ダイちゃんネタが続くが、我慢してもらおう。
前回のホテル問題で入信の勧誘が減った分
別の作戦が練られるようになり、何の解決にもならなかった。
ダイちゃん、単独での深追いは逆効果と思ったらしく
今度は教団の人達の力を借りて入信させるつもりのようだ。
最初は「お友達作戦」。
ある土曜日の夜、ダイちゃんから電話があった。
「子供達と一緒に近くまで来たんだけど、ちょっと家に寄ってもいい?」
ダイちゃんは以前、我が家に来たことがあるので場所を知っている。
もちろんカミングアウトよりずっと前の話だ。
突然こんな無理を言い出すのは、宗教モードのダイちゃんに違いない。
断りたいが、高速で1時間以上かけて接近したからには絶対来る。
子供と一緒の手前、引っ込みもつかないだろう。
だが、うちには半病人の義母ヨシコがいた。
来客の興奮と共に「夜間」「知らない人」「複数」「不明瞭な訪問目的」
などの条件を揃えると、不眠や体調不良で厄介なことになる。
私は会社で会うことを提案した。
ダイちゃんはシブシブ承諾し、私は遊びに出かけている息子達へ連絡した。
「敵機来襲、携帯を切って会社に近づくな」
犠牲になるのは親だけで充分だ。
いつもはパリッとしたスーツ姿のダイちゃん。
初めて見る私服のダサさにもたまげたが
一緒に会社へ来たのは、中学生くらいの少年1人と
かなり太めのオバさんのような女性だったのにもたまげた。
ダイちゃんには高一の息子さんと20代の娘さんがいると聞いていた。
見た目年齢が違いすぎる。
そういえば、ダイちゃんより先に入信した奥さんは
子供の病気で悩んでいたという。
なるほど、これがその病気なんだ、と納得する私だった。
「いつもお父様にお世話になっているんですよ」
と言ったらダイちゃん、そこで初めて親子じゃないと言うではないか。
「教団の青年部の子で、今日は野外活動の日なんだ。
初めてだから、気心の知れている人がいいと思ってね」
ワシらは野外か!野っ原か!…という怒り以前に
さも自分の子供を連れて来るような言い回しに
うっかり騙された悔しさがあった。
色白でツルッとした少年が、いきなり言う。
「僕、病院へ行ったことがありません」
ランドセルが似合いそうだけど、声変わりは終えているらしい。
「まだお子さんからねえ、これといったご病気はねえ」
しかし少年、こう言ったではないか。
「僕、大学4年です」
あまりのギャップに驚く私。
もう1人のオバさんみたいな女性は、まだハタチ だと言う。
どちらも親の影響でこの宗教をやって、本当に良かったと誇らしげに語る。
特殊な環境で純粋培養された若者特有の清らかさは感じたものの
信仰は男の子から加齢を奪い、女の子に上乗せしたように思えた。
ダイちゃんはうちの息子がいないことを残念がり
何度も携帯にかけるが、2人とも電源を切っている。
「残念だなあ…年も近いし、この子達といい友達になれると思ったのに」
ならねえよ!
教団は、未来を担う若者が欲しいのだ。
あと10年かそこらで年金生活になり、献金を渋るようになる我々なんぞ
オマケに過ぎない。
本当に入信させたいのは、うちの息子達である。
3人は残念そうに帰り、お友達作戦は失敗に終わった。
それから二週間後に繰り出されたのは「同類作戦」であった。
「仲間に、親の会社の失敗が元で苦労した人がいるんだよ。
同じ体験者に悩みを打ち明けたら
今まで閉じていた信仰の目が開くんじゃないかな」
我々の信仰の目とやらは、悩みのために閉じており
誰かに悩みを話せば、その目が開くという診断らしい。
私は爆笑し、そして静かに言った。
「バカにしてるんですか?」
「いや、そうじゃないよ。
同じ苦しみを分かち合うのは、いいことだと思うんだ」
「苦しんでないですよ」
「一度会ってみようよ」
「お断りします」
「まだ、深く傷ついているんだね…」
ダイちゃんはしきりに私をあわれむのだった。
否定する気力も起きず、終了。
次の手は「ご近所作戦」。
「そっちの町の人が入信したんだよ!」
仕事で訪れたダイちゃんは、嬉しそうに言った。
「食堂をやってる◯◯さん。
君達のことを聞いたら、よく知ってると言ってたよ!
知った人がいると、心強いでしょ」
我々はその店へ1回行ったことがあるという程度。
大きなおフダが店内のあちこちに置いてあり
スピリチュアル好きというのはこの1回でわかったが
入信した女性店主の顔は定かではない。
我々は知らないのに、向こうがよく知っているとはなんちゅうことじゃ。
教団で我々の個人情報をダダ漏れさせたあげく
その店主は我々のことをすっかり知った気分になっているだけだ。
宗教の一番罪深い所は、これなのだ。
あっちで聞いたことをこっちで流す。
入信させるためなら人の秘密だってしゃべるし、平気で話を歪曲する。
個人のものだった情報は、信者から信者へ一人歩きして
「かわいそう」「お気の毒」「この宗教で救われた」の方向へ行ってしまうのだ。
入信する人の半分くらいは、最初は
流れ出て一人歩きしながら姿かたちを変えていく自分のプロフィールを
回収したかったのではないかと思う。
やがてその人達も、人の情報を仕入れて一人歩きさせる行為に手を染め
同じ罪を重ねて、身も心も教団の人となっていくのだ。
「近所の誰それが入信した」という告知は、暗に
「お前らのことが漏れるぞ」という脅迫である。
そんなつもりがあろうとなかろうと、結果的にはそうなのだ。
そもそも誰それが入信したと人にしゃべること自体、大変な情報漏洩である。
知らずにやっているだけだ。
なぜ知らずにやるか…バカだからだ。
我々には今さら流れて困るような、たいした個人情報なんか無い。
教団にしゃべったことも無い。
親の会社の後始末に関わったダイちゃんが
その過程で知り得た情報を利用しているだけだ。
好きにするがいい。
ともあれ、町内に入信者が出たと聞いた私は言った。
「じゃあその店にはもう行きません」
「何で?行ってあげてよ。今度、みんなで行こうか」
「よく言うよ!◯◯園しか行かないじゃん!」
ハハハハ…と笑ってごまかすダイちゃん。
我々一家の本当の悩みは、宗教ではない。
我が町の行列ができるラーメン屋、◯◯園なのである。
ここで出される背脂ギトギトのラーメンを
ダイちゃんはいたく気に入り、我が社へ来るたびにここで食べる。
当然、我々もご一緒することになる。
元々外食を好まず、行列を好まず、ギトギトを好まない我々一家にとって
これは月平均3回強制される苦行以外の何ものでもない。
たまに食べるならおいしかろうが、こうたびたびとなるとつらい。
ラーメン一本勝負の店なので、他のメニューが充実しておらず
軽い物で逃げる手段も使えない。
別の店も提案したし、行きたくないとも言ってみたが効果無し。
一度、ダイちゃんの来社が店の定休日と重なった。
狂喜乱舞する我々をよそに、悔しがるダイちゃん。
以来、木曜の定休日を避けて訪れるようになった。
ダイちゃんは我々がこのラーメンに辟易しているとは、夢にも考えない。
宗教の勧誘なんか、これに比べたらまだかわいい。
ちなみに割り勘。
我々の悩みは、しょせんこの程度なのである。
前回のホテル問題で入信の勧誘が減った分
別の作戦が練られるようになり、何の解決にもならなかった。
ダイちゃん、単独での深追いは逆効果と思ったらしく
今度は教団の人達の力を借りて入信させるつもりのようだ。
最初は「お友達作戦」。
ある土曜日の夜、ダイちゃんから電話があった。
「子供達と一緒に近くまで来たんだけど、ちょっと家に寄ってもいい?」
ダイちゃんは以前、我が家に来たことがあるので場所を知っている。
もちろんカミングアウトよりずっと前の話だ。
突然こんな無理を言い出すのは、宗教モードのダイちゃんに違いない。
断りたいが、高速で1時間以上かけて接近したからには絶対来る。
子供と一緒の手前、引っ込みもつかないだろう。
だが、うちには半病人の義母ヨシコがいた。
来客の興奮と共に「夜間」「知らない人」「複数」「不明瞭な訪問目的」
などの条件を揃えると、不眠や体調不良で厄介なことになる。
私は会社で会うことを提案した。
ダイちゃんはシブシブ承諾し、私は遊びに出かけている息子達へ連絡した。
「敵機来襲、携帯を切って会社に近づくな」
犠牲になるのは親だけで充分だ。
いつもはパリッとしたスーツ姿のダイちゃん。
初めて見る私服のダサさにもたまげたが
一緒に会社へ来たのは、中学生くらいの少年1人と
かなり太めのオバさんのような女性だったのにもたまげた。
ダイちゃんには高一の息子さんと20代の娘さんがいると聞いていた。
見た目年齢が違いすぎる。
そういえば、ダイちゃんより先に入信した奥さんは
子供の病気で悩んでいたという。
なるほど、これがその病気なんだ、と納得する私だった。
「いつもお父様にお世話になっているんですよ」
と言ったらダイちゃん、そこで初めて親子じゃないと言うではないか。
「教団の青年部の子で、今日は野外活動の日なんだ。
初めてだから、気心の知れている人がいいと思ってね」
ワシらは野外か!野っ原か!…という怒り以前に
さも自分の子供を連れて来るような言い回しに
うっかり騙された悔しさがあった。
色白でツルッとした少年が、いきなり言う。
「僕、病院へ行ったことがありません」
ランドセルが似合いそうだけど、声変わりは終えているらしい。
「まだお子さんからねえ、これといったご病気はねえ」
しかし少年、こう言ったではないか。
「僕、大学4年です」
あまりのギャップに驚く私。
もう1人のオバさんみたいな女性は、まだハタチ だと言う。
どちらも親の影響でこの宗教をやって、本当に良かったと誇らしげに語る。
特殊な環境で純粋培養された若者特有の清らかさは感じたものの
信仰は男の子から加齢を奪い、女の子に上乗せしたように思えた。
ダイちゃんはうちの息子がいないことを残念がり
何度も携帯にかけるが、2人とも電源を切っている。
「残念だなあ…年も近いし、この子達といい友達になれると思ったのに」
ならねえよ!
教団は、未来を担う若者が欲しいのだ。
あと10年かそこらで年金生活になり、献金を渋るようになる我々なんぞ
オマケに過ぎない。
本当に入信させたいのは、うちの息子達である。
3人は残念そうに帰り、お友達作戦は失敗に終わった。
それから二週間後に繰り出されたのは「同類作戦」であった。
「仲間に、親の会社の失敗が元で苦労した人がいるんだよ。
同じ体験者に悩みを打ち明けたら
今まで閉じていた信仰の目が開くんじゃないかな」
我々の信仰の目とやらは、悩みのために閉じており
誰かに悩みを話せば、その目が開くという診断らしい。
私は爆笑し、そして静かに言った。
「バカにしてるんですか?」
「いや、そうじゃないよ。
同じ苦しみを分かち合うのは、いいことだと思うんだ」
「苦しんでないですよ」
「一度会ってみようよ」
「お断りします」
「まだ、深く傷ついているんだね…」
ダイちゃんはしきりに私をあわれむのだった。
否定する気力も起きず、終了。
次の手は「ご近所作戦」。
「そっちの町の人が入信したんだよ!」
仕事で訪れたダイちゃんは、嬉しそうに言った。
「食堂をやってる◯◯さん。
君達のことを聞いたら、よく知ってると言ってたよ!
知った人がいると、心強いでしょ」
我々はその店へ1回行ったことがあるという程度。
大きなおフダが店内のあちこちに置いてあり
スピリチュアル好きというのはこの1回でわかったが
入信した女性店主の顔は定かではない。
我々は知らないのに、向こうがよく知っているとはなんちゅうことじゃ。
教団で我々の個人情報をダダ漏れさせたあげく
その店主は我々のことをすっかり知った気分になっているだけだ。
宗教の一番罪深い所は、これなのだ。
あっちで聞いたことをこっちで流す。
入信させるためなら人の秘密だってしゃべるし、平気で話を歪曲する。
個人のものだった情報は、信者から信者へ一人歩きして
「かわいそう」「お気の毒」「この宗教で救われた」の方向へ行ってしまうのだ。
入信する人の半分くらいは、最初は
流れ出て一人歩きしながら姿かたちを変えていく自分のプロフィールを
回収したかったのではないかと思う。
やがてその人達も、人の情報を仕入れて一人歩きさせる行為に手を染め
同じ罪を重ねて、身も心も教団の人となっていくのだ。
「近所の誰それが入信した」という告知は、暗に
「お前らのことが漏れるぞ」という脅迫である。
そんなつもりがあろうとなかろうと、結果的にはそうなのだ。
そもそも誰それが入信したと人にしゃべること自体、大変な情報漏洩である。
知らずにやっているだけだ。
なぜ知らずにやるか…バカだからだ。
我々には今さら流れて困るような、たいした個人情報なんか無い。
教団にしゃべったことも無い。
親の会社の後始末に関わったダイちゃんが
その過程で知り得た情報を利用しているだけだ。
好きにするがいい。
ともあれ、町内に入信者が出たと聞いた私は言った。
「じゃあその店にはもう行きません」
「何で?行ってあげてよ。今度、みんなで行こうか」
「よく言うよ!◯◯園しか行かないじゃん!」
ハハハハ…と笑ってごまかすダイちゃん。
我々一家の本当の悩みは、宗教ではない。
我が町の行列ができるラーメン屋、◯◯園なのである。
ここで出される背脂ギトギトのラーメンを
ダイちゃんはいたく気に入り、我が社へ来るたびにここで食べる。
当然、我々もご一緒することになる。
元々外食を好まず、行列を好まず、ギトギトを好まない我々一家にとって
これは月平均3回強制される苦行以外の何ものでもない。
たまに食べるならおいしかろうが、こうたびたびとなるとつらい。
ラーメン一本勝負の店なので、他のメニューが充実しておらず
軽い物で逃げる手段も使えない。
別の店も提案したし、行きたくないとも言ってみたが効果無し。
一度、ダイちゃんの来社が店の定休日と重なった。
狂喜乱舞する我々をよそに、悔しがるダイちゃん。
以来、木曜の定休日を避けて訪れるようになった。
ダイちゃんは我々がこのラーメンに辟易しているとは、夢にも考えない。
宗教の勧誘なんか、これに比べたらまだかわいい。
ちなみに割り勘。
我々の悩みは、しょせんこの程度なのである。