殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

観察オバン

2019年02月05日 16時19分46秒 | みりこんぐらし
商工会が、毎月発行している会報がある。

地元の衰退を表しているかのごとく、年々薄くなっているが

見知った顔や名前が登場するので、いつも丹念に見る。

その新規会員のコーナーで、長男の同級生

コイズミ君の写真を発見したのは一昨年のこと。

丸い顔とがっしりした体つきは、子供の頃とちっとも変わらない。

とても懐かしかった。


記載された自己紹介によると

彼は広島市内にある外資系生保会社で働いているそうだ。

自営業者だけでなく、雇用されている営業マンが

顧客拡大のために商工会へ入会するのは、今どき珍しいことではない。

コイズミ君もその一人のようだ。


が、彼は教師の子供で頭脳明晰。

国立大を経て、国立大学院へ進んだと聞いていた。

幼児の頃から落ち着き払ったおじさんみたいな子だったので

将来は何かの先生か、政治家になると思っていたため

生保の勧誘という職種は意外に思えた。



次に彼の噂を聞いたのは、同じく一昨年のお盆。

やはり長男の同級生、ポンちゃんからだ。

彼は近所の子で、長男と仲が良かった。

長いこと、博多でフリーターをしている。


そのポンちゃんが10年ぶりに帰省し、うちへ来て言った。

「コイズミは、保険の勧誘で大成功しとるんよ。

ポルシェにクルーザーに、秘書まで持っとるんじゃけん!」

ポンちゃんは、コイズミ君がいかに仕事ができるか

彼の販売する保険がいかに素晴らしいかを力説し、帰って行った。


コイズミ君本人がうちへやって来たのは、それから数日後。

ポンちゃんから長男の携帯番号を聞いて、連絡を取ったらしい。


コイズミ君は一緒に来た綺麗な女性を

「秘書です」と紹介した。

「これが噂の秘書か‥」

私は感無量であった。

小さい頃から知っている子が、秘書を連れ歩く身分に出世したのだ。

嬉しいではないか。

30才前後の女性は「秘書です」と名乗り

肩書きの所に“秘書”と二文字だけ印刷された名刺を差し出した。


長男はコイズミ君の保険に入ることを決めていたらしく

その場で契約した。

一つは貯蓄型のドル保険、もう一つは安い掛け捨ての入院保険。

コイズミ君イチオシの商品だそうで、ポンちゃんが加入したのと同じやつだ。


60才でも入れると言われ、ちょうどうちにいた夫も

長男と同じ二つの保険に加入。

美人秘書にポ〜ッとなったのかもしれない。

年齢的にもう増やせないと思っていたので、幸運を感じた。


私も勧められたが、その日は入らなかった。

掛け捨てはけっこう、ドル保険だけなら考えてもいいと言ったら

コイズミ君の表情に、かすかな困惑の色が見えたからだ。

彼らにとっては、二種類セットの方が好都合らしい。

そうはいくか。


それに私は、秘書に不自然を感じていた。

礼儀正しくて話しやすく、感じのいい女の子だけど

オバはんの目は誤魔化せまへんで。

所属する会社名を表記しない秘書の名刺なんて、見たことあらへんで。


それに彼らが玄関へ入る時、私はコイズミ君の手がほんの一瞬

秘書の背中に添えられたのを目撃していた。

上司と部下ではなく、男女の関係を感じていたのだ。

コイズミ君は自分のことをバツイチだと言ったが

独り身かつ裕福らしき男性が、こんな美人と一日中一緒にいて

何も無いわけがない。

カノジョを秘書にしたのか、秘書がカノジョになったのかは不明。


自分に甘く人に厳しいオバンの観察は、その時から始まった。

黒地に細いピンストライプのパンツスーツは

彼女の細い身体によく似合っていたが、堅すぎる。

仮にも秘書と名乗る女性であれば

ボスが黒っぽいスーツと決まっているのだから

スカートにするなり、どこかで柔らかさを出すなりの配慮が必要だ。

化粧がケバいのも手伝って、ヤンママの参観日という印象は否めない。


自分はイモなのに人の格好にうるさいオバンの

ファッションチェックはなおも続く。

靴は黒のハイヒール。

服が黒だから靴も黒とは、やはり堅い。

若いから、他の色や素材は思いつくまい。

卑弥呼の新しいものなので、及第点。


が、スリッパに履き替える時に見えた足先は、黒の網タイツだった。

パンツスタイルなのでほとんど見えないとはいえ、秘書に網タイツはあり得ない。

若い女性秘書に望まれる、清楚とは遠のくからだ。

網タイツはストッキングと違って丈夫なため、節約になる。

ひょっとして家庭があるのか?と思っていたら

後で、小学生の男の子が一人いると話した。


この秘書とやらは、本当にいい子なんだけど

それで疑惑が解消されるわけではなかった。

全体的に見て、仕事のできる女性を装ってみたという印象がぬぐえない。

もしも私の持った印象が正しければ

我々は息子の同級生とその秘書に保険を勧められている客じゃない。

仕事とデートを同時に行う、欲張り二人組のカモである。

そんなに急いで、小僧どもの思惑通りになってやることはないわい‥。


けれども残念ながら、疑惑は早々に深みを増した。

彼らが帰る時、門まで見送りに出た時のことである。

コイズミ君が当然のように運転席に座り

秘書もまた、当然のように助手席へと乗り込んだ。

無言で車の左右へパッと分かれる体制は、夫婦そのもの。


車は走り出した。

すっかり仲良くなった秘書と私は、笑顔で手を振り合う。

「このババアもじきに落ちる」

向こうがそう思ったかどうかは知らない。

オバンはこう思いながら手を振った。

「私だったら、運転しない秘書なんかいらんわ」

《続く》
コメント (2)
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