日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

留学生が来始めるといいですね。だんだん学校が賑やかになってきました。こうでなくっちゃ。

2022-04-28 08:05:37 | 日本語学校
曇り。

昨日は、もう暑くて、暑くて…だったのに、今日は一転、ひんやりとした風が吹いています。街路に植えられた「サツキ並木」が美しい。十字路の、こちら側は濃いピンク、向かいは桜色、そして向こう側は真っ白と、色が違っているのが、ちょいと不思議。好みかな、それとも同じ色が足りなかったのかしらん。向こう側も、白一色と言いたいところだけれども、真ん中のちょいと端に、濃いピンクが覗いている。花粉が飛んでいったのかな。まあ、それも一興。白だから目立つだけかも。

さて、スリランカの学生、三日目ともなると落ち着いたものです。表情の硬さが取れています。一昨日は、小さい教室に、正規の二人と新入生の四人、そして見学者の二人まで来て、限界でした。コロナ対策をしているので、これ以上接近しては座れない…。ということで、昨日は、新入生三人は、隣の少しばかり大きめの教室で自習です。

何をやったらいいか学校に来た時に、指示。で、授業の前に、隣の教室を覗いてみると、さっと見せてくれた。…ノートを斜めにしていたのだけは、注意したけれども、あとは大丈夫。一生懸命に書いていた。ではと、隣の教室に行って、授業を始めます。

一昨日来た見学者二人も、「Bクラス」のウズベキスタン女性の友人。一人は以前ここで勉強していたということで、「Bクラス」に。もう一人は「ひらがな」から始めるということで、「新入生クラス」に。

で、昨日、「Bクラス」はこれまでの二人授業から、一人増えて、学生が三人になったので、ちょっと華やいだかな。

日本に数年いたとしても、きちんと日本語を勉強していなければ、雑な物言いになったり、母国での(言語上の)癖が出たりして、日本で日本人と交流していく上では不利。もとより、正規の会社勤めをする上でも不利かな。何となれば、言語というのはその国の文化の集大成であり、それによって、その国の人を知る上でも助けになるからです。

ここで学び続けて半年ほども経った人は、それなりに落ち着いていますが(つまり日本人から見て、それほどの違和感はない)、自分たちの(国人の)輪の中に一定期間でもいて、ドップリと浸かってしまうと、その気安さの中に安住してしまい、時折、これではまずいかなと思われることも少なからず出てくるのです。物言いなどにそれほどの違いがなければ、それでも何とかなっていくのでしょうが、そうではなかった場合、ちと厄介なことになる。

別にそれがいけないというわけではないのです。自分なりのやり方で通したければ通せばいい。ただ、(日本人の習慣を)知らなかったから、そうしていたというのは避けさせるべきで、そこのところが、日本語学校の仕事の一つとも言えるのでしょう。

まずは、相づちの「ふん、ふん」ですね。帰りに注意すると、ハッとした顔。すかさず、現「Bクラス」の一人が何か言っていた。彼らもこの半年ほどの間に、それこそ、いろいろな注意を受けてきた…。つまり、注意されることに慣れ、その事を現実の生活の中でプラスとして納得できてきた…多分。

彼女らは、留学生たちと違い、保育園のお出迎えや他の(日本人の)お母さんたちとのやりとりなど、ぬるま湯どころか、厳しい現実の生活の中へ、日本語を知らぬうちから、放り込まれてきたわけですから、それこそ大変だったでしょう。

普通は、(こちらに)慣れた頃から注意を始めるのですが、それができない理由がある。つまり先住者がいるのです。こちらが(自分を、まだまだと)抑えると、彼らの方(先住者の二人)も、下手をすると、それでもいいのかと思ってしまう。そちらの方が彼らのやり方なのですから。この方が始末に負えない。もうある程度判っている人たちがいる場合には、すぐに注意したほうがいいようような気がします。勿論、いつもそうだとは限りませんが。

日々是好日

「スリランカ」からの学生が、今、学校に来ています。先週やってきました。

2022-04-27 08:59:51 | 日本語学校
雨。

さっきまで降っていなかったのに、学校に着いたあたりから、ポツリ、ポツリと。そして今、音を立てて降り始ている…。こんなはずじゃなかったというのが偽らざる気分。洗濯物が…、やはりな「フグを食べて、天気予報、天気予報というと当たらない」と(いうのは、明治時代の話ですが)、ちょっとそういう気分にもなってくる。

スリランカからの学生が待機中という連絡が入ったのは、先週の金曜日のこと。で、一昨日の月曜日に、二人で、学校にやってきました。

「(みんなの日本語)12課」までやったと言い、「ひらがな」「カタカナ」は大丈夫と言うのですが…怪しい。で、書かせてみると、…やっぱりな。

「ひらがな」は、一名が順不同であり、もう一名は後半部分が書かれていない…。「カタカナ」も同じようなもの。一昨日は、「Bクラス」の授業をしながら、2名の「ひらがな」を指導。既に来ていた、もう1名の四月生(フィリピン人)には、この間、覚えるべきこと、見ておくべきことを指示。一週間ほども先に来ていたからか、来たばかりの学生に比べると慣れたもの。余裕を持って、やっていました。

この「Bクラス」には、インドから来ている在日の人もいます。スリランカ人学生に、ヒンディー語が判るかと聞くと、女子学生の方が判ると言うので、ヒンディー語や英語を混ぜながら、不明な点は通訳してもらいました(帰りに、「Aクラス」のスリランカ人の助けを借りて、必要事項を聞いておきました)。

スリランカの電力事情が、早期の連絡を許さなかったのかも知れません。

スリランカが、中国の「債務の罠」に嵌まってから久しい。観光業もコロナ禍のせいで停滞しているし、その上、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。戦争は2国間で「終わり」というわけにはいかず、当然のことながら、遠い国にも多方面にわたり影響が出てくる。

スリランカが、中国の「債務の罠」に嵌まったことで、いわゆる途上国と言われる国々が、「ん…。これはおかしいぞ。金を借りると国をとられるのかも」と思い始めた。その意味では他国を助けたことにもなるかも。ただ政治家のあまりの無能さ(無能というか欲深さ)には、皆あきれてしまいましたけれども。

借金はいずれ返さねばならぬのです。自分の金ではないのですから。「国のものは、私(政治家)のもの」という思い違い、「人様の金を預からせていただいている」という意識のない人が、国を牛耳っていると、こうなるのかもしれません。

勿論、人様のことを馬鹿にできるような国に住んでいるわけではありません。が、ただ、それを声高に言っても、捕まることのない、言論の自由が保障された国に住んでいるので、言えるのでしょうが。

家計でも、できるなら「借金」などは、しないほうがいい。借金しなければならないような生活はしないほうがいい(国民は借金が大嫌いなのに、日本国が借金まみれ。嫌ですねえ)。

普通、生活が厳しくなったら、必要なことを先に書き出しておき、省ける所を省いていく。当然のことながら、我慢の毎日が続く。けれども、それだけではだめで、「今は苦しいけれども…」と、先に明るい未来があり、それが見えるようにしておく。国であったら、それこそ、政治家の手腕と明るさが必要となる。そうでなければ、国(人)は道を見失い、負が負を呼び込んでしまう。

そして、破産。そうならないために、努力しなければ。国と個人とは違います。国には国民がいる。一人ではないのです。その多くの国民の中にはすぐれた人もいる。それを、必要に応じて、見つけ出せるのが、政治の「プロ」。できないで、ただ指を銜えて、落ちていくのを、「困った、困った」と見ているのは、とんでもない奴。給料をもらっているのですから、国民に。できなければ、できる人を探してくればいい。自分はこの面では不得手だからと言ったって、他にすぐれた面があれば、だれも文句なんて言わない。かつて、日本の起業家たちもそうしていたように。そういう優れた能力を持っている人は、いつの時代にも、どこの国にもいるのです。問題は「伯楽」でしょう。

自分で、すぐれているとか、何でもできるとか思うのは、いわゆる「増上慢」。人はこの「増上慢の罠」に嵌まらないようにしなければなりません。

だれにでも、人様より「『ちょっとばかり』できる」という面はあるもので、それで「御山の大将(その御山が猿山だったら、もっといけない)」になってしまったら、虎か鷹かが出てきた時に、喰われるということになる。その人一人が喰われるなら、まだ身から出た錆で(笑って)済ませられるのだろうけれども、その国みんなが餌食になってしまったら、それこそ、とんでもないこと。

子どものころ読んだ「星新一」の短編の中に、「自分の死と世界の滅亡が一つこと、セットになっている人が出てくる」ものがあった。怖かったですね。「自分が死んでも世界は続く」なんていう「理想」は、その国のトップの思想の中にはなかったのです。自分がいないのに、世界があるなんてこと自体、許せなかったのでしょう。グリム童話を読んだ時のような怖さでした。けれども、昨今の世界を見ていると、そういう人がいそうな気がしてきます。好きな人とは言わずとも、大切な人が(自分以外に)いるならば、そういうことはしないのでしょうけれども。

さて、「そういうわけで」というか、話は元に戻りますが、スリランカの学生は昨日、2日目になったからか、随分落ち着いてきました。「ひらがな」も「カタカナ」も思い出し、字形は変なものもありますが、きちんと書けるようになっています。昨日の課題は、数と「昨日」「今日」「明日」などのページです。あとで言わせると脅したものの、急に参観者がやってきて、〆がいい加減になってしまいました。

まあ、頑張りそうなので、ホッとしています、三人とも。

日々是好日


「心が和む」ようなものを見せたくなってしまいます。

2022-04-22 08:26:10 | 日本語学校

曇り。

昨夜の雨のせいか、新緑が一段と美しい。日が照っていれば輝いて見えるのでしょうけれども、うっすらと曇っていても、なお美しい。

雨の力は偉大ですね。お日様の力も偉大ですけれども。「アリ(蟻)」のようにうごめいている我々に糧と力を与えてくれるのですから。

人というのは、本当に「厄介な」生き物です。

77年前の戦争に負けた日本は、それからずっと大人しく、穏やかに暮らしてきた…一方、当時、「勝った」、または、「救われたのに勝った」と思い込んできた国々が、未だに「強いぞ」意識から抜けきらず、幾度となく、新たな戦争を仕掛けている。歴史に学べない故にか、そこから発展する姿が見えない。

調査をすれば、日本人で「自分は幸福である」と思っている人は少ない…らしいけれども、ある意味、「幸福」とは、外を知らなければ言える台詞。外の世界を知った上で、「幸福である」と言える人がどれほどいるのだろうか。

人は嫌でも「比べる」ことから、逃げられません。世界が小さければ、兄弟で比べ、ご近所と比べ、それが町レベル、市レベルへと広がり、そして、県レベル、国や民族レベル拡がる。こうなると、本当は比べられないのです、違う要素がありすぎて。けれども、「比べる」。比べて、勝手に理屈をつける。「妄念」や「情念」が作り上げた「理屈」であることもあるでしょう。「あの国が豊かなのは、何々があるからだ。だから、自分の物にすれば、自分たちも豊かになれる」、或いは「それで、歴史に名が残るかもしれない」などと。

結局は「悪名」が残るだけなのでしょうが。とはいえ、人の歴史とは、その繰り返しにすぎぬのでしょう。一般大衆は、小さな社会で失敗や成功を繰り返しているのですが、それはせいぜい身近な人が少々嫌な思いをして終わる程度のこと。或いは「傷ついた」という人がいるかもしれませんが、それとて、考え方次第で、「明るくなれる」くらいのこと。

「あれはもともと私達の物だった」。これは泥棒の屁理屈。1000年前とかの短いスパンで考えても、あっちに行ったり、こっちにいたりしているのですから。10万年前、100万年前だったら、そもそも「人らしき人」が、そこに存在していたかさえ疑わしい。

他の動物たち、植物たちからすれば、「新参者めが、何を偉そうに言っている」でしょうね。

戦争は嫌です。それでなくても原子力なんぞという化け物に侵されて、日本もウクライナも大変な状況にあるというのに。日本は、おまけに「火山」もあれば、「地震」、「津波」、「台風」、何でも来るぞの「お国柄」。本当に何でも来る。その災害の手当だけでも大変。住民同士が助け合わなければ、国の力、行政の力だって知れている。

戦争が好きな人は、変な人だと思いたいし、普通の人ではないと思いたい。けれども、「自分の方が強いぞ」とか、「人を従えたい」と思う「権力亡者」というのも、これもまた人の常なのかもしれません。言葉を換えて言えば、それが判っているからこそ、そうしなくてもいいように、そういう人間の業を鎮めるために「オリンピック」というものはあるのでしょうに。…けれど、もうその役割は終わっているようですね。

人というのは、何千年経っても、何万年経っても、おそらく同じようなことをしでかして、他者を不幸にしていくのでしょうね。だいたい「命令」されたり、「強制」されて何かをするなんて、だれでも嫌です。ただ、人には「想像する」という「力」があります。他者を思いやって、我慢するしかないと思うことで、外には自由ではないと思われるかもしれませんが、自分の欲求を抑えたりするのです。我利我利亡者では、人の社会は成り立ちません。

暗いニュースが続いていると、そろそろ学生たちに「ニュース」を見せたほうがいいとは思うものの、なかなかやる気が出てきません。反対に、美しいもの、楽しいもの、見て心が和むようなものを見せたくなってしまいます。「この世は捨てたものではないぞ」と、「世界には美しいもの、心が晴れ晴れするものがまだ五万とあるぞ」と、それを言いたくなってくるのです。人というものは愚かで、自分の欲望に負けてしまうものではありますが、同時にまたすばらしいものでもあると、それを言いたくなってくるのです。

日々是好日


5月6日から、新しい「初級クラス」が始まります。「あいうえお」からのクラスです。

2022-04-21 08:42:31 | 日本語学校

曇り。

「曇天」ではありますが、どこか明るい空の様子です。雲が薄いのでしょうか。

「ポピー」の花が風に揺れています。もう「ポピー」の頃になったのですね。

さて、学校では4月28日(金)から5月5日(木)までお休みです。新学期は、連休明けの5月6日(金)からです。「Aクラス」はそのままで、「B(N4)クラス」は、今までの「N4(のまとめ)」の他に、「中級(N3)」の「読解」と「聴解」が入ります。そして、「初級クラス」は、この日から「50音」やら、「ひらがな」「あいさつ」などを学びはじめることになります(今いる人は、なかなかこれが入らない。もう一度最初からというと、なぜか喜んだらしい)。

今、留学生は四月に来日したフィリピン人青年の他はいず、他(10人)は、いろいろな事情で在日している人たちです。「初級クラス」に在籍しているのは、イラクとコロンビアから来た二人。ご多分に漏れず、「ヒアリング」と「会話」はまあまあですし、やる気満々なのですが、「書く」のは大の苦手ときている。

どうも「話せればどうにかなる」と思っている節がある。このまま二人だけか、或いは似たような人しか来なければ、この点を改めるのは至難の業でしょう。人は、その人の「成功体験」でしか物事をやれませんから。二人とも、「その点における文化」は共通しているので、「書ける人」が来て、「差」を見せつけないことには、多分、ずっと判らない…でしょう。

と言いましても、今、四月生として来日できる予定の者は、先週から学校に来ているフィリピン人の青年と、24日に来日する予定のインド人2名だけ。ベトナム人の場合は飛行機のチケットがとれない…。

フィリピン人の青年は、「N4クラス」と「初級クラス」に毎日出ていて、授業を聞いているので、なんとなく「漢字が大変そう」なのは判る…(希望的推測ですが)。インド人2名は、(日本語が)どれくらいできているか、連休明けに来た時にしかわからない。はてさて、「ひらがな」「カタカナ」は書けて来るのかしらん。

大卒は「N5」合格の縛りがないので、不安と言えば不安なのですが。大国から来た人にありがちな「私の習慣が世界の習慣」的な人だと、本当のことを言えば、一番困るのはご本人。

「有能だ、特別だ」という自分観から離れられない(「自己肯定」は、それなりにすばらしいことなのですが、何事も度を超すとマイナスになってしまう)と、進歩はないのです。とはいえ、何事によらず、本人が望まぬ限り、できないのです。本人が必要ないと思い込んでいれば、学校という小さな社会ではどうにもならないことも少なくありません。実際は日本社会に出てはじめて、ガーンとなるのでしょうが。

「鳥なき里のコウモリ」でないことを祈るだけですが、時々、こんな小さな学校にも、そんな迷い鳥が迷い込んできたりするのです。留学生だと決められた期間はいますから、他の学生の邪魔になったりもする。

日本語に習熟するタイプは、だいたいが、「こつこつ型」と言ってもいいでしょう。一見地味で、見栄えがしないようであっても、「継続こそ力なり」で、はじめ「不器用なやっちゃ」と、彼らを小馬鹿にしていた連中を、いつの間にか追い抜いて、2年経たぬうちに「N2」に合格したりするのも、こういうタイプ。

まあ、どんな人であっても、学校に来てから対策を講じれば済むこと。その人たちにあったやり方を考えていくのも、おそらくは、学校なのでしょう。本人が望んでいることに、少々さじ加減で塩を入れたりして(先生の言ったとおりだったと言われるのも、あまり気持ちのいいものではありません。できれば、この学校にいるうちに、それを気付いてほしかった…こちらの力不足なのです、結局は)。

日々是好日

「Bクラス」では、やっと「N4」のまとめに入りました。

2022-04-20 08:53:57 | 日本語学校
曇り。

雨が降った後は、気持ちがいいですね。肌寒さを少々通り越しているような気はするけれども。

帰りに見かけていた「ヤマブキ」の花が、今にも散りそうです。花びらの端が白っぽくなっているので判ります。

こちらに来て、山に登りはじめるまでは、「ヤマブキ」の花は皆、八重だと思っていました。勿論、太田道灌の逸話、「ななへやへ はなはさけども 山ぶきの みのひとつだに なきぞあやしき」も影響しているのでしょうが、身近にあった「ヤマブキ」は、全て、七重か八重のもので、一重のものなどなかったのです。

一重の花を見た時には、別のものかと思ってしまいました。が、同行していた、植物に詳しい友人に花の名を尋ねたところ、「ヤマブキ」と言われ、びっくり。花びらの一枚一枚も大振りで、まさか、これが「ヤマブキ」だなんぞは思いもしないことでした。それ以後、注意してみていると、別の姿をしているものもあり、なかなか花の世界は複雑です。

「ほろほろと 山吹散るか 滝の音」   (芭蕉)

とはいえ、「ヤマブキ」と言えば、この「ほろほろと(散る)」です。「ツバキ」のようにポトンとは落ちていきません。

そして、晩春というか、暮春というか(今朝は寒いので、まだ夏という言葉は入れたくない)、この頃になりますと、あちこちの空き地が緑一色になってきます。

「一色に いろいろ艸の 青きかな 」 (加舎 白雄)

さて、学校です。

「Bクラス」では、『みんなの日本語(Ⅰ)(Ⅱ)』が終わり、まとめの「N4文法」に入りました。「文法」の復習と「漢字」の読みが一応終われば、次に『N4読解』に入るつもりです。連休明けには、これに『中級へ行こう』と『N3聴解』が加わります。

このクラスは、二人だけ(最初は一人)で、しかも、どちらも、他クラスに比べれば、休みが比較的多く(幼児を抱えているので、保育園が休園になれば、休まざるをえない)、2日か3日、どちらかが休めば、また復習やらを多めにとらねばならなかったし、一方が来られたかと思うと、他方が休むということもあり、まさに三歩進んで二歩さがる。いやいや、時には、二歩進んで、三歩さがるという状態で(一週間も休まれれば、復習に時間を割くどころではなく、2日ほどは復習だけになることもあり)、大丈夫かなあと心配させられたものでしたが、それでも、どうにか「初級」の教科書が終わり、また同時に「N4」の漢字も終わり、一応、ホッとしているところです。

後は本人次第というか、本人の努力次第。

例年、学校では、「初級」の間は、「ひらがな」と「カタカナ」、「漢字」を覚えるためにも、「単語」の写しや「B問題」などを書いて提出するというのを宿題としているのですが、この二人は、なかなか家で宿題をやる時間が取れぬということで、そのあたりがどうも不十分。日本語は、やはり手を動かさなければどうにもならないところがあるのです。

「漢字」だけは、(教えた後)練習できた時に、週一を目安にテスト(それ故に練習せねばならないのでしょう)をするということで、どうにかしていますが、本当は毎日書かねば、「テストだけはできた」で終わってしまい、元の木阿弥状態。すぐに忘れてしまいます。実際、効果はあまりないのです。で、それをいろいろな形で説明してきたのですが、耳と口を中心に受けてきた教育ゆえにか、なかなかそれが、目に見える形で、表れては来ない…。一回(宿題を)やってきた…効果有りかと喜ぶと、それはぬか喜びに過ぎず、また休めば…、休めば学校と離れてしまうのです、…で、そのことが消えてしまうのでしょう。

というわけで、戦略を変え、まずはテスト用のプリントを読む。意味を確認して読む。その繰り返しをしています。ただ、問題となるのは、毎日読んでいると、漢字を見なくても諳んじて言えてしまうことなのです。それで、1枚目が読めるようになってから、順を変えてやってみると、えっと驚く。そうすると、自分が諳んじていたことがわかる。なにせ、「字」を見ていても、それを読んでいなかったということに気がついていないのです。それをわからしめる必要があるということが、なんともはや。

そしてもう一つは、暗記用のプリントに、「N5」「N4」漢字を入れて作り、それを毎日、やったところまで読むということを繰り返しています。ルビを振るのも、端に振り、上に書いてはいけないというのを徹底していけば、直に読めるようになるでしょう。これは諳んじても結構。そうすれば意味が通るようになりますから。

本当に、学生の数だけ、クラスの数だけ、やり方を変えていかねばなりません。ちょっとちょっとずつですが。

日々是好日

「日本には星がない」、「日本には悪い人がいない」…そういうわけじゃないけれども。

2022-04-18 08:39:16 | 日本語学校
晴れ。

夕方から雨とのことですが、今はお日様が照っています。

街では、「ヤエザクラ」が満開になっています。連休を前にして、「ツツジ」も蕾を膨らませています。「タンポポ」はもう綿毛になっています。直に風に誘われて、旅立つのでしょう。

さて、先日のこと。

授業中、何を思ってか、一人の学生が、「日本には星がないのか」と訊きます。「あります」と答えると、皆、笑いましたね。彼は、「日本では、どうして星が見られないのか」と言いたかったのでしょう。多分、彼のふるさとよりも、夜間、光が多いから、見えないのでしょうとは答えましたが。

中国やベトナムの中心部では、夜、ビルの外壁を、色とりどりの光で飾って、派手にしているところが少なくありません。これ見よがしにされているのを見ると、時代に逆行している感は否めないず、思わず、ラスベガスのつもりかなどと言いたくなってしまうのですが。ああして、光で、如何にも、「文明」や「近代化」の都市だぞと吹聴したいのでしょう。しかしながら、ああだと、近くの人は夜眠れないでしょうね。うざったいこと、この上なし。

それに比べ、星が見えるところというのはいいですね。日本でも田舎の方に行くと「星が見える」ことを売りにしているところはあるのですが、そういう所に行って、蛍でも飛んでいるのを見たら、それこそ感動ものですね。

(彼は)アルバイトの帰りにでも、急に、星でも見たくなったのかな。

またある日のこと。別のクラスで、「タトー」の話になりました。在日の人たちは、留学生たちとは、立ち位置が異なるところから、(日本人や同国人と)交際する場所も違ってきます。否応もなく、日本人の中に放り込まれてしまうという時もあるのです。で、行ったところで、「不思議だな、変だな」と思うと、何かの折に、それを聞いてくれます。

タトーから、「暴力団」とか「やくざ」とかの話になりました。「入れ墨」と言いますと、どうしても温泉地や銭湯などでのことが話に出てきますから。すると、一人が「日本には悪い人がいないのだと思っていた」と言い出しました。

彼女の言うところの「悪い人」とは、「マフィア」のような人たちだけでなく、左翼や右翼、また熱狂的な宗教者なども含まれているのでしょう。以前、日本でも、オウム真理教など、事件を起こした宗教団体(?)もあったのですが、それを言うと話が長くなり、授業ができませんから端折っておきました。

ただ、いるにしても、今は、目立つというわけでもなく、ましてテロを起こすということもなく、一般人は、毎日、至極平穏に暮らしていけています。だから、不思議なのでしょうね。これは、やさしい警察の力だと思います。日本人は困った時にすぐに警察の人に頼ります。派出所に行けば、だれかが助けてくれるような気分が、ごく小さい時分から身についているのです。

で、「入れ墨」の話になります。昔、ウズベキスタンでも、人を殺したりした人には「入れ墨」を施したようで、それは日本と同じだという話になりました。で、「やくざ」の人には「入れ墨」をする人が多いと日本人は思っていると言うと、「では、今、どうしてタトーをするのか」と訊かれました。

若い人はファッションのつもりだとしても、「やくざ」の人の「入れ墨」は、多分彼らのファッションなのか、あるいは、こんな痛い思いをしても我慢できるよということの証明なのかはわからないと言いますと、変な顔をしています。多分、文化でしょうね。ただ、今でもタトーをしていると、お客さんが、怖がって逃げるからという理由で、「お断り」という温泉地や銭湯もあるから、ちょっと注意するようにとは言いましたが、二人ともタトーをするようなタイプには見えませんから大丈夫でしょう。

以前、可愛い中国人女性がタトーをしているのに、気がついてドキッとしたことがありました。「身体髪膚これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり」は、儒学に基づいた中国人の伝統的な考え方だと思っていましたから、南国の人たちが入れ墨をするのとは、ちと違った受け止め方をしてしまったのでしょう。

この学校が始まった頃には、年齢がかなり上の人たちが来ることも多かったのですが、中には目にアイラインの代わりでしょうか、入れ墨をしている人もいました。年が長けてくると皮膚に張りがなくなってきます。だからすぐにわかってしまうのです。南ではそうなんだと納得したものでしたが。

入れ墨一つにしても、悪い人がいない云々にしても、星が見えないにしても、気付くことが多いようです。

日々是好日


「数学」の「用語」(?)。「関数」とか、「通分」とか、…イメージがなければ、説明するのも一苦労。

2022-04-15 08:22:06 | 日本語学校
雨。

昨日は、もっと降るかと思っていたのに、ほとんど降らず、その分の雨量が今日、まとめてドサッと来るかも…なんて考えていたのですが、朝はそれほどのこともなく…いいような、当てが外れたような、ちょっと不安な気分になっています。

というわけで、今朝も早く出てきました。

気温は「季節が逆戻りした」と言われても、あの頃ほどの寒さを感じないところが不思議といえば不思議…なのですが、それも北国の人曰く「地熱があるからね」なのでしょう。季節が進むと、地熱も上がる。「大気中のものは上がったり下がったりすることがあるが、地熱は徐々に上がっていくものだからね」なのでしょうね。

さて、「数学」です…いえ、「算数」です。

一言で「数学」とか「算数」とか言いましても、国によって学ぶ分野が異なる…ということは知っていたのですが、「(その分野を)学びたい人は学ぶし、学びたくない人は、学ばない…」というのがよくわからない。いかなこと???

いわゆる「高級数学」めいたものなら、その意味もわかるのですが、「基礎編」は、「みんなが、やっておかなければ、後が困るでしょ」と、思うのですが。勿論、何を「基礎編」というかは、また違う。…でも、と思うのです。

それを習っていなければ、消費税が何%上がったとか下がったとか言われても、どれだけ上下したのかがわからない。これでは、生活する上で、かなり不利になる。で、訊くと、アルバイト先の店では「100円安くなる」とか「50円安くなる」とかで、関係ないと言います。で、計算の仕方がわかってはじめて、「ああ、こうなんだ」となる。…これも例の食塩水の問題の時に訊かれたのです。

また、関数のグラフを入れた時に、原点とは「YもXもゼロの点」なのですが、それも不可解なことと思っているらしい…何となく、こちらにはわかる。一次関数の式が書かれていて、「原点から右方向に1,上方向に2進めた時の点を座標軸上にとり、さらに、その点から右方向に1、上方向に2進めた時の点を座標軸上にとり、それと原点とを結んだ直線を書け」なんても問題も、その通りにした後で、「(グラフで)右に1進めるとか、上に2進めるとか、いつも最初にそう書いてあるの?」…これは導入だからぁ。「じゃあ、それをだれが決めるの?」…式に入れてぇ、自分でやる。「えっ。自分でどうやって決めるの?」…関数の式を見れば、わかる。「高校の試験は、これが出ますか?」…出たらうれしいけどね。

初めて見れば、多分、「こりゃ、なんじゃい」と思うのも当然といえば当然。こちらにしても「国語」は教えたことがあるけれども、「数学」なんざ教えたことはない。「導入」はどうしてたっけと、頭を捻りながら思い出そうとしても、何にも出てきません。

「やったことがある。見たことがある」というのは、それだけで強いと、本当に思います。高校とは言いません。小学校、中学校で数学が苦手だった日本人の子供も、一応、ちゃんと出席していたのなら、大人になってやり直せば、多分、「なんて簡単なことだったの」と思うはず。少なくともグラフは見たことがあるはずですし、関数の問題もやったことがあるはず。

それが、全然「ない」と、こういう座標軸一つにしても、戸惑ってしまう。高校のテストはこういう問題が出るのかと訊くので、「これは導入編、こんな簡単なものは出ない。だんだん難しい問題になるから、そっちの方が出る」と言うと、よくわからないと言った顔をする。はじめて勉強したからなのでしょうね。「よくわからん。難問だ」と思ったかもしれません。勿論、学び続け、しばらく経ってから、もう一度やってみれば、どうしてあれを難問だと思ったのだろうと首を傾げたくなることでしょう。

学校には、コロナ禍が始まってから、留学生が来られなくなり、その代わりにというとなんですが、近所の人たちが来て、在校生でクラスを作るようになっています。高校に行きたいと来る人も、昨年度は一人、今年度も一人います。そして一緒に数学を受けたいという人もいて、教育格差をいろいろな面で考えさせられています。

国と国の格差、勿論、日本の中での格差もありますが、ここは主に外国人が(国籍は日本でも、様々な理由で他国で育ってきた人もいます)学んでいるところなので、母語が日本語でないゆえに生じた格差を見聞きすることも多く、また実際に自分が「地理」やら「数学」やらを教えてみると、わかることも少なくないのです。資質も悪くないのに、置いてかれている子や。やる気は十分なのに、途中で諦めざるをえなかったという子供たちもいます。勿論、私達にできることはわずかなことなのですが、本当に大変。

けれども、中卒では、なかなかいい仕事につけません。せめて高校は出ていないと、選択肢が限られてくるのです。こちらも大変ですが、彼らも本当に大変です。でも、頑張るしかないですね、お互いに。

日々是好日


今年の卒業生、学校の前を通って、図書館へ行くと言う。出会うこともよくありそう。

2022-04-14 08:49:18 | 日本語学校

小雨、一時曇り。

今日は一日中(午後、一時は止むらしい)雨だと聞いていたので、朝、恐る恐るカーテンを開けて(降っていないのを見て)、ホッ。同時に急がなければ、ということで、6時過ぎに家を出たのですが、自転車置き場に降りる途、傘を差している人を見つけて、ムムム…。

確かに、雨がパラパラというか、いえいえ、これでは音が大きすぎる。音もなく、いわゆる小糠雨程度のモノが、少々間を置いて降ってはいた。これは、降り始め…の兆候か。、これは、ますます急がなければ…。とはいえ、お弁当を…で、あたふたとスーパーに行き、大急ぎで学校にやってきた…雨は大丈夫でした。

昨日は6月下旬並みの気温で、そして今日は三月中旬並みの13度。朝から下がることはあれ、上がることはないらしい。

学生たちはびっくりするでしょうね。いや、驚かないか。もっと変化に富んだ国もあるでしょうから。

さて、学校です。というか、今年の卒業生、二人です。

昨日、階段を降りて、「さあ、自転車に」というところで、「せんせ~い」と呼ぶ声がする。見ると、今年の卒業生の二人です。一人は、ネクタイにズボンの高校生の制服を着ている。実は、入学前、制服を頼みに行った時に、足が長すぎて、合うズボンがなかった。で、特注になり、それが間に合うかどうか心配だった。新聞には入学式に間に合わなかったということが記事になっていましたし。でも、着ている姿を見て、「うん、うん、本人がこっちの方がいい」と言うだけあって、似合っている。

「どこへ行くの」と訊くと、「図書館に行く」と言う。「学校にも(図書館は)あるでしょ。ここの図書館は小さいから、高校の方が大きいでしょ」と言うと、「英語の本を借りるのだ」と言う。「日本語の本は難しすぎて、読めない。だから、英語の本だ」と言う。そして、「数学は簡単。漢字も『N3』レベルだから、わかる。でも、もうちょっと真剣に(ここにいる間に)勉強しておけばよかった…」「そう。まあね。皆、そう。卒業しなければ、わからないもんだ」。

で、「友だちがたくさんできた」と言う。「三年生も、二年生も、一年生もいる」と言う。「じゃあ、クラブは?」と訊くと、「クラブには入れない。」「どうして?」「検査で体重が少なすぎて、許可が下りなかった」。

…アフリカには、体が華奢にできている民族も少なくない。それでも、向こうでは、皆、普通に暮らしているのだけれどもなあ。まあ、検査でそう言われたのなら仕方がないか。

(高校生になった子が)友だちがたくさんいると言っているのを聞いて、もう一人が(大学生になりました)、「私は友だちが一人もいない。全然できない」と言う。「作りたいけど、だめ。だれも話しかけてくれない」すると、高校生が、「自分から話しかけなきゃだめだ」と、至極まっとうなことを言う。「でも、みんな、いろいろな高校から何人も一緒に(この大学に)来ていて、それが小さなグループを作っていて、入れてくれないのだ」と言う。

そうか、高校推薦で、一緒に来た人たちが固まっているのだな。それが垣根となって、入れないのだな。…とはいえ、毎日学校へ行っているそうですから、最初は固まっていても、クラブ活動やら授業やらで、だんだんばらけてくるでしょう。だから、あまり心配しなくてもいい。

それから、「日本語が難しい。本当にわからない」と言う。「何がわからないのか」と訊くと、「アンケート」という意外な答え。「アンケート?」「漢字はわかる。文章も難しくない。でも、どう答えたらいいのかがわからない」「じゃあ、訊いた?」「訊いてもよくわからない」「アラビア語の先生がいるって言ってたでしょ。その先生に訊いた?」と訊くと、「あの先生は、本当の(正統な?)アラビア語を話す。だから私にはあまりよくわからない」

そういえば、彼女のご母堂(以前、一緒に授業を受けていました)の、アラビア語による説明も、「はあ、わからない」と言っていましたっけ。その時、一口にアラビア語と言っても、高校までしか行っていない子の話すものと大卒の人が話すものとは違うのだなと感じ入ったことがあったっけ。とはいえ、所詮母子。意思の疎通はできる。ところが、相手は日本人。そりゃあ困るだろうなあ。

とはいえ、二人は明るく図書館に向かって走って行きました(自転車)。多分、大丈夫でしょう。友だちを作るのが苦手だと言っていた高校生も、すぐに友だちができたようだし、大学生になった子も、最初この学校に来たばかりの頃は、ひとりぼっちだったけれども、ある行事をきっかけにベトナム人と話すようになり、それからは友だちたくさんで、学校に来るのが楽しいと言ってましたもの。

日々是好日

「食べ物の話」になると、話は尽きません。皆(二人ですが)、大盛り上がり。

2022-04-13 08:27:22 | 日本語学校

晴れ。

早朝は肌寒いけれども、自転車での出勤となると…話は別ですね。漕いでいると少々汗ばんでくる。明日からはまた季節が戻るそうですが。

さて、学校です。

今、週三の学生に、授業が終わってから一時間ほど補講をいているのですが、最近、居残って勉強をしている学生が一人、だんだんにじり寄ってきて、今では彼と机を並べるようにして補講を受けています。本人曰く「空気が読めない」そうで、その通り、いつの間にかどちらが主役かわからなくなることもある。彼女も、時々大学院の実験やら、集まりやらで来られなかったこともあるので、その分を埋めるつもりなのでしょう。「N2」の文法なのですが、(彼に)読ませた後、「単語」の確認やら、「文」の意味が取れているかどうかなどを確認していると、いつの間にか「はい、先生。質問があります」と自分の方に振ろうとする。

「○○という単語と、△△、□□の意味は、どう違いますか」から始まり、話は向こうペースになっていく。おとなしいパキスタン男子は、いつの間にか脇に追いやられてしまいそうに。で、適当に彼の方に戻して、補講を進めていくのですが、これが彼にも憑依したと見え、ある文の中に食事のことがあると、突然、「日本人は朝食に何を食べますか」と来た。

「パンのこともあるし、ご飯のこともある。ご飯の時は味噌汁とか、漬け物、海苔、卵云々。パンの時はコーヒーとか紅茶とか、目玉焼きとかサラダとか…。まあ、人それぞれですね」

「パキスタンでは、云々云々。でも、朝はご飯は食べません」

それから、ナンの話になった。すると急に、ベトナム女子。「ナンはおいしいです。大好き!キャッキャッ」。

「ベトナムでも、ナンは食べるのですか」と訊くと、日本に来てから初めて食べたと言う。すると、パキスタン男子、ナンという名ではないけれども、いわゆるそれに類するモノの蘊蓄を傾け始めた。私も負けずと、以前、ウイグル地区で食べた、玉ねぎ入りのナン(当時私達はそれをナンだと思っていた)のことを話すと、彼は小首を傾げて、それはナンじゃないという。どうも地域によって違っているようです。

で、また別の話になった。薄いナン(名前はナンとは言わなかったけれども…彼もいつの間にか私に会わせて、厚いナンとか薄いナンとか言い始めたので、これまた混乱してしまう)の上にいろいろなモノを載せて、その上にまたナンをかぶせ、周りをしっかりとくっつけて、それから焼くと、これがまたおいしい…などと言う。すると、食べ物大好き人間のベトナム女子、「オー、オー。おいしそう」今にもよだれが出てきそうに興奮している。

彼はいろいろな国の料理に関心があるそうで、日本料理も、イスラム風に変えて作っているという。思わず、肉はどうするのかと聞いてしまった。実は、以前、中近東の友人が「○○ができる人がいないから、動物は捌けない」と言っていたのを思い出したのです。すると、店には、トルコからきちんとお祈りをした肉が届くので問題ないという。そして調味料にしても何にしても、イスラム教の教えにのっとったものがあるから、日本料理と同じ味を楽しめるのだと言う。思わず「へ~え」です。「魚は問題ないので、そのまま食べられる。おいしい」とも言う。

そして、今はケーキ作りに凝っているそうで、これまでに作った様々なケーキの写真を見せてくれた。まあ、凝っていること、凝っていること。スマホがあるとこんなこともできるのですね。そのデコレーションが面白い。上に載せるお菓子なんかも日本で売っているチョコレート菓子などを利用しているし、横につけてある飾りにしても、いろいろなモノが利用されてある。「なるほどね、美術系だもんね」と感心していると、ベトナム女子。今度、私に作ってくれなどと、どさくさに紛れて要求している(これは要求としか聞こえなかった。お願いの感じじゃなかったですね)

これも、「これは友人の奥さんがチョコレートが好きだから、誕生日に作ってあげた。これは、○○の時に云々」などと、ケーキに関する説明をしっかりと聞いていたからなのでしょう。全く、こういうことには抜け目がないんだから。

帰りに、「私は、いろいろな料理を作るのが好きだけれども、私が作った後、台所が汚くなるから、お母さんが怒ります」と言っていた。まあ、二兎は追わないほうがいい。追って、できることなんて、そうそうあるものじゃないからと慰めたくなったけれども、まあ、その時は笑っておいた。

最初は、信仰心でコチコチ、ガチガチに見えた彼も(信仰心は、相変わらず、堅固なようだけれども)、いろいろな国の人たちとの交流を通して、少々軟らかくなってきたような感じがします。なにげに日本での生活を楽しんでいるのですね。

日々是好日

「どこへ行きたい?何を見たい?」…「川」、「山」、「海」、そして「田舎」。

2022-04-12 08:41:46 | 日本語学校
晴れ。

「サクラ」の花が散ってしまえば、季節は「花」から「新緑」ですね。でも、なぜでしょうね、連休の頃から「新緑」の季節が始まる…などと思い込んでいましたもの。記憶では、連休が始まる頃には、「ヤマフジ(山藤)」の花房が長く垂れ、遠くからでも紫の川が流れているように見えた…。

このあたりでも、山へ行けば、「ヤマフジ」が房を長く垂らし、蕾も膨らんでいるかもしれません。公園や神社の棚に絡まっている「フジ」もきれいだけれども、野趣あふれる、山の大きな「フジ」の花房は、なお捨てがたいもの。

さて、学校です。

また、「どこへ行きたい?」「何を見たい?」という問いです。こう何度も訊かれると敵も「また来るな」と気付いたものと見え、心の準備をしていたようです。「川」とか、「山」、「海」、また「田舎の生活」などと、今回は割とスルスルと出てきました。

「山?」と訊くと「『トトロ』で見たような 」という答え。どうもああいう大きな木に覆われた森に行ってみたい、見てみたいと言うことのようです。「海」というのも、「きれいな海」で、南国の青い海に、熱帯魚が泳いでいるようなイメージなのかもしれません。

「川」というのも「峡谷」で、日本人が「仁淀川」とかをイメージするのとは、ちょっと違うようです。

「田舎」というのが、なかなか面白く、「どうして田舎?ここと大して変わらないよ」と言っても、首を傾げています。彼らの国では、中国同様「田舎と都会」のギャップがものすごく、日本人が「田舎に憧れる」というのは知っていても(話によく出てきますから)、心情的には理解できないのでしょう。だから、「見てみたい、本当かどうか(確かめたい)」というところなのでしょうか。

「N2」レベルの文章を読むようになりますと、「(その内容の)イメージがあるかどうか」というのが大切になってきます。「N3」までは、「文法…、知っている」「漢字…、読める」「単語…、知っている」で、どうにかなっていたのですが、それがどうにもならなくなってきます。答えは、まあ合っていても、どうしてこの答えを選んだかと訊くと、答えられないのです。

その上、ある物事を説明してあるだけの文章でも、(それがわかりにくいであろうと)例えを出してあるものほど、わからなくなってくる。その例えの理解に苦しんだりするので、それが「例えであって、例えでしかない」ということがわからなくなってくるのです。だから、(彼らが)「わかった」と言っても、(彼らの)「わかった」は、「文法がわかった。単語の意味がわかった」で終わりであって、筆者のいわんとするところではなかったりする。

また、日本人の興味のあることも、彼らには全く興味がないことであったりする。となると、どうしてそんなつまらないことに言葉を費やすのかが(彼らには)わからない。こちらが説明すればするほど、「ああ、面倒な」ということになったりする。

彼らのことが少しずつでも、知れてくれば来るほど、泥沼に足を取られているような感じになる。本当に互いに、厄介なこと。こちらが思っている以上に、相手も「厄介だ」と思っているでしょうね。

日々是好日

「ウクライナってどこにあるの?」「はい、ここです」「小さい国」「はい、では自分の国と比べてみましょう」「んんん、大きい」「はい、大きい国です」

2022-04-11 08:40:32 | 日本語学校

晴れ。

3月はあっという間に「去って」しまいました。「サクラ」は散り始めると早いですね。もう若葉の季節です。

「三日見ぬ間の桜かな」…前の方は忘れてしまいましたが…。

先週、「ウクライナ」のことを知っているかと訊くと(なにせ、「留学生試験・総合」を受ける学生が、今、いないのです。それで、なおざりにしていると言うわけでもありませんが)、皆「知っている」と答えた。とはいえ、「そうか」と安心するのはちと早かった、続けて「どこにある国か」と真顔で尋ねられた。

で、例の如く、数年前の(当時は、「総合」を受ける学生が数人いて、「ニュースも週一であったし、世界史のことも折に触れ話していた)タペストリーを開かせ、世界地図で、ウクライナの位置を確認。

すると、「小さい国」という声が上がる。「では、君の国は」。「えっ」で、探して、「(ウクライナは)小さくない…」「ですね。ウクライナは大国です」。

まず、位置関係がわからないと、(ロシアによる)侵攻とか(ロシアによる)侵略とかいった言葉の意味がわからない。

日本も、そうなのですが、歴史を繙けば、それがそのまま戦争の歴史であることがよくわかります。その合間合間に平和の時期があって、でもその「平和」はだいたい長続きしない。平和に耐えきれないかのように、いろいろな屁理屈をつけて、また戦争が始まる。大国は「縄張り」意識が強く、少しでもそれが侵されたと思うと、声高に罵りながら、怒り狂う。怒り狂うだけならまだしも、そのまま、相手の息の根を止めようとする。

どちらが「とんでもない奴」であるかは、これまでの歴史が証明してきているというのに、正面から歴史を学ばないから、それがわからない。たかだか人の一生の「経験」あるいは「成功体験」から、これは「いける」なんぞと踏んで、やってしまう。人間というのは本当に学ぶことを知らない愚かな生き物です。こうやって、一人一人がため息をつけば済むものを、戦争なんぞという人様の命を犠牲にすることすら憚らない人が出てくる。

これは何なんでしょうね。権力の座に長いこといると、人がみな自分のことを畏れ入って見ているとか、神様にでもなったような気分になるのかしらん。

神ではない人は、間違いを犯すもの。今、このとき、「行け行けどんどん」で、やれると踏んでしたことを、10年先、50年先、100年先の人はどう見るでしょうね。頭のいい人でさえ、そういうことをする。たかだか一人のプライドに過ぎぬことに、大勢を巻き込んで、死なせてしまおうとする。

国なんて、あってもなくてもいいようなもの。存在する意味があるとすれば、そこに住んでいる人に便宜を与えるためとか、少しでも幸せになってもらうためのもの。宗教なんかと同じです。

国同士の敷居は低ければ低いほどいいのでしょうね。ただ、みんながみんな同じというわけではありませんから、水と反対に、低い方から高い方へと流れていく。その時に民族とか宗教とか国とかの尾っぽがついてくるから、面倒になる。

けれども、これは一人一人の問題であって、話し合えば、大方は解決できる…、多分。勿論、この人は嫌いとか、好きとか言う感情が絡まってくると厄介になるのでしょうが、これは個人と個人の問題か、或いはグループ同士の問題でしかない。話し合って譲れるところは譲ればいいし、ここだけは譲れないと言うのであれば、古くからそこに住んでいる人に譲るしかない。譲れないのなら、他へ行けば済むこと。地球は広いのだから。

だれだって、自分が生まれたところ、育ったところが一番いいのです。その土地が豊かであり、そこそこ暮らしていけるのであれば、だれだって、そこに住みたいし、戻りたい。

本当に国というのは、面倒くさい。利権集団みたいな存在になり果てているように思えてしまう、戦争なんぞを起こしてしまう国は。

…けれども、思えば、日本だって、危機と隣り合わせ。他国による侵入だけじゃない、地震、台風、火山の噴火…。人間が面倒を引き起こさなくとも、自然がいろいろな試練を私達に与えようとする。人間は愚かですね。何にもしなくとも、いつ滅びるかしれないというのに。

人が、今、できることといったら、一日一日を真面目に生きていくことくらいでしょうに。

日々是好日

「モノ」と、「言葉」が一致すると、うれしいものですね。

2022-04-07 09:00:56 | 日本語学校

晴れ。

あれほど咲き誇っていた「サクラ(桜)」がいつの間にか、かなりの花を散らし、疎らな姿になっています。まだ葉が出ていない「サクラ」は、ちと貧相に見え、見ていると、なにげに可哀想な気分になる。それに引き替え、山桜系(おそらくは)は、梢の方はまだワンサカ花をつけており、しかも幹を下るにつれ、花数は減っても、その代わりに葉の数が増していますから、賑やかさに変わりがありません。得だな…。

さて、学校です。

「初級」の「Cクラス」には、現在二人の学生がいるのですが、一度か二度、「おはよう」という声を聞いたくらいで、これまで、ほとんど接点がなかった。つまり、話したことがなかったのです。実は、こちらも授業があって、すれ違いになることが多く、帰る時の窓越しの様子か、来た時に黙って階段を登っていく後ろ姿くらいしか見ていなかった…。年齢も他のクラスの学生たちに比べれば、二人とも、長けており、イラク人の男性は強面に見え、コロンビア人の男性はしきりに友好的である事をアピールしているように見え…たような印象があるだけでした。

ところが、昨日、「Bクラス」の二人が休みとのことで、私は職員室に残っていたのですが。すると、やってきましたね、強面で、ニコッともしないような男性が。また、そのまま上の階に上がっていこうとするので、「カード、カード」と呼びかけると、失敗、失敗というふうに、ニコッとしながら入ってきましたね(おっ、笑ってら)。

入ってきて、「Aクラス」や「Bクラス」のカードが置いてある引き出し(いつも外に出しているのです)を探っているので(「Cクラス」は、11時からですから、上のテーブルの上に置いてあるのです)、「上、上」と言うと、最初は、はあっと言う顔をしていたのですが、「テーブルの上」で、ハタと気がついたらしく、うれしそうな顔で、幾度も「うえ」「うえ」「うえ」と繰り返し、次に、手で上を指し、「うえ」、下を指し、「した」。そし勝ち誇ったような表情で、こっちを見て、うなずきながら、上がっていきました。

モノと言葉とが一致するのは、だれであってもうれしいものです。いつもの教師の言葉であったら、聞き慣れているので、勘がつくので、わかってもそれほどうれしくはないでしょうが、赤の他人が言った言葉がわかったのですからね。それは「勝利」です。

そして、「Aクラス」です。

何かの折に、「(ずっと日本にいるとして)どこか行きたい国はあるか」めいたことを訊いたことがあったのです。一人を除けば、結婚や家族に連れられて来日したという人たちですから、「テレビは見ているだろう。日本のテレビは、いろいろな番組で、いろいろな国の紹介やらクイズやらをしているので、きっとどこか、印象に残っている国はあるだろう」と思って訊いたのですが。

これを留学生に訊くと、だいたいが「自分の国」と答えるのです。それは「帰る」であって、「行く」とは言わないと言うと、せいぜいが「ニュージーランド」や「ハワイ」が出るくらいで、それと違う国の名が出ると言うことは、まずありません。ところが、この現「Aクラス」は、皆が「……」となってしまって、思わず、こちらが「どうしよう…」

すると、沈黙を破って、一人が「世界旅行」。隣の学生が「そう、そう」と同調する。「世界旅行と言っても、ここは絶対に外せないという国があるでしょ。どこ?」たたみ込むと、また「……」

知らんのやな…。

皆、スマホは持っている。しかしながら、こういう情報機器は調べようと思って調べるには適しているけれども、知らないことは見ようがないのです。

すると、また別の一人が「日本」。(えっ、今いるでしょうが…)。で、日本のどこ?と訊くと、また「……」。

京都、広島、奈良、北海道、沖縄などは、聞いたことがあるでしょうが。知っているはずです。けれども、こういう質問にはぱっと出てこない。イメージがないと見えます。こんな所でも「百分は一見に如かず」が生きてきますね。

日々是好日

「いらっしゃいます」が、「行ってらっしゃい」になったりする。

2022-04-06 08:48:25 | 日本語学校

曇り。

どっしりとした白い雲に、空全体が覆われています。けれども、今日は、上着無しで出て来られました。風がないのがよかったですね。その上、昼はかなり暑くなるそうで、昼に、外に出てしまうと、汗びっしょりになってしまうかもしれません。

さて、学校です。

昨日、「Aクラス」では、六人のうち、二人お休みで、教室がスカンスカンしていました。もともと、この3月で、三人、卒業し、寂しくなっていたところに、二人お休みということで、その寂しさが二乗になったかのようです。だいたい、一つずつ席を空けて座っていた…、何だか隙間風がいっそう強くなったような気がする。

その点、「Bクラス」「Cクラス」は、もともと、一人で始めていましたから、二人になると、途端に「明るくなったね。」「賑やかになったね」と言えるのがいい。一人の時は、見つからなかった問題点も、二人になると目が二倍になるからでしょう、増えてきた。それに、質問を受けて答えていると、「ああそうだったのか」と、もう一人も「気がつかなかった」と納得したりするのです。「こうしてほしい」というのも増えましたね。

「Bクラス」では、昨日「尊敬語」に入ったのですが、練習中、「いらっしゃいます」がどうしても「行ってらっしゃい」になる人がいて、訊くと「先生がいつも言っていたから…」。

そういえば、その人は、一人で勉強していた時、ちょっと家に帰って、また学校に来て勉強(自習)をするということがあったのですが、その時、「行ってらっしゃい」と、(職員室にいる誰かが)送りだし、戻っていると「お帰りなさい」と迎えていた。

「行ってきます」「行ってらっしゃい」、「ただいま」「お帰りなさい」など言う習慣がない国も少なくなく、それが印象に残っていたのでしょう。もちろん、「敬語」の練習で、「行ってらっしゃい」と間違える度に、もう一人は大笑いしていたのですが。もとより、一番笑っているのは、言ってしまった本人です。

「Aクラス」で、「N2文法」のことで、「こんなの、日本人はだれも使わない」とか、「聞いたことがない」というのが始まっています。そのたびに、「10年後の立ち位置」について問うというのを、例年、繰り返しているのですが、今回はもっと大きく、「『N1』に合格できたら、日本人と同じレベル(日本語)になるのか」というのが出てきました。

これも、いつもと言うわけではないのですが、時々は出てくることがあるのです。さすがに、母国で大学を出た人はそう言ったりはしないのですが。

「『N3』に合格した。『読解』で、いい点を取った」、あるいは「『N2』に合格した」などということが、どうも、そういう気分にさせてしまうようなのです。

今、やっている「『N2』読解」も、大して理解できていないのに…、普通に考えたら、「なぜそういうことが言えるのかわからない」といったところなのですが。本などを大して読んだ経験がない故に、そういう気分になるのかもしれません。

「N3」を教えていた時も、問題集などの「答え」だけは合っている。けれども、質問していくと、とんでもないことを言ったりする。文章の言わんとするところ、或いは文脈などがそれほどわかってはいないのです。わかっていなくても、答えが合っていれば、本人はできたと思い込んでしまう。だいたいが選択ですからね、それはそれでしょうがない。ただ、それが妙な自信に繋がって、本来考えておかなければならぬことが、スルリと抜け落ちてしまう。

「読解」では、「単語」「文法の説明」「述語と主語」「修飾・被修飾」「接続詞で文脈を捉える」などを押さえていっても、わからない部分が出てくる。それが「比喩」や「暗喩」であったり、「言い換え」であったりする。

「言い換え」の時には、言い換えられている方と元のものとの、どちらが主要であるかが、わからなくなってくる。これも2,3行前の部分が、読んでいるうちに、頭から消えていくからなのです。最初のころはよく図を書いていました。いわゆる文章(短文)の関係図というやつ。短文の「タイトル」から内容を推し量ったり、あるいはキーワードから流れを見つけていったりを、促していっても、やはり、これは習慣なのでしょう、難しい。

「漢字圏」であっても、「非漢字圏」であっても、(分野に関係なく)読む習慣さえあれば、「N2」に入る頃には、コツが掴め、勘がついてくるものなのですが。なかなかそうはいきません。

ということで、「読解」を教えるとは言いながら、日本人の習慣や考え方など、文章の背景部分の説明に時間をとられています。読む時間は少なくなるけれども、そろそろ「映像」を見せたほうがいいのかなという感じにもなってきています。テレビを見る習慣も、あまりないようですから。百聞は一見にしかずですしね。

日々是好日

近所の水たまりに「花筏」ができていました。

2022-04-05 08:42:29 | 日本語学校

曇り。

時折、日は射しているようですが。

いつもこの頃、「どちらだろう」と思いながら見ているのですが…、「ドウダンツツジ(満天星)」の花か「アセビ(馬酔木)」の花か。つまり、なんですね、そのどちらかの花のつぼみがかなり大きくなっていました。ぶら下がっているふうなのがいいですね。

この「どちらさんだろう」というのは、毎年の恒例で、たとえば「サザンカ(山茶花)」と「ツバキ(椿)」の花、「フヨウ(芙蓉)」と「ムクゲ(木槿)」の花…。いやいや、その「どちらかさん」の多いこと、多いこと。そして毎年のように、その頃になると、これは…と見ているのですから。まあ、それも楽しいことなのでしょう…かな?

今朝は「サクラ」の木の下に、拡がっている「花筏」を見つけました。二日続きの雨で、道に水たまりができていたのです、それも細長く。その上に、風に誘われて散った花びらが筏のように浮かんでいた…。まだ盛りと言ってもいい頃の花びらたちですから、きれいなピンク色をしています。お堀に浮かんでいる花筏は何度も見たことがあるけれども、大きな水たまりの上に浮かぶ花筏もいいものですね。

「サクラ」は、春に花が咲いてよし、散ってよし、秋に葉が色づいてよし、散ってよしで、まあ、なんとも見事な樹です。

さて、学校です。

昨日、来日し待機中の学生の親族から、これからどうすればいいかという連絡が入ってきました。まずは今の日本語のレベルと資質を見たいというのが教師側の本音。他の学生たちがまだですから、別に焦っているわけではないのですが。

留学生については、二年ほどブランクがありましたから、その間の学生たちの勉強の状況を知りたい。彼の場合は、そういう環境がなかったという話でしたし、それほどのブランクはありませんでしたから、まずは言語分野における資質を見るということかしらん。これは会ってすぐにわかるというものではありませんし、まあ、それは参考程度で、「初級」二クラスに参加させながら、見ていくということになるでしょう。

ところで、「Bクラス」の学生たちです…二人ですけれども。先日、「Aクラス」の人と話す機会があったそうで、「『N4』の試験を受けるの?『N4』の試験なんて、ちょ~う簡単」と言われた。そんなに簡単な試験を受けなければならないのか」と聞かれてしまいました。そんなことはないと応じた後で、「今、『みんなの日本語(Ⅰ)を見て、どう思う」と訊くと、途端にニコニコと「かんた~ん」。「でしょう。『Aクラス』の人は、今、『N2』の勉強をしているからね。同じことです」。

納得して、「49課(『みんなの日本語』)」に入ったのですが、「難しい」「難しい」と叫んでいました。変換が別に難しいというわけではなく、先週末勉強した「使役形」が、「尊敬形」の動詞にせねばならぬ所に入ってしまうのです。習ったばかりで、すぐに訳知り顔にできるものではありませんから、まあまあと言いながら進めていったのですが。

「可能形」でしょう、「受け身形」でしょう、そして「使役形」を勉強して、「受身形」と同じ「尊敬形」…。意味はわかっていて、一つ一つであったら、できることでも、今度は「尊敬」次は「使役形」にして…となると、混乱してしまうのです。

「みんな習ったばかりの時はそうでしたからね、でも、勉強しているうちに、できるようになりますから、大丈夫、大丈夫」と言って、(二人が)慰められたかと思いきや、全くその必要なし。「難しい」を連呼しながら、間違う度に二人で大笑いしている。思わず「こらこら、間違えて喜ぶな」…これは肚の中ででしたが。

ともかく、この「基本」がきちんと入ってからのことですね。いろいろと進めていけるのは。焦って前に前にと進めていっても碌なことはない。特に「初級」の2冊目は。

中国人は漢字で読んでいくので、全く日本語を学んだことがない人でも、新聞記事だったら、70%くらいはわかる。概略はわかるのです、漢字を拾い読みしていくだけで。ただそれくらいがわかるだけのことで、それ以上ではないのですが、「N1」や「N2」試験は「読解」が入りますから、どうにかなる部分も少なくはない。問題は「ヒアリング」だけです。

ところが「非漢字圏」の学生たちは、だいたいは「話す」「聞く」はすぐに上達するのですが、問題は「読み」「書き」。おそらく彼らの国での教育では、この「読み」「書き」というのはそれほど重要視されていないのでしょう。彼らの考え方を変えさせるのに、時間がかかることも多いのです。「初級」レベルでやめた場合、(時間が足りなかったせいで)この勉強の仕方がわからぬままとなってしまえば、後が大変です。

子どもが学校に行くようになったり、日本での生活が長引くにつれ、必要にかられて、(「文字」を学ぼうと)、学校に来るにしても、今度は、なかなか、「文字」を覚えるという根気が続かない。一応、話したり、聞いたりができるので、「それはわかる」気が拭えないのです。他の学生は、四分野をほぼ同じようにして学んでいますので、凸凹はあるにしても、彼らに比べれば、それほどの高低差はないのです。

何事にも、学ぼうと決めたら早いほうがいい。そしてある程度の根気も必要になる。天才というのはそれほど多くはないのですから。

日々是好日

留学生は、フィリピン人一人、イン人三人の、来日の日が決まりました。

2022-04-04 08:30:04 | 日本語学校
雨。

「菜種梅雨」でしょうかしらん。昨日も、パラパラと来ていましたし。

今朝の雨は、走っている時には、それほど感じなかったけれども、かなり重そうです。着いてからの、窓越しの感じなのですが。本格的な梅雨時の雨…のような気がするのです。しかも、じっとしているとだんだん寒くなってきた。やはり、エアコンを入れておこう…。

「モクレン(木蓮)」はまだですが、「コブシ(辛夷)」はもう盛りを過ぎそうです。「サクラ」と言いますと、近所の「サクラ」は、この冷たい雨にも頑張って咲いていました。まだまだ散らぬぞという気概で。

さて、学校です。

留学生は、4月あたりからやって来られそうですが、ベトナムの学生は飛行機が予約できないと言ってきました。一つ解決したらまた一つというところでしょうか。

留学生たちが直に来ることになりますと、現在勉強が始まっている「Cクラス」の学生たちがちょっと心配になってきます。

例年ですと、留学生の中に入ると言うことで、先に「ひらがな」「カタカナ」は覚えておかなければならないし、一応のというか、できるだけ彼らが来る前に教科書を進めておいて、「見たことがある」感を持たせておく…というところなのですが。

今年は、コロナ禍の中にあると言うことで、いつ留学生たちが来られるかわからない状態が続き、クラスを開いたとは言え、半ば「一対一」のような状態でやっていました。なにせ、「Bクラス」も「Cクラス」も学生が二人だけですもの。いわゆる「彼らペース」でやってきたのです。

留学生は「N5」までは、やってきていますので、母国で、「漢字」に苦労した経験もあれば、数の数え方、「助数詞」などの面倒さも既に経験済みです。ところが在日者というか、日本のことをほとんど知らなくて来ている人たちは、「1、2、3」が終わると「一つ、二つ、三つ」、次は「一日、二日、三日」、そして「一人、二人」、それから…「一円、百円、三千、一万…」と続くわけですから、何でだ!!!となるのも宜なるかな。

それらが、母語での説明無しに続くわけです。教師のほうもそういう人に付き合って教えていくわけで、留学生たちの時のようなスピードは出せません。 まずは、「ひらがな」が書けるようにすること。これに、エライ時間がかかる。留学生たちのように10代、20代というわけではありませんし。で、かなりのスローペースになる。それに慣れて、自分たちに合わせてくれて当然だというふうになると、留学生たちが来た時に大変になる。今は彼らのペースに合わせていますから、満足でしょうけれども。

「Bクラス」のほうは、最初は凸凹(途中から入ってきたので)でしたし、いろいろな事情で休みが多かったりして、なかなか同じようにはできなかったのですが、片方が休んでいる時に、もう片方の未習の部分をするとか、まちがいが多かった復習を入れるとかして、どうにか、今は同じようにすることができています。

それに、年齢も「Cクラス」の人たちに比べれば、ずっと若いし、漢字も、少しずつ慣れてきているようですし。あとは、手を動かす(いわゆる宿題をする)ことになれてくれればいいのですが。耳から学ぶという習慣がなかなか抜けきらぬようなのです。手を動かさないから、せっかく学んだ「ひらがな」「カタカナ」「漢字」が、あさっての方向に向いていたり、書き順がめちゃめちゃになったり…。でも、しょうがないですね。子どものお迎えで忙しかったり、家事に追われていたりして、学校に来るだけでも大変なようですから。

日々是好日