殿は今夜もご乱心

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バカの病・3

2020年02月23日 11時33分44秒 | みりこんぐらし
試食会は、先週の水曜日に行われた。

私はその前日、買い出しに出かけた。

15人分の食事を7500円以内で作る…

課せられた条件は、厳しいものだ。

予算が少ないからといって

いかにも貧しげな食事にはしたくない…

こだわりがあるとすれば、そこである。


が、私には秘策があった。

カツ丼の豚肉は厚切りロースではなく

安い薄切りのモモ肉を使うのだ。

これは昔勤めていた病院の厨房のやり方。

美しく言えば、ミルフィーユ風ってやつよ。


パック入りの薄切りモモ肉をパックから取り出さず

重ねられたまま、塩胡椒して小麦粉をまぶす。

裏返して同じようにしたら、パックに入っていた形のまま

あるいは大きければ半分や3分の1に分け

卵とパン粉で衣をつけて揚げる。

火が通りやすいので安全かつ時短になるし

元が薄切りなので老人や子供にも食べやすく

第一、安い。

あとは卵と玉ねぎ、そして彩りのネギ。

どれも値段は知れている。


それからサイドメニュー用に豚ミンチ500グラムと

鶏ミンチを1キロ購入。

豚ミンチ全部と鶏ミンチ200グラムは

カツ丼に使用したネギのみじん切りと合わせて

肉団子を作り、ちゃんこ鍋風の吸い物に使い

残った鶏ミンチは病院の人気食だった

れんこんハンバーグに使う。

一つの食材を複数の料理に使用するのは

経費節減のコツである。


れんこんハンバーグは以前

手抜き料理のカテゴリでご紹介したことがある。

私が勤めていた病院のメニューで

誰に食べさせても大変喜ばれた。

その時はれんこん団子という名前だったと思うが

今回は吸い物に団子と名のつく物を使うため

あえてハンバーグという名前にしただけ。


あとは、れんこんハンバーグに使うれんこん、人参、大葉

ギンナンの缶詰、しょうが

吸い物用の油揚げと白菜と葛切り

箸休め用の冷凍インゲンなどを買い

5000円以内でおさまったため、一人でほくそ笑む。

小麦粉やパン粉、調味料はお供え物を使うし

ダシは昆布問屋の檀家から

立派な羅臼昆布が届いていると聞いたので

この金額で行けたのだった。


当日は午後2時に行った。

ユリちゃんがいただき物の辛子明太子を持って来たので

明太子スパゲティと明太子入りの卵焼きも作ることにした。

スパゲティはお供え物があるし、卵はカツ丼用のがある。

こうして晩餐のメニューは決まった。

カツ丼、肉団子入りの吸い物、れんこんハンバーグ

明太子スパゲティ、明太子卵焼き、インゲンの胡麻和え。


委員会は午後7時からなので

ユリちゃんや彼女の兄嫁さんとお茶を飲んだり

おしゃべりをしながら作って開始時間を待つ。

30分ほどで会議が一段落し

モクネン君から料理を運ぶよう指示が出たので

委員の並ぶ座敷へ、まずカツ丼を搬入。


男性13人、女性2人の委員会は

なるほど、暗くて重い雰囲気。

しかしカツ丼を見ると、男性たちの顔はほころんだ。


いったん台所へ戻り、次は吸い物を持って行く。

豚と鶏の団子と油揚げ、葛切り、白菜入りの吸い物は

某相撲部屋で食べられているもの。

その相撲部屋にいた知り合いから習ったのだ。


とはいえ、たいした技はいらない。

しょうがをきかせた肉団子をダシにぶちこめば

寝ててもおいしい汁ができるってもんよ。

油揚げを大きめの三角形に切ると

ちゃんこの雰囲気が出る。


重苦しい会議の雰囲気を和らげるため

私はユリちゃんの頼みで

メニューの説明をすることになっていた。

秘策の一つである。

だから私は吸い物を配りながら、委員会の人々に言った。

「これは、○○部屋のちゃんこと同じものです」


「おお〜!」

委員会の皆さんは、とても感動なさったご様子。

ここに集まっているのは、真面目な人ばかり。

純粋というのか、浮世離れしているというのか

「もし、お代わりをしたくなりました場合

もう一回、500円をお支払いしたらいいのでしょうか?」

などと、真剣にたずねるような方々なのだ。


好反応に気を良くした私は、よせばいいのに付け加えた。

「私が○○部屋のちゃんこ番だった頃に

習いおぼえたものでございます」

それを聞いた純粋浮世離れの面々は、口々に言った。

「○○部屋に!」

「ほお〜!」

「人は見かけによりませんねぇ」

真顔でうなづいたり、感心してどうする。

言うんじゃなかった…と後悔しつつ退場。


次に持って行ったのは、れんこんハンバーグ。

もう、ヤケじゃ。

私は秘策の第2弾を披露する。

「これは町内にある○○病院の名物

れんこんハンバーグでございます。

○○病院に入院すると、月に一度、召し上がれます」


「……」

反応が無いわけではない。

皆さん、戸惑っていらっしゃるのだ。

町にただ一つの病院が

病気の老人を死ぬまで置ける施設だというのは

誰でも知っている。

真面目な方々は、その衝撃にうろたえておられるのだ。

うっしっし。


試食会は続いていたが、夜9時を過ぎたので

後片付けはユリちゃんに任せ、私は先に帰った。

で、試食会の結果だが、いまだモクネン君からの発表は無い。

試食したんだから、屋台はこれで行くことに決まったとか

やっぱり屋台はやめておこうとか

何らかの結論が出てもいいようなものだが、なしのつぶて。

会議はおそらく、実行委員を辞める辞めないのテーマが先立ち

夏祭の屋台どころではなかったのではなかろうか。


ユリちゃんからは

「皆さん、おいしかったと言って帰られました。

後片付けの時、残り物はありませんでした。

本当にありがとう。

モクネンからの試食会の結果発表は、まだです」

ラインでそんな報告があった。


実際に15人分のカツ丼を作ってみて

けっこう忙しいことがわかったので

私は屋台の案がボツになることを密かに願っている。

これを100人分だか200人分だか作るのは

大変じゃわ…

賄いだけなら、ナンボでもやっちゃる…

けいちゃんに頼んで…

そう考えながらうちの夕食、鶏の山賊焼きを作っていた。


山賊焼きは簡単だ。

鶏モモ肉を大きいまま、漬け汁に浸けておく。

漬け汁は、醤油、みりん、酒、砂糖をテキトーに混ぜ

しょうが汁とすりおろしニンニク少々、七味パラパラ

お好みによって山椒の粉パラパラ。

1時間ほど経ったら、キッチンペーパーで水分を取り

レンジの魚焼きグリルで両面をこんがり焼く。


漬け汁は捨てず、肉を焼く間に半分くらいまで煮詰めておく。

この漬け汁に焼き上がった肉を浸して

再び焼いて照り焼きにしてもよし。

ソースにして塗ったり、かけてもよし。

どうやってもおいしくできる、甘口の焼き鳥だ。


これを鶏嫌いの義母以外の家族に与えたところ

非常に好評で、夏祭の屋台や賄いは

これを作るべきだと言う。

カツ丼より体力的負担が少なく

誰に任せても、おいしく仕上がるというのが

彼らの主張である。


そこで早速、ユリちゃんに連絡したところ

「じゃあ、近いうちに試食会をしましょう。

日時はまた連絡します」

という返事だ。

なんだか私、料理が苦手なユリちゃんの代わりに

ごはん作ってる?

それを試食会と表現してる?


でもいいの。

私は料理、好きだし、バカの病だし。

《完》
コメント (4)
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