山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

ゴルバチョフの未来はプーチンだったのか?

2022-09-11 05:14:20 | 宵宵妄話

1991年にソ連が崩壊してから約30年が過ぎた。往時の最後の政治権力者〈共産党書記長〉の地位にあったゴルバチョフ氏が先月亡くなったと伝えられた。80歳超の高齢だったという。ソ連崩壊の立役者なのか、それとも成行のままにその立場に立ったのか、他国の野次馬の一人に過ぎない自分には、その本当のことが解るはずもないのだが、この人物の名前を聞くと、ソ連という陰険な大国をよくぞ終りに出来たものだと、半分以上好意と敬意を持って思い出すのは、どういうわけなのだろう。自分にもよく解らない。

ソ連の崩壊は歴史の必然だったのか、それともゴルバチョフ達の意図的な仕掛けだったのか。いずれにしても、その後30年が経って、旧体制の酷薄な指導者たちに勝るとも劣らぬプーチンという人物の出現を期待してのものだったのか、ゴルバチョフ氏は生前どのような感慨を持っていたのだろうか。訊いてみたい気がする。 

とにかくソ連もロシアも大嫌いなのだ。自分が育ったのは、戦後の冷戦を生み出したソ連の時代だったのだが、ソ連という国は共産党による一党独裁の治世であり、凡そ共産などという一見人間の暮らしを皆で苦労を分かち合って生きるかのような呼び名の思想に見えるけど、その実態は共産とはその対極にある一党の少数幹部による独裁・専制の、極端に自由が束縛された政治体制の国であった。それは現在の中国や北朝鮮などを遥かに凌ぐ専制の政治体制だった。

ソ連は第二次世界大戦の末期、戦力を失いかけていた日本に対して、突然不可侵の約束を反故にして侵攻し、北方四島を強奪するほか、終戦で武器を持たない我が国の軍人たち数十万人をもシベリアに連れ去って抑留し、過酷な強制労働に従事させたのである。大戦中は様子見だけで戦いには加わらず、わが国が弱化するに付け込んだ卑劣な侵略行為だった。その後もその酷薄卑劣な精神は変わらず、古来我が国の領土である国後も択捉も戦利結果として決して返還などする気はないままだ。これはおそらく永久に戻らないのであろう。その後70年続いたソ連が崩壊し、ロシアという単一国家に戻っても、その強欲卑劣精神は変わらず、あっという間にプーチンという人物による専制独裁国家が出来上がってしまった。そして今は、訳の解らぬ詭弁を弄してロシアの民衆を騙し、かつての盟友だったウクライナに侵攻し、国際社会の批難などものともせず、大勢の人びとを殺害し、隣国を破壊し続けている。

このロシアの卑劣極まる侵略行為に対して、国連や国際社会などといわれるものの無力さ加減には腹が立つが、それ以上に傍若無人の振る舞いをものともしないロシアに対しては、これはもはやコロナという感染症を超える人類の敵となり下がっているという所感しかない。ロシアに与する国が幾つか表に出て来ているというのも気に入らない。結局は国益という名目を損得の算盤で計って、得の方を選ぶというのが、人類という愚かな生きもののリーダーということになるのか。善悪という物差しが判断する価値観が入り込む余裕など微塵も持たないのが人類という生き物たちの限界なのか。文明は明らかに退化のスピードを上げているようだ。

 

人類に対するコロナという感染症とそれからロシアが起こしている破滅行為は、やがてこの地球に生きる生物の存在を過去のそれとは違うものとしてしまうのではないか。この悪夢のような現状は、一体何時頃どのような形で終息するのか。我が人生の晩期に、このような世界が出現するとは、それこそ夢にも思わなかった。惨めな毎日が続いている。なれどとにかく生きて行かなければならない。今は、そのような思いで毎日を過ごしている。

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