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yoshのブログ

日々の発見や所感を述べます。

杜甫草堂

2025-03-29 06:29:15 | 文学
パンダの故郷は、中国・四川省です。成都は、四川省の省都です。成都と言えば三国志の蜀の都でもあり、諸葛孔明の遺跡や杜甫草堂、浣花渓公園など、杜甫の遺跡のある不肖の憧れの地でもあります。
 
杜甫草堂は盛唐の詩人、杜甫が成都に流謫した時の住居の遺構です(写真 下)。杜甫は759年から約4年間、安禄山の乱から成都に待避して、絵のように美しい街の郊外、浣花渓のほとりに茅屋を建て、質素ながら平穏な時を過ごしました。杜甫の全作品1400首のうち代表作を含む247首が、ここで生まれました。有名な「春夜喜雨」において「暁ニ紅ノ湿ウル処ヲ看レバ花ハ錦官城ニ重カラン」と詠みましたが、錦官城は成都のことです



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遺懐

2025-03-26 06:05:15 | 文学
晩唐の詩人 杜牧の漢詩です。

懐(おもい)を遺(や)る

落魄江湖載酒行
楚腰繊細掌中軽
十年一覚揚州夢
贏得青楼薄倖名

江湖に落魄して酒を載せて行く
楚腰繊細掌中に軽し
十年一覚揚州の夢
贏(あま)し得たり 青楼薄倖の名

江南地方に遊び暮らし、酒樽を舟に載せて行ったものだ。
楚の地の細い腰の美女は、手の平で舞を舞うほど軽かった。
それから十年、はっと揚州の夢からさめて我に返ると、
残ったものは青楼(いろまち)での浮気男の評判ばかり。

第二句は、昔、楚の王が細い腰の美女を好んだ故事と、漢の美姫、趙飛燕(ちょうひえん)が成帝の掌の上で舞うほど軽かったという故事を用いています。

粋人、杜牧の甘酸っぱい悔恨の趣。 「懐を遣る」とは胸中の思いを外に出すこと。
杜牧ならではの詩境で、漢詩にはめずらしい色っぽい作品です。

石川忠久 「漢詩のこころ」 時事通信社
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李白の墓 石川忠久

2025-03-23 06:09:23 | 文学
漢詩の石川忠久先生は1989年3月に、かねて念願の李白の墓を尋ねられました。南京から車で2時間、安徽省馬鞍山市に着くと、太白楼や李白ゆかりの青山があります。青山は謝公山ともいい、李白の尊敬した謝 朓(しゃちょう)が遊んだ山です。そのふもとに李白の墓(写真 下)があり、前に小川が流れています。

        李白墓
       謝公山下碧渓傍
       三尺孤墳一草堂
       天上詩仙君識否
       海東亦慕大名長

         「読み方」
   
          李白ノ墓
       謝公山下 碧渓(へきけい)ノ傍(かたわら)
       三尺ノ孤墳 一草堂
       天上ノ詩仙 君識ルヤ否ヤ
       海東モ亦 大名(たいめい)ヲ慕ウコト長シ

        「訳」

謝 朓公の山の麓の緑の小川の傍
  三尺のお墓と草堂が一つありました。
  天上にいる李白翁、ご存じでしょうか
      はるか東の国日本では翁の雷名と詩が100年以上も慕われていますよ

       この詩について、「もとより、即興の腰折れに類するものだが、遠く日本からあなたを慕って来ましたよと、思わず呼びかけるように詠った」と石川先生は述べておられます。

        石川忠久 「李白100選」 NHK 出版


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ご老公

2025-03-20 07:46:11 | 歴史
ご老公と言えば、日本中に知らない人がいないことになっている水戸黄門のことです。現在、放映している第43シリーズをもって、42年間続いた国民的長寿番組が、2011年12月に終了するということです。ご老公の威光をもってしても継続が叶わないらしいです。
私にとっては、月曜の夜の楽しみが一つなくなってしまいます。
黄門という役目は、中国の宮殿の門(禁門という)が秦や漢の時代に黄色に塗られていたことに由来し、ここを出入りする皇帝の側近のことを言いました。転じて、日本では中納言の唐名を黄門と言い、ご三家の水戸藩の藩主は代々中納言でした。
水戸光圀は徳川家康の十一男徳川頼房の三男でした。若い頃は部屋住みの身分であり、江戸の町でもよく遊んだと言われ、下情や庶民の生活に通じていたのは、この頃の体験に因るものでしょう。水戸藩の第二代藩主になり、名君でありましたが、兄頼常の次男、綱條(つなえだ)に家督を譲った後、水戸の西山荘に隠居して気儘に暮らし、「大日本史」の編纂事業に着手したりしています。助さんと格さんのモデルになった人物は実在しましたが、光圀公が全国を漫遊したという話は後世の創作と言われています。
弱い者を助け悪を懲らす話は、ワン・パターンのマンネリズムですが、人情味豊かで品格があり、三世代の家族が安心して見られるいい番組でした。
印籠の神通力はすばらしいので、私も長女から日光東照宮の土産にもらった「葵の印籠」のレプリカを持っております。(写真下)
テレビドラマの撮影に使っている印籠は、製作費、1個約百万円の逸品なので、それには到底及びません。しかも現代では、残念ながら、印籠の神通力も期待できません。



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移民 留学 亡命

2025-03-17 06:21:27 | 文化
日本と外国の間で人が移動する形態に、渡来・移民・留学・亡命などがあります。そもそも日本民族は、北方・大陸・朝鮮・南方から渡来してきたと言われています。古代には、朝鮮からの渡来民がありましたし、また、奈良・平安時代には遣唐使・遣隋使があり、小野妹子や吉備真備、空海などの優秀な人々が中国に渡っては学問をして、日本に多くの文化をもたらしました。明治初期より現代にかけても、多くの日本人留学生が欧米に渡っています。
また、明治・大正・昭和時代には、日本からアメリカ・南米・満州などに多くの移民がありました。不思議に思えるのは、祖国日本を捨てる亡命という形態が、日本にはとても少ないことです。それは日本人にとって、日本が平和で住みやすい国という証ではないでしょうか。一方、多くの外国人が日本への移民を目指していると言えるかは、疑問に思えます。
日本は、日本人にとっては大変居心地がいいのですが、外国人にとっては、必ずしもそうとは言えないのかも知れません。

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違和感のある用語

2025-03-13 06:57:41 | 文化
テレビを見ていると、時々、違和感のある用語を聞きます。(違和感を懐くのは私だけかも知れませんが。)

歌謡番組などで歌手と歌を紹介する場面。
「石川さゆりさんで津軽海峡冬景色」と紹介する司会者がいます。何と安直な日本語でしょうか。「で」は、場所などの名詞につける助詞です。石川さゆりさんは歌手であって、場所ではないのです。上記の言い方は間違っているばかりではなく、石川さんに対して失礼ではないでしょうか。正しい言い方は、「綾小路きみまろ」さんに聞くのが一番いいようです。多分、次のように言うのではないでしょうか。
「次は、石川さゆりさんが心をこめて歌います。津軽海峡冬景色をどうぞ」

さて、「録画映像」のことを、よくVTRと言う人がいます。VTRはVideo Tape Recorderの事ですが、今時、ビデオ・テープが広く使われているとは思えません。今はデジタルの時代ですから、CDやDVDなどのデジタルメモリーを使うのが一般的でしょう。テープを連想する「VTR」を使うのはおかしいと思います。少し長いですが「録画映像」、または「録画」と言うべきではないでしょうか。
いやしくもマスメディアに出演するのは、公の場所に出るということです。正しい言葉を使う勉強と気配りをもっと心掛けて欲しいものです。

それから、「くびちょう(首長)」という日本語はありません。「しゅちょう」ならば良いのですが。また、民間会社から検査にきた人を「検査官」と呼ぶのは間違い。「官」は公務員に限ります。裁判官、検察官、審査官などと国家公務員によく使います。「代議士」は衆議院議員だけを指す名詞です。


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一隅を照らす 伝教大師

2025-03-10 06:34:19 | 文学
818年 伝教大師 最澄は、弟子に向けた天台宗門後継者の修行規定「山家学生式(さんげがくしょうしき)」の冒頭に、「径寸十枚非国寶 照千一隅 此即国寶」(写真 下)と書きました。

「径寸十枚」とは金銀財宝などのことで、「一隅」とは今自分がいる場所や置かれた立場を指します。
お金や財宝は国の宝ではなく、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも代えがたい貴い国の宝なのです。
アフガニスタンに尽くした医師の中村哲氏も、「一隅を照らす」を人生の支えにしている語だということです。惜しくも銃弾に斃れてしまい、御逝去が悔やまれます。


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一万時間の法則

2025-03-07 06:54:25 | 文化
一廉(ひとかど)の能力を身につけるのには、それがどんな分野の能力であっても、一万時間の努力が必要であるというのが「一万時間の法則」です。つまり一日三時間の修練を十年間続けることに相当します。これだけの修練を積まないと、一人前の能力を身につけることができないという事を意味します。しかも他人に評価されて、賞をもらうような能力を身に付けたり、大きい業績を挙げられるのは僅か一握りの人だけです。そうした人には、努力を続けることができる環境に身を置くことができた幸運と、良い指導者に恵まれた事、そして天賦の才能があった事、また努力を続けることができる才能を持ち合わせた事などがあると思われます。
大天才アインシュタインでさえ「天才とは1%の才能と99%の努力」と言い、またトーマス・エジソンも「天才とは1%の霊感と99%の努力」と言ったということです。


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一燈を提げて行く 佐藤一斎

2025-03-04 06:22:14 | 文学
幕末の大儒、佐藤一斎の『言志晩録』に次の文があります。
「一燈を提(さ)げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め」

川上正光氏の訳注によれば、暗夜とは人生行路。一燈とは堅忍不抜の自己の向上心とあります。不肖は、一燈とは自分が信ずるもの、信念または信義のようなものではないかと思います。硬派の作家、小島直記氏の『一燈を提げた男たち』という良書があります。

  川上正光 校注「言志晩録」 講談社
  小島直記   「一燈を提げた男たち」 新潮社




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