山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

購読新聞の変更

2009-10-08 00:40:22 | 宵宵妄話

今のところまだ新聞は必需品だと思っている。若い世代ではどうなっているのだろうか。意外と新聞を購読していない者も多いのではないか。携帯やネットを覗けば、ニュースなどは最新のものがいつでも解るし、わざわざ高い購読料を払って読むほど価値があるものでもないと思っているのかもしれない。同居している倅などはそのような考えらしい。

我々の世代では、新聞を購読しないというのは、何か特別の事情がある人以外は少ないのではないかと思う。私の場合は、現役の時には主に日本経済新聞を購読していた。何紙かを複数購読していた時もあった。仕事に情報は不可欠であったから、多少お金がかかっても、それは投資の一つなのだと考えていた。そして仕事から離れてからは、ずっと朝日新聞を読んでいた。特に朝日新聞が気に入っていたわけでもなかったが、他の新聞よりは読みやすいように感じていただけである。

その朝日新聞を旅から戻った先月から、東京新聞に変更した。東京新聞は購読料も少し安いし、以前読んだ時に割とコンパクトにまとまった記事が記載されていて、良いなと思ったことがあった。守谷に越して来た時に、本当は東京新聞をとりたかったのだが、新聞店の話ではこのエリアでは東京新聞は無いようなことを言っていたので、やむを得ず朝日新聞を購読していたのである。ところが先日改めて確認したら東京新聞も扱っているというので、それならばと早速切り替えたのだった。

新聞の購読契約に関しては、血みどろのような獲得合戦が行なわれて久しい。石鹸だの何だのといろいろな景品みたいなものを持ってきて、1年でも半年でも良いから購読をお願いしたいと、ライバルの新聞店から購読の勧誘にやって来る。営業をしている人たちは大変だなあと思いつつも、やたらに購読紙を替えると言うのは自分のやり方ではないので、決して変更などしなかったのだった。

新聞を購読していて一番うんざりするのは、折込広告の多いことである。毎週土曜日が一番酷くて、新聞本体の数倍の重さとなっている。広告を読むのが好きな人には楽しみかもしれないけど、私から言わせてもらえば、折込広告を見るためにわざわざ新聞を取っているわけではない。折込広告は幾ら無料だとはいえ、はっきり言って迷惑なものが圧倒的に多いのだ。マンションや住宅の販売広告など、もううんざりである。何とかならないものかとずっと思ってきたのだが、広告を出す側からすれば、そんなことを言われてしまったら、努力が無になってしまうのだろうから、こればっかりは新聞店に文句を言うわけにもゆかない。諦めるしかないというのが現状である。

ところが東京新聞に替えたら、嬉しいことにその折込広告が激減したのである。これはどうしてなのか良くわからなかったが、どうやら折込広告というのは新聞によって異なるらしい。有名新聞というか、販売部数の多い新聞への折込広告の方が多いらしい。考えてみればそれは当たり前なのかも知れないけど、あの嵐のような大小入り乱れた広告紙の乱入という迷惑を避けるためには、販売部数の少ない新聞を購読すれば良いというのが判ったのだった。これは私にとっては新発見であり、今はその少なくなった現実に満足している。

新聞の内容も、有名紙の水ぶくれした感じのする記事内容よりもコンパクトにまとまっているように思え、良く目を通すようになった。新聞というのは毎日発行されるのであるから、読みきれないほどの記事を提供するというのは、何だかムダのような気がするのである。とはいえ、それは読者任せであって、新聞を作る側からは、提供記事の全てを読んで欲しいなどとは勿論思ってはいないのであろう。自由に選択するためにはなるべく多いほうがサービスとなるという発想なのだと思う。コンパクトで良いなどといっている奴は、読者としての解読能力が不足しいることを自ら露呈していることになるのかもしれない。何はともあれ、今は毎日新鮮な気持ちで新聞を読める楽しみがあることを満足している。

その中で一番楽しみにしているのが「ちびまるこちゃん」である。私はちびまるこちゃんの昔からのファンである。まさかこの新聞に連載されているとは思わなかった。TVの漫画も良く見るけど、あれはもう原作者の手元を離れて作られていると思っていたので、さくらももこという作者は、今はただのもの書きになってしまったのかと残念に思っていたのだが、どうして、どうして、ここに毎日連載されてるのを見て安心し、嬉しくなったのだった。さくらももこさんは、ユーモアまぶしのエッセーなどよりは、やっぱりちびまるこちゃんのような漫画がいい。百年一日のような材料(ネタ)であっても、この漫画はそれでいいのだと思う。毎日の暮らしは、小学生であれ、その親であれ、はたまた老人であれ、大して変化も感ぜられない昨日の続きのようなものだからである。ちびまるこちゃんの毎日は、自分自身の暮らしの毎日でもあるのだ。この漫画を毎日見られるだけでも東京新聞に変更して良かったと思っている。

他愛も無いちびまるこちゃんレベルの話でした。

コメント
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