壷後‥いや、その後に訪れた数々の出来事は
厳しさにおいても、また意外性においても
まことに容赦無かった。
取引先の工場の隣に出現した家‥
これこそが、壷の報復だったのである。
畑だった場所に家が建ち始めた頃は、誰も気にしていなかった。
道路からよく見えるその家は、大きい建物になりそうだ。
けれども町から外れた山影の、陽当たりが悪い場所だし
工場の排気や騒音は避けられない。
「物好きがいるものだ」
家族や社員を始め、誰もがそう思っていた。
ただ、いぶかしい点が少々。
家は工場と地続きで、塀や囲い、段差など
境い目を表すものが無い。
それは設計の自由かもしれないが、自由でないことが一つ。
その家は、義父の所有する進入路を通らなければ
出入りができない。
他に道路が無いからだ。
現に工場へ出入りする車両と共に
家を建てている建築業者も普通に出入りしている。
つまりその家は、義父の私道を使う前提で設計され
建築されていた。
しかし義父は、何も聞かされてないのだった。
あれよあれよという間に家は完成に近づき
やがて看板が上がった。
そこは、同じ町に住む同業者C氏の
事務所と車庫を兼ねた自宅だった。
C氏は町の中にあった家を売り
工場に隣接する畑を買って、会社ごと移ったのだった。
C氏と義父は昔からの知り合い。
義父より15才ほど年下のC氏が
年上の義父を立てる格好の付き合いで
我々の結婚披露宴にも招待した間柄だ。
同業とはいえ、この2社はライバル関係ではなかった。
C氏の会社は商品を扱っておらず、運送のみに絞った専門業者。
そのため卸業の色が濃い義父の会社とは
きちんと住み分けができていた。
しかし工場ができてからは、メイン業者の義父をサポートする形で
時折C社の車両が工場の仕事に参加するようになっていた。
そのC社が、わざわざ工場の隣へ来た目的はただ一つ。
義父の仕事を狙っているのだ。
そうでなければ、好き好んで空気の悪い不便な所へ
移転するわけがない。
当時40代後半だったC氏は
残りの人生を賭けて勝負に出たのだ。
言い換えれば、工場のもたらす利益が
それほど大きいということである。
けれども、この大胆不敵が
C氏一人の意向で行われるはずは無い。
移転後の仕事の確約が無ければ、住み慣れた家を手放し
新しく家を建てて移り住むような荒技は不可能だ。
工場の最高責任者である工場長が手引きしなければ
この計画は成立しない。
新築祝いに小汚い壷を贈ったことで
工場長はすっかり気を悪くしたのだ。
わざとらしいデパートの包装紙も、怒りを増幅させたに違いない。
工場長の心が義父の排除に向かうのは、自然の成り行きであろう。
私でもそうする。
一方、交際上手で気前のいいC氏は
新築祝いに、そこそこの額の現金を贈ったと思われる。
以前から野心を持ち、ここらでひと旗挙げたいC氏と
工場長の気持ちは一つになった。
原因は、あの壷以外に無かった。
C社が引っ越しを済ませて稼働を始めた途端
義父の会社は暇になった。
仕事の大半が、C社に移ったからである。
そしてC社が忙しい時、工場の配車係から
単発で仕事の要請が来るようになった。
義父の会社とC社は、完全に逆転したのだ。
C社は商品を扱う会社ではないため
当初、商品の納入はかろうじて義父の会社が行っていたが
それもじきにC社がよそから仕入れて
工場へ納入するようになった。
義父の会社は、C社が仕入れられない商品だけを
細々と納入するだけになり、数億の年商を失ったのである。
大金をつぎ込んで土地を買い、企業を誘致したはずが
そこで儲けているのは、よその人‥
あまりにも意外な展開に
家族、特に義父は愕然とするばかりだったが
私は自分の予感が的中して気を良くしていた。
予感が的中したら、おマンマの食い上げに繋がるものの
そんなことは気にならないほど興奮した。
だって、天罰が下る瞬間に立ち会ったのだ。
こんなモン、なかなか見られない。
それに私は、C氏の行動をあっぱれと評価していた。
恥も外聞も気にせず、引越しをしてまで仕事を奪うなんて
なかなかできることではないからだ。
それにこの出来事が無ければ
私は義父の会社を決定的に見限ることはできなかっただろう。
義父の判断力や商才に疑問を持つことも無く
「いずれ来るかもしれない私たちの時代」を半信半疑で夢見ながら
日夜、おびただしい家事労働に励んで心身を壊していたと思う。
その点、目を覚まさせてくれたC氏には、むしろ感謝している。
以後は何かと騒がしかった。
仕事を奪われた社員を始め
義父が落ち目になると困る人がたくさんいたからだ。
私道を我が物顔で使うC社や、企業側の契約違反を掲げて
訴訟を勧める人もいた。
進入路の封鎖を提案する人もいた。
何なら自分が行って、抗議の座り込みをすると言い出す人もいた。
しかし義父は何もしなかった。
面白くないので、以前にも増して浮気とゴルフにのめり込み
喧嘩をする暇が無かったのもあるが
C氏父子が某組の企業舎弟になったのもある。
企業舎弟の道を選んだ理由は明らかではないが
抗議の阻止には有効だろう。
つまり、マジで相手にしたらロクなことにならない。
義父の戦意喪失を促すには十分だった。
《続く》
厳しさにおいても、また意外性においても
まことに容赦無かった。
取引先の工場の隣に出現した家‥
これこそが、壷の報復だったのである。
畑だった場所に家が建ち始めた頃は、誰も気にしていなかった。
道路からよく見えるその家は、大きい建物になりそうだ。
けれども町から外れた山影の、陽当たりが悪い場所だし
工場の排気や騒音は避けられない。
「物好きがいるものだ」
家族や社員を始め、誰もがそう思っていた。
ただ、いぶかしい点が少々。
家は工場と地続きで、塀や囲い、段差など
境い目を表すものが無い。
それは設計の自由かもしれないが、自由でないことが一つ。
その家は、義父の所有する進入路を通らなければ
出入りができない。
他に道路が無いからだ。
現に工場へ出入りする車両と共に
家を建てている建築業者も普通に出入りしている。
つまりその家は、義父の私道を使う前提で設計され
建築されていた。
しかし義父は、何も聞かされてないのだった。
あれよあれよという間に家は完成に近づき
やがて看板が上がった。
そこは、同じ町に住む同業者C氏の
事務所と車庫を兼ねた自宅だった。
C氏は町の中にあった家を売り
工場に隣接する畑を買って、会社ごと移ったのだった。
C氏と義父は昔からの知り合い。
義父より15才ほど年下のC氏が
年上の義父を立てる格好の付き合いで
我々の結婚披露宴にも招待した間柄だ。
同業とはいえ、この2社はライバル関係ではなかった。
C氏の会社は商品を扱っておらず、運送のみに絞った専門業者。
そのため卸業の色が濃い義父の会社とは
きちんと住み分けができていた。
しかし工場ができてからは、メイン業者の義父をサポートする形で
時折C社の車両が工場の仕事に参加するようになっていた。
そのC社が、わざわざ工場の隣へ来た目的はただ一つ。
義父の仕事を狙っているのだ。
そうでなければ、好き好んで空気の悪い不便な所へ
移転するわけがない。
当時40代後半だったC氏は
残りの人生を賭けて勝負に出たのだ。
言い換えれば、工場のもたらす利益が
それほど大きいということである。
けれども、この大胆不敵が
C氏一人の意向で行われるはずは無い。
移転後の仕事の確約が無ければ、住み慣れた家を手放し
新しく家を建てて移り住むような荒技は不可能だ。
工場の最高責任者である工場長が手引きしなければ
この計画は成立しない。
新築祝いに小汚い壷を贈ったことで
工場長はすっかり気を悪くしたのだ。
わざとらしいデパートの包装紙も、怒りを増幅させたに違いない。
工場長の心が義父の排除に向かうのは、自然の成り行きであろう。
私でもそうする。
一方、交際上手で気前のいいC氏は
新築祝いに、そこそこの額の現金を贈ったと思われる。
以前から野心を持ち、ここらでひと旗挙げたいC氏と
工場長の気持ちは一つになった。
原因は、あの壷以外に無かった。
C社が引っ越しを済ませて稼働を始めた途端
義父の会社は暇になった。
仕事の大半が、C社に移ったからである。
そしてC社が忙しい時、工場の配車係から
単発で仕事の要請が来るようになった。
義父の会社とC社は、完全に逆転したのだ。
C社は商品を扱う会社ではないため
当初、商品の納入はかろうじて義父の会社が行っていたが
それもじきにC社がよそから仕入れて
工場へ納入するようになった。
義父の会社は、C社が仕入れられない商品だけを
細々と納入するだけになり、数億の年商を失ったのである。
大金をつぎ込んで土地を買い、企業を誘致したはずが
そこで儲けているのは、よその人‥
あまりにも意外な展開に
家族、特に義父は愕然とするばかりだったが
私は自分の予感が的中して気を良くしていた。
予感が的中したら、おマンマの食い上げに繋がるものの
そんなことは気にならないほど興奮した。
だって、天罰が下る瞬間に立ち会ったのだ。
こんなモン、なかなか見られない。
それに私は、C氏の行動をあっぱれと評価していた。
恥も外聞も気にせず、引越しをしてまで仕事を奪うなんて
なかなかできることではないからだ。
それにこの出来事が無ければ
私は義父の会社を決定的に見限ることはできなかっただろう。
義父の判断力や商才に疑問を持つことも無く
「いずれ来るかもしれない私たちの時代」を半信半疑で夢見ながら
日夜、おびただしい家事労働に励んで心身を壊していたと思う。
その点、目を覚まさせてくれたC氏には、むしろ感謝している。
以後は何かと騒がしかった。
仕事を奪われた社員を始め
義父が落ち目になると困る人がたくさんいたからだ。
私道を我が物顔で使うC社や、企業側の契約違反を掲げて
訴訟を勧める人もいた。
進入路の封鎖を提案する人もいた。
何なら自分が行って、抗議の座り込みをすると言い出す人もいた。
しかし義父は何もしなかった。
面白くないので、以前にも増して浮気とゴルフにのめり込み
喧嘩をする暇が無かったのもあるが
C氏父子が某組の企業舎弟になったのもある。
企業舎弟の道を選んだ理由は明らかではないが
抗議の阻止には有効だろう。
つまり、マジで相手にしたらロクなことにならない。
義父の戦意喪失を促すには十分だった。
《続く》