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yoshのブログ

日々の発見や所感を述べます。

高適 除夜の作 霜鬢明朝又一年

2024-12-31 06:37:18 | 文学
毎年、大晦日になると決まって想い起こす漢詩、除夜の作(高適)です。

旅館の寒燈獨り眠らず 
客心何事ぞ轉た凄然
故郷今夜千里を思ふ 
霜鬢明朝又一年

詩人 高適(こうせき)は四川省成都に流浪して来た杜甫を温かく援助し親交を結びました。晩年は不遇でした.

結句 霜鬢明朝又一年    
白髪に又 一年がむなしく加わる、にしみじみとしたものを感じます。

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百端の学

2024-12-29 06:15:27 | 文学
「百端の学」は、よく知らなかった言葉です。将棋の森内俊之名人が、扇子に揮毫しているという事を耳にしましたが、出典は司馬遷の「史記」です。
「亀策列伝、巻六十八」に以下のように書いてあります。

博(ひろ)く芸能の路を開き、悉く百端の学を延ぶ。一伎に通ずるの士は、咸(み)な自効を得たり。

「芸能」とは芸に優れていることを指し、「芸と才」とは、ともにすぐれた能力の意味です。
つまり「人間は様々な修練によって、学問や技能などを身に付けなければならない」としています。 古代の中国では「六芸(りくげい)」といって、人格形成のための必要な教養とし て、次の6つがあげられていました。すなわち、「礼(礼儀・作法)、楽(音楽・歌舞)、射(弓)、
御(馬術)、書(学問)、数(数学)」。要するに、士がよりよい社会生活をするための教養として、身につけるべき才芸や技能を意味しており、その範囲は極めて広く、文武、芸能などの全般にわたっています。
 日本でもこれを手本にして、平安・鎌倉時代以降、「今様、朗詠、舞楽曲、雅楽、歌舞、笛琴、
鼓、蹴鞠、囲碁、花道、書道、美術、能楽、音楽」などの芸能や武術を幅広く修得することが要請されてきたようです。
 世に、学ぶべき「百端の学」がありますが、この中から、わずかに一芸であってもそれに秀でることは難しいことではないかと思います。




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不幸の表現

2024-12-26 07:00:04 | 文化
あまり愉快でない話ですが、究極の不幸である「死亡の表現」についてです。
天皇の場合は「崩御」「お隠れになる」。
諸侯、貴人の場合は「薨去」。
僧侶の場合は「遷化」など様々です。
一般庶民の場合は「死亡」をはじめ、下品の言葉では、「くたばった」「おっちんだ」など沢山あります。
その他、「鬼籍に入る」「逝去」「他界」「死去」「死没」「永眠」「昇天」「逝く」「幽明界を異にする」など。

先日、ある雑誌を読んでいたら、「追悼 Y氏 死去」という見出しの記事があり、違和感をおぼえました。Y氏は、この雑誌と、その関連する世界においての功労者でした。そのY氏に対して「死去」という表現を使用していたのは、いささか敬意を欠く表現ではないかと感じました。私は、せめて、「追悼 Y氏 ご逝去」とでも表現するのが適当ではないかと思います。
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陽関三畳 王維

2024-12-23 06:19:26 | 文学
初唐の詩人、王維は、使者の役目を帯びて安西に旅立つ元二(げんじ)を「陽関三畳」を詠んで送りました。以来、送別の時には、王維のこの詩を三度繰り返して詠うのがならわしとなったというように、代表的な送別の詩です。

 送元二使安西

渭城朝雨浥軽塵 
客舎青青柳色新
勧君更尽一杯酒
西出陽関無故人

         「読み方」

元二ノ安西ニ使イスルヲ送ル

渭城ノ朝雨 軽塵ヲ浥(うるお)シ 
客舎青青 柳色新タナリ
君に勧ム 更ニ尽クセ一杯ノ酒
西ノカタ陽関ヲ出ヅレバ 故人無カラン

「訳」
        別れの朝、渭城の町は夜来の雨が軽い土ぼこりをしっとりとうるおしている。
        旅館の前の柳は芽吹いたばかり。ほこりが洗い落とされ、水をふくんで、よりいっそう青々と見える。
        いよいよ旅立つ元二君、さあ、もう一杯酒をのみたまえ。西のかた、陽関という関所を出たならば、もういっしょに酒を汲み交わす友達もいないのだから。

「鑑賞」

       前半二句は、すがすがしい雨上がりの春の情景。昨夜、長安から元二を送ってこの渭城の町にきて、別れの宴を催し、今朝はいよいよお別れ。宿屋の前の柳の芽は雨に洗われて目にしみるように青々としている。中国では昔から送別の時、楊柳の枝を手折って環を作り、それを旅人に送って旅の平穏を祈るならわしがあり、柳は別れの詩によく登場します。
       後半二句、昨夜は遠く旅立つ元二と心ゆくまで酒を飲んだ。だが、いよいよ別れの間際となれあ、また寂しさがこみ上げてくる。そこでせめてもう一杯。ひとたび西の陽関を出れば、そこは砂漠が広がる未知の世界。もう一緒に酒を酌み交わす友もいないだろう。
       
石川忠久「ビジュアル漢詩 心の旅」世界文化社

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殷鑑不遠(いんかんとおからず)

2024-12-20 07:09:50 | 歴史
先日、読んでいた本の中に「殷鑑遠からず」という言葉がありました。意味を度忘れしており、一瞬戸惑いました。実はこれは有名な故事で、出典は「詩経」です。「殷鑑遠カラズ夏后ノ世ニアリ」。この意味は、「殷の人が戒めとすべき手本は、遠い過去にあるのではなく、すぐ前代の夏王朝が桀王の暴政によって滅びたことにある。」すなわち、他人の失敗を自分の戒めとすること。また、やはり「詩経」を出典とする「他山之石、以ツテ玉ヲ攻(みが)ク可シ」も、自分にとって参考になるような他人の悪い例(反面教師)を指しています。
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刹那

2024-12-17 06:43:02 | 文化
刹那は、梵語 Khana を音訳した仏教語です。極めて短い時間の意。一弾指ではじく短い時間の間に65刹那があるといわれます。
刹那的。刹那主義。後先を考えず今この瞬間だけを充実させて生きようとするさま。特に一時的に享楽にふけるさまを言います。

割、分、厘、毛、糸のような小数の単位の一つで、刹那は10の-18乗です。その他、須臾(10の-15乗)、瞬速(10のー16乗)、六徳(10の-19乗)、虚空(10の-20乗)、清浄(10の-21乗)もあります。

十、百、千、万、億、兆、京と数える大きい数の単位には、無量大数(10の68乗)があります。最小と最大の比率は、何と10の89乗もあります。これに比べて宇宙の年齢は、130億年、たかだか10の10乗年です。

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絶句 杜甫

2024-12-14 06:24:23 | 文学

詩聖 杜甫の五言絶句 を紹介します。

  絶句

江碧鳥愈白 
山青花欲然
今春看又過
何日是帰年

       「読み方」

江碧(みどり)ニシテ鳥愈(いよいよ)白ク 
山青クシテ花然(も)エント欲ツス
今春看(みすみす)又過グ
何(いず)レノ日カ 是レ帰年ナラン

        
錦江の水は深い碧色に澄み、そこに遊ぶ水鳥はますます白く見える。
山の木は緑に映え、花は燃えださんばかりに真っ赤である。
今年の春もみるみるうちに去ってしまおうとしている。
いったい、いつになったら故郷に帰れる時がやってくるのであろうか。

 「鑑賞」
杜甫、成都での作です。成都の自然の美しさに打たれつつ、故郷に思いをはせ 帰郷を願いました。

なお、島崎藤村は名歌「椰子の実」の中で「いずれの日にか国に帰らん」と歌っています。

   漢詩界の重鎮、石川忠久先生は、2022年7月12日に90歳で逝去されました。
    謹んで哀悼の意を表します。

 石川忠久「ビジュアル漢詩 心の旅」世界文化社 


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百年兵を養うは平和を守るため 山本五十六

2024-12-11 06:19:57 | 歴史
山本五十六連合艦隊司令長官はハワイに出撃する艦隊の全指揮官を集めて次のように言いました。「昭和15年12月X日をもって、米英に戦端をひらく。X日はいまのところ12月8日の予定である。しかし、いまワシントンで行なわれている日米交渉が成立したならば、12月8日の前日の午前1時までに、出動全部隊に即時引揚げを命ずる。その命令を受領したときには、たとえば攻撃隊の発信後であってもただちに収容し、反転、帰投してもらいたい。何があっても、である」
すると機動部隊司令長官南雲忠一中将が反対の声をあげました。「それは無理です。敵を目前にして帰ることなどできません。士気にも影響します。そんなこと、実際問題として実行不可能です」
二、三の指揮官が同調してうなずき合い、なかに「出かかった小便は止められません」と下世話なことをいうものもありました。
山本は、一瞬、キッとなった表情をして、かつてない激しい口調でいいました。
「百年兵を養うのは何のためだと思っているのか!一(いつ)に国家の平和を守らんがためである。もしこの命令を受けて帰ってこられないと思う指揮官があるのなら、ただいまより出動を禁止する。即刻辞表を出せ!」
山本がこの戦争に反対であることは幹部の人たちには知れ渡っていましたが、最後の最後まで強い信念で反対しているとは、だれも思っていなかったようです。全指揮官がこの強い言葉にシュンとなって、山本の顔を見守るばかりでした。
それにしても「百年兵を養うは平和を守らんがためである」とはじつにいい言葉でしょう。いまの日本にもそのまま通用します。自衛隊は文字どおり自衛のための兵力なのです。国家の平和を守るための存在であり、それで営々として陸海空の三自衛隊はこの国は養っているのです。こちらから他国へ攻めていくというようなことがあってはなりません。山本ではありませんが、一に国の平和を守らんがためなのです。
現実には、山本の願いも空しく日米交渉は結局は破綻しました。12月2日午後5時30分、山本五十六長官の名をもって出動している全艦隊にたいして電報命令が発せられました。「ニイタカヤマノボレ一二○八」12月8日、戦争は開始されました。「作戦どおりに全軍突撃せよ」ということ、この日の太平洋は終日南から烈風が吹き荒れていました。
 
     半藤一利「戦争というもの」PHP研究所
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筍を焼く 高啓

2024-12-08 06:22:46 | 文学
明の詩人、高啓の五言絶句を紹介します。

 

焼筍

幽人嗜焼筍
出土不容長
林下孤煙起
風吹似竹香

筍ヲ焼ク

幽人焼キシ筍(たけのこ)ヲ嗜(たしな)ミ
土ヲ出(い)ヅレバ 長(の)ブルヲ容(ゆる)サズ
林下 孤煙起コリ
風吹ケバ 竹ノ香ルニ似タリ

「訳」

ひっそりと隠れ住む人は焼いた筍を好んで食べ、
土から出ると、大きくなるのを許さない。
林のなかから、煙がひとすじ立ちのぼり、
風が吹くと、竹が香るようだ。

 「鑑賞」

高啓は身近な風物や家族から、歴史や自然にいたるまで、多種多様の題材をとりあげ、巧緻に歌う多作型の詩人ですが、実人生は波乱万丈でした。

  井波律子 「中国名詩集」岩波書店
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計量文献学

2024-12-05 07:21:24 | 文学
計量文献学とは、文献の特徴を数値化し、統計的手法を用いて文献の分析や比較を行う方法、またはそれに関する学問です。数値化して解析する対象は、言語により適したものが異なります。例えば、文の長さ、特定の単語または品詞の使用率、同義語や句読点の使い方が用いられます。一連の脅迫文を解析して犯人像を絞り込むなど、犯罪捜査にも応用されているそうです。
アメリカのメンデンホールは計量文献学を研究して「フランシス・ベーコンがシェークスピア戯曲の真の作者である」という説を否定しました。
また、現代日本文において読点の付け方に個性が出やすいという研究結果もあるようです。
 (井上靖、三島由紀夫、谷崎潤一郎には特徴があることが分析されています。)


     
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