日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「志」。「よいお年を」。

2011-12-29 22:42:46 | 日本語の授業
 晴れ。昨日は大掃除でした。

 いつものことなのですが、日本にいる間に、何のために日本にやって来たのか、わからなくなる学生が出てきます。それは、日本では、ある程度アルバイトが出来るということも関係しているのでしょう。

 経済的な理由で、(母国では)学びたかったけれども、学ぶことができなかったという人にとっては、このやり方はすばらしいといえるでしょうが、お金を稼いでいるうちに、お金の方に目が行ってしまう人も出てくることもあるのです。

 来日当時、皆、一様に、「大学へ行きたいです」と言います。けれども、それは、朝、起きて初めて会った人に、「おはようございます」と言うようなもので、確たる信念はないのです。もちろん、その(大学へ行く、大学院へ行くという)一線をどうしても崩せないという学生もいるにはいるのですが。

 それとても、大学を出ているからというだけのことで、研究すると称するに足るだけのものを母国で獲得しているか、あるいはその専門に対して、譲れないもの(志)があるのかどうかとなりますと、大半の学生というのは、お寒い限りなのです。

 一番怖いのは、私の友達は母国で短大しか出ていないのに、日本の大学院に通っていると主張する学生です。もう、こうなりますと、私たちの手には負えません。それなりのレベルがなければ、あるいは学問に対する思い入れがなければ、大学院へ行くという人の手伝いをするのは難しいのです(それは、最初に、学生にも言います。「勉強する気のない人が大学院へ行って何をするの」と、まず聞くのですが、彼らの国ではそういうことは問題にもならないのでしょう。皆、そう聞かれることに驚くようです。そして答えは、「…私は大学を出ているから」だけ)。そんなことでは、まず、普通の大学院では、研究生にもなれません。

 国によっては(彼らの国で、そうであるように、日本においても)、簡単に都心の大学院へ、しかも国立へと、言う人もいるのです。そして、もっと怖ろしいことに、日本人であっても、かなりレベルがなければ、畏れ多くて行きたいとも言えないような大学院の教授のもとへ(いとも容易く)受け入れてもらえるものと考えて、インターネットで切り貼りをしたような文章を送りつけてしまうという人も出てくるのです(私たちに相談もなく勝手なことをするので、私たちから見れば、赤面ものなのですが)。

 よく、世界で、日本人は遠慮がちとか、あまりに引っ込み思案過ぎるとか言われるのですが、それも、日本人は常に、一流の人と自分を比べて、自分は遙かに及ばないと考えてしまう傾向があるからなのでしょう。遠慮しているから、常に自信がないというわけではありません。

 それなのに、ある国の人は、上と比較する習慣がないゆえにか、それを、わずかに自分の生まれた町や学んだ学校規模で考えて、自分が優秀であると主張してしまったりしてしまうのです。

 これは本当に難しいのです、彼らにわかってもらうのは。大学院は研究するところであって、大学のように教えてもらう(指導は受けますが、「口を開けて、待っている」ではだめなのです)ところではないのです。それがわからないレベルで、大学院のことは言わないでほしいと思うのですが、それとても、わからないので、広言して憚らないのです。

 それ故、驚きあきれさせられるということも、こういう仕事をしていると、間々出てきます。言ってもしょうがないことなのですが。

 ただ、一言、言っておきたいのは、私たちは、表面的に、この学生は、頭がいいからとか、悪いからとかで、指導しているわけではありません。二十歳を過ぎると、単に頭の善し悪しで、決められないことが数多く出て来るものです。そういう点だけを見て、私たちが学生の進路について語っているとは思っていただきたくないのです。

 今現在、どれほどのもの(専門分野において)も学んでおらず、また獲得できていない人であろうと、その専門に対する思い入れ、あるいは情熱と言った方がいいのかもしれませんが、それのある人には、私たちは最大限の努力をして(当然ですが、学生の方でも最大限の努力をします)学生の背を押し、彼らの夢が叶うよう、出来るだけの助けをしたいと思っています。

 これは、一年ないし、二年ほども見ていれば、彼らの能力(これは「現在」の、というのではありません、「可能性」について言っているのです)は、片鱗なりとも見えてくるものです。一瞬でも、欠けらでも、それが見えてくれば、私たちは全力を尽くします。

 結局は「志」なのです。大学を受験したけれども、「皆、落ちた」という結果になろうとも、懸命に努力した「経験」は残ります。もし「志」が消えていなければ、「もう一度」と考えることも出来るでしょう。そういう「思い」がある人を、私たちは教えていきたいのです。

 もちろん、そういう学生が、来ることは稀ではありますが。

 さて、30日から1月6日まで、このブログはお休みいたします。

 学生達が、宿題をちゃんとやってくれますように。
 勉強したことを忘れないでいてくれますように。

 そして、一人ひとりの夢が叶いますように。
健康で皆幸せでありますようにと、
欲張りな夢はいつまでも膨らんでいきます。

「よいお年を」

日々是好日
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「大掃除」。「異文化とは」。

2011-12-28 10:04:00 | 日本語の授業
 曇り。
今日の天気予報では、最高気温が8度、最低気温が1度と出ていました。が、それほど寒くは感じられません。ファンヒーターをつけてみますと、部屋の気温は5度と出ました。一昨日が4度で、この冬、一番寒かったかしら。まあ、今日だって、寒いことは寒いのです。

 さて、今日は大掃除。学生たちは、特に二年生は、とにかく今日(大掃除の日に)来ずともすむようにと、考えながら休み中を過ごしてきていますから、よほどのことがない限り、(今日は)来ないでしょう…そのはずなのですが、ところが、いつも「ドジ子さん」や「ドジ夫さん」が1人か2人、出現してしまうのです。いつも来ないくせに、いえ、いつも来ないから、(今日のことを知らないから)、来てしまうのでしょうが。

 「今日来た人は手伝うことになっています」とからかうと、顔には「しまった。ドジッた」という文字を大きく書いておきながら、すまして「はい、大丈夫です。何をしますか」とくる者もいますし(これは「海千山千のツワモノ」の部類)、その反対に、聞くなり、ズリズリとお尻から先にドアの方へとにじり寄り、「先生、大した用じゃないです。また来年、さようなら」とくる、気弱組もいます。後者は、あっという間に、尻に帆かけて、スタコラサッサですからね。よくぞまあ、ああも素早くトンズラできるものだと感心してしまいます。

まあ、こちらとしても、端っから当てになんかしていませんが。

 お向かいのマンションが、ほぼ出来上がり、今は敷地内の樹木を入れる作業に入っています。それと並行して、室内の細々とした部分の作業もしているようで、時折、耳をつんざくような機械音がしたり、ドスンドスンと地響きがしてきたりしています。

 それと前後して、時折、マンションを見に来る人たちを見かけるようになりました。だいたいは2人連れですが。その時に、チラリチラリとこちらを見ているようですから、(学校が道を挟んであるということが)気にはなるのでしょう。

 しかしながら、こっちが先ですからね。学校というのは、土日を別にして、平日はどうしても、(初級のクラスでは)大きな声で練習せざるを得ないのです。今のところ、近くのお宅からは大きな苦情は来ていません。それどころか、知り合いの外国人を紹介していただいたり、「学生さんは大変だね」と、お菓子を差し入れしていただいたりと、近所の方々の好意に、日本も変わったなと感じ入ること頻り…のくらいなのです。

 最初の頃は、こんなところに学校があるなんて知らなかったと、すぐ近くに住んでいる人からも言われたくらいでしたが、存在し続けるというのは大したもので、それに伴って少しずつ市民権も得てきているようです。

 ただ最近のこととして、学生たちの寮の問題がありました。ゴミの出し方、洗濯機の使用時間、声が大きいなどが、寮に教師が行った際にご近所の方から苦情として出され、直ぐに指導に入りました。

 学生たちは、近所の方が、それを苦にしているということに気づかぬばかりか、その(私たちが説明していることの)意味さえ理解できなかったようでした。これも私たちがベトナムの彼らの村に行って初めてわかったことですが、騒音やゴミの問題など出るはずがないのです、彼らの住んでいた村では。だいたい問題にならないのです、そんなことは。

 皆が大声で話していますし、それでなくとも、いろいろな雑音が響いてきます。野菜くずや肉くずは、知らぬ間に鳥や犬、ネコが食べています。掃除機など使わずとも、掃きさえすれば、部屋はあっという間にきれいになります。ごみの収集車などもありません。個人できれいにできるのです、おそらくはほとんどが。

 ただ、最後に、代表がお詫びのお菓子を持って挨拶に行ったということを話しますと、途端に学生が顔色を変えて、「ごめんなさい、先生。もう大丈夫。大きな声で話しません。」と言いました。「先生がそうしなければならないような、大変なことなのだ」で、初めてわかったのでしょう、ことの重大性が。

 あれからもう、二三週間が過ぎています。私たちはよくチェックに行っているのですが(ゴミ収集場)、新しい学生が曜日を間違えて出したことはあっても、それ以外はだいたいうまくいっているようです。部屋をきれいにするというのも、1部屋以外はだいたい守られていました。

 よく思うのですが、留学生たちは、人に迷惑をかけているという理屈が理解できれば、直ぐに謝りますし、そうしないように努めます。その点は、まだまだ本当に素直だと思います。最初は自分が何とも思っていないから、他の人もそうにちがいない、だから大丈夫だと思っていても、そうではなかったということがわかると、日本のやり方に従おうと努力してくれます。

 これは多分、彼らが最初に出会う「異文化」なのでしょう。「異文化」というのは、何も、高尚で頭を捻らなければならないようなことではなく、ゴミの出し方1つであったり、掃除機を使って掃除をするかしないかというようなことであったり、鍵をかけなければだめなのかどうかであったりするのです。

 彼らが一つ一つそれらを克服して、新しい年には、また元気な顔を見せてくれることを祈っています。

日々是好日
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「学校へ来る学生」。「お兄さんに、連れられてきたスーダン人の若者」。

2011-12-27 10:20:15 | 日本語の授業
 快晴。今日も「洗濯日和」のようです。乾燥警報が出ていました。朝起きると、結露が窓にびっしりとついています。最近の朝の日課は、この結露取りから始まります。

 ホームセンターに行きますと、結露がつかないと銘打たれた新製品が山のように積まれています。その時々の体力や手間暇がかけられるかどうかによって、人は、製品を選んでいくのでしょう。それから、この頃の流行ですが、多少体に負荷を与えるような家庭用品が変われているようです。楽になるように、楽になるようにと、選んで行けば、将来「脳」しか手足についていないような、今の我々から見れば、奇怪至極の生物になってしまうかもしれません。それでなくとも、かつてホモサピエンスにあったと思われる本能さえ、今は失われて久しいのですから。

 危機を察する知覚とか、バランス感覚…エトセトラ。ああ、ヒトという範疇に属する、己を見みてみても、あったはずなのに、あるいはあるはずなのに、どう足掻こうとその片鱗さえ、今は見当たらないといった能力が、数限りなくあるはず…。生まれた時からもう既になかった、というか、休眠状態であったというか。ヒトは、地球上で、危機に直面する度に、様々な能力を進化させている、またさせつつある他の生物に比べ、(ヒトのその方面での能力は)衰える一方のような気がしてなりません。

 便利さを追求していけば、それは当然のことです。例えば、力がない、けれどもものを持ち上げなければならない。ではどうするか、それならばと、ロボットスーツの開発です。本来は「点」が便利になるためのものであったのでしょうが、しかしながら、飽くなき「開発欲」は、あっという間に、(それを安価に利用できる術を開発し)下々の生活まで便利にしていきます。そして、それがまた「利」を生んでいくのです。

 そのうちに、行き過ぎに気づいたヒトは、次に、その便利さとも戦わねばならなくなってしまうのです、ヒトがヒトであるために。矛盾に満ちた生き方ですが、そうやって螺旋を描きながら、ヒトはヒトなりの進化を遂げてきたのでしょう。

 さて、「結露」の話に戻ります。実は、私も、少々、体に負荷を与えるという、「便利な」製品を選びました。まあ、ほんの少しです、負荷は。本当はそんなものを使わずに、エッサカホッサカ拭いた方がいいのでしょう…けれども。

 ところで、学校です。学生たちが忘れた頃にやってきます。中には、ドアの向こうから(寒いのに、開けて入ってこようとせず)、ニコリと笑って、私たちが気づいてから、やおら入ってくる学生もいます。「お元気ですか」面白いですね。この一言が言いたいがために、そんなことをしているような、学生もいるのです。

 そのほかにも、いつもは来ようとせぬくせに、「戻ったら、一人だった。いつもは学校があるから寂しいとは感じないけれども、学校が休みとなると、やけに寂しい…」というわけで、用事もないのに、メールで「学校へ行きます」なんてのを寄越す学生もいます。

 それから、昨日、いざ帰ろうというころ、スーダンから来たという在日の方が、弟さんを連れて来ました(紹介者は、以前この学校で学んだことのある、在日のスーダン人女性です)。この、弟さんというのは、二ヶ月ほど前に、一度日本語を学びたいと彼の知り合いと一緒に来たことがあるのです。その時には、既に十月生の「ひらがな」「カタカナ」が終わっていたので、(彼が)尻込みをしてしまって、「いやだ。一月開講のクラスのほうににする」と言っていたのです。

 連絡なしでしたので、お兄さんの顔(初対面です)を見た時には、だれだろう、何しに来たのかな(だいたい、ドアを開けながらも、そして靴を脱ぎながらも、携帯電話での話をやめようとしなかったのです。当然、そこに出た私とは目で合図するしかありません)くらいだったのですが、少し遅れて入ってきた弟さんを見て、「あ、知ってる」で、安心しました。不審な人物ではない…まあ、当然ですけれども。

 お兄さんは二人とも日本にいて仕事をしていて、すでに15年になると言いますから、このお兄さんも、かなり日本語が話せます。けれども、系統的に学んだというわけではなさそうです。彼の話す日本語の文型が、どうも基礎的なもので、複文や重文を混ぜると、意味がくみ取れなくなるように見受けましたから。

 私は、その時、この二ヶ月を無駄にしないようにと、いくつかやり方を教えていたのですが、どうも、パソコン漬け(大学ではコンピューター専攻)の毎日を、彼の地にいる時と同じようにしていたそうです。

 お兄さんの方は、今、休暇でスーダンに帰っているもう一人のお兄さんと電話で話し続けています。ということは、彼が電話をしている間、私も、日本語を学ぶという弟さんも、暇なのです。彼らは、完全に二人の世界で話し合っているのですから。でも、わかったことがあります。スーダン人も大声で電話で話すのです。しかも、早口だは、興奮しているように見えるはで、最初は面白かったので、まねして弟さんに言って見せたりして笑いをとっていたのですが(失礼)、そのうちに飽きて、「はい、君、『あいうえお』を言ってごらん」と発音のチェックをしてしまいました。

 そのうちに、(電話での話をやめたお兄さんは)「先生、彼は大丈夫だろうか」と私に訊きにかかります。「彼の気持ち次第である。わかっているでしょう」というと、少しも困ったような顔をせずに、弟にガがガガガーッとものすごい勢いで文句を言います(いえ、叱りつけていると言った方がいいのかもしれません)。弟は、気弱げに、助けを求めるような目で、私を見ます。

 けれども、私だって、(お兄さん)同じです。アラビア語で、「頑張る」という言葉をお兄さんに聞いて、彼に言います。「ん、わかりますか。『シッドヘラ』でしょう」。最後はこれしかないのです。最初さえ頑張って、ある程度話せるようになりさえすれば、あとは面白くなるものなのです。どの民族の言葉であっても、同じです。

 言葉のわからない国で、一人、ぽつねんとコンピューターだけを友としてというのは、あまり美しい光景ではありません。それならば、話したい時に、だれかと語れる国へ行った方がいい。そう思うのは、一人私だけではありますまい。

 ヒトというのは、コミュニケーションなしには存在し得ない、またこれがうまくいかなかったら、生き続ける意思を失うかもしれない、そんなか弱い動物であるのですから。

日々是好日
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「ソーユーモーの花」。

2011-12-26 10:03:36 | 日本語の授業
 快晴。
 私たちが、「ヨーユーモーの花」と呼んでいる「デンマークカクタス」が咲きました。彼女がこの花を持ってきてくれたのは、もう二年も前のことになります。ちょうどきれいに咲いていた時のことで、まあ、きれいと皆見とれていたものでしたが、花の期間が終わると、次第に生気を失い、茎というか葉というか、その部分も、黄色く茶色じみていきました。一時の華なのかと、それでも適当に水を遣りながらおいておきますと、また、去年、小さな白いつぼみをつけてくれたのです。

 「ううむ、まるで彼女のようだ。逞しい(つまり、根性がある)」と皆が見ていると、そのつぼみが、ある日突然、透明感のある真っ白な花を咲かせたのです。これは白、ピンク、赤と、花の色が変わっていく種のようで、こっちは白、あっちは赤と、同じは鉢の中で、それぞれの天地を味わうことのできる美しい花なのですが、今年も、そろそろだねと言っているうちに(実は、私たちが、ベトナムへ行っているうちに)、また花を咲かせてくれました。きっとこの花のように、彼女も大学院で花を咲かせてくれることでしょう。

 そして三連休のあとの、今日、見てみると、三輪が満開状態になっています。まだまだ葉か茎の先にたくさんのつぼみがついていますから、先は長い。ただ残念なことに一番いい時期は、暮れと正月に重なっています。来年来た時にも、美しいままでいてくれるといいのですが。

 さて、学校は、23日の金曜日が祝日でしたので、クリスマスイブとクリスマスの日は、学生たちの顔を見ることができませんでした。いつものことですが、日本でクリスマスの期間を過ごしたことのない学生たちは、(クリスマスの前に)「クリスマスは、(日本人は)どうやって過ごすのか」と必ず聞いてきます。

 クリスチャンが多いフィリピンの学生の学生であったら、それもわかるのですが、確と宗教心があるわけでもない学生たちまで聞いてくるのですから、クリスマスという「行事」は世界的に拡がっているものとみえます。

 寒さは厳しさを増しています。日本海側は、「雪だるまさんマーク」が、連日のように続いています。それに引き替え、大平洋側は晴天が続いています。で、ここ行徳は、大平洋側の気候であり、しかも東京湾の奥深くに存していますから、結局、他の地域で雪であってもここは、お日様が照るということになるようです。都内よりも一二度、気温が高いのです、私はいつも寒い、寒いと言っていますけれども。

日々是好日
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「大学に合格したけれども、行きたくない」。

2011-12-22 10:11:25 | 日本語の授業
 曇り。今日は、一日中曇っていそうな様子です。何といっても雲が厚い。ちっとやそっとでは腰を上げそうにありません。きっと今日は一日中、居座るつもりなのでしょう。

 さて、昨日、学生が一人やってきました。大学に合格したのに、私たちが戻ってきても、うんともすんとも言ってこなかったので、たまりかねてこちらから電話したのですが(実は、手続きに手間がかかるのです。案外、学生はこの「お知らせ」が読み取れず、下手をすると入学金の払い込みが遅れ、入学が取り消されるということもあるのです)やっとやってきました。

 そして、大学には行くつもりはないのだと言います。あれほど願書書きのためにエネルギーを費やしたのに、とも思うのですが、「損」か「得」かで、大学進学を考えるのなら、答えは難しいところでしょう。だいたい「学ぶ」ということに、損も得もないはずなのですから。

 というわけで、あとは本人の考え方次第ということにしました。合格したので、却って不安になったのでしょう。

 人は様々な経験を繰り返しながら、生きています。成長しますと言えないところが辛いところですが、まさに人というのは、そういうものなのでしょう。

 自分を見てみてもそうです。あれ、またやってしまったと思うことの何と多いことか。その都度それが教訓になっていればまだしも、それどころか一分と経たぬうちにもうケロリと忘れているのですから。

 ただ、それでも心に深く残ることがあります。その傷が深ければ、ある時はトラウマとなり、ある時は教訓となりして、人のそれからの人生に光か影を投げかけることになります。

 「亀の甲より年の功」とはいうものの、年を取っているから優れているかというと、そうも言えないところがなんとも恥ずかしいところですが。それでも、辛い経験の方が、勝って記憶に残ります。だからといって、この「辛い経験」が、その人の人生にとって「損」になったかというと、どうでしょう。だれも答えられはしないでしょう。

 何事でもそれを活かすことができれば、「得」になり、そうでなければ「損」になります。

 実を言いますと、知識とか学問とかの面で、「損得」を考える人とはあまり私たちは馴染めないので、本当に困るのですが。

 その人の経験から、中には「大学へ行っても、それを充分に活用することができなかった。だから、あの四年間は時間の無駄だった」と思う人もいるでしょう。その反対に、大学で思いもよらぬ目を開かされ、どんどん自信がついたと言う人もいるでしょう。また、ただ単純に、一人で考える時間を持てたとか、無我夢中でアルバイトに励んでいただけだったが、友人ができて有意義だったと言う人もいるでしょう。

 もっとも、一番問題になるのは、「大学には行きたい。けれども勉強に全くついて行けそうにない」という場合です。

 その場合は、無理をしないで、自分が、楽に学び、楽しめ、技能を身に付けることができるような専門学校を選んだ方がいいのでしょう。何といっても、「行けるのなら行きたい」くらいであるのなら、行かない方がいいのです。そういう気分で行って、途中でついて行けなくて大学をやめてしまったという外国人留学生も少なくはないのですから。

日々是好日
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「忙しかった昨日、そして忙しくなりそうな今日」。

2011-12-21 09:09:59 | 日本語の授業
 薄日が射しています。今日一日は曇り、そして北風が牙を研いで待っている…そうな。金、土とその渦の中心へ巻き込まれそうですから、まずは心の準備をしておかねば。

 昨日、ベトナム人学生(私たちがベトナムで会った数人の父兄の子供)に、父母の様子と彼らの一言(ビデオ)を見に来るように連絡しました。

 アルバイトが既に入っていて、来られない学生もいました。昨日来ることができたのは、二人だけです。最初の学生は、それを見ながら、「ここは、だれのうち?この人はだれ?」おやおや、あんなに近くに住んでいても、知らないのかと少々驚きました。どうも親同士はよく知っていても(大人の世界ですから)、子供達は知らないようですね、友だちの親の顔は。

 親御さんに子供達への一言を言ってもらい、それを録画したものを見てもらい、その様子を私たちは私たちで観察していたのですが、学生たちはにやにやしているばかりで、何を言われたのかと聞いても何にも答えてくれません。一応私たちは現地で通訳してもらったので、知ってはいるのですが(だいたい、だれでも同じことを我が子に言うもののようですし)、彼らの口から、直接聞きたかったのですけれど。

 彼らに付き添って来た学生の一人が、自分の所へはいつ来てくれるのかと、私たちに聞きました。同じ村から十人くらい来たらねと答えている教員の声が聞こえてきます。それに答えて、学生が「大丈夫。近いです。飛行機で一時間ちょっと」と言っています。いつの間に、国際的な距離感、時間差を身に付けたのでしょう。そうですか、一時間ちょっとですか。私はちょっと…ですけれどもね。

 昨日はそのほかに、寮費を払いに来た学生とか、この学校の4月生の申請にきた卒業生…に準じた(学生が在学だったころ、彼と一緒に暮らしていた他校の学生)なども来て、なかなか賑やかでした。

 おまけに一月生のための部屋を見るため、不動産屋さんにくっついて(その部屋に)行ったり、そのついでに、他の部屋の学生のゴミの始末のチェックをしたりと、休みとはいえ、なかなか落ち着いて仕事をするというわけにはまいりません。

 それから、私たちが留守の間に、大学に合格した学生もいましたから、彼女に一度学校へ来るように(合格通知書と注意事項の書かれたものをもって)と連絡しておかなければなりません。学生は合格してしまえばそれで終わりと思ってしまうようで、下手をすると、(うっかりして)入学金の払い込みが遅れたりすることもありますから。

 私たちが出発した日に、大学院の方へ、先生に会いに行った学生もいたのですが、彼女からのメールに、先生と一緒に研究生の願書を受け取りに行ったとありましたから、彼女に研究生の願書を持ってきてもらい、それも確認しておかなければなりません。

 そうこうしているうちに、いつの間にか雲が切れてきました。予報とは違い、青空になり陽射しが戻ってきそうです。お日様さえ顔を出してくれれば、心も温かくなるのですが、厚い雲に覆われ、薄暗くなり、北風がビュウビュウと吹くようになりますと、人というのは、体が縮こまり、すると心もかじかみ、ろくなことはなくなってしまいます。冬はお日様様々ですね。

日々是好日
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『ベトナムのバックザーにて」。「HATOの学生たち」。

2011-12-20 12:59:42 | 日本語の授業
 快晴。いい天気です。しかし寒さは本格的になっていました。特にハノイから戻ってきますと、早朝の風に、凄烈さまで感じてしまいます。風の冷たさに、日本に戻ったことを再確認してしまいました。日本を留守にしたのは、行き帰りを別にすれば、わずか二日にすぎないことでしたのに。

 17日は朝、バックザーの村へ行き、ある学生のお宅に、(その村出身の学生たちのご両親に)集まってもらいました。車を運転して、案内してくれたのは、ハノイの日本語学校、「HATO」のグエン先生です。途中の河川敷には、椰子畑の大きな青々とした葉や、ガバ畑などが拡がっていました。実は我々三人とも、ガバのなっている所を見たのは初めてでした。

 牛や水牛、馬が畑で働き、アヒルが水浴びをしているような牧歌的な光景が、どこまでも続き、路肩には、フランスパンや、果物などを売る人が手招きして客を呼び込もうとしています。

 そのうちに、村に着いたらしく、細い道に入っていきました。グエン先生が電話しますと、向こうの方で、手を振っている人が見えます。

 学生たちの父兄は、本当にお互いがご近所さんでした。日本にいる時には、この「近さ」がわからなかったのです。「おいおい、先生達が来たよ。おいで」と手を振れば、直ぐにわかり合えるような距離です。自然に一人二人と、親御さん達が集まってきました。学生たちも子供の頃からの知り合いのようで、それだから、日本へ来ても、助け合えるのでしょう。それから、犬もいましたし、ネコもいました。ちゃんと働き者の犬でありネコであります。ここでは、それぞれが役割を分担しているのです。犬は人が眠っている間、アヒルや鳥の番犬として、ネコはネコの声がすると鼠が寄りつかないという理由で、きちんと働いていました。

 午後は予定よりも三時間ほど遅れて、(ここも拠らないわけにはいかないとグエン先生が細い道や太い道を連れて行きますので、どんどん時間が延びていきます)「HATO]に戻ってきます。待っていてくれたのは、既に来日が決まっている「一月生」と、翌日、ナットテストを控えた「4月生」です。

 一応、日本語の程度を見、それから、来日後の注意をしていきます。既に来日後の問題点やお願いなどはグエン先生の方にしてありましたので、ここでは学生たちの日本語のレベルや個々の性格、そしてそれらをひっくるめた大まかなところを見、来日後、どういうカリキュラムを組んでいけばいいか、それから生活上の注意はどうしていけばいいかなどを考えていきます。

 「一月生」は「非漢字圏」の学生だけですので、「中国人」対象のカリキュラムでは通用しません。これまでは彼ら(非漢字圏)のために「四級」、「三級」の漢字のテキストを作ったり、「中級」や「上級」の教科書に対応した漢字のテキストを作ったり、また、それとは別に「漢字練習」の時間を入れたりしていたのですが、彼らを教えていくうちに、漢字だけを覚えても、どうにもならない段階があるということに気がついたのです。その上(読解)に、なかなか行けないのです。

 それで、その点を加味しながら、「一月生」を指導していくことにしています。

 何事によらず、手探りであるということは、否めないのですが、特に新しい国の学生が増えた場合、それぞれの国情や教育の面から再興し直さねばならないということもあるのです。一国から来ている学生の人数がクラスの半ば以上を占めた場合、特にそうなのですが。

 さて、そういうわけで、親御さんたちから頼まれたお土産を渡すべく、また親御さん達に学生向けの一言を入れてもらいましたので、それを聞かせるべく、関係する学生たちには、それぞれ電話を入れておきました。そんなことをしているうちに、一月に専門学校受験を予定している学生が二人、面接の練習にやってきました。まずは作文書きからです。質問を用意し、それぞれの答えを書かせていきます。明日も朝、来るとのことでしたので、今年はしばらくこういう練習が続くことでしょう。

日々是好日
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「明日から四日間お休みです」

2011-12-15 18:05:07 | 日本語の授業
 さて、明日から、教師三人で、ベトナムのハノイに行ってきます。それで、このブログは19日まで四日間お休みになります。ハノイでは、在校生の父兄や、一月に来日予定の学生、並びに四月に申請している人たちに会う予定です。ハノイの町を歩き、彼らの村へ行き、彼らの行動の一端が窺えたらと、かすかな期待を抱いているのですが。

日々是好日
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「紹介の輪」。

2011-12-15 09:54:27 | 日本語の授業
 晴れ。昨日は雨で、「冬だ、冬だ」と騒ぎたくなるような寒さだったのですが、今日は晴れ。昼には11月並の気温になるそうです。詳しく言いますと、最高気温が15度超で最低気温が6度くらい。そして洗濯は、二重丸。乾燥しているのでしょう。

 近くのマンションの窓ガラスに陽が当たって、強く反射しています。この学校でも、三階の自習室は天国です(午前中だけですが)。陽が当たって温室状態になっているのです。以前、学校があるときに、午後の学生が、朝、時々来て勉強していたのですが、曰く「エアコンはいらない。暖かい」。

 それに引き替え、反対側の教室で勉強している「A・Bクラス」の学生達は、「寒い、寒い」。で、来ると直ぐにエアコンの温度をあげようとします(私が早く来て、教室を暖めているというのに)。中には「あっちの教室で勉強しましょう」と言う学生さえいたくらいですから。

 さて、学校です。
 昨日、外から戻ってくると、若い教師の周りにいた、ベトナム人女子学生が四人、目ざとく私を見つけて、「おはようございます」。どうしたのかと聞くと、両親にお菓子を持って行ってほしいとやって来たというのです。ところが、両親への一言を書く(本当は手紙を書くように言いたかったのです)というのは「だめだ」と嫌がるのです。「書けない。書けない」の一点張りです。四つのくちばしが、それをピィピィ囀るのですから、なかなか…うるさい。

 しかしながら、どうして書くのを、こうも嫌がるのでしょう。荷物は小さいのならいいが、大きいのはだめと言っておいて、さてまた、話を戻します。「ベトナム語と日本語で書いて、それから漢字も書いてみて。ご両親は驚くよ。おお、漢字も書けるようになったのか」と言って。硬軟併せてとはまいりませんから、「軟」一本張りで攻めまくります。

 そういえば、先日来た男子学生も嫌がっていましたっけ。「毎日、電話をしているから、いい」と言うのです。それでもまた勧めようとすると、逃げるように帰ってしまいました。「元気です」だけでもいいのに。

 ところで、来年三月に卒業を予定している学生たちは、そろりそろりと、また動きを見せ始めました。11月に第一波があって、それからしばらくは鳴りを潜めていたのですが、第二波が動く頃になったのでしょう。

 (この学校では、「四月生」、「七月生」、「十月生」、「一月生」と募集を年に四回かけています。それで、同時に卒業せねばならぬといえども、日本語の能力に若干差が出てくるのは否めないところです。「四月生」は、ある程度早く行動を起こせますが、「十月生」などは、やはり遅れ気味になってしまいます。それに漢字圏の学生と非漢字圏の学生との間にも同じようなことが起こります)。

 「ディズニーシー」へ行った翌日の火曜日に一人、水曜日に一人、希望校へ見学に行ってきました。その前に、担当の教師が専門学校や大学の方へ、学生が訪問することを連絡し、世話を頼みます。

 昨日は、学生が来て無事に帰ったと、大学の担当者から連絡が入りました。担当教師が礼を言いながら、いま一人、帰国中の学生も希望していることを伝えます。

 この間に立つ人というのはとても大切な存在です。その人が親身になって相談に乗ってくれているようであれば、他の学生の面倒もよく見てくれるであろうと、学生たちに勧めることもできます。その反対に、もし、事務的な対応で終わってしまうようであれば、こういう所(大学なり、専門学校)に入っても、学生が苦労するだけと思ってしまいます。

 学生の方からは連絡がなかったので、担当教師が連絡します。彼女からの報告でも、好感を抱いているようでしたので、大学の担当者の名前をチェックして、これからその大学へはこの人を通すことにしておきます。

 あれやこれやしているうちに、「一月生」として申請していたタイ人学生、二名がすでに入国したとの連絡が入ります。できれば少しでも早く会えるようにしておきたいのですが、明日の16日から19日まで、皆でベトナムへ行きますので、その間は会えません。二人のうちの一人は、今日申請した人と一緒に来ます。

 この、彼女を申請した人というのは、この学生の叔母に当たるそうで、彼女も一時期、この学校で勉強していました。卒業生といい、こういう人といい、自然に「輪」は拡がっていくのですね。水面に落ちた木の葉でも、水面に輪を描けるように、こういう小さな学校でも、すこしずつ「紹介の輪」は拡がっていくようです。

日々是好日
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「卒業生の紹介」。

2011-12-14 12:41:55 | 日本語の授業
 今朝は雨で明けました。静かな雨で、音もなく降ってきます。雨の朝もなかなか乙なものです。授業がない日は、心を急かされるものがありません。落ち着いて家を出ることができました。雨で、いつもの「ぶさかわ」いいネコは見当たりません。どこやらの軒先を借りて、こういう日は寝るしかないと思ってでもいるのでしょう。代わりにお散歩中の犬と出会いました。マルチーズの犬がちょこまかと足を動かしながら、歩いています。追いついたので、挨拶をします。チラッとこちらを見たような気がしたのですが、長い毛が大きな目にかぶさっています。

 飼い主はお年を召した男性。どこまで行くのかと尋ねられ、直ぐそこと答えます。面白いですね。それで終わりです。マルチーズは雌でしょう。かわいいレインコートを着て、耳の辺りにリボンをつけていましたから。

 というわけで、心優しく穏やかに、学校に到着することができました。

 さて、学校です。これは昨日のことですが。二人の卒業生から4月生を頼みたいがと電話がありました。残念なことに二人とも、日本語能力を証明できる試験を受けていません。ということで、次回ということになりました。それでということもないのですが、そういえばということで、見てみると、4月生の半分以上が、卒業生の紹介です。この学校は小さいので、人数はそれほど多く入れられないのですが、それでも卒業生が自分の身内や友人を紹介してくれるのはうれしいものです。

 私などは、学生たちを「しごく」方でしたから、思わず「いいの。この学校に来たら大変だよ」と言ってしまいます。すると大半はニコニコ笑って「大丈夫。厳しい方がいいです」。

 まあ、そうでしょうね。それがわかった上で、ここの学校で勉強させたいというのですから。それに、彼らは皆、ここにいる時には一生懸命に勉強していた方でしたから。だから、同じようにさせたいと思っているのでしょう。もっとも、私に限らず、ここの教員は、皆、一様に、厳しい。

 ただ、学校というものは、厳しければいいというものではありません。勉強の時でも、皆、よく笑います。これは教師も学生も共にです。

 特に、月に一度の課外活動を楽しみにしてくれています。一日旅行として、バスで行くのは、隔年で、「日光(今年は箱根でしたが)」か「富士山」。近場の一日旅行では、同じく隔年で、「鎌倉」か「横浜」。そして一年の締めくくりは、これも隔年で「ディズニーランド」か「ディズニーシー」へ行きます。

 それ以外の時は(普通は午前中だけということで)、「浅草」や、「皇居」、「テレビ局」、「上野動物園」、サクラの頃は「千鳥ヶ淵」、モミジの頃は「神宮外苑」、「六義園」、「小石川後楽園」…さて、あとはどこへ行ったかしらん、忘れてしまいました。「水族館」へも行きましたね。それにコンピューター志望の学生が多い時には、そういう催し物に連れて行きました。「博物館(東京国立博物館、江戸東京博物館、科学未来館など)」にも行きました。「朝日新聞社」へも毎年行っています。思い返せば、いろいろな所へ連れて行っています。

 新聞などで取り上げられている所へは、時間の許す限り連れて行くことにしているのですが、それも、毎年連れて行くことにしている場所の他にですから、時間をとるのが難しくて、残念ながら割愛しなければならないことも少なくありません。

 もちろん、そうはいいましても、本道は、日本語です。勉強に、アルバイトにと頑張っているからこそ、こういう月に一度の活動を楽しめるのです。こういうことは、生活に余裕がなければ楽しめないことですから。

 毎日の生活が多少辛くとも、これでメリハリが、ある程度はつけられます。これをしないと、学生は、アルバイトと学校と、二地点の往復で、日本語学校での二年間を終えてしまうということになってしまいます。それは辛い。それで、これを頑張った上で、その傍ら、知識を深め、見聞を広めるために、連れて行っているのです。あと一つは息抜きのためですね。だいたい日本語がわからなければ、連れて行っても「行った、見た、帰った」で、教育的に見ても、それ以外の上からも、何の意味も意義もありません。

日々是好日
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「昨日は、皆で一緒に、『ディズニーシー』へ行ってきました」

2011-12-13 10:48:53 | 日本語の授業
 昨日は、例年通り、「一年の締めくくり」というわけで、「ディズニーシー」へ行ってまいりました。来年は「ディズニーランド」です。

 昨日は今日と同じように快晴でした。しかも暖かく、ここ二年ほど続いた「雨と寒さののディズニー」と、やっとおさらばできました。

 皆、朝の9時前には到着しており、そのまま一緒にゲートをくぐります。ただ残念なことに「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮」は修理中ということで、一緒に廻るコースから外さねばなりませんでした(それ以外は、ほぼ予定通りでした)。蒸気船(トランジットスチーマーライン)にも、電動式トロリー(エレクトリックレールウェイ)にも乗れましたし、「マーメードラグーンシアター」へも「マジックミラーシアター」へも行けました。ウミガメの「クラッシュ(映画『ニモ』)」とも、「タートル・トーク」で会えましたし、おしゃべりも楽しめました。いつものことながら、怖いのが大好きな学生が少なからずいて、「タワー・オブ・テラー」には興奮しきり。また乗るのだと、取り方を教えてもらい、ファストバスを獲得しに走ります。

 最後に「ファンタズミック」を見て、3時頃に解散したのですが、それまで学生たちはよくついてきました。今年はあらかじめ強く言っておいたということもあったのでしょうが、途中で「お腹すいた」とか、勝手な行動に走る学生も少なく、まずは順調に流れていけました。

 解散後、直ぐに帰る学生も若干名いましたが、大半は最後までいるのだと、先程乗れなかった「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー」と「タワー・オブ・テラー」、そして「レイジングスピリッツ」には乗らねば帰れぬとばかりに張り切っていました。

 怖いのが好きな学生たちは、悲鳴が聞こえる方へと敏感に反応します。それも「ワクワク」として。そして「あれ、あれ。あれに乗るぞ」と目を光らせて、チェックしているのがわかります。こうして一緒に廻っているうちに、様々な事に気づき、自由行動になったら何に乗ればいいのかがわかっていくのでしょう。

 ただ来日後、まだ二三ヶ月しか経っていない学生というのは、先輩学生、特に同国人のですが、その人達がどうするかによって、行動が左右されてしまいます。彼らが行かないとなると、いくら(教員が)残るように勧めても二の足を踏んでしまうのです。だいたいチケットを、既に買って中に入っているのですから、楽しまなければもったいないというのに、それがどこまでわかっているかも、よくわかりません(口が酸っぱくなるほど言っているのですが)。夜の十時まで残って、乗ったり見たりするのに、あれ以上のお金は必要ないのですが。あと、いるとしても、かかるのは飲食物代とお土産代くらいです(水も飲まないし、お土産も買わなければ、お金はいりません)。

 とはいえ、こういうことを、無理強いしても意味のないことです。時間が経ち、日本の生活に慣れてくれば自然にできるようになるのですから。つまり「個」で行動することができるようになるのです。「個」と「個」が、共に行動することもあるでしょう(国や民族に関係なく、怖いものが好きな者同士で一緒に行動できるようになるということです)。「どうしても、同じ習慣を持っている同国人同士でなければ、『落ち着けないし、安心できない』とか、『楽しめない』」とかいう気持ちから自由になれるのです。

 こういうことを書いているうちに、一人学生がやってきました。聞くと昨日は最後まで残っていたと言います。二年目の学生たちはこういうとき強いですね。10月生もきっと来年はこうなっていることでしょう。

日々是好日
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「漢字のテスト」。

2011-12-09 10:17:55 | 日本語の授業
 雨。今朝は、氷雨がしとしとと降っています。

 「こういう(しとしと雨)のは、雨のうちには入らねえ」と、傘なしで飛び出そうという、スコールの世界から来た南国の人たちも、一度、この雨に打たれてみれば、「あわわわわ」と、慌てて部屋へ戻り、傘を持ち出してくることでしょう。冷たい雨ですから。

 今日は、今年最後の教室での授業。最初に「お正月」について、次は、「ディズニー映画」第二弾、と言いましても、二年おきに見せている同じものなのですが、そして最後は、休み中の注意並びに12日のチェックです。

 12日のことですが、「舞浜駅」まで来ることができれば、そこには既に教員が待っていますから、「シー」へのミッキーマウス電車に乗れば、終わりなのですが、「Dクラス」の女子学生が一人、東京都内から来ているのですよね。彼女が無事に「舞浜」まで来られるかどうかが、少々心配なのです、係の教員曰く。

 あとは、大半が「ABクラス」の学生たちと同じ行動をとりますから、安心していられるのですが。

 「行徳」という町では、自転車に乗れないと、随分、不便な生活を強いられてしまいます。狭い街ですが、学生たちはアルバイトが決まるや否や、急に分刻みの行動をしなければならなくなるのです。アルバイトに行く時も、学校へ行く時もそうです。来日後、三四ヶ月までは(日本語があまりできないので)、工場のアルバイトくらいしかできないのですが。

 さて、学校です。
 昨日、最後ですので、「Dクラス」の学生たちに「1課から25課」までのテストをしました。同時に漢字テスト(三級から20字、四級から40問ほど)をしたのですが、彼らの頭の中には、「漢字、漢字」と漢字テストのことしか残っていなかったようで、全部が終わってから「先生、先生は昨日、漢字テストのことしか言わなかった」と恨まれてしまいました。

 しかも、漢字テストは、「初級Ⅰ」のテストが終わってからでしたから、せっかく覚えていた漢字を、(その前のテストで)きれいさっぱりと忘れてしまっていた…と言う人も何人かいたようです。前の10字は書けても、後半分が空白のままなのです。ちょっとかわいそうだったような気もしましたが、これも仕方がないか…。

 人というものは、どうにか手が届きそうだと感じられれば、頑張ることができても、そうでなければ、端っから、見ようとすらしないものなのでしょう。それでも(不可能と思われても)コツコツと(その夢に向かって)頑張ることの出来る人は、ある意味で、天才以上の強さと能力を持った人なのではないかと思ってしまいます。

 卑近な話ですが、漢字の習得において、(初級では)その限界が、漢字100字ほどなのかもしれません。もちろん、最初から100字というわけではありません。毎日7,8字ずつ書いていき、そして20字貯まったらテスト、その繰り返しをしてです。

 これを、三級までとばしていって、その速度についていくことができるというのは、それだけでも根性と見込み有りということになっりいます。教えながら、まだまだついてこられるかな、もうそろそろ音を上げるかなと学生たちの様子を見ながら、練習をさせているのですが。

 ただ日本語において、漢字とは、それだけを覚えればいいというものではなく、一つの漢字に幾通りもの読み方があるので、「漢字(字の形)を覚えた、さあ上がり」ということにはならないのです。高校生や社会人に要求されるものではなく、小学生や中学生くらいのものにおいても、読みを覚えるというのは、かなり難しいことです。

 つまり、その漢字の「意味」がある程度掴めていないと、和語の言い方にその漢字をあてはめていくという、そのやり方をしている思考回路が読み解けないのです。一度それができてしまえば、後はそれほど難しいことではないのですが。

 最近「Dクラス」では一つの山を越えられた人が何名か出てきたような気がします。反対に滑り落ちてしまった人もいるようですが。とはいえ、これとても、幾度か繰り返せば、最後には乗り越えられることなのですから、結局は、「コツコツ」さんの勝ちなのです。

 すべからく、人生というものは、そうなのでしょうが。

日々是好日
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「傘の返却」。「映画『ニモ』」。「やりたいのは『不動産の賃貸』という卒業生」。

2011-12-08 08:26:50 | 日本語の授業
 曇り。今朝の天気予報では、一日、11度から7度を推移していくとか。

 昼過ぎから雨が降るといいます。けれども、多分、傘を持ってこないでしょうね、大雨でない限り。今にも降り出しそうな雨模様でも、傘を持ってくる習慣がない学生が多いので、困ります。そして帰る頃に雨が強くなると、「先生、傘を貸して」と来ます。翌日約束通りに傘を持って返しにくる学生は稀で、学校の傘がどんどんどんどん減っていくと言うことになります。結局は自分たちが困ることになるのですが、平気な人も少なくないのです。

 彼らは、これからも、日本で生活をしていくつもりだと言いますから(この学校を卒業したら帰国するという学生はほとんどいません)、日本では借りたものは返すのが常識だということをわからせていく上からも、厳しく注意していかなければならないことの一つです。

 相手が日本人ならば(これも耳タコですが)、うっかりしていたのだろう、明日はもってくるだろうから、せっつくのも、かっこわるいなどと思えるのですが、相手はそんな神経は持ち合わせていませんから、二三日して、「返していないよ」と言うと、「知らない。借りてない」などとも言いかねないのです。

 これが続くと、学校にある傘も払底し、彼らが本当に必要とする時が来ても、貸すことができません。その都度、「学校には数十本の傘があった。けれども、返す人が少ないので、いつの間にかなくなった。身から出た錆です」と言いたい気持ちを抑えなければなりません。言っても、「しまった。そうだった。自分も返していなかった」などと思ってくれる人はいません。自分には関係ないという顔を、当の本人であっても、したりするのです。

 ですから、少々嫌らしいなと思われても、一つ一つ、クドクドと言っていくしかありません。特に、どうにかなりそうな相手には。不利益を被るのは、結局、彼ら自身なのですから。

 さて、学校です。
昨日はディズニー映画の第一弾、「ニモ」を見る日でした。その前に、まず「東京ディズニーリゾート」の「ディズニーシー」には、いかなるアトラクションがあるかを見せ、説明を加えていきます。それから「ニモ」のあらすじと登場人物(主に、魚や鳥、鯨などですが)の説明です。あらすじは、興味が減じないように注意しながら説明を加えていきます。それから「ニモ」を見せ、それが終わると、30分ほどをかけて、12月12日の、今年最後の課外活動、「ディズニーシー」のアトラクションの説明と、行き方のチェックです。

 寮から行くとして、一番経済的で、簡単な方法は、、市川塩浜駅まで自転車で行き、そこから三つ目の舞浜駅まで、電車で行くことです。しかしながら、自転車がない、或いは乗れないという学生もいますから、「東西線浦安まで電車で行き、それから舞浜駅までバスで行く」という方法と、「西船橋まで電車で行き、そこから武蔵野線に乗る」方法を、乗車すべき時間を提示しながら 説明していきます。

 一人か二人、「ABクラス」の学生が、三つの行き方のどれにも含まれていれば安心なのですが、「Dクラス」の学生だけで行くとなると、少々不安になってきます。

 とはいえ、説明してくれた若い先生は、随分説明が上手になりました。そばで聞いていて、よく意味も判り全体像も掴めましたから、学生達もきっとそうだったでしょう。

 とはいえ、肝心の午後のクラス、「Dクラス」の説明の時に、私は参加できませんでした。彼らは、大半が今年の10月、或いは7月に来ていますから、日本語の理解にも限りがあります。しかも、集合時間に遅れると他の人に迷惑がかかるということがわからない、つまり、それは日本語のレベルの問題というのではなく、その行為が人の楽しみを阻害するという意味が判らないという学生が、若干名含まれていますから、とても気になっていたのです(それは一事が万事ですから、ディズニーに行く時だけの問題ではありません。こういう事が一つ一つできないと、日本人と一緒になって働くということは無理なのです。しかしながら、それもわかりません)。

 しかし、ちょうど「ニモ」の最後の場面の頃、卒業生がお菓子を持って訪ねてきてくれたので、席を外さざるを得なかったのです。彼は、グッと痩せて。いえ、痩せてというのは、あまりふさわしくない表現かもしれません。この学校にいた時でさえ、90数㌔あったわけですから。しかも大学入学後、100㌔を超えた時もあったそうです。それで一念発起して、ダイエットに励み、20㌔ほど減らすのに成功したと言いますから、大したものです。

 その上、痩せ方も、正道というか、王道と言っても良いもので、まず大学まで歩くことから始め、そうやっているうちに、走りたくなったので、走ってみた。すると、少しも疲れない。「ほう、俺でも走れるんだ」というのが自信の始まりで、それからはどんどん距離を伸ばしていき、今ではかなり食べても太らないと言います。

 その前に始めたという「禁煙」も、もう3年以上も続いているといいますから、人は変われば変わるものです。この学校にいた時は、太った甘ちゃんでしかなかったのに。この学校に在学中は、「たばこを吸うな。禁煙だ、禁煙」と言っても、「知らない」と言って、拗ねていたものですが、やはり、大学というのは、自分で自分を管理していかねばならぬ所であるということが、早くにわかったのでしょう。

 「本当はもっと早く学校に来たかった。卒業時に、『いいことがあったら連絡して下さい』とM先生に言われたから。けれども『一級試験』に合格したときに連絡し損ねた。すると少し敷居が高くなった。『宅建』に合格したときも、また連絡し損ねた。敷居はもっと高くなった。そして『原発』です。3週間ほど帰国して、帰ってくると『就活』に追われて、時間がとれない。ますます行きにくくなった、でも行かなきゃと思っているうちに、、どうも私(K)が一昨日夢に出てきて叱りつけたようです(ホントかな?)。

「やさしい私がそんなことをするものか」と言いますと、「やさしくない」と例の目つきで抵抗します。

 この学生は、親切でとても心優しいのですが(人に惨い仕打ちはできないのです。これは生まれつきでしょう)、どうもそれが「顔」に出ない。自分を抑えなければということはわかっているのですが、時々ムッとすることがある。するとすぐにそれが表情に出てしまう。

 この学校にいる時は、そんなことでも、「からかって終わり」で、すんでいたのですが、社会に出るとなると、そうもいきません。一回で相手に好感を持ってもらわなくてはならないときも出て来る。それがどうも不安のようです。

 彼の希望は、不動産の賃貸です。一発あてようという売買でないというのが、いかにも彼らしくて面白い。で、聞いてみると、自分が日本語学校を出て部屋を探す時に苦労したから、そういう学生の役に立ちたいというのです。この志がある限り、きっといい会社に出会えるでしょう。これも人事を尽くしているのですから、あとは運と縁を待つしかない。あとはめぐってきた運を逃がさないようにするだけです。いい連絡を待っています。

日々是好日
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「『風土』と『時の移ろい』」

2011-12-07 18:15:30 | 日本語の授業
 快晴。昨日は午後過ぎから雨が降りました。冷たい雨でした。しかるに、しかるにです。南の国から来た人達は、雨の時は傘をさすものではないとでも決めているかの如く、平然とそのまま帰ろうとします。

 「傘は?」と訊きますと、「大丈夫。傘なんていらない」と答えます。「日本の雨は冷たい(それだけではありません。ポツポツというような降りではなかったのです。常識的に考えて、日本人なら傘を忘れていたら慌てるくらいの降りだったのです)。濡れたから風邪をひく」と言いますと、問いたげな顔をして、私を見ます。

 それからもう一人、北の乾燥地帯から来た学生は、「雨ですか。(そして、やはり)大丈夫」と言います。「寒いよ」。「(私の国では)秋です」。まるで、禅問答です。途中で笑い出してしまいました。

 この学生は、以前、「東京では、冬、昼でも10度にならないことがある」と言った時に、どうも、その数字に、マイナスをつけて理解していたようで、「ふ~ん」と一言で終わり。それから、ある日、「東京は、真冬に、零下になる日が、二三日、あることもある」と言いますと、「えええっ」と、ひっくり返るくらい驚いていましたっけ。

 風土のみならず、季節というのは、ある国の民を理解していく上で、なおざりにできない要素です。日本人は(日本列島には)四季があると思っていますが、花は年中咲いています(樹の花、草の花、時には水草の花も)。ですから、北の国の人たちから見ると、冬がないように感じられるのかもしれません。

 もしかしたら、「日本には、四季がある」と言うよりも、「時が、ゆっくりと移りゆき、次の年に、それがまた繰り返される」と言った方がいいのかもしれません。

 大宮人は、弥生の頃に着る色目の服、皐月の頃に着る色目の服と、細かい分け方をしていたと言います。もしかしたら、四季という大雑把な分け方よりもその方が、日本人の感性にしっくり来るのかもしれません。

 これまで、南から来た人達に、「日本は四季がある。あなたたちの国では常春であったり、常夏であったりするでしょうが」と言ったりしていたのですが、これとても、いささか怪しげな捉え方であったのかもしれません。ある意味では、先入観に支配されただけのものであって、彼らの国の「時の移ろい」を見ることを、いい加減にしていたのかもしれません。

 他国の人を知る上では、その国の風土を理解するというのが、大切であるということに、やっと最近になって気がついたところです。そういう風土であるが故に、生まれたしきたりであり、慣習なりなのでしょうから。

 さて、昨日、「Cクラス」と「Dクラス」で、(月曜日にみんなで行った)「紅葉狩」のビデオを、30分ほど見せました。「Cクラス」は、大いに盛り上がり、他のクラスの人でも、映っていると、キャア、キャアと騒ぎ、直ぐに一言居士があちらこちらでも出現し、批評にかかるのですが。それに引きくらべ、「Dクラス」は、いくら盛り上げようと思っても、(ああいうことに敏感なベトナム勢が、参加したのは一人だけと言うこともあり)なかなか盛り上がってくれません。

 どうも、彼らは、自分が映ってなんぼのものであり、他の人間が映っていれば、(腹が立つから)無視するに限ると心得ているようで、で、まあ、それも人情でしょうか。とはいえ、参加していた学生は、それなりに楽しめたようでした。

日々是好日
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「外苑」と「小石川後楽園」にて、紅葉狩。

2011-12-06 12:46:34 | 日本語の授業
 今日は曇りです。夜になると雨になると言います。しかしながら、こうしてみると、昨日は正にすばらしい「紅葉狩日和」だったのですね。

 今年三月に卒業した学生たちの時は、「これでもか、これでもか」という具合に、外に出ると雨、雨、雨でしたのに。いったいどのくらい強烈な雨女・雨男がいたのでしょうか。しかも最後の卒業式は、例の大地震の時でしたから、それから考えると、この平穏さが怖いくらいです。

 そういえば、彼らが卒業してから、課外活動の日は、ずっと晴れが続いています(もしかしたら曇りの日があったかもしれませんが、それでも、雨は降っていません)。一週間前から、いつもだれかが、その日のお天気をチェックしているのですが、雨が降りそうであっても、その日が近づくと、いつの間にか「お日様マーク」になってしまっているのです。そして、いつも昨日のように、本来ならば、もう少し気温が低かったはずなのに、最高気温が16.3度なんていう、極楽のような一日になっているのです。これらから考えると、どうも、よほどお日様に好かれている人がいると思われます。

 さて、昨日の外苑は、難を言えばですが、まだ散る段階まで至っていなかった事くらいで(道に黄葉が散り敷いていると、並木の木々の黄と相俟って、また格別の趣があるのです)、きれいな黄葉を楽しむことができました。皆は、あっちでもこっちでも、写真を撮り、撮られして、大騒ぎ。こういう所では人の迷惑にならない限り、騒いでもいいのです。皇居前広場で馬鹿騒ぎなんてするものじゃありませんが。

 それから、後楽園へ向かいました。後楽園の「モミジ」も少し早かったのかもしれません。真っ赤に色づいた「モミジ」が池に浮かんでいるのも見せたかったのですが、それが見られなかった代わりに、渓流の宝石と言われている「カワセミ(翡翠)」を見たそうです。そのほかにも「シラサギ(白鷺)」がいましたし、鴨類もいたようです。

 それに運のいいことに、ちょうど結婚写真を撮ってもらっていた花嫁花婿がいて、学生たちはさりげなくそばによって、花嫁さんの着物姿をしっかりカメラに納めていました。結婚式の写真というのに、男というものは哀れな存在ですね。皆の視線が集まるのはどうしても花嫁の方で、花婿というのは、刺身のツマになってしまいます。

 それから「通天橋」の方へまわり、「大堰川」へと下りていきます。水があったり橋が架けられていたりすると、学生たちも飽きません。しかもそれぞれから、うまく紅葉が見られるようになっているのですから、庭師というのは大したものです。

 ただ、今年の学生たちは、まだ日本の歴史を学んでいないので、小石川後楽園について説明しようにも説明できないのです。江戸時代に作られた庭園くらいで終わるしかありません。本来なら、事前指導の時間を入れておくべきだったのでしょうが、日曜日が「日本語能力試験」でしたから、金曜日のぎりぎりまで、試験のための授業になってしまっていました。

 ですから、ただ変化を楽しんでもらうしかなかったのです。それでもモミジが日に透けて輝いて見えるところや白糸の滝や、石の配置の妙などに、どこかしら感じてくれていたようです。

 面白かったのは、私たちが学校に戻ってからのこと。戻ってから一度外に出た時に、偶然、卒業生に会ったのですが、彼に、「今日は、課外活動で『外苑』と『小石川後楽園』へ行ってきた」と言うと、「ああ、だからフェイスブックに、紅葉の写真があったんだ」と、私たちが写真を整理する前に、既にその情報を知っていたのです。それに五時頃にきた中学生さんも、「見た見た。○○さんが携帯に送ってきた」と言うのです。

 気づかないうちに、世界は、どんどんスピードを増しているのですね。

日々是好日
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