山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

2010年北海道くるま旅でこぼこ日記:第28日

2010-09-27 02:34:19 | くるま旅くらしの話

第28日 <8月6日(金)>

【行 程】 

道の駅:なかさつない → 紫竹ガーデン(パス) → 帯広市内ショッピングモール → 音更帯広IC(道東道) → 占冠IC → 金山湖キャンプ場 → 富良野・嶋田農園 → 白銀荘(上富良野町)(泊)  <248km>

昨夜も暑くてなかなか寝付けなかった。日中の気温が高いと、いかに涼しい北海道といえども夜遅くまで快適な状況とはなり得ず、旅の眠りは在宅時よりもはるかにレベルダウンする。ようやく眠りに落ちて、目覚めた時は5時近くだった。外を見ると、雲は少しあるけどピカピカの青空が見えた。少し日も射しており、暑さが増幅されているようである。こりゃあ、今日はとんでもない暑さになるぞという予感がした。記録の整理を終えて外に出る頃には、もはや耐えがたいほどの暑さになってきていた。

今日は予定では、邦子どのが行きたがっているこの周辺の庭園などの中で、紫竹ガーデンというのが帯広市郊外にあり、広大な花の楽園があるとか。富良野以外のその様な場所を見たことがないので、行ってみるのもいいかと思っていたのだが、この暑さでは大丈夫かと先ずは不安が先立つ。

出発する前に、ここで溜まったゴミの処理をすることにした。中札内の道の駅では、長期の旅の者に対しては、村指定のゴミ袋を購入すればその処理を引き受けてくれるとの掲示があった。ゴミ箱は設置されておらず、ここの売店などで買ったものから出るゴミは、その売店に持参すれば引き取ってくれる仕組みだが、その他のゴミは指定のゴミ袋を購入すれば処理OKなのである。これは我々のような長旅の者には真にありがたい処置である。決してタダでゴミ処理をお願いしようとは思っていない。

ゴミ処理に掛る地方行政のコストは、いずれの市町村においても相当なものだと聞いている。そのコスト回収に協力するというのは当たり前のことであろう。この中札内村の道の駅の対応は、理に叶っており、車社会の現代では、人の移動の激しさに合わせてゴミの発生も増加し、その処理への対応も不可欠なのだから、本来なら日本全国どこへ行っても同じ様な対応があって然るべきではないかと思っている。一方的にゴミ箱を撤去し、販売促進だけをうたっているような道の駅などに出会うと、その思想のお粗末さに腹が立つ。

9時から受付というので、猛暑に耐えながら待っていて、ゴミの袋を購入する。売店の人にこのようなシステムはありがたいと話すると、その人の言うには、確かにそうかも知れないが自分たちとしてはありがたくないということだった。何故なら、それがなければゴミ等という不衛生極まるものを扱う必要などなかったからという。それも一理ある話だけど、どうしてなのかと訊くと、ゴミの中には生ゴミならまだしも、紙オムツなどが入っていることがあり、とんだ迷惑なのだということ。なるほどなあ、と思った。自分は未だそこまでは行っていないから大丈夫というと、いや年寄りではなく赤ちゃんの方ですとのこと。うんにゃ、今頃は年寄りもオムツをつけるのが増えてきているから、油断はなりませんよ。でも私は未だそのレベルには至っていないので、ゴミは大丈夫ですと念を押すと、ようやく笑顔が見られた。直接ゴミ処理に当るものから見れば、ありがたい仕事ではないというのはよく理解できる。現場の苦労や苦情を乗り越えるほどのトップの取り組み姿勢を期待したいと思った。

   

道の駅:なかさつないでのゴミ出し。有料だけどゴミ処理をきちんと受けて頂けるのは、旅の者にとってはありがたい。全ての道の駅などがこのような対応をしていただけることを切望する。

ゴミ処理をお願いして、とにかく紫竹ガーデンという所にいってみようと出発する。多少の日陰くらいはあるのだろうという考えだった。何しろ今までの雲多き空とは打って変わった真っ青の空に、ピカピカのお天道様が鎮座して熱射放ち続けているのである。木陰なしの場所に車を停めておいたなら、車内の温度は、たちまち40℃近くまで上がってしまう感じがする。紫竹ガーデンに行ってみると、駐車場は狭く、木蔭などは見当たらない。庭園の中には幾らかの木蔭はあるようだったけど、今日はやめた方が無難である。邦子どのの体調が完全に元に戻っているわけではないので、無理は禁物である。昨日も暑い中をかなり歩き回っているので、ここは次回に持ち越すことにして、場所を確認しただけでパスすることにした。

さてどうするか。この天気では帯広近郊のどこへ行ったって暑さを逃れられる場所などなさそうである。少し考えた結果、昨日も行ったショッピングモールに行き、そこにある大型店の中を歩いて散策してみようということになった。名づけてSMRである。Sはショッピング、MはモールそしてRはリサーチである。旅をしていると、おもな地方都市には必ず幾つかの郊外ショッピングモールがあることに気がつく。30年程前には、USAの話として聞いていたものが、今は日本国内の何処にでも見られるようになっている。これらを自分としては、今までマーケティングの視点から覗いてみたことはなかった。ただ目的の商品を手に入れるために立ち寄るだけだった。今日は最初から店の並び具合、各店の商品の品揃えや陳列、相互間の競合の様子などについて眺めてみようと思った次第。どんなに外が暑くても店の中は寒いほどなので、これはグッドアイデアだと思ったのである。

帯広西地区のショッピングモールは、軽く千台を超す駐車場の周辺に、大型スーパーを始め、ホームセンター、ドラッグストアー、100円ショップ、衣料専門量販店、家具類総合販売店などが建ち並んでいる。それぞれが特大の規模でこれらをじっくり覗いていたら、1日では見切れないほどである。先ずはホームセンターから開始する。いつも良く利用する店なので、大体の商品のありかなどは判っていたつもりだったが、細かく見てみると、結構面白い商品も見受けられたのは発見だった。30分ほどで隣に移ったが、ここは11時前なので未開店。その隣の100円ショップに移る。これはまあ、同じ名前の店なのに、驚くほどの品揃えだった。小物で無いものはないという感じがした。ここの創業者の話を昔聞いたことがある。ユーモア好きの方で、それはこの店の中に丁名や番地などが付けられているのを見て思い出したことでもある。20分ほど見ていたら、邦子どのがいない。どうしたのかなと思ったら、レジの向こうのベンチに腰掛けて居眠りをしているようだった。聞くとあまりに外との気温のギャップについてゆけないらしく、気分が悪いという。確かにそうなるような状態ではある。

一旦外に出て、どこか他の場所に移動しょうと考えるけど、適当な所が思いつかない。外は卒倒するほどの猛暑である。車に戻っても、もはや車内まで熱気が膨れ上がっている感じだった。もう一度向いにある大型スーパーの方に行ってみようということになり、車を少し移動させる。とにかく涼もうとその店の2Fに上がる。2Fの方が休憩しやすい。店の隅の方に椅子を見つけてしばらく坐っていたのだが、その内に邦子どのは仰向けに横になった方が楽だと、顔をハンカチで覆って寝てしまった。近くを通るお母さんと一緒の子供などが、邦子どのを指差して心配そうな顔だった。しばらくこのままが良さそうなので、とにかく傍でボーっとしていることにした。先ほどのSMRなどという格好良さそうな試みの成れの果てであった。猛暑とその反動の冷房の方が数枚上だった。

少し休んだ後、直ぐ近くにあるレストランで昼食。このままでは今日はどうにもならないので、食事中に考えた結果、急遽帯広を脱出することに決める。北海道中どこへ行っても平地などではこの猛暑からは逃れられないようなので、斯くなるは高地に向うしかない。ところが至近の高地が何処なのかをあまり知らない。地図などを頼りに、未知の場所に向うのはリスクが大きい。知っている一番近い場所といえば、十勝岳山麓の白銀荘か、旭岳登山ロープウエイのある所くらいしかない。少し遠いけど、高速道を利用して、上富良野の白銀荘に行くことにした。あそこなら、標高が1000mを超えており、夜になれば間違いなく快眠が保証されるに違いない。無理して暑い所に留まって、悶々として寝苦しい夜を過ごして体調を崩すよりもずっとマシである。

帯広市内で給油の後、郊外の道東道音更帯広ICから高速に入り、終点の占冠ICに出て、R237を富良野方面に向う。途中、金山湖というのがあり、ちょっと立ち寄る。いい所だけど、くるま旅の者にとっては、わざわざ泊るような場所ではないなと思った。元に戻り、富良野に入って、郊外の嶋田農園に寄り、西瓜とメロンを買う。邦子どののお気に入りの場所で、農場の奥さんに元気そうに迎えて頂いた。1年に1度きりしか会えないのに、顔を覚えておいて頂けるというのは、幸せというものであろう。

   

富良野市郊外にある嶋田農園。至る所にたくさんの花が植えられ飾られているが、これもその一つ。北海道の各家の周辺には、どこへ行っても思い思いにたくさんの花が植えられ、人びとがこの季節を花と一緒に大切に過していることが窺える。

半月ほど経過した富良野エリアの景観は、それほど変わっているようには見えなかったが、収穫後の麦畑に飼料用に丸めた巨大なロールの数がかなり増えたようである。中富良野を通過し、上富良野の日の出公園の傍を通って、白金温泉の方に山越えで向う。勝手知った道である。ビルケの森白金インフォメーションセンターに寄り、ここに泊ってもいいかなと思っていたのだったが、暑さのレベルは夜間の涼味の到来をかなり遅らすのではないかと、やっぱり当初の考え通り、白銀荘を目指すことにした。SUN号も今日は熱暑の中をいきなり高速を走らされ、今度はとんだ山の坂道を登らされて、さぞかし厳しいことだろうと思いながら、ゆっくりと白銀荘に向う。雲の割れ目から時々差し込む西日は、まるで赤外線の束を丸めて届けているように熱い。優しさの欠片もない日射しだった。17時35分、ようやく白銀荘に到着。約4時間半の猛暑からの脱出劇だった。18時半を過ぎて、日が沈んだ千メートル超の高地は、今日の脱出行に十二分に報いた夜を提供してくれた。やはり、ここに来て正解だった。邦子どのの元気もかなり回復したようである。

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