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選挙による民主主義も信用しない

『トランプ政権と日本』より 何が「トランプ大統領」を生み出したのか 政治を見放す若者たち

二〇一六年の大統領選挙で、シカゴの若者たちが関わった大きな。事件・があった。三月一二日、共和党候補指名を目指すトランプ氏がイリノイ州立大学シカゴ校で選挙集会を開くことになっていたのだが、大学キャンパスの内外で反トランプ派のデモと、トランプ氏支持者たちの間で言い争いが起き、双方が暴力を振るう事件にまで発展したのである。トランプ氏陣営は安全上の理由で集会を中止。トランプ氏の集会が唯一中止になったケースだった。

私たちはこの反トランプデモを主催したリーダーの一人、エソスさん(仮名・一九歳男性)に話を聞くことができた。

エソスさんはイリノイ州立大学で教育学を学ぶ大学二年生。トランプ氏の集会に反対した理由を「人種差別をしないことを正義として教えられてきたのに、正義に反した過激な発言をするトランプ氏が大学のキャンパスで集会を開き放言するのを許すことができなかったからです」と説明する。

そうした信念から反トランプデモを計画したエソスさんたちは、SNSを駆使して情報を拡散し、数日のうちに大学の内外に数百人の市民を集めることに成功した。

もともとは非暴力を唱えて始まった反トランプデモ活動が暴力事件にまで発展してしまったことについて聞くと、「デモや暴動をはじめ、暴力的な一大変革が起こらないと、全人種が平等に扱われる社会づくりは難しい。キング牧師の公民権運動もそうだし、一九九二年にはロサンゼルスの暴動があった。各地で起こる暴動は、今またそういう時期が来ていることの証左ではないでしょうか」と話す。

エソスさんは、民主主義的な選挙のシステムだけで政治に参加しても、特権階級の政治家たちが市民の声を無視し続けるだけなので、デモや時に暴力といった直接行動で社会や政治を変える時期に来ているのではないか、とも考えている。

「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せょ)」デモや中東地域での民主化運動が実際に政治を動かした光景を見てきた若い世代は、ネットやSNSなどで多くの人々と直接つながって行動を起こせる社会を実感した一方で、選挙制度は「まどろっこしい、自分たちの声をダイレクトに伝えられない手段」にしか見えなくなっているのかもしれない。選挙によって自分たちのリーダー、大統領を選出するという民主主義のアメリカンドリームもすでに信用されなくなりつつある。

トランプ氏の大統領選挙勝利を予見したとして、アメリカの若者の間で話題になった本がある。プリンストン大のクリストファー・エイケン教授とヴァンダービルト大のラリー:バーテルズ教授が書いた『現実主義者のための民主主義』だ。選挙は必ずしも民意を反映せず、有権者が望む政策を実行する候補者を選ぶことができていないことを膨大なデータによって明らかにして、「投票行動はいかに不合理か」を訴えている。

本書では、代議制民主主義の限界と直接民主主義的な手法が拡大すると、極端な候補者に人気が集中したり、市民が損失をこうむるような法案が成立したりする危険性があると分析する。こうした傾向を防ぐために政党や労働組合などの「中間集団」や批判的メディアの存在があるが、今やどちらも有権者から信用されておらず弱体化の一途をたどっている。

その間隙をついて誕生したのがトランプ大統領だという見方もある。トランプ氏陣営は、自らを反特権階級として位置づけ、新聞・テレビなど既存のメディアは自分たち特権階級層の利益を守るために嘘ばかり書いているとして批判、ツイッターをはじめとしたSNSで有権者に直接メッセージを拡散して支持を集めたとされる。

この考え方は、デモや暴力によってダイレクトに政治や社会を変えたいと訴えるエソスさんのような若者たちの行動と、実は表裏一体と言える。メディアや選挙制度といった媒介を通さず、無媒介に有権者が国政とつながって変えていきたいという時代の雰囲気がそこにあるのではないだろうか。
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