古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

高野山紀行 3

2009-06-02 | 旅行
 翌日は、6時には皆さん起床している。6時半から朝の勤行がある(自由参加)。本堂に行く。二人のお坊さんが御簾の向こう側で、声明(しょうみょう)というのか、音声を発するのだが、何語か分からない。時折日本語らしい単語が入るから、やはり日本語?

聞きながら、武満徹の音楽は、この声明の伝統を引いているのかな?と思った。外人組も神妙に正座して聞いている。

終わると、住職が出てきて「どうぞ膝を崩してください」と法話を始めたが、良く聞き取れない。後で聞くと、このご住職、数年前に脳梗塞で倒れられ、会話も出来なくなったが、リハビリで何とか発声できるようになったとか。そのためか、法話は短い時間で終わる。

このお寺、浄土真宗とか。高野山はみな真言宗かと思っていたが、そうでもないらしい。



8時過ぎチェックアウト。

もう一度、中の橋の駐車場に車を置き、奥の院参道の昨日とは別の道を、一の橋へ歩く。樹齢何百年?幹が3本もある大樹があった。

石田三成の供養塔。パナソニックの慰霊碑があったが、まだ真新しい。松下から名を変えたので新しくしたのだ。社名変更の費用はここにもかかるのだ。向こうからニコニコして歩いて来た外人の娘さん二人、同宿の外人さんたちだ。Mさんがカメラを向ける。「スイス・エアラインに勤めていて、チュウリッヒに住んでいるんだって」とMさん。

どうやら「写真、送りましょう」と話しかけ、アドレスをゲットしたようです。



真言宗総本山の金剛峰寺に入りました。拝観料500円。豊臣秀吉が寄進したお寺です。といっても、建物は、創建当時の様式を伝えるものの、文久3年(1863)のもの。

狩野探幽他の手になるふすまの画が素晴らしい。豊臣秀次自刃の間があります。蟠竜庭と称する石庭があった。雌雄の竜がうずくまる形に石を配置して、日本最大の石庭というのが売り。

壇上伽藍へ歩き、根本大塔や金堂を見ます。西行が植えたという桜がありました。

ぼつぼつ帰ろうか、と土産の胡麻豆腐他を買って帰途に着きました。

山を降りて九度山町で、真田庵に立ち寄りました。戦国の名将真田昌幸・幸村親子が隠棲していた住居跡。今は真言宗の尼寺になっている。Sさんが真田紐を土産にゲットした。

「此処まで来たら、柿の葉すしを食べて帰らなくっちゃ」というMさんの言に従い、橋本駅前のレストランに立ち寄り、柿の葉すしランチを頂きました。柿の葉すしに蕎麦またはうどんのセットです。1時、昼食を済ませ、車をスタート。

今回高速を走って気付いたのは、料金所でETCの方が一般車より混雑していたこと。

帰りは、順調に走れましたが、御在所SAで休憩後、「名古屋西インターは6kmの渋滞」と伝えていたラジオが、「12km渋滞」に変わり「16km渋滞」に変わったので「これはダメだ」と桑名東で一般道に下り、木曾三川公園経由で名古屋駅帰着は5時前でした。