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アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

宜野湾市長選は「翁長氏の選挙」なのか

2016年01月19日 | 沖縄・翁長知事

  

 19日付の琉球新報を見て驚きました。
 カラー刷り全面広告が2つ。1つは、自民党・小泉進次郎衆院議員のアップ。もう1つは翁長雄志知事のアップ(写真)。
 前者が、17日告示された宜野湾市長選挙の佐喜真淳陣営のもので、後者が志村恵一郎陣営のものです。今回の選挙を「安倍政権と翁長氏の『代理対決』」(18日付朝日新聞)とする見方を裏付けるような広告です。

 これでいいのでしょうか。

 安倍首相は18日の党役員会で、宜野湾市長選について、「安全保障政策に関わる重要な選挙なので、よろしく応援していただきたい」(19日付琉球新報)と佐喜真候補へのテコ入れを指示しました。
 12日の衆院予算委員会では「安全保障に関わることは国全体で決めることだ。一地域の選挙で決定するものではない」と答弁したばかりです。ご都合主義の二枚舌も極まれりです。

 一方、翁長氏はどうでしょうか。
 18日の志村候補の「出発式」で翁長氏はこう述べました。「宜野湾市長選挙を勝つことによって・・・また私に勇気を与えてください」(18日付「赤旗」。写真右は琉球新報より)。宜野湾市長選を“自分の選挙”と考えている本音が思わず露呈しました。

 事実、志村候補と同陣営をはじめから取り仕切っているのは翁長氏です。

 「陣営の意識が変わったのは12月27日。危機感を強めた知事の号令で県政与党の県議、国政野党国会議員、市議、中部地域の首長が参加した『危機突破集会』が非公開で開かれた。・・・『志村氏の妻も現場に出て2倍の訴えを』―。取り組みを細かく指示する知事」(19日付沖縄タイムス)

 「翁長氏は年末から連日宜野湾入り。告示日は志村氏の街頭演説をした14カ所すべてでマイクを握った。陣営事務所には那覇市議出身の安慶田光男副知事が入り、支持者カード集めなどを細かく指示。陣営関係者は『これは志村氏の選挙ではない。知事の選挙だ』と漏らす」(18日付朝日新聞)

 もともと志村氏は、「宜野湾の候補者は宜野湾で決めるのが原則だ。なぜ知事サイドが介入してくるのか」(2015年9月21日付琉球新報)という「地元の不満」を押し切って翁長氏が決めた候補です。
 候補者決定から投票日まで、一貫して翁長氏の采配でことはすすんでいるのです。
 
 このままでは、「佐喜真宜野湾市政」が安倍政権直轄市政になるように、「志村宜野湾市政」は「翁長かいらい市政」になってしまうのではないでしょうか。

 翁長氏は18日の出発式で「地方自治と民主主義」を口にしました。「地方自治」はけっして中央政府と都道府県の関係だけではありません。都道府県と市町村の間にも当然「自治」がなくてはなりません。宜野湾市政を翁長県政が自由に操ることは決して許されません。

 宜野湾市長選で示されるのはあくまでも宜野湾市有権者の意思です。それを「国の安全保障政策」の是非と関係づけるのが誤りなら、「翁長県政の評価」と結び付けるのも誤りです。


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翁長知事は直ちに「岩礁破砕許可」を取り消せ

2016年01月14日 | 沖縄・翁長知事

  

 13日付沖縄タイムスによれば、日本自然保護協会、沖縄・生物多様性市民ネットワークは12日、辺野古・大浦湾埋め立てのために安倍政権(沖縄防衛局)が大型コンクリート製ブロックを海中投入するのを阻止するため、翁長雄志知事に対し、岩礁破砕許可(2014年8月28日)を直ちに取り消すよう求めました。

 これに対し県(担当課)は、「岩礁破砕許可の撤回など当然あるが、代執行訴訟などがあるので、どういうタイミングが適切か検討している段階だ」(13日付沖縄タイムス)と述べ、即刻取り消しの要求を突っぱねました。「司法判断などで公有水面埋め立て承認取り消しの効力が復活すれば、岩礁破砕許可を『撤回』する理由の一つになり得るとみている」(同)といいます。
 県・翁長知事は、少なくとも代執行訴訟の結果が出るまでは岩礁破砕許可は取り消さないし、仮に裁判で負ければ、取り消す「理由」がなくなる、というわけです。

 これはとうてい容認できない「回答」であり、辺野古新基地建設を阻止しようとしている県民・国民への重大な背信だと言わねばなりません。

 そもそも翁長氏は、埋め立て承認本体を取り消した昨年10月13日の段階で、当然、岩礁破砕許可も取り消すべきでした。ところが翁長氏は「調査中」を口実に取り消さず、「調査結果」が出たら、「岩礁破砕がなされたかについては残念ながら判断することはできない」(昨年11月17日の記者会見、同18日付沖縄タイムス)などといって、岩礁破砕許可の取り消しを正式に棚上げしてしまったのです。

 翁長氏は一貫して「岩礁破砕許可取り消し」に背を向けてきました。

 沖縄防衛局が最大45㌧のコンクリートブロックを49個も大浦湾に投入したのは昨年1月末のことでした。それによるサンゴ破壊、海底環境の変化が、「ヘリ基地反対協議会ダイビングチーム・レインボー」の独自調査によって明らかになったのが昨年2月です。

 これに対しては翁長与党の県議からさえ、「環境が破壊されている行為にまず知事が明確な反応を示すことが重要」(2015年2月12日付琉球新報)という声が出ていました。
 稲嶺進名護市長も「取り消しも当然」(同2月17日付琉球新報)と、岩礁破砕許可の取り消しを求めました。
 県紙も「翁長雄志知事は即刻、許可を取り消すべきだ」(同2月26日付琉球新報社説)と主張しました。

 しかし翁長氏はこうした声にも耳を貸さず、「ブロック設置の作業停止を指示」(同2月16日)しただけでした。「取り消しも視野にある」(同2月17日付琉球新報)という常套句で、実際に取り消そうとはしなかったのです。

 日本自然保護協会や沖縄・生物多様性市民ネットワークが指摘しているように、「岩礁破砕は判断できない」とした11月17日の会見での翁長氏の表明は、まったく根拠がないものでした。それどころか、非専門家による形だけの「調査」だったことが明らかになっています。

 防衛局の「埋立本体設計図書」全文を入手した北上田毅氏(土木技師・沖縄平和市民連絡会)によれば、安倍政権は今後、最大57㌧もの巨大コンクリートブロック102個を含め、総数286個のコンクリートブロックを大浦湾に投下する計画です。そもそも「岩礁破砕許可には、多くの瑕疵があり、取り消されるべき」(北上田氏、「けーし風」2015・7号)なのです。

 ことは急を要します。
  「安倍政権は自民、公明両党の推薦する現職の佐喜眞淳氏が再選すれば(今月24日投票の宜野湾市長選-引用者)、そう間をおかずに辺野古沿岸部の海へ土砂を流し込むシナリオを描いている」(12日付中国新聞=共同)からです。
 いいえ、「安全保障に関わることは国全体で決めることであり、一地域の選挙で決定するものではない」(安倍首相、12日の衆院予算委員会)という安倍政権は、佐喜眞氏の当落にはかかわりなく、土砂を流し込んで埋立工事を強行してくるでしょう。

 「代執行訴訟」云々の言い訳はまったく通用しません。辺野古新基地に本当に反対なら、翁長氏は直ちに、少なくとも宜野湾市長選挙までに、岩礁破砕許可を取り消す「知事権限」を行使すべきです。


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翁長氏『戦う民意』を読む② 「イデオロギーよりアイデンティティ」の正体

2016年01月12日 | 沖縄・翁長知事

  

 翁長雄志知事著『戦う民意』には、翁長氏の本音が見え隠れしています。
 その1つが、翁長氏が唱える「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティ」の正体です。

  翁長氏はこの本でも、「自民党出身という政治経歴からいっても、私は日米安保体制の重要性を十二分に理解しているつもりです」(107㌻)など、日米安保=軍事同盟支持を再三強調しています。そしてその「日米安保支持」に至るルーツをこう語っています。

 「私は保守政治家の家庭で育ったため、『共産主義国のようになってはいけない。自由主義社会を守ろう』という考えが根っこにあり、そうした中で日米安保体制も支持してきました」(140㌻)

 これは冷戦思考による古典的な「反共主義」そのものです。その思想は今日、次のように継続されています。

 「アジアのリーダー、世界のリーダー、国連でも確固たる地位を占めようとしている日本は、それに見合う品格のある日米安保体制が築けて初めて同じ価値観を共有し、世界の国々と連帯できる資格が持てます」(140㌻)

 翁長氏の「品格のある日米安保体制」とは、アメリカなどと「同じ価値観を共有」し、「日本が、まさに世界の中心で輝く」(安倍首相の年頭所感)ためのものなのです。

  翁長氏は「オール沖縄」で知事選に出馬したいきさつをこう語っています。

 「二〇一四年の知事選に向けて、私は保守側からも革新側からも出馬の要請を受けました。・・・革新側には、こんなふうに注文をつけました。『私は日米安保体制を重要だと考えている点で、あなた方とは立場が違う。ただ、沖縄に基地が集中した状態がこれからも続くことに対しては、うちなーんちゅとして絶対に許せない・・・あなた方各政党にもいろいろ考えがあるだろう。しかし、私が右から左に腹八分、腹六分で真ん中に寄ったように、あなた方も腹八分、腹六分で真ん中に寄ってこなければ、一緒にはやれない』・・・『イデオロギーよりアイデンティティ』を優先し、『オール沖縄』で立ち向かわなければ基地問題は解決しない」(191~192㌻)

 この結果、翁長氏と「革新側」の間で「沖縄県知事選挙にのぞむ基本姿勢および組織協定」(2014年9月13日)が調印され、「オール沖縄」の候補として翁長氏の出馬が決定したわけです(写真中)。

 ところが不思議なことに、『戦う民意』は知事選からの「経緯を見る」といいながら、この「基本姿勢および組織協定」のことには一言も触れていません。それどころかこう言っています。

 「(知事)選挙の争点はただ一つ、米軍普天間基地の辺野古移設でした」(22㌻)

 「私と仲井眞さんの政策の違いは、辺野古埋め立て承認の是非以外にはありませんでした」(24㌻)

 冗談ではありません。「革新側」と調印した「基本姿勢」、即ち知事選の争点には何が明記されていたか。

 「・米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設断念を求めます。オスプレイ配備を撤回させ、新たな基地は造らせません。
  ・くらしと経済を壊すTPP(環太平洋連携協定)と消費税増税に反対します。
  ・憲法9条を守り、県民のくらしの中に憲法を生かします。解釈改憲に反対し、特定秘密保護法の廃止を求めます。
  ・自然環境の保全、回復に力を入れます」(2014年9月15日付「赤旗」)

 この「基本姿勢」はけっして十分なものではありません。「高江ヘリパッド反対」も「那覇軍港移設反対」も「嘉手納基地縮小・撤去」も「自衛隊配備反対」もありません。まして「日米安保反対」などありません。その意味で「革新側」が「腹八分、六分」どころか大幅に譲歩(後退)したものです。

 ところが翁長氏の念頭からはその不十分な「基本姿勢」さえ消え失せ(というより初めから無いのだと思いますが)、「選挙の争点」、仲井眞前知事との「政策の違い」は「辺野古移設」の「ただ一つ」だったというのです。

 それを実証するように、翁長氏は知事就任後、「解釈改憲」の最たるものである戦争(安保)法案に反対せず、TPPにも正面から反対せず、泡瀬干潟の自然を破壊する埋め立ては推進し、果ては「オスプレイ反対」も直接政府に求めることはしないなど、「基本姿勢」を踏みにじり続けています。
 それどころか逆に、「基本姿勢」に反する普天間の「県外移設」を臆面もなく繰り返しています。

 以上の①と②は何を示しているでしょうか。
 「イデオロギーよりアイデンティティ」と言いながら、翁長氏自身は「反共主義」をルーツとし、アメリカなどと「価値観を共有」して「世界のリーダー」になるという強固なイデオロギーに基づいて、「品格ある日米安保」を唱えているのです。
 そして「腹八分、六分」と言って「革新側」に大幅譲歩させながら、自分は何ひとつ譲ることなく自民党幹事長当時からの「政策」を堅持し、さらにその「革新側」と調印した「基本姿勢」すら守る意思はないということです。「真ん中に寄る」どころか、自分は「右」に居座り続けながら、「革新側」だけを「右」に引き寄せているのです。

 これが翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティ」「オール沖縄」の正体です。

 「革新側」はこの事実を、いつまで見て見ぬふりをするのでしょうか。


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年頭、翁長知事の数かずの問題発言

2016年01月09日 | 沖縄・翁長知事

  

 辺野古をめぐる訴訟は、8日の「代執行訴訟第2回口頭弁論」で今年の幕を開けました。
 翁長雄志知事は同日、公判に先立つの県民集会で、「ぶれずに頑張る」(9日付沖縄タイムス)と「決意」表明しました(写真左。中は集会参加者=琉球新報、沖縄タイムスより)。
 しかし、県紙などに掲載された翁長氏の「年頭見解」には多くの問題点があり、その「決意」には重大な疑念を抱かざるをえません。

 ①「辺野古阻止」の決意のない「年頭あいさつ」

 5日付琉球新報に掲載された「知事年頭あいさつ」は、新聞の行数で192行におよぶ長文でしたが、この中で「米軍基地の問題」に触れたのは、33行(17%)にすぎません。しかもその大半は昨年(過去)の話で、今年の抱負らしきものは、「私たち責任世代が・・・後ろ姿を子どもたちに見せることによって・・・沖縄の未来を切り開く力になるのだと思う」という一般論・精神論がわずか11行(0・6%)。訴訟の勝利、辺野古新基地阻止への今年の「決意」は一言もありませんでした。

 ②「辺野古」・・・「30~50㌶埋め立ては十分ありうる」

 1日付沖縄タイムス「翁長知事に聞く」の中で、「辺野古移設阻止の見通しは」との質問に、翁長氏はこう答えました。

 「辺野古基地は絶対できない(「造らせない」ではなく「できない」です-引用者)ということは私自身、確信している。ただ、例えば30㌶、50㌶と埋め立てられ、それが計画中止になって残骸として残ったときに、この勝算というのは、どっちがどうだったとなる。造れなかったという意味では日米安保体制というのがおかしくなるだろうし、30でも50でも埋め立てられたら、私たちの大浦湾が厳しい環境になってしまう。どちらにも益のないような結論で終わる可能性も十分にある」

 50㌶といえば東京ドームの1・1倍です。翁長氏は大浦湾がそれくらいは埋め立てられる「可能性も十分にある」と言うのです。いったい、どういう姿勢で「辺野古問題」に臨んでいるのでしょうか。

 ③「高江ヘリパッド」・・・「今は辺野古一点に絞っている」と後回し

 1日付琉球新報のインタビューで、「那覇軍港、高江ヘリパッドについての見解を」と聞かれ、こう答えています。

 「今、心一つでやっているのは辺野古新基地を造らせないということを、日本の安全保障体制を含めて国民全体で考えてもらいたいとの主張をするために一点に絞ってやっている。一つ一つということも、やぶさかではないが、当面は物事を前に進め、本土、世界に理解してもらえるようにしないといけない

 さすがにこれだけではまずいと思ったのか、「高江の問題は、オスプレイの配備撤回ということで・・・そこに収斂される」と付け加えました。これは知事選の時と同じで、要は、高江のヘリパッドには正面から反対しないということ。良くて後回しだということです。

 ④普天間跡地のディズニー誘致・・・「(説明を)聞いて判断」と反対せず

 1日付「赤旗」の「会見要旨」で、宜野湾市の佐喜眞淳市長が選挙目当てに持ち出している「普天間基地跡地へのディズニーリゾート誘致」について見解を聞かれ、翁長氏はこう答えています。

 「普天間飛行場の跡地利用は、沖縄県と宜野湾市が一緒になって計画の策定をしてきております。ある意味突然であり、宜野湾市側から出た話なのかもよく分かりませんので、この辺のところを聞いたりして判断をしたい

 置いてけぼりにしないで「誘致話」に参加させよ、ということです。

 ⑤宜野湾市長選・・・負けたら「過去の民意は一切関係なくなる」

 同「赤旗」で、宜野湾市長選(1月24日投開票)について、こう述べています。

 「宜野湾で勝って、しっかりとした民意という形でやっていきたいと思います。ここで万が一ということがありますと、過去の選挙のものは一切民意とは関係なくして、ここだけの民意だという話になります

 同じことは、昨年12月22日の報道各社のインタビューでも言っています。
 「宜野湾で勝ち、しっかりした民意でやっていきたい。万が一があると、過去の選挙の民意は一切関係ないという話になる」(12月23日付琉球新報)

 冗談ではありません。宜野湾市長選で翁長派の候補が負けたからといって、どうしてそれで「過去の選挙の民意は一切関係ないという話になる」のですか。それはまさに安倍政権の言い分そのものではありませんか。それとも「宜野湾市長選の敗北」を、「辺野古」から距離を置く口実にするつもりですか。
 宜野湾市長選の結果にかかわらず、絶対に辺野古に新基地を造らせてはならなういことになんら変わりはありません。

 宜野湾市長選、県議選、参院選と選挙が相次ぐ沖縄。そのたびに、翁長氏の実態が露わになってくるでしょう。沖縄は今年、大きな岐路に立つと思います。

 ※火曜、木曜、土曜に更新してきましたが、書きたいテーマがたまっているので、当分月曜日も書きます。次回は11日です。よろしくお願いいたします。


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翁長氏『戦う民意』を読む① 石破氏との驚きの秘話

2015年12月26日 | 沖縄・翁長知事

  

 翁長雄志沖縄県知事が『戦う民意』(角川書店)と題した本を「緊急出版」(12月15日)しました。
 ほとんどはこれまでの主張の繰り返しですが、注目される“秘話”が含まれていました。その部分を引用します。

 <私が知事選に出馬するかどうか、まだはっきりと決めていないころのことです。
 当時の石破茂自民党幹事長から二回にわたって出馬しないよう説得される機会がありました。私は出馬の意向については判断を示さず、「私は日米安保体制については賛成です」と安保体制に言及したところ、石破氏は国土防衛に関するかねてからの持論である「郷土部隊」について語り始めました。
辺野古には将来、自衛隊による海兵隊をつくったらどうかと思っているんですよ。それは沖縄の若者で百パーセント編成をする。そうすると、日米地位協定の問題もなくなり、沖縄県民による自衛隊の基地にもなるので、沖縄の人たちは喜んでくれるんじゃないでしょうか>(125㌻、太線は引用者)

 これに対し、翁長氏はどう答えたか。

 <私は即座に反論しました。
「とんでもないですよ。もともと私たちは基地そのものに反対しているんですよ」
「そうですか、喜びませんか」
「喜びません」>(同)

 「百パーセント沖縄の若者」による「郷土部隊」とは、開いた口がふさがりません。どこまで沖縄を踏みつけにすれば気が済むのでしょう。これが自民党を代表する幹事長(当時)の「持論」なのです。
 しかし、これをたんにバカな男の妄言、と見過ごすことはできません。新「日米ガイドライン」や戦争法制の中での沖縄への自衛隊配備強化に通じる話だからです。
 
 翁長氏が「即座に反論」したのは当然でしょう(それが事実だとして)。「喜びません」どころか、もっと怒りをぶつけてしかるべきですが。

 しかし、この“秘話”は、単に「石破氏の暴言」ではすまされない問題を含んでいます。

 第1に、翁長氏はなぜこれを1年以上も明らかにしなかったのでしょうか。
 翁長氏は「これは明確な意図をもって、辺野古を恒久的な軍事基地にしようとしているとしか思えません」(126㌻)と述べています。その通りです。だからこそ、もっと早く、知事選の時から暴露していれば、辺野古新基地の安倍政権・自民党の意図がより明確になったでしょう。
 さらに、辺野古新基地が自衛隊の沖縄配備強化と一体のものであることもより鮮明になり、宮古、石垣、与那国への自衛隊配備反対の世論も高まったでしょう。
 そんな重大発言を、翁長氏が1年以上明るみに出さなかったのはなぜでしょうか。

 第2に、翁長氏は石破氏との密室の会談の中で、自ら「私は日米安保体制については賛成です」と「安保体制に言及」したのです。それを受けて石破氏の暴論が飛び出した。
 ここからうかがえることは、知事選出馬をめぐる翁長氏と石破氏とのやりとりの中で、日米安保体制に対する見解・態度が焦点になり、翁長氏がすすんで「賛成」を明言したことから、石破氏は心を許して持論を述べた、ということではないでしょうか。

 「イデオロギーよりアイデンティティ」「保革を乗り越える」。これがこの本の中でも繰り返されている翁長氏のキャッチフレーズです。しかし、「日米安保体制に賛成」こそ、「イデオロギー」の最たるものであり、「保守」と「革新」を分ける分水嶺ではないでしょうか(憲法への態度とともに)。
 翁長氏は「革新」を取り込むためにこのキャッチフレーズを何度も口にしながら、実際は、知事選に出馬表明する前の自民党幹事長との密談で、最大の「保守のイデオロギー」である「日米安保堅持」を石破氏の前で公言(約束)して、知事選に出馬したのです。

 このことは、辺野古新基地はもちろん、高江ヘリパッド、那覇軍港移転、嘉手納を含む沖縄の全基地撤去、さらに自衛隊配備問題に対する翁長氏の態度にかかわる重大な事実として銘記される必要があります。

 そこで問わなければならないのは、翁長氏のもう1つのキャッチフレーズ、「品格ある日米安保」とはいったい何なのか、ということです。
 次回、『戦う民意』からそれを検証します。
 


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「オール沖縄会議」はなぜ「建白書」から後退したのか

2015年12月17日 | 沖縄・翁長知事

   

 「翁長知事の闘いを全面的に支えていく」(設立趣意書)と宣言して結成(14日)された「オール沖縄会議」に対しては、「『島ぐるみ会議』など既存の組織があるとして『屋上屋を架すようだ』など、新組織の形骸化を懸念する声も上がる」(15日付沖縄タイムス)と言われています。

 「島ぐるみ会議」(2014年7月27日)が存在し、辺野古へのバス配備など活動を続けてきたのにもかかわらず、なぜ新たに「オール沖縄会議」を発足させる必要があったのでしょうか。
 「島ぐるみ会議はあくまで個人参加による組織であり、団体単位では加入していない」(16日付琉球新報社説)ことが「オール沖縄会議」との違いとされています。それだけでしょうか?

 2つの「会議」には重大な違いがあります。それぞれの「アピール」「趣意書」から抜粋します。

 「2013年沖縄『建白書』の実現を求め、辺野古強行を止めさせ、未来を私たちのものとするために、沖縄の心をひとつにし、島ぐるみの再結集を、全沖縄県民に呼びかけます」(沖縄「建白書」を実現し未来を拓く島ぐるみ会議結成アピール)

 「2013年の『建白書』の精神を基軸に、翁長知事を支え、県民を鼓舞し辺野古現地の闘いを大きな支援の輪で包んでいく」(オール沖縄会議設立趣意書)

 一目瞭然です。「島ぐるみ会議」はその正式名称自体が示しているように、「『建白書』の実現」を明確な目的に掲げています。
 ところが「オール沖縄会議」においては「建白書」は、「精神」の「基軸」にすぎず、その「実現」は明言されていません。明らかな後退です。

 これはたんなる“言葉づかい”の問題でしょうか。そうとは言えません。なぜなら、翁長氏によって「建白書」の実質的な変質・形骸化が進行しているからです。

 「建白書」(2013年1月28日)の具体的な要求項目は次の2点です。①オスプレイの配備を直ちに撤回すること②米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること。

 このうち、②の「県内移設断念」について、翁長氏は「2015年度県政運営方針」(2月19日県議会で所信表明)で、「普天間飛行場の県外移設を求めてまいります」とのべ、明らかに「建白書」に反した「県外移設」の持論を公式方針としました。その後、安倍政権との「集中協議」(8月10日~9月9日)の中でも「県外移設」を公言しています。

 ①の方はどうでしょうか。翁長氏は就任以来、「集中協議」を含め、安倍政権に対して面と向かって「オスプレイを撤去せよ」と主張したことはありません(少なくとも主張したという報道はありません)。逆に、次のようなことがありました。

 「菅義偉官房長官が29日の集中協議で、東村高江へのヘリパッド建設について県の協力を求めた。・・・翁長雄志知事はヘリパッドが建設されれば県が配備撤回を求める米海兵隊のオスプレイ配備が予想されることから協議の場では『要請を受けた形とする』と答えるにとどめた」(8月30日付琉球新報)

 翁長氏は、菅官房長官に「高江ヘリパッド建設反対」を言うどころか、逆にオスプレイ配備強化に直結するヘリパッド建設へ「協力要請」をされ、それを突き返すどころか「受けた形」にしてしまったのです。

 14日付沖縄タイムス(平安名純代・米国特約記者)は、オスプレイが10日カリフォルニア州沖合で重大な着艦事故を起こしていたことをスクープしました(写真左)。オスプレイの危険性が改めて浮き彫りになっています。

 ところが翁長氏はこの事故について、一言もコメントしていません。代わりに町田優知事公室長が、「事故の状況が分からないので何とも言えないが、けが人がなかったからいいわけではない。・・・県民の不安は募るばかりではないか」(15日付沖縄タイムス)と言いましたが、「配備撤回」の言葉は報じられていません。

 そもそも「建白書」自体、「高江ヘリパッド」や「八重山への自衛隊配備」などについては一言も触れないきわめて不十分なものです。しかし、それが「オール沖縄」の旗印になっていることは確かです。
 翁長氏がその「建白書」からの逸脱・形骸化をすすめ、「オール沖縄会議」がそれをたんに「精神的」なものにして実行要求を棚上げするなら、県民への重大な背信と言わねばなりません。

訂正
 12月1日の「翁長知事はなぜ全国知事会議をすべて欠席したのか」の中で、「翁長氏は就任以来、1度も知事会議に出席したことがありません」としたのは、「翁長氏は今年度、1度も-」の誤りでした。お詫びして訂正します。
 翁長氏は2015年1月8日の知事会議に出席しています。翁長氏の知事会議出席はこの1回だけです。


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「オール沖縄」がはらむ「翁長翼賛体制」化の危険

2015年12月15日 | 沖縄・翁長知事

   

 今月11日付の沖縄タイムス、琉球新報両紙に、驚くべき記事が載りました。

 「県議会、質問権生かさず  与党 時間を大幅短縮」(沖縄タイムス)
 「与党県議12人 “県に配慮”質疑短縮」(琉球新報)

 「県議会の代表・一般質問が10日に終了した。一般質問の中では、登壇した与党全員の13人が事前に申し合わせ、宜野湾市長選の応援や執行部への“配慮”を理由に、質問時間を大幅に短縮した。・・・議員の質問時間は17分だが、与党は『1人10分以内』という水面下の申し合わせをした」(沖縄タイムス)

 「与党は平均すると1人当たり7分10秒を残して質疑を終えた。2分6秒の質問時間で切り上げた議員もいた。与党会派が質問した9日は、夜に宜野湾市内で来月の市長選に向けた立候補予定者の総決起大会があった。県議らによると、同日の質問切り上げは、翁長知事をはじめ県議らが応援に駆け付けるため自粛したものだった」(琉球新報)

 翁長知事の与党会派は、宜野湾市長選での自陣営の予定候補応援のため、水面下で申し合わせ、17分しかない質問時間を全員が大幅に削減したというのです。信じ難いことです。

 「翁長与党会派」とは、日本共産党、社民党、生活の党、社大党、県民ネットです。

 「ある与党県議は『基地問題など重大局面が続き、(執行部の)負担を考えればやむを得ない』と釈明」(同、琉球新報)したといいます。まさに確信犯です。
 「一方、別の与党県議は質問権を自ら制限する与党内の空気に『17分の質問は議員に与えられた最大の特権だ。それを自己規制することは、県民の負託に応えていないことになる』と危機感を抱いた」(同、琉球新報)とも報じられています。「与党」の中にも良識ある議員はいるようです。
 しかし、報道以降も、この問題で「与党会派」から正式な釈明や謝罪があったという報道はありません(「しんぶん赤旗」を含め)。

 たんに時間が短かったという問題ではありません。時間を短縮すれば、当然質問内容がカットされます。
 例えば、10日に一般質問に立った嘉陽宗儀県議(日本共産党)は、事前の質問通告の中から、「高江のヘリパッド建設問題について」「西普天間地区の環境調査の現況と対策について」「泡瀬干潟埋立問題について」の3項目を「取り下げ」ました。いずれも沖縄県政の重大問題であると同時に、翁長氏が態度を明確にしていなかったり(高江ヘリパッド)、「辺野古」と相反して容認している(泡瀬干潟埋立)、いわば翁長氏にとっては突かれると痛い問題です。

 さらに問題なのは、事前通告からの取り下げだけではありません。
 沖縄と日本の平和にとってきわめて重大な、石垣、宮古、与那国の八重山諸島への自衛隊配備・強化について、与党会派はだれ1人質問していません。これも翁長氏が、「辺野古新基地」への態度とは裏腹に、賛成・容認している問題です。

 付け加えれば、共産党は、いま最も重視している「戦争法廃止の国民連合政府」について、代表質問(4日)も含め、質問していません。「9月議会」では質問したのに、なぜでしょうか。
 9月議会では共産党の質問に翁長氏は答ませんでした。戦争法に反対せず、したがって「国民連合政府」にも賛成しない翁長氏の立場が明確になることを避けたからではないのですか?

 「オール沖縄」の名の下に、翁長氏への必要な批判・追及を避け、「全面的に支えていく」(10日、共産党・西銘議員)という姿勢は、沖縄の県政、そして「世論」を一色に染める翼賛化の危険をはらんでいます。
 その兆候はすでにメディアなどに表れていますが、それが議会にも蔓延し、「翼賛議会」の様相を呈し始めていることを、今回の事態は示しているのではないでしょうか。

 時あたかも14日、「オール沖縄会議」が結成されました(写真左。琉球新報より)。「オール沖縄」が持つ「翁長翼賛体制」化の危険を常に凝視しなければなりません。
 沖縄の「民主・革新」勢力、市民、メディアは、いま、大きな岐路に立っていると言えるでしょう。



 13日のブログ「『12月13日』を、忘れない」の中で、「南京大虐殺」が行われた期間について、当初書いたものに対して貴重なご意見をいただき、修正しました。その個所を採録します。

 78年前の1937年12月13日、日本帝国陸軍が中国の首都(当時)南京を陥落。南京攻略作戦に伴う虐殺は37年12月4日前後から始まり、作戦が終了する38年2月14日まで、さらには中華民国維新政府が成立する3月28日ごろまで続いたと言われています(笠原十九司著『南京事件』より)。「12・13」はその大虐殺を象徴する日なのです。 


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「翁長陳述書」を検討する②ー密室の「集中協議」と自衛隊配備

2015年12月08日 | 沖縄・翁長知事

   

 辺野古代執行訴訟における翁長雄志知事の「陳述書」(2日)の問題点は、日米安保体制=軍事同盟擁護に貫かれていることだけではありません。

 翁長氏は、安倍政権が戦争(安保)法案反対の世論の中で窮地に陥っているとき、1カ月(8月10日~9月9日)にわたって「集中協議」なる“政治休戦”を設け、その間は「承認取り消しはしない」という約束で安倍政権を助けました。
 5回にわたる「集中協議」は、議事録も残さない異常な密室協議でした。翁長氏と安倍政権の間で何が話し合われたのか、いまだに闇の中です。

 ところが翁長氏は口が滑ったのか、「陳述書」の中でこれまで明かされていなかった「集中協議」の一端を暴露しました。
 「⑥前知事の承認に対する疑問-取消しの経緯」の「(2)第三者委員会の設置と国との集中協議」の中でこう述べています。

 「中谷防衛大臣からは、中国軍機によるスクランブルや尖閣への領海侵犯の説明とともに、宮古にも石垣にも与那国にも自衛隊基地を置く必要があるとの話がありました

 「集中協議」で翁長氏が中谷氏と会談したのは、8月16日の第2回協議です。その翌日の琉球新報、沖縄タイムスが報じた会談内容(「知事一問一答」など)には、宮古、石垣、与那国への自衛隊配備の話はまったく出てきません。

 防衛省が石垣への自衛隊配備を正式に要請したのは11月26日です。翁長氏はそれよりも3カ月近くも前に防衛相から直接その話を聞いていながら、県民・国民にはそれを隠していたのです。

 問題は隠していたことだけではありません。中谷氏の自衛隊配備の話に対し、翁長氏はどう答えたのか。
 「陳述書」では 「私は、中谷防衛大臣とお話をしたとき、巡航ミサイルで攻撃されたらどうするんですか、と尋ねました」などと、「抑止力」について「議論」したことが明らかにされていますが、八重山への自衛隊配備について翁長氏がどう答えたかはまったく触れられていません。中谷氏の発言を翁長氏は容認した、少なくとも反対はしなかったと解するのが妥当でしょう。

 宮古、石垣への自衛隊配備に対しては、地元の3つの市民団体が4日、「ミサイル部隊の配備は近隣諸国に緊張を生み出すもので、島民を守るものではない」(5日付沖縄タイムス)と、沖縄防衛局に計画撤回を申し入れています。

 また、石垣への陸自配備は計画の内容自体が不透明で、候補地とされる地域に近接する3地区の代表は6日、「場所選定の経緯など説明してもらいたい」「説明もないまま事態が進むことがあってはならない」(8日付琉球新報)と、防衛省に情報の公開と説明を求める声明を発表しました。

 翁長氏はこうした市民・島民の声をどう聞くのでしょうか。

 翁長氏は「陳述書」で触れた5回の「集中協議」で安倍政権と何を話し合ったのか、その全容を公表しなければなりません。とりわけ、八重山への自衛隊配備計画について、県が掌握している情報を直ちにすべて公開し、それに対する自身の見解を公式に明らかにすべきです。

 「沖縄にこれ以上軍事基地を造らせてはならない」と考えるなら、八重山の自衛隊(れっきとした軍隊)配備にも反対するのが当然です。

 辺野古新基地はもちろん阻止しなければなりません。だからと言って、いいえ、だからこそ、安倍政権と密室で協議し、自衛隊配備を容認する翁長氏を、無条件でまるごと支持することは、きわめて危険だと言わねばなりません。

 


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代執行訴訟「翁長陳述書」を検討する①ー誤った画竜の点睛

2015年12月05日 | 沖縄・翁長知事

   

 辺野古埋立をめぐる代執行訴訟で翁長雄志知事が2日に福岡高裁那覇支部に提出した陳述書(法廷で述べたのはその要約。以下、陳述書の引用は2日付琉球新報「翁長知事陳述書全文」より)に対しては、「その言葉の一つ一つが、積年の沖縄の思いを見事に言い当てるものだった」(3日付琉球新報社説)など、大きな賛辞が送られています。果たしてその評価は妥当でしょうか。

 陳述書は、①知事に立候補した経緯と公約②沖縄について(歴史、将来像)③米軍基地について④日米安全保障条約⑤前知事の突然の埋立承認⑥前知事の埋立承認に対する疑問―取消しの経緯⑦主張--の7項目で、新聞全2ページにおよぶ長文です。

 この中で、②③⑤⑥は「本土」が傾聴すべき内容です。問題は、そうした歴史・現状の分析・論述がどこへ収斂されていくのか、翁長氏の陳述の結論は何なのか、ということです。
 長い陳述書の結論は、最後の「主張」に、しかもさらにその最後の文字通り終わりの部分に表れています。陳述書はこう締めくくられています(太字は引用者)。

 「日米同盟の維持についてですが、アメリカに対し、私自身が安保体制というものは十二分に理解をしていること、しかしながら、沖縄県民の圧倒的な民意に反して辺野古に新基地を建設することはまずできないということを訴えていきたいと思います。仮に日本政府が権力と予算にものを言わせ、辺野古新基地建設を強行した場合、沖縄県内の反発がかつてないほど高まり、結果的に米軍の運用に重大な支障を招く事態が生じるであろうことは、想像に難くありません。
 私は安保体制を十二分に理解しているからこそ、そういう理不尽なことをして日米安保体制を壊してはならないと考えております。日米安保を品格のある、誇りあるものにつくり上げ、そしてアジアの中で尊敬される日本、アメリカにならなければ、アジア・太平洋地域の安定と発展のため主導的な役割を果たすことはできないと考えております」

 「日米安保体制を壊してはならない」。これこそ翁長氏が辺野古新基地に「反対」する理由です。翁長氏はこれまでも同様のことを言ってきましたが、それを「歴史に刻まれる」(琉球新報社説)陳述書で、最後の結論として述べたことは、まさに歴史的な、歴史に刻まれる汚点と言わねばなりません。

 さらに、持論である「品格ある日米安保」。翁長氏はなぜそれが必要だと考えるのかがここには明確に示されています。「尊敬される日本、アメリカ」が、アジア・太平洋地域で「主導的な役割を果たす」ためです。翁長氏は⑦の別の個所でこうも述べています。

 「いわゆるアジアのリーダー、世界のリーダー、国連でももっとしっかりした地位を占めたいという日本が、自国民の人権、平等、民主主義、そういったものを守ることができなくて、世界のそういったものと共有の価値観を持ってこれからリーダーになれるかどうか

 翁長氏のこの世界観、日米同盟観は、「国連創設から70年にあたる本年、日本は、安全保障理事会に立候補いたします。・・・日本は・・・世界の真ん中で輝くことができる」(施政方針演説・2015年2月12日)、「アメリカと日本、力を合わせ、世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか。希望の同盟―。一緒でなら、きっとできます」(米議会演説・2015年4月30日)という安倍首相の対米従属的大国主義、日米同盟観と、どこが違うのでしょうか。

 「根っからの保守」を自認する翁長氏にとってはこれが本音です。問題は、革新勢力や、リベラルといわれるメディアが、こうした翁長氏の日米安保=軍事同観に基づく陳述を、「県民に大きな確信を与えた」(日本共産党沖縄県委員会)、「理路整然とした訴えに感動した」(照屋寛徳衆院議員=社民)、「県民の思いを代弁してくれた知事を誇りに思う」(糸数慶子参院議員=無所属)、「勇気と信念に敬意を表したい」(琉球新報社説)などと手放しで賛美していいのか、ということです。

 翁長氏の陳述書は、「画竜点睛を欠く」どころか、最後に、日米軍事同盟擁護・推進の“誤った瞳”を書き込んだものと言わねばなりません。

 陳述書の問題点はそれだけではありません。(次回へ)


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翁長知事はなぜ全国知事会議をオール欠席したのか

2015年12月01日 | 沖縄・翁長知事

   

 「辺野古埋立承認取り消し」をめぐる「代執行訴訟」の第1回口頭弁論があす2日、福岡高裁那覇支部で行われ、翁長雄志知事が証言する予定です。

 翁長氏は「承認取り消し」を行った10月13日の記者会見でこう述べました。
 「これから、こういった裁判を意識してのことが始まっていくが、いろんな場面場面で私どもの考え方を申し上げて多くの国民や県民、そして法的な意味でも政治的な意味でもご理解をいただけるような、そういう努力をきょうから改めて出発していくという気持ちです」(10月14日付沖縄タイムス)

 世論を支えとすべき知事としては当然の発言であり、2日の証言はその実践の1つでしょう。
 しかし、翁長氏が沖縄の考えを表明して「多くの国民の理解」を得なければならない「場面」は、メディアも注目する法廷という“表舞台”だけではありません。それと同じように、いやある意味ではそれ以上に、翁長氏が直接意見表明しなければならない「場面」がありました。それは全国知事会議です。

 翁長氏はもちろん全国知事会のメンバーです。「地方分権推進特別委員会委員」をはじめ6つのポストにも就いています。
 全国知事会の規約(第4条)は、その目的・事業をこう規定しています。
 「一、各都道府県の事務に関する連絡調整
  二、地方自治の推進を図るための必要な施策の立案及び推進
  三、地方自治に影響を及ぼす国の政策の企画及び立案並びに実施に関する関係大臣との協議
  四、地方自治法の規定に基づき、地方自治に影響を及ぼす法律又は政令その他の事項に関する内閣に対する意見の申し出又は国会への意見書の提出」

 この規約に照らしても、全国知事会が、沖縄の基地負担の差別的状況、辺野古埋立承認取り消しの正当性を主張して他県の「理解と協力」を得るための格好の場であることは疑問の余地がありません。
 まして、「県外移設」が持論の翁長氏なら、本土の知事らに直接「基地を引き取れ」と言ってしかるべきでしょう。

 ところが翁長氏は、今年度、1度も知事会議に出席したことがありません。すべて浦崎唯昭副知事を代理出席させています。翁長氏は知事会議を欠席して何をしていたのでしょうか。
 知事会議は定例会が年2回、政府主催が1回、計3回開催されることになっています。今年度はすべて終了しました。その時、翁長氏は何をしていたか。琉球新報の「県首脳・市長主要日程」から見てみましょう。

 全国知事会議開催日    翁長氏の出欠      翁長氏の日程

 第1回 4月20日         欠席        「台湾出張」

 第2回 7月28日         欠席        「終日事務調整」
       同29日         欠席        「東京出張。18時シンポジウム」

 第3回 11月27日(写真右)  欠席        「終日事務調整」(写真中)

 「台湾出張」では一見無理なように思いますが、日程をずらせばいいだけの話で、そうすれば知事になって初めての知事会議に出席することはできました。7月29日も、同じ本土にいるのですから、午前中に知事会議(岡山)に出て、夜東京のシンポには出ることは十分可能です。
 11月27日の会議はまさに「代執行裁判」目前という絶好のタイミングでした。ところが翁長氏は「終日事務調整」。要するに何もしなかったのです。
 翁長氏が就任以来、知事会議を避けてきた(でなければサボってきた)ことは明らかではないでしょうか。

 「知事のあらゆる権限を行使する」は翁長氏の決まり文句ですが、全国知事会議への出席は「権限」どころか知事の重要な義務です。
 その知事会議をオール欠席したのは、「言行不一致」も甚だしく、辺野古新基地阻止に対する重大な職務怠慢と言わねばなりません。


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