2月9日、兵庫県は城崎温泉へ
同窓会の還暦旅行に出かけた。
真冬の城崎といえば蟹。
一泊して蟹を食すツアーである。
同窓会のメンバーはこの旅行のために
一昨年より準備を進めてきた。
私たちの生まれた町で、還暦旅行は特別な意味を持つ。
八幡神社の氏子として還暦の神事に関わり
そのフィナーレを飾るのが旅行だからである。
旅行直前の5日にも、町の厄年代表が参加して神事が行われた。
今年40才、60才、77才になる人たちが数人ずつ
あとは総代と世話人だ。
会長や副会長と共に、私も還暦代表として参加した。
この時はそれぞれの年代が、熨斗に奉献と書いた清酒を供え
10万円の寄付をする。
旅行もそうだけど、このように所々で現金が必要になるため
町で活動する各同窓会は、早くから年会費を集めて積み立てるのだ。
さて、指折り数えていた当日がやってきた。
男子19名、女子19名、総勢38名が
午前9時、八幡神社に集合してお祓いを受ける。
お祓いのドレスコードが結婚式ランクの正装ということなので
着物か洋服か、前日まで友人と話し合い、迷っていた。
しかし朝起きたら雨が降っていたので、あきらめがついて洋服にした。
写真は、その時のスーツ。
ゴテゴテしているので、なかなか着るチャンスが無かったが
この際と思って登板させた。
お祓いでは、女子の代表として玉串奉奠の栄誉を賜る。
お祓いが終わると、神主さんと一緒に集合写真を撮影。
この写真は何十年も神社の本殿に飾られて、町の人々に眺められるのだ。
その日、私たちも歴代の写真をしげしげと見て
何やかんや言ったが、来年からは言われる番だ。
撮影が終わるとひとまず解散し、旅行着に着替えてバスに乗り込む。
マミちゃんが自身の経営する店を解放してくれたので
多くの女子はそこで着替え、観光バスの待つ駅へ向かった。
いよいよ楽しい旅の始まりだ。
ヒャッホー!
が、油断は禁物。
我々同級生一同には、一つの呪縛が存在するからである。
小学校の修学旅行では、先生が日にちを間違えていて
待てど暮らせど迎えのバスが来ず、四国への修学旅行は翌日になった。
高校の修学旅行では箱根のヘアピンカーブで
レッカー車が突っ込んできて交通事故。
我々、旅とは相性が悪いのだ。
アクシデントが起きないよう、一同は祈るばかりだった。
10時半に出発し、途中の姫路駅で
関東方面からの参加者をピックアップ。
約6時間後、バスは薄暮の城崎温泉へ到着した。
通りに小学校があるからかもしれないが
細い川を挟んでぎっしりと立ち並ぶ宿や店は、色彩を抑えた地味な印象。
その控えめなたたずまいが、しっとりと上品な雰囲気をかもし出している。
石造りの小橋や灯篭も歴史を感じさせ、古き良き名湯への期待が高まる。
城崎の天気は地元と同じく、あいにくの雨。
けれども宿の傘をさし、そぞろ歩きを楽しむ人々の姿は
なかなか風情がある。
旅慣れない私が言うのはおこがましいが
雨の似合う温泉は多分、良い温泉だと思う。
我々の宿は、そこそこ格が高いと言われる大きなホテルだ。
その格というやつは、居並ぶ女性スタッフの美貌や身なり
立ち居振る舞いに現れている。
今回の旅行の出欠を取った時
仲良しだけで一つの部屋に泊まりたいと希望した4人組がいた。
通称モトジメと呼ばれる会長は、激怒したものだ。
「そんな勝手は許さん!全員くじ引きにしちゃる!」
しかし、4人部屋の件を聞いた他の女子が言い出した。
「私も誰それちゃんと二人一緒の部屋がいいな〜」
それを聞いた、また別の仲良しさんたちが言い出す。
「せっかくだから私たちも」
同室希望は感染していき、収拾がつかなくなった。
「もう、好きにせえ!」
モトジメはあきらめ、それぞれの希望を通してやることに決めた。
何も望まなかった者だけがくじ引きをして、5人ずつに分けられる。
私を含む望まなかった者は、誰とでも楽しく過ごせる者ばかりなので
何ら問題は無かった。
案内された部屋は和風で、5人には広すぎるほどだった。
だだっ広いだけではなく、控えの間や化粧部屋など三室に分かれており
それぞれ工夫を凝らした細やかなしつらえ。
大きな窓の前には、山木立が広がる。
目の前に木しか無いのは、開放感があって落ち着く。
良い部屋だ。
さて、宴会までに風呂、風呂!
我々は浴衣と丹前に着替え、廊下へ出た。
「お風呂から上がったら、蟹よ!」
「楽しみ〜!」
「いっぱい食べた〜い!」
「おやつも我慢して、お腹減らしたもんね!」
「蟹、蟹〜!」
そう言いながらエレベーターの前まで来た。
と、そこにモトジメが、一人たたずんでいる。
顔色が良くない‥というか、悪い。
「モトジメ〜!お風呂行かないの〜?」
「う‥ん」
何だか言いにくいことがあるみたい。
この男とは幼稚園からの付き合いで、ヤマハ音楽教室も一緒だった。
中学では、ブラスバンドの部長と副部長をしたツーカーの仲。
その彼が何か言いたげなのを察した私は
他の4人を先に浴場へ行かせて人払いをし、その場に残った。
誰もいなくなったところで、モトジメは切り出した。
「あのなぁ‥晩メシに蟹が出んのじゃ‥」
「‥‥」
《続く》
同窓会の還暦旅行に出かけた。
真冬の城崎といえば蟹。
一泊して蟹を食すツアーである。
同窓会のメンバーはこの旅行のために
一昨年より準備を進めてきた。
私たちの生まれた町で、還暦旅行は特別な意味を持つ。
八幡神社の氏子として還暦の神事に関わり
そのフィナーレを飾るのが旅行だからである。
旅行直前の5日にも、町の厄年代表が参加して神事が行われた。
今年40才、60才、77才になる人たちが数人ずつ
あとは総代と世話人だ。
会長や副会長と共に、私も還暦代表として参加した。
この時はそれぞれの年代が、熨斗に奉献と書いた清酒を供え
10万円の寄付をする。
旅行もそうだけど、このように所々で現金が必要になるため
町で活動する各同窓会は、早くから年会費を集めて積み立てるのだ。
さて、指折り数えていた当日がやってきた。
男子19名、女子19名、総勢38名が
午前9時、八幡神社に集合してお祓いを受ける。
お祓いのドレスコードが結婚式ランクの正装ということなので
着物か洋服か、前日まで友人と話し合い、迷っていた。
しかし朝起きたら雨が降っていたので、あきらめがついて洋服にした。
写真は、その時のスーツ。
ゴテゴテしているので、なかなか着るチャンスが無かったが
この際と思って登板させた。
お祓いでは、女子の代表として玉串奉奠の栄誉を賜る。
お祓いが終わると、神主さんと一緒に集合写真を撮影。
この写真は何十年も神社の本殿に飾られて、町の人々に眺められるのだ。
その日、私たちも歴代の写真をしげしげと見て
何やかんや言ったが、来年からは言われる番だ。
撮影が終わるとひとまず解散し、旅行着に着替えてバスに乗り込む。
マミちゃんが自身の経営する店を解放してくれたので
多くの女子はそこで着替え、観光バスの待つ駅へ向かった。
いよいよ楽しい旅の始まりだ。
ヒャッホー!
が、油断は禁物。
我々同級生一同には、一つの呪縛が存在するからである。
小学校の修学旅行では、先生が日にちを間違えていて
待てど暮らせど迎えのバスが来ず、四国への修学旅行は翌日になった。
高校の修学旅行では箱根のヘアピンカーブで
レッカー車が突っ込んできて交通事故。
我々、旅とは相性が悪いのだ。
アクシデントが起きないよう、一同は祈るばかりだった。
10時半に出発し、途中の姫路駅で
関東方面からの参加者をピックアップ。
約6時間後、バスは薄暮の城崎温泉へ到着した。
通りに小学校があるからかもしれないが
細い川を挟んでぎっしりと立ち並ぶ宿や店は、色彩を抑えた地味な印象。
その控えめなたたずまいが、しっとりと上品な雰囲気をかもし出している。
石造りの小橋や灯篭も歴史を感じさせ、古き良き名湯への期待が高まる。
城崎の天気は地元と同じく、あいにくの雨。
けれども宿の傘をさし、そぞろ歩きを楽しむ人々の姿は
なかなか風情がある。
旅慣れない私が言うのはおこがましいが
雨の似合う温泉は多分、良い温泉だと思う。
我々の宿は、そこそこ格が高いと言われる大きなホテルだ。
その格というやつは、居並ぶ女性スタッフの美貌や身なり
立ち居振る舞いに現れている。
今回の旅行の出欠を取った時
仲良しだけで一つの部屋に泊まりたいと希望した4人組がいた。
通称モトジメと呼ばれる会長は、激怒したものだ。
「そんな勝手は許さん!全員くじ引きにしちゃる!」
しかし、4人部屋の件を聞いた他の女子が言い出した。
「私も誰それちゃんと二人一緒の部屋がいいな〜」
それを聞いた、また別の仲良しさんたちが言い出す。
「せっかくだから私たちも」
同室希望は感染していき、収拾がつかなくなった。
「もう、好きにせえ!」
モトジメはあきらめ、それぞれの希望を通してやることに決めた。
何も望まなかった者だけがくじ引きをして、5人ずつに分けられる。
私を含む望まなかった者は、誰とでも楽しく過ごせる者ばかりなので
何ら問題は無かった。
案内された部屋は和風で、5人には広すぎるほどだった。
だだっ広いだけではなく、控えの間や化粧部屋など三室に分かれており
それぞれ工夫を凝らした細やかなしつらえ。
大きな窓の前には、山木立が広がる。
目の前に木しか無いのは、開放感があって落ち着く。
良い部屋だ。
さて、宴会までに風呂、風呂!
我々は浴衣と丹前に着替え、廊下へ出た。
「お風呂から上がったら、蟹よ!」
「楽しみ〜!」
「いっぱい食べた〜い!」
「おやつも我慢して、お腹減らしたもんね!」
「蟹、蟹〜!」
そう言いながらエレベーターの前まで来た。
と、そこにモトジメが、一人たたずんでいる。
顔色が良くない‥というか、悪い。
「モトジメ〜!お風呂行かないの〜?」
「う‥ん」
何だか言いにくいことがあるみたい。
この男とは幼稚園からの付き合いで、ヤマハ音楽教室も一緒だった。
中学では、ブラスバンドの部長と副部長をしたツーカーの仲。
その彼が何か言いたげなのを察した私は
他の4人を先に浴場へ行かせて人払いをし、その場に残った。
誰もいなくなったところで、モトジメは切り出した。
「あのなぁ‥晩メシに蟹が出んのじゃ‥」
「‥‥」
《続く》