2012年1月19日(木)
当ブログの3つ前に紹介した『横浜 磯子七福神巡り』の中で、横浜市電保存館に立ち
寄ったことを紹介しましたが、もう少し館内の様子をご覧頂くことにしましょう。
横浜市電保存館の入口。バス通りに面したゲートをくぐり、正面の5階建て集合住宅
の1階部分が保存館になっています。

入った右手に受付があり、自動販売機で入場券を購入して入館します。なお、入館料
金は大人・高校生100円、中・小学生50円、65歳以上と就学前児童は無料です。
受付の横には売店があり、市電ゆかりの商品が購入できます。
その前は市電歴史ホールになっていて、横浜市電の歴史が写真・年表・映像などにより
紹介されていました。


年表パネルの前には、市電の乗り換え乗車券や記念切符などが、ガラスケースに入っ
て展示されています。


パネルの最後は、市電が廃止されたときのこと。

パネルや記念乗車券などのコーナーの奥、記念館の約半分を占めるスペースに、横浜
市電の保存車輌が並んでいます。


保存車輌のほとんどのドアは開いていて、中には入れるようになっていました。

保存車輌コーナーの1番奥は、電停カフェと呼ぶ一角で、売店と数宅の木製テーブル
と椅子が並び、休憩したり飲食も出来るようになっていて、飲物の自動販売機も並んで
います。

売店に並ぶ賞品や雑誌は、昭和30~40年代頃のものだったように思います。

この売店の右手にビデオの再生装置があり、市電が廃止された昭和47年(1972)
3月に近い頃に撮った、市電の映像が上映されていましたが、スタンダードサイズで撮影
したと思われる映像を、ワイドスクリーンに上映するために横長に変換したのか、正面か
ら見ると縦長のはずの市電が真四角に近い形になっていて、不自然に感じました。
市電を見たことのない若い人がこの映像を見ると、市電はこんな四角い車輌だったのか
と思うかもしれません。
売店の左手にあった無蓋貨車。大正3年(1914)、キリンビールを運ぶために製造
された1両のようです。

そばにあった運転台の一部。

資料館の約半分のスペースを占める保存車輌の一角。

その車輌の一つの窓下にあった宝くじの広告。


並ぶ車輌の間には、古い集電装置であるポールも残っていました。

⑥系統を走った1601号車両

これは、先代横浜駅東口に掲げられていた大時計。昭和3年(1928)に旧横浜駅が
完成したときから、昭和54年(1979)2月までの約50年使われたもの。

1100型は、昭和11年(1936)に新式中型ボギー車として5両購入されたとか。
その中の1つ、1104号。

昭和5年(1928)から60両購入した500型の一つ。

その車輌の内部だったと思います。

こんな車輌に乗ったことを覚えておられる人は、もう数少ないのでしょうね…。
横浜市電保存館の場所は、もと市電の滝頭(たきがしら)車庫があったところ。現在は
市営バスの車庫になっています。

観覧を終えて出たら、入口のゲート付近に市電最後のポールが保存されていました。

昭和3年(1928)開業の生麦線で使われていたもののようです。
電停カフェの先に、鉄道コレクションルームと横浜交通プラザがあり、鉄道車輌模型の
展示、日本最大級の鉄道模型パノラマや運転シミュレーター、地下鉄コーナーなどもある
ようですが、時間の関係で観覧は省略しました。
ちなみに、横浜市電は明治37年(1904)の神奈川停車場前~大江橋間の開通に始
まり、全盛期の昭和35年(1960)には15系統約50㎞の路線網を有していたとの
ことですが、昭和47年(1972)3月31日に残っていた3系統の廃止で、70年近
い歴史を閉じました。
なお、横浜市電保存館の詳細については、このウェブページをご覧下さい。
私は、市電保存館のある磯子区に住んでいたことがあるのですが、就学前のことなので、
市電に乗った記憶は全くありません。

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当ブログの3つ前に紹介した『横浜 磯子七福神巡り』の中で、横浜市電保存館に立ち
寄ったことを紹介しましたが、もう少し館内の様子をご覧頂くことにしましょう。
横浜市電保存館の入口。バス通りに面したゲートをくぐり、正面の5階建て集合住宅
の1階部分が保存館になっています。

入った右手に受付があり、自動販売機で入場券を購入して入館します。なお、入館料
金は大人・高校生100円、中・小学生50円、65歳以上と就学前児童は無料です。
受付の横には売店があり、市電ゆかりの商品が購入できます。
その前は市電歴史ホールになっていて、横浜市電の歴史が写真・年表・映像などにより
紹介されていました。


年表パネルの前には、市電の乗り換え乗車券や記念切符などが、ガラスケースに入っ
て展示されています。


パネルの最後は、市電が廃止されたときのこと。

パネルや記念乗車券などのコーナーの奥、記念館の約半分を占めるスペースに、横浜
市電の保存車輌が並んでいます。


保存車輌のほとんどのドアは開いていて、中には入れるようになっていました。

保存車輌コーナーの1番奥は、電停カフェと呼ぶ一角で、売店と数宅の木製テーブル
と椅子が並び、休憩したり飲食も出来るようになっていて、飲物の自動販売機も並んで
います。

売店に並ぶ賞品や雑誌は、昭和30~40年代頃のものだったように思います。

この売店の右手にビデオの再生装置があり、市電が廃止された昭和47年(1972)
3月に近い頃に撮った、市電の映像が上映されていましたが、スタンダードサイズで撮影
したと思われる映像を、ワイドスクリーンに上映するために横長に変換したのか、正面か
ら見ると縦長のはずの市電が真四角に近い形になっていて、不自然に感じました。
市電を見たことのない若い人がこの映像を見ると、市電はこんな四角い車輌だったのか
と思うかもしれません。
売店の左手にあった無蓋貨車。大正3年(1914)、キリンビールを運ぶために製造
された1両のようです。

そばにあった運転台の一部。

資料館の約半分のスペースを占める保存車輌の一角。

その車輌の一つの窓下にあった宝くじの広告。


並ぶ車輌の間には、古い集電装置であるポールも残っていました。

⑥系統を走った1601号車両

これは、先代横浜駅東口に掲げられていた大時計。昭和3年(1928)に旧横浜駅が
完成したときから、昭和54年(1979)2月までの約50年使われたもの。

1100型は、昭和11年(1936)に新式中型ボギー車として5両購入されたとか。
その中の1つ、1104号。

昭和5年(1928)から60両購入した500型の一つ。

その車輌の内部だったと思います。

こんな車輌に乗ったことを覚えておられる人は、もう数少ないのでしょうね…。
横浜市電保存館の場所は、もと市電の滝頭(たきがしら)車庫があったところ。現在は
市営バスの車庫になっています。

観覧を終えて出たら、入口のゲート付近に市電最後のポールが保存されていました。

昭和3年(1928)開業の生麦線で使われていたもののようです。
電停カフェの先に、鉄道コレクションルームと横浜交通プラザがあり、鉄道車輌模型の
展示、日本最大級の鉄道模型パノラマや運転シミュレーター、地下鉄コーナーなどもある
ようですが、時間の関係で観覧は省略しました。
ちなみに、横浜市電は明治37年(1904)の神奈川停車場前~大江橋間の開通に始
まり、全盛期の昭和35年(1960)には15系統約50㎞の路線網を有していたとの
ことですが、昭和47年(1972)3月31日に残っていた3系統の廃止で、70年近
い歴史を閉じました。
なお、横浜市電保存館の詳細については、このウェブページをご覧下さい。
私は、市電保存館のある磯子区に住んでいたことがあるのですが、就学前のことなので、
市電に乗った記憶は全くありません。

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