殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

リベンジ・ツアー・1

2020年02月04日 11時08分01秒 | みりこんぐらし
去年の2月、同窓会で


一泊の還暦旅行に出かけたことをお話しした。


蟹のメッカ、真冬の城崎(きのさき)温泉へ行きながら


手違いで宿の夕食に蟹が出なかったという


思い出深い旅であった。



仲良しの同級生女子5人


ユリちゃん、けいちゃん、モンちゃん、マミちゃん


それに私で結成している通称5人会は


その後も集まるたびに、この旅行を話題にしてきた。


バスに酔うため、メンバーの中で唯一参加しなかったお寺の嫁


ユリちゃんへの報告も兼ねているが


その内容は、旅の思い出を語り合うものではない。


旅行で発生した疑惑を検証するためである。


その疑惑とは‥。



『水事件』


旅も終わりに近づいた、帰りのバス。


還暦ともなると、持病のある者も出てくる。


その一人‥高血圧に緑内障、甲状腺に骨粗鬆症と


持病の女王を誇るモンちゃんが、服薬のための水を所望。


「俺も」、「私も」‥


一人が言い出すと、次々に手を挙げるのだった。



水を欲しがる声に、私は内心ホッとした。


男子が指定する銘柄を書いたメモを持って


おびただしい酒類を買いに行ったのは、会計役員の私だ。


その時、お茶と水のペットボトルも2ケースずつ買った。


お茶は往路で配って消費したが、水の出番は無いまま。


会費で買った物が残ると厄介だ。


皆に配ってしまおうかと考えていた矢先だった。



私は声も高らかに、副会長のタカヒロに頼んだ。


「水のペットボトル、お願いします」


タカヒロは、会長のモトジメと並んで最前列に座り


車中での飲み物係を担当していたのだ。



ところが‥


タカヒロから回ってきたのは、私の買った水ではなかった。


450㎖入りのペットボトルを2ケース、私は確かに買った。


ところが目の前にあるのは、2ℓ入りのでっかいボトルが1本きりと


紙コップ。


自分の買った水は、一夜にして数倍の大きさになっていたのだ。


私は呆然とするばかりだった。



しかもボトルは、持ったらベコベコ凹むヤワな素材。


これを揺れるバスの中で紙コップに注ぐとなると


誰でも志村けんのコント、『ひとみばあさん』になれる。


水が回される順に


「キャー!」だの「冷たい!」だのと悲鳴が聞こえ


「誰がこんなモン、買うたんね?!」


非難めいた口調で叫ぶ者もいる。



私はいたたまれず、タカヒロに問うた。


「ちょっと!どういうこと?!」


しかしタカヒロは、4列ほど後方に座る私を振り返って


謎の微笑み。


その微笑みが何を意味するかわからず、モトジメにも問うた。


「モトジメ!どうなっとるん?!」


しかしモトジメも、やはり謎の微笑み。


前列を埋めている地元男子たちの顔を代わる代わる見たが


やはり謎の微笑み。



「モナリザか!」


私はつぶやきながら、幾つかの事実を把握した。


この件には、企業の御曹司ユータローと事務局のヤスミチを除く


一部の地元男子が関与していること‥


なぜ水がすり替わったのかを説明する気は無いこと‥


水のすり替えは、たまたま発覚した氷山の一角に過ぎず


闇はもっと深いこと‥。


これが水事件である。



私は5人会のメンバーのうち、3人から責められるようになった。


その罪状は、役員でありながら多くの疑惑を見過ごした‥


というものである。



モンちゃんは、ひたすら水にこだわる。


服薬が必要な身体であれば


水を大切に思う気持ちは人一倍だろうから無理もない。


「バス旅行に、なぜあんなに大きな水を買ったのだ?」


水を注ぐのも、紙コップで飲むのも難儀で


服薬が大変だった‥


1本きりなので、お代わりもできなかった‥


恨み言は続く。



私はこと細かに説明した。


私が買ったのは、普通のペットボトルだったこと‥


タカヒロの仕事場にある大型冷蔵庫で


当日まで冷やしてもらう話になっていたこと‥


旅行の3日前、夫を伴って買いに行き


その足でマミちゃんの店『おしゃれメイト・マミ』へ運んで


タカヒロと合流したこと‥


水のケースは、缶ビールや缶チューハイと一緒に


タカヒロの軽トラの荷台に載せたこと‥


当日の朝、タカヒロは奥さんの運転する軽自動車で来て


荷物をバスの冷蔵庫に移していたが


軽トラの荷台にいっぱいだったケースが


なぜ軽自動車の後部座席に収まるのか、不思議に思ったこと‥


自分が買った水と違ったことを知り、一番驚いたのは私であること‥


繰り返し説明するしかなかった。



水事件を皮切りに、幾多の疑惑が次々と浮上した。


その内容は後ほどお話するとして


ことごとくがお金にまつわるものであったため


厳密に言えば、会計の私は無関係とは言えない。


「食い下がってでも、みんなの前で徹底的に糾弾するベきだった」


「私なら、絶対に悪を許さない!みんなで話し合う!」


「みりこんちゃんは男子に甘い。


考え方がオジさんなのよ」


集まるたび、いきり立つオバさんたちから言われ放題だ。



確かに私の考え方はオジさんだと思う。


オジさんだから男子に甘い。


オジさんだから、女子供のように浅い正義感を振りかざして


大の男の恥をあばく気にはならない。



物事には大局というものがある。


旅行の大局は、疑惑を解明することではない。


無事に楽しく終えることだ。


水がすり替わっていることをあばき立て


何も知らない参加者まで嫌な気持ちにさせる権利は


私には無いと思っている。



ついでに言えば、無償で人の世話をしたことの無い者は


何かあったら正義漢ぶって騒ぎ立てるものだ。


が、そんなことを言っても、わからない者には一生わからない。


だから何も言わない。


面倒くさいので5人会を抜けてもいいとすら


密かに思っていた。



メンバーの一人、マミちゃんだけが私を責めなかった。


彼女は会計役員の経験者で、以後は会計監査。


そして彼女の店は、昔から同窓会の中継地になっていて


物品の受け渡しや打ち合わせなどは


ほとんど彼女の店で行われるので、事情がわかっているからだ。


現に問題の水も、マミちゃんは店で見ていたため


すり替わっていたことに驚いたのだった。



マミちゃんは何も言わないが、5人会の行く末を心配したらしい。


昨年の秋口、こう言い出した。


「来年、5人で城崎温泉に行かない?」



そうね‥今度は蟹を食べたい‥


いいね‥楽しそう‥


ユリちゃんが行けなかったから、今度は一緒に電車で‥


一同がやぶさかでないとわかると、彼女の行動は素早かった。


翌日には旅行社へ赴き、ラインでパンフレットの写真を送ってきた。



日にちは、去年の還暦旅行と同じ日。


宿も同じ所。


還暦旅行以来、面白くなかったので


我々はこの旅を『リベンジ・ツアー』と名付けた。


今週、行く。


《続く》
コメント (2)
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