殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

神風・1

2018年06月05日 07時46分59秒 | みりこんぐらし
本社の経理部長ダイちゃんは、我が社の経理を見てくれている。

そして我々は、彼が信じる新興宗教の勧誘対象。

この関係は、倒産しかけた義父の会社をたたみ

本社と合併した6年前から続いている。


最初のうちこそ色々と教えてもらったが

この数年、ダイちゃんが来なくても請求書の作成に支障は無い。

けれどもダイちゃんは来る。

会社を離れての息抜きと、宗教の勧誘‥

一粒で二度おいしいのだから、この習慣を手放すわけがない。

昨年の10月、本社がパワハラ撲滅運動を始めて以来

我々への勧誘は少しおとなしくなったが、今年に入ってまた復活した。

休止期間があった分、以前より執拗だ。


が、我々一家はこれに耐えると決めていた。

私と長男、次男はそれぞれ、神風が吹く予感を持っていたからだ。

根拠はダイちゃんの言動。

どんどん過激になってきた。

教団から人数を増やせと言われているのか、焦っているようだ。


焦る敵は、じらせば自滅するケースが多い。

「今は動かず、とにかく耐えよう」

我々一家は、そう励まし合うのだった。


社長以下、社内の誰かに言いつけたってダメなのはわかっている。

組織というのは勤続の長い方をかばうものだ。


他には労基に訴える、訴訟を起こすという手もある。

これをやって、一家でクビになってもいっこうにかまわないけど

外部に漏らして本社に恥をかかせるのは本意ではない。


大のオトナとして納得できる、何か別の道があるなら‥

その思いが高じての神風気分かもしれないが

物見高い我々は、神風見たさに穏便策を選択した。

神風が吹く直前、状況がさらに悪化するのはお決まりなので

それに耐えることも誓い合った。



暦は4月に入った。

「さんざん人の世話になっておいて、恩返しをしないのはおかしい」

その頃のダイちゃんは、我々にそんな屁理屈を言うようになっていた。

焦りはいちだんと進んだようだ。


「ねえ、奥さん、そう思わない?

ちょっと仕事の手を止めて、ちゃんと話そうよ」

ダイちゃん、いつもにも増して真剣だ。

どうあっても今日、入信を決めて帰りたい様子である。


「奥さん、どう思う?

奥さんは人の世話になったら恩返ししたいと思うでしょ?」

ダイちゃんが改めて問うので、私は答えた。

「お世話になったのは確かですが、入信が恩返しになるとは思いません」


「家族で会社の繁栄を祈ることが、君たちにできる恩返しじゃないか」

そう主張するダイちゃん。

「働いて数字を上げることが、恩返しだと思っています」

「それもだね、入信すれば一気に上がるよ。

今は僕だけだから弱いけど、人数がまとまれば必ず良くなると思うよ」

スイミーか。


「そうは思えませんけど」

「せめて陰ながら、自分たちにできることをやろうという気持ちは持てないの?」

「持てません」


「謙虚さが無いっ!」

ダイちゃんはついに怒鳴った。

何が謙虚さだ‥笑わせるんじゃねえわ‥

と言いたいが、言わない。

こういう時こそ、静かに対応。

相手が乗ってこなければ、怒鳴ったことが恥ずかしくなるものだ。

オバハンとはいえ、一応は女性に向かって激昂したことを

後で存分に恥じるがいい。


「じゃあ奥さんは、入る気が無いわけっ?」

「最初から言ってるじゃないですか‥入りませんよ」

ダイちゃんはよっぽど頭にきたらしく、無言で立ち上がると帰って行った。


以後のダイちゃんは懲らしめのつもりか

小さな事柄を持ち出しては夫をネチネチと追求するようになった。

早い話が嫌がらせ。

嫌がらせなら反論した私にすればいいのだが、とにかく夫を集中攻撃。

なぜなら、おとなしいからだ。


夫が持ちこたえられるか心配していたが、ここで思わぬ事態が起きた。

夫でなく、次男が円形脱毛症になったのだ。

この子はストレスが髪に来るタイプ。

彼も人知れず、ダイちゃんにネチネチやられていた。

長男は私に似てキツい性格なので明らかに避けられ

人懐こい次男に被害が及んだのだった。


次男は依然として明るく、神風を待つと言う。

「こうなったからには神風は近い」

と自信たっぷりだ。

とりあえず神風より髪なので、長男の親友、理髪師トンジによって

ハゲた部分が目立たない特別アレンジのソフトモヒカンに整えられた。

夫は、次男の髪の異変とダイちゃんの意地悪が

かなりこたえている様子だった。


そのうちダイちゃんが、私のいない時を狙って

たびたび会社を訪れていることを知った。

今までは家族ぐるみの入信を狙っていたが

気の弱い夫を単独で攻める作戦に変更したらしい。


が、聞いた時にはすでに手遅れ。

夫はダイちゃんに約束した後だった。

「6月に入信します」

ギャ〜!!

《続く》
コメント (6)
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