沖縄県知事選で翁長雄志氏が当選してきのうでちょうど1年でした。
「この1年、『辺野古新基地は造らせない』という公約を貫き、全くぶれていない。見事だと思います」(仲地博沖縄大学長、16日付しんぶん赤旗)など、翁長氏を賛美する評価が目立ちます。果たしてその評価は妥当でしょうか。
この1年、翁長氏はほんとうに「公約を貫いた」のか、検証します。
翁長氏は2014年9月13日に正式に出馬表明しました(写真左)。それは同日、共産党、社民党、社大党など「県内5党・会派」との間で「沖縄県知事選にのぞむ基本姿勢および組織協定」(写真中、しんぶん赤旗より。以下「基本姿勢」)で合意に達したからです。
この「基本姿勢」こそ、翁長氏を当選させた「オール沖縄」と翁長氏の共通の公約です。「基本姿勢」の内容と翁長氏の実際の行動を対比します。
①「新しい知事は埋め立て承認撤回を求める県民の声を尊重し、辺野古新基地は造らせません」(「基本姿勢」)
⇒翁長氏:「承認撤回」は棚上げ。「取り消し」も選挙から11カ月後
「承認撤回」と「取り消し」は違う意味合いを持ち、「撤回」こそ有効な手段であることは繰り返し述べてきました。翁長氏も選挙中は「撤回」を口にしていたのです。そして就任後初の県議会一般質問(2014年12月17日)でも「知事選に示された民意は埋め立て承認を撤回する事由になると思う」(同12月18日付琉球新報)と答弁しました。「基本姿勢」の「承認撤回を求める県民の声を尊重」する立場に立つなら、就任後ただちに承認を「撤回」すべきでした。
ところが翁長氏は今に至るも、「撤回」は棚上げしたまま。「取り消し」も世論に押されてやっと11カ月後(10月13日)。この間、政府の既成事実化と辺野古現場での強権的市民弾圧を許してきました。これは明らかに公約違反ないしは公約不履行だと言わねばなりません。「新基地は造らせない」と言っていれば「公約を実行」したことになる、というのは大きな間違いです。
②「米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設断念を求めます」(「基本姿勢」)
⇒翁長氏:「普天間飛行場の県外移設を求めてまいります」(2015年度県政運営方針」、2015年2月19日県議会)など
「県内移設反対」と「県外移設」には大きな違いがあります。その違には歴史的経緯があり、県内の政党・会派にとってはとりわけ重大な問題です。「オール沖縄」の旗印である「建白書」(2013年1月28日)が明記しているのは、「県外移設」ではなく「県内移設を断念すること」です。「県外移設」は一致点にならないからです。「基本姿勢」もその「建白書」を踏襲しています。
ところが翁長氏はその重要な相違にフタをし勝手に「県外移設」を表明してしまいました。その後の政府との「協議」の中でも「県外移設」を主張し続けています。
これは明白な「基本姿勢」・「建白書」違反です。
「オール沖縄」の党・会派はなぜをこれを黙認しているのでしょうか。少なくとも日本共産党は、「県外移設」すなわち「本土移設」には明確に反対のはずです。にもかかわらず翁長氏のこの勝手な公約違反になぜ口をつぐんでいるのでしょうか。
③「くらしと経済を壊すTPP(環太平洋連携協定)に反対します」(「基本姿勢」)
⇒翁長氏:TPP「大筋合意」への態度を保留
沖縄タイムスが県知事と県内41首長に行ったアンケート調査(4日付)によれば、「TPP大筋合意は評価できない」と反対した首長は20人(47・6%)にのぼりました(名護市長、うるま市長など)。一方、「その他」として態度を保留した首長も同じく20人でした。翁長氏はどうか。「その他」の方です。理由は、「詳細な説明が不十分」(4日付沖縄タイムス)だからだといいます。
しかし、TPP「大筋合意」は、「国民裏切り、米国いいなり」(日本共産党・紙智子参院議員、11日の参院予算委員会)の産物であり、沖縄にとっても「離農者が増えて耕作放棄地が増大する」(うるま市、同沖縄タイムス)など、重大な影響は必至です。
にもかかわらず態度を保留する翁長氏は、「TPPに反対します」という公約に反しているのではないでしょうか。
④「自然環境の保全、回復に力を入れます」(「基本姿勢」)
⇒翁長氏:泡瀬干潟の自然破壊を推進
仲井真前知事が進めていた泡瀬干潟(沖縄市)の埋め立てに対し、「泡瀬干潟を守る連絡会」など住民が工事中止を求めている裁判(第2次泡瀬訴訟)で、那覇地裁は2月24日、不当にも住民の請求を棄却しました。
この判決に対し、翁長氏はなんとコメントしたか。「今後とも国や沖縄市と連携し、環境に十分に配慮しながら早期完成に向けて取り組んでいく」(2月25日付沖縄タイムス)と埋め立て推進を強調したのです。
泡瀬干潟の自然環境破壊を進める点で、翁長氏は仲井真前知事や国とまったく変わらないのです。
⑤「憲法9条を守り、県民のくらしの中に憲法を生かします。解釈改憲に反対し、特定秘密保護法の廃止を求めます」(「基本姿勢」)
⇒翁長氏:戦争法案に反対せず、重要な局面で安倍政権に“助け舟”
安倍政権が強行した戦争法案(安保法案)は、「解釈改憲」の最たるものであり、憲法9条を土足で踏みにじるものです。「基本姿勢」の合意に立てば、戦争法案に反対して当然、いや、戦争法の影響を最も被る沖縄の知事として、反対の先頭に立ってしかるべきではないでしょうか。
ところが翁長氏は、県議会で共産党などが何度となく見解をただしても、自ら答弁することを避け、事実上戦争法案を容認してきました。法案成立後も「審議不十分」と手続きは問題にしましたが、戦争法そのものには反対していません。共産党が提唱する「戦争法廃止の国民連合政府」にも口をつぐんだままです。
それどころか翁長氏は、安倍政権が支持率低下で窮地に陥っているまさにその時に、「1カ月の集中協議」(8月11日から9月7日)を設け、その間は「承認取り消し」は行わないという“政治休戦”で戦争法強行へ助け舟を出したのです。「支持率が下がり、相手が弱っている時に、自由にさせてはいけなかった」(吉元政矩元副知事、10月25日付沖縄タイムス)という指摘は当然です。
以上、5点にわたって検証しました。「公約実行」どころか、翁長氏の重大な公約違反・不履行は明白です。
政治家の評価は主観的な感情ではなく、客観的な事実で行うべきではないでしょうか。
警視庁の精鋭機動隊約130人が辺野古新基地建設に反対する市民に対峙している光景はまさに異例・異様です。沖縄県民の意思を無視してあくまでも新基地建設を強行しようとする安倍政権の強権ぶりが如実に表れています。現場ではケガ人や逮捕者も出ており、猶予できません。
翁長知事がこの状況を放置していることはきわめて重大です。
6日の記者会見で記者が、「警視庁の大量導入は県警の要請に従って行ったと菅官房長官は説明している。県議会では県警本部長が県の部局同様に、議事者側に席を連ねている。県の意向を無視して、県警が警視庁に要請を行ったとの理解でいいか」と質問したのに対し、翁長氏はこう答えました。
「県警は私たちとそういった交渉は一切やらないのが今日までの状況だ。だから独自でもって議会の答弁もしている。これはたぶん他の都道府県でも一緒だと思う。また、人事権についてもやはり独自の人事権を持っている。・・・具体的なことについては個別個別に、意見等を申し上げていくことになろうかと思う」(7日付沖縄タイムス「知事会見全文」)
その後、翁長氏が警視庁の機動隊派遣中止を求めたというニュースはなく、異常な状況が続いています。
翁長氏は県警は「独自」だからなんともしようがないかのように言いますが、法に基づけばけっしてそうではありません。知事には機動隊派遣を中止させ、東京へ帰す力があります。
警視庁機動隊の沖縄派遣は、沖縄県警が「県公安委員会を通し警視庁に応援部隊の派遣を要請していた」(6日付沖縄タイムス社説)ものです。
警察法第60条は「都道府県公安委員会は、警察庁又は他の都道府県警察に対して援助を要求することができる」としています。今回の機動隊派遣要請もこれに基づくものです。言い換えれば、県公安委員会の要求がなければ、都道府県を越えて警察を派遣することはできないのです。
警察法は第38条で都道府県公安委員会の「組織及び権限」を規定しているように、各県の公安委員会には大きな権限が与えられています。それは「公安委員会とは、警察民主化のために設置された行政委員会であり、警察の民主的管理機関」(原野翹氏、『警察法入門』有斐閣)だからです。
たしかに県警本部長の任免権は国家公安委員会が直接握っています(警察法第50条)。日本の警察が中央集権的であるといわれる理由の1つです。しかし、その県警本部長の任免についても、「都道府県公安委員会の同意を得て」(同第50条第1項)とされているように、都道府県公安委員会を無視しては行えないのです。
そうした権限を持つ県公安委員会と県知事とはどういう関係にあるでしょうか。
警察法第38条第1項は、「都道府県知事の所管の下に、都道府県公安委員会を置く」と明記しています。さらに、公安委員(5人)は、「都道府県知事が都道府県の議会の同意を得て、任命する」(同第39条)とされています。委員長は「委員が互選」(同第43条)します。また、同41条によって、知事には公安委員の罷免権も与えられています。
こうした条文から、県知事が県公安委員会に対しきわめて大きな権限を持っていることは明白です。
一方、首相が国家公安委員会を直接指揮監督することができないように、知事が公安委員会を直接指揮することはできないといわれています。しかしその趣旨は、「政党政治の悪い影響から免かれ公正中立な警察行政を実現するため」(原野氏、前出)です。問われるのは警察行政の「公正中立」さなのです。
そもそも警察法は、「警察の責務」をこう規定しています。
「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び検査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の秩序の維持に当たることをもってその責務とする。
警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであって、その責務の遂行に当たっては、不偏不党且つ公平中立を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない(第2条)
「私たちは、『そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権利は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する』という日本国憲法前文第一段の規定の意味を、警察についても、もう一度、考えてみる必要があると思います」(杉村敏正氏、『警察法入門』同前)
以上から、翁長知事は憲法と警察法の趣旨・条文に基づいて、県公安委員会に対し警視庁への派遣要請を直ちに取り下げるよう指示すべきです。そして、辺野古の機動隊を即刻東京へ帰すべきです。
翁長雄志沖縄県知事が2日、国地方係争処理委員会に審査を申し出たことについて、「新基地を造らせない決意を新たににじませた」(3日付琉球新報)など、県紙は翁長氏の「本気」を賛美しています。
はたしてそう言えるでしょうか。
2日の記者会見(写真左)で、注目すべき問答がありました。
記者が「移設計画を阻止するに当たって、承認の撤回を検討しているか」と質問したのに対し、翁長氏は「相手があることなので、現時点では申し上げられない」と答弁を避けたのです。
さらに「取り消しに関する裁判の結果を待たずして撤回はあり得るか」との重ねての質問に、翁長氏は自らは答えず、答弁を顧問弁護士に振りました。竹下勇夫弁護士は「最後は知事が判断すること」とボールを投げ返しました。
結局、翁長氏は「埋立承認の撤回」を行うとは言いませんでした。「撤回」に背を向けているのは翁長氏の一貫した姿勢です。
これは「あらゆる方法で阻止する」と繰り返している公約に反するばかりか、「代執行」まで行なって埋立工事を急ごうとしている安倍政権を助けることにつながります。
事態の進行は、「承認撤回」こそ新基地建設を阻止する法的切り札であることをますます鮮明にしています。
翁長氏が2日行った国地方係争処理委員会への申し立てについては、「対象外で門前払いになるのが最も素直だと思われる。県側の主張は、かなり強引な解釈運用と言わざるを得ず、係争委が容認する可能性はきわめて低いと考えられる」(磯部力・国学院大特任教授=元係争委委員長、3日付沖縄タイムス)との指摘があります。
なぜそう言えるのか。
係争委への県の審査申出書が、国交相は行政不服審査法の「私人」とはいえないという、それ自体は正当でも、法律の解釈論に終始しているからです。
安倍政権が知事の「承認取り消し」を取り消し、「代執行」まで強行し、それでも裁判にも勝てると豪語する“根拠”も、「(仲井真前知事の)承認には何ら瑕疵はなく、これを取り消す処分は違法である」(10月27日「代執行の閣議口頭了解」)という行政手続き上の“確信”にあります。
つまりは、前知事の承認に「瑕疵」があるかないかの行政上の手続き・解釈が争点になって、いろいろな法律が絡み、今の複雑な状況が生じ、安倍政権の“自信”につながっています。これが「承認の取り消し」を争点とした経過です。
これに対し、「承認撤回」は別次元の話です。
「取消」が「埋立承認時の瑕疵を理由とする」のに対し、「撤回」は「埋立承認後の事由を理由とする」もので、いずれも公有水面埋立法上、知事に認められている権限です。
「『埋立承認後の事由』には、埋立承認後に就任した知事のなす新たな公益判断も含まれ、新知事は・・・新たな公益判断に基づき、埋立承認を撤回することができる」。撤回問題法的検討会(新垣勉弁護士ら)の「意見書」(5月1日)はこう指摘しています。
その上で同「意見書」は、「新知事において、憲法で保障された地方自治の本旨及び公有水面埋立法が埋立承認の権限を知事に授権した趣旨を踏まえて、新たな公益判断を行い、前知事がなした埋立承認の撤回を行うよう」翁長氏に要請しました。
今こそこの「意見書」に立ち返ることが求められています。
承認後の「新たな公益判断」に、知事選、衆院選が含まれることは言うまでもありません。
そして、「撤回」と「取消」は同時になしうることも、「意見書」は明言しています。
「取消」の正当性も裁判で堂々と立証すべきです。同時に、それと並行して、「承認撤回」で基地が「公益」に反することを正面から主張してたたかうべきです。
翁長氏の「辺野古新基地阻止」が「本気」なら、直ちに「承認の撤回」を行なうべきです。
時が過ぎれば過ぎるほど、工事の既成事実化が進み、安倍政権の思うつぼになってしまいます。
日本国憲法にもとづいて野党が要求している(写真右)臨時国会を、自民・公明は「開かない」意向だといいます。とんでもないことです。第53条は「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と規定しています。これを無視するのは明白な憲法違反であり、絶対に許されるものではありません。
安倍政権・自民党がこうした憲法違反まで犯して、臨時国会をあくまでも回避しようとしているのはなぜか。
「安倍晋三首相の脳裏をかすめるのは昨年の臨時国会だ。内閣改造直後の9月下旬に召集したが、起用したばかりの経済産業相の小渕優子氏と法相の松島みどり氏が『政治とカネ』問題などで相次ぎ辞任。看板政策の『女性活躍』に水を差した。・・・新閣僚の不祥事が沈静化するのを待ち、答弁力を磨く時間を確保する戦略だ」(20日付共同通信配信記事)
その「新閣僚の不祥事」の代表的なものが、島尻安伊子沖縄担当相の「顔写真入りカレンダー」(写真中)配布です。松島みどり氏の「うちわ」と同様、明白な公選法違反です。追及をかわすため島尻氏は急に「ポスターだ」と言い出しました。「突然の方針転換に、県内政界からは『往生際が悪い印象を受ける。悪いと思っていないなら正々堂々と対応すればいい』(県政与党議員)との声が上がった」(20日付沖縄タイムス)、「釈然としない思いの県民も多いのではないか」(22日付琉球新報社説)。
釈然としないどころか、閣僚として、いや、政治家として失格であることがあらためて浮き彫りになっています。当の島尻氏は19日記者たちに囲まれ、「約13分の質疑応答で同様の発言を9回も繰り返し、『カレンダー』ではないと強調した」(20日付沖縄タイムス)ほど、右往左往しています。
その窮地の島尻氏に“救いの手”を差し伸べたのが、なんと翁長雄志沖縄県知事でした。
島尻氏のしどろもどろ会見の翌20日、翁長氏は自ら内閣府を訪れ、島尻氏と固く握手(写真左=沖縄タイムスより)。「『大変頼もしい方が沖縄担当大臣になった。ぜひ、沖縄のために力を貸していただきたい』と激励した」(21日付琉球新報)のです。
それだけではありません。「翁長氏は会談後、島尻氏について『私が那覇市長時代の那覇市議会議員で、参院議員になるときは私も応援した』と、これまでの関係性に触れ、『(島尻氏の)政治姿勢や真面目さはよく分かっている。沖縄を熟知しているし、頑張ってもらいたいと話した』と会談の内容を説明」(21日付沖縄タイムス)したのです。
これはブラックジョークですか?「普天間県内移設反対」の公約をかなぐり捨てて「辺野古新基地建設」の先頭に立ち、辺野古でたたかっている市民に悪罵を投げつけ、「押さえ込むべきだ」と攻撃した島尻氏の「政治姿勢」のどこが「真面目」なのですか!
まだあります。翁長氏は島尻氏との会談で辺野古新基地問題には一言も触れませんでした。そのことについて翁長氏はこう釈明したのです。「沖縄担当相は基地とは関係ない」(21日付沖縄タイムス)
驚くべき発言です。「基地とは関係ない」沖縄担当大臣に何の意味があるというのでしょうか。沖縄にカネだけ出していればいいとでも言うのでしょうか。この翁長氏の発言・認識が、「辺野古新基地取り消しは多くの県民の切実な願いである。沖縄担当相としての力量を期待している県民は大勢いるであろう。その県民の心の叫びに耳を傾けてほしいものだ」(今帰仁村の女性=21日付琉球新報投書欄)という県民の思いからも大きくかけ離れていることは明らかです。
こうした翁長氏の破格の「激励」に、窮地の島尻氏がどんなに救われる思いだったかは想像に難くありません。
いいえ、島尻氏だけではありません。
メディアも触れていませんが、いま開くべき臨時国会で本来最大のテーマになるべきは、小物閣僚の不祥事などではありません。辺野古新基地問題です。埋め立て承認取り消しに対し、安倍政権が理不尽な執行停止などによって工事を強行しようとしている、この問題こそ、戦争法とあわせて、追及すべき課題であり、安倍政権の最大の弱点です。それが嫌だから政府・自民は臨時国会を開かないのです。
翁長氏は島尻氏に対し、承認取り消しの意味を強調したうえで、臨時国会召集の必要性を述べるべきだったのです。
しかし実際は真逆でした。島尻氏を激励し、安倍政権の臨時国会回避に事実上手を貸したのです。
翁長氏は戦争法案をめぐる攻防が佳境のとき、「1カ月休戦」(「集中協議」)で安倍政権に法案強行の環境を提供しました。今回の島尻氏との会談での「激励・辺野古不問」は、それに続く安倍政権への2艘目の“助け舟”と言わねばなりません。
安倍改造内閣は、あらためて「辺野古埋立工事強行」の姿勢をあらわにしています。安倍政権にその口実を与えているのは、翁長知事がいまだに「埋立承認の取り消し」を行なっていないことです。
翁長氏は9日の時点でも、「連休明けの早い時期に取り消しに踏み切る考え」(10日付沖縄タイムス)を示したにすぎません。翁長氏の「取り消し先送り」はニュースにならないほど繰り返されていますが、けっして見過ごすことはできません。なぜなら、それは「政治判断」の問題ではなく、翁長氏の法的義務・責任の問題だからです。
「当委員会の検証の結果、本件公有水面埋立出願は、公有水面埋立法の要件を充たしておらず、これを承認した本件埋立承認手続きには法律的瑕疵が認められる」
翁長氏自身が設置した第三者委員会がこう指摘した報告書を翁長氏に手渡したのは7月16日でした(写真中)。
この報告書の意味は、「法に反する承認が行われたということだ。翁長雄志知事には違法性を是正する責務があ(る)」(仲地博沖縄大学長、7月17日付沖縄タイムス)ということです。
オリバー・ストーン氏ら海外の著名29氏による「声明」(8月22日)も、「第三者委員会による検証・・・これが意味することは、翁長知事はこれを取り消す法的義務があるということである」と明確に指摘しています。
仮に連休明けの13日に取り消したとしても、第三者委の報告からちょうど90日が経過したことになります。この間、「1カ月休戦」も含め、安倍政権は「辺野古」に頭を悩ますことなく、戦争法成立を強行することができたわけです。
翁長氏の「90日の法的義務違反」の責任はきわめて重大です。
ここで見過ごすことができないのは、こうした翁長氏の「法的義務違反」に対し、日本共産党、社民党、生活の党、社大党、県民ネットなど県政与党が、なんの異議もはさまず、翁長氏に唯々諾々と従っていることです。
例えば7日終了した沖縄県議会9月定例会の代表・一般質問で、「与党は基地問題に関する言及を最小限にとどめ、(翁長氏への―引用者)配慮をにじませた」(9日付沖縄タイムス)のです。「与党から国連演説の意義を強調する言及はあったが、取り消し時期の明示を迫る場面はなかった。・・・与党のベテラン県議は、先月10日に知事公舎で開かれた知事と与党の連絡会議で、取り消しのタイミングを知事に一任した経緯を指摘。『与党各議員に、あのときの一任が共通認識としてある。こちらから取り消しをせっつくようなことはしない』と述べ」(同)ています。
翁長氏の法的義務違反に、県政与党は白紙委任を与えてしまったのです。
県議会の質疑で、もう1つ注目すべきことがありました。
日本共産党の西銘純恵議員が6日の一般質問で、共産党がいま最重要課題としている「戦争法(安保法制)廃止の国民連合政府」について、「知事の見解を問う」と質問したのに対し、翁長氏はなんと、一言も言及せず、スルーしてしまったのです。そして翁長氏に代わって町田優知事公室長がこう答えました。「個別の政党の動きについては見解を控える」(議会中継録画より)
戦争法に対する見解表明など重要問題は町田室長に答弁させるのが翁長氏の常套手段です。それにしても、戦争法の廃止、そのための「国民連合政府」の提唱を「個別の政党の動き」と切り捨てるとは、どういう感覚でしょうか。翁長氏が戦争法に反対でないことは分かっていますが、それにしても、木で鼻をくくった答弁とはこのことです。
問題は、党の最重要課題について、ここまでそっけない態度を示されながら、共産党県議団が追加質問どころかなんの異議もはさまず、言われるままにしていることです。
共産党など県政与党は、いつまで翁長氏のやることにおとなしくついて行くつもりでしょうか。
ただすべき見解はきっちりただし、「法的義務違反」にははっきり意義を申し立て、早急に義務を履行させる。それが与党の役割ではないでしょうか。
7日発足した第3次安倍改造内閣で、島尻安伊子参院議員を沖縄担当相に起用したのは、「来年の参院選と辺野古への新基地建設を意識した人事」(8日付沖縄タイムス社説)であり、「島尻氏が立候補を予定している参院選を有利に運びたいという考え」(同)であることは明白です。
いうまでもなく島尻氏は、選挙(2010年)で普天間基地の「県内移設反対」を公約しながら、自民党本部のどう喝に屈して公約を投げ捨てた自民党国会議員5人衆の1人です(写真中は、石破幹事長=当時の後ろで「辺野古容認」への転向を表明した5人衆。左から2人目が島尻氏=2013年11月26日付琉球新報より)
なかでも島尻氏は、「3衆院議員に対し、党方針に同調するよう促した」(2013年11月6日付琉球新報)のです。そして辺野古新基地について「待望の子どもが生まれた時にはみんなでお祝いできる環境にしたい」とまで言い放ちました。まさに確信犯です。
島尻氏の“罪状”はこれだけではありません。
<島尻安伊子参院議員は(2014年2月)5日の参院予算委員会で・・・稲嶺進名護市長が市長権限を行使して移設を阻止すると述べていることについて、「政治目的から行政の権限を乱用することは地方自治法上問題だ」と述べ、移設に賛成する立場から稲嶺市長の姿勢を強く批判した。その上で、辺野古埋め立てに伴う住民らの反対運動に対し「危険な行為に先んじて対策を打つことが必要だ」などと述べ、反対運動を事前に抑え込むべきだと政府の対応を強く求めた。・・・島尻氏は「埋め立て工事では違法な妨害活動を阻止しなければならない。警察と海上保安庁の積極的な対応が必要だ」とも質問>(2014年2月6日付琉球新報)
<自民党沖縄県連の会長に就任した島尻安伊子参院議員は(2015年4月)4日、那覇市内の自治会館で開かれた県連大会のあいさつで、名護市辺野古の新基地建設をめぐる市民の反対運動について「責任のない市民運動だと思っている。私たちは政治として対峙する」と発言した>(2015年4月5日付沖縄タイムス)
<ことし3月に参院自民党・政策審議会で民放番組などの過去のデータを蓄積する「放送アーカイブ」構想が議論され、島尻氏は「先日の選挙では私の地元(沖縄)のメディアは偏っていた。あの時どうだったか調査するのは大事だ」と述べた>(8日付琉球新報)
まさに最悪の「沖縄担当大臣」です。
島尻氏の入閣に対し、「公約を裏切った人物を入閣させたことは、沖縄の民意への露骨な挑戦だ」(日本共産党・赤嶺政賢衆院議員)、「島尻氏は、選挙公約を破り辺野古容認に転じた。県民の思いに応える政策はまったく期待できない」(社大党・糸数慶子参院議員)、「政府と一緒になって県民を弾圧し基地建設を強行する人は、沖縄の大臣にふさわしくない」(沖縄平和運動センター・大城悟事務局長)(いずれも8日付沖縄タイムス)など、翁長県政与党各党や辺野古の現場でたたかっている市民から厳しい批判が噴出しているのは当然です。
ところが、翁長知事はどうでしょうか。翁長氏は7日県庁で記者団にこう述べました。
<翁長雄志知事は「沖縄21世紀ビジョンや一括交付金(沖縄振興特別推進交付金)の仕組みもよく理解されている方なので、大変期待している。沖縄の自立発展や潤いのある県民生活の実現に向け、いろいろ意見交換できるのではないか」と期待感を示した>(8日付琉球新報)
<島尻氏が普天間飛行場移設問題で政治姿勢を違えたことについては「政治はいつもそういうことが起こり得る。(島尻氏が)基地と振興策を混同しなければ、一番の強力な味方になると思う」と述べた>(同)
驚くべきコメントです。とくに公約違反について、「政治はいつもそういうことが起こり得る」とは、耳を疑う本音です。
県政与党各派や辺野古新基地に反対する市民との意識・感覚の違いはあまりにも大きいと言わねばなりません。
「基地と振興策を混同しなければ」と言いますが、安倍政権が(もちろん島尻氏も)「混同」させようとしていることは天下周知の事実です。
那覇市議だった島尻氏を参院選に押し上げたのは、翁長氏自身です(写真右は前回の選挙で当選を喜ぶ島尻氏と翁長氏=右端。2010年7月12日付琉球新報より)
翁長氏が今後、島尻氏に何を「期待」し、島尻氏をパイプに安倍政権とどんな関係を結ぼうとするのか、とりわけ来年の参院選でどのような立場に立つのか。注視する必要があります。
翁長沖縄県知事が国連のスピーチ(21日)で「辺野古埋立承認取り消し」に一言も触れないばかりか、本体工事が強行されることを示唆する発言を行ったことは、「重大な疑問」だと指摘しましたが(24日当ブログ)、その懸念がこんなに早く、しかもあきれた形で現実になろとは思いませんでした。
28日の記者会見で翁長氏は、これまでの方針(防衛局からの「意見聴取」)を百八十度転換して政府・沖縄防衛局から「聴聞」を行うことにし、「承認取り消し」は早くて「来月中旬以降」に先延ばしすることを表明しました。安倍政権へのさらなる譲歩、いや屈服であり、新基地建設に反対する県民・国民への明白な背信行為だと言わねばなりません。(写真左は琉球新報動画より)
「意見聴取」と「聴聞」には大きな違いがあります。「聴聞」は、県が国(防衛局)を行政手続法上、「審査請求・不服申し立て」ができる「私人」と同様に扱うことを意味します。そうなれば3月の岩礁破砕の時と同じように、たとえ「承認取り消し」がされても、政府(防衛局)が政府(今回は国交相)に「不服申し立て」を行い、都合のいい「回答」を引き出して「取り消し」を無効にする、というのが安倍政権の戦略です。翁長氏はそれに自ら乗ってしまったのです。「政府は、取り消し後に不服を申し立てられる『私人』の立場に、県の“お墨付き”を得たと歓迎している」(29日付沖縄タイムス)のはそのためです。
政府の辺野古埋立申請が「私人」としての行為などでないことは明白です。行政法の専門家も、「国による埋立申請は国固有の資格で行われたものであり、私人の資格で行われたものではない。・・・軍事基地建設のために私人が埋立を申請することなどあり得ない。・・・防衛局は国交大臣に対して審査請求や執行停止申し立てをすることはできない」(武田真一郎成蹊大教授、23日付沖縄タイムス)と明確に指摘しています。
翁長氏自身、これまで「法自体が、審査する立場にある国が、別の国の機関から申し立てをうけることを想定していないので、沖縄防衛局は申請人としての性質を持たない」(3月27日付「知事コメント」)と言ってきました。それをなぜこの期に及んで転換したのか。
28日の記者会見で、翁長氏に代わって竹下顧問弁護士は、「行政手続法の適用除外という認識は撤回しないが、手続き的なところでこれ以上もめるよりは、実体的な中身で問題を判断してもらうべきだと考えた」と答えました(29日付琉球新報「一問一答」)。「認識は撤回しない」といいながら、政府に口実を与える。これは「あらゆる手段で阻止する考えは変わらない」と言いながら何一つ有効な手段はとらないで工事の既成事実をすすめるのと同じ、翁長氏の一貫した手法です。
「聴聞の手続きを踏んでいないことを瑕疵と指摘され、門前払いとなる事態を避けることを重視した」(29日付沖縄タイムス)との論評もありますが、これもはまったく理屈に合いません。行政手続法の「審査請求・不服申し立て」によって、「取り消し」の是非を裁判にかけることを避け「門前払い」しようとしているのが安倍政権です。今回の翁長氏の方針転換はその「門前払い」に口実を与えるものであり、けっしてその逆ではありません。
同日の記者会見で見過ごせないのは、聴聞(10月7日)までに政府が本体工事に着手した場合でも取り消しは行わないのか、との質問に翁長氏がこう答えたことです。
「政治的な判断では横目でにらみながら、今日までのいきさつの中で判断する」
聴聞の時間稼ぎの間に本体工事を強行されても、「取り消し」を実行するとは言わないのです。これは本体工事強行の事実上の黙認にほかなりません。
会見で記者から「県民から(翁長氏に対する)疑心暗鬼の気持ちが出ると思う」と言われた翁長氏はこう答えました。「信頼関係から心配されているとは思っていない」。
自分が何をやっても、県民は「信頼関係」があるから疑うことはない、自分について来るというです。なんという傲慢・不遜でしょう。「翁長支持」の県民もメディアも、足元を見られているのです。
写真家の石川文洋さんは翁長氏に対し、「すぐに取り消して徹底的に闘うという姿勢を全国に示さなくてはいけない」「裁判に期待するのではなく、運動を盛り上げて解決することを目指すべきだ」(29日付琉球新報)と指摘しています。
その通りです。翁長氏が安倍政権と秘密協議(議事録もない)を続けた(これからも続ける)のも、突然方針転換をして政府の土俵に乗るのも、すべて、翁長氏が県民・国民の側に立って安倍政権と正面から闘う意思がないことに根源があります。
翁長氏が知事就任後、1度も辺野古の現場に足を運んでいないことも、けっして無関係ではありません。
翁長沖縄県知事が国連人権理事会(ジュネーブ)で「演説」(9月21日)と記者会見(21、22日)を行って、辺野古新基地建設を強行しようとしている安倍政権の暴挙を「告発」したことは、意味のあることです。
しかし、翁長氏の演説や会見の内容には重大な疑問点があります。今後の辺野古新基地阻止や沖縄の「自立」「独立」へ向けた運動にかかわってくる問題であり、見過ごすことはできません。
①「承認取り消し」には言及せず、「工事強行」を示唆したのはなぜか。
翁長氏は「演説」で辺野古新基地について、「あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟」だと述べました。これでは1年前の知事選での発言と変わりません。
今の焦点は翁長氏がいつ埋立承認を取り消すかです。ところが演説には「承認取り消し」の言葉はまったくありませんでした。なぜ世界に向かって「私は帰国後ただちに承認を取り消す」と言わなかったのでしょうか。
その一方、演説後の記者会見(21日)で翁長氏はこう述べました。「辺野古で強引に工事が進む可能性があるので世界中の人に見てもらいたい」(23日付琉球新報)
22日の記者会見でもこう述べています。「工事を続行する様子の映像を皆さんの関係するところに送ってもらい(たい)」(同琉球新報)。
さらに、「これから10年間工事が続く」(24日付沖縄タイムス)とも。
まるで政府が埋め立て工事を強行する(それを事実上許す)ことを前提にしているようではありませんか。埋立工事に対する翁長氏の基本姿勢を疑わせるものです。
②翁長氏の「自己決定権」とは何なのか。
演説で翁長氏が「沖縄の人々は自己決定権や人権がないがしろにされている」と述べたことが注目され評価されています。基地問題は人権の問題でもあると捉えるのは当然のことです。保守陣営はいざ知らず、革新陣営はこれまでもそう捉えてきています。
問題は翁長氏の言う「自己決定権」とは何かということです。
演説は英語で行われ、そこでは「self-determination」という言葉が使われました。元国連人権理事会諮問委員会委員の坂元茂樹氏は、この言葉の訳は「自己決定権」より「自決権」の方が適切だと指摘しています(22日の「報道ステーション」)。「自決権」にはたんなる自治権という意味だけでなく、民族の独立した決定権という意味を含むからです。翁長演説を聞いた世界の人たちの多くも、民族(先住民)の「自決権」と解釈したのではないでしょうか。
なぜなら国連には「先住民族の権利に関する国連宣言」があり、国連自由権規約委員会は日本政府に対し、「アイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を先住民と国内法で明確に認めるべき」との勧告(2008年10月)を出しているからです。
「沖縄の人々の権利」とは「先住民として土地や資源を保全し、利用する権利」(島袋純氏、21日付沖縄タイムス)とみるのが「国際基準」なのです。
しかし翁長氏が配布した「日本語訳」は「自決権」ではなく「自己決定権」でした。なぜか。
翁長氏がジュネーブへ立つ直前の17日、沖縄自民党県連の具志孝助幹事長らは翁長氏を訪ね、「国連人権理事会でのスピーチで、名護市辺野古の新基地建設の反対を『琉球人・先住民』の権利として主張しないよう要請」(18日付沖縄タイムス)しました。
この自民党の要請に対し、翁長氏はどう答えたか。
「翁長知事は『基本的な考えは(自民と)違わない。基地問題で先住民ということに触れたことはない』と理解を示した。・・・翁長知事は要請に対し、自身も基地問題を先住民として発言したことはないとする一方で『人権理事会は世界の一人一人の人権や地方自治について話し合う場所。その意味で、今日までの私の(過重な)基地負担の発言を集約してスピーチしたい』と述べた」(18日付沖縄タイムス)
翁長氏がいう「自己決定権」は「先住民」として「自決権」ではありません。せいぜい「地方自治」です。この違いはきわめて大きく、翁長氏の演説は国際的に誤解を与えるものと言わねばなりません。
国際的な誤解だけではありません。沖縄においても、「そもそも自己決定権という言い方は・・・本来的に民族的自決権という意味を内包している」「翁長演説における沖縄の自己決定権確立というアピールは、特に被抑圧民族との連帯につながるという意味で、今後の反響が期待される」(比屋根照夫琉大名誉教授、23日付沖縄タイムス)と曲解されています。翁長氏は自分が唱える「自己決定権」の真意を明確にする必要があります。
「翁長知事はやっと辺野古埋立承認を取り消した」。14日のニュースでそう思った人は少なくないでしょう。しかし事実はそうではありません。
翁長氏は「同日手続きを始め、沖縄防衛局に意見聴取を行う通知を届けた。意見聴取は28日に開き、内容を精査して10月中旬ごろに取り消す予定」(15日付琉球新報)。これから防衛局(国)の意見を聞き、取り消すとしてもさらに約1カ月先だというのです。
菅官房長官は14日の記者会見でも「工事は続ける」と公言しており、10月はじめにも本工事開始との見方がでています。翁長氏がさらに「取り消し」を先送りしたこの「約1カ月」は致命的な時間になる恐れがあります。
国からの「意見聴取」など必要ありません。県もこれまでそう言ってきたはずです。それをこの期に及んで覆し、政府にさらに埋立作業進行の時間を与えようするのはなぜなのか。きわめて不可解です。
翁長氏は14日の会見でこう述べました。「国に対する承認の取り消しについては、行政手続法は適用されないと解されるが、今回の不利益処分については行政手続法の趣旨に鑑み、意見聴取を行うことが適当と判断した」(会見中継から)
意味不明です。「行政手続法は適用されない」が「行政手続法の趣旨に鑑み」行う??いったいその「趣旨」とは何?翁長氏はそれについては一言も説明していません(質問しない記者団も記者団ですが)。
翁長氏はまさに、「必要ないと解釈した意見聴取を行うとした」(本田博利元愛媛大教授、15日付琉球新報)のです。
ことし3月、国による岩礁破砕で、県が防衛局に「作業停止」を指示したのに対し、防衛局は農水相に停止指示の執行停止を申し立てました。これに対し、県は「国」は「私人」ではなく、同じ政府内で申し立てを行うのは不当だと主張しました。そして3月27日、翁長知事名で国に「意見書」を提出しました。そこではこう述べています。
「この申立制度(行政手続法にもとづく申立―引用者)は、国民に対して広く行政庁に対する不服申し立ての途を開くことを目的としており、国自体が不服申し立てを行うことが予定されていない。さらに法自体が、審査する立場にある国が、別の国の機関から申し立てを受けることを想定していないので、沖縄防衛局は申請人としての性質を持たない。・・・そもそも県の手続きに不服があるなら、地方自治法第245条の8にある、代執行で行うべきである」(3月28日付琉球新報)
これこそが「行政手続法の趣旨」ではありませんか。そしてこの限りでは多くの専門家も支持する妥当な見解です。なのになぜ肝心なときにその主張を曲げ、「必要ない」とする「意見聴取(聴聞)」をあえて行い、時間を経過させようとするのでしょうか。
翁長氏(県)が説明しない中、「司法や第三者(だれのこと?―引用者)が国を『私人』と認定した場合、県が意見聴取(聴聞)の手続きを怠ったとされる恐れがあり、聴聞に準じて『意見聴取』することを決めた」(15日付沖縄タイムス)という不可解な記事がありますが、司法がそれを問題にするなら、堂々と司法の場で争えばいいではありませんか。
いずれにしても、最終的に裁判になることは避けられません。そうである以上、1日も早く司法の場でたたかうべきです。支持率低迷の安倍政権はそれを恐れています。県民・国民の反対世論はさらに大きくなるでしょう。
時間が経過すればするほど、辺野古新基地阻止は不利になります。工事の既成事実化がすすみ、司法が「行政行為の瑕疵の治癒」(仲宗根勇・元裁判官、3月2日付琉球新報)を判断する危険性が大きくなるからです。
繰り返しますが、これまでの県の主張に照らしても、多くの専門家の見解によっても、国からの「意見聴取」など必要ありません。翁長氏は一刻も早く、正式に、埋立承認を取り消さねばなりません。
「安保法案成立のメドが立つまでは、辺野古埋立承認の取り消しはしない」-そんな“密約”があったのではないか、と思わざるをえない展開です。
翁長知事は「週明け」に承認取り消しを表明する意向だと報じられています。「週明け」とは、安倍政権が国会で安保法案(戦争法案)を採決・成立させようとしている、まさにその週のはじまりです。すでに地方公聴会の日程も決まり、参院での採決は17日か18日とみられています。戦争法案成立のメドは立った、と安倍政権は胸をなでおろしています。
翁長氏の「承認取り消し」は、まさにそのタイミングで行われるのです。
“密約”の確たる証拠は出ていませんが、明らかなのは、翁長氏が戦争法案に反対していないことです。
県議会で見解を質問されても、自ら答弁することを避け、町田知事公室長に答弁させました。その答弁を聞く限り、「丁寧な説明」が必要だとは言うものの、法案自体には反対しない、いや事実上賛成しています。(6月27日付当ブログ参照http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20150627)
そしてもう1つ明らかなことは、この1カ月(計5回)の「集中協議」の中で、戦争法案についてはただの1回も触れられていないことです。
翁長氏は自ら言葉で戦争法案への賛否を明らかにしないで責任を回避しているのです。この事態を放置することは許されません。
13万人が国会を包囲した8月30日の全国行動に呼応して行われた「沖縄大行動」のスローガンは、「戦争法案廃案!辺野古新基地建設断念!安倍政権退陣!」でした。「戦争法案はよくよく見ていくと沖縄の歴史の問題と直接関係している」(高良鉄美集会実行委員長)のです。辺野古新基地反対と戦争法案反対は一体です。
ところが、「辺野古新基地反対」の先頭に立っているはずの翁長氏が、戦争法案に反対しない、あるいは賛成とは、いったいどういうことでしょうか。
「辺野古新基地反対」といいながら、なぜ戦争法案には反対しないのか。翁長氏は見解を明確にしなければなりません。
仮に安倍政権が戦争法案を強行したとしても、もちろん国民のたたかいは終わるわけではありません。次は成立した戦争法を廃止するたたかいであり、その重要な機会の1つが来年の参院選です。
日本共産党や社民党、社大党などの県政与党と労働団体などでつくる参院選候補者選考委員会は、先に「基本政策」を発表しました。その第1番に、「安保法案の廃案(廃棄)を目指す」(8月22日付琉球新報)と明記しています。
翁長氏は県政与党の「戦争法案廃案(廃棄)」の参院政策に賛成なのか反対なのか、明確にしなければなりません。
また、県政与党が引き続き翁長氏を先頭に「オール沖縄」で参院選をたたかうというなら、翁長氏にはっきりと戦争法案反対(廃棄)の立場に立たせる必要があります。それが県民・有権者に対する責任ではないでしょうか。
翁長氏が14日に「承認取り消し」を表明したとしても、「移設阻止のために有益に使うことのできた一カ月を無駄にした」(ピーター・カズニック氏、11日付沖縄タイムス)責任は免れません。そしてその一カ月こそは、支持率低下で窮地に陥っていた安倍政権が戦争法案強行のメドをつけた1カ月だったのです。
辺野古新基地阻止と戦争法(案)廃止を一体でたたかっていくために、戦争法(案)に対する翁長氏の賛否・見解を県民・国民の前に明らかにすることが急務です。