数少ない夫の友人の中で、一番のセレブは吉田君であろう。
20年ほど前に仕事を通じて知り合った彼は、隣の県に住んでいる。
海外の支社を飛び回っているので、しょっちゅう会うわけではないが
日本に居る時は月に1~2度遊びに来る。
しょぼくれた我が夫と、パリッとした紳士の吉田君が並んでいると
通販の「人生成功器」(あるか!そんなもん)の
使用前、使用後みたいで、なかなのミモノである。
金持ちと話すのが苦手な人もいるけど、私は好き。
金持ちの話は情報の宝庫だ。
政治、経済、社会情勢、国際問題に詳しく
商売の傾向や資産運用術などの流行にも敏感である。
実際に関わっていたり、各方面の専門家と懇意だったり
リサーチを行っているため、情報は正確だ。
これらの情報を、彼らは惜しげもなく伝達してくれる。
我々をライバルと認識していないからであり
珍しい話に目を丸くして喜ぶ貧民への慈悲である。
一時的にお金が集合している成り上がりの自慢話も面白いが
代々続く本当の金持ちは決して自慢をしない。
底辺を知らないので、自分の暮らしは普通だと思っている。
周りが丁寧に扱い、耳を傾けてくれるので
エネルギーを使って自己主張しなくていいから口数も少ない。
エコなしゃべりに、時折ポツリとユーモアが入る。
これが面白く、爽やかで気持ちがいい。
真からお金に愛されている金持ちは、気持ちがいいものなのだ。
その気持ちのいい人達が経済を動かし、文化を生む。
さて先日のことである。
吉田君が訪れた時、たまたま子供の学校の話になり
夫が彼にたずねた。
「吉田君は大学どこ?」
◯◯と◯◯…吉田君はメジャーかつ難関の名前を二つ言った。
「二つも行ったんか!」
びっくりして聞き返す夫。
20年も親しくしておきながら、出身校すら知らなかったのが
いかにも夫らしい。
すげえ!と興奮する我々の処理に困り、吉田君は言う。
「僕にあるのは“学”じゃなくて、“歴”だけだから」。
我々夫婦と同年代の吉田君だから、親も同年代である。
お父さんは数年前に亡くなったが、お母さんは存命だ。
彼に言わせれば「病気とワガママが服を着ているようなおばあさん」。
いずこも同じらしい。
しかし母親の扱いは、やはり庶民とは違う。
看護師の資格を持つ家政婦を付けて、マンションに住まわせている。
外出の際は、会社からお抱え運転手付きの車を差し向ける。
吉田君夫婦は、時々行き来するだけだ。
嫁さんは何してる?お母さんは寂しくないのか?
なんてのは、庶民の愚問である。
セレブの嫁は、やはりセレブから来る。
姑の介護なんて、嫁の仕事に入ってない。
お嬢という生き物は、姑から降ってくる弾丸を浴びながら
あれもこれも手早くチャチャッとこなすように製造されていない。
そんなことにかまけるより、旦那のサポートや
子供の育成に情熱を注ぐかたわら
慈善活動なんかして、世間の期待に応える方が大事なのだ。
セレブの母親も、やはりセレブの出身だ。
血統書付きの誇りは、弱った姿をさらして子供に甘えることを
恥と認識する。
自分のことより、会社や孫の方へ力を注いでもらいたいので
寂しい…なんて甘ったれたことは言わない。
趣味や買い物を楽しみつつ、現実を受け入れ
リンとしているものだ。
セレブは老人問題も、お金で解決できるのである。
「カツラに老眼鏡、入れ歯に補聴器
ペースメーカー、人工関節…うちの母は人造人間ですよ」
だから吉田君は、そう言って笑っていられる。
妻に親の気苦労をさせるのは酷…と微笑むことができるのだ。
老人問題は解決できても、吉田君には大きな悩みがあると言う。
長男のことだ。
今、大学生だが、5~6年前も大学生だった。
休学してはフラリと海外へ行ってしまうので、なかなか卒業しない。
よって後継者問題が宙に浮いたままだ。
これが吉田君の目下の悩みである。
我が子を自由に羽ばたかせる財力がありながら
何を悩むことがあろう、卒業が遅れたっていいじゃないか…
これも庶民の愚問である。
代々続く金持ちは、金運と一緒に古風も継承しているため
何事もニュートラルでないと落ち着かない。
ことに後継者、つまり未来の問題は
親族一同のみならず、社員や取引先、株主など
多くの人の都合や心情が関わるため、世間の興味を引いている。
いつまでもブラブラしてもらっちゃ困るのだ。
飛行機代は?向こうの生活費は?
それも庶民の愚問。
セレブのお子様は、親名義の無制限カードをお持ちだ。
「カードを取り上げればいいじゃん」
これも庶民の愚問。
実力行使に出て、キーキーギャーギャー声を荒げるなんて
見たこともやったことも無いから、できない。
止めなければ家計が圧迫されるような心配が無く
非行や悪事でもないので、断固とした行動に出る必要性を感じない。
庶民はそれを甘やかしと呼ぶが、セレブはセレブで
子供の個性と自主性を尊重しつつ、平和的解決を願って
日々心を痛めているのである。
地元じゃ口が裂けても言えないことを安心してこぼせる相手…
それが我が夫。
遠いのでしゃべっても安心…
聞いてもすぐ忘れるから広まる心配がない…
言うなれば距離とアホが、吉田君を癒している。
親のカードで自由に海外生活…
庶民にとっての憧れが、セレブにとっては悩みになるなんて
皮肉なものである。
王様には王様の悩みがあるのだ。
金持ちって大変そうだ。
「うらやましいよ。
子供達は一生懸命働いて、家族みんなが仲良くて。
どうやったらこうなるの?」
吉田君は真剣に問う。
「ビンボーだからよ!」
私は自信を持って答える。
「働かないとご飯が出てこないからよ。
あとは発展途上国と同じ。
集まって生活しないと弱者が食いっぱぐれる。
仲良しなんかじゃなくて、生きるための苦肉の策だわ」
吉田君は爆笑した後、再び問う。
「弱者って、お父さんやお母さん?」
「私よ!」
再び笑いまくる吉田君であった。
20年ほど前に仕事を通じて知り合った彼は、隣の県に住んでいる。
海外の支社を飛び回っているので、しょっちゅう会うわけではないが
日本に居る時は月に1~2度遊びに来る。
しょぼくれた我が夫と、パリッとした紳士の吉田君が並んでいると
通販の「人生成功器」(あるか!そんなもん)の
使用前、使用後みたいで、なかなのミモノである。
金持ちと話すのが苦手な人もいるけど、私は好き。
金持ちの話は情報の宝庫だ。
政治、経済、社会情勢、国際問題に詳しく
商売の傾向や資産運用術などの流行にも敏感である。
実際に関わっていたり、各方面の専門家と懇意だったり
リサーチを行っているため、情報は正確だ。
これらの情報を、彼らは惜しげもなく伝達してくれる。
我々をライバルと認識していないからであり
珍しい話に目を丸くして喜ぶ貧民への慈悲である。
一時的にお金が集合している成り上がりの自慢話も面白いが
代々続く本当の金持ちは決して自慢をしない。
底辺を知らないので、自分の暮らしは普通だと思っている。
周りが丁寧に扱い、耳を傾けてくれるので
エネルギーを使って自己主張しなくていいから口数も少ない。
エコなしゃべりに、時折ポツリとユーモアが入る。
これが面白く、爽やかで気持ちがいい。
真からお金に愛されている金持ちは、気持ちがいいものなのだ。
その気持ちのいい人達が経済を動かし、文化を生む。
さて先日のことである。
吉田君が訪れた時、たまたま子供の学校の話になり
夫が彼にたずねた。
「吉田君は大学どこ?」
◯◯と◯◯…吉田君はメジャーかつ難関の名前を二つ言った。
「二つも行ったんか!」
びっくりして聞き返す夫。
20年も親しくしておきながら、出身校すら知らなかったのが
いかにも夫らしい。
すげえ!と興奮する我々の処理に困り、吉田君は言う。
「僕にあるのは“学”じゃなくて、“歴”だけだから」。
我々夫婦と同年代の吉田君だから、親も同年代である。
お父さんは数年前に亡くなったが、お母さんは存命だ。
彼に言わせれば「病気とワガママが服を着ているようなおばあさん」。
いずこも同じらしい。
しかし母親の扱いは、やはり庶民とは違う。
看護師の資格を持つ家政婦を付けて、マンションに住まわせている。
外出の際は、会社からお抱え運転手付きの車を差し向ける。
吉田君夫婦は、時々行き来するだけだ。
嫁さんは何してる?お母さんは寂しくないのか?
なんてのは、庶民の愚問である。
セレブの嫁は、やはりセレブから来る。
姑の介護なんて、嫁の仕事に入ってない。
お嬢という生き物は、姑から降ってくる弾丸を浴びながら
あれもこれも手早くチャチャッとこなすように製造されていない。
そんなことにかまけるより、旦那のサポートや
子供の育成に情熱を注ぐかたわら
慈善活動なんかして、世間の期待に応える方が大事なのだ。
セレブの母親も、やはりセレブの出身だ。
血統書付きの誇りは、弱った姿をさらして子供に甘えることを
恥と認識する。
自分のことより、会社や孫の方へ力を注いでもらいたいので
寂しい…なんて甘ったれたことは言わない。
趣味や買い物を楽しみつつ、現実を受け入れ
リンとしているものだ。
セレブは老人問題も、お金で解決できるのである。
「カツラに老眼鏡、入れ歯に補聴器
ペースメーカー、人工関節…うちの母は人造人間ですよ」
だから吉田君は、そう言って笑っていられる。
妻に親の気苦労をさせるのは酷…と微笑むことができるのだ。
老人問題は解決できても、吉田君には大きな悩みがあると言う。
長男のことだ。
今、大学生だが、5~6年前も大学生だった。
休学してはフラリと海外へ行ってしまうので、なかなか卒業しない。
よって後継者問題が宙に浮いたままだ。
これが吉田君の目下の悩みである。
我が子を自由に羽ばたかせる財力がありながら
何を悩むことがあろう、卒業が遅れたっていいじゃないか…
これも庶民の愚問である。
代々続く金持ちは、金運と一緒に古風も継承しているため
何事もニュートラルでないと落ち着かない。
ことに後継者、つまり未来の問題は
親族一同のみならず、社員や取引先、株主など
多くの人の都合や心情が関わるため、世間の興味を引いている。
いつまでもブラブラしてもらっちゃ困るのだ。
飛行機代は?向こうの生活費は?
それも庶民の愚問。
セレブのお子様は、親名義の無制限カードをお持ちだ。
「カードを取り上げればいいじゃん」
これも庶民の愚問。
実力行使に出て、キーキーギャーギャー声を荒げるなんて
見たこともやったことも無いから、できない。
止めなければ家計が圧迫されるような心配が無く
非行や悪事でもないので、断固とした行動に出る必要性を感じない。
庶民はそれを甘やかしと呼ぶが、セレブはセレブで
子供の個性と自主性を尊重しつつ、平和的解決を願って
日々心を痛めているのである。
地元じゃ口が裂けても言えないことを安心してこぼせる相手…
それが我が夫。
遠いのでしゃべっても安心…
聞いてもすぐ忘れるから広まる心配がない…
言うなれば距離とアホが、吉田君を癒している。
親のカードで自由に海外生活…
庶民にとっての憧れが、セレブにとっては悩みになるなんて
皮肉なものである。
王様には王様の悩みがあるのだ。
金持ちって大変そうだ。
「うらやましいよ。
子供達は一生懸命働いて、家族みんなが仲良くて。
どうやったらこうなるの?」
吉田君は真剣に問う。
「ビンボーだからよ!」
私は自信を持って答える。
「働かないとご飯が出てこないからよ。
あとは発展途上国と同じ。
集まって生活しないと弱者が食いっぱぐれる。
仲良しなんかじゃなくて、生きるための苦肉の策だわ」
吉田君は爆笑した後、再び問う。
「弱者って、お父さんやお母さん?」
「私よ!」
再び笑いまくる吉田君であった。