山岳部に属していましたが、1926年、群馬県嬬恋村の鹿沢温泉でテント合宿中に、舞う雪を見て「雪山讃歌」の詞を作りました。

       雪よ岩よわれらが宿り
俺たちゃ町には住めないからに
俺たちゃ町には住めないからに

テントの中でも月見はできる
雨が降ったらぬれればいいさ
雨が降ったらぬれればいいさ

シールはずしてパイプの煙
輝く尾根に春風そよぐ
輝く尾根に春風そよぐ

荒れて狂うは吹雪か雪崩
俺たちゃそんなもの恐れはせぬぞ
俺たちゃそんなもの恐れはせぬぞ

朝日に輝く新雪ふんで
今日も行こうよあの峰こえて
今日も行こうよあの峰こえて

さよならお山よごきげんよろしゅう
また来る時にも笑っておくれ
また来る時にも笑っておくれ


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おっす

2025-05-10 06:43:47 | 文学
「おっす」という挨拶がありますが、「押忍」という漢字が当てられるようです。空手道・柔道・剣道・弓道など日本古来の武道の世界の人や、応援団の団員の間でよく使われる、蛮カラな挨拶言葉です。もとは旧海軍の軍人が「おはようございます」という意味で使い、その後、文頭の「お」と、文尾の「す」だけが残り、「おす」となったともいわれます。「押忍」という字があてられたのは、自我をおさえて我慢する「押して忍ぶ」という自戒の意味があり、もとは、先輩が後輩に言う言葉でした。以前、知人に、歌を披露する前に「おっす」と言うK氏がいました。K氏が言うと迫力があって良いものでした。不肖も「おっす」と言ってみたくなりました。
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