父と子が競って浮気に興じる姿は、噂の的になっていた。
「悪い嫁をもらったせいだ」
義父は世間、そして何より彼自身にそう弁解しつつ
私への攻撃をいっそう強めるのだった。
その頃、企業側に人事異動があった。
用地買収の時から協力し合ってきた工場長が転勤して
東京から新しい工場長がやってきたのである。
新工場長は穏やかな人物で、義父に従順だったため
取引に影響は無いと思われた。
2年余りが、何事もなく過ぎて行った。
義父の会社は変わらず絶好調。
浮気の方も絶好調。
義父が会社に顔を出すことは、ほとんど無くなり
旅行にゴルフに女遊びにと充実した毎日を過ごしていた。
彼はこの頃が、一番幸せだったかもしれない。
新しい工場長は、この町が気に入ったらしい。
住宅街の一角を購入して家を建て、家族を呼び寄せた。
大口取引先の工場長が新築したのだから
義父は当然、お祝いをしなければならない。
義父は義母に命じ、戸棚にしまっていた古い壷を引っ張り出させた。
ここで、私が呼ばれる。
A市への進出を提案したことで義父の怒りを買って以来
私は泥棒呼ばわりされていたので
仕事に関係する事柄は一切シャットアウトだった。
それがなぜ呼ばれたかというと、壷を包装するため。
家族の中でギフトの包装ができるのは、私だけだった。
義母がデパートの外商に頼んで手に入れた包装紙で壷を包み
デパートで買った贈答品を装え‥これが両親の要望。
茶色の不恰好な壷は埃だらけ、蜘蛛の巣だらけ。
木箱には、おびただしい虫食いの穴があいていた。
値打ちなどあろうはずもなく
生活雑器に毛が生えた程度のシロモノ。
彼らは戸棚に押し込んでいた、もらい物の不用品を
新築祝いとして工場長に贈るつもりらしい。
自分たちの遊びやおしゃれには湯水のごとく金を使うが
人にあげる物にはひどく金を惜しむのが彼らの習性なので
今さら驚きはしないが、上得意の祝い事に贈る品として
さすがにこれは大胆過ぎる。
しかもデパートで買ったふうを装う、あさましさ。
この恥ずかしい仕事に、私は難色を示した。
「新築祝いにこんな物を渡したら
受け取った方はショックだし、渡した方は恥をかく思うけど‥」
が、例のごとく怒られまくる。
「これは良い物よ?!
新築したら床の間に飾る物が必要なのよ!」
「こいつは値打ちがわからんのじゃ!」
私は問うた。
「じゃあ、デパートの包装紙を使うのは何で?
値打ちのある物だったら、紙は何でもいいんじゃない?
ケチってこんな物を贈るより
現金の方がよっぽど喜ばれると思いますけど」
この発言で、さらに怒られる。
言ってはいけない言葉だからだ。
なぜ言ってはいけないかというと、本当のことだから。
ここが私のバカなところ。
やんわりとコトを運ぶ技術も信頼関係も無かった私は
本当のことをズケズケと言うばかりだった。
年かさの彼らにとって
見下げているシモジモから核心を突かれるのは
こっちが考えるよりずっとこたえるし、無性に腹が立つものだ。
それを知らない私は本当のことを言って恨まれ
嫌われたあげく、いじめで復讐されていた面も多々あった。
さて、しばらく怒られたあげく
「包むのが嫌なら、はっきり言いやがれ!おおぅ?ワレ!」
義父がチンピラみたいに怒鳴るので
「嫌です」
と言ったら、ますます怒られた。
が、怒るばっかりで包装の役を免じられる気配は無い。
どうあっても包装させたいらしい。
私は彼らに言った。
「じゃあ包みます‥どうなっても知りませんよ」
今、大事な岐路に来ているのは感覚でわかったが
もう、どうでもよくなった。
いくら説得したって、彼らには理解できないのだ。
「最初から素直にやりゃあええんじゃ!
もったいぶりやがって!何様じゃ!」
義父の小言を聞きながら埃を払い、蜘蛛の巣を除き
箱を拭いて包装したが
包装紙はあってもデパートの名前が入ったテープは無いため
今ひとつ高級感に欠けた仕上がりとなった。
包み終わると義父は言った。
「じゃあ、お前ら、届けて来い」
「え〜?!」
本当は義父も、この不用品を持って行くのが恥ずかしいのだ。
義姉も聞こえないふりをしている。
義母だけが新居を見学できると喜んでいるので
家まで車で送り、外で待って連れて帰った。
壷を包んだ時から予測していたとはいえ
この一件は後の運命を決定した。
壷騒ぎから3ヶ月後、工場に隣接した畑に
新しい家が建ち始める。
これこそが、落日の第一歩であった。
《続く》
「悪い嫁をもらったせいだ」
義父は世間、そして何より彼自身にそう弁解しつつ
私への攻撃をいっそう強めるのだった。
その頃、企業側に人事異動があった。
用地買収の時から協力し合ってきた工場長が転勤して
東京から新しい工場長がやってきたのである。
新工場長は穏やかな人物で、義父に従順だったため
取引に影響は無いと思われた。
2年余りが、何事もなく過ぎて行った。
義父の会社は変わらず絶好調。
浮気の方も絶好調。
義父が会社に顔を出すことは、ほとんど無くなり
旅行にゴルフに女遊びにと充実した毎日を過ごしていた。
彼はこの頃が、一番幸せだったかもしれない。
新しい工場長は、この町が気に入ったらしい。
住宅街の一角を購入して家を建て、家族を呼び寄せた。
大口取引先の工場長が新築したのだから
義父は当然、お祝いをしなければならない。
義父は義母に命じ、戸棚にしまっていた古い壷を引っ張り出させた。
ここで、私が呼ばれる。
A市への進出を提案したことで義父の怒りを買って以来
私は泥棒呼ばわりされていたので
仕事に関係する事柄は一切シャットアウトだった。
それがなぜ呼ばれたかというと、壷を包装するため。
家族の中でギフトの包装ができるのは、私だけだった。
義母がデパートの外商に頼んで手に入れた包装紙で壷を包み
デパートで買った贈答品を装え‥これが両親の要望。
茶色の不恰好な壷は埃だらけ、蜘蛛の巣だらけ。
木箱には、おびただしい虫食いの穴があいていた。
値打ちなどあろうはずもなく
生活雑器に毛が生えた程度のシロモノ。
彼らは戸棚に押し込んでいた、もらい物の不用品を
新築祝いとして工場長に贈るつもりらしい。
自分たちの遊びやおしゃれには湯水のごとく金を使うが
人にあげる物にはひどく金を惜しむのが彼らの習性なので
今さら驚きはしないが、上得意の祝い事に贈る品として
さすがにこれは大胆過ぎる。
しかもデパートで買ったふうを装う、あさましさ。
この恥ずかしい仕事に、私は難色を示した。
「新築祝いにこんな物を渡したら
受け取った方はショックだし、渡した方は恥をかく思うけど‥」
が、例のごとく怒られまくる。
「これは良い物よ?!
新築したら床の間に飾る物が必要なのよ!」
「こいつは値打ちがわからんのじゃ!」
私は問うた。
「じゃあ、デパートの包装紙を使うのは何で?
値打ちのある物だったら、紙は何でもいいんじゃない?
ケチってこんな物を贈るより
現金の方がよっぽど喜ばれると思いますけど」
この発言で、さらに怒られる。
言ってはいけない言葉だからだ。
なぜ言ってはいけないかというと、本当のことだから。
ここが私のバカなところ。
やんわりとコトを運ぶ技術も信頼関係も無かった私は
本当のことをズケズケと言うばかりだった。
年かさの彼らにとって
見下げているシモジモから核心を突かれるのは
こっちが考えるよりずっとこたえるし、無性に腹が立つものだ。
それを知らない私は本当のことを言って恨まれ
嫌われたあげく、いじめで復讐されていた面も多々あった。
さて、しばらく怒られたあげく
「包むのが嫌なら、はっきり言いやがれ!おおぅ?ワレ!」
義父がチンピラみたいに怒鳴るので
「嫌です」
と言ったら、ますます怒られた。
が、怒るばっかりで包装の役を免じられる気配は無い。
どうあっても包装させたいらしい。
私は彼らに言った。
「じゃあ包みます‥どうなっても知りませんよ」
今、大事な岐路に来ているのは感覚でわかったが
もう、どうでもよくなった。
いくら説得したって、彼らには理解できないのだ。
「最初から素直にやりゃあええんじゃ!
もったいぶりやがって!何様じゃ!」
義父の小言を聞きながら埃を払い、蜘蛛の巣を除き
箱を拭いて包装したが
包装紙はあってもデパートの名前が入ったテープは無いため
今ひとつ高級感に欠けた仕上がりとなった。
包み終わると義父は言った。
「じゃあ、お前ら、届けて来い」
「え〜?!」
本当は義父も、この不用品を持って行くのが恥ずかしいのだ。
義姉も聞こえないふりをしている。
義母だけが新居を見学できると喜んでいるので
家まで車で送り、外で待って連れて帰った。
壷を包んだ時から予測していたとはいえ
この一件は後の運命を決定した。
壷騒ぎから3ヶ月後、工場に隣接した畑に
新しい家が建ち始める。
これこそが、落日の第一歩であった。
《続く》