この選挙で、私は初めてマスクを付けたまましゃべる。
なにしろトシだもんで、息苦しくならないか、ちょっと心配していた。
が、コロナが襲来して以降も、よそで何度か選挙活動をしたナミさんに言わせると
「どうってことないんですよ、意外と大丈夫です」
だそう。
そりゃ、あんたはね。
あんまりしゃべらないもん。
しかし始まってみると、本当にどうってことなかった。
声の方に影響は無く、マイクにツバや口紅が付くのを気にしなくていいので気楽。
何をしゃべくり倒してもマスクで顔が半分隠れているので、これまた気楽。
要は呼気や、外気との温度差でマスクの内側に湿気が溜まると
紙製のマスクが湿って空気を通しにくくなり、それが元で息苦しくなるわけだから
新しいマスクをたくさん持って行って、どんどん交換すればいいだけだった。
むしろマスクをしていると、うっかり外気をダイレクトに吸い込む恐れが無いので
ノーマスク時代より調子がいいときたもんだ。
何が幸いするか、わからんわね〜。
それはそうと他の陣営に、私が注目するウグイスさんがいらっしゃるのよ。
今回が三期目で、年配の候補の所。
そこのウグイスは、専門の派遣会社からプロを雇っているため
顔ぶれは毎回違うかもしれないけど、マジですごいと思っている。
なぜって…
「ワカタカカゲ・ヒサヒト」
この例文を声に出して、2回繰り返してみ。
どう?なかなか難しいでしょ。
テレビやラジオではアナウンサー泣かせの名前として上位ランキングに入りそうな
お二方のお名前を並べてみたわ。
問題の候補の名前とは違うけど、長くて言いづらいという面では同等の難易度。
ウグイスは、候補の名前を言うのが商売。
だけど、こんな名前の人のウグイスをやらされた日にゃあ、どれほど大変か。
私にオファーが来たら、名前を聞いただけでソッコー断るわよ。
一週間、このややこしい名前を言い続けるなんて地獄だもの。
その点で、よく引き受けたな…と感心してるわけ。
そこのウグイスさん、候補の名前をかなりのスローペースでしゃべっておりなさるわ。
噛むよりも、ゆっくりの方がマシだという究極の選択をなさったと思う。
名前に時間を取られるから、他のことをあんまり言わなくていいしね。
その差し引きで、体力維持をしていなさると察するわ。
休憩の時にそんなことを話してると、相棒のナミが
「私、キチサブロウさんていう人のウグイスをやったことがあるんですけど
みんな疲れてくると、気をつけていてもキチサブロウが
キッチャブローになっちゃうんです。
複雑なお名前の人は、困りますね」
と真面目な顔で言うので、皆で大笑いした。
さて今回の選挙、年寄りになって体力の衰えた私も崖っぷちだが
候補も別の意味で崖っぷちだ。
早い段階から落選しそうな人が決まっていたので、落ちることは無さそうだが
知名度の無さにより、ビリ争いは確定。
真面目に仕事に取り組む優しい子なんだけど、そういう人って目立たないものなのよ。
陣営の焦点は、何位で何票取れるかに定められており
せめて大きく票を落とした前回より、少しでも増やしたいのが目標だった。
が、告示のずい分前から、何となく怪しい空気が漂い始める。
今回の選挙に立候補せず、引退を決めた数人の現職が、彼に肩入れしているからだ。
候補はその人たちに連れられ、彼らの支持者を紹介してもらう日々を送っていた。
「引退する人が付いてくれたら、その人の票がもらえるから有利じゃないか」
たいていの人はそう思うだろう。
私だって、そう思いたいのは山々だ。
しかしそれは、付く人による。
引退する議員が現職の候補を連れて、自分の支持者の所へ行き
「今後はこの人をお願いします」と紹介する行為そのものはよくあることだが
正式な後継者に地盤を引き継がせるケースとは違い
求心力を失った引退議員の言うことを聞く支持者は、あんまりいない。
ビリ争いや落選を避けたくて引退する人は、あてにならないのだ。
それに引退議員が、ちゃんとした支持者を紹介しているかどうか、わかったものでは無い。
彼らは、自分の支持者を一人の候補に集中して捧げるようなお人好しではない。
複数の候補者に振り分け、もったいぶって紹介して
投票の結果、票が増えれば自分の手柄…
減れば候補の力不足と逃げるつもり満々であることは、これまでの仕事ぶりからわかる。
ひとたび議員としてチヤホヤされたら、そう簡単に忘れられるものではなく
ご意見番として、どこかで政治に関わっていたいのもあろうし
人によっては票の礼金を狙っている場合もある。
つまり引退議員は、自分の今後のために紹介作業を行っているのである。
うちの候補に付いてくれたのは、そういう類いの人たちであった。
何でわかるかって?
顔に出とるわ。
嘘をついて生きてきた人は、年を取ると嫌〜な顔になるものよ。
「断ればいいのに」
誰しも心では、そう思っていたと察する。
が、なにしろ候補はまだ若い。
選挙のたびにズルズルと票を落とし続けるより、わずかな可能性に期待したい思いもあろうし
親ぐらいの年の、しかも経験の長い先輩から「協力してやる」と言われ
「けっこうです」とは、とても言えまいよ。
ここが若手の辛い所である。
かくして候補は告示前の貴重な3ヶ月を、引退議員に振り回されて過ごしたのだった。
この行動が吉と出るか凶と出るか、投票日には一目瞭然になるんだから
私は何も言わない。
吉で当たり前…引退する議員たちが50票ずつでもくれたら、票は確実に伸びる。
しかし凶なら彼らは皆、大嘘つきだ。
凶と確信している私は、候補にとって良い勉強になると思っている。
「辞めるヤツを信用するな、特に向こうから近づいてくるヤツ!」
なんて千回言ったって、経験しないとわからないものだ。
《続く》
なにしろトシだもんで、息苦しくならないか、ちょっと心配していた。
が、コロナが襲来して以降も、よそで何度か選挙活動をしたナミさんに言わせると
「どうってことないんですよ、意外と大丈夫です」
だそう。
そりゃ、あんたはね。
あんまりしゃべらないもん。
しかし始まってみると、本当にどうってことなかった。
声の方に影響は無く、マイクにツバや口紅が付くのを気にしなくていいので気楽。
何をしゃべくり倒してもマスクで顔が半分隠れているので、これまた気楽。
要は呼気や、外気との温度差でマスクの内側に湿気が溜まると
紙製のマスクが湿って空気を通しにくくなり、それが元で息苦しくなるわけだから
新しいマスクをたくさん持って行って、どんどん交換すればいいだけだった。
むしろマスクをしていると、うっかり外気をダイレクトに吸い込む恐れが無いので
ノーマスク時代より調子がいいときたもんだ。
何が幸いするか、わからんわね〜。
それはそうと他の陣営に、私が注目するウグイスさんがいらっしゃるのよ。
今回が三期目で、年配の候補の所。
そこのウグイスは、専門の派遣会社からプロを雇っているため
顔ぶれは毎回違うかもしれないけど、マジですごいと思っている。
なぜって…
「ワカタカカゲ・ヒサヒト」
この例文を声に出して、2回繰り返してみ。
どう?なかなか難しいでしょ。
テレビやラジオではアナウンサー泣かせの名前として上位ランキングに入りそうな
お二方のお名前を並べてみたわ。
問題の候補の名前とは違うけど、長くて言いづらいという面では同等の難易度。
ウグイスは、候補の名前を言うのが商売。
だけど、こんな名前の人のウグイスをやらされた日にゃあ、どれほど大変か。
私にオファーが来たら、名前を聞いただけでソッコー断るわよ。
一週間、このややこしい名前を言い続けるなんて地獄だもの。
その点で、よく引き受けたな…と感心してるわけ。
そこのウグイスさん、候補の名前をかなりのスローペースでしゃべっておりなさるわ。
噛むよりも、ゆっくりの方がマシだという究極の選択をなさったと思う。
名前に時間を取られるから、他のことをあんまり言わなくていいしね。
その差し引きで、体力維持をしていなさると察するわ。
休憩の時にそんなことを話してると、相棒のナミが
「私、キチサブロウさんていう人のウグイスをやったことがあるんですけど
みんな疲れてくると、気をつけていてもキチサブロウが
キッチャブローになっちゃうんです。
複雑なお名前の人は、困りますね」
と真面目な顔で言うので、皆で大笑いした。
さて今回の選挙、年寄りになって体力の衰えた私も崖っぷちだが
候補も別の意味で崖っぷちだ。
早い段階から落選しそうな人が決まっていたので、落ちることは無さそうだが
知名度の無さにより、ビリ争いは確定。
真面目に仕事に取り組む優しい子なんだけど、そういう人って目立たないものなのよ。
陣営の焦点は、何位で何票取れるかに定められており
せめて大きく票を落とした前回より、少しでも増やしたいのが目標だった。
が、告示のずい分前から、何となく怪しい空気が漂い始める。
今回の選挙に立候補せず、引退を決めた数人の現職が、彼に肩入れしているからだ。
候補はその人たちに連れられ、彼らの支持者を紹介してもらう日々を送っていた。
「引退する人が付いてくれたら、その人の票がもらえるから有利じゃないか」
たいていの人はそう思うだろう。
私だって、そう思いたいのは山々だ。
しかしそれは、付く人による。
引退する議員が現職の候補を連れて、自分の支持者の所へ行き
「今後はこの人をお願いします」と紹介する行為そのものはよくあることだが
正式な後継者に地盤を引き継がせるケースとは違い
求心力を失った引退議員の言うことを聞く支持者は、あんまりいない。
ビリ争いや落選を避けたくて引退する人は、あてにならないのだ。
それに引退議員が、ちゃんとした支持者を紹介しているかどうか、わかったものでは無い。
彼らは、自分の支持者を一人の候補に集中して捧げるようなお人好しではない。
複数の候補者に振り分け、もったいぶって紹介して
投票の結果、票が増えれば自分の手柄…
減れば候補の力不足と逃げるつもり満々であることは、これまでの仕事ぶりからわかる。
ひとたび議員としてチヤホヤされたら、そう簡単に忘れられるものではなく
ご意見番として、どこかで政治に関わっていたいのもあろうし
人によっては票の礼金を狙っている場合もある。
つまり引退議員は、自分の今後のために紹介作業を行っているのである。
うちの候補に付いてくれたのは、そういう類いの人たちであった。
何でわかるかって?
顔に出とるわ。
嘘をついて生きてきた人は、年を取ると嫌〜な顔になるものよ。
「断ればいいのに」
誰しも心では、そう思っていたと察する。
が、なにしろ候補はまだ若い。
選挙のたびにズルズルと票を落とし続けるより、わずかな可能性に期待したい思いもあろうし
親ぐらいの年の、しかも経験の長い先輩から「協力してやる」と言われ
「けっこうです」とは、とても言えまいよ。
ここが若手の辛い所である。
かくして候補は告示前の貴重な3ヶ月を、引退議員に振り回されて過ごしたのだった。
この行動が吉と出るか凶と出るか、投票日には一目瞭然になるんだから
私は何も言わない。
吉で当たり前…引退する議員たちが50票ずつでもくれたら、票は確実に伸びる。
しかし凶なら彼らは皆、大嘘つきだ。
凶と確信している私は、候補にとって良い勉強になると思っている。
「辞めるヤツを信用するな、特に向こうから近づいてくるヤツ!」
なんて千回言ったって、経験しないとわからないものだ。
《続く》