日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「英語の授業」開始。「ガーナ人学生」の病気。

2009-01-21 07:40:33 | 日本語の授業
 今朝は曇り空。月の光の失せた、静かな道を走ってきました。(自転車で)走ってきたつもりなのですが、どうも速度の点から言って、あまり走っているとは見えないようなのです。自分では、それほど自覚していないのですが。ところが、時々、他者の存在が、己の速度の遅さを、否応もなく自覚させるということもあるようで…たまらないですね。

 今日もそうでした。前を走っている普段着の青年をどうしても追い越せないのです。後ろから見ると、小走りで、とても根性を入れて走っているようには見えないのですが。普通に考えれば、絶対にこちら(自転車)の方が早いはずなのに…。

 さて、「中級」クラスで、大学を目指している学生達の「英語」の授業が始まりました。彼らは運が良い。良い先生にめぐり会えて。彼らが中国にいるときに、こんなに英語の能力の高い先生に教えてもらえるなんてあり得ないでしょう(中国に限ることではないのですが、第三世界では、教師という職業はお金にならないのです。それで、教育に関心があってもそちらの方向に進む人は、まず、いません。ほとんどが、外資系の企業か、官僚を志してしまいます)。この先生の良いところは、英語力があるだけでなく、まじめで、しかも、学生達をよく見ようとしてくれます。彼らのレベルにあった教え方はと、考えてくれています。無理に(量も内容も)教えて、腰砕けになってしまっては何にもなりませんから。

 英語は週1です。まだ、彼ら(学生)は「二級」に毛が生えた程度の日本語ですから、まず、日本語力をつけねばなりません。次に、英語(理系の学生は数学、科学、物理など)。けれども、「上級」に上がり、だんだん日本語の力がついてくる頃には、ヒアリングの力もつき、簡単な英語のやりとりくらいなら、できるようになっていることでしょう。同時に、少しずつ、「長文」らしきものも入れていくという計画のようです。

 この先生と、学生三人が初めて会ったのは(英語を教えてもらうということで)、今週の月曜日、彼らの午前の授業が終わったときでした。午後1時15分から、英語を教えてもらうということで、挨拶をしてもらったのです。その時、私はちょうど授業中で、終わって教室に残って後片付けをしていると、三人の中の一人の学生が、やって来て、早速報告です。
「先生より厳しそう…」
でも、なぜかニコニコしています。そのことを職員室に戻ってから、英語の先生に話すと
「まあ、私は優しいのに」

どうも、授業中、
「私のことを、厳しそうだと言っていたでしょう」
と、先生が言ったらしく、英語の授業後、自習室へ行くと
「先生。どうして英語の先生に言いましたか。あれは秘密ですよ」
と、また、なぜかうれしそうに言うのです。

それから
「(英語の)先生が聞いたことに、みんな『はい、Yes。はい、Yes』。と答えるだけだった」
と、一人が言うと、残りの三人も、
「そうそう。もうそれだけ」
といかにも楽しそう。

 それで良いのです。「英語は怖くない」。「難しくはない」。ということは、当然、「苦手じゃない」ということを判ってさえくれれば。(英語の)先生の計画は当たったようなものです。

 けれども、三人は「まだ、買わなくてもいい」と言われていた長文の問題集を、すぐに買いに来ました(「(英語の)先生曰く、まだちょっと難しいのではないか」)し、三人のおしゃまさんたち(英語にちょっとへっぴり腰だった女の子も)は、なぜかやる気ムンムンになっていました。(頑張れ。頑張れ。でも、日本語を頑張ることも忘れるな)。

 ところで、ガーナから来た学生のことです。昨日、午前の後半の授業に出てみると、ちゃんと答えはするのですが、集中できないようで(覚えられないのです。普段は二三回繰り返せば大丈夫でしたし、自分から「ひらがな」「カタカナ」を、人に聞かずに読もうとしていましたのに)、変だなと思って聞くと、風邪とのこと。

 先週の末に具合が悪くて、彼のガーナの友人に来てもらったのですが、その時も結局病院へ行っていなかったようなのです。薬を飲んだのかと聞いても、大丈夫と答えるばかりで埒があきません。寮へ帰っても一人ですし、ということは、帰しても、学校にいても同じです。職員室で体温を測ってもらうと、38度を超えています。早速病院の予約をしてもらい、午後病院へ連れていってもらうことになりました(近くに英語の話せる先生のいる病院があるのです)。

 (彼を病院に連れて行ってくれた)若い先生が戻ってきてからの話によると、昼ご飯はいつも食べないと言っていたのは、ガーナの習慣というのではなく、日本へ来てからずっと食べられなくなっていたからなのだそうなのです。今、(一時的に学校の寮に住んでいるのですが)一緒にいる中国人の学生も、いい子達ではあるのですが、面倒見のいい方でもないし、自分の世話さえ、みきれていないようなところのある学生達ですから、頼りにはなりません。

 多分、彼は病気になったことにもショックを受けているのでしょう。この10年間病気になったことなんてなかったと言っていたようでしたから。食事もどれが口にあるのか判らないのかもしれません。実は彼の叔父さん宅に住むはずだったのですが、用事があって、その叔父さんが一時帰国していてまだ戻ってきていないのです。もしかしたら、彼は、叔父さんが戻ってくるまでと、ひたすら耐えていたのかもしれません。午後も残って、自習室で勉強していたので、大丈夫かと思っていたのですけれど、本当はとても心細かったのかもしれません。

 今日、また元のように、元気に登校してくれると良いのですが。

日々是好日
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