晴れ。昨日は大掃除でした。
いつものことなのですが、日本にいる間に、何のために日本にやって来たのか、わからなくなる学生が出てきます。それは、日本では、ある程度アルバイトが出来るということも関係しているのでしょう。
経済的な理由で、(母国では)学びたかったけれども、学ぶことができなかったという人にとっては、このやり方はすばらしいといえるでしょうが、お金を稼いでいるうちに、お金の方に目が行ってしまう人も出てくることもあるのです。
来日当時、皆、一様に、「大学へ行きたいです」と言います。けれども、それは、朝、起きて初めて会った人に、「おはようございます」と言うようなもので、確たる信念はないのです。もちろん、その(大学へ行く、大学院へ行くという)一線をどうしても崩せないという学生もいるにはいるのですが。
それとても、大学を出ているからというだけのことで、研究すると称するに足るだけのものを母国で獲得しているか、あるいはその専門に対して、譲れないもの(志)があるのかどうかとなりますと、大半の学生というのは、お寒い限りなのです。
一番怖いのは、私の友達は母国で短大しか出ていないのに、日本の大学院に通っていると主張する学生です。もう、こうなりますと、私たちの手には負えません。それなりのレベルがなければ、あるいは学問に対する思い入れがなければ、大学院へ行くという人の手伝いをするのは難しいのです(それは、最初に、学生にも言います。「勉強する気のない人が大学院へ行って何をするの」と、まず聞くのですが、彼らの国ではそういうことは問題にもならないのでしょう。皆、そう聞かれることに驚くようです。そして答えは、「…私は大学を出ているから」だけ)。そんなことでは、まず、普通の大学院では、研究生にもなれません。
国によっては(彼らの国で、そうであるように、日本においても)、簡単に都心の大学院へ、しかも国立へと、言う人もいるのです。そして、もっと怖ろしいことに、日本人であっても、かなりレベルがなければ、畏れ多くて行きたいとも言えないような大学院の教授のもとへ(いとも容易く)受け入れてもらえるものと考えて、インターネットで切り貼りをしたような文章を送りつけてしまうという人も出てくるのです(私たちに相談もなく勝手なことをするので、私たちから見れば、赤面ものなのですが)。
よく、世界で、日本人は遠慮がちとか、あまりに引っ込み思案過ぎるとか言われるのですが、それも、日本人は常に、一流の人と自分を比べて、自分は遙かに及ばないと考えてしまう傾向があるからなのでしょう。遠慮しているから、常に自信がないというわけではありません。
それなのに、ある国の人は、上と比較する習慣がないゆえにか、それを、わずかに自分の生まれた町や学んだ学校規模で考えて、自分が優秀であると主張してしまったりしてしまうのです。
これは本当に難しいのです、彼らにわかってもらうのは。大学院は研究するところであって、大学のように教えてもらう(指導は受けますが、「口を開けて、待っている」ではだめなのです)ところではないのです。それがわからないレベルで、大学院のことは言わないでほしいと思うのですが、それとても、わからないので、広言して憚らないのです。
それ故、驚きあきれさせられるということも、こういう仕事をしていると、間々出てきます。言ってもしょうがないことなのですが。
ただ、一言、言っておきたいのは、私たちは、表面的に、この学生は、頭がいいからとか、悪いからとかで、指導しているわけではありません。二十歳を過ぎると、単に頭の善し悪しで、決められないことが数多く出て来るものです。そういう点だけを見て、私たちが学生の進路について語っているとは思っていただきたくないのです。
今現在、どれほどのもの(専門分野において)も学んでおらず、また獲得できていない人であろうと、その専門に対する思い入れ、あるいは情熱と言った方がいいのかもしれませんが、それのある人には、私たちは最大限の努力をして(当然ですが、学生の方でも最大限の努力をします)学生の背を押し、彼らの夢が叶うよう、出来るだけの助けをしたいと思っています。
これは、一年ないし、二年ほども見ていれば、彼らの能力(これは「現在」の、というのではありません、「可能性」について言っているのです)は、片鱗なりとも見えてくるものです。一瞬でも、欠けらでも、それが見えてくれば、私たちは全力を尽くします。
結局は「志」なのです。大学を受験したけれども、「皆、落ちた」という結果になろうとも、懸命に努力した「経験」は残ります。もし「志」が消えていなければ、「もう一度」と考えることも出来るでしょう。そういう「思い」がある人を、私たちは教えていきたいのです。
もちろん、そういう学生が、来ることは稀ではありますが。
さて、30日から1月6日まで、このブログはお休みいたします。
学生達が、宿題をちゃんとやってくれますように。
勉強したことを忘れないでいてくれますように。
そして、一人ひとりの夢が叶いますように。
健康で皆幸せでありますようにと、
欲張りな夢はいつまでも膨らんでいきます。
「よいお年を」
日々是好日
いつものことなのですが、日本にいる間に、何のために日本にやって来たのか、わからなくなる学生が出てきます。それは、日本では、ある程度アルバイトが出来るということも関係しているのでしょう。
経済的な理由で、(母国では)学びたかったけれども、学ぶことができなかったという人にとっては、このやり方はすばらしいといえるでしょうが、お金を稼いでいるうちに、お金の方に目が行ってしまう人も出てくることもあるのです。
来日当時、皆、一様に、「大学へ行きたいです」と言います。けれども、それは、朝、起きて初めて会った人に、「おはようございます」と言うようなもので、確たる信念はないのです。もちろん、その(大学へ行く、大学院へ行くという)一線をどうしても崩せないという学生もいるにはいるのですが。
それとても、大学を出ているからというだけのことで、研究すると称するに足るだけのものを母国で獲得しているか、あるいはその専門に対して、譲れないもの(志)があるのかどうかとなりますと、大半の学生というのは、お寒い限りなのです。
一番怖いのは、私の友達は母国で短大しか出ていないのに、日本の大学院に通っていると主張する学生です。もう、こうなりますと、私たちの手には負えません。それなりのレベルがなければ、あるいは学問に対する思い入れがなければ、大学院へ行くという人の手伝いをするのは難しいのです(それは、最初に、学生にも言います。「勉強する気のない人が大学院へ行って何をするの」と、まず聞くのですが、彼らの国ではそういうことは問題にもならないのでしょう。皆、そう聞かれることに驚くようです。そして答えは、「…私は大学を出ているから」だけ)。そんなことでは、まず、普通の大学院では、研究生にもなれません。
国によっては(彼らの国で、そうであるように、日本においても)、簡単に都心の大学院へ、しかも国立へと、言う人もいるのです。そして、もっと怖ろしいことに、日本人であっても、かなりレベルがなければ、畏れ多くて行きたいとも言えないような大学院の教授のもとへ(いとも容易く)受け入れてもらえるものと考えて、インターネットで切り貼りをしたような文章を送りつけてしまうという人も出てくるのです(私たちに相談もなく勝手なことをするので、私たちから見れば、赤面ものなのですが)。
よく、世界で、日本人は遠慮がちとか、あまりに引っ込み思案過ぎるとか言われるのですが、それも、日本人は常に、一流の人と自分を比べて、自分は遙かに及ばないと考えてしまう傾向があるからなのでしょう。遠慮しているから、常に自信がないというわけではありません。
それなのに、ある国の人は、上と比較する習慣がないゆえにか、それを、わずかに自分の生まれた町や学んだ学校規模で考えて、自分が優秀であると主張してしまったりしてしまうのです。
これは本当に難しいのです、彼らにわかってもらうのは。大学院は研究するところであって、大学のように教えてもらう(指導は受けますが、「口を開けて、待っている」ではだめなのです)ところではないのです。それがわからないレベルで、大学院のことは言わないでほしいと思うのですが、それとても、わからないので、広言して憚らないのです。
それ故、驚きあきれさせられるということも、こういう仕事をしていると、間々出てきます。言ってもしょうがないことなのですが。
ただ、一言、言っておきたいのは、私たちは、表面的に、この学生は、頭がいいからとか、悪いからとかで、指導しているわけではありません。二十歳を過ぎると、単に頭の善し悪しで、決められないことが数多く出て来るものです。そういう点だけを見て、私たちが学生の進路について語っているとは思っていただきたくないのです。
今現在、どれほどのもの(専門分野において)も学んでおらず、また獲得できていない人であろうと、その専門に対する思い入れ、あるいは情熱と言った方がいいのかもしれませんが、それのある人には、私たちは最大限の努力をして(当然ですが、学生の方でも最大限の努力をします)学生の背を押し、彼らの夢が叶うよう、出来るだけの助けをしたいと思っています。
これは、一年ないし、二年ほども見ていれば、彼らの能力(これは「現在」の、というのではありません、「可能性」について言っているのです)は、片鱗なりとも見えてくるものです。一瞬でも、欠けらでも、それが見えてくれば、私たちは全力を尽くします。
結局は「志」なのです。大学を受験したけれども、「皆、落ちた」という結果になろうとも、懸命に努力した「経験」は残ります。もし「志」が消えていなければ、「もう一度」と考えることも出来るでしょう。そういう「思い」がある人を、私たちは教えていきたいのです。
もちろん、そういう学生が、来ることは稀ではありますが。
さて、30日から1月6日まで、このブログはお休みいたします。
学生達が、宿題をちゃんとやってくれますように。
勉強したことを忘れないでいてくれますように。
そして、一人ひとりの夢が叶いますように。
健康で皆幸せでありますようにと、
欲張りな夢はいつまでも膨らんでいきます。
「よいお年を」
日々是好日