2013年1月26日(土) 曇一時小雨
== ハノイに戻って市内観光、そして帰国へ ==
最後の宿泊地、世界遺産ハロン湾に面したサイゴン ハロンホテルにて5時40分に起
床し、6時20分頃から14階レストランにて朝食をする。
レストランからテラスに出ると、ハロン湾やホテル周辺が見晴らせる。
8時にホテルを出発して、バスは往路をハノイ市内に向かって戻る。沿道の民家を含め
建物の端部や中央などに、2本かそれ以上尖った金属が立っているのに気づいた。
屋上には円筒形のタンクも上がっているが、これは、水道の水圧が低いのでアップする
ための設備だと、昨日往路でガイドのジイさんが説明してくれた。
田園地帯を通過すると、日本の昔のように手植えで田植えをしている田んぼが見られ、
水牛で耕している田もある。
ホテイアオイの田もあり、葉を採取して米ぬかと混ぜて豚のえさにするようだ。
ジイさんは車中、ホーチミンの生涯やベトナムの人気職業、ご自身の家族のことや日本
語学習のこと、寺に残る漢字文化のことなど、今日もいろいろ興味ある話をしてくれた。
北側に2か所火力発電所が見え、道路沿いに走る鉄道の線路は火力発電所への石炭輸送
など、主として貨物輸送に使われているようだ。ベトナムには原子力発電所は無いという。
9時50分に途中の民芸品店に着き、30分間のショッピングとトイレ休憩となる。
店では、人形などの民芸品のほか、ベトナムコーヒーや茶なども販売していた。
色鮮やかなサンダルも並んでいる。
ジイさんに、屋上の尖ったものは何かと聞いたら、避雷針だという。2~3階建ての民
家にも上がっているので雷が多いのかと思われたが、それほどでもないらしい。
そろそろハノイ市街に入るかと思われる頃、ハノイへの幹線から少し南に迂回して、11
時40分頃、バッチャン焼きで知られるバッチャン(BAT TRANG)という村に着いた。
この村では600年前から陶器づくりが始まり、16世紀頃には日本にも輸出したとか。
小さい村だが、大小合わせて100軒以上の工房があり、村民の9割が陶器に関係する仕
事に就いているという。
そんな陶器作りの工房の並ぶ一角にある、5階建ての建物の工房へ。まずは5階に上が
り、型作りや絵付けなどの工程をジイさんから説明してもらう。
その後下のフロアに下って買い物タイム。コーヒーカップや茶碗、湯飲み、絵皿などの
商品を見て回り、購入する人も多かった。
入口近くには、特大のつぼが飾られている。
ちなみに、広くいう「陶器」には陶器と磁器とがあり、陶器は一度焼きで電子レンジは
使えず、磁器は二度焼きしてあり電子レンジでも使える。バッチャン焼きは磁器で、原料
の白粘土が近くで産出されていたのでこの産業が盛んになったようだが、現在は少なくな
りほかから調達しているという。
バスは12時25分に店を出た。間もなくハノイ市内に入り、↑レストランでベトナム
料理の昼食をする。
13時45分過ぎに店を出て旧市街に14時頃に着く。最終日の今日はハノイ市内観光
で、最初は旧市街の散策である。
混雑している旧市街はスリやひったくりが多いので持ち物には十分注意するよう、また
道路横断の際のバイクなどへの注意をジイさんに言われ、離れないようジイさんの後につ
いて行く。
通りで果物を売る人、靴やカバンをうず高く積み上げた店、民芸品の店などの前を通っ
て南に進み、ホアンキエム(Ho Hoan Kiem)湖の湖畔に回った。
ホアンキエム湖はハノイ市街地の中心にあり、市民の憩いの場になっているとか。周辺
には大教会や大劇場などがあり、赤い橋を渡った島には、13世紀に元(げん)の侵攻を
撃退したチャン・フン・ダオ将軍を祭る玉山祠(ぎょくさんじ)があるという。
湖の周りを少し回って再び旧市街に戻り、人とバイクと自転車が多く、切れ目なく店が
並び活気づく一帯を巡り歩いた。
14時43分に旧市街を離れて西に向かう。
ベトナム鉄道の踏切を越えて官庁街に入り、世界遺産になっているタンロン遺蹟へ。
タンロンとは昇龍のことでハノイの旧称。2002年に国会議事堂の建て替えの際に出
土した7~19世紀の遺跡群で、11~19世紀に栄えたタンロン王朝など各年代の城跡
などが重層的に発掘され、2010年、ベトナムでは6番目の世界遺産に登録されたという。
遺蹟の中心は広い芝生地になっていて、旧正月が近いので展示しているという、大小た
くさんの盆栽が並んでいる。
日本の盆栽が手本になっているようだが、何れもなかなか見事な作品。ベトナムらしい
独特の木も見られる。(続く)
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== ハノイに戻って市内観光、そして帰国へ ==
最後の宿泊地、世界遺産ハロン湾に面したサイゴン ハロンホテルにて5時40分に起
床し、6時20分頃から14階レストランにて朝食をする。
レストランからテラスに出ると、ハロン湾やホテル周辺が見晴らせる。
8時にホテルを出発して、バスは往路をハノイ市内に向かって戻る。沿道の民家を含め
建物の端部や中央などに、2本かそれ以上尖った金属が立っているのに気づいた。
屋上には円筒形のタンクも上がっているが、これは、水道の水圧が低いのでアップする
ための設備だと、昨日往路でガイドのジイさんが説明してくれた。
田園地帯を通過すると、日本の昔のように手植えで田植えをしている田んぼが見られ、
水牛で耕している田もある。
ホテイアオイの田もあり、葉を採取して米ぬかと混ぜて豚のえさにするようだ。
ジイさんは車中、ホーチミンの生涯やベトナムの人気職業、ご自身の家族のことや日本
語学習のこと、寺に残る漢字文化のことなど、今日もいろいろ興味ある話をしてくれた。
北側に2か所火力発電所が見え、道路沿いに走る鉄道の線路は火力発電所への石炭輸送
など、主として貨物輸送に使われているようだ。ベトナムには原子力発電所は無いという。
9時50分に途中の民芸品店に着き、30分間のショッピングとトイレ休憩となる。
店では、人形などの民芸品のほか、ベトナムコーヒーや茶なども販売していた。
色鮮やかなサンダルも並んでいる。
ジイさんに、屋上の尖ったものは何かと聞いたら、避雷針だという。2~3階建ての民
家にも上がっているので雷が多いのかと思われたが、それほどでもないらしい。
そろそろハノイ市街に入るかと思われる頃、ハノイへの幹線から少し南に迂回して、11
時40分頃、バッチャン焼きで知られるバッチャン(BAT TRANG)という村に着いた。
この村では600年前から陶器づくりが始まり、16世紀頃には日本にも輸出したとか。
小さい村だが、大小合わせて100軒以上の工房があり、村民の9割が陶器に関係する仕
事に就いているという。
そんな陶器作りの工房の並ぶ一角にある、5階建ての建物の工房へ。まずは5階に上が
り、型作りや絵付けなどの工程をジイさんから説明してもらう。
その後下のフロアに下って買い物タイム。コーヒーカップや茶碗、湯飲み、絵皿などの
商品を見て回り、購入する人も多かった。
入口近くには、特大のつぼが飾られている。
ちなみに、広くいう「陶器」には陶器と磁器とがあり、陶器は一度焼きで電子レンジは
使えず、磁器は二度焼きしてあり電子レンジでも使える。バッチャン焼きは磁器で、原料
の白粘土が近くで産出されていたのでこの産業が盛んになったようだが、現在は少なくな
りほかから調達しているという。
バスは12時25分に店を出た。間もなくハノイ市内に入り、↑レストランでベトナム
料理の昼食をする。
13時45分過ぎに店を出て旧市街に14時頃に着く。最終日の今日はハノイ市内観光
で、最初は旧市街の散策である。
混雑している旧市街はスリやひったくりが多いので持ち物には十分注意するよう、また
道路横断の際のバイクなどへの注意をジイさんに言われ、離れないようジイさんの後につ
いて行く。
通りで果物を売る人、靴やカバンをうず高く積み上げた店、民芸品の店などの前を通っ
て南に進み、ホアンキエム(Ho Hoan Kiem)湖の湖畔に回った。
ホアンキエム湖はハノイ市街地の中心にあり、市民の憩いの場になっているとか。周辺
には大教会や大劇場などがあり、赤い橋を渡った島には、13世紀に元(げん)の侵攻を
撃退したチャン・フン・ダオ将軍を祭る玉山祠(ぎょくさんじ)があるという。
湖の周りを少し回って再び旧市街に戻り、人とバイクと自転車が多く、切れ目なく店が
並び活気づく一帯を巡り歩いた。
14時43分に旧市街を離れて西に向かう。
ベトナム鉄道の踏切を越えて官庁街に入り、世界遺産になっているタンロン遺蹟へ。
タンロンとは昇龍のことでハノイの旧称。2002年に国会議事堂の建て替えの際に出
土した7~19世紀の遺跡群で、11~19世紀に栄えたタンロン王朝など各年代の城跡
などが重層的に発掘され、2010年、ベトナムでは6番目の世界遺産に登録されたという。
遺蹟の中心は広い芝生地になっていて、旧正月が近いので展示しているという、大小た
くさんの盆栽が並んでいる。
日本の盆栽が手本になっているようだが、何れもなかなか見事な作品。ベトナムらしい
独特の木も見られる。(続く)
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郊外の田園地帯は数十年前の日本の田舎のような田植えや水牛による田起しなど、
昔ながらの農村風景も見られ、日本を見直すよい機会となりました。
ところで、H.Tさんのメールアドレスは変わったのでしょうか。
数日前に発信したsaikoroメールは、宛先無しとのシステムからの通知が来ております。
その前のものも届きませんでした。
このメールと共に返信されているメールは一つ以上の宛先に対して配信できませんでした。
(この後に、いただいたアドレスが付記されています。)
私の知識では、どうにもなりません。
人形劇は、楽しい時間でした私も鑑賞しました。
再訪したい国です。