その後、コイズミ君と秘書は保険に加入した夫と長男の用事で
日を置かずに2〜3度来た。
その都度、応接間で親しく話し込んだが、私への勧誘は無かった。
最初に来た時は熱心に勧めておきながら
今度は全く触れないとなると、何やら不思議な気がしたが
諦めの早い子だと思い、こちらからは何も言わなかった。
そうしている間、コイズミ君は周りの同級生に声をかけて親睦会を開いた。
発案から開催まで2日という電光石火に、長男は驚きながらも喜んで出かけた。
町内の居酒屋には20人ほどが集まり、楽しい時間を過ごしたという。
「さすがはコイズミ」
長男は、コイズミ君の行動力に感心しきりであった。
数日後、夫と長男あてに保険の契約書が届いた。
この時、初めて知ったのだが
ドル保険の方は外資系のA生命、掛け捨て保険の方は国産のB生命。
それぞれ違う生保会社の保険だった。
私は昔、損害保険の事務をしていたので
同じ人間が別々の会社の保険を勧めることが
職業倫理に反する行為なのは何となくわかる。
一方、加入者の方は、感じが悪いという感情の問題だけで
実質的な被害は見当たらない。
それが、この行為の特徴だった。
長男はコイズミ君を信じきっていたし、夫は老眼だ。
コイズミ君たちは、社名をうまく隠してサインさせたのだろう。
夫と長男の契約書が届くまでが勝負なので
私にはピタリと勧誘しなくなったと思われた。
「同級生じゃ思うて入ったのに、バカにされとったんじゃ‥」
長男は言った。
息子の同級生だと思って入った夫は、もっとバカにされていたと言えよう。
長男の話によると、コイズミ君の呼びかけで親睦会に集まった同級生も
大半が近日中に彼の保険に入ったそうだ。
あれが親睦会ではなく、コイズミ君の集客手段と知った長男は
腹を立てたり、がっかりしたり、忙しそうだった。
解約すると言い出したが、保険自体は長男に必要と思われたので
我慢して様子を見るように勧めた。
そのまま、1年余りが経過した。
コイズミ君はあれ以来、一度も来ない。
「入ったら知らん顔‥やっぱりコイズミはそういうヤツじゃった」
長男は時折、思い出したようにブツクサ言った。
そして秋も深まった頃、夫と長男にそれぞれ封書が届いた。
ドル保険のA生命からだ。
「弊社の営業の仕事内容について、お客様にアンケートを実施するから
電話があったら答えてね」
そんな趣旨の短い文面。
「たまにアンケートを取る習慣の会社かもね」
我々はそう話し合ったが、その封書があまりにも簡素でそっけないため
大規模なイベントでないことは察知した。
ゴタゴタは、翌日から始まる。
長男がぷりぷり怒って帰宅した。
「コイズミのヤツ、怪しい!」
「何が」
「ずっと音沙汰なしじゃったのに、急に電話してきて
“アンケートの電話が来たら、全部いいえと答えて”
言うたか思うたら、すぐブチッと切りやがった!」
さらにその翌日、長男の携帯にA生命から電話があった。
「質問は、いいえで答えられるような内容じゃなかった。
アンケートじゃなくて、コイズミについての調査じゃった」
A生命はコイズミ君の行った二社抱き合わせ商法を問題視していて
内部調査の専任チームが動いているそうだ。
長男は、ありのままを答えたという。
こうなると、コイズミ君の保険に加入した同級生たちも騒ぎ始めた。
彼らの所にも、封書や連絡が届いたからだ。
その中の一人に、シオッぺと呼ばれる男の子がいる。
コイズミ君とは大人になってからも交流していたため
この件に関して情報通だった。
シオッペの話によると、コイズミ君は大学院卒業後、税理士になった。
東京の大きな事務所で働いていたが、そこで何か悪いことをして退職し
その時に離婚したという。
数年前にこちらへ戻り、掛け捨て保険の方のB生命に
営業として再就職したそうだ。
B社で出会ったのが、例の秘書もどき。
彼女も同じく営業職だ。
この女の子には家庭があるため、不倫ということになる。
社内不倫が知られるところとなると、コイズミ君はB社を辞め
ドル保険の方のA社へと転職した。
A社に移ったコイズミ君と、B社に勤続中の彼女は
組んで活動するようになった。
互いの顧客を紹介し合ううちに、A社の貯蓄型ドル保険と
B社の掛け捨て入院保険の抱き合わせ販売を思いついて
彼女に秘書を装わせ、やってみたらうまくいった‥というのが真相らしい。
だからコイズミ君は、ドル保険のみを望んだ私に難色を示したのだ。
片割れだけが顧客を得るのは、彼らペアのルールに反するのだろう。
でっぷりと肥えて大物政治家のようなコイズミ君だが
邪恋にふける男は、えてして青いものだ。
青い男ならうちにも一人いるので、よくわかる。
大切にすべき対象や、スジを通すべきポイントが
一般とはズレているのだ。
シオッペとコイズミ君は、確かに友達だった。
けれども親睦会があってから間もなく
コイズミ君と秘書はシオッペの勤務先の社長に保険の勧誘を行った。
シオッペはそのことを全く知らず、後で社長から聞かされた。
社長の話ではシオッペの紹介ということになっていたため
彼は怒っていた。
そして今回、コイズミ君の内部調査が始まったので
全てを長男に暴露したのだった。
シオッペが言うには、福岡在住の同級生ポンちゃんは
すでに早い時期からコイズミ君の手先として
取り込まれているそうだ。
10年ぶりにうちへ来て、コイズミ君がいかに素晴らしいかを宣伝したのは
前座としての仕事であった。
これらの話を長男から聞かされた私は、はは‥と笑うしかなかった。
無邪気で可愛かったあの子たちも、今や40前の中年男。
悪さを考えついてもおかしくない。
頭のいい子であれば、なおさらだ。
変に頭がいいと、人がバカに見える。
バカには何をしてもいいと思えてくるものだ。
「せっかくいい頭があるのに、こういうことに使っちゃもったいない」
いい頭を持っていない長男と私は、そう話し合うのだった。
《続く》
日を置かずに2〜3度来た。
その都度、応接間で親しく話し込んだが、私への勧誘は無かった。
最初に来た時は熱心に勧めておきながら
今度は全く触れないとなると、何やら不思議な気がしたが
諦めの早い子だと思い、こちらからは何も言わなかった。
そうしている間、コイズミ君は周りの同級生に声をかけて親睦会を開いた。
発案から開催まで2日という電光石火に、長男は驚きながらも喜んで出かけた。
町内の居酒屋には20人ほどが集まり、楽しい時間を過ごしたという。
「さすがはコイズミ」
長男は、コイズミ君の行動力に感心しきりであった。
数日後、夫と長男あてに保険の契約書が届いた。
この時、初めて知ったのだが
ドル保険の方は外資系のA生命、掛け捨て保険の方は国産のB生命。
それぞれ違う生保会社の保険だった。
私は昔、損害保険の事務をしていたので
同じ人間が別々の会社の保険を勧めることが
職業倫理に反する行為なのは何となくわかる。
一方、加入者の方は、感じが悪いという感情の問題だけで
実質的な被害は見当たらない。
それが、この行為の特徴だった。
長男はコイズミ君を信じきっていたし、夫は老眼だ。
コイズミ君たちは、社名をうまく隠してサインさせたのだろう。
夫と長男の契約書が届くまでが勝負なので
私にはピタリと勧誘しなくなったと思われた。
「同級生じゃ思うて入ったのに、バカにされとったんじゃ‥」
長男は言った。
息子の同級生だと思って入った夫は、もっとバカにされていたと言えよう。
長男の話によると、コイズミ君の呼びかけで親睦会に集まった同級生も
大半が近日中に彼の保険に入ったそうだ。
あれが親睦会ではなく、コイズミ君の集客手段と知った長男は
腹を立てたり、がっかりしたり、忙しそうだった。
解約すると言い出したが、保険自体は長男に必要と思われたので
我慢して様子を見るように勧めた。
そのまま、1年余りが経過した。
コイズミ君はあれ以来、一度も来ない。
「入ったら知らん顔‥やっぱりコイズミはそういうヤツじゃった」
長男は時折、思い出したようにブツクサ言った。
そして秋も深まった頃、夫と長男にそれぞれ封書が届いた。
ドル保険のA生命からだ。
「弊社の営業の仕事内容について、お客様にアンケートを実施するから
電話があったら答えてね」
そんな趣旨の短い文面。
「たまにアンケートを取る習慣の会社かもね」
我々はそう話し合ったが、その封書があまりにも簡素でそっけないため
大規模なイベントでないことは察知した。
ゴタゴタは、翌日から始まる。
長男がぷりぷり怒って帰宅した。
「コイズミのヤツ、怪しい!」
「何が」
「ずっと音沙汰なしじゃったのに、急に電話してきて
“アンケートの電話が来たら、全部いいえと答えて”
言うたか思うたら、すぐブチッと切りやがった!」
さらにその翌日、長男の携帯にA生命から電話があった。
「質問は、いいえで答えられるような内容じゃなかった。
アンケートじゃなくて、コイズミについての調査じゃった」
A生命はコイズミ君の行った二社抱き合わせ商法を問題視していて
内部調査の専任チームが動いているそうだ。
長男は、ありのままを答えたという。
こうなると、コイズミ君の保険に加入した同級生たちも騒ぎ始めた。
彼らの所にも、封書や連絡が届いたからだ。
その中の一人に、シオッぺと呼ばれる男の子がいる。
コイズミ君とは大人になってからも交流していたため
この件に関して情報通だった。
シオッペの話によると、コイズミ君は大学院卒業後、税理士になった。
東京の大きな事務所で働いていたが、そこで何か悪いことをして退職し
その時に離婚したという。
数年前にこちらへ戻り、掛け捨て保険の方のB生命に
営業として再就職したそうだ。
B社で出会ったのが、例の秘書もどき。
彼女も同じく営業職だ。
この女の子には家庭があるため、不倫ということになる。
社内不倫が知られるところとなると、コイズミ君はB社を辞め
ドル保険の方のA社へと転職した。
A社に移ったコイズミ君と、B社に勤続中の彼女は
組んで活動するようになった。
互いの顧客を紹介し合ううちに、A社の貯蓄型ドル保険と
B社の掛け捨て入院保険の抱き合わせ販売を思いついて
彼女に秘書を装わせ、やってみたらうまくいった‥というのが真相らしい。
だからコイズミ君は、ドル保険のみを望んだ私に難色を示したのだ。
片割れだけが顧客を得るのは、彼らペアのルールに反するのだろう。
でっぷりと肥えて大物政治家のようなコイズミ君だが
邪恋にふける男は、えてして青いものだ。
青い男ならうちにも一人いるので、よくわかる。
大切にすべき対象や、スジを通すべきポイントが
一般とはズレているのだ。
シオッペとコイズミ君は、確かに友達だった。
けれども親睦会があってから間もなく
コイズミ君と秘書はシオッペの勤務先の社長に保険の勧誘を行った。
シオッペはそのことを全く知らず、後で社長から聞かされた。
社長の話ではシオッペの紹介ということになっていたため
彼は怒っていた。
そして今回、コイズミ君の内部調査が始まったので
全てを長男に暴露したのだった。
シオッペが言うには、福岡在住の同級生ポンちゃんは
すでに早い時期からコイズミ君の手先として
取り込まれているそうだ。
10年ぶりにうちへ来て、コイズミ君がいかに素晴らしいかを宣伝したのは
前座としての仕事であった。
これらの話を長男から聞かされた私は、はは‥と笑うしかなかった。
無邪気で可愛かったあの子たちも、今や40前の中年男。
悪さを考えついてもおかしくない。
頭のいい子であれば、なおさらだ。
変に頭がいいと、人がバカに見える。
バカには何をしてもいいと思えてくるものだ。
「せっかくいい頭があるのに、こういうことに使っちゃもったいない」
いい頭を持っていない長男と私は、そう話し合うのだった。
《続く》