shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

1969 / 由紀さおり

2011-12-18 | Cover Songs
 前回はかなりの変化球を承知でイエモン・ヴァージョンの「夜明けのスキャット」を取り上げたので、今回はストレートに由紀さおりの「1969」について書こうと思う。
 このアルバムの存在を知ったのは11月の初め頃で、私の歌謡曲好きを知っている母親が “今、由紀さおりがアメリカで売れてるらしいで!” と彼女の特集記事が載った新聞を見せてくれたのが最初だった。 “由紀さおり節 欧米魅了 新アルバム ネットで1位” と題されたその記事によると由紀さおりのジャズ・アルバムがアメリカ、カナダ、ギリシャなどでヒットしているという。由紀さおりがジャズ・アルバムで1位??? 大いに興味を引かれた私が早速アマゾンで検索すると、US 盤やら UK 盤やらの各国盤が何種類かゾロゾロ出てきた。
 私がまず注目したのはその選曲だ。彼女の代表曲である「夜明けのスキャット」を始め、いしだあゆみや黛ジュンといった歌謡曲はもちろんのこと、セルジオ・メンデスに PPM 、そしてペギー・リーまでやっているのだ。なんでも彼女がデビューした1969年のヒット曲を集めたらしいが、これはかなり面白そうだ。US アマゾンで試聴してみて結構エエ感じやったので購入決定。ちょうど日本盤も発売間近だったが、相変わらずのボッタクリ価格やし、東芝EMIは大嫌いやし、オリジナル盤と曲順も違うしで(←1曲目の「夕月」を6曲目の「ブルー・ライト・ヨコハマ」と順序を差し替えるあたりにEMIの商魂が透けて見えるが、私はオリジナルの構成が好き...)、日本盤の半額以下の UK 盤を注文した。
 届いた盤を聴いてまず感じたのは、由紀さおりって相変わらず歌が上手いなぁということ。「夜明けのスキャット」のあの心に沁み入る伸びやかな歌声は今も健在だ。もちろん若い頃に比べてキーは若干下がったように聞こえるが、むしろそれによって表現力に深みが増したようで、まさに “円熟” という言葉がピッタリの、極上のヴォーカル・アルバムに仕上がっている。
 ただ、何度聴いても巷間で言われているような “ジャズ・アルバム” という感じはしないし、かといってただの “懐メロ・アルバム” でもない。私には古き良き歌謡曲やポップスのスタンダード・ナンバーをジャズ系イージー・リスニングを得意とするピンク・マルティーニの新しい感覚でアレンジして現代に蘇らせた “無国籍音楽” に聞こえるのだ。
 アルバム冒頭を飾る①「夕月」なんかその最たるもので、黛ジュンのオリジナルとはまた違った味わいを醸し出す彼女の歌声は、カヴァーという概念を遥かに超越して聴く者の前に屹立する。なぜコレが1曲目に置かれたのかがよくわかる感動的な名唱であり、曲順をいじるなど言語道断。確かに⑥「ブルーライト・ヨコハマ」の方が知名度は高いが、意表を突いたチャチャのリズムが心地良いこの「ブルヨコ」はアルバムに変化を持たせる “お口直し” 的に真ん中あたりに置いてこそ真価を発揮するように思う。そういう理由で「夕月」のあのまったりした琴のイントロで始まらない日本盤「1969」は私的には NG なのだ。
 私がこのアルバムで瞠目したのがヒデとロザンナの②「真夜中のボサノバ」だ。恥ずかしながらこのアルバムを聴くまで私はこの曲の存在を知らなかったのだが、コレがもうめちゃくちゃクールでカッコイイ(^o^)丿 クレジットをよくよく見れば、何と橋本淳&筒美京平という昭和歌謡の黄金コンビということで大いに納得。40年の時を経て京平先生の和ボッサ名曲が世界に向けて発信されるなんて実に痛快だし、軽やかに揺れるような由紀さんのヴォーカルがボサノバのリズムとバッチリ合っていて絶品なのだ。それにしてもシングル「ローマの奇跡」の B面にヒッソリと収められていた知る人ぞ知る隠れ名曲を選曲したのは一体誰だったのだろう? 由紀さん本人のチョイスなのか、それとも日本のレコード会社のディレクターなのか(←まさかこのアルバムをプロデュースしたピンク・マルティーニのリーダー、トーマス・ローダーデール氏ではないと思うが...)、ちょっと興味を引かれるところだ。
 もう1曲のボッサ・チューン⑧「マシュケナダ」も素晴らしい。40年前に「夜明けのスキャット」で “ル~ル~ルルル~♪” と透明感溢れる歌声を聴かせていた歌謡曲の歌手が還暦を過ぎて “オ~ アリア~ライォ~ オパ オパ オパ~♪” とエモーショナルに歌っているのである。とにかくこのリズム、このノリ、最高ではないか! “ハービー・マンのように舞い、ボビー・ジャスパーのように刺す” フルートの変幻自在なプレイが印象的なバックのサウンドも彼女のヴォーカルを上手く引き立てているし、1分17秒から始まる彼女の囁き声によるカウント “いち... に... さん... し...” なんかもうゾクゾクさせられる。由紀さんには是非ともイザベル・オーブレみたいな全編ボサノバのサバービアなアルバムを作ってほしいものだ。
 彼女は歌手としてだけでなく女優やナレーターとしても活躍しているが、そんな彼女のマルチな才能が存分に活かされたトラックがペギー・リーの⑨「イズ・ザット・オール・ゼア・イズ」だ。この曲は半分以上が日本語の “語り” なのだが、これがもう女優としての抜群の演技力を活かした名人芸で思わず聴き入ってしまう。 “○○なんてこんなもんだったの? こんなもんなの?” という疑問を投げかけておいて “そんなもんよ~♪” と歌い出すところなんかもう見事という他ない。
 そういう意味ではピーター・ポール&マリーの④「パフ」も必聴だ。何でもマレーネ・デートリッヒによるカヴァー・ヴァージョンを意識して “語るような” イメージで歌ったらしいが、低い声で説得力抜群の語りを聴かせる由紀さんは、かの大女優と甲乙付け難いくらいの圧倒的な存在感を誇っている。
 デビュー40周年を迎えるにあたってもう一度日本の歌謡曲を歌いたいという由紀さんと、彼女の歌声に惚れ込み “日本のバーバラ・ストライザンド” と絶賛するトーマス氏のコラボレーションが生んだこのアルバムは、日本の歌謡曲の中にも “スタンダード・ソング” として時の試練に耐えうるクオリティーを持った楽曲が数多く存在することを如実に示している。単なるノスタルジーではなく “21世紀の歌謡曲” として大切に聴き続けていきたい1枚だ。

由紀さおり - Internet Radio Program


Midnight Bossa Nova


由紀さおり&ピンク・マルティーニ - マシュ・ケ・ナダ


夕月 由紀さおりさん 1969
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