古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

京都駅ビル

2005-05-10 | 経済と世相
 哲学者の梅原猛さんが9日中日夕刊に、JR西日本について寄稿していました。
【・・14年前に行われたJR京都駅ビルの設計コンペの際に・・・7人の建築家に
よる作品の中から一作を選ぶコンペであり、その審査員としてイタリヤとオーストリ
アの建築家などとともに、私にも加わって欲しいという依頼があった。わたしは、京
都駅は京都の象徴であるからそれにふさわしい作品を選ばねばならぬと思って審査員
を引き受けた。
 審査会は3日間にわたって終日行われた。・・・私はA氏の作品は甚だ単純明快
で、どこか伊勢神宮のような素朴な味があり、古都京都にふさわしいと思い、A氏の
作品を推した。二人の外国人建築家も同意見で、U氏もT氏もわれわれの意見に賛成
した。
 そして二日目には一つ一つの作品について激しい議論が行われたが、・・・二日目
が終った時点で、A氏の作品が選ばれるのは間違いないと私は思った。
 三日目になって、JR西日本側はA氏の作品についていろいろケチをつけたが、二
人の外国人建築家はその批判は当らないと軽く退けた。・・われわれ5人の反対にも
かかわらず、H氏の作品が選ばれた。JR西日本は・・意のままになる審査員を過半
数選び、採用する作品を談合によってあらかじめ決めていたのである。そしてコンペ
を権威づけ、公平なコンペと思わせるために、外国から著名な建築家二人を呼び、私
などとともに審査員を務めさせた。
 この決定をみて、イタリヤ人建築家は「アイ・アム・アンハッピー」といって退席
し、オーストリヤ人建築家は「なぜはるばる遠くからやってきたわれわれの意見を尊
重しないのか」と怒った。私は、これは国辱であると激しく幹部たちに詰め寄ったが
・・・
 ・・・数日後に、社員がコンペの謝礼金を持ってきたので、私が付き返したとこ
ろ、社員は平気な顔でそれを持ち帰り、以後私には何の連絡もなかった。結果的に・
・・3日間無料奉仕をした・・
 こういう「あきれた体質の会社が今回のような大事故を起こしたのはきわめて当然
である」と私は思う。】
 長々引用したのは、民営化ですべてうまく行く等と言うことは、まったく無いと言
いたいのです。
 民営化の成功事例と言われたJRでも、この実情です。
 最近でこそ、電話料金は値下がりしましたが、NTTが民営化したのは20年程前
でしたが、競争相手が参入できる技術革新が行われるまで、独占料金のままでした。
 道路公団の改革を謳う割には料金は下がらない。分割民営化で料金は安くなるのか?
 郵政民営化は、実施したとしても,問題解決の入口に立ったというだけで、問題が
解決されると言うわけでは全くない,と思うのです。