殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

バカの病・2

2020年02月22日 13時25分16秒 | みりこんぐらし
夏祭に屋台で食品を販売しながら

同じ物を手伝いの人たちの賄いにする…

この提案をあまりにもあっさりと受け入れた私に

モクネン君はかえって慌てた様子で

「だ、大丈夫ですか?」

とたずねる。

今さら何を言っているのだ。

あんたが言い出したことじゃないか。


「それで…何を作られるつもりですか?」

不安げに問うモクネン君。

私は即答した。

「カツ丼」。


カツ丼…

モクネン君はニッコリしてつぶやく。

メニューに異論は無いようだが、彼は再度たずねた。

「大丈夫ですか?」

今度の大丈夫ですか?は、調理の実力をいぶかしむものだ。

私はこの時、初めて明かした。

「大丈夫です。

私とけいちゃんとモンちゃん…

つまり5人会のうちの3人は調理師免許を持っています」


それまで、我々が調理師だということは

ユリちゃん以外には秘密にしていた。

公にすると、台所を担当する檀家さんたちの

やる気を削いでしまうからである。

選挙事務所の賄いで見てきたが

料理通として采配を振るっているのに

調理師が紛れ込んでいると知ったら面白くないものだ。

よって今までの数年間、我々は初心者を装い補助に回っていた。


しかし、ユリちゃんの伯母さんが加齢に倒れ

手伝う檀家の女性たちもいなくなった今

秘密にする必要は無くなった。

実力だけでなく、衛生面においても

調理師の存在は伝えておいた方がいい。


「調理師だったんですか!」

モクネン君は、細い目を見開いて驚いた。

現役はけいちゃんだけで、私は調理の仕事を離れて長いし

モンちゃんは実家が旅館だから一応取得してみたというペーパー。

しかし免許というはっきりした形を示すと、男は信用する。

モクネン君はすぐに販売価格や数量など

細かい打ち合わせに入った。

賄いは普通の大きさで出すが、他の屋台の売れ行きを邪魔しないよう

販売するカツ丼はミニサイズにすることや

子供でも買いやすい値段ということで

屋台で売る値段は300円と決まった。


「ところで…」

モクネン君はたずねる。

「なぜカツ丼なんですか?」

私はよく回る舌で、ツラツラと理由を挙げた。

「まず、カツ丼が嫌いな人はあまりいません。

次に材料が少ないため、低コストで調理が簡単な上

ダシさえ取っておけば補充がたやすいという利点があります。

また、インパクトの強い食品であることも

祭を盛り上げるために重要で

カツ丼という響きは笑顔を誘発します。

町にカツ丼を出す店が無くなって数十年

懐かしさと珍しさにおいて、町民の反応は良好と予測されます。

コンセプトとしては、昭和の定食屋のカツ丼。

昔、駅前通りにあった〝一茶食堂〟の味を再現したいと考えています」


「おぉっ!」

モクネン君は感心しきりだったが

本当の理由は昨夜、うちの晩ごはんがカツ丼だったからさ〜…

いいもんね…

いざとなったら現役調理師のけいちゃんが

何とかしてくれるわ…。


モクネン君は言った。

「ぜひ食べてみたいです!

来月、実行委員会があるんですが

その場で試食会をしましょう!」


私は快諾した。

合理魔、モクネン君の思惑はわかっている。

夏祭の実行委員会は、夕食どきに行われる。

参加したことは無いが、会議の後で形だけのわずかな会費を取り

委員の面々に飲食の接待をするのは聞いていた。

委員は全員が引退をほのめかしているため

重苦しい雰囲気になること間違いなし。

そこで、いつものお供え物を使った鍋ものではなく

試食会という目新しいテーマで撹乱する作戦だ。

いいもんね…

けいちゃんが何とかしてくれるもんね…。


やがて、試食会の日取りが決まった。

ここまでのことは、ユリちゃん以外のメンバーは知らない。

ユリちゃん夫婦と会って話をしたのが、私一人だったからだ。

でも大丈夫…

けいちゃんが何とかしてくれるもんね…

と思っていたら、その日、頼りのけいちゃんは仕事だった。

遅番なので、夜の試食会は無理だという。

チ〜ン。

私一人でやるしかない。


試食会が近づいたので、ユリちゃんと電話で打ち合わせをする。

カツ丼だけというわけにいかないから

他の料理も作ってもらいたいそうだ。

夕食を兼ねた会議なので、当然であろう。


私はそこで初めて、予算をたずねた。

「1人500円の会費で、15人いらっしゃるから

全部で7500円…

もちろん、オーバーしてもいいんだけど…」

ユリちゃんは申し訳なさそうに言う。


遠足のおやつじゃあるまいし、貧乏寺にもほどがあるわいっ!

と叫びたいところだが、何しろ私ってバカの病じゃん。

予算内でやってみたくなった。

《続く》
コメント (3)
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