殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

行いと運命・3

2019年11月10日 10時30分13秒 | 前向き論
これから発展することがわかっている町に


ただ看板を上げさえすれば、仕事は濡れ手に粟‥


嫁憎しの感情が先に立って


この好機をみすみす見送った義父だった。



3年後、A市の国立施設の建設が終わると


会社はベースの仕事だけをこなす日常に戻った。


ベースの仕事とは、町外れにある上場企業の地方工場へ


商品を搬入するものだ。


我々が両親と同居する少し前


義父が数千坪の工業用地を買って、その企業を誘致した。



その企業から振られる仕事は利益が高く、安定していた。


相手は全国ネットの大手なので


取引を続けていれば、食いっぱぐれは無いと思われた。


義父は地主であり、株主でもあったため


仕事をもらっているとはいえ立場は対等に近く


接待や贈り物で媚びることにも熱心ではなかった。


義父がA市に進出することを拒んだのは


憎たらしい嫁の発案というのもあったが


この仕事を確保していたので


他へ手を出す必要性を感じていなかったのもある。



その仕事は、義父の会社の全売り上げのうち


7割以上を占めていた。


取引先のうち、一軒だけの売り上げが飛び抜けているのは


商売上、スリリングな状況。


相手に何かあったら、たちまち食い詰めるからだ。


うちのように金額の大きい手形商売であれば


なおさら注意が必要である。



私は当時、20代後半。


若い私が他人の会社について生意気にも心配し


A市への進出を言い出したのには理由があった。


その数年前、義父の会社は


同じように売り上げの大半を占めていた相手から


突然取引を打ち切られる経験をしていたからだ。



相手の会社の社長B氏は、義父と昔からの友人で


お互いの創業以来、二人は数十年に渡り


公私共に支え合ってきた。


我々夫婦の仲人をしたのもB氏である。



しかし、ある年の選挙が二者の仲を分かつ。


義父とB氏は一騎打ちの選挙で


それぞれ別の候補者を応援することになったのだ。



B氏は再三、義父に寝返りを要請した。


義父は選挙の方面で少しは名が知れていたが


B氏が選挙に関わるのは、この時が初めて。


B氏は、参謀として名乗りを上げておきながら寝返ると


選挙界でも建設業界でも生きていけなくなるという


暗黙かつ厳格な掟を知らないのだった。



初めての選挙で張り切ったB氏は


頑固な義父を寝返えらせたという勲章を欲していた。


「そっちの出方次第では、取引を打ち切る」


と脅迫までしたが、義父は動かなかった。



結果、町を二分した一騎打ちはB氏が応援した方が勝った。


その翌日、義父はB氏から取引の打ち切りを宣告され


B氏の会社の仕事は


B氏と一緒に選挙の応援をした別の同業者のものになった。



売り上げの大半を一瞬で失った義父は、もちろん途方に暮れた。


自分の代わりにB氏から仕事を得た同業者の


得意満面もしゃくにさわる。


その姿を目の当たりにした私は


一軒だけのお得意様に売り上げを頼るという


一点集中方式が怖いことを身をもって知った。



選挙が元で切られた‥世間ではそういうことになっていて


義父もそう思っていたが、私は違うと思った。


一軒だけに頼っていると、やがてその一軒からナメられる。


うちが無かったらこいつは日干しだと‥


こいつの命運は俺が握っていると‥


相手に思わせてしまう。


いくら仲良しこよしでも、人間の心はそうなる。



そもそもナメられているから、選挙で寝返りなんか要求されるのだ。


一軒から切られても、他で食える状態を目指すことは


社員と家族を守るために不可欠な経営努力だと考えた次第である。



しかし義父には、この体験が活かされなかったようだ。


途方に暮れたのは、ほんの束の間。


さほどの間を置かずに今回の企業誘致の話が持ち上がったからだ。


計画はトントン拍子に進み、選挙で失ったB氏の分の売り上げは


すぐに取り戻すことができた。


義父は元々、自身の強運を過信していたが


これでさらに強気になる。


その様子は傲慢という表現が最もふさわしい。



会社が順調だと、昔からの悪癖に拍車がかかるようで


この頃の義父は浮気に忙しかった。


逆に言えば浮気癖のある人は、順調だと油断の程度がひどい。


邪恋にふけっていると


脳が世の風向きや人の心の機微に無関心になるからだ。


誰が何を言ってもダメ。


大変なことになって気がついても、もう遅い。


大変なことになっても、気づかない場合も多い。




同じ屋根の下で、もちろん我が夫も絶賛浮気中。


家庭は揉めに揉め、義父は何もかも私のせいだと言って責めた。



家は火宅を地で行くありさまでも、会社の方は全盛期を迎える。


義父は取り巻きをはべらせ、自信満々で威張り散らした。


威張りついでに、やっぱり私にきつく当たる‥


若かりし私はそう思って恨んでいたが


実のところ、義父は持病の糖尿病が深く静かに進行していた。


今にして思えば、あまりにも身体がしんどくて


誰かに当たらなければ耐えられなかったのだと思う。



会社の好調は、長く続くはずだった。


企業側と義父の間には堅い契約があったため


長く続くはずというよりも、長続きしない理由が見当たらなかったのだ。


安心しきって我が世の春を満喫する父と子は


密やかに立ち込めてきた暗雲に気づきもしなかった。


《続く》
コメント (6)
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