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崖っぷちウグイス日記・4

2022年11月24日 12時57分48秒 | 選挙うぐいす日記

『母ちゃんが働いている間、お留守番の愛犬パピ。

もう12才なので白髪が増えて、すっかり白い顔になりました』


さて、市役所の駐車場からスタートした選挙戦の話に戻ろう。

第一声を挙げた我々遊説隊は、そのまま街宣活動をしながら選挙事務所に直帰。

クジで引いた番号が遅かったため、9時に開始予定の出陣式に5分ほど遅れて到着した。


出陣式の司会は、私がやることになっている。

というより、相棒のナミが全力で辞退するのでやるしかない。


事務所に帰ったら、うちの候補を振り回した引退議員の一人が

急きょ来賓として訪れているではないか。

そいつらの中で一番タチの悪い、古ダヌキだ。

その古ダヌキが挨拶をしたいそうなので、式次第に加えることとなった。


司会には、このように突発的な変更が付いて回る。

4年前の出陣式では後援会長の後、副会長が挨拶する段取りになっていたが

その副会長を紹介したところ、本人が皆の前で

「副会長を引き受けた覚えは無い」と言い出し、雰囲気が張り詰めた。

一瞬ざわついたが、司会が戸惑って沈黙する時間は1秒も無い。

仕方なく、当時、相撲か何かで流行っていた

“差し戻し”という言葉を使ってお茶を濁した。

「それでは差し戻しまして、ご近所の皆様を代表して◯◯△△様に

激励のお言葉をいただきます」

ちょっと空気が緩んだのを感じ、ホッとしたものだ。


後援会の関係者、つまり候補の一味であれば

身内として呼び捨ての上、“ご挨拶させていただきます”と紹介する。

しかし急に一味でなくなり、候補側から遠くなった人物は、名前の後に様を付ける。

そして様付けの人物が発する言葉は挨拶ではなく、激励のお言葉になり

候補側は、彼のお言葉を受け取る立場に変化するのだ。


もちろんナミも同じ場所にいて、この予期せぬ事態に震え上がった。

メンタル弱めの彼女は、当時の出来事がトラウマになってしまったと主張。

このような突発的な変更が怖くて、司会は無理なんだそうな。

彼女の妹に連れられ、認知症だというお母さんもわざわざ来ていたので

ナミが司会するところを見せてやろうと思ったのだが

家族の前ではますます緊張すると言い、取りつく島も無いので不発に終わった。


ところで、当日になって急に来る引退議員、ホンマに信用できんのじゃ。

引退を決めたとはいえ彼の立場はまだ市議だが

選挙中は議会が無くて暇なんだから、本当に応援してくれているのであれば

遅くとも前日には、「出陣式に参加して、一言挨拶したい」

候補にそう申し出て、式次第の中に加えてもらうのが常識である。

予告も無く、出陣式の直前に来るということは

やっぱりこの人、他の候補にも票を分けてやると言ってチャラチャラしていたのだ。

しかし相手にされず、告示日の朝を迎えたって、どこの出陣式からもお呼びが無かった。

だから来たわけよ。

議員って多かれ少なかれ選民意識が強いから、ドタ出でも歓迎されると思ってんのよ。

バカにしてるわ。


まあ、そんな人というのはわかっているから、今さらどうこう言うつもりは無い。

「頼れる市議としてご活躍の誰それ様が

非常にお忙しい中、候補のためにわざわざ駆けつけてくださいました」

などと、お情けで持ち上げてやるわよ。


ちなみに今回の選挙の後援会長は、4年前の出陣式で副会長を否定した

近所の男性Aさん。

前任の後援会長が加齢で寝たきりになったため、60代後半の彼が引き受けた。

今までの会長はカタブツで冗談の通じない人だったので

紳士的な好人物である彼に交代したことを私は密かに歓迎した。

彼は後援会長兼、ドライバーの一人として活動に参加するそうである。


出陣式も無事に終わり、いよいよ選挙戦の開始だ。

「私が司会やったんだから、スタートはナミちゃんがやって」

え〜?私がですか〜?姐さん、お願いします〜…

と言うのを無視して、ナミにマイクを押しつける。

「せっかく家族が見守ってくれてるんだから、ちゃんと見せてあげないと」

口では言ったけど、今回はこの子にもしっかり仕事してもらわなければ

こっちの身が持たんじゃないか。

目標は、ハーフハーフの仕事量。


とはいえ今回のナミ、8年前や4年前とは違っているような気がする。

自分の所属するウグイスチームのリーダーを

師匠、師匠と神のごとく崇めたてまつることから、多少脱却したように感じるのだ。

原因はわかっている。

詳しくは言えないが、◯年前に起きた選挙にまつわる事件だ。

師匠以下、ナミを含むチームのメンバーは、そりゃもう大変な目に遭ったという。


以来、ナミの中で師匠という神は、かなり人間に近づいた様子。

師匠に提供するために私の声を録音したり、こっちにばかりしゃべらせて

自分はせっせと私のセリフをメモる…なんて失礼なことをしなくなっていた。

もっとも、彼女と仕事するのは3回目なので

私から盗むものは何も無いと踏んだのかもしれないが

師匠、師匠の連発は大幅に減少し、彼女も少しは自発的に仕事をするようになった。


午後、そんなナミにしゃべらせて郊外を流していたところ

対向車が急ブレーキをかけて停まり、運転していた中年の男が頭を出して大声で叫んだ。

「うるさいんじゃ!おまえ!」

こういうことをする人物は、お約束の古い車にサングラス。


3台後ろには、別の候補の選挙カーが連なって街宣していたため

そっちの方がずっとうるさいと思うが、すれ違ったナミの可憐なソプラノに刺激されたようだ。

8年前、暴漢が出て警察沙汰になった時もそうだが

高く、か細く、美しいナミの声は変質的な男のハートをくすぐるらしい。

男はサングラスでこちらを睨みつけると、急発進した。


ともあれ対向車線には後続車が連なっていたので、一歩間違えれば大惨事だ。

何ごとも無かったのでホッとすると同時に、恐怖で固まったナミからマイクを奪い取り

後始末に入る。

「力強いご声援、まことにありがとうございます!」

候補とドライバーはプッと笑い、車内の緊張は一気にほぐれる。

それから後続車には

「お騒がせ致しまして申し訳ございません。

これも期間限定と、ご理解くださいませ」

そして息継ぎの暇もなく、すれ違う別の候補の選挙カーにエール。

やれ忙しや忙しや。


候補がサングラス男の車のナンバーを覚えていたため

選挙妨害と危険運転として、一応は警察署に報告した。

ナンバーから、運転者のプロフィールが割れるはずだ。

実質的な被害が無かったので罪には問われないが

警察の記録には残るため、多分損だと思う。

《続く》
コメント
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