日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「桜花」。「春休み中の(自習室での)過ごし方」。

2009-03-30 07:10:10 | 日本語の授業
 昨日、今日と、いいお天気です。まさに「桜日和」です。昨日、友人からメールが届きました。
「ハハハハハ、いい時に中国ね。今年は、桜は『ナシ』か」

 恨めしい人ですね。この「いい時」というのは、「桜時」のこと。けれども、もしかしたら、戻ってきても、まだ間に合うかもしれません。
 とは言いながら、
「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても 胸の騒ぐなりけり」(西行)
この時期の、多くの日本人の心情でしょう、これは。なかなか、
「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 浮き世に なにか 久しかるべき」(業平)
のようには、悟れません。

 咲くか咲かぬか、散るか散らぬか、など、あれやこれやと、埒もないことを、思い悩んだりせずに、思い切って、
「花咲かば 告げよと言ひし 山守の 来る音すなり 馬に鞍置け」(源 頼政)
と、一度でもいい、豪快に言ってみたいもの。咲く時は咲く。まだの時はまだ。散った時は散った時のこと…なのだから…。

 とは、言いながら、戻ってくるのが、四日の夜。まだまだ大丈夫だとは思うのですが、
「明日ありと思う心の 仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」(親鸞)
ということもありますから。

 さて、私たちが留守にした間の、(学生達の)「自習室での過ごし方」についてです。

 「Bクラス」の学生は、「戦後」のDVDを、まず、「見ておく」こと。解らない時には、「(高校)世界史(の教科書)」と「資料集」を参考にできるように渡してあります。このDVDの中には、「大航海時代」や「アメリカの独立戦争」「フランス革命」についてのものも含まれています。少なくとも、一般常識的なものは、(休みの間に)見せておきたいのですが、あまり欲張っても、学生達が疲れてしまうでしょうから、最小限にしておきました。「覚える」のは、まだまだ後のこと。まず、「見たことがある」という感覚です、大切なのは。

 「C・D合併クラス」の中国人学生は、漢字(読み)に弱いとのことでしたので、既習の「中級」の教科書の漢字は、「読み」「書き」の両方を徹底してやっておくことと告げてあります。

 「補講クラス」の二人は、毎日来ると言っていましたから、学校で、カードを借りて、「単語」を覚え、テープで「聴解の問題」をし、「既習の漢字」を、ノートに書いておくという約束をしました。

 私たちが戻ってきてから、桜がまだ残っていたら、一緒にお花見に行きます。けれども、もし、万が一、既に散っていたら、
「梢吹く 風の心は いかがせむ 従ふ花の 恨めしきかな」(西行)
と、名ばかりの桜の樹を恨まねばならないことになるかもしれません。多分、多分、大丈夫だとは思うのですが…。

日々是好日
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「『C・D合併クラス』の期末テスト」。「忙しい『春休みの学校』」。

2009-03-27 07:24:06 | 日本語の授業
 今日も、穏やかないいお天気になりそうです。今朝の天気予報では、また寒さがぶり返すとのことでしたが、もうセーターなど必要ないでしょう。桜が咲き始めると、いよいよ春本番ですね。桜の木々のあちこちに、チラホラと花の姿も見受けられるようになりました。

 学校の右側をズイと行った角のお宅では、今年も、「枝垂れ桜」が、見事に濃いピンクの花を咲かせています。東京でよく見かける「ソメイヨシノ」よりも、1、2週間ほど早いのです。道行く人の賛嘆の声が、このお宅では何よりのご馳走でしょう。

 さて、昨日の「C・D合併クラス」の「期末テスト」の事です。
 皆、いつもよりも少し早めに来ていました。教室に入っていった私に、皆が探りを入れます。勿論、そこは無視して、答案用紙をまず配布。名前が書かれているかどうかとチェックして、問題用紙を配ります。問題用紙にも名前を書かせ、そこで、待ちの姿勢を取らせます。

 そして、説明です。このクラスの人達は、「二級レベル」の試験は初めてです。そこで、まず、説明をします。テストの順序、時間の配分。それから、「読解」を解くためのやり方などを伝え、時間通りに、開始です。「文字・語彙」が始まって直ぐに、二名が走って来ました。その上、折悪しく(?)遊びに来た前学生(去年の12月まで、この学校で勉強していました。「中級」の、最初の頃まで学んでいましたが、まだ彼は「二級レベル」のテストを受けたことがありません)が、若い先生に連れられてやって来ました。

「はい、よく来ましたね。プレゼント。テストです」
「ああ、私は運が悪いです」
とか何とか言いながらも、一生懸命に書きこんでいました。

 彼は、一緒に学んでいた「クラスのみんな」に、会いに来たのだと言っていましたから、日本には春休みがあるということを知らなかったのでしょう。突然現れて、皆をびっくりさせるつもりだったのでしょうに、反対に、テストを受けさせられようとは。彼の身になれば、少々お気の毒です。なお、彼が元いたクラスは、すでに上級に入っていますので、「二級レベル」は、すでに卒業しています。

 昨日も、人の出入りが激しく、お客さんが、出たり入ったりする学生たちを見て、不思議そうに「まだ春休みではないのか」とか、「授業をしているのなら、どうして学生が出たり、入ったりしているのか」とか、尋ねたのだそうです。

 現在、午後の「中級クラス」では、まだ休みに入っていないので、今まで通り授業が続いていますし、午前の「初級クラス」では、補講中ですので、受けるように言われた学生は9時に来ています(その中には、午後の授業の他に午前も参加している「中級クラス」の学生もいます)。また、それ以外にも、自習室に、いつも学生が何人か来て勉強しているので、学生が出たり入ったりしているように見えたのでしょう。

 実は、私たちも、感心しているのです。今までの学生達は、生活に追われて、このようには勉強できませんでした。しかしながら、こう、みんなが一生懸命に勉強してくれますと、教師の方でも、手を抜くことができません。今が「春休み」であるということを、皆、すっかり忘れていました。かく言う私にしても、休みに入ってからの、午前の補講「(休みなしの)9時から12時半までのぶっ続け授業」と、午後は、もう一人の先生の代わりの授業、その合間を縫って、自習している学生達の、DVDの準備などで、てんてこ舞いです。

 私が自分の作業に集中出来るのも、この学校の教師のチームワークがあってのことです。教師というものは、「一人で何でもする、また、何でもやれる」というものではありません。授業の他にも、この時期は、ビザの更新がありますし、来客や、新たに授勉強したいという人の見学など、なかなかゆっくりとは出来ないのです。

 各教師が、それぞれの仕事に、てんてこ舞いしているという状態なのです。暇に過ごしている教師など、全くいません。勿論、そんなときでも、少しでも手が空くと、自習室を覗いたり、学生の質問に答えたりしています。何と言っても、学校は「勉強したい人」と、「教えたい、教えることのできる人」との共同作業の場所なのですから。

日々是好日
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「春の感動」。「話し合える友だち」。

2009-03-26 07:32:01 | 日本語の授業
 今朝は、風もないのに、少々肌寒い。こうやって、寒暖の一進一退を繰り返しながら、暖かくなっていくのでしょう。今日は、ゆっくりと散歩するように、学校へやって来ました。道の辺のお宅では、それぞれ、春の花が、明るく花開いて、見る人に名乗りをあげています。

 「フリージア」や「スノウドロップ」が咲いているお庭もありました。ここの御主人は「洋物」がお好きなのかなと思って見てみると、傍らに、可憐な「スミレ(菫)」が、咲いていました。やはり、春はなんと言っても「スミレ」です。それも、黄や白、薄い紫というのではなく、深い深い淵の紫色の「菫」です。なぜか「今年も咲いてくれた。ありがとう」と言いたくなってしまいます。

 そして、「スミレ」の次は「タンポポ(蒲公英)」ですね。「タンポポ」の綿毛が飛ぶ頃になると、そろそろ、木々の、明るい緑と共に、初夏がやってくるのです。それが、日本の、冬から春、春から初夏にかけての「移ろい」なのでしょう。四季が、一年をはっきりと四つに区分けしている国は、そうでない国に比べて、二倍も三倍も、季節の喜びを味わえるような気がします。ところが、それに異を唱えた北国の友人がいました。

 その人が言うには、「『冬』が長く、『春』の訪れが短いからこその、沸き立つような喜びを『春』に感じのだ。短い『春』は、あっという間に終わり、駆け足で過ぎた『夏』の次は『秋』、『秋』の黄葉も、直ぐに強い風に襲われ、白い雪に埋まってしまう。そして、また、長い冬が始まるのだ。長い冬を耐えに耐えて、やっと得られる『春の喜び』というものを、おまえたちは味わうことが出来ないだろう」と。

 多分、その通りなのでしょう。待ちわびたものが来る、その刹那の燃えるような感動というものは、きっと父母、祖父母と、三代にかけて、その地に暮らしていなければ、判るものではないのかもしれません。私たちが、うかがい知ることができるのは、伝統として、あるいは、民族の味わいとして、彼らの(文学に、絵画に、音楽にと、ありとあらゆる)芸術に現れてくるものだけなのかもしれません。

 さて、補講クラスです。

 フィリピンから来たYさんに、
「今日は、どうしますか。残って勉強しますか」
と尋ねると、
「はい。(タンザニアの)Fさんと一緒に」
と、Fさんを見て、うれしそうに笑いました。Fさんも、
「うん。一緒」
と答えます。

 実は、一昨日、Yさんに、「今日はどうするのか」を尋ねたところ、直ぐに「はい」と言ったのですが、Fさんが、「帰る」と言ったのを聞くと、一瞬、顔を曇らせ、慌てて、「いえ、帰ります」と言い直したのです。Yさんは、日本で言うと、まだ高校二年生くらいの年齢です。いくらご両親が大切にしてくれているとはいえ、ずっと、一人で家の中にいるのは辛いのでしょう。誰か、年の近い同性と、共通の言語で、いろいろな事を話したかったに違いありません。朝も、二人は一緒に学校に来たようですし(Fさんが、「学校までの道がまだ判らない」という彼女を、駅まで迎えに行ってくれたのです)。

 と言うわけで、二人は楽しげに勉強し(昨日は6課から13課までやり、ついでに、14課の動詞まで導入しました。彼らの課題は、既習の「動詞」を完全に覚えることだったのです)、「覚えた。覚えた」とニコニコしながら、帰っていきました。さて、その成果は?いずれにしても今日判ることですが。

 それから、まだ休みに入っていない「C・D合併クラス」です。
 昨日も他の先生の代わりに授業に行くと、「いらっしゃ~い」と迎えてくれました。その割には、授業中、「先生、こわ~い」という輩がいるのですよね。これらの輩は、「こわ~い」と言われれば、ますます怖くしたくなるという人間の性を、全く理解していないようです。
 ところで、今日、このクラスは「期末テスト」があります。昨日も、日本語のレベルが高い人ほど、心配しているようでしたが。

日々是好日
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「六人で、六言語」。「異国の言葉の、『響き』の不思議さ」。

2009-03-25 07:02:45 | 日本語の授業
 今朝は、無風状態の中を自転車でやって来ました。走らせながら、公園の方を見てみますと、「ヤナギ(柳)」樹が、遠くからでも判るほどに、モヤモヤと緑に霞んでいるではありませんか。ついこの間まで、近づいて、やっと「ヤナギ(柳)」の葉が、小さな緑の簾になっているのに気づくくらいでしたのに。

 近くのマンションでは、レンギョウ(連翹)の花も咲き始めました。ナノハナ(菜の花)の黄が終わる頃、レンギョウの黄が開くといった「春の段取り」通りに、今年も、季節は進んでいくようです。

 さて、「補講」のクラスです。

 昨日は、エジプト人のNさんも加わって、女性6人と、なかなか賑やかになりました。「中級クラス」から受けに来ている三人が、見事な間違いをしでかしてくれますので、「初級」の人達も、言い間違えることに、それほど拘らなくなりました。

 そうなのです。「立派に言ってのける」必要など、全くないのです。自分がどこまで行けるか判らないうちは、他の人が自分よりズンとうまく見えますし、言い間違えることにビクビクしてしまいがちです。けれど、一旦「学んでいるうちは、いくらでも間違えていいのだ」ということに気がつくと、今度は自分の間違いにも大笑いできますし、他者の間違いにも、おおらかでいることができるようになります。

 それに、各段階毎の確認テストなどを通して、自分の(現段階における)レベルも、そして、向上していく速度も判るようになりますし、ある程度上手になってくれば、他者との比較も、かなり客観的に行えるようになります。

 勿論、今はまだまだ。まだまだです。けれども、「(互いの)間違い」に、大笑いしているうちに、きっと、上手になっていくでしょうから、大丈夫。大丈夫。心配する必要など、どこにもありません。

 昨日は「第六課から第十課まで」でした。

 その中の、「『さようなら』は、○○語で、何ですか」を一人ずつ尋ねさせてるとき、六人が六人とも、母語を異にすることに、みんな、気がついて、なぜか「ホウ」。

 「北京」から来ている中国人学生が、「タンザニア」から来ている学生に「スワヒリ語」を尋ねます。タンザニア人学生が、「内モンゴル」から来ている中国人学生に、「モンゴル語」を尋ねます。モンゴル族の学生が、「フィリピン」から来ている学生に、「タガログ語」を尋ねます。フィリピン人学生が、エジプトから来ている学生に、「アラビア語」を尋ねます。エジプト人学生が「ミャンマー」から来ている学生に、「ミャンマー語」を尋ねます。ミャンマー人学生が、北京から来ている学生に「中国語」を尋ねます。これで、見事に一巡しました。

 「みんな違って、みんないい」といったところでしょうか。それぞれに、それぞれの民族の香りのする不思議な「響き」があり、しかも、普段、あまり耳にしない「音」ばかりですので、答えが出るたびに、口まねをしたり、「もう一度言ってください」とか、「難しい」、或いは「ああ、いいな。簡単」といった言葉が、皆の口から漏れてきます。

 言葉というものは、(その「響き」の中に)それぞれの民族の歴史を背負っています。簡単には、他民族の者が、口まねすることが、できないような、そんな「思いのようなもの、一種の香気」が、その民族の人が、その言葉を発するとき、(他者の心に)響いてきます。もしかしたら、その言葉を発している人の、父母、祖父母、またその先の人々の思いが、現在、私たちの目の前にいる人に仮託されて、そういう音を響かせているのかもしれません。

 「言葉が亡びるとき、その民族は亡びるのだ」というのは、きっと、本当なのでしょう。

 他国(民族)の言葉を学ぶのは、難しい。どの民族の言葉であろうと、難しいと、心の底から思います。
 各民族の、歴史、また、その中に含まれている、哀しみや喜びまで、踏まえていかねば、決して学び取れるものではないでしょう。
 それは、その中の一つである、日本語にしても同じだろうと思います。

日々是好日
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「春休みの補講」。「フィリピンから来た高校生」。

2009-03-24 08:24:28 | 日本語の授業
 今朝は、歩いてきました。テレビの天気予報では、確か、今日は「花冷え」のはずでしたが、まだそれほど寒くはありません。雨は予報通り、「パラパラと降っては止み」を繰り返しています。きっと、これからは「一雨ごとに春深まりゆき」となるのでしょう。

 さて、昨日の補講(「初級」の「ひらがな・カタカナ」から「第五課」まで)は、「休憩時間なしのぶっ続け」で、9時から12時までやりました。みんな、体力は合格です。

 しかし、実際のところ、我々から見て、「補講」が必要だったのは、「初級」開講後、20日ほど遅れて来日した、タンザニア人のFさんと、「初級」第16課までは、他で教えてもらっていた(「Eクラス」に入るためには、あと五課ほど勉強しておかなければならない)フィリピン人のYさんの、この二人だけ。

 あとは、「中級クラス」の四人ですから、こちらも「参加したいなら参加してもいいけれど」くらいの感じでした。それで、時間通りに来た、中国人のDさんとSさんは、教室に入れましたが、中国人のL君は遅れてきたので、「補講」を受けさせませんでした。

 ミャンマー人のMさんからは連絡なし。Mさんには(午後の「中級」の授業に来たときに)、「無断で休むべからず」と、こっぴどく叱っておきました。実際は、お腹が痛くて寝ていたそうなのですが、連絡くらいは出来たはずです。この「補講」は、正規の授業の他に、(私たちが、「補講」が必要と見なした学生のために)無料で開いているわけですから、(受ける側も)それくらいの誠意は見せて当然です。

 参加しなければならなかったYさんも二十分ほど遅れてきました。彼女は高校二年生くらいの年齢です。Yさんにも「補講に参加するなら、遅れてくるものではない」と叱ると、顔を真っ赤にして、
「先生、かぜ、かぜ…電車が動きませんでした…」

 そう言えば、昨日は「春の嵐」が一日中吹き荒れていましたから、風に弱い東西線(海に注ぐ川の上を渡ります)は、減速か、止まるかのどちらかしかありませんでした。で、釈放。

 とは言いましても、この学生には、最初の導入部分を受けてもらいたかったのです。多分、ここが一番足りないだろうと思っていましたから。案の定、間違えたところも、「発音」や「拍」に関するところばかり。また、彼女のために時間を取ってやってやらねばならないでしょう。
 途中、席を入れ替えて(中国人の二人が隣り合っていたのです)、会話の練習です。
ところが、FさんとYさんの間に座った、Sさんが、滅法、気のいい「世話焼き」さんだったものですから、もう大変です。Yさんのページをめくってやっているなと見ていると、彼女の目はすでにFさんの教科書をチェックしているではありませんか。

 いくら親切でも、度が過ぎます。見るに見かねて、「自分でさせなさい」と言ってしまいました。言われた直後は(叱られたと思って)、シュンとしてしまっても、この我慢は、長くは続きません。直ぐにムズムズしてしまうようなのです。そのムズムズが、表情にまで表れているところが何とも言えず可笑しい。

 けれども、彼女のおかげで、初めて、この学校の授業に参加したYさんも、緊張が解けたのでしょう。Yさんは、授業中、よく笑いました。まさに「箸が落ちても笑うお年頃」に戻っていました。

 ほんの二、三ヶ月前、初めて彼女を見た時には、「人生に疲れた。何をやっても空しい」といった暗い顔をしていました。一番楽しいはずの年頃なのに、どうしてこんな様子をしているのだろうと、私が訝しく思うほど、疲れて見えたのです。

 それが、あんなにコロコロとよく笑う子だったなんて、全く思いもよらぬことでした。授業が終わってからも、Fさんと、一緒に「お昼」を買い行き、二人で、3時過ぎまで、楽しそうにおしゃべりをしていました。私が、午後の「中級クラス」の授業を終えて戻ってきた時も、まだ帰っていませんでしたから。

 この数ヶ月の間に、いろいろ考えたのでしょう。「自分は、これから、どうなるのか。このまま、日本で生きていかなければならないのか」。また、「自分は、何をしたいのか。そのためには、どうしなければならないのか」といった事も、考えたに相違ありません。まだ、高校生くらいの彼女には、少々重すぎる「問い」です。けれども、彼女なりに一応の結論が出たのでしょう。だから、あんなに明るく笑えるのでしょう。
 今、「出来る」と思えることをすればいいのです。出来ないことは、しょうがないと、今は、するのをあきらめていればいいのです。そのうちに、きっと出来る時が来ますから。

 前に、ここで勉強していた、(フィリピンから来た)M君も、ちょうど同じくらいの年頃でした。彼は、「日本の子供たちは、とても幸せです。何でも出来ます」と言って羨んでいましたが、当の日本に住んでいる子供たちから見ると、どうなのでしょう。羨ましいと思われているなどと聞いたら、きっとびっくりするに違いありません。

 まあ、どちらにしても、(この学校で)楽しく勉強が出来てよかった。よかった。Fさんにとっても、久しぶりに英語で話し合える「同性」と、机を並べて勉強できたわけですから、思いっきりいろいろなことが話せて、肩の力が抜けたことでしょう(「Eクラス」の英語圏の学生は、男性だけです)。

 こういう時は、私も、「日本語で」とは、喚きませんし。

日々是好日
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「春の嵐」。「フフホト」。「春休みの補講」。「アフリカから来た就学生」。

2009-03-23 08:38:31 | 日本語の授業
 今日も、昨日と同じように「大風」が、吹き荒れています。揺れてガタガタと音を立てているのはは、看板や幟。ビューンビューンと唸っているのは電線。なかでも面倒なのは、校庭や公園の砂場から巻き上げられて、体当たりしてくる砂です。吹き飛ばされた砂は、道路に吹き溜まり、それが、また宙を舞いって襲ってくるのですから、大変です。私なども、その前に来ると(砂は見えますから)息を止めて、目を庇いながら、びゅっと走り去らねばなりません。まるで、北京の黄砂。もっとも、北京の黄砂は、服どころか、顔や手足まで、真っ黒にさせてしまうくらいでしたから、まったく規模が違いますけれど。

 それに「大風」といいましても、「サクラの便り」が、繁く聞かれるようになった三月の下旬の事ですから、どこか「おおどか」です。サクラを散らす「春の嵐」には、少々遠いにしても、「烈風」の時期は疾うに過ぎてしまっていますから。

 別に、「黄砂」で思い出したわけではないのですが、あと一週間くらいで、フフホトと北京へ行きます。こうなると、彼の地のお天気が気になってしまいます。内モンゴルから来た学生に、
「寒いでしょう」
と、水を向けてみますと、
「寒くない。日本と同じ。いや、日本より暖かい」
と、逆に、日本の寒さを恨まれてしまいました。

 湿度のある、足の底から忍びよって来るような寒さと、カラッとした、陽性の寒さとの違いとでもいったところなのでしょうか。しかしながら、この「湿度」があるからこそ、「サクラ」は、あのように艶めいて美しいのです。北京のような、水の乏しい地で見た「サクラ」ほど惨めなものはありません。植えられた「サクラ」もかわいそうでしたが、あれを「本来のサクラ」と、彼の地の人が思っているとしたら、サクラを愛する国民の一人として、寂しい限りですね。

 「サクラ」は、枝が花の重さに耐えきれないように見えてこそ、「桜」なのです。古代の絵の中では、「桜」が「雲」のように描かれていますが、あれこそ、私たちの「桜」なのです。あの「雲」から、「牡丹雪」のように落ちてくるのが、「桜の花びら」なのです。平安朝の歌人たちは、それに、「桜色の美しい夢や悲しい夢」を見ていたのでしょう。これは、「実物のサクラ」ではなく、「(観念世界の)我々の思いの中のサクラ」なのです。

 もしかしたら、毎年、「サクラ」にドキドキさせられているように見える、いわゆる「日本人」というものは、本当は、目の前のサクラを見てはいず、古来から続く「観念のサクラ」に踊っているということになるのかもしれません。

 さて、「Bクラス」と「Eクラス」は、春休みに入りました。
 けれども、自習室は、いつも通り「Bクラス」を主とした顔ぶれで埋まりそうです。
その中の一人、Tさんは、学期末の試験に来られなかったので、今日(あのテストを)受けることになっています。

 それから、来日が遅れて、二週間ほど授業に参加できなかったタンザニアのFさんの補講があります。それには、4月からこの学校で学びたいというフィリピンのKさんも加わります。進度は、「いろは」から、「第二十課」くらいまで。予定では、五日間で、駆け足で進めていくことになるでしょう。多分、最初は大変でしょうが、二人とも(Kさんは、ボランティアの教室で、15課くらいまでは既習)日本語の「音感」はもうついていますから、補講の後は、自分で残りの一週間にどれだけ覚えられるかでしょう。

 と、腹づもりをしていますと、「C・D合併クラス」の、内モンゴルのSさんが、自分も参加したいと言ってきました。彼女は、来日後、直ぐに「中級クラス」に入りましたので、「初級」の文法や単語が欠けています。それで、この二週間ほど、「Eクラス」の授業にも参加させていたのですが、きっと最初の方も受けた方がいいということに気づいたのでしょう。

 「三人か」と思っていますと、「合併クラス」から、三人が自分たちも参加したいと言ってきました。Sさんに聞いたのかもしれません。その中に、ミャンマーから来たMさんがいました。Mさんは、お母さんが中国系だということもあって、流暢な中国語を話し、漢字にも問題はありません。ただ、彼女も「初級40課」くらいから、この学校の授業に参加したので、「基礎」の部分に、どこかしら不安を覚えていたのでしょう。

 もう一人、一番張り切って、「受けたい」とやってきた中国人のDさん。
「簡単だよ。参加してもいいけれど、簡単だと文句は言わないように」とくぎを刺したのですが、ものともしません。
「でも、いい。受けたい」
と言い、
「(自分の)初級の基礎があやふやなような気がする」らしい。彼女は、大卒ですし、大丈夫と思ったら、それでやめるでしょうから、まあ、受けたいなら受けてもいいということにしました。

 が、問題なのは、「暇だから参加したい」という、15歳のL君。
「(受けてもいいけれど)まじめにやらないと、追い出すぞ」
と脅しても、ニコニコしています。もう、こっちの本性を見抜かれていて、脅しがきかないのです。彼が言うには、
「最初のほうは、日本語が全く分からなかったから、先生の説明もよく判っていなかったと思う。いまなら、大丈夫。日本語が上手になったから」
「上手になったなら、もう受けなくてもいいでしょう」
「へへへへへ。でも、受ける」

 ただ、参加するにせよ、しないにせよ、この補講の目的は、タンザニアから来たFさんが「Eクラス」でやっていくためだということだけは、判っておいてほしかったのです。既に「中級」に入っている中国人と、「いろは」が入っていないアフリカ人と、日本からの距離を言うまでもなく、来日時から差は歴然としているのですから。

 今、英語を教えてもらっているA先生が、
「本当に不思議です。どうしてタンザニアから日本なのでしょうね。あの人たちは、英語で学校教育を受けているのだから、英語圏の先進国に行った方が、ずっと楽でしょうに」」
と、この学校での、彼らの存在を不思議がり、地図で距離を測ってみたのだそうです。
「そして、判ったの。オーストラリアよりも、日本の方が近いのよ」
と、ストンと謎が解けたような按配でした。これで、なぜ納得できるのかが、私には不思議でしたが。まあ、グローバル化がこれほど進んでしまうと、地理的に近いとか、そんな理由で、娘や息子を日本にやるのではないのです。

 この学校で学んでいるアフリカ人の二人が、どうしてこの学校を選んだかというのには、それぞれ、理由があります。ガーナ人のKさんは、日本の会社で働いている彼の叔父さんが呼びました。私も学校へ相談に見えた彼と会い、話しました。

 「自分はこれまで、自分の事で一生懸命だった。けれども、これからは、自分の力の出来る範囲で、祖国のために尽くしたい。それで、まず、出来のいい甥を呼び、大学で農業を専攻させたい。今、祖国に欠けているのは、この方面の人材だから。」という話も聞きました。私たちも、「漢字」の問題や、「漢字」が書けても、文章が読めるまでには、かなりの時間がかかると言うことなどを話しました。

 彼は、初級教材を買っては、ガーナへ送り、甥に(日本語の)勉強をせっついていたようでした。ただ、全然(日本語の)印象がないのに、勉強しろと言っても、無理な話なので、この学生の申請をしたときから、私たちも(この学生の場合は)、「いろは」からと心づもりはしていました。

 申請が通ってから、彼はガーナへ一時帰国し、甥を連れてくるはずだったのですが、用事が長引き、甥御さんが一人で日本へ来ることになりました。けれども、彼の友人が空港まで迎えに行き、面倒をすべてみてくれましたし、この学生が病気になったときも、同じガーナの人が直ぐに駆けつけてくれました。それで、私たちとしても、いろいろな心遣いをする必要がなかったのです。教えることだけに集中出来ました。

 今では、自習室で、英語を学んでいる中国人の「おしゃまさん」たちと、互いに「漢字の先生」と「英語の先生」ごっこをしています。まじめな学生なので、中国人の学生達も仲間にしたのでしょう。彼女たちも、まじめですから、勉強をする気のないフラフラした学生は嫌なのです。

 タンザニア人のFさんは、同じ高校出身の人が、一時、ここで学んだことがあるので、その関係です。なぜか、タンザニアでは、出来のいい学生は、隣国のウガンダの高校にやられるのだそうです。自国の高校はレベルが低い(?)ので、いい教育は受けられないからと言うのです。私には、実際どうなのだか、判りませんが。

 確かに彼女はまじめです。ただ、まだ、どれだけ学校(授業)を離れた所でも勉強ができるか、そこが、まだ未知数なのです。授業中に座っていれば、勉強したことになるという習慣がすでについていれば、「Eクラス」でやっていくのは無理でしょう。「Eクラス」だけではなく、日本の社会でやっていくのも難しいでしょう。

 できれば、縁があって同じクラスになったことですから、みんな「Eクラス」で、4月からも頑張りたいと思うのですが(「Eクラス」の皆も同じ気持ちでしょう)、どこまでこの気持ちが彼女に通じ、頑張ってくれるのでしょうか。

日々是好日
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「春」。「東京で、『日本の文化・伝統』を教えることの難しさ」。

2009-03-19 08:04:35 | 日本語の授業
 今朝も穏やかに明けました。公園の「ヤナギ」の枝も、日一日と、簾の緑を大きくしています。隣にある「コブシ」の花は散り始めました。小学校の小さな早咲きの「サクラ」も、満開になりました。
 今年は、「ツバキ」の花が落ちる前に、「サクラ」が咲きそうな様子です。都内の、開花日予想では、今月の25日頃ということでしたが、この辺りは、もう少し早くなるかもしれません。
 行徳駅前公園の「サクラ」もきれいですが、ご近所の「しだれ桜」もまた捨てがたい。この「サクラ」は、ピンクの色がかなり濃いので、夕闇の中では、浮かび上がってくるように見えます。

 さて、学校です。
 「Bクラス」と「Eクラス」の今学期の授業は、今日で終わりです。今日は、授業の時に、「春休みの過ごし方」と「学校での自習」について、少し説明をする予定です。

 学生の中には、旅行を計画している人もいるでしょう。一緒に「桜狩り」に行きたいと駄々を捏ねている就学生もいます。アルバイトの時間調整が難しく、何か理由がなければ、なかなか一緒に、「春を満喫」することができないのでしょう。この「皆で一緒に」というのがミソなのです。

 一人でも、「春」は味わうことができます。仲のよい「二人」でもいいのです。けれども、「友達その他大勢」には、それでは味わえない楽しさがあります。特に、若い人にとっては、皆で行くと、他の人の「春の情緒」をも、その身に借りうけることができるのです。
 「一人」では気づけなかった「春の趣」、「二人」では見えなかった「春の興趣」まで、共有することができるのです。彼らは気づいてはいないかもしれませんが、「皆」で行くことの良さは、そこに尽きると思われます。

 今にして思えば、四季のある優しい国に住み、育まれてきた私たちは、それを幸いと見なければならないはずでした。このような穏やかな国土というのは、地球上でも稀だと思います。けれども、これは、火山の爆発や大きな地震を内包している「穏やかさ」なのです。いつ襲ってくるかもしれない「危険」と隣り合わせの「静けさ」なのです。

 その他にも、今世紀の半ば頃、アメリカが「原爆」を広島と長崎に落とし、その地の日本人は、「地獄絵」そのままに、彷徨わねばなりませんでした。それでも、立ち上がり、見事な復興を遂げた広島や長崎の人達の強さを語るためには、何千年も前から、常に「危険」の上で生きてきた「日本人」というものを、心に留めておくべきなのかもしれません。

 東京都、一つとっても、20世紀に入ってから、まず「関東大震災」で、壊滅的な打撃を受け、そして、1945年3月のアメリカ軍による「大空襲」で、都内は、焼け野原にさせられました。今、学生達を連れて行く、あのお寺、このお寺も、その後に再建されたものばかりなのです。
 「日本には、古いものが無い」。この学生達の言葉は、「東京都」と限定してみれば、確かにそうなのです。爆撃を受けなかった所は、古いものが残っているけれども、東京には、あまりそういう場所がないのです。学生達に見せられるのは、再建された「かつて歴史のあった所」ばかりなのです。

 私にしても、「奈良」や「京都」などの町のたたずまい、また、その町が育んできた人々の伝統や生活などを、学生たちに(「映像」の力を借りて)見せるとき、どうしてもこの「東京」という町では、語れないもの、悟れない「日本の匂い」というものがあることを感ぜずにはいられません。しかしながら、「東京」近辺に住んでいる彼らを、わざわざ「奈良」や「京都」に連れていくことは出来ないのです。
 良いものを見、感じるためには、時間もお金もかかるのです。

 これは、「歴史や文化という目」から見た場合です。
 そればかりではなく、日本の「自然」も、また、私にとってはすばらしいものなのです。その私の思いも、外国から日本に来た「この人たち」に、伝えたいとも思うのです。
 私も中国で勉強している時、中国国内をよく旅行しました。「(大陸の自然は)スケールがでかい!」まとめていえば、この一言に尽きます。
 ただ、私はそれに馴染めなかったのです。優しい日本の山野が恋しかった。どこへ行っても、日本に似たものを求め、探っていたような気がします。
 死ぬのなら、日本の林の中がいい。そんなとりとめもないことを、中国を旅行しながら感じていたのですから、中国の「自然」から見れば、「不届き者」ということにもなりかねません。もちろん、言わずもがなですが、それぞれの国の自然で、すばらしくないものなど、あるはずがありません。

 それなのに、日本人は、豊かで優しい自然を、高度経済成長の折に、痛めつけてしまいました。国土を痛めつけると、何年かして、それが「その上」にいるものの身の上に、見える形で跳ね返ってきます。この土地は、たとえ今は金銭でやりとりできるような制度になっていても、本来ならば、皆のもの。皆が共通に利用し、共に労っていかねばならぬもののはずなのです。

 川が汚れ、大地が傷つき、海が悲鳴を上げるのを見ながらの「繁栄」というのはあり得ません。けれども、国土が、こうまで、崩れてしまうと、一個人の力ではどうしようもないのです。「大地」のために、「海や川」のために、各個人が何をしなければいけないのか。また、国が動くまで待つことなく、企業が何を提唱し、どんな行動を起こしていかなければならないのか。
 そういう「リーダー」が、地域でも、企業でも、国政の場でも、待たれているのです。それは、既存の富を有する人達、或いは、そういう権益を握っている機関と戦うわけですから、生半可なことで、できる仕事ではありません。そのグループの中には、専門的な知識を持つ人も必要でしょうし、調査をしてくれる多くの人が必要です。他者を説得する技能に優れた人もいなければならないでしょう。それに、共感して動いてくれる人々も必要です。

 あくまで、そこに生きる私たち一人一人の目が「現実」を見つめ続けることが大切なのです。一旦現場から遠く離れてしまったら、もう、その人の存在も意味を失ってしまいます。いくら口八丁手八丁に動いてみせ、物事や世の流れを、変えられるだけの力を持ち得えたとしても、それは空しい論に過ぎなくなってしまうでしょうし、巧みに取りまとめたとしても、意味のないものになってしまっうことでしょう。

 最近は「Eクラス」の学生から、日本の政治について聞かれるようになりました。日本に来たばかりの外国人でも、日本の政治のことは気になるようです。これが、「Bクラス」ほどにもなっていますと、どうにか「誤解」を受けない形で、話すことも出来るし、映像の力を借りて説明も出来るのですが、「初級Ⅰ」も終わっていない「Eクラス」では、何も語れません。

 守らなければならないのは、この国に住む人であり、私たちが共に生きる動物や植物たちであり、山や川や海などの自然なのだと。それらを守ることのできる人を、私たちは望んでいるのだと。
 政治など、難しいことは判りませんが、結局は、それに尽きると思います。
 それに、就学生が、来日目的によく書く、「経済力がある国の言葉だから、日本語を学びたい」というのには、私はうすら寒い思いを抱きます。日本というのは、車をただ作って売るだけの国でしょうか。車作りにしても、日本の伝統的な技術や経営方法は生かされています。公的な機関で、税金を使ってする「日本紹介」なら、それを感じられるようなものにしてもらいたい。
 この国の文化や芸術(新・旧ともに)、または近代的な科学や芸術に、見るべきものがあるから、だから、日本語を学びたいのだとそう思ってもらえるようなものにして欲しいのです。

日々是好日
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「慣例的な社会のルール」。「『大学・学部の選択』に悩むより、今は『日本語能力』を高めよ」

2009-03-18 08:01:53 | 日本語の授業
 今朝もいいお天気です。毎日、犬を連れて散歩をしている人たちを見かけるのですが、今日は、少々面白かった。

ゴールデン・レッドリバー

 ちょうど公園のそばを通りかかった時のことです。仲間にでも会えたのでしょう、うれしくて棒立ち状態になったゴールデン・レッドリバーを見かけました。そのまま、首輪からリードへと目を走らせていくと、その先には、同じように、目をまん丸くして、叫びながら、全身で喜びを表している初老の男性の姿がありました。

 犬と人と全く同じ表情、同じ身体の動き、しかも、この「一人と一匹」は、相手の犬だけを見つめているのであって、その飼い主を見てはいなかったのです。

 犬好きの人達は、よく「○○ちゃん(犬の名前)のママ」とか、「○○ちゃん(犬の名前)ちゃんのパパ」とか言っていますよね。その通り。こういう人達にとっては、飼われている犬こそが「主」であって、その飼い主などは(お互いに)、刺身のつま以下の存在でしかないのです。もちろん、一緒に旅行したり、預けっこしたりという関係になってしまえば、また別のことなのですが。

 あの「一人と一匹」の顔を思い浮かべながら、ニヤニヤして自転車を漕いでいますと、急に向こう(私は左側を走っていましたから、その人は右側を走っていたことになります)から来た自転車に、チリリリリとやられてしまいました。嫌な気分です。自転車も車と同じですから、左側通行のはずです。向こうのほうが、間違っているのです。それなのに、いかにも「そこのけ、そこのけ」と言わんばかりに、ベルを鳴らすのですから。

 実は前にも一度、この人に、ベルを鳴らされたことがあるのです。その時は、ちょっとびっくりしました。普通、日本では、危険な場合以外は、自転車のベルを鳴らすということはありません。相手がびっくりして、却って、事故に繋がると、皆、考えているからです。
 私も、この道を、自転車で通り始めてから、7年ほどにもなるのですが、これまで一度も鳴らされたことはありませんでした。驚いて、相手の顔を見ると、中南米系でしたね。そうなると、もうこれは、日本語が分からないだろうから、注意しても、しょうがない。朝っぱらから嫌な思いをしたくないと、無視することにしました。きっと、こういう私の反応に、相手も腹を立てたことでしょう。

 普通、日本人は、自分が間違っていたことを指摘された場合、直ぐに誤ります。それに慣れているでしょうから。けれども、「おまえ、間違えているぞ」と言わんばかりの行動をとった方が間違えているのですから、とんでもないことです。普通の日本人と同じように、私が頭を下げるとでも思ったのでしょうね。むっとした表情が、見て取れました。

 「そっちの方が、間違えて走っているんだぞ」と、私も、むっとした表情でお返ししてやりましたので(少々、大人げないか)、ちょっと面食らったかもしれませんね。けれども、こういう相手(この場合は、私)の反応から、その社会のルールというものを学び取っていくしかないのです。この人のように、その社会のルールを知らない外国人は。
 なぜなら、きっとこの人は、日本人社会と関係なく暮らしていることでしょうから。そんな人に、口頭で誤りを指摘する術は、私にもないのです。

 その後も、向こうから自転車を走らせてくる日本人であろう男性に出会いました。が、私を見て、直ぐに左側(私から見て右側)に移りました。当然です。向こうの方が決まりを守っていないのですから。

 慣例になっている社会のルールというのは、こういうものなのです。道があるわけですから、面倒だからと、そこを走ってしまう場合も、あるでしょう。もちろん、これは、四輪の自動車やオートバイなどを走らせている人の場合には、許されないことです。ただ、自転車の場合は、それが人力で走っていることでもありますし、また、交通量の多い道では、歩道を走った方が安全だということもあって、おおらかに対処されているようです。と言いましても、ルールはあくまでルールですから、「自転車」対「自転車」となりますと、そうはいきません。

 ここまで書いて、ふと、この学校の学生達のことを考えました。学生達の多くは、この近所の寮に住んでいます。彼らは、アルバイトにも通学にも便利だと言うことで、自転車を利用しています。大丈夫でしょうか。
 私たちが、入学式後のオリエンテーションで、一番先に告げておくことの一つに、「人は右、車は左」という交通標語があります。

 学生達の中には「交通ルールは守らねばならない」という自覚が、これまでに(母国にいる間)、育っていない人もいるのです。道一杯に拡がって歩くのも、日本では、「義務教育」時代に終わっていないと、恥をかくことになるのですが、そういう習慣のない国から来た人も少なくないのです。そういう国では、道は、大体ただっ広いものと決まっていますし、また、歩道と車道の区別など、ほとんど無きに等しいものなのです。

 こちらが、気忙しく、
「もっと端に寄って」
とか、
「少し速く歩こう」
とか言うと、どうして友達と賑やかにおしゃべりしながら、道一杯に拡がって歩くのが、他の人の迷惑になるのか、それが判らずに、不思議そうな顔をして、私たちを見つめます。

 日本の「慣例的なルール」に則った行動がとれるように、指導はしているつもりなのですが、もしかしたら、その手から水が漏れているかもしれません。ただ、この学校の学生達は、よく課外活動に連れていっていますので、その時に、普段、教室で、できないような指導はしているつもりです。
 「道一杯に拡がらないように歩く」とか、「エレベーターでは、必ず端に寄る」とか、そういう指導をする機会が、随時あるということは、なかなかいいことです。まあ、身体で覚えた所は、忘れないでしょう。

 ところで、昨日、4時頃に自習室を覗くと、今年から来年にかけて大学を受験する学生が三人、去年の大学の募集要項を見ながら、固まっていました。そばには「叔父さん」と呼ばれている台湾人の男性が座っています。

聞くと、
「先生、どこを見ていいのか、わからない」
と、一人がいかにも困ったように言うのです。そうですよね。日本人の高校生だって、大学や学部を選択するのは難しいもの。外国から来た19歳とか20歳くらいの人には、難しいのは当たり前の事です。

 しかし、いくらそれが判るようになっていても、どうにもならないこともあるのです。「日本語の能力」です。まず、「留学生試験」で、ある程度の点数をとれること。これが、今のところ、何よりの課題なのです。もし、彼らが、母国で大学を出ていれば、これは、大学院の教授側と彼ら個人の問題で、「日本語の能力」や「一般教養(高校までの知識)」などが、それほど優れていなくとも、それで、だめになるということは、あまりないのでしょうが。勿論、これは「研究生」の場合で、「大学院生」になる場合は、「点数」が関係してきます。

 それに引き替え、大学を受験する場合には、「点数」が、表面に出て来るのです。重要になってしまうのです。こうなると、日本語学校の「実力」が、学生の明暗を分けてしまいます。つまり、日本語学校の、そこにいる教師の「教える力」と学生の「質とやる気」が必ず問題になってくるのです。

 ただ、いくら「教える力のある」日本語学校でも、「母語で書かれた文章を読み解く力のない」学生や、「それほど勉強するつもりのない」学生には、全くお手上げ状態になってしまいますし、「学力もあり、やる気もある」学生であっても、「留学生試験」は日本語能力だけで、どうにかなれるというものではありませんから、「教える力のない」日本語学校に行ってしまえば、「一級レベル」に達した後、方向を定めることが出来ずに、無駄に半年乃至一年を過ごしてしまうということにもなりかねません。

 この二つがうまくかみ合えば、望み通りの結果が得られるのでしょうけれど、なかなかこの世はうまく行かないものですね。

日々是好日
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「日本語学校における英語教育、『漢字圏』の学生と『非漢字圏』の学生の、互いの長所を生かして」。

2009-03-17 07:45:30 | 日本語の授業
 今朝は風も凪いで、いいお日和になりそうです。聞こえてくるのは、ブ~ンブ~ンと電線を唸らせる激しい風の音ではなく、小鳥の囀りなのですから、素敵な夜明けです。時折ヒヨドリの声が空気を切り裂くように響いてくるのですが、もう慣れました。何ほどのこともない。なんと言っても、お馴染みさんですから。
 自転車を走らせていますと、公園にある木の梢から、何かを転がしてでもいるかのような小鳥の囀りが、聞こえてきます。渡りの鳥が、はや到着したのでしょうか、久しぶりに聞く声です。

 こうやって、毎日のようにこの公園のそばを通っていますと、ここを塒にしているカラスたちとも、もうお友達という感じです。賢いカラスたちも、きっとそう思ってくれているのではないでしょうか。彼らが真上を飛ぼうが、大声で叫ぼうが、全く気にはなりません。今朝も電線の上に、おそらくは一家でしょうが、5頭ほどが並んで止まっていました。見たところ、大きくて重そうですのに、大丈夫なのですかね。

 さて、学校の話です。
 今、英語の授業を受けているのは、「Bクラス」のおしゃまさんたち、3人だけなのですが、それに、「C・D合併クラス」の8人ほどが加わることになりました。昨日は、様子見と言ったところ、最後にちょっとだけ、参加させてもらいました。
 勿論、授業のペースは緩められませんので、おしゃまさんたちの流れに乗るという形になります。英語も、母国で、どれだけ勉強したことがあるかによって、違ってきますから、それぞれのレベルに合わせるわけにはいきません。

 この学校では、あくまで、大学受験ために、「英語の授業」を組んでいるのであって、別にこれによって、お金を取ろうというのではありません。ただ、日本語の他に、英語がある程度出来ると、「大学選択の幅」が拡がるのです。、ただそれだけのためですから、「日本語」のレベルが低い学生や、話せるけれども、「漢字」がかけないという学生には、「英語の授業」は遠慮してもらっています。

 それから、「アルファベット」も分からないという学生を、参加させるつもりも、全くありません。「日本語」も満足にできないのに、その「日本語」で「英語の一」から学んで、どうするのでしょう。それくらいなら、「チンプンカンプンの日本語」を通して、英語を学ぶよりも、「融通無碍の自国語」で、英語を講じてもらった方がずっと役に立つ。ここは、あくまでも、日本語を教える学校なのですから。

 また、そうでなければ、英語の授業が進めていけないのです。目的は、今年の末、ないしは来年の初めにある大学入試のためです。時間も限られています。10人ほどのすべてに、違うカリキュラムで、授業を進めていくというのには、骨が折れます。もちろん、もし、この学校が、英語学校であったなら、それも、致し方ないことでしょう。日本語教育においては、かつて、そう言う場面も存在しましたから。教員にしても、そういう情況に対応できるようであってもらわなくてはなりません。

 しかし、こういう日本語学校で、英語を教えるというのは、上の教育機関に進むための便宜を考えてのことですから、まず、勉強の大本は「日本語」です。これは譲ることができません。

 今年になってから、英語の授業に参加している三人も、それを嫌と言うほど判っていることでしょう。「日本語の勉強ができなければ、英語の授業に参加させてもらえない」ということを。もっとも、この三人には、それを言う必要がありませんでした。何事に拠らず、学ぶということに抵抗がないのです。出来るか出来ないかは別にしても。

 Lさんに、「(英語の授業を)受けてみる?」と聞けば、Lさんは、「はあ、受けた方がいいな」と言って、まず、三人の中でも、一番勉強するでしょう。それに、中国でも英語はかなり勉強していたようですから。

 また、Gさんに、「(英語の授業を)受けてみる?」と聞けば、「はあ、大丈夫ですか。日本語の勉強も大変でしょう」と言いながら、身体は今にも走り出しそうな前傾姿勢。いえ、それどころか、既に立ち上がっているかもしれません。聞いたら、直ぐにその方向へ向かって走り出すタイプなんですから。押さえておかなければ、考えずに飛び出してしまいます。全くもって、危ない、危ない。しかし、今は、もう一生懸命です。

 このGさんは、今年の1月でしたか、
「先生、まだですか。タンザニアから来るはずの学生は、まだ来ませんか」
と、Fさんのことを首を長くして待っていました。(Fさんは、事情があって、来るのが二週間あまり遅れたのです。)

 初めは、何か問題があるのかなと、思っていたのですが、豈図らんや、全くの逆で、英語で話が出来るだろうと思って待ちわびていたのです。Fさんが来てからも、
「だめです。私は発音が悪いのかな。Fさんは、私の話すことを判ってくれません」
とがっかりしていたのですが、今では、英語と日本語を交えながら、度胸よく話しています。「言葉」は、使えば「通りがよくなる」というのは、本当ですね。「使わなければ、通りが悪くなる」と言うのも、本当ですが。

 三人の中で、私たちが、一番心配していたのは、Cさんでした。引っ込み思案で、どこか、「石橋を叩いたり、ひっかいたりしても、結局は渡らない」といったふうなところもありますから。けれども、彼女も、他の二人に引きずられるようにして、勉強を始め、
「私は、ちょっとね…。単語もあまり知らないし…ね。二人はよく知っているもの。だめかなあ」
などと、最初の頃は、自信なさそうによく呟いていましたが、今(二ヶ月経過)では、あまりそう言う言葉も聞かなくなっていますから、多分、少しずつ自信がついてきたのでしょう。自信がついたと言うよりも、苦手意識が薄らいだといった方がいいのかもしれませんが。

 勿論、英語を「公用語」とする国から来た人(イギリス人やアメリカ人ではありません)の中には、相手(「非英語圏」の学生)が、一言でも英語を使おうものなら、途端に、小馬鹿にしたような態度を取る人もいます。けれども、だいたい、こういうタイプの人間は、漢字が書けませんので、日本語を学んでいる限り、いくらでもやり込める機会はあります。そうして、そういう人を黙らせていけばいいのです。そういう国の人間は、「英語が母国語ではない」のにも拘わらず、「英語信仰」、「英語中華思想」というものがあって、英語を話すことが出来ない人間を、一等級下のレベルの「人間(人格までも含めて)」と見なす傾向がなきにしもあらずなのです。

 もっとも、これは、仕方のないことなのかもしれませんから。旧植民地国では、英語が話せないと職もなかったことでしょうし、まず、第一、教育も受けられなかったでしょうから。ただ、今のところ、一人を除いて、そう言うタイプの学生はいませんから、和気藹々と、漢字の出来る中国人学生とも、教え、教えられを繰り返し、互いに切磋琢磨しているといったところです。そして、これが、互いの長所を活かせる、一番いい学び方なのかもしれません。

日々是好日
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「『春休み』を前にして」。「一時帰国の不利」。

2009-03-16 07:48:18 | 日本語の授業
 今朝も、残月が、水色の空に懸かっていました。まるで、一刷毛、さっと白を塗ったかのよう。今日も、良いお天気になりそうです。

柳の芽

 公園の「ヤナギ」の枝には、吹き出した新芽が、緑の宝石のようにきらめきながら、ゆっくりと風に揺れています。隣には、白い「コブシ」の花が、遠慮がちに咲きはじめました。そう言えば、昨日、買い物帰りに、満開の「ハクモクレン」も見かけましたっけ。

辛夷の花

 知らぬ間に、「春本番」となっていたのですね。後は総仕上げ、「サクラ」の開花を待つばかりです。

 昨日の日曜日は、本当に良いお天気でしたが、一昨日はひどかった。大風が電線を唸らせ、傘をさして歩くのも、やっとという状態でした。風に弱い東西線は、地上部が不通となり、コトリとも音がしません。JRも、海岸のそばを走っているものは、次々と落後し、出かける予定のある者は、テレビやインターネットの画面から目が離せません。

 少しずつ、、風が弱まりだした頃から、ソロリソロリと走り出しましたが、乗り換えのホームが変更になっていたり、「上り」は何本もやって来るのに、なぜか「下り」はなかなかやって来ないといった不自由さは、何時間も続きました。

 駅員さんの姿も、いつもは探すのが大変なくらいですのに、この日ばかりは、よく見かけました。もしかしたら、一斉に、動員をかけたのかもしれませんね。

 ところで、今、ブログを少し整理して、中国語訳のあるものを中心に、お世話になった方、或いは、学校の事を知っていただきたい方に送ろうと計画しています。その計画が出てから、今までに書いた分を、パソソコンから出してみますと、かなりの厚さになっていたので、びっくりしてしまいました。

 書いた本人がびっくりしているくらいですから、学校の仲間も驚いたことでしょう。朝の始業前の忙しい時間帯に、よくぞこれだけの量を書いたものです。もちろん、言っているのは、量のこと、質のことは聞かないでください。学校での日々、毎日出会ったことや、感じたことなどを書き連ねてきただけですから。

 さて、学校です。

 「Bクラス」と「Eクラス」は、来週から「春休み」に入ります。長さは二週間。それに引き替え、進度が少々遅れている「C・D合併クラス」は、もう一週、27日まで授業が続きます。それで、休みは、一週間だけということになります。

 また、「Eクラス」で、1月の下旬に日本へ来た、タンザニアのFさんは、休みの期間、「補講」を受けてもらいますので、休みは、多分「C・Dクラス」と同じくらいになるでしょう。なんと言っても、最初の部分が完全に抜けていますから。ただ、耳はかなりできてきたようです。動詞や形容詞の活用などは、何となくでしょうが、皆と口を合わせて言えるようになっていますから。けれども、一度は、初めからやっておかなければなりません。でないと、宙ぶらりんのまま、これからの学習を続けていかなければならなくなってしまいますから。

 休みというのは、誰にとっても楽しいことでしょうが、「教える」教員という立場から見ますと、なかなか楽しいとは言えません。特に、休みに入ったとき、心配になるのは、家族ビザで日本にいる人達です。何か「課題」や「宿題」を与えておかないと、完全に自国語の世界に戻ってしまい、たとえ日本にそのままいようとも、「(休み後の『日本語の世界』への)復帰」が大変になってしまうのです。その上、帰国したり、その帰国が二ヶ月や三ヶ月にも及んだりしますと、もう元のクラスに戻るのは、かなり難しいと言うことになります。個人差はありますが。

 そのようなことも、1年くらい、この学校にいますと、判るようになっているのですが(そう言う状態になっている人を見ているので)、まだ半年やそこいらでは、こちらが口を酸っぱくして言っても、なかなか納得してはくれません。それに、もう結婚している人達には、それぞれ「家庭の事情」というものがありますから。勉強するために、日本へ来ているというわけではありませんし。それで、無理強いというのも出来かねるのです。

 その点、「勉強する」、或いは「大学へ進学する」という目的で日本へ来ている「就学生」には、(基本的に帰国は許さないということを、来日前に言ってありますので)強く説得することが出来ます。もっとも、親御さんから「帰国の許可を求めるファクス」が届いたときは別ですが。ただ、それも、「もし、子供の勉強を本当に考えているようでしたら、遠慮していただきたい」とは、申し上げています。何のために、子供を日本へやっているのかが判っていない親御さんも中にはいるようですので。

 特に、(これほど注意を促しても)中国から来ている人は、大丈夫と軽く請け合ってしまうのです。戻ってきたときに苦労するということを悟れませんから。多分、これも、「勉強『できる』能力」なのでしょう。どちらにとっても。

 まあ、そんなわけで、休み前に、「Bクラス」と「Eクラス」の学生達には、「課題」や「休みの過ごし方」などの注意をしておかなければなりません。その前に、今週の末には「学期終了のテスト」もあることですし。それから、6月には、つまり、あと2か月くらい経った頃には、「留学生試験」を受けなければなりません。その上、7月には「日本語能力試験(1級)」と「日本語能力試験(2級)」が待ち構えていることですし。

 休みの間も、学校は「9時から5時まで」、勉強が出来るようにしてあります。自習室で、友達と一緒に勉強しても良いですし。それに、今回は時間を決めてDVDも見せようと思っています。「Bクラス」の大半を占める、中国人学生も、大学入学前に知っておかねばならないことを、あまり勉強して来てはいないのです。それでは、常識的なところで、差がつけられてしまいますから、休みを利用して見ておいた方がいいのです。普段は、そのような時間は余りとれませんから。

 勿論、それだけを見せますと、
「先生、今は『休み』です。面白いものが見たい」
などという声も上がってきそうです。いえ、きっと上がることでしょう。それゆえ、ドラマか、アニメーションなども用意しておかなければならないと思っています。

日々是好日
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「利口なカラス」。「勉強だけでない、『作業』の大切さ」。

2009-03-13 08:09:31 | 日本語の授業
 近所の公園には、狭いながらも林があります。この辺りが埋め立てられる頃、出来たのかもしれません。もうすっかり根付いています。ところが、カラスが、そこを塒にしているようなのです。

カラス


 艶々と黒光りしているカラスは、身体も大きいし、特に都会に多い、このハシブトカラスという種類は、嘴が雄大であることから、様々な噂が流れています。私は、都心の庭園で休んでいたとき、池の向こう岸から蝉を咥えて渡ってきたのを見たことがあるだけですが、友人は、仔ネコを咥えていたと言い張ります。

 いくらカラスが大きくて、獰猛な鳥であろうと、鷲や鷹とは違います。あんなのを嘴で挟んで運べるのかしらんと、聞いた私は半信半疑なのですが、それでも、どこか片隅で、「彼奴なら、やりかねん」とも思っているのです。

 それに、知能も高く、「定刻になると、公園の滑り台にやって来て、一人滑って遊んでいるのを目撃した」とか、「虐めていた人をしっかりと覚え、たくさんの人の中からその人を見つけ出し、その人だけを攻撃した」とか。そんなことが、囁かれているだけでなく、そういう映像を、実際に見たことがあります。いやはや、「カラス、畏るべし」です。東京都が、都を挙げて、カラス捕獲作戦を展開し始めてから、どれくらい経ったでしょうか。今のところ、カラスとの「知恵比べ」は、カラスの方に軍配が上がっているようです。

 一般に、カラスは不吉な鳥とされていますが、日本神話の中の「ヤタノカラス」は、神に使わされ神武東征を助けたと言われていますから、いわば神格化されているとも言えましょう。それに、生まれたときから育てていれば、人によくなつき、とても可愛いのだそうです。そういえば、以前、旅行しているとき、宿で、人間の肩に乗っているカラスを見たことがあります。その、カラスを飼っていた人は、カラスは人間の言葉がよく判るのだとも、こんなに利口で可愛い鳥はいないとも言っていました。

 まあ、どちらにせよ、あまりお近づきにはなりたくないタイプです。敬して遠ざけておくということにでもしておきましょう。とにかく「目を合わせず、関わりを持たない」ということです。親「人」家かどうかわからないことですし…。

 ところが、どうもこの鳥等が、最近、よく、自転車で行く私のすぐ前を、超低空飛行するのです。中には、すぐ前を、ぴょんぴょん跳ねる奴もいたりして…。初めは、私のことを馬鹿にしているのかなとも思ったのですが(なにせ、毎日、同じ頃、同じ道を走っているわけですから、彼らとしても「あっ、こいつ、知ってる」という気持ちを持ったとしても、不思議ではない)、車も走る道ですし、「危ない」と冷や汗をかかせられたことが何回もありました。お互いに横目で見合うような関係ですが、(他人事ながら)少しばかり心配になってきます。相手が何物であるにせよ、交通事故は嫌ですからね。

 ところで、昨日、学校に新しい棚が届きました。私たち教員は、不器用ですし、背も届かないということで、また、前回に引き続き、背の高い、親切なインド人学生のお出ましです。二人で、ああでもない、こうでもないとタミル語で話しながら、それでも、棚は二つできあがりました。

 一つ目ができあがった頃でしょうか、一人が自習室から、中国人の学生、Lさんを連れてきました。「はい、これから、この段ボールをいくつかに切ってください。折っても大丈夫です。そうしたら、ヒモで結わえてください。ゴミ出しに出しやすいように」

 受け売りにしても見事です。しかも、彼が連れてきたのは、おそらく、クラスで、一番とはいえずとも、おそらくは二番を下ることはあるまいと思われるほどの、こういう作業が不得意な学生です。よくぞこういう子を選んできました。

 それでも、頼まれたLさんが四苦八苦で、ナイフを使ったり、ボール紙を折ったりしていると、インド人のSさん、時々、カーテンを開けて、のぞき込んでは、「違います。だめですね」と茶々をいれています。本当に、転んでもただでは起きない人です。きっと棚を作るという単純作業に飽きたのでしょう。それで、一番遊べる(からかえる)相手を連れてきたに違いありません。なんとなれば、彼と一緒に棚を作っていたのは、タミル人式「石部金吉」さんタイプの、Rさんでしたから。これじゃ、飽きてしまいますよね。

 この人は冗談を言っても、冗談に聞こえないのです。皆さん、こんな顔を想像してみてください。ポパイが、まじめな顔をしていると。それでも、冗談を言おうとしますが、周りが周りですからね。冗談を言わないと存在感が出せないのです。でも、やはり石部金吉です。石部金吉は、どこの国にもいるのですね。それが、よく判ります。

 Lさんの様子を、見るに見かねて、私も、手伝いに走りました。私とて、彼女と同じくらい不器用なのですが…。そこで、彼女の名誉のために一言。このLさんは、折り紙や絵画などは驚くほど精密に、しかもバランスよく、してのけることが出来ます。「芸術」関係は大丈夫なのです。ただ、作業は苦手らしい。したことがないようなのです。

 そこで、早速、私が、して見せます。彼女が大きく切っていた段ボールの上に、バンバンと足を載せ、グイとひねり折りたたむ。私の場合は雑で、あっちが長かったり、こっちが狭かったりとしていましたが。最初、それをじっと見ていたLさん。同じように足でグイと曲げ、折り込み始めました。ところが、コツを掴むのが早いのでしょう。彼女の場合は、きれいな正方形になっています。それを見て、私の方もやり直しです。

 そうして、「先生のは、変」。「変なモノか」などと言い合っていると、また自習室から、一人下りてきました。仔ネコみたいな子です。面白そうなことには、何にでも首を突っ込みたがるのです。「何をしていますか」と言うなり、批評家に転身です。「ここが悪い」。「あそこは切ってはいけません」。「こんな折り方するから、まとめられないんでしょう」。

 そういえば、お昼ご飯の前に、他の先生に頼まれて段ボールを折りたたみ、ヒモで結わえていたのはこの子でしたっけ。早速習ったばかりの蘊蓄を傾け始めたのです。あ~あ、そして、私は、またそれを聞かされる羽目に…。私だって、忙しいと逃げだそうとすると、「それでも、先生ですか。可愛い学生が話しているんですよ」「いやだ、しかも、絶対に可愛くない学生が話している」

 あんなこんなで、ドタバタしている間に、自習室からまた一人、下りてきました。「先生、アルバイトだから、帰ります。あれ?何をしているの」。運が悪いですね。早速捕まってしまいました。「さあ、こうです。あっちを持ってください」「私は、帰りたい…」

 この作業につきあっていた中国人の学生たちは、おそらくこういう事をこれまでやったことがないのでしょう。初めは、ヒモをもって立ち竦んでいましたから。けれども、覚えてください。日本では、こういうことも「学ぶ」と言うのです。「学ぼう」という人達は何でも出来なければなりません。若いうちから「小幹部」と大切にされると言うことはないのです。それに、「見込みがある」と見られたら、どんどんいろいろな仕事をさせられます。中国では、「そんなこと、○○にさせておけばいい」と言われることでも、日本ではそんなことはないのです。職業に「貴賤」もないのです。「出来るか出来ないか」しかないのです。何でも、経験しておかねばならぬのです。それが出来て初めて、他の人から尊敬されるし、認められるのです。

日々是好日
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タイ人学生「私は、読むのが上手。本当に上手」で、クラス中が大笑い。

2009-03-12 07:45:29 | 日本語の授業
 朝、外へ出ると同時に、入り口の「ツバキ」の木から、さっと「ヒヨドリ」が飛び立ちました。蜜を吸いにでも来ていたのでしょう。こういう姿を見ると、「ギャング」のような「ヒヨドリ」でも、可愛く感じられてしまいます。

 「そうか『ツバキ』が咲いたか、小鳥も蜜を吸いに来たのか、春は近づいているな」という、そんな気持ちになるのです。

 とは言いましても、今朝は寒い。冬に戻ったかのようです。もちろん、冬とは違い、空は「明るい青」なのですが、風が肌を刺すように冷たいのです。今朝も、8時頃には暖房を入れておかねば。始業、一時間くらい前に入れても、一階のクラスの学生には寒いようなのです。

 昨日、帰り際に、タイ人の学生が、
「先生、私は本を読むのが上手です」
と、なにやらわけの分からぬことを言い始めました。それを聞いていた、中国人の中学生さんが、
「Tさんにとっては、そうです。でも、他の人にとっては、普通です」
と言って、大笑い。

 何があったのかと聞くと、どうも『中級』の教科書を読むときに、「普通」に読めたらしい。それを、だれかに誇りたくて、或いは、褒めてもらいたくて、口から自画自賛の言葉がこぼれたらしいのです。

 職員室に戻って、『中級』の教科書を教えている若い先生に、そのいきさつを聞くと、笑いながら教えてくれました。(『中級』の教科書の文を)順番に読ませていたらしいのですが、いつもは、うまく読めないのに、その時だけは、他の学生のように、スラスラ読めたと言うのです。というわけで、本人が一番感動して、つまり、感極まって、思わず、
「ああ、上手」
と、つぶやいてしまったという次第。

 それは、それは。それは、みんな笑いますよね。案の定、教室は爆笑に包まれたのだそうです。ところが、本人だけは、どうして、みんなが笑うのかがわからない。「こんなに上手に読めたのに、どうしてみんな笑うの?」と怪訝そうな顔をしていたというのです。それを見て、またまた、みんなは大笑い。

 というわけで、「誰も褒めてくれない」という不満が蓄積していたのでしょう。それで、つい、帰り際に、ぽろりと…。つまり、「褒めてよ」の押し売りだったということわけです。ところが、運悪く、そばに同じクラスの、おチビさんがいた…、で、また、笑われてしまった…。思えば、不運な学生です。でも、私も褒めてやるどころか、大声で笑ってしまいました。

 この学生は、タイの大学に合格していたのですが、日本の大学へ行きたいと言って、去年の7月にやって来ました。

 初めは、日本のスピードについて行けなかったということもあるでしょう、家庭の悩みもあったと聞いています。なかなか成績が伸びずに、『初級Ⅱ』を、二度やる羽目に陥ってしまいました。しかし、二度目(『初級Ⅱ』)からは、家庭的にもうまく行き始めた時期と重なったのかもしれませんが、授業中、ぼんやりと外を見るということもなくなりました。

 もともと、授業中、よく発言する方ではなかったのですが、彼なりに理解しようと努め、漢字もそれなりに勉強している様子は窺えるようになりました。いつもはトロイくせに、試験には、俄然張り切り、いい点数を取るようになったことからも、そのことは判ります。。それに、去年の「日本語能力試験(3級)」に、合格できたわけですから、ある意味では、人間として、一皮剥けたのかもしれません。

 けれども、まだまだです。クラスメート達が、彼の「蛍光灯」ぶりを、認めてくれていますので、なんとか授業にもついて行けているにすぎません。本当に、「バチン」と強く叩かれても、10秒くらい経たないと、「いた~い」という、タラリとした声が出てこないような学生なんですから。

 そんな彼も、タイ人の学生が増えるのはうれしいらしく、4月の入学式を心待ちにしています。それを見て、
「でも、Tは、日本語が下手だから、通訳してもらえない。困った。困った」
と言ってやりますと、
「大丈夫。上手。上手。私は日本語が上手。大丈夫ですよ。出来ますよ」
と、ニコニコしながら、自分で自分に太鼓判を押してくれました。本当に大丈夫かな。私は、タイ語が分からないので、彼がちゃんと訳しているのかどうなのかを、確かめる術がないのです。それが分かっているので、余裕を持ってニコニコしているのでしょう。

 『中級』クラスでも、この学校で『初級』を経験していない学生に、いくつかの問題が出てきています。他の学生達と一緒に口を合わせることができないのです。それと凡ミスが目立ちます。特に、中国人学生に多いのですが、「ひらがな」の「書き順」や、「形」を間違えて覚えていたり、助詞が完全に抜けていたりするのです。一口に中国と言いましても、国が大きく、地域によって生じる、その(日本語のレベルの)差は、いかんともしがたいところがあります。

 それで、この学校では、そういう学生に、アルバイトを始める前の期間を利用して、二つのクラスを、(午前午後を利用して)受けさせています。やる気がある学生は、そうさせることによって、中国国内では学べなかった、或いは、間違えていた部分を、多少なりとも、改めさせたり、理解させていくことができるのです。

 ですから、(よく「その学校で学ぶ条件というのは、何ですか」という質問を受けるのですが)この学校で学ぶ条件というのは、「勉強するために、日本(ここ)へ来る」という、その一点に尽きます。

 「勉強したくない」、或いは、「勉強しない」という人がここへ来ても、苦労するだけです。勉強しない人にとっては、この学校は、決して「気持ちの良いところ」ではありませんから。

日々是好日
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「『中学校で、バスケットボールをした…』と聞いて、びっくり」。

2009-03-11 08:11:10 | 日本語の授業
 雲は多いけれど、不思議な静かさに満ちた、きれいな朝です。昨日、帰るときに夜空に「さやけき、雲間の月」を見ました。だから、思っていたのです、明日はきっといい朝になるだろうと。

 日本は、大陸に比べ、「雲」の位置も低いですし、「月」も人々に近いところにあるような気がします。「自然」を自分に近しいと見るのも、この理屈から言うと、当然の事なのかもしれません。

 と言いましても、昨日までは、冬の朝でした。お空も、氷雨が降って来るか、或いは、通勤途上で凍てつく月を見るかというあまりうれしくない二者択一の世界でした。

ツバキ


 今朝も、確かに、風は冷たい。けれども、路上の花は、「サザンカ」から「ツバキ」に変わりましたし、「ジンチョウゲ」も満開になろうとしています。小学校の桜も、梢に硬い蕾の存在が、意識できるまでに、なりました。

 テレビや新聞でも、各地の、桜の開花日や、桜前線の報道などに、しのぎを削っています。確かに、不況のニュースや自殺者の数などを読むよりは、ずんと、気持ちも安らぎます。

 最近、これらの報道では、「不況の現状」と言うよりも、「…だから、どうしなければいけないか」という対策の紹介が増えているような気がします。これも、氷河期に大学を卒業した学生達が、会社での教育を受けていないせいなのでしょう。会社から「教育」という考え方が失われてしまいますと、勢い、大学もその姿勢を改めざるを得ません。今までは、現場での教育というものを、会社に「丸投げ」していたわけですから。

 「日本式経営方法」というものの、「代表」は、やはり、会社が人を育てるという思想でしょう。例えば、大学では、音楽を専攻した。しかし、この会社に入ってからは、社命で、専門とは全く違う「食品」の部署に配属された。そこで、必死になって「食品」関係の勉強をした。そして、今ではその道のプロになっている、そういう人も少なくないのです。

 会社では、お金がかかっていますから、それで、結果を出してもらわなくてはなりません。のんびりとしたやりかたでは、許されないのです。ある期間で、結果が出なければ、この分野では、無能者扱いされて、他の部署に変えられてしまうかもしれません。それこそ、おまえの一時間分の勉強には、これだけ会社の金を使っているんだということを、身にしみて感じさせられることでしょう。

 その上、「まだ、これだけしか、できないのか」と、上からは、(叱咤激励の意味の)脅しをかけられ、周りからは、同情はされるでしょうが、出来なければ邪魔者扱いされてしまいます。その会社の人は、皆、そうやって育てられ、ある程度出来るようになった人ばかりなのですから。それが、「社風」というものでした。

 しかしながら、今はでは、そういう「日本式経営方法」をとる会社は、もう珍しくなってしまいました。グローバル化が進むと、それが許されなくなってしまったのです。それは、あくまで、定年までこの会社で働くと言うことを前提に作られたものでしたから。会社のお金を使って、人を育て、一人前にしてやっても、「出来る」人になった途端に、ライバル会社に高給で引き抜かれたら、それこそ「良い面の皮」です。そうする人も会社も増えたと言うことなのでしょう。育ててもらった「恩」よりも、楽な暮らしを取るということなのでしょう。どちらがいいのかはわかりませんが、「伝統」や、「技能・技術の継承」などということは、「日本式経営方法」を採用している会社でなければ、出来ないことなのかもしれません。

 というわけで、今では、それらを身につけるために、「専門学校」や「何々スクール」と呼ばれるところへ、行かなければならないようです。会社に、余裕も、そして底力も、腹も、なくなったということなのでしょう。人を育て上げるためには、会社にそれだけの余裕(あるときは人であったり、時間であったりするわけですが)も必要なのです。それから、そういうことが出来るだけの資質もなければなりませんし、トップに(たとえ、それが、近視眼的には損であっても、それをやるだけの)腹がなければなりません。これは、とても大変なことです。他の国で行われているように、人を「ヒト」と見ず、「モノ」と考えれば、できる人を引き抜く方が、楽で、しかも、経済的で、そうしない人が、「バカ」に見えるでしょうから。

 さて、学校です。学校の話です。

 初級の「Eクラス」でも、順調に授業が進んでいます。このクラスのガーナ人学生が思いの外に頑張って(初心者でしたから)いることも大きいのです。それに、「漢字」も随分覚えました。もっとも、覚えたと言いましても、忘れないようにする方がもっと難しい。日本語の「漢字」学習の難しいところは、この「忘れないでいること」なのです。

 「中国語」では、「漢字」を使わないことには、「文」になりませんので、嫌でも毎日書きます。が、日本語には「ひらがな」という便利な「一手」があります。「ひらがな」も日本語ですから、「漢字」をあきらめた「非漢字圏」の学生は「ひらがな」に逃げ込んでしまいます。それでも、書いたことになりますから。そうして、事を済まそうとしてしまうのです。

 このガーナ人学生が、これからあと、どのくらい頑張っていけるのかはわかりません。我々としても、(日本語学習の先が見えないことから)不安を覚えていない彼を、ある意味では、騙し騙し、勉強させていくしかないのです。まだ、「漢字」の勉強は、大好きと言っていますから。

 そんな彼に、春休みも学校へ来て、勉強と、冗談半分で脅しましたら、本当に怒り出してしまいました。
「先生、嫌い。日本語は難しいです。もう勉強、嫌い。春休みは、旅行します」
多分、本人も、騒いでいるうちに、何を言っているのか判らなくなってしまったのでしょう、最後には、笑い出していましたから。

 そして、昨日、早々に宿題を終えると、帰っていきました。「疲れた、疲れた、眠い」を連発しています。まだアルバイトもしていないのにと、不審に思い、聞いてみると、「昨晩、中学校でバスケットボールをした」というのです。夜、一人で、勝手に学校に入り込んだのかと驚いて聞き質しますと、どうも、夕方、学校で「クラブ活動」をしている中学生達に誘われたようなのです。

「先生はいましたか」
「はい、女の先生。子供達は、小さい。これくらい」
と、彼らの身長を手で示します。彼は、一㍍九十はないにしても、大きい方ですから、みんな小さいと見えたのでしょう。とても楽しかったようで、ニコニコしていました。彼を誘ってくださった先生には、本当に感謝しています。

 国際化が進んだと言いましても、肌の色が違うと、それだけで、「怖い人」と見なされ、なかなか一緒にスポーツをしてもらえません。このように、子供達と一緒にスポーツが出来るというのは、彼にとってもすばらしい体験でした。

 けれども、昨日、一言添えるのを忘れてしまいました。「日本では、学校には勝手に入ってはいけない」と。そして、「子供達とプレーするときには、先生の許可がいるのだ」ということです。

 彼らから見ると、それはおかしなことなのかもしれません。「一緒にプレーしたことがあるのに、どうして」と、悲しげな目で見つめるかもしれません。しかし、これは、言わねばならぬことなのです。日本では、子供達を取り巻く環境が、随分悪くなってしまいました。子供達に対する犯罪も少なくはありません。親御さんも、学校も、子供達に関することには、とても神経質になっています。

 その上、日本語がまだ初級レベルですから、とんだ行き違いから、誤解を受けるかもしれません。一緒に楽しく遊びたくても、そう勝手にやることはできないのです。

日々是好日

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「『日本語を学びたい』という、理由はそれぞれあれど…」。

2009-03-10 07:53:33 | 日本語の授業
 今朝も雨もよい。小糠雨とも言えぬような小さな雨滴が、身にまとわりついているだけ、そんな雨もよいの朝です。

 昨日は、人の出入りが多く、いろいろな人が出たり入ったりしていました。中には、在日の方で、お子さんの相談に見えたり(「子供を、国から呼んだのだが、日本語が出来なくて困っている」とか、「今年高校を卒業する子供を呼びたいのだが、どうしたらいいのか」とか、本当に様々です)、また、「一級試験(7月)」を目指して勉強したいという方が見えたり…。近くにお住まいの方が、こうやって相談にきてくださるのは本当にありがたいことです。

 その中のお一人は、早速、昨日から「Eクラス」に入り、まずは耳慣らしと言うところでしょうか。何年、日本に住んでいても、「系統だった勉強」をしていないと、「助詞」と「動詞」の関係があやふやだったり、「動詞」や「形容詞」の活用が、いい加減であったりしてしまいます。その結果、きちんとした日本語が話せていないというコンプレックスを持ってしまうようなのです。

 もちろん、ここは学校ですので、学費が必要です。そこで、学校へ相談に見える方は、ご自分の「経済」状態と、「日本語の習得の必要性」とを秤にかけ、どちらかを選ぶということになります。これは、日本人とて同じこと。何かを学ぼうとすれば、何事によらず、お金はかかるものです。そのために、この学校では、まず授業に参加してもらい、それから、ご自分で判断してもらうことにしています。

 ただ、日本人には、「知識の習得にはお金がかかる」ということは、わかるのですが(私たちが、他の言語を習ったり、技能を習うときにも、それ相応のお金がかかります)、それがなかなか判らない国の人もいるのです。つまり、「学ぶ」ということに、お金をかけるという習慣がないのです。資本主義国、或いは、先進国では考えられないことなのですが。

 また、「日本にいれば、だれでもすぐに、日本語が話せるようになる。日本語を、学校で学ぶ必要性などない」という日本人の夫を持つ人もいます。面白いですね。そういう人に限って、外国に住んでも、ずっとその国の言葉を話せないものなのですが。こういう外国から嫁いできた女性は、夫の経済状態云々というよりも、夫の理解が得られなくて困っているようなのです。

 もちろん、日本に5年、10年と住み、パートでの作業も適当にやっていれば、日常会話には、それほど困らなくなるでしょう。しかし、日常生活の中で、言語を習得していくというのは、一見出来そうでありながら、実際は、それほど簡単なものではないのです。かなり個人の資質や嫁ぎ先の協力云々(つまり、生活環境の差)が介在してきます。夫が一緒に日本語の教科書を読んで、日本語を教えてやるとか、嫁ぎ先の家族が教えてやるとか、或いは夫が妻の母国語を話せるとか、二人とも別の言語が話せるとかいう、二人の間の共通言語の存在も必要になるでしょう。

 日本人と結婚したという外国人の女性の場合には、随分と年の差がある場合も多く、夫に相談しても「日本にいれば、自然と覚える。だから、お金を出してまで、学ぶ必要はない」で、終わってしまっているようなのです。こういう場合、女性の方も、それほど学歴が高くない人が多いので、学ぶということに執着心がなく、「そうだ。自分も学校が好きじゃなかった」で納得してしまい、そのままになってしまうのでしょう。これが、ある程度の学歴をもっている人になりますと、学ぶことの必要性を知っていますから、それで、引き下がると言うことはないようなのですが。

 結局、夫の言うままに、適当に日本語を話しながら、日本で生活していた人でも、「いい加減」が通用しない情況に追い込まれると、さすがに焦り始めるようです。

 例えば、子供が学校へ入った。日本人の先生が、ひらがなで「通信」を書いてくれるけれども、一体何と書いてあるのかわからない。意味がよく判らないので、返事の出しようもないのです。また、子供が出来た。病院へ行ったけれども、医師がなんと言っているのか全く判らない。どう答えていいのか判らない。一人では行けないなどと言うこともあるようです。

 ただ、在日も5年以上の人になると、この、いわゆる「決心」も、それほど当てにはなりません。初めは「系統だった日本語を学ぶのだ」と、勢い込んでやって来ていても、「四分野」に、非常に偏りがあるものですから、なかなか続かないのです。「文法」に的を定めて、どの教科書を用いているときでも、「文法」を見ていけばいいのに、言語学習の経験がそれほどないものですから、絞りようが判らないのです。それに、人間の常として、楽な方へ流れてしまいますもの。それで、「知っていることばかり」と、「初心(正しく日本語を話したり、書いたりするようになりたい)」を忘れて、直ぐにやめてしまうのです。

 ただ、高学歴の人や言語教育をかなり受けている人は、違います。「待てる」のです。待つ間、自分が出来ないと思われる部分を、日々の学習の中から、拾っているのです。おそらくは、これも、資質によるのでしょう、学歴はあっても、鼻持ちならない人もいますから。

 昨日、初めて来た人の中に、「この学校の卒業生とアルバイトで知り合い、紹介された」という女性がいました。在日二年で、去年の「日本語能力試験(2級)」に独学で合格し、今度は7月の「日本語能力試験(1級)」を目指したいというのです。「二級試験」の結果を見ると、やはり「聴解」の点数が随分低い。それに比べ、「読解」はかなりの高得点。母語においても、かなりの読解力がある人なのでしょう。

 こういう人とは話しやすい。私たちが言うことを直ぐに判ってくれますから。はじめ、「一週間に二日ほど仕事の関係で来られない日がある。そういう場合、学費はどうなるか」と聞かれましたので、その場合でも、学費は同じであると伝えました。それと同時に、来たり来なかったり、勉強したりしなかったりは、言語を習得する場合、できれば、避けた方がいいと思われる。それよりも、来られる時に、たとえ、一ヶ月でも二ヶ月でも、集中して勉強した方がいいのではないかと言いました。彼女は少し考えていましたが、仕事を辞めてから、改めて連絡すると言うことでしたので、私たちは「待ち」の状態です。

 どういうやり方が、様々な状況下にある人達にとって一番いいことなのか。就学生ではありませんので、皆同じようにすると言うわけにはいきません。もちろん、一人一人の「心の持ちよう」、或いは「資質」と言ってしまえば、それまでなのですが、学校では、その「学び方の方向付け」をしたり、「それぞれに向いた学習方法」をいくつか提示することは出来ます。

 既に社会人として活躍しており、私たちにない能力や知識を備えている人達には、ある意味では、それで十分なのかもしれません。

日々是好日
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「『卒業式』の『準備』と『後片付け』から、見えてきたこと」。

2009-03-09 07:55:41 | 日本語の授業
 金曜日は、あんなにお天気が悪かったのに、翌日はうって変わって上天気になりました。治療に行く時に利用する電車は、ゆっくりと田園地帯を通り、車内から遠く日光の山々まで眺めることが出来ます。あの日は特にお天気がよかったと見えて、富士山までが、大きな姿を見せてくれました。

 はじめは、「あれ、あれ?!」だったのです。なぜなら、車内を見渡しても、みんな「知らん顔」。まるで、私一人、「富士山だ。富士山だ」と感動して、馬鹿みたいに見えたのです。けれども(あまりに皆が無表情なものですがら)、だんだん自分の目が疑わしくなってきました。

 あれは、本当に富士山なのかしらん。もしかしたら、他の山かもしれないぞ。でも、南の方向に見えているし、あの形は、どう見たって、富士山だ。その上、真っ白に雪化粧しているし、そばには並び立つほどの高い山はないし…。こう思いながらも、だんだん自信がなくなってきたのです。

 治療院に着いて直ぐに、「途中の電車からも、富士山が見えますよね」と念押しをしました。それなのに、「そういえば…誰かが見えるとか言ってたかなあ」ぐらいの反応なのです。「だいたい、本州の人間は、富士山をなめとる」というのが、私の感想です。「ホンにそうじゃ。なめとる。富士山だぞ。ちっとしか見えなくとも富士山じゃい。」治療を受けながら、心の中で、そうブツブツ呟いていました。ところが、次に来た患者が、「ねえ、ねえ、日光のお山がきれいに見えたねえ」と、富士山をそっちのけにして、日光のことを話題にするのです。

 その人が、下町育ちの、何代も続く、生粋の江戸っ子であっただけに、「富士山を云々するのは野暮なのかな。江戸っ子にとっては、家康の眠る日光のほうが大切なのかしらん」などと考えてしまいました。

 私などにとっては、帰省のたびに、空から見下ろす、ちっちゃな富士山の姿でさえも、「見えた!見えた!」という感動を伴うものなのですが。

 ところで、金曜日の報告です。「卒業式」は、「式次第」の通りに流れていきました。「卒業文集」も、「一月生」「十月生」「七月生」の順番にレベルが見て取れ(特に、来たばかりの「一月生」が、既習のわずかな文型と単語を用いながら、書こうとしていたことは、大きな驚きでした)、その上、卒業生たちもそれなりに書き(書かなかった人は顔を載せられてもいましたけれど)、無事に、皆に手渡すことが出来ました。

 パーティも終わり、無事に卒業生を追い出したところで、「片付け」です。

 この「片付け」と「準備」のことなのですが、これらの作業を通して見えてくる国や民族の姿というのがあります。

 机を運んだり、買い物を手伝ったりという作業を、しようとしない学生もいます。彼らには、国で、そういうことをやる習慣がないのでしょう。インドなどでは、「カースト制」まで原因を求めなくとも、男だからと言うことで、親がさせないのかもしれません。「男尊女卑」の国も少なくないことですし。「学費を払っているから、そこまでする必要はない。やりたかったら、おまえ達でやればいい。自分は用意されたものを食べるだけ」という態度なのかもしれません。

 けれども、一旦、日本へ来た以上、また、アルバイトをしたり、日本の会社で働きたいと願っている以上、こういうことはしなければならないし、また出来なければならないものなのです。

 「在校生」が準備をして、「卒業生」を送る。来年は、今の「在校生」が「卒業生」となって、次の「在校生」に送られる。この伝統を作り、守っていかねばなりません。そうしていくことが、ひいては、「日本の習慣」を伝えることにも繋がるのです。これも、立派な「授業の一つ」なのです。日本では、こういう時にどうするのか。或いは、どんなものを準備すればいいのか。

 日本語の下手な外国人に、だれも、教えてくれませんし、だれが一緒にしてくれるものですか。教えてくれるとしたら、日本語学校だけです。

 前に、ボランティアの人から、こんな話を聞いたことがあります。その人は、「他の国の人のために、何かしてあげようと思って始めたけれど、とんでもない国の人もいるのよ」と苦笑していましたけれども。

 ボランティアの人達で、日本の料理などを紹介し、外国人に食べてもらおうというパーティを催したことがあるそうなのです。それに参加した二人のインド人女性、全く何も手伝おうとせず、突っ立っているだけ。それどころか、いざ椅子を並べて、食事になったときに、悠然と真ん中に座り、偶然、そばにいた日本人男性に、「あれを取れ」とか、「これを持ってこい」とか、手の届く範囲にあるものにまで、取らせようとしたのだそうです。

 当然のことですけれど、みんな、彼女が、何も手伝わないのを見て、嫌な気分になっていました(英語で、一緒にするように、促したりもしてみたのだそうです。けれども、無視されたと言っていました)。最初は親切に取ってあげたりしていたその男性も、何回目かには怒り出したのだそうです。「自分がほしいものは、自分で取りなさい。手を伸ばせば届くものを、人に指図して、取ってもらおうなんてするものじゃない」。その男性は、元大学教授だったのだそうですから、よほど腹に据えかねたのでしょう。

 「困っている外国人を助けてあげよう」という気持ちは尊い。けれども、その趣旨が判らずに、「参加してやっているんだ。もっと良いものを持ってこい」というような外国人も、中にはいるのです。

 日本語学校では、こういうことのないように、「お手伝い」という作業を通じて、日本人の考え方、日本人とのつきあい方も指導しています。

 日本では、トップが働くのです。してもらったら、「ありがとう」と言うのです。自分より年上の人に、やらせるのは失礼なのです。みんなでやる時には、一緒に動いて、やるのです。やり方が判らなかったら、何をしたらいいのか聞くのです。「判らなかったから、やらなかった」は通用しないのです。判らなかったら、聞いてでもやるのです。

 それが出来ない人間は、日本人から、嫌われます。誰も相手にしません。日本人からだけではなく、そういうことが出来る外国人からも、嫌われます。結局、必要なときに、一緒に何かをしてくれる人を、捜せなくなるのです。それが嫌なら、早く自分の国に帰ればいい。そうして、自分の国で、小さな社会で、威張っていればいいのです。

 ただ、日本語学校に来ている学生達の多くは、日本にいたいと思っている人が大半ですから、(その人達を)日本社会に受け入れてもらえるように育てていくことも、私たち(日本語学校)の仕事の一部だと考えています。

日々是好日
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