山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

ジジババ二人くるま旅漫遊紀行(2003年 西の方へ行くの卷)第5日(その2)

2011-12-01 00:15:37 | くるま旅くらしの話

 

 

第5日 道の駅:公方の郷なかがわから道の駅:津田の松原まで(続き)

 

うやく家内が戻って来て、さてこれから高松の方へ向かうのですが、先ずは高松市内に住む知り合いに連絡しておこうと電話をしたのですが、どなたも皆お出掛け中なのか通じません。携帯電話の番号の方は知らないため、結局はお手上げとなりました。やはりこのようなことはもう少し早く手を打っておくべきでした。でも、とにかく高松に行って昔の住いなどを訪ねてみようということにしました。途中に八十八ヶ所巡礼の結願寺である大窪寺がありますので、そこに参詣しながら行くことにして出発です。

 

昨日は一番札所の霊山寺にお参りし、今日は結願寺に参詣するというのですから、中抜きのプロセスなしの巡礼のようなものです。これではお大師様も苦笑されることでしょう。大窪寺をお参りするのは、ジサマは10年ぶり、バサマの方は20年以上経っているのではないでしょうか。10年前の冷夏の中、自転車での八十八ヶ所めぐりの最後に、この寺で納経を終え、般若心経を誦し終えたときは、達成の感動というよりもやっと終わったという安堵感と虚脱感のようなものを覚えたのを思い出します。あの時は泣き出しそうな空から大きな雨粒が無数に落ちてきて、とても明るい気分にはなれなかったのでした。今日はこの上なき青天井が広がっており、何組かの善男善女のお遍路さんが結願の記念写真を撮っていました。長い遍路旅を終えたという感じの人よりも、つなぎの巡礼で回ったとか、或いは我々と同じように今日初めてここへきて写真を撮っているような、そのような感じの人が多いのは、現代だからなのでありましょう。今の世は始めと終わりが重視され、途中のややこしいプロセスなどは大して話題にもならないことが多い、そんな気がします。でもお寺巡りというのは、そのような理屈は夫々の人々にお任せしておけばいいことなのかもしれません。こちとらだって昨日の今日なのですから。

 

大窪寺の近所でうどんでも食べてお昼にしようかなと思っていたのですが、ここにはちゃんとした讃岐うどんを食べさせてくれそうな店が無いようです。もうこの辺りまでくると残っていた昔の土地勘が働きますから、どうせうどんを食べるのなら少し先に行けば高松の郊外にいつも行っていたうどんの店があるはずです。ということで、参詣の後は高松に向かうことにしました。長尾からの県道を走り、志度で四国の幹線道の一つR11に入りました。皆懐かしい土地の名前です。でもこの辺りは最近の合併で志度町も長尾町も今はさぬき市となってしまったようです。どうやら志度がその中心地となっているようです。昨日も途中で東かがわ市という名称を見たのを思い出しました。市になることにどれほどのメリットがあるのか良く分かりませんが、経済的な理由などで簡単に新しい市や町が生まれ、昔がどんどん消えてゆくというのには、どうも馴染めない気持ちです。このエリアは、さぬきだの東かがわだのと、大くくりのぼやっとした名称であり、昔を思い出すのに苦労します。

 

昔住んでいた高松市郊外の牟礼町近くにあるうどんの店に行ったのですが、付近を探してもどこにも全く見当たりません。この辺じゃあなかったかと念入りに見て回ったのですが、すっかり変わってしまっていて、20数年という年月の長さを改めて思い知らされた感じがしました。あの当時はこの辺りには殆ど店はなく、大手のうどん屋が開いたその店は目立った存在で結構繁盛していたのですが、いつの間にか周辺の事情が大きく変わってしまったのでありましょう。仕方が無いので、先ずはとにかく家内のボランティア活動に参考になるという古民家などがある、屋島の麓にある四国村という所に行くことにしました。確か、あそこにもうどんの店はあったはずです。四国村がなくなったという話は聞いておりませんので、大丈夫でしょう。

 

着いた四国村は、今日が休日とあってなのかかなりの混雑でした。先ずはお腹を満たす必要があり、「わらや」といううどん屋に入りました。ここは名の知れたうどん屋さんのようで、少し昼時を過ぎていたのですが、大へんな混みようでした。どうしてこんなに?と思うほどに讃岐の人たちのうどんに対する思い入れは大きくて、気に入った店には万難を排して出かけて行き、何としてもうどんを食べるのだという意気込みのようなものがあるのを感じます。生醤油(きじょうゆ)うどんをいうのをジサマも注文しました。いやあ、これは美味かったですね!茹で上げたうどんに生姜をすりおろしてまぶし、それに醤油をかけて食べるのです。素朴な味ですが、うどん本来の味が噛む度に口の中いっぱいに広がって、生姜の香りと熱い風味がそれを引き立たせ、醤油がそれらをグーッと引き立てるのです。おつゆなしなのが味を凝縮させて効果的なのでした。久しぶりに「ああ、本場のうどんを喰っているなあ」と思いました。

 

うどんに満足した後は、家内は四国村の中にある諸施設の見学に入ってゆきました。ジサマの方は中には入らず、車の中に残って記録の整理などに取り掛かりました。四国村というのは、小さなテーマパークで、四国各地の古民家などを集めて展示しています。その昔の四国の風俗や生活のありようなどを紹介しているようです。まだ子供たちが小さかった頃一度この中に入ったような気がしますが、子供の方に気を取られていて中のことは良く覚えておりません。ここは民間経営であり、自立で賄うためなのでしょう料金が800円と高額です。ジサマとしては大して興味もないことにそれほどの大金を支払う気はありませんので、パスなのです。うどん屋は村の外にあり、駐車場が無料なのはありがたいことです。

 

1時間ほどして家内が戻って来ました。もう16時を過ぎており、今夜の泊り場所のことも決めなければなりません。検討の結果、R11を少し徳島側に戻った所にある津田の松原に道の駅があるようなので、そこへ行くことにしました。

 

そこへ行く途中に、昔住んでいたマンションのある牟礼町の六万寺という所に寄って見ることにしました。六万寺というのはお寺の名前ですが、このお寺のことはよく解りません。知っているのは同名のコトデン(=琴平電鉄)の駅名の方です。20数年前この駅から3分ほどの所にある小さなマンションに住んでいたのです。そこへ行ってみました。ありました。周辺は建物が混んでいて様子が少し変わっていましたが、マンションは昔のままにちゃんと残っていました。さすがに20数年経ったくたびれ感は拭えませんでしたが、現在も入居されている方が居られるようで、建物を見上げていると懐かしい思いがこみ上げてきました。あの当時は新築間もない時期で、この辺りではそのような建物は全く見当たず、目立った存在でした。何号室だったのかは思い出せません。長男が幼稚園に入ったばかり、二男はようやくおむつが取れた頃でしたから、彼らにとっての高松は第2の故郷になっていると思います。その故郷の実家だった建物がまだ健在だったというのはありがたいことだと思います。ジサマの方は、当時は会社の仕事の関係ばかりに目が向いており、ご近所のことはさっぱりでしたが、家内は幼稚園のPTAの役員などを務めたりして知り合いも多く、往時を思い出して、直ぐ近くの倅と同い年の方のお宅を訪問していました。突然の訪問にも拘わらず直ぐに思い出して頂いたようで、しばらく談笑をしていたようです。相当に驚かれたのではないかと思います。話が終わるのをしばらく待って、ようやく津田の松原に向かうことにしました。

 

高松は会社に入ってから11年目の、初めて東京を離れた転勤でした。それまでは関東以外のエリアでは暮した事が無く、家内も又千葉で生まれ育った人なので、四国での暮らしがどうなるのかと不安が大きかったのではないかと思います。しかし行って見た四国高松での暮らしは、何の心配もありませんでした。公私ともに多くの知人に支えられて、毎日が充実したものでした。家内の方は新たな土地での子育てでしたので、それなりに悩みなどはあったのでしょうが、深刻に悩んでいる場合ではないというような開き直りもあったのではないかと思います。高松でも一度引っ越しをしており、先ほどのマンションは2度目に住んだ所です。最初は戸建ての家だったのですが、直ぐ前にR11のバイパスが走っており、その道の向こう側に子どもの友だちの家があり、うっかりすると子どもがそこへ行こうとしたりするので危ないし、それに隣と少し離れた戸建てというのは、小さい子がいる場合はいろいろな意味で不便でつながりが薄くなることになってしまいます。その点引越したマンションには同じ世代の人が多く、子どもたちも皆仲良くなって、安心して暮らすことが出来たのでした。その最初の家の方にも行ってみましたが、今では道路そのものが昔の面影は全くなく、まるで別の場所を見ている感じでした。20年という歳月は思っているよりもかなり急激な変化の時間だったようです。

 

R11をさぬき市と名の変わった志度町や長尾町を通り、併せてその昔の記憶を辿りながら間もなく津田の松原の道の駅に到着しました。高松に居た頃、この辺りに海水を沸かした温泉のような入浴施設があり、子供たちと一緒に何度か来たことがあるのを思い出し、今日そこに入れないかと探してみたのですが、見つけることができませんでした。風呂は諦めて、後は夕食を済ませて寝るだけです。道の駅はR11沿いにありますので、夜間の車の通行やトラックなどでうるさいのではないかと心配だったのですが、思いのほか静かな一夜を過ごすことが出来て安堵しました。

 

コメント
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