ある雑誌に、富山県立大学の学長の下山先生が下記の随想を寄稿されました。
大学の授業は、教員のノ-トや教科書に沿って板書やパワ-ポイントなどを用いて詳しく説明するものだと思っています。その授業中に、教員のそれまでの経験に基づいて、学生の興味を引く話ができれば授業の深みも増すものと思っています。(中略)
研究者、教員の経験は日常生活とはずいぶん離れていることがあり、その経験に内容も人ごとに異なる貴重なものだと思います。抽象的に記述された教科書をもとに知識を学生に伝えることは、伝承の効率化という意味でとても大切なことですが、一方で研究者、教員のオリジナルな経験を学生に伝えることも重要で、学生にとって興味深い学問への魅力の道標となりうるに違いないと、教育の一線を離れた立場として考えています。
明治時代に東京帝国大学文学部英文学科で教鞭を執った小泉八雲の講義「英文学史及評論」は格調が高く、価値のある講義だという評判でしたが、西洋人の話す英語をよく理解できなかったという学生もいたようです。小泉八雲に続いて教壇に立った夏目金之助(漱石)の講義も、当初は不評でしたが、作品購読講義「シェ-クスピアのマクベス」の講義は、引用豊富で学識がほとばしる優れた講義であり、満員御礼の盛況だったそうです。同じく東京帝国大学理学部、物理学科の山川健次郎(後に総長となり白虎隊総長といわれました)の講義も独特のものでした。
授業が始まると、学生がたった一人でも決して手を抜くことはなく、教壇を闊歩しながら、あたかも軍隊を指揮するかのように激しい声で講義しました。時間はいつも正確で、始業の鐘が鳴り終わらぬうちに姿を顕わし、終業の鐘が鳴ると同時に授業をやめたということです。
打つ鐘のあとよりはいる山の川、声ぞ積もりて熱となりぬる
学生の一人がこう詠みました。まさにぴったりの授業風景でした。
大学の授業は、教員のノ-トや教科書に沿って板書やパワ-ポイントなどを用いて詳しく説明するものだと思っています。その授業中に、教員のそれまでの経験に基づいて、学生の興味を引く話ができれば授業の深みも増すものと思っています。(中略)
研究者、教員の経験は日常生活とはずいぶん離れていることがあり、その経験に内容も人ごとに異なる貴重なものだと思います。抽象的に記述された教科書をもとに知識を学生に伝えることは、伝承の効率化という意味でとても大切なことですが、一方で研究者、教員のオリジナルな経験を学生に伝えることも重要で、学生にとって興味深い学問への魅力の道標となりうるに違いないと、教育の一線を離れた立場として考えています。
明治時代に東京帝国大学文学部英文学科で教鞭を執った小泉八雲の講義「英文学史及評論」は格調が高く、価値のある講義だという評判でしたが、西洋人の話す英語をよく理解できなかったという学生もいたようです。小泉八雲に続いて教壇に立った夏目金之助(漱石)の講義も、当初は不評でしたが、作品購読講義「シェ-クスピアのマクベス」の講義は、引用豊富で学識がほとばしる優れた講義であり、満員御礼の盛況だったそうです。同じく東京帝国大学理学部、物理学科の山川健次郎(後に総長となり白虎隊総長といわれました)の講義も独特のものでした。
授業が始まると、学生がたった一人でも決して手を抜くことはなく、教壇を闊歩しながら、あたかも軍隊を指揮するかのように激しい声で講義しました。時間はいつも正確で、始業の鐘が鳴り終わらぬうちに姿を顕わし、終業の鐘が鳴ると同時に授業をやめたということです。
打つ鐘のあとよりはいる山の川、声ぞ積もりて熱となりぬる
学生の一人がこう詠みました。まさにぴったりの授業風景でした。