新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

『父のソフト帽 ─ある婚外子の自叙伝─』鳥山二郎 Gakken

2019年01月29日 | 本・新聞小説

第23回北九州市自分史文学賞大賞受賞作品です。森鴎外記念事業として始まり、全国から寄せられた作品の審査員は柴田翔、久田恵、佐木隆三の三氏です。

著者は、古文書サークルの同じテーブルの方で、私が文学賞受賞のことを知ったのはつい最近でした。受賞から5年も経つのに温厚な紳士は、まさに武士は語らずで謙虚な方でした。
20名ほどのこのサークルはもう10年になるのに、不思議なほど個人情報がわかりません。それぞれが『爪』を表に出すことなく、古文書の静かな世界に浸っておられるようです
著者はマルチな能力で誰が見ても人生の成功者と思えるのに、タイトルの横の「─ある婚外子の自叙伝─」 の文字に違和感を覚えるほど強く心が捉えられました。

過去を剥き出しにする自分史はどちらかといえば暗くなりがちですが、子供時代ころから悲壮感がありません。
戦中戦後をたくましく生き抜きそこにはいつも笑いがあり、県下最難関といわれる修猷館から早稲田の政経学部に入学します。
子供時代から大学まで父と同じ柔道に励み、試合では群衆の中にいつも動きまわる父親のソフト帽がありました。それが精一杯の父親の愛情表現であり、その動く帽子が子供の心を支えたのだと思います。
私にとっても5、6数年の差はあるものの、克明に書かれた高度成長期のあの時代を実感しながら、学生時代の東京を懐かしみ身近に感じながら、同時代史として精神的にも共感しながら読みました。

帯に書かれた審査員の言葉を書いておきます。
柴田翔:『父親は毎日、夕食後に姿を見せて、九時には本宅へ帰っていく人だった。特にこの本が印象的なのは、事故で柔道を断念した主人公が大学卒業後に辿る人生を現在に至るまで、自分の職業生活と父の本宅の家族との関係の両面にわたって、しっかりと描ききっている点である。』

久田恵:『非嫡出子だった著者の「父を恋ふ」思いをテーマとした作品で、柔道を通して、自分のアイデンティティーを確立していった経緯が書かれている。著者の人生のハイライト場面に現れる父の中折れ帽、この構成が文学的な効果を産み出していて、胸を打たれた。』

佐木隆三:『作品のなかで、柔道の試合場面よく描かれている。柔道に不案内だけれども、興味津々で引き込まれた。中折れ帽をかぶった父親と、どこかで重なる気がしたから、文章の力というのは恐ろしい。良くできた作品で自分史を書く人の参考になる。』


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