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外来植物はすべて排除すべきなのか。

2023-12-12 04:00:50 | 環境関連


 日本の植物で、身近でよく見るものが外来植物のことがある。どんな植物であれ、長い間にバランスが取れてそこに根付いて行くものだ。古く日本列島にきたものは許されて、新しいものが許されないというものでもない。ゆっくり変るのであれば、それはそれで仕方がないと言うことだろう。

 そもそも栽培されている農作物の大半が、外来植物である。それがよくないと言えば農業など不可能である。環境原理主義者の中には、外来であるからと言う理由だけで、有用であっても、排除すべきと目をつり上げて主張する人が居る。良いものは受け入れて良い。

 小田原の地球博物館で、舟原の溜め池にカキツバタを植えるのだが、どうだろうかと相談したら、一切他所から植物を持ち込むことはやってはならないことだ、とムキになって止めろと言われた。舟原の溜め池には外来植物ばかりが繁茂していることをご存じないのだろうかと思った。相談した私がバカだった。

 外来植物の中には、美しいからと言う理由で持ち込まれて、その後圧倒的な繁殖力で、在来の競合植物を交雑し、いつか純粋種が消えているというものも、多々ある。一時はやったビオトープを、やってみれば分かるが、手を入れないでおけば、外来植物を呼び寄せるだけと言うことになる。

 最近西表で水生昆虫ややまねこの餌場としての池を、クラウドファンディングで作った。私もわずかだが協力をした。ところがこの池があかうきくさで覆われて困ると言われていた。希少植物である、日本のあかうきくさが繁茂したのであれば、素晴らしいことではないかと思う。表面に溜まるのは、池の水管理の仕方が悪いだけだ。

 ビオトープが環境教育という考え方が、しばらく前の日本の環境教育だった。今でもビオトープを続けている人達もいる。頭の中が古い環境原理主義者が手を入れないビオトープに繋がっているのかもしれない。人が暮らす環境というものは、人間が作り出すものだ。それが日本の里地里山の思想だ。

 日本の里山文化は暮らしの周辺に、暮らしに役立つ美しい自然を手入れで、作り出そうという考えたのだ。別段外来種であろうが、無かろうが循環してゆく姿であれば問題が無い。なぜ、カキツバタを他から持ってくることが、環境霍乱になるのだろうか。すでに排除されるべき侵入植物黄ショウブがある。

 そもそも園芸文化というものは、珍奇なものを尊ぶと言う傾向がある。江戸時代、黄ショウブが渡来すれば、交配に利用されたに違いない。見たこともない不思議な植物と言うことで、江戸時代にもシャボテンの流行がある。シャボテンは幸いか不幸か、日本の自然には広がらなかった。一方で広がったものも数限りなくある。

 外来植物の歴史は、遣唐使の時代にまでさかのぼる。ジュズダマやトウゴマなどは大陸から入ってきた。今や数珠玉だけで生存できるチョウチョが日本に生息して居る。クロコロマノチョウだ。これらの植物の多くは、もともと野菜・薬用植物・採油など栽培を目的として持ち込まれたものが多く、そこから野生化したものも多い。

 江戸時代以前に持ち込まれたものだけでも700種類あると書いてある。比較的最近の植物の中では、川原に繁茂するブタクサやセイタカアワダチソウのように、一時的に増えてしまい、一斉に花粉を飛ばすために、花粉症を引き起こし“悪役”とみなされる。

 しかしセイタカアワダチソウはお風呂に入れると、皮膚病に効果が高い。薬効植物である。我が家では採取しては干して、困っている人に送った。薬草の中でも効能が高いので、素晴らしい植物だと思う。花粉症の方には困るのだろうが。スギ花粉だって杉に責任はない。

 オランダから荷物の詰め物としてやってきたシロツメクサは、土壌をよくする豆科植物として、農業利用もされている。結局外来植物は、有用植物として持ち込まれたものが大半である。石垣島で問題にされている、「モクマオ」や「ギンネム」は早く成長する防風林として、米軍によって沖縄に広がった。

 沖縄の海岸線にはよく見られる。防風林としては役立っている。そうした植物が在来植物を淘汰してしまうと言うので、今では敬遠されるものになっている。のぼたん農園にもギンネムはかなりの本数ある。私は悪くないと考えている。マメ科の樹木だからだ。根が土壌を良くしてくれるのだ。

 その上に忽ちに林に成って水を溜めてくれる。植物は草よりも木の方が五倍程度の保水力がある。溜め池の上部がギン合歓の林になるのは悪くないと考えている。しかし、環境省から見れば、排除すべきものを温存するとは何事かとなるのだろう。環境派の人からも怒られるだろう。

 アメリカハマグルマも嫌われている植物である。これも道路畦畔の土留めと景観に良いというので、沖縄に導入された植物である。確かに美しい黄色で一年中咲いている。見た目も悪くはない。ところが、これが他の植物を滅ぼしてしまうと言うことらしい。のぼたん農園にもかなりあるが、牧草と良い勝負である。

 そもそも牧草のほとんどが外来植物である。牧草の繁殖力はさらにすさまじい。あのすごい繁殖力のアメリカハマグルマと良い勝負だ。抑えきっている場所も多々ある。しかしその牧草も抑えてしまう一番困るのが、在来種のネズミノオである。すさまじい繁殖力の上に、水牛も山羊も食べない。

 この困りものは在来種ではあるが、私には牧場侵入植物で、是非とも淘汰して欲しい植物である。実は法律で淘汰すべきものが決まっている。しかし、自然に法律が勝てるわけがない。いつか落ち着くところに落ち着くまで待つほか無い。無理なものは無理なのだ。

 手入れである。日々自然に手を入れていれば、落ち着きが出てくる。植物が暴走することはない。合鴨農法で、アメリカから取り入れたオオアカウキクサつまりアゾラは、日本のあかうきくさと交雑した。またその繁殖力で水面を覆い尽くす。

 アゾラはとても嫌われているが、これを稲作農業に取り入れることは悪い事とは思えない。化学肥料が高騰するなか、合鴨を使わないとしても、あぞら農法は奨励されてもいい。無肥料の水草緑肥は将来性のある農法である。アゾラがだめなら、あかうきくさでも仕方がないが。

 アゾラは日本のあかうきくさよりも数倍の窒素固定能力があるという。ベトナムではアゾラを取り入れた伝統農業がある。江戸時代にアゾラが日本に入ったとしても、異常繁殖することはなかった。アゾラが悪いのではない、水を汚染した暮らしの方が悪いのだ。

 自然が変化してゆくことを、悪い事と考えない方が良い。自然に対して情緒的に考えない方が良い。大前提は人の暮らしである。人の暮らしが真っ当なものであれば、自然に大きなゆがみは起きない。水面のアゾラよりも、水の中のマイクロプラステックが危険なのだ。



 
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