日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

学校で勉強している日本語は役に立たないと言った学生もいました。学ぶのは日常会話で十分だったのでしょう。

2019-02-28 08:57:27 | 日本語学校

小雨。

朝は、突破出来ぬほどの降りではなく、そのまま自転車でやって来ました。今日は本格的な雨になるらしく、そうなれば本当に久方ぶりの雨になります。

この冬は雨が少なかった…降る、降るというので、ちゃんと降ってくれるのかと思っていると、パラパラ…あとは音無し。そういう日が続きました。降っているのかどうなのか、ほとんど雨とは感じられないほどの降りでしたし。もちろん、家を出る時は降っていない方が助かります。とはいえ、それで、水不足になってしまいますと、それはそれで大変です。

そう言えば、梅雨時に雨が降らずに水不足になったり、そうかと思えば、夏にシトシトと雨が降り続き、日照不足で野菜が高騰したり、生き物はお日様と雨に振り回されてしまいます、これも宿命ですね、この星に生まれた以上。

いくらそれが不満であるからと言って、あっちこっちの雲を掻き集めてきたり、雨雲を蹴散らしたりすれば、きっとどこかで仕返しされてしまいます。

お天道様に任せて、祈るしかないというのは、ある意味、先人達の偉大なる知恵であったのかもしれません。目先のことで科学を利用しようとしてしまいがちな、我々中途半端な現代人なんて、つまらないものです。

さて、学校です。

同じクラスでもかなり学力に差が出てきました。1年も経ちますと、いくら素質がありましても、そうそう簡単に挽回出来ないくらいになってしまいます。

「漢字圏」の学生は、「読めるからいい」になりがちですし、「非漢字圏」の学生は、「話せるからいい」となる傾向にあります。

「漢字圏」の学生の「読めるからいい」は、だいたい漢字を拾い読するだけのことですし、「非漢字圏」の学生の「話せる」は、アルバイト先での会話(飲食店などの客との応対)のこと。

「N3」の教材も終わりかけてきますと、彼等の日常会話ではほとんど出てこないような文型や単語が出てきますから、勉強しなければ、覚えられません。困るのは、そういう日本語があるというより、そういう日本語は役に立たないと思っていること。

日本語学校の留学生たちの日本語の環境たるや、悲惨なものです。日本人との付き合いなんて、アルバイト先でのことに限られがちです。そこで使われていれば(聞いたことがあれば)役に立つ言葉、そうでなければ、無意味と思ってしまうのです。

以前、学校で習う単語は日本人が使わない言葉ばかり。だから勉強しないと言わんばかりのことを言われたことがありました。

これは、彼等の国でも、同じだと言うことが、なかなか判らない人もいるのです。「どういうことを知っておかねばならないか、どういう話が聞き取れなければならないか、話せなければならないか」は、外国人にとっては、現在いる国で、将来、どういう仕事をしたいかと関係してきます。

そのために何を学ばねばならないかに繋がってくるのです。もし、飲食店のホールや賄いなどの基本的な作業でいいのでしたら、それなりの単語や言い方がわかればいいだけのこと。非漢字圏の大半の国出身の人でしたら、半年あれば十分でしょう。ひらがながわかればメモくらいは取れます。

けれども、日本の普通の会社に入って、日本人と同じように会議に参加し、意見を述べ、それなりの仕事を任されるようになるためには、漢字も書けなければなりませんし、初級文法で終わっては、相手が何を言っているか全くわからないでしょう。

そういう学生達には、10年後の自分を思い描くように言っています。今の仕事を続けたいのなら、その仕事でより深い信頼を受けられるように学んでいくべきだし、それ以外の仕事なら、その仕事で必要とされるものが理解出来るレベルにまでいくべきです。

日本語能力試験の「N1」レベルというのはある意味、基本なのです。それから発展して自分の欲しい知識が得られるようになるための基本の日本語なのです。

日々是好日
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まだ、数年日本で働いたら国へ帰りたいと言う人の方がずっと多いようです。

2019-02-27 08:36:56 | 日本語学校
晴れ。

夜になると、恵みの雨になるらしい。とはいえ、今のところ、雨の気配は全くと言っていいほどありません。

今朝、ご近所の鉢植えの「ウメ(梅)」を見かけました。鉢植えとはいえ、しっかり横に枝を広げ、どっしりとした様子。花数というか、今はまだ蕾ですが、それも多く、立派なものでした。これは、紅、「コウバイ(紅梅)」の方です。蕾とは言え、紅が浮き出ていたので、そう感じられました。

「ウメ」の花と言えば、「白」であったのは、万葉の時代…。もう今は、華やかな「紅」の方が好まれているような気がします。そちらの方が目立ちます。特に庭木としては。

以前、鄙びた門構えの上に、「ウメ」の木を這わせているお宅を見かけたことがあります。「臥龍梅」とでも言うのかしらん、紅が映えて、それは趣がありましたね。

最近は、四季折々の景色とはいえぬような、春のものが冬見られたり、夏に咲いて然るべきものが四季を問わず見られたり、どうも植物の世界でも、そういう傾向があるようですが、「ウメ」の花に関しては、どうもまだ季節を守っているような気がします。ありがたいと言えば、ありがたい。なぜか、季節のものがその季節に見受けられると、ホッとしてしまいます。

さて、学校です。

専門学校や大学では、すでに来年を見越して募集をかけているところもあるようです。しかし、学生達はまだまだ、そんな気になっていませんね。まだ日本語力があと半年でどれほどのものになるかもわかりませんし…。今はまだ日本語の力にも限界がありますから、今、下手に踊ってしまえば、却って、取り返しがつかないことになるやもしれませんし。

時々、日本語学校卒業後、専門学校に2年通えば、日本語も上手になるだろうし、それなりに学資も稼げるだろうし(それから大学に行く)と、胸算用する学生も見受けられるのですが、これはよほど注意をしなければならなでしょう。世界はそれほど甘くはありません。まず、相当意志が強くなければなりませんし、目的意識がそれなりになければならないのです。

よく、日本でも、(大学受験は)3浪までが限界だ。4浪、5浪までして合格するのは難しいと言われます。もちろん、それで志望した大学に合格している人もいるのはいるのですが、普通の人には難しい。人はそれほど強くはないのです。

もちろん、大学受験に限らず、夢の実現のため、雌伏の期間が長かった人もいます。でも、普通は、これも難しい。安易に考えてしてしまうと、途中で「しまった」ということにもなりかねません。草臥れてしまうのです。まずは、最初からそれを考えるというのは、辞めた方がいい(専門学校に行ってから、大学に行きたくなる人はいます。それはそれでうまくいっているようです)。

既に1年を日本で過ごした学生達に、それとなく聞いてみますと、「これからもずっと日本で暮らしたい」と言う人はそれほど多くはありません。数年働いて、国に帰りたいという人の方が多い。それぞれ母国の彼等なりの事情、彼等の家の事情もあるのでしょうが、まだまだ母国の尾っぽに引っ張られています。

多分、これからでしょうね、この学校を卒業後、おそらく一度は帰国するでしょうから、その時にはきっと、自分の国の事情も前よりもずっと見えてくるはず。国の事情、日本での暮らしなどを比較し、それから、彼等なりの考えが定まってくるのでしょう。

特に高校を出てからすぐに来日した人は、初めの頃、母国礼賛で終始しています。家族がいて、友人がいて、のんびりとした暮らししか覚えていないのです。日本では全て自分でしなければなりませんし、給料は母国よりも高いとはいえ、アルバイト生活は苦しい。半年か1年で一時帰国した学生は、母国で、日本で稼いだ分をお土産に使えば、人はチヤホヤしてくれるでしょうし、日本に戻ってきても、また厳しい現実が待っているのですから、それは帰りたい。

ところが、日本で大学に行くと、変わってくる。それほど、この頃の四年と言う歳月は、人生における比重が大きいのです。しかも、母国で、会社勤めの経験がありませんから、そこでの社会というものを知りません。日本で大学まで出てしまうと、日本のやり方に慣れてしまう(3,4年生になれば、会社面接の仕方を教わるでしょうし、インターンシップも日本の会社でしょうから)。それから日本の会社に入って、数年働いてしまうと、人生の三分の一ほどが日本での暮らしということにもなってしまいます。

それから帰国しても、母国での基盤がある程度無いと、母国での暮らしは大変です。日本の方が、まだ楽だったということにもなりかねない。まずは仕事がありますし、慣れていますから。

まあ、いずれにしても、まずは日本語力。その向上に努めるしかないのです。

日々是好日
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先週は疲れました。

2019-02-26 08:15:01 | 日本語学校

曇り。

「ウメ(梅)」祭りが、まだ終わっていないというのに、もうあちこちで、早咲きの「サクラ(桜)」祭りが開かれています。

今日も空はうっすらと灰色の雲がかかっているのですが、なぜでしょうね、雪雲には見えないのです。「風を誘う花」なのか、「花を誘う風」なのか、吹く風も柔らかい。

学校の「ジンチョウゲ(沈丁花)」の蕾が膨らみ始めているのに気がついたのは、2、3週間も前のこと。それが、寒い日が来たりして、遅々として進まぬ春の緩い歩みのように、現状維持をかこっていたのが、それがやっと一つだけ小花を開かせていました。それだけでもう香りが漂ってくるのですから、…春の香りと言ってもいいのかな…。

別に、「ジンチョウゲ」の香りに引き寄せられたわけでもありますまいが、在校中、「あのオレンジ色の、においのする花は何か」と尋ねた卒業生が、やって来ました。なんでも10月生として、妻の甥を呼びたいらしい。

内モンゴル出身の彼等夫婦は、二人共、この学校で学び、大学院へ行き、そして職を得て、今では落ち着いた生活をしているとのこと。とはいえ、優しいところは相変わらず。アルバイトをしていたところで正社員になって、今は不満もなく、できれば日本で働き続けたい、帰りたくないとも言っていました。

日本と相性が合ったというか、きっといい人に巡り会えたのでしょうね。

人というのは難儀なもので、どんなに傍から見ればいい条件に恵まれ、いい環境と言えるような所にいたとしても、当人がそう思えなければ、常に不満がどす黒く心を覆ってしてしまう。

その反対に、大変な境遇にあると思われていても、本人が「いやいや、前に比べれば」とか、「もし自分が国にいたら(こうは、なれなかっただろう)」とか思うようであったら、多少の不満はあっても、それなりにやっていけるもののようです。

彼の場合は、優しいから、ほかの人がその優しさに引き寄せられてしまうのかもしれません。誰だって優しい人は好きですもの。

この学校も今年の三月で、15回卒業生を出すことになります。卒業生が妹や弟、甥や姪、あるいは、いとこ、友人などを紹介するのも増えました。在学中、勉強をそれほどやらなかったような人でも、2年近くを耐えられた(勉強しなかったり、遅刻、欠席が多ければ、それだ厳しくされます)わけですから、それが理由で「だめ」とは言いにくい。しかも卒業後、きちんと日本の会社に入り、自立出来ているわけですから、今更文句をいう筋合いもない。

もっとも、挨拶に来て(授業中であろうと、何か一言言ってくれる…多分、自分の兄弟甥姪知人が世話になるからとでも思っているのでしょう)くれるとき、在学生に、「(この先生)怖いでしょう」の一言は欠かせないようですが。

特に内モンゴル出身の学生達は、樹について話すことが多かったような気がします。上野の丘に連れて行った時も、横浜に行った時も、いつも「どうして日本はこんなに樹が多いのか」と、誰彼となくそう言っていましたし、樹をよく見ていたからでしょう、「花が咲いている」「こんなに花がたくさん咲いているなんて」とも言っていました。

南国から来た学生達は、それに反して、無頓着ですね、樹には(見慣れているからでしょう)。花については、「きれい、きれい。たくさん植えてある」と、時間があれば町を散策して庭の観察に精出している女生徒もいたようでしたが。もちろん、これは草花の花の方です。

今、いる学生達は総じて草花木々については何も言いませんね。虫のことを言うと眉を顰めますし…。せいぜい鳥くらいかしらん、でもそれは老人の趣味ぐらいに感じているのかもしれません。

日本では小学生の頃、「教室で虫を育てる」なんて言いますと、あっけにとられてしまいますし、男は草花なんぞに興味がないものと言いそうな顔をしている者に「サムライは木や草花の名を知っていなければならなかった(なにせ、辞世の句なんて詠まねばなりませんから)」なんていうと、よく意味がわからん風な顔をする。

ほんの些細なことでも、あれっと思うことが多いのが、多分、面白さなのかもしれません。でも、コオロギやバッタ、セミを嫌わないでよと言いたくなるのもしかたのないことでしょう。

さて、一週間以上も、お留守にしていました。実は2月17日からハノイに行き、19日の夜中に戻るという、いつもながらの強行軍。翌日の授業のしんどかったこと。けれどもそれが水曜日でしたから、我慢、我慢。次の日は木曜日、続いて金曜日と2日六時間授業でしたから、もう大変。60歳を過ぎると、体力がガクンと落ちてきます。もともと無理をする方ではないのでよけいそうなのでしょう。

学校の中には私よりもいくつも年上なのに、年に数回外国へ、しかも北アフリカやオーストラリア、ヨーロッパなどへ行って、ニコニコ顔で戻ってこられる方もいるというのに。また、知人の中には、今の私よりも5歳ほど上の時に、最後のチャンスだからエベレストへなんて言って行った人もいましたっけ。

情けない限りですが、自分と相談しながら、ボチボチ行くしかありません。

だいたい、私、交通機関が好きではないのです。自転車に乗れるようになる前は、歩きが限度のスピードでしたし、乗れるようになっても、走っている人に追い越されるのが日課のようなものですし。みんなとどこかへ行けば、方向音痴で迷子になるし…。

学生達を見て思うのですが、よくぞ付き合ってくれていますね。私、出来ないことだらけなのに。

日々是好日

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今、学校では、最後の受験指導で気が立っていますから、卒業生は来る時に必ず連絡してくださいね。

2019-02-15 07:25:47 | 日本語学校
曇り。

今日も寒い。昼過ぎから小雨がぱらつくかもしれないとか。

ただ、昨日のように北風ビュンビュンではないので、自転車に乗っていても、それほど苦にはなりませんでした。昨日は、漕いでも漕いでも、あまり前には進まないような感じで、もともとトロトロと走る方なので、よくぞ後ずさりしないと、おかしな感慨を持ってしまいました。「北風さんとお日様」の話を思い出しながら、ヨイショ、ヨイショと言いながら、リキを入れていましたもの。

さて、学校です。

年が明けてからずっと、学校の中は戦時中のように忙しい。みな「コマネズミ」のように動き回っています。授業の時は言うまでもないのですが、戻ってきてからも、コンピューターとにらめっこ。ある者は願書書きの指導で席を外し、ある者は、自習室、あるいは職員室で、学生の面接の相手やら、作文指導やら、高校受験(1名います。まだ、結果が出ていないので、二期の準備です)のための数学問題集の解説やら…、何やらかにやら、しています。

みんな、自分が、今、誰の相手をしているのか、次に、誰の相手をしなければならないのか…判らなくなってしまうことだってあるでしょうね。一人の相手をしていると、他の学生が来たりして、「ええと、彼(彼女)は面接の準備だったっけ、願書書きの方だったっけ」なんて、一瞬焦ってしまう。

約束していれば、「これをやって待っていて」とか、「隣に座って、聞いていて。次はそっちだから」なんて、言えるのですけれども。

とはいえ、そこは学生の方が落ち着いたもので、「待ってね(約束していても、急に『明日までに』とかいう事態もあるので)」という言葉に、文句も言わず素直に応じて(おそらく、明日は我が身とでも思っているのでしょう)待っていてくれます。

特に午後の後半の授業が入っている時などは、慌ただしく短時間でしてしまわねばならないこともあるので、ちょっとかわいそうになってきます。学生の方は「大丈夫、大丈夫」と反対に慰めてくれるので、よけい申し訳なくなってしまいます。

多分、これ、卒業まで、あるいは卒業が終わっても、しばらくは続くでしょうね。まあ、一年に一度のことですから、しょうが無いと言えばしょうが無い。結局は、焦ってやらなくても済むように、各自が始めから勉強に精出すか、あるいは、早めに志望を決めておくかしなければならないことなのでしょうけれども。と言っても、毎年繰り返されるには違いないこと。

ただ、公立の中高では、だいたい受験指導が始まる頃から、「三年グループの教員のところには近づくな」「(あの時期は、彼等に)何を言われても怒るな。気が立っているから」というのが普通のことなので、ある意味、楽なのですが、こういう小さい学校では、皆が、いわゆる「三年グループ(受験担当グループ)」ですから、皆が皆、ぴりぴりしているということになります。
 
こういう時期に、ノホホ~ンとした顔で、卒業生などがやって来ると、こちらはムカッという顔で応じなければならなくなる。外国人は、連絡なしにやって来て、しかも終わる頃(退社時間)にやって来て、「今すぐ書類を出して」なんて平気な顔で言いますから、大変です。時には相手などしてやれないくらい、在学生の世話で忙しいこともありますから、よけい、こちらは腹が立つ時がある。一体、何年いれば日本のやり方が分かるんだというふうに。

けれども、「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもの、なんとも思わない。変われる人は疾うに変わっていますから。変われない人はおそらく、ずっとこうなのでしょうね。そして各所で痛い目を見ても、すぐに忘れて、また繰り返す。まあ、人のことは言えませんけれども、自分に輪をかけて…の、人達を見るたびに、ある意味、幸せな人達だなあと思うのです。

日々是好日
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日本語能力試験の結果が出ました。

2019-02-12 08:37:56 | 日本語学校

晴れ。

快晴です。日の出前、星がくっきりと見えていました。「冴え返る」、まさにそう。やっと、光太郎の詩の「きっぱりと冬が来た」かのように感じられました。寒くても、なかなかこんな感じには取れませんでしたもの、ここしばらく。

この寒さ、雪を伴っていました。土曜日と、昨日、月曜日の朝は雪で明けました。起きて窓を開けると、どの家の屋根もうっすらと雪を被っています。「雪だ!」。もっとも、それほど積もっているというわけではなく、道はもう濡れている程度でしたけれども。それからも、粉雪が降ったりやんだり…。もう少し大きめであったら、学生達が写真を撮れるのに、…残念。

とはいえ、土曜日には、入試があり、学生二人がお茶の水まで行かなければなりませんでした。一人は南の国から来ていましたから、どうだったでしょう。もっとも2年生は昨年の雪を経験していますから、1年生のように、それに気を取られることもなかったでしょう。

さて、学校です。

12月の日本語能力試験の結果が出、「N2」の試験では、スリランカ二人、パキスタン一人、ネパール一人の計四人が合格できました。100点を取っていたのに、足切りにあって合格出来なかったベトナム人が一人いたのには、本当に気の毒でした。おそらく彼が一番熱心に勉強していたでしょうに。…「不合格でも、『100点』という成績は立派なものなんだから…」という慰めにもならぬ言葉に、彼はけなげに「大丈夫」と言ってくれましたけれども。

ここは、もともと小さい学校ですから、2年生(在日は除く。在日の中国人二人は、「N2」には合格しているでしょう。自分で申し込んでいたようですから)三十人ちょっとのうち、4人、「N2」に合格出来たのはうれしいこと。来年、もう少し合格出来るとうれしいし、「N1」を目指せる学生が出てくれるともっとうれしいのですが。

そのためにも、まずは、大学に行きたいという学生や、日本語をきちんと勉強したいという学生を集めてくることが必要になってきます。そのつもりで、現地へ行き、言いにくいことも言い、1人に、面接でかなりの時間をかけているのですが、ビザが下りなければどうにもなりません。

もちろん、面接だけではなく、教材から授業の進め方まで、やっと「非漢字圏」の人達向けの対策が出来たというのに、学生がいなければどうにも出来ません。これは繰り言ととられてもしかたがない。本当に残念なのです。

10年ほど前など、「非漢字圏」の人達向けのカリキュラムどころか、手当の仕方もあまりよく判らず、対処も後手後手になっていました。「漢字導入」は「公文など」を参考にして作り、「初級」が終わってからの漢字は、テキストに沿って、こちらで書き順から作っていました。とはいえ、後手に回っていたのは事実。現地での学生の面接の仕方も半ば手探りといった有り様でした。

ところが、年季が入ってきて、「こういう人を入れたらどうなるか」というのが見えてきてからは、「現地での面接」でも言いたいことが、かなり言えるようになってきました。遠慮しません。教えるのは私たちなんですから。だいたい、断ることも多くなりましたもの。
「勉強する気のない人を入れてどうするんだ』です。「『学費を払うからいいだろう』はないぜ」です。「『(日本へ)来られたら、こっちのもん』なんて考えは無いぜ」です。

勿論、今でも失敗はあります。日本人同士でも面接で人を選ぶのは難しい。まして外国人です。現地の人が通訳として来ていても、どれほど私たちの言い分を通訳してくれているのかはわかりません。こちらの表情、語気でわからせるしかない部分も少なからずあります。

でも、「教室で、きっちりこちらを見て、勉強することができなければ、どうするんだ」です、基本は。

学生達は、来日後、国で経験したことのない暮らしをします。アルバイトをしたことのない人がアルバイトをするのですから、大変です。それに炊事、洗濯、掃除まで自分でしなければなりません。寮生活をする人はもちろんのこと、自分たちで部屋を借りて暮らすのだって、大変でしょう。

勉強する気で来ていても、そういう生活に崩れがちになってしまう人が出てくるのも、仕方のないことなのかもしれません。とはいえ、これも「習慣」が救ってくれることがあるのです。「毎日、学校に来る」こと。規則正しい生活していれば、直に自分を取り戻すことも出来る…多分、こういう人の方が多いでしょうね。一度は「心が揺れるもの、ぐらつくもの」と考えていた方がいいのかもしれません、こちらも。それからでしょうね、いつ立ち直れるか。

ただ、毎日学校へさえ来ていれば、私たちにも「手はある」のです。先輩が来て、彼等に話をしてくれることもあります。私たちがする話に、心が動かされることもあるでしょう。アルバイト先で、言われた一言にハッとする人もかつてはいました。少々ぐらついていても、毎日学校へさえ来ていれば、勉強は取り戻せるのです、多少の遅れなんて。

日々是好日
                                        
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「ロウバイ(臘梅)」が咲いています。

2019-02-08 08:15:52 | 日本語学校

晴れ。

昨日は、7時を過ぎた頃から、霧が出始め、8時近くには既に濃霧と言っていいほどになっていました。それが、今朝はきれいに晴れ上がっています。とはいえ、昼には曇り始め、気温も横這いとか。しかも、明日は、雪が降るという予報も出ています。もっとも、「雪、雪」と騒いでいる学生もいることですから、家にいる分には、歓迎というところでしょうか。

近所で、「ロウバイ(臘梅)」が咲いているお宅を見かけました。私など、「ロウバイ」は山の花、1月の花、晴れの日の花というイメージがあるので、こういう日に見ると、うれしくなってきます。

さて、学校です。

留学生も来日後1年近くなりますと、日本語のレベルにも、かなり開きが出てきます。これは資質の差というよりも、真面目さとか、目的意識の有無とか、了見というものの違いなのでしょう。

国で、小学校の時から、ただ教室に座って適当に教師の話を聞いているだけでも、ある程度、もしくは、かなりいい点数が取れていた。そうやって過ごしてきた学生が、慣れない立場におかれ、多分、戸惑っているのでしょうね、自分で自分をどうしていいかわからないような気分になっている。こんなはずじゃなかったとでも思っているのでしょうか。

言語というものは、その地に住み、その言語環境の中で生きてきていれば、だれでもそれなりに話せるようになるもの。それに、教育を少しでも受けていれば、文字を書くことも出来るはずです。これは頭の善し悪しに関係なく、言語を自然に習得出来る時に、その環境にあれば、それができるというだけのこと。

二十歳を過ぎて、第2か第3の言語を学ぶには、ちと苦労がある。3番目であれば、まだしも、また二十歳前後であればまだしも、そうでなければ、「聞いていればすんなりと話せるようにも、書けるようにもなる」というものでもないのです。

中国人なら、「漢字」はもとより、「ひらがな」「カタカナ」も彼等の漢字から生まれたものですから、楽勝のはずなのですが、最近の中国人の若者は、すぐに安易に考えるらしく、漢字を書くのに手間取ったり、「読み」を何かと言い訳して、覚えようとしなかったりするので、文字一つにしても大変です。

スリランカ人であれば(スリランカのタミル人も含めて)、日本語の「聞く」「話す」は問題ない(勿論、苦手な人もいるでしょう)としても、「しゃべる」のが好きなだけですから、「漢字」は難しいで終わりになってしまう。果ては「ひらがな」「カタカナ」もおぼつかなくなってしまう。

中国人は「聞く」「話す」に難があり、スリランカ人は「書く」「読む」に難がある。ベトナム人は「聞く」「話す」に、中国人以上に大汗をかき、「漢字」は、今使われていないので、これにもため息をつくということになってしまう。ということで、ベトナムの真面目な学生の中には、「聞く」を諦めて、自分の努力次第でどうにかなる(と、思っている)漢字一筋の人も出てくるのです。

この三者(あるいは、それに準ずる国や民族)が一緒に授業を受けるのですから、そこに唯我独尊の人が紛れ込んでしまうと、己の得手で他者を馬鹿にしたりすることになってきます。もとより、そういう人にはこちらも手加減しませんから、最初はチョックのようですね。愚かにも、自分の味方をすると思っていたのでしょう。日本人の教師は、普通、そういうのは認めませんから、だれであれ、弱者を守ります。

もっとも、今ではほとんどいなくなりましたね。前はスリランカ人にそういう人がよくいました。すぐ聞き取れるようになるから、「先生、もう一度」と顔をしかめながら言うベトナム人をからかいたくなるのでしょう。ネチネチといたぶるような人もいました。ベトナムの学生は、いたぶられているのも気づきませんから、こちらが守らなくてどうするくらいの気持ちになりましたね、私たちは

そういう人間にはかなり手厳しく注意しました。インド系は男が威張るのが当たり前という世界だからでしょう、私のそういう態度には慣れなかったみたいでした。年が長けている者は特にそうでした。勿論、私たちはひたむきに勉強する者を守ります。その人達が、楽しく勉強出来る環境を作るのが仕事なのですから。そういう人が居づらくなり、勉強する意欲を失うというのが一番嫌です。

今は、その点では本当に楽になりました。当時は、言われる学生のみならず、私たちもかなりムカッとさせられていましたから。それが今では、スリランカ人の方が、そういう学生を庇うのです。「先生、ちょっと待って」と言ったり、自分たちの方で、相手に判るように説明しようとしたりしてくれます。

学生達が授業中、そういうことをし始めるのは、いい兆候で、仲間と認めている証ですし、何かあれば、私たちがついていますから、手伝えます。そうやって互いに認め合えるのが一番いいのです。誰にも得手、不得手はあるのですから。勿論、テスト中はだめですけれども。

日々是好日
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マイナス思考だけは、いただけません。

2019-02-05 13:42:05 | 日本語学校
曇り。

なかなか忙しい毎日が続いています。

卒業生のうちで、大学に行かせたいと思っていた中の、最後まで残っていた二人が、今、専門学校の願書を書いています。

実は、「今年が明けるまで」というより、1月に入ってからも、しばらくは、帰ると言い張っていた二人なのですが。

1月の新学期が始まってから、一人が、「帰らなくてもよくなった。専門学校の試験を受けたい」と言いに来たので、もう一人に、「やはり、帰りたいの?」「……。」

この、最初に言いに来た学生、昨年、いろいろなことがありました。肉親の相次ぐ死、同じ病に苦しんでいたお父さんも具合が悪くなり、手術を受けるとか受けないとか…。そのたびに、気持ちがあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。とうとう、「帰る」。しかしながら、ご両親は「せっかく勉強に行ったのだから、帰る必要はない」。それは、勿論、気持ちも揺れるでしょうね。

お父さんの具合も安定したらしく、少し顔が明るくなり、「日本に残る…」。

ただ言い出したのが、専門学校もおおかた入試が終わった頃ときています。大学も年が明けると、国立やレベルの高い私立に落ちた学生が、どんどんレベルを落として受け始めますから、非漢字圏の彼等には、ちと手が出ない。

しかしながら、神は彼等を見捨てなかった。ちょうどその前々日、専門学校を出て、就職していた卒業生がやって来て、いいことを教えてくれた。

彼女は、国で大学を出て来日したのですが、この日本語学校にいた間に、「N1」まで取得していたのです(それを、すっかり忘れていた…ゴメン)。彼女は、最初、旅行関係の専門学校に行ったけれども、合わなかったのでしょう、次に同じ系列のビジネスに移った。そこがよかったというのです。早速その学校を調べ、説明会に行ってごらん。

もう一人も、日本での生活に疲れていたのでしょう。いくら大学を受験しろと言っても、「嫌だ」。「じゃあ、専門学校はどう?」最後には、「帰る。帰りたい」。

ところが、クラスの皆(大学院、高校を目指している者をを除いて)が行き場所が決まり、表情が明るくなっているのを見て、心が動いたのかもしれません。改めて、最後まで「帰る」と言い張っていた学生に、ダメ元と思って聞いてみると「う~ん。少し考えてみます」。もう一押し、で、「帰ると言っていた、○○さんも受けるって。卒業生がとてもよかったと言っていた専門学校だよ。一緒に行ってみる?」「…はい」。

帰ってきた二人に聞くと、「いい、とてもいい。ここに行きたい」。まあ、合格するかどうか判りませんが、前向きになったのだけは判りました。後ろ向きになり、ズルズルと、マイナス思考になるのだけは、いただけません。だって、寂しいじゃありませんか。これまで一生懸命勉強してきたのに。

日々是好日
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