山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

奇木 枝垂れ栗の話

2013-10-03 04:24:20 | 旅のエッセー

 枝垂(しだ)れ栗というのがあるのを初めて知ったのは、岩手県北部にある九戸村を訪ねた時だった。もう7~8年昔のことである。その頃、東北の岩手県と青森県にまたがって在る、一戸から九戸までの市町村(一戸町、二戸市、三戸町、五戸町、六戸町、七戸町、八戸市、九戸村~四戸という市町村は無い)を訪ねる「へのへのの旅」というのを企画していた。本番(実はまだ実現できていない)の前に、先ずはその下調べをしようと、各「戸」の付く名の市町村を回っていた時に、九戸村で出会ったのがシダレ栗だった。後で知ったのだが、九戸村には奇木が二つあり、一つは千本松(又は箒松)と呼ばれる松の大木。そして、もう一つがシダレ栗なのだった。そのシダレ栗は、村の中を走る国道340号線を走っている時に、偶然目に入った案内の立札を見て、通過してしまった車を停め、少し戻ってその木を見たのだった。その栗の木は不思議な姿をしていた。5月の初めの頃で、未だ葉は芽吹いておらず、幹も枝も丸裸の状態だった。村の天然記念物に指定されており、幹は根元が1.4m、高さが4.8m、枝張りの広さが12m、と案内板に書かれていた。巨大なこうもり傘を開きかけて、その骨だけが残っている様な感じだった。本当にこれが栗の木なのか、何とまあ、ヘンな木があるものよと思った。その時はそれ以上の感慨はなく、1本の珍木を見たという感じで終わったのだった。ただ、心のどこかにシダレ栗の存在は大きく記憶されたのは確かだった。

        

九戸村のシダレ栗。(2007-5-9撮影)民家の畑の脇にとても栗とは思えぬ姿で立っていた。この地では、5月は未だ春が本格化し始めた頃で、水仙は花を咲かせ始めているけど、樹木たちは未だ眠りさめない状況だった。

枝垂れと名の付く樹木にはいろいろあるけど、栗の木の枝が垂れているというのを見るのは、その時が初めてだった。桜や梅や桃など、花のきれいな樹木には枝垂れは当たり前のように見聞しており、特に枝垂れ桜は各地で有名だ。しかし、花には凡そ無関係と思われる栗の木が何故枝を垂れているのかは、想像もしていなかったので、それを見た時はちょっとしたショックだった。枝というのは、樹木の間では生命の生長や維持に関してかなり重要な役割を担っている部位に違いない。その枝が垂れるというのは、その木にとって一体どの様な意味があるのか、自分には見当もつかない不思議である。

さて、今回の話に移って、長野県辰野町小野という所にあるしだれ栗森林公園の存在を知ったのは、九戸村で出会ったシダレ栗に刺激を受けて調べた結果なのである。日本全国では他の場所にも同じような木があるに違いないとネットや本などで調べてみたら、冬が寒いエリアを中心に何本かの枝垂れ栗の存在が判った。その中で、なんと、かなりの数のしだれ栗の木が生い茂っている場所が長野県にあるというのである。しかもそこは公園になっていると聞いて驚いた。同時に、いつか必ずそこを訪ねてみようと思った。それが、今回の旅で実現できたのである。

辰野町のしだれ栗森林公園へは、岡谷市を通る国道20号線からナビに従って入って行ったのだが、道が狭かったらどうしようかとの不安があった。しかし、それは全くの杞憂だった。後で知ったのだが、辰野町を通っている国道153号線経由で行くよりもずっと楽な道だった。岡谷市郊外から左折してしばらく走ると、あっという間に森林公園のある事務所に到着した。ここには、キャンプ場などが併設されていて、単にしだれ栗を見るための公園とは違った、多目的なレクリエーションのための施設として造られているらしかった。

        

しだれ栗森林公園の下方にある、枝垂栗自生地の案内板。上方に森林公園があるけど、ここは県立公園となっているらしい。案内板の後方の緑の塊が枝垂れ栗の樹木たちである。

しだれ栗の自生地は、事務所の下の方にあって、行って見ると山の半分ほどが栗の林となっており、そこにかなりの数のしだれ栗が自生していた。何本なのか、大小入り混ざっているようで、とても数えられないほどの多さだった。一寸眼にはしだれ栗なのか、何の木なのかも判らないほど緑の葉に覆われていて、それらが皆少し丸っこい形をしているので、枝垂れなのだなというのが判るのだが、初めての人には恐らく判らないのではないかと思った。傍に行って、栗の青い毬(いが)があるのを見れば、栗の木であることが判るけど、枝垂れかどうかは、なかなか難しい判断ではないかと思う。何しろ葉が枝全体を隠しているので、ただ丸っこい表面の形しか判らないからである。

        

枝垂れ栗の山の全体風景。こんもりとした緑の塊が枝垂れ栗の株の一つひとつである。案内板にによると千本もの枝垂れ栗が自生しているとのこと。

  

左は1本のしだれ栗の様子。傍に行かないと、枝垂れなのか、栗なのかどうか、判明しないほどだ。右は栗の毬。これを見て初めて栗だったというのが確信できる。

それらの緑の塊の中に、一本の枯れたしだれ栗の巨木が目立った。その木はこれ以上曲がり、歪むことはないだろうと思うほどに幹も枝もひねくれていて、苦しみ悶えて枯死したかの感じがした。緑の集団の中に見せているその姿は、この栗の木の集団の本性を象徴しているかの様で、何とも恐ろしい景色に見えた。人間どもは単純に珍しいなどと言って、公園などを造って集まってくるけど、この栗の木たちはもしかしたら、おぞましい世界に身を浸されている連中なのかもしれない。今までに、これほどひねくれた栗の木の姿を見たことはなかった。九戸村の一本の栗の珍木は、輪のように枝を垂れてもっと優雅さのある姿だったけど、幹がこれほどに曲がっているとは思えなかった。して見ると、ここの栗の木たちは、かなり違った存在なのかもしれないなと思ったのである。

        

緑の集団の中に聳え立つ、枯死したと思われる枝垂れ栗の巨木の異様な姿。回りの景観とは断絶した、おぞましさのようなものを感じた。

栗の木は、古来人間にとって有用な樹木だったと思う。その実が食料になるだけではなく、建築の用材としても大いに活用されてきている。確か青森県の三内丸山遺跡内の巨大な建物のモニュメントも、栗の大木で作られていたのではなかったか。そして、その用材は決して曲がりくねってなどいなかった筈である。また、現代でも鉄道の枕木は栗が多く使われて来ているが、決して曲がってなどいない。してみると、どうやらここのしだれ栗は、明らかに普通ではないようである。ただ単に面白がっているだけで良いのかと、ふと思った。だんだん複雑になる思いをもてあましながら、しばらくこの不思議な栗の木の集団を眺めたのだった。

その後、この不思議な栗の木の実や苗のことを知りたくなって、管理事務所を訪ねた。食事中だった担当の女性の方が出てこられて、丁寧に応対して下さった。どんな実がなるのか、苗木などは無いのか訊いて見ると、しだれ栗の実は、小さくて柴栗くらいの大きさだという。実を播いてもなかなか芽が出ることはなく、偶にしか苗を得ることは出来ないとの話だった。やはり、奇形なのであろう。DNAなど調べれば、その違いが判るのかもしれないけど、自分にはそこまで立ち入る勇気はない。ただ、不思議さに驚くだけで十分だと思っている。

実はまだ熟れてはおらず、販売もされていなかった。その方の話では、しだれ栗の鑑賞には今の時期が一番不適とのことだった。葉の落ちる秋の終わりから冬、そして春の初め辺りまでが、しだれ栗らしさが良く判る時期なのだという。確かに、自生地の案内板のところに四季のしだれ栗の写真が掲げられていたが、冬の雪をかぶった姿は、先ほど見た一本の枯死した巨木と同じ姿で、まるで山全体が盆栽の集団のように写っており、確かに見応えがあるだろうと思った。しかし、自分には複雑な見応えとなるように思った。

落葉樹というのは、葉を付けている時が本来の姿なのか、それとも葉を落としている時が正体を現している時なのか、大いなる疑問がある。勿論、そのどちらも本来の姿であり正体なのだとは解っているけど、樹の生命(いのち)を左右させる本体がどこに宿っているのか、幹なのか、枝先なのか、それとも根なのか。これらは長い間の疑問であり、未だに見当もつかない。しだれ栗の葉の茂った時期と葉を落とした時期とでは、その姿にあまりにも大きな差があり、しかもその姿が一本ではなく集団となると、これはもう奇っ怪というしかない。あれほどに幹や枝までひねくれて曲がらせているのは、一体何の仕業なのであろうか。

自分的には、先ほどのぞっとした感覚がぶり返して来て、とても盆栽を眺めるような気持で、冬のしだれ栗の木たちの群れ立つ景色を眺めることは出来ないなと思った。彼らは明らかに異常な集団である。誰が何の目的で、彼らから素直さを奪ったのか、大いなる疑問である。益々そのような気持ちが膨らんだのだった。

枝垂れ栗の有り様は、その置かれた環境によって違っているのかもしれない。九戸村の一本の珍木は、一本なるがゆえの愛嬌のようなものを感じたのだけど、この地の団体での自生状態は、些か不気味に見える。まだ2カ所しか見ていないけど、この他にも福島県の磐梯熱海辺りにも自生地があると聞くし、又下呂温泉近くにも自生地があると聞く。是非これらの地も訪ねてみて、どのような姿なのかを目に収めたい。このような他愛もなさそうなことが、くるま旅の楽しみであり、その楽しみは連鎖拡大して行くのである。この頃はそのように思いながら期待を膨らませている。

コメント
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