日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「これから、しばらく、ブログは週に二回ほどになります」。

2013-09-30 08:32:14 | 日本語の授業
 晴れ。朝のうちは降水確率は0か10%くらい…らしいのですが、午後になるとだんだん確率が増して来、日が暮れる頃から、雨になるかもしれないとか。

 いよいよ本格的な秋が始まりそうです。

 さて、平日は毎日のように書き連ねてきたこの「ブログ」、九月に入ってから、ちょっと疲れてきました。

 九月になってからは、月曜日から金曜日まで毎朝、九時からの「初級クラス」を持つようになって、その準備をせねばならなくなってきました。実はこのクラスが難物なのです。

 学校へ来る前に、自転車の中から季節の風を感じ、草花、虫や鳥たちの声を聞き、そして、それを書きながら、前日のことを思い出していくというのが私のやり方で、できれば9時前10分ほどに出してしまうのが望ましいのですが、なかなかそうは行かなくなってきました。

 新しいクラスというのは、黒板に、なにやら貼ったり、またノートの返却が3種類にわたったりすることもあり、それらを授業前にやってしまっておかねばならないのです。そういうことをやっていると、結局、このブログも途中で切らざるを得なくなってしまいます。そして授業が終わる毎に戻ってきて、何を書いていたのかを思い出しながら、飛び飛びに書くと言うことになり、かなりつじつまの合わぬことが出てきたりするのです。

 そして、今日も、そうなりそうな予感がします。

 実は、「初級」を教えるというのは、毎回やっているにもかかわらず、簡単なようでいて、実はかなり面倒なことなのです。今度のクラスもそうです。たかが「ない形」に入るだけと思うこと勿れ。まだこのクラスでは、「て形」も弱いのです。新出動詞(と言いましても、3課ほど前のものからですから、「13」の三つほど以外に、まだ「14」、「15」、「16」課のすべて)を毎回、助詞を入れながら復習しているのですが、これもまだきちんと言えていないのです(形容詞は大丈夫になったようですが)。

 もちろん、全員が言えるまで待つと言うことはできません。努力する習慣も、気力もない人は(授業中も、他のことをしています。最初は叱ったのですが、今はやめています。私だけではなく、真面目にやっている人まで不愉快になりますし。彼らは母国でもそうだったのでしょうから。今さら、異国で変えるということ自体、無理なことでしょう)それなりにしかできないわけで、そういう人はもう一度(機会があれば下のクラスで)やればいいだけのこと。問題は、真面目であるにもかかわらず、まだ言えないという人が、このクラスにはかなりいるということなのです。

 ですから、普通であれば、(今日、17課に入るわけですから)今頃は、せいぜい「15課」の一部の動詞と「16課」の動詞を復習すればいいだけのはずなのですが、それがそうはいかない。その上、このクラスには、上のクラスから降りてきた真面目な学生がいて、彼女は動詞だけはほぼ皆覚えているので、復習は必要ない。また、頭のいい学生が一人いて、彼は1度やれば、後は復習を自分でやることができるので、別に学校でやる必要もないのです。

 問題はクラスのレベルを三段階に分けた場合(これは言語に関する能力だけです。他には料理を作る才能があったり、機械をいじる能力が高かったりと、各自の能力は千差万別なのです)、上がほとんどいなくて、ド~ンと下がって下がったところに中間層が屯していて、そしてまたグッと下がったところにぼんやり座っている人達がいる…という具合。普通は、この中間層がかなりいて、しかも、まだ「ない形」にも入っていないわけですから、差はほとんどない…はずなのです。

 それが、既に、かなり差ができている。言語を学習するというのは、ある程度は、だれでも同じようにできるものなのです。そういう教え方が、かなり、確立されていますから。ただ、休まれるとどうしようもないのです。そこがぽっかり空いてしまいます。

 まだ、集中力の問題で、できるだけ切らさないようにいろいろとやっているのですが、これがまた、皆、同じというわけでもない。雑談を適当に入れたりしてやってはいるのですが、このクラスは、まだ「クラス」として出来上がっていないのです(これは公教育の言い方かもしれません。クラスとして確立しているというような言い方は)。つまり、まだ「砂の状態」なのです。少しでも気を緩めると、バアッと気体になって飛び散ってしまう。拡散させないために、こちらも少しも油断できないのです。その上での作業ということになるのですが…。

 というわけで、実は、金曜日の帰宅前に、いつものやり方を変えて「こうしよう」と、別に、準備をしていたのです。ところが、ウジウジと考えているうちに、それでも多分だめであろう、ということで、今朝は、準備のやり直しをするつもりで、た少し早めに来たのですが。

 これも、また直前に考えが変わるかもしれません。

 何でもそうなのですが、クラス毎に、これ以上練習させたら、頭がヒートしてしまうなというあるのです。この「クラス」には、基本的な練習を(応用でなく)たくさんさせた方がいいのは当然なのですが、ただ限界が、他のクラスよりも、少し早くやってくるような気がします。普通は三回までは我慢できるところが、このクラスの大半は二回で、切れてしまう。それでもやらせればやりはするのですが、もう頭には入っていきません。それで、やらせても、それは無意味。とはいえ、「練習こそが宝」というクラスですから、適当に目先を変えさせながらやるしかないのです。

 結局、手を変え品を変えということになってしまいます。もちろん、どんなクラスでも、動詞を覚えていなければ練習もできません。また、動詞だけ覚えられても、助詞がトンチンカンになっていますと、文にはなりません。

…というわけで、しばらく、平日は毎日書くというのから、週に2度ほどということになりそうです。

日々是好日
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「寮の問題、部屋の問題」。

2013-09-27 15:02:20 | 日本語の授業
 秋晴れ。厚手の上着を着なければ寒いほどです。鳥の声が懐かしくなるような時期、これもいいですね。

 遠くで、チチチ、チチチ…と虫の声が響いています。

 昨日、スリランカから二人の男子学生が来、学校から学生二人が迎えに行ってくれました。けれども、あまりに連絡がないので、気になってこちらから電話をしてみると、少し経ってから返事がやって来ました。

「今、船橋です。間違えて変なところへ行ってしまいました」
「ふむ、ふむ。彼でも間違えたか」

 悪いけれども、安心してしまいました。私が方向音痴なのを知って、いつも、ちょっと下に見られているかなと感じていましたから。これでしばらくからかえるというところでしょうか。ふふふふふ…。

 その学生は二年生です。来るのが二人と言うことは二人分の荷物があるであろう。それに彼は新しく来る学生を知らない。ただ七月に来たばかりの学生が、新しく来る学生を知っているという。それで、彼に、その「七月生」と一緒に行ってもらったのです。が、二年生とはいえ、道に迷うと、さすがに心細かったでしょうね。

 そして、彼らには、「もし、『十月生』の二人が疲れていないのなら、今日、学校に連れて来てくれるように頼んであります。疲れていれば、来るのは月曜日ということになるのですが。

 それから、今日。スリランカから女子学生一人と、男子学生一人がやってきます。二人は、別々に、友人と一緒に住むというので、それぞれ彼らの友人が迎えに行くことになっています。その友人というのは、一人は、この学校の卒業生。そしてもう一人は、七月生です。

 卒業生の場合は、日本語の点では問題ありません、既に日本の会社で働いているわけですし。ただ問題はこの七月生。彼自身、来てからまだ三ヶ月に満たないと言うことで、自分達だけで暮らすには、日本語の面でかなり無理があります。その一つがこれだったのでしょう。休み時間に上のクラスへ行くと、彼が一生懸命に、そのクラスの、スリランカ人子学生に、成田へはどう行ったらいいのかと道を聞いていたのです。

 一人で行くのは無理だといくら言っても、まだ聞いています。結局、同じように成田へ女子学生を迎えに行く例の卒業生に、彼と一緒に行ってくれるように頼んでもらうことにしました。

 他に彼を迎えに行く人がいない(昨日来た二人は、学校の寮に住むことになっているのですが、彼の場合は自分達で部屋を借りて住むと言います。これまでは、他の人と一緒に住んでいたのですが、合わなかったのかもしれません。一応、学校では、日本語ができない(光熱費の計算もできない、部屋の貸し借りの契約書も読めないような)うちは、寮に住むように言ってあるのですが、彼の場合は、最初から学校の寮に住まないという話だったので、学校も寮を準備してありませんでした。

 自分達で借りた方が安いと見えるので、そちらに流れる学生が出てくるのも無理からぬことなのですが、借りるとなると、日本の事情がわからない学生達には様々な問題が生じてきます。寮にいれば、何かあった時に、私たちも手が出しやすいのですが、他に住んでしまうと、なかなかそうはいきません。ガス一つにしても会社が違っていたりするのです。

 ですから、自分たちで借りるとした場合、ルームメイトが必要になります。日本に既に在住しており、日本語がわかる「だれか」だといいのですが、何もわからない人が借りようとすると、大変です。

 私たちにしても、同じ学校の学生同士であれば、ある程度は、わかるのですが、私たちが知らない「だれか」と一緒というのは困ります。それで、一定の拘束(部屋の契約書を持って来てみせる。場所は行徳か少なくとも妙典、南行徳辺りまでとする。同室者を教える等)をかけることにしています。そうでなければ、認めません。

 それに、二人でしか住むことが許されていないアパートに、下手をすると、四人も五人も勝手に住みついてしまうということだって、あるのです。これでは、何のために日本に留学しにきたのかわからなくなってしまいます。こういうことは、マイナスになりこそすれ、決してプラスには働かないものなのです。

 部屋の問題ばかりは、学校でも頭が痛い。中には、月遅れで来るガス代や電気代がどうにも理解できずに、五月に払った分は前の月の分であるにもかかわらず、(四月の分を五月に払ったので)「私は五月の分は払った」と言い張って、どうしてもわかってくれない人もいるのです。

 それどころか、試験のお金などを自分で払わずに、学校に代わりに払わせて、自分は他の人に貸してしまうという人だって、時々出てくるのです。こちらとしては、これまで、試験を受けたいと言うのだから、それなら、受けさせてやりたいと思って、お金を貸したりしていたのですが、それが当たり前となってしまい、自分で努力しない人だっているのです。

 日本人は人にお金を借りるのを「恥じる」という文化があるので、「借りるくらいなら、(試験を)受けない」、どうしても受けたければ、他のものを削っても「受ける」くらいの気持ちでやるのですが、どうも、文化の違いでしょうか、そう思ってくれる人はあまり多くはないようです。

日々是好日
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「『寮への引っ越し』の下見。そして、今は、大学生になっている卒業生と」。

2013-09-26 08:36:06 | 日本語の授業
 曇り。台風は、かなり離れた海上で、ぐっとカーブし、列島を襲うことはなくなったようです。ただ海上は風が強く油断できない様子であるとか。

 昨日、昼休みに、スリランカの女子学生を、ちょっと離れた寮に連れて行ってきました。今、そこは、一人、卒業生が住んでいます。先に連絡した時、昨日の1時頃なら、まだ大学に行く前で、いるという話だったのです。

 二人とも、「外国人同士で住む」というのは初めのようで、特に、在学生は、かなり緊張していました。ただ、先日、連絡した時に、彼女もいて、電話では声を聞きあっています。

 同僚に車で送ってもらい、「さて、部屋へ」という段で、「あれ、どこから上がったんだっけ…」。そういえば、かなりここへは来ていない…。そこで、卒業生に助けてもらおうと連絡しても、出ない…どうしよう。そこで学校に電話して、棟と部屋番号を教えてもらうという羽目に。よくよくの呆けです。棟名と部屋番号を告げると、後は学生が探してくれました。

 そうこうしているうちに、卒業生から電話。そこで、「もう、下にいる。上がっていくからね」と言い、上がっていくと、ちゃんと待っていてくれました。

 元気そうでした。一ヶ月か二ヶ月ぶりです。なぜか、引っ越しのことは後回しになって、彼女の近況を聞いてしまいました。部屋はかわいく飾られており、以前、学校にいた頃には、髪振り乱して、勉強に、アルバイトにと走り回っていたのが嘘のようです。

 ベッドの横にはサイドテーブル、並べて置かれてあるベッドの上には大きなぬいぐるみが二つ。そうか、彼女が学校にいた時には、この部屋には、六人で住んでいたんだっけ。皆、アルバイトに、勉学にと忙しく、部屋を飾るなんてことは誰も考えていなかった…。

 その時は広いほうの部屋に二階ベッドを二つ入れ、狭い方には一つ入れ、そして10畳ほどの居間には、大きいテーブルを置き、食事や勉強ができるようにしてありました。

 けれども、当時、彼女らはそこに座って、窓の外の木々や花々を見るゆとりもなかったでしょうし、毎日の生活に追われるだけだったでしょう。

 とはいえ、彼女が来て、1年目ほどで、「3.11」が起き、皆の生活は一変しました。

 彼女も当時、直ぐに帰国した一人でしたが、日本に戻りたかったと言って、二ヶ月くらいして、戻ってきました。

 帰国しても、高校を卒業しただけの学生には、次がないのです。多分、彼女らの国では、親が政治的な勢力を持っているか、余程の富豪でない限り、何もできないのでしょう。向学心がいくらあっても、アルバイトに追われる毎日を耐えられるだけの根性があっても、発揮できないのです。

 「アルバイトに追われていた日々が懐かしかった。日本ではいつも何かやることがあった。ここでは何もない。何もないということに耐えられなかった…」。

 彼女には好奇心もあり、「学ぶ」ということが、本質的に、好きなのです。そういう人はやはり日本に来て、大学に入るのが一番よろしい…と、私は思います。

 勉強を続けるためには、お金がいる。だから、アルバイトをする。そこに何の矛盾もありません。そして、希望の大学に入り、友達もたくさんでき、「学生生活」を楽しめている。奨学金も下りたと聞きましたし。

 そこで、引っ越しの話に戻り、「台所で、ガスは?」と聞くと、「ガスはお風呂だけ使っている。台所のガスは使っていない」。「ええっ」。
 
「だって、必要ないですよ。アルバイトは賄い付きだし。朝起きて、大学へ行って、昼は友達と大学近くで食べて、帰ってきてからアルバイトに行って、そこで食べて…。部屋で自分で作って何か食べるってことは…ない」

 でも、スリランカの彼女は、作りますからね。中国人は日本での食事に全く困りませんけれども、スリランカ人は総じて、そうはいかないようで、だいたい男女ともに、自分達でカレー料理を作って食べます。彼女もカレーを作ると言っていました。そこは構わないでしょう。

 そこで、引っ越しの予定です。今、一時帰国している同室者が、「戻ってくる日」が、わかってから、その前に引っ越すと言うことなのですが、つまり、いつ引っ越せるのか、わからない。わかったら、直ぐに連絡するということで一応、電話番号を教え合い、次に、卒業生が、自分が在宅の日を教えていました。それで、その日以外でもいいのかと聞くと、「いいけれども、その日以外だと、(自分はいないので)手伝ってあげられない。それでも、大丈夫?」と、反対に彼女に聞きます。

 いいですね。自分が手伝える日を言ってくれていたのです。

 スリランカの女子学生は、三人寄ると問題を起こすというのが私たちの潜在的な意識にあります。その一つに、以前、こういうことがあったのです(二人までは大丈夫。互いに何かあっても我慢し合っています。けれども、それが割りきれない数になると、途端にいがみ合ってしまいます)。これはいろいろ原因があるようですが、以前は、そのどれもに、ある同じ学生が入っていましたので、おそらく彼女が原因で、他は関係ないのだろうと、つまりこれらは彼女の問題なのだろうとささやき合っていたのですが。

 今回は、一人が弾かれたとか、除け者にされたとかいうのではなく、日本に慣れた学生と、そうではない学生との確執としか考えられないのです。スリランカの女子学生でも、日本暮らしが長くなると、アルバイトや大学などでこなされていますから、(相手が)時間にルーズだったり、仕事が曖昧だったりすると、我慢できなくなるようです。それで、それを注意したり、時にはそれが厳しくなりすぎるということもあるようなのです。ただ、それが、「なあなあ生活」から来たばかりの人には耐えられなかったのでしょう。それに、互いにプライドはかなりあるようですし。

 さて、帰ろうとして、ハッと気がつきました。どの部屋で寝ることにするかまだ話し合っていなかった…。

 入口のそばの、六畳ほどの部屋を(皆が去ってから、全く使っていないというので)彼女が使うことにし、入ってみます。卒業生がちゃんと説明してくれます。半畳ほどの押し入れには、トランクを入れればいいし、ベッドは以前学生が使ったままだし。ここにするなら、きれいにしておくよと言うと、学生が、大丈夫、自分が掃除するからと互いに言い合っています。勉強や食事は広い居間ですればすむことですし、そこなら庭が見えるので、気分もいいはず。

 話が終わって、「さて、帰りはタクシーで」と、外に出て探そうとすると、あろう事か、財布を忘れてきたのに気づき、愕然としてしまいました。

 そこに、助けの神が。ちょうど学校へ迎えに行くという、同僚のご主人が車で通りかかり、運良く乗せてもらえたのです。

 行きもこの同僚に車で送ってもらっていたので、楽ちんでしたし、帰りもこのご主人に送ってもらい、楽々ちんでした。学生もほんの2、3分、授業に遅れたくらいですみましたし。

 実は、この日、朝から雨が降っていたので、自転車で来ていなかったのです。それで、本当は卒業生と引っ越しを予定していた学生に、日を変えてもらおうと思っていたのです。何が幸いするかわかりませんね。

 日々是好日
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「来た当座は甘えてもいいだろうけれども、長引くと、次第に、人に避けられてしまいますよ」

2013-09-25 08:40:39 | 日本語の授業
 雨。秋の長雨…を感じさせるような雨がそぼ降っています。台風がまた関東地方に接近しているとか。ただ今度は上陸の恐れはないそうです。

 この、夏から秋にかけての雨は(もう秋の雨と言った方がいいのでしょうけれども)、どこか人の心の縛りを解いてくれるような、そんな気がします。

 夏の、あの猛暑期間、皆、肩をつっぱらかして、耐えていた…。それが、もうそうしなくてもいいのですから。一雨毎に涼やかさを増していき、虫の音が秋の到来を告げる。夏の間の睡眠不足が解消され、何をするにしても、爽やかさを感じるようになっていく。もっとも、アルバイトも勉強も、順調な人達だけでしょうが。

 留学生は、たとえ、同国人がたくさんいて、助けてもらえたりしていても、どこかしら、自立を促されるものなのです。それがわからない人は、ちょっと、留学生活は無理でしょう。国に帰って、両親の庇護のもとにノラリクラリと生きていった方がいい。

 学生同士、最初は、頼り、頼られしていても、それが「おんぶに抱っこで当然」めいた風になっていくと、次第にだれからも相手にされなくなっていきます。その関係の中に大胡座を掻いていてはいけないのです。このような日本語学校にいて、楽に過ごしている人なんてだれ一人いないのですから。

 頼りっきりになっている人は、いつの間にか、皆の、お荷物めいた目で見られることになり、「どうして、みんな、私を除け者にするの」と、喚かなければならなくなっていきます。

 最初は無理でも、少しずつ、才の有る無しにかかわらず、(寮の部屋の中で)自分のできることを探していかなければなりません。それに、見返りを求めない精神も必要になっていくでしょう。これは「お互い様」なのですから。

 来日した時は、同じ部屋の同国人に(成田に)迎えに来て貰い、そして次は自分が迎えに行く。また、最初はアルバイトがなくてお金が足りなくても、一緒にご飯を食べることで、まずは落ち着ける。そのうちに日本語が上達していけば、アルバイトも紹介してもらえるでしょうし、探し方も教えてもらえる。

 これは順繰りで、結局は伝統になるのです。光熱費を払うにしても、先輩が最初は面倒をみてくれるけれども、その人達が卒業した後は、面倒をみてもらっていた人達が先輩となり、次の新入生の面倒をみていく。それがごく自然にできるようになっていれば、またそういう心持ちに、皆がなっていれば、問題は起こらないのです。

 彼らを見ていると、別に選ばれてきているわけでもない、ごくごく普通の人達です。しかも、それぞれ異なった経歴、事情を背負っている。一筋縄ではいかない部分もあるのです。ある意味ではこちらの思う通りになんぞ行きません。

 それでも、同じ一つの学校で学び、近場の寮で集団生活をしていくと、それなりの共通項で括られるようになっていく。これは別に没個性的になっていくというわけではなく、我慢すべきところは我慢し…が、できるようになっていくということなのです。

 そうやって、二年ほどをここで過ごし、それから大学なり、専門学校なりに行き、新しい日本の生活に入っていく。その時にはここでの我慢がきっと肥やしになっていると思うのですが、さて、彼らはどう思っているでしょう。

日々是好日
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「『て形』の導入時に休んでしまった人が…二人…」。

2013-09-24 11:50:17 | 日本語の授業
 曇り。

 部屋の中は薄暗く、休日のあの陽射しが嘘のようです。しかも、今朝は、「涼しさ」を通り越して、「肌寒さ」を感じるほどなのです。

 道はしっとりと濡れ、「サルスベリ(百日紅)」や「キョウチクトウ(夾竹桃)」の花も残すところあとわずか。そのうちに「ハギ(萩)」の花が咲き始めるのでしょう、秋もふかまっていけば。

 さて、学校です。

 一年に四回、新入生を迎える(四月、七月、十月、一月)この学校では、だいたい入学してから二ヶ月くらいで、遅刻したり、休みがちになったりする学生が出てきます。日本での暮らしにやや慣れ、アルバイトも見つかり、本来ならば、落ち着いて勉強に励める…はずなのですが、そこがなかなか、両立ができるまでには至れない。慣れないことで、疲れてしまう。

 普通の留学生(高卒)は、「N5」レベルか、「動詞の活用」を学ぶちょっと前くらいまでは、母国で学んできています。ですから、「イロハ」から始める日本語学校での勉強に、最初は、「こは如何に。そんなこと知っている、くみやすし」と勘違いしてしまう人が出てくるのです。

 そして、甘く考えているところにアルバイトが始まる。日本語が下手ですから、碌なアルバイトなんてありません。当然、疲れる…。どうするか、アルバイトは休めませんから(直ぐ、クビです)、「どうせ、簡単だからとか、やったことがあるから」と、一度、授業を休んでみる。「大丈夫だろう」と思いながらも、内心ではちょっと不安でも、(まだ「六課」とか「七課」であれば)翌日来てみて、「やっぱり、簡単じゃん」と思われる。なにせ、まだ既習の部分です。

 それが二度、三度と重なっていくと、ある日、突然、皆に追いつけない自分に気づく。慌てても、もう、手遅れ…。で、そのまま、いることになる。下(のクラス)に行ける時期が来るまで。

 何度注意しても、これは毎回繰り返されてしまうのです。残念なことなのですが、何度注意しても、たいてい、一人か、二人は出てくるのです。

 今、「七月生」のクラスでは、「て形」に入ったところなのですが、この「グループ分け」の時にいなかった学生、「てください」「ています」の時にいなかった学生は、これからが、ちょっと辛いですね。

 わからないことを知りたいという学生よりも、知っていることを言うのが好きな人達が多いので、こういうのは応えるようです。

 とはいえ、まだ「て形」に入ってから3日目(しかも連休があり、3日休みでしたから火曜日は復習に重点が置かれることになります)。これから休まず毎日頑張れば、追いつけるでしょう。ただ、それができるかどうか…。かなり不安なことです。

日々是好日
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「ゆっくりとした変化の大切なこと」。

2013-09-20 11:02:35 | 日本語の授業
 晴れ。昨日はきれいなお月様を見ました。「ススキ(薄)」が、お供えできなかったのが残念でしたけれども。

 普通、季節というものは、ゆっくりと、それと気づかぬうちに過ぎていくものなのですが(そう思っていました)、今年は、おかしいのでしょうか、爆発的に暑くなり、驚くほど突然に秋がやって来た…ような気がします。

 つまり、心の準備ができていなかったのです。「目には さやかに 見えねども」どころではなく、「台風が列島を縦断した、甚大な被害を被った」とあたふたしていたら、突然に秋。

 「いつの間にか、秋になったね」と、おおどかには言えないのです。気ぜわしく、これでは、心も身体もついて行けない…というのが偽らざる気持ち。ふと、これでいいのかと思ってしまいます。

 武士の時代が始まるまでは、怨霊が跋扈していた日本。それ故に死刑という刑を必死に避けてきた支配層。それが質実剛健を絵に描いたような鎌倉武士によって、そんなものは居ぬことになり、「是は是、非は非」と、明瞭な、言葉を換えて言えば単純な思考が、それが自然であるとなってしまった日本。

 それなのに、今、室町期を飛び越えて、人の心は平安朝の昔に戻っているかのようにも感じられるのです。どこかに、「何か、スカッとしたことがないかなあ」と、僥倖を待ちわびているようなそんな気分。もしかしたら、オリンピックという世界のお祭りがそれをもたらしてくれるかもしれない…そういう雰囲気があったのかもしれません。

 ただ、それでいいのかという雰囲気も、かなりある。これは、これで、間違いではない。もはや、上が右と言えば、すべての国民が右とならざるを得ないような、時代でも、人々の心でも、ないのです。また、すべての人が同じことを口にする必要なんてありませんし、それは、また、あり得ないことであると、皆が納得している国、日本であるとも言えるのです。

 もちろん、何でもかでもそうであるとは、言いません。常に、人に支配されたいと思っている人も、いつの時代にもいることですし。

 ただ、「そうじゃないよなあ」、「そういうもんでもないよなあ」という気分や心持ちを口に出しても、全く構わない。それを、どこで言っても、だれの前で言っても、構わない。またそれを聞いた人が、フッと冷静になって、自分の心を覗き込み、「うん、なるほど。それもありか」と自省することができる…それを、国民の大半ができる…。しかも、この国は、自分では小国であると言いながら、人口は一億人を優に越えているのです。

 日本とよく比較される先進国は、移民大国アメリカを除けば、人口はずっと少ないのです。

 それで、比較して、「日本は、まだまだ、だめだ」と言う人の何と多いことか。もちろん、よりよくしていこうという気持ちは大切ですし、その必要もあります。どの国にも至らざるところは山ほどあるものですから。何と言っても、人は不完全な生き物ですし、欲深な生き物でもありますし。

 ただ、焦る必要はないのです。他の国に比べれば、日本はかなりマシなほうではないか。西欧(日本人は東欧と西欧をやはり分けて考えているのです)と比較して、卑下する必要もないのです。いいところは、教えを請うていけばいいし、それはずっと前からしてきたことです。

 自分達よりも進んだ文化や技術を持っている国に対しては、ずっと尊敬し、それを学んできた。その相手がどの国であっても構わないのです。それにあぐらを掻いて、数千年も何の進歩も見せていなければ、だれからも相手にされはしません。だから、その変化が見えるにせよ、見えざるところでの変化であるにせよ、常に変わっていけばいいのです。それは、「見える人には見える、気づける人は気づく、わかる人はわかる」のような微妙なものであっても。多分、普通は、皆そうでしょう。そんなことずっと後の世になっていなければわからないことですもの。

 こういう変化は、そこに住んでいる私たちにしても、ある日ふと、「あれっ」と、どこか変だなと思うくらいのものかもしれません。けれども、その方がいいのです。

 幕末から明治にかけての変化は大きすぎました。大きすぎて、その揺れ戻しまでが大きくなった。その大きすぎた変化の中で、古き良き人々の心持ちも埋没せざるを得なかった。「もう、古い。何でも革新だ。文明開化だ」という叫び声にかき消されて。

 変化はゆっくりのほうがでいいのです。国民が熟すまで待つということも政治家の使命でしょうし、また待てるのも有能な政治家の証明でもあると思います。時代がそれを許さないなんてよく言ったりしているようですが、許さないようにさせているのも人なのです。

 またそれを穏やかに咬んで含めるように有権者に語りかけることのできる人が、政治の世界に飛び込んでくれたらとも思います。叫ぶだけの人や、アジるだけの人は、うるさいだけ。形容詞が直ぐに飽きられてしまうように、飽きられてしまうことでしょう、すぐに。己の非才を棚に上げて、それを憤るのは間違っているし、ますます人はその人から離れていくことでしょう。

 これは、学生達を教える上でも同じこと。…やはり、話は常に学生達に戻っていくようです。

日々是好日
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「日本人は『お猫さん』とか、『お犬さん』とか、何にでも『さん』をつける」。

2013-09-19 08:41:57 | 日本語の授業
 晴れ。今日も「秋晴れ」です。そして、今夜は「お十五夜様」。今晩はきれいなお月様が見られそうです。

 そういえば、昨日、「Bクラス」で、日本人は、よく「お猫さん」とか、「ニワトリさん」とか、また、ある時は「ニャンちゃん」とか、「ワンちゃん」とか、あるいは「風さん」とか、「お日様」とか、動植物や自然現象に「さん」や「様」をつけるということが話題になりました。

 以前も、こういうことがありました。私たちの口癖がうつったのでしょうか、スリランカの男子学生が、話の中で、「どろぼうさんが…」とか、「小鳥さんが…」とか言っているのを聞いて、「あれれ、うつってる…」と思ったことがありました。

 まあ、これは偉そうに、ふんぞり返って、「どろぼうが…」とか、「鳥が…」とか、言うのに比べれば、どこか微笑ましく、グッと親近感が出てくることなので、悪くはないのですが(何と言っても、彼の国の人は、総じて日本人よりも体格がよく、ごついのです)。

 彼らに、「どうして」と聞かれても、「習慣だから」としか言えない部分もあります。それに、「これは、敬語ではない」と一概に否定することもできかねますし、人と同列に見なしているが故に、そういうのだと言える場合もありますし。つまり、もの皆(自然現象をも含めて)、生きているのです。その意味ではヒトと同じ。

 仏教国の人間にはこの考え方はスッと入っていき、別に取り立てて説明する必要もありません。だいたい輪廻思想がありますもの。

 ただ、そうは言いましても、本当のところ、日本はどうでしょうね。

 確かに「甦り」というのはありますが、万葉時代のように、人は死ぬと、近所の山に行き、時折、そこを訪ねてくる親しい人と、その人の夢で会うというのも、捨てがたいのです(あるだろうなと思ってしまうのです)。

 人は、(その人の)身近な人が、皆、死んでしまうと、つまり見知った人が死に絶え、(その人を)思い出す人がすっかりいなくなってしまうと、その時が本当に死を迎えることになる。完全に黄泉の国の人間になることだというのも、納得ができてしまうのです。

 なぜ、何度も何度も生きなければならないのか、できれば、黄泉の国で新たな「ひと柱」としてのんびり暮らしたほうがいいと、本心では皆思うでしょう。だから、もしかしたら、そうはさせじと、生前の功徳というか、悪行によって、甦りの場所が決まるということになったりするのかもしれません。でも、嫌ですね。死んでも「裁判」なるものが行われて、偉そうに決められてしまうなんて。死んだら、それで終わりとできないものか。まあ、これは死に行く者の気持ちで、それを送る身内にしてみれば、それでは、ある意味、辛すぎることなのかもしれません。

 さて、「Bクラス」です。

 時々、教えながらですが、彼らには、文法は文法、そして、いわゆる中心教材たる教科書は、短文、あるいは中文主体の問題集にした方がいいのではないか、その方が読解力がつき、知識も増えるのではないかと思うことがあります。

 どうしても、今、市販されている教科書というのは、時代に合わないのです、それにどこか、欧米人相手に編まれているようなそんな気がすることもあるのです。もちろん、だからといって時事問題ばかりをやったほうがいいと言うわけでもないのですが。

 いわゆる、留学試験で出てくるような、知識を問うような、あるいはそれを読むことによって、それを蓄積できるような、そんな文章の方がいいのではないか。漢字は、一応「N4」か、「N3」程度のものさえ身に付けておけば、それ以上の難易というのは、彼らにとってあまり関係ないのではないか(彼らにとって必要な単語さえ漢字で書ければ、後は自然に道が開けてくるのではないか)。

 そんな気がすることがあるのです。特に、東南あるいは西南アジアからの学生達が増えてくると。

 以前にも、中国人学生を教えている時、あまりに知識が少ないのに驚かされ、その時は、白地図を使って、国名を覚えさせたり、世界史(高校)の資料を使って、知識を注入(?)したりせざるを得なかったことがありました。

 日本人は、自分達を、より優れた国の教授法や教育内容と比較し、「ここが足りない、あれも学ばせておかなければ」などと考えがちですが、大半の国ではそうではないのです。それぞれの国家の政府の必要から、あるいはその国の成り立ちにかかわる考え方から(下手に優れた他の国のことを知らしめてしまうと、自国を誇れなくなる恐れがありますから)それをしないという国もありますし、また諸般の情勢から、教えたくとも教材も何もなくてできないという国もあるのです。

 この面では、私は、日本は捨てたものではないと思います。学校で学ばなくとも、以前は、テレビが啓蒙家の役割を果たしてくれました。NHKのいいところは、教養番組が充実していたことです。これは家族で楽しみながら、新しい知識を手に入れられるという面でもよかったし、また、自分で、問題を探さねばならないというのではなく、受け身で、それを学べたという面でもよかった。なぜなら、子供なんて何を学べばいいかなんてわかりませんから。漠然と見ているだけでも、それなりのものが得られたのです。

 今は、民放も頑張っています。もちろん、悪名高い番組もあるようですが、それとても、だれかがチャンネルを切ればすむことで、見るか見ないかはその人次第なのです。言わずもがなのことですが、インターネットはいくら発達しても、何を調べたらいいかがわからなければ調べられないし、知りようがないのです。その点、受け身でいられるテレビは、知識があまりないものにとっては救いなのです。

 当時、ある中国人が言っていました。「日本では動物番組でも、動物の進化とか身体の特徴などを「注」を入れて番組の中で説明している。ただおもしろいものを見せるだけではない」と。

ま た、旅行番組でも、「どこかしら教育番組のような色合いがある…」と。これはちょっと、そうかなという気もするのですが、多分、彼の国と日本とを比べての、相対的な評なのでしょう。

 本当は、学生達に私が見て面白かった、ためになるだろうと思われるテレビ番組を見せたいのです。もちろん、文字も大切、それはそれで大切なのはよくわかっているのですが、だいたい「中級以上」になりますと、「読解力」なんてのは、母語のレベルで決まっているので、新たに養うというのは難しい。半分以上はできないと思っています。

 母語で、ある程度の読解力が養われているなら、外国語で文章を読んでも同じこと、わかるでしょう。だから、それが養われている人は、文法は文法で覚え、必要な漢字は漢字で、その都度、覚え(身近なことでなければ、意味が摑めないので、覚えられないのが、一字一字に意味のある漢字の面白いところ)、映像や話し合いを通して、単語や知識を身に付ける方がいいのではないかと。

 ただ、これは皆に共通するわけではないのです。「このクラスは」と思っているだけで、しかも、こうなりますと、それぞれ興味の分野も異なっていますから、それを整合させたりすると、何やかにやと、教師の仕事はズンと増えてきます。他のクラスも教えていますし、初級を持っていると、ノートを見るだけでも一仕事になってきますから…、う~ん。切ないところですね。

 もちろん、切ないなんて言ってはいけないのでしょうけれども。ちょうど、次の「上級」の教科書の注文を入れなければならない時にかかっていますので、余計、躊躇してしまうのです。でも、やっぱり、無理かな。

日々是好日
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「大学の『オープンキャンバス』へ、行ってほしい。たとえ一人でも、怖じずに」。

2013-09-18 17:54:30 | 日本語の授業
 晴れ。
 秋晴れです。朝晩はグッと涼しくなりました。早朝は20度を切っています。そういう日が2日も続くと、秋が本格的になったような気がしてくるから不思議です。このまま秋に突入…まさかね。

 学校では「七月生」がかなりおとなしくなってきました。このクラスのスリランカ人学生が二人ほど寮に入っていないので、少し心配だったのですが、いずれにしても、この近くなので、まあ、大丈夫でしょう。それに一人は勉強にかなり欲があるようですし。

 ただ、この欲といっても、「大学に入りたい」で、止まっているのです。「何を学びたいか」と聞くと、途端に口ごもってしまいます。成績がある程度よかった…だから大学。ここまでは万国共通でしょう。そして、後は…。

 「大学よりも専門を選べ。専門も何が好きか、何がやりたいか、損得よりも先にそれを考えよ」というのは、彼らにとっては少し酷なのかもしれません。

 そういうと、「日本では何が勉強できますか」と聞き返されてしまいます。

 最近は、いろいろな学部が、初夏の花のように咲きそろい、名を見ただけでは「いったい何が学べるのか」、日本人である私でも…、よくわからない…。

 それで、まず、自分がやりたいこと(やりたいことがなければ、好きなこと)を、だいたいでもいいですから、決め、そして、オープンキャンバスに行ってみる。

 時々、「何を選んだら、日本で就職がしやすいのか」と聞かれることがあります。これも難しい。日本で働くことが、最終目的である彼らにとって、切実な問いであることはよくわかっているのですが、日本人の学生だって、それはわからないのです。しかも、四年後の卒業時に、何がよかったかなんて、神ならぬ身の我ら人間、だれにもわからない…。

 ただ、以前のこと。中国人学生が、皆一様に、「経営」を専攻したいと言うので、変だと思い、(これが)好きなのか、あるいは関心でもあるのかと聞いたことがありました。すると、好きじゃないけどと言う者がいたのです。好きじゃないのにどうして専攻したいというのかと改めて問いただしてみますと、「卒業後、日本の会社に勤めたいから」

 もちろん、「経営」や「経済」などがわかっていた方が、会社勤めは楽かもしれません。、けれども、「それだけじゃないだろう。それに、それが(日本の会社に勤められる)必要最低条件ではなかろう」と言いましても、なかなかわかってくれないのです。

 「例えば、銀行であろうと、商社であろうと、環境問題に精通した者はいる。機械メーカーであろうと、音楽やアニメーションのことがわかった者がいる。何を専攻していようと、就活は自由である」と、それを納得させるのに大汗を掻いたことがあります。もっとも、結局、彼は経営を専攻しましたけれども。

 「芸は身を助く」とも「好きこそものの上手なれ」とも言います。しかしながら、その反面、「芸が身を助けるほどの不幸せ」という言葉もあります。何がその人にとって幸せであるのか、それはだれにもわからないのです。それなら、好きなことを勉強した方がいいんじゃないかというのが、私たちの考えなのですが(そうは言いましても、それだけではないことはよくわかっています。両親の勧めでこれにしなければならないとか、国が欲しているからとか、そういう場合もあります)

 彼らは縁あって、日本にやって来ました。「フクシマ」が、カタカナで語られるようになってから、日本に学びにやってきた人達は、日本にとっても大切な人々です。彼らが、ここ、日本で、なにがしかのものを身に付け、そして将来幸せな生活を送ることができるように、日本語学校に勤めている人間である私たちも、それなりのことをしていかねばならないのです。

 「フクシマ」となってから、日本人は、欧米人だけではなく、東南西南アジアの人に対しても、中近東やアフリカに対しても、どこか態度が変わってきたような気がします。中南米からの人は日系が多く、またこれとは質を異にする部分があるのですが。

 何となくなのですが、政府の政策というものも、微妙に人々の心に影響を与えているような気がします。もしかしたら、それは政府の政策によって方向を変えた企業の態度に拠るのかもしれませんが。

 以前、中国にいた時、欧米の駐在が長かったという企業人と、後発国の駐在が長かった企業人との違いに愕然としたことがありました。留学生に対しても、後発国の駐在が長かった人は王族か貴族のような態度て接しようとするのです。こちらは別に関係がないのに。ただただ、非常に不愉快な気分にさせられただけでした。

 けれども、もう時代が違います。こんな態度で彼らと接することなんてできはしないでしょう。また、そうしない人が好まれ、派遣されていることでしょう。まあ、これは希望ですが。わざわざ、異国へまで行って、彼の国の人々を、嫌日家や反日家にさせる必要などないのです。

 日々是好日
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「台風一過」。

2013-09-17 16:30:48 | 日本語の授業
 土曜日も入れると、月曜日が祝日で、三連休でしたが、あいにく、台風がやってきました。「出不精の勝利」とでも言いたいところなのですが、昨今は家にいても安全とは言えないのです。

 この時期は、台風がお出ましになることも多く、しかも上空が不安定ですから、家にいても突風か竜巻かにやられたり、集中豪雨で土砂崩れや鉄砲水や洪水にやられたりと、それは杞憂に過ぎぬと、笑って済ませることもできないのです。

 列島を縦断した台風は、やって来る前から不安な思いを人々に抱かせました。ここ、行徳は強風が吹きはしたものの、他地域に比べれば、大雨が長時間降り続くということもなく、比較的穏やかに過ぎていってくれたのですが、刻々と放送される各地方の様子は、大変だ…。しかしながら、人々の、あの落ち着き様は何としたことでしょう。

 「驚きました」。「ほんと、初めてです。あんなに怖かったの」。「困りましたね。ホントは、(外国の)○○に行くつもりだったのですが、飛行機が飛ばないの。帰らなくちゃ。でも、新幹線も動かないし」。言葉ではそうですが、表情を見る限り、どこかしら、もっと大変な人がいる…ことが心のどこかにあるような…。

 「3.11」に遭ってから、日本人は「災害」に対して、どこかしら、鈍感になっているのかもしれません。いえ、鈍感になっているというよりも、もっと大きなものを経験してしまい、自分だけの悲しみに浸れなくなっているといった方がいいのかもしれません。

 とはいえ、日本では、どこに住んでいても、自然の脅威から逃れられないのです。ここなら安心というところはないのです。これは、多分、地球上に住んでいる限り、どこの国であっても同じでしょうけれども(もちろん、災害が比較的少ない国もあります。けれども、どこにでも恐るべき人間が住んでいるわけですから、自然災害の代わりに、同じような「何か」があるでしょう。災害は怖ろしいけれども、日本は本当に安全な国だと、外国から来た人は言います。そして、この国からなかなか離れようとはしないのです。その言葉の裏は、彼らの国はそうではない…)。

 日本は自然の脅威にいつも晒されている、だからこそ、人々は、穏やかで安全な社会を築こうと努力してきたのだと思います。雪国では、雪の対策を、台風のよく来るところでは台風対策を、土砂崩れや、鉄砲水の多いところではその対策を…。ただ、雪国に台風が来て豪雨をもたらすと、人は茫然自失してしまうのです(本来なら、それを想定すべきは、専門家といわれる人達であり、その中から喫緊のものを選んで対策を講じていくのが政治家といわれる人達なのでしょうけれども)。

 日本のように災害が多い国では、緊急時に、皆が勝手なことをしてしまっては、助かる命も助からなくなってしまいます。勝手にするのではなく、皆が助け合わなければ生きていけない国土だから、協調性が尊ばれ、我慢が重んじられてきたのかもしれません。一人優れた人間が勝手をやって、それで生きてけるほど、この穏やかな国、日本の自然は、ヤワではないのです(だから、早め早めに、準備をし、それに向けた練習をしておかなければならないのでしょう。例の津波の時に助かった子供達は、ずっとその前から、学校でそれを教えられていました。だから、その通りに身体を動かすことができたのです。人は緊急時に平時と同じことが出来るとは限りません。まず、できないと考えた方がいいのです、だれでも)。

 もちろん、そうであっても、穏やかな時間が長く続くと、人は直ぐに健忘症になって、呆けてしまいます。

 日本人は、歴史的あるいは社会的に情報が必要だったという面もあるのでしょうけれども、それとともに、この自然の中で生き抜くための情報も必要だったのです。もっとも、昔は、この情報というのは、遺産としての情報、古老からの知恵が多くを占めていたのでしょうけれども。

 その土地に聞く、これも、人がその土地から離れることの少なかった、昔、昔の物語ではなく、現実的で、しかも客観的なものとして、多くの人が共有できるものにしていかなければならないのでしょう。その土地で、三代、五代、十代続いた家が、もう稀になっているからには。
 
 文化というものが、ドンドン拡がっていくような気がします。文化と呼ばれる範疇が拡がっていくのです。歴史もそうです。以前は非常に高踏的で凡人が近寄れないようなものにそういう名前がつけられていました。ところが、今では、ほんの片手間の遊びでさえ、これらの中に入ってしまうのです。文化を選択するというと、聞こえは悪いのですが、何でもかでもそう呼ぶのではなく、差異をつけていかなければ、人間は「文化」や「歴史」に殺されてしまうかもしれません。

 本当に守らなければならないもの、本当に伝えていかなければならないものは何なのかを、考えていかなければならないのかもしれません。

日々是好日
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「アシナガバチ」。「休みを利用して勉強していた台湾の大学生」。

2013-09-13 08:05:32 | 日本語の授業
 晴れ。陽射しが強い。それでも、秋の陽射しという感は否めず、季節はゆっくりと移っているのだということがわかります。今年の夏は、何が何だかわからぬうちに過ぎていったような気がします。夏らしく「夕立」が降ることもなく、代わりに来たのは、スコールのようなゲリラ豪雨と、そして竜巻…。本当に何が何だかわかりません。

 実は、先週から「アシナガバチ(足長蜂)」が、二階の職員室の中に入ってきて困っていたのです。追っても追っても直ぐに別の入口から入ってきます。今週の初めなど、1度に3匹もの大柄な「アシナガバチ」を見かけ(1匹を外へ追い出そうとしている時に、もう1匹が別の入口から入って来、騒いでいる間に網戸のすぐそばを、1匹がウロウロしていた)これはいかぬと、一人の教員が、巣があるのではないかと探してみますと、ありました、ありました。外に張り出した排気口の中にあったのです。

 学生が刺されてはなりませぬから、早速、「ハチ・アブ、ウルトラジェット」を買ってきた人が、シュッシュッと攻撃します。すると、少し収まったのか、ハチの姿は見えなくなりました。けれども、まだ蠢いているのだそうです。

 今年の暑さは異常で(毎年、なぜか「今年は異常」と言い続けているような気がするのですが)、しかも雨が少なかった…。それがハチの異常繁殖をもたらしているのでしょう。よく紙上に出てくるのは、「スズメバチ(雀蜂)」で、初期の頃は、「夏になると小中学校の子供達や、大人達が、キャンプや山登りをして、知らぬ間に『ハチ』の縄張りに入り込むことがある。御用心、御用心」程度だったのが、ここ数年は、都会にも出張って来、あろう事か都会の真ん中の民家に大きな巣を作るということもよくあるとか。それだったのでしょう、ここの「ハチ」も。

「スズメバチ」ほどの強力な毒がないにしても、ここで見かけた「ハチ」、彼らと同じくらいの大きさがあった…。やはり用心するに超したことはありません。

 でも、ずっと平和だったのですがね。招かれざる客(虫)というのは、せいぜい「カ(蚊)」くらいのもので、「チョウ(蝶)」や「トンボ(蜻蛉)」らは大歓迎でした。それが、ちょっとでも気に障ったら、一斉に攻撃をしかけてこようという「ハチ」ですもの。クワバラクワバラ…。

 さて、学校です。
昨日は、夏休みを利用して日本に来ていた台湾の学生が、(もうすぐ台湾の大学が新学期が始まるので)帰国することになり、お別れ会(単に「修了証」を渡し、皆で写真を撮るくらいのことでしたが)をしました。

 彼女は1年前にも来たことがあります。その時はいとこの女の子と一緒で、二人で部屋を借り、そこで二ヶ月あまり、二人で日本語学校に通いながら、日本の生活を満喫していたようでした。

 学校の授業は半日ですからね、しかも土日祝日は休み。彼女たちはアルバイトをするでなし、お台場へ行ったり、盆踊りや祭りを楽しんだり、秋葉原やガイドブックに載っているところへは、きっと、皆、行ったことでしょう(この学校へ来る前も、ご家族で、北海道やいろいろな所へ行ったと言っていました)。

 それに、この学校に来ていた他の国の学生達とも仲良くなり、昨日も、「寂しくなるね」と、彼女と仲良かったスリランカの男子学生達に言うと、「いいえ、大丈夫。いつもフェイスブックで連絡しあっているから」という返事。それで、彼女が来ることを、彼らの方が先に知っていたのかと改めて合点してしまいました。

 三ヶ月ビザが簡単にとれる国であったなら、これもいいですね。最初に、「この学校に来させたいのだが」と言いに来たのは、彼女たちのおばさんで、それで私たちも安心して教えることができたのですが。

 学校に半日通いながら、空いた時間に東京近辺の面白そうな所へ行ってみる。休みの時はちょっと遠出する。夏であったら、夏休みがその中に入っていますから、8月の最初に「富士山」か「日光」へ行ったあとは三週間ほども自由になります。自分の部屋を基盤に、海や山へと、行きたいところを旅行すればいい。それほどの日本語は、もう、できるはずですから。もうすぐ卒業と言いますから、今度会う時は、もう社会人になっているかもしれません。

日々是好日
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「せっかく、幸せに眠っていたのに…、先生に起こされた…」。

2013-09-12 08:41:49 | 日本語の授業
 晴れ。羊雲が広がっています。昨日は一日中、曇ってぐずつき気味でしたのに、今日はうって変わって、すっきりと晴れています。「秋晴れ」です。

 虫たちが朝早くから大合唱していますが、大丈夫かしらん。だって、今日は、何日かぶりで、最高気温が30度を超すとのことですから。

 ところで、秋と言えば、「天高く、馬肥ゆる秋」…と、なるはずなのですが、学生達はそうはなりにくい…ようなのです。だいたいが、(彼らの国では)四季がそれほどはっきりしていないのです(春も秋も、冬もあるとは言うのですが…ちょっとねえ、あれを冬といえるのかしらん)。だから、季節毎に旬の食べ物があるというのが、なにやら怪しくも、胡散臭くも思われてくるのでしょう。

 それよりも、「よく眠れる」というのが、大方の意見。昨日も、学校に来ていないので、電話をすると「ふぁ~い。あれ、先生…」。下手をすると、そのまま、また眠りの国へ…のパターンですから、そこは大きな声で、「起きなさい。眠ってはだめですよ。もう授業が始まっています。すぐに来るのですよ」

 こうなると、とにかく、相手に話させるしかありません。こちらが、一方的に話してしまうと、それがいつしか子守歌となってしまうようなのです。で、とにかくしゃべらせる。問答をする。そうすると、だんだん、口数が増え、言葉が明瞭になってくる。大丈夫だなと思われた頃を見計らって、「待っていますね」と、電話を切る。

 やはり、涼しくなると、眠りが深くなってしまうのでしょう、それに若いですしね。よくわかります。とはいえ、勉強です。時間です。叩き起こすしかありません。

 昨日は、目覚めがよかったと見えて、電話後、程なく、軽やかにやって来ました、一人は。教室に入ってくるなり、ニコニコして、「ごめんなさい、先生」。一方、中国人女子学生は、身体を引きずるようにして来て、恨めしげに私をチラリと見て、小声で挨拶して…俯きながら入ってきました。せっかく気持ちよく寝ていたのに…というところでしょうか。

 ただ、南から来ている学生達は、こういう感覚は…余り…ないようです。夏の暑さにフウフウ言っているのは、私たちだけで、彼らも、口では、確かに、「暑い、暑い」と言っているのですが、どこか、真面目に言っていないような気がするのです。

 日々是好日
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「アルバイトに疲れても、『(学校を)休むな。遅れるな』」。

2013-09-11 08:36:03 | 日本語の授業
 雨。パラパラと小雨が降っています。自転車にするか、それとも歩くか…。この程度の雨が一番困ります。で、結局、自転車を諦めて徒歩で…トボトボとやって来たのですが。

 (学校へ来る)途中で…、止んで…、「ガックリ」。…ガックリしている間に、また降り出して、それでも、降っているか止んでいるかわからないくらい…なものですから、「自転車にすれば良かったかも。けれども、さっきは、やはり濡れ行けないなくらいは降っていたし…」。

 人というのは何事によらず、悩み多きものと見えます。

 今日は鍵がなかなか外れず、学校のドアの前で四苦八苦していますと、自転車で通りかかった「Dクラス」のスリランカ人学生が、明るく「先生、おはようございます」。こちらは冷や汗やら、脂汗やらを掻きながら悪戦苦闘していたのですが、それでも、できるだけ爽やかに「おはよう」と返します。どうも、アルバイト帰りと見えました。

 来日して一ヶ月ほどが経っている「Eクラス」でも、少しずつアルバイトが決まり、学生達が慣れないバイトで生活リズムを狂わせ、学校に遅れたり、休んだりが時折見られるようになっています。

 その都度、「遅れるな。休むな」を繰り返しているのですが…。

 こういう生活にまず慣れなければ、何事もできないのです。体調を崩している学生には「宿題はせずとも良い。けれども(学校には)遅れるな、休むな」。そうでなければ、生活に慣れた頃に、この期間が完全なブラックホールと化して、もう一度やり直さなければならなくなってしまいます。

 もちろん、「ひらがな」も「カタカナ」も、「数」も「曜日」も覚えていない人はもう一度やった方がいい。ただ、アルバイトが始まるまではきちんと勉強できていたのに、始まってからリズムを崩してしまった学生は、休まず、このクラスで続けていた方がいいのです。

 「非漢字圏」の学生はどうしても、『中級』に入った時に、中国人のペースではできずに「もう一度」やらなければならない人達が出てきます。そのための「時間」という貯金が必要になるのです。『初級』段階で貯金を使い果たしてしまいますと、後がないのです。

 「一月生」であったり、「四月生」であったりすれば、三ヶ月か半年ほどは後から来た学生よりも、(最初から)「貯金」があるので、それほど頑張らなくてもいいのですが、「七月生」や「十月生」は、多少無理をしてでも、少しでも頑張っておかないと、…進路が辛くなってしまいます。

 けれども、生活に疲れている学生には、この声がなかなか届かないと見えて、ちょっと困ってしまうのです。

日々是好日
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「三日月」。「羊雲の空」。「少しずつ慣れた…お互いに」。

2013-09-10 16:07:57 | 日本語の授業
 晴れ。秋晴れです。昨日の帰り、きれいな三日月を見ました。テレビで見たのと同じだと思ってしまうのが、何ともおかしい。

 そして、今朝。羊雲が空一面に広がっていました。私の感覚は、まだ古代人と同じで、地球の周りに(地平線や水平線の上に)、空があって、そこには星が貼り付けられたように並んでいて、時間の経過とともにズリズリとずって、昼が夜になっていく…。

 おかしなものです。恒星である太陽に捕まっている星、地球に生きているということはわかっているのですが、どうしても、目で見ることができ、身体で感じることのできる地球の、この大地が、世界の中心であるような感覚から逃れられないのです。

 月を見ながら、知識と自分の感覚とのずれを、一人でおかしがってしまいましたが、人間というのは、本当にちっぽけな、哀れな存在ですね。

 さて、学校です。

 「Eクラス」の、ディクテーション用ノートと宿題用ノートを見るのが、少し楽になってきました。夏休みは終わったのだと、まだあまりわかっていない人もいるようですが、これも私の感覚と同じ、身体が反応していないのです。

 ただ、「ひらがな」の間違いにイライラしたり、後ろで教科書を写していたこと(私が読み上げなかった単語まで写しているのです。しかも、ひらがなを写し間違えて)にムカッとしたりは、しなくなりました。

 私も彼らに慣れてきたのでしょう。まあこれも、お互いに…というところでしょうか。そして、昨日から「漢字」の練習がはじまりました。この「ひらがな」や「カタカナ」が、しかとは覚えられていない人のいるクラスでも、「漢字」の授業は始めるのです。

 とはいえ、それを心待ちにしていた人もいるのも事実。18人ほどもいると、それぞれがそれぞれの目的ややり方で、授業に臨み、また、私たちは私たちで、それぞれのやり方をしようとしますから、最初はギクシャクしてしまうのも、無理からぬことなのかもしれません。ただ、私たちはこういうやり方で授業に臨んでもらいたいと、言うだけは言ってあります。そうするかどうかは彼らの選択になりますが。

 勉強に慣れていない人は、わずか「9課」までの内容であろうと、既に「わからない」という顔をして、隣の人に話しかけるか、(断られれば)スマホで遊ぶかしています。中には、勉強したいからかなのかわかりませんが、隣の人に一から十まで聞こうとする人までいます。不思議なのですが、ベトナムやスリランカの人は、聞かれたら、熱心に教えてしまうのです。教師が説明しているから(教師の話を聞かなければならないから)、今は嫌だとは言わないのです。で、その人まで、説明を聞きそびれてしまいますから、わからなくなってしまうのですが、そのことは二者とも考えないのです。

 聞く方も、今は聞かない方がいいなどとは考えない。わからないとなったら、とにかく直ぐに聞いてしまう。聞くことで、その人の迷惑になることがあるのだとは考えない。最近は(そうした時に)、私が睨みつけますので、廻りは、私の目(きっと、嫌な目つきでしょうね)に気づき、アタフタとしてしまうのですが、当事者の二人は全く気づかない。それが何度も繰り返されますと(これは一人や二人がそうするというのではありませんから)、他者の時にはわかるので、自然に少しずつ用心するようになる。

まあ、それが目的です。うるさいと感じて、その都度文句を言ってしまうと、お互いに嫌な気分になるだけではなく、他の人まで嫌な気分になってしまいます。この「目」がものを言うようになれば、後は楽です。

 日本語学校の教師というのは、まず「学生を信じています」し、「外国人だから」という目では見ません。そういう人間でも、「これは悪い」とか「これをしたら日本では立ちゆかなくなる」と思うようなことであったら、まず、しない方がいいのです。外国人に慣れていない人であったら、もっと嫌でしょう。

 言葉は確かに便利ですが、『中級』くらいに入っていればともかく、『初級Ⅰ』のレベルであったら、何を言っても無駄なのです。わかってくれません。こちらがカリカリしながら言っても、結局は、暖簾に腕押しなのです。わかり合えるのは、身振りや手振り。そして、「目」なのです。

 「怒っている」「笑っている」「嬉しがっている」「嫌がっている」などの時の表情は、万国共通なのです。ただ、こちらも本気で、大仰であると思われるくらいに真剣に「怒ったり」、「嫌がったり」すべきで、中途半端は逆効果になってしまいます。

 今日でこのクラスを持って一週間と1日が過ぎ、先週に比べれば、随分楽になりました。そう思って、思わず手綱を緩めると、気体状態になってしまい、次の先生がちょっと手を焼いたそうです。この手加減というのが…難しい。あまり強面ばかりでやるというのも…もう年なので、こっちの方が疲れてしまうのです。困った、困った。

日々是好日
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「人それぞれ。皆が一様に上手になれるわけでもないし、それを望んでいるとは限らない」。

2013-09-09 11:02:36 | 日本語の授業
 曇りのち晴れ。今日は「重陽の節句」。秋ですね。昨日の雨が、秋を運んできたようです。もっとも週末には一時撤退するようですが。

 さて、学校です。

 こういう日本語学校の学生達は、一律に、外国人であるから、こういう授業をすると、型に嵌め込むことはできません。「漢字圏」、「非漢字圏」によっても違いますし、「高卒」、「大卒」に拠っても違います(知識の量もですが、勉強したことがあるかとか、成功体験なども関係してくるのです)。また「母国の教育レベル」や「勉強の習慣の有る無し」、「書く習慣の有無」によっても違ってきます。

 ただ、「動機」や、あるいは「目的」がしっかりしていて、意欲さえあれば、こういう違いは何とかなる…(と、私たちは信じています)。ところが、それもない、しかも、勉強する習慣もないとなりますと、もはや、私たちには手に負えない存在となり果ててしまうのです。

 日本の学校で言えば、公立の小中学校のようなものなのです。経済的に恵まれている者もいれば、そうではない者もいる。勉強したい者もいれば、それはごめんだという者もいる。中には、勉強することがどういうことなのか(一ヶ月ほども、日本にいて勉強しているのだから、少なくとも、「ひらがな」くらいは覚えられるだけの能力や根気は、もっていてほしい)、よくわからぬまま来日してしまっている者もいる(本当にそうなのです。これは、彼らの母国の教育や社会と関係したことなのでしょうが)。

 多分、こういう人は何もわからないし、考える気もないまま、来日してしまったのでしょう。知り合いが日本へ行って(アメリカやヨーロッパは行きにくい)、それなりに金を稼いできた。だから自分も…と、漠然と僥倖を期待して来てしまったのでしょう(そのくせ、アルバイトがないと文句を言うのです。日本語が話せないし、ひらがなも書けない、読めないのであれば、ないのは当然です。それもわからないのかと、こちらでは思うのですが)。もちろん、それをよしとし、送り出す親も親だとは思います。けれども、もしかしたら、親の方でも、それがよくわからないようなレベルなのかもしれません。

 本当に何を考えているのか、わからないスリランカ人学生がいるのです。

 しかも、「(彼が)可哀想だ。判らないと言っているから、先生、面倒見てあげて」なんぞと言ってくるスリランカ人学生まで、いるのです。

 七月に来てから、直ぐに「ひらがな」や「カタカナ」は教えてあります。もちろん、教えっぱなしではなく、覚えられるように何回も「ひらがな」や「カタカナ」のテストをしたり(学校で)、宿題で教科書を写させたりしています。彼らが覚えられるように、その時の担任が嫌になるくらい、こういう手間暇をかけているのです。その期間は、彼らが来日してからの、ほぼ一ヶ月、毎日のように続けられました。

 それでも、覚えられないのか、覚えるつもりがないのか、だいたい勉強したことがないから、適当にやっていただけであるのか、それはわかりませんが、実際には覚えていないのです。しかも、まだ「8課」とか、「9課」とかいった、そういった段階です。それくらいの単語も(多分、前の課も、虫食い状態でしょう)わからないとは。

 実際のところ、この学校では、耳タコになるくらい、復習に時間をかけています。これも、アルバイトが忙しくて、それほどの時間を復習に割けない人が多いからなのですが。新出の単語に至っては、1日に2、3度は全部を読み(学校で)、意味の確認をしていますし、ディクテーションもしています。2日に1課ですから、少なくとも5、6回は皆で読み、カードで練習し、ディクテーションをして確認をしています。その都度、ひらがなやカタカナは書くチャンスがあるのです(カード練習はずっと続けます。いまだに「動詞」や「形容詞」は、すべてを毎日やっています)。練習のBにしても、1日のうち、3、4時限目の教員が前の分をもう一度やっていますし、翌日には、また前日の分を復習としてやっています。そして練習の前にはまたその課の分をやっています。

 おまけに、放っておいたら、宿題もしない人も(つまり、書かないから文字を忘れてしまう)いるので、そういう人でも、「ひらがな」や「カタカナ」を、1日に1度は(ディクテーションでも、書けませんから)書かせられるようにと、この「Eクラス」では、宿題の一部を、わざわざ時間を与えて、学校でさせているのです(10分ほど)。出来ない人は、例を写すだけでもいいということにして。

 皆、当然のことながら、小学生や中学生ではありません。ほとんどが二十歳を過ぎた立派な大人です。男性に至っては、私などよりも遙かに背も高いし、恰幅もいい。「ひらがな」を覚えるために、教師がつきっきりで(既に練習期間の一ヶ月は終わりました)、「はい、『ま』は違いますよ。こうですよ」と、教えなければならないとでもいうのでしょうか。

 クラスの大半は、ほとんど覚えていますし、忘れていた単語があれば、自分で単語の対訳を見ます(それもできずに、人が教えてくれるのを口を開けて待っているだけ)。少なくとも、他の人達は、覚えられないのは自分が勉強しないからだと言うことがわかっているのです。このクラスには大学進学を希望している者もいます(頑張ればできるでしょう)けれども、何せ非漢字圏で来日したのは「七月」です。

 4月や1月に来た学生と一緒に(大学を)受験しなければならないのです。1月に来た学生は、すでに『中級』に入っていますし、4月に来た学生も、『初級Ⅱ』の「39課」を終えています。七月生は、七月に来て、長い夏休みがあって、今はまだ『初級Ⅰ』の「9課」なのです。そこで、勉強する気のない人に付き合って、だらだらやってしまったら、懸命に勉強している大半の学生まで、何のために日本へ来たのかわからなくなってしまいます。

 「(日本では)勉強する人はドンドンして、出来ない人は次の『10月生』が来た時に、また始めからやり直せばいい。できてもできなくても、同じクラスにいるなんてことはでいないよ。」と一回一回言っていっても、果たしてどれほどわかってもらえるのでしょうか(わかる学生は、言わずともわかるので、気の毒なのですが。わからない学生は何度言っても、彼らの国の言葉に翻訳させて聞かせても、やはりわからないのです)。

 「ここは、小学校や中学校ではないよ。勉強する人はたくさん勉強していき、勉強する気のない人、時間がかかる人は、それなりに何度もやればいい」ということがわかるまで、どれほどかかるのでしょう。もしかしたら、この学校にいる間にわかるなんてことはないのかもしれません。以前にバングラデシュの学生でそういう人がいましたから。

日々是好日
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「いつしか ついてきた犬と 浜辺にいる」(放哉)。

2013-09-06 08:40:00 | 日本語の授業
 曇り。時折、陽が射してくることはあっても、今日は一日中、曇りとのことでした。

 ここ数日、朝は雷様がドンドコと鳴り続け、雨もザァ-ザァ-と降っては止みを繰り返し、その隙間を縫うようにして、人間が活動している具合でした。そう、「天」には、敵いません。

 たかだか、21世紀ほどの科学で、自然を操縦できると踏んでいた人間の悲しさ。その気になれば、人間を絶滅させることなど、朝飯前なのでしょう。もちろん、人はわかっているからこそ、神を作り、伝説を編み続けているのでしょうけれども。

 今朝は、夜明け前から、虫たちの声が聞こえていました。涼しくなると、途端に生き返って恋の歌を奏で始めるのですから、虫たちは強い。人も彼らと同じように天の法に従って生きていけば、「賢治」の世界で終わっていたのでしょうけれども。

 どう足掻いても、勝てる見込みはありません。それでも、好奇心と探求心とを、普通の人間よりも多く与えられた人達が、新しい道を進んでいこうとしています。これは「恵」なのでしょうか、それとも「罰」なのでしょうか。

 秋が深まってくると、いつも浮かんでくる句があります。
「咳をしても一人」(尾崎放哉) 

 浮かんでくると、自然に、放哉や山頭火の俳句集を見てしまいます。こういう時は、決まって、所在なかったり、モヤモヤしていたり、何となくやるせなかったりしているのですが、きっと、無意識に、慰めを求めているのでしょう。

「いつしか ついてきた犬と 浜辺にいる」(放哉)
「こころ疲れて 山が海が うつくしすぎる」(山頭火)
「まっすぐな道で さびしい」(山頭火)
「ふくろうはふくろうで わたしはわたしで ねむれない」(山頭火)
「こんなよい月を ひとりで見て寝る」(放哉)

 放哉や山頭火のことを知ったのは、高校の国語の授業の時でした。それまでは、俳人というのは芭蕉であり、蕪村であり、一茶であり…それ以外の人は、偶然、雑誌や新聞などで目にしても、それなりのことで、それでその人を求めるというようなことはありませんでした。

 多分、私にとって、「俳句」は「短歌」よりも難解だったのでしょう。短いだけにどうとでも解釈でき、それ故に、却って諄くなってしまい、煩わしく思えたのです。

 それが、自由律のものは、直ぐにわかってしまいます。この判るということに感情移入しやすさを感じたからかもしれません。だれでもの俳句…。

 さて、学校です。

 こういう日本語学校には、真剣に大学や大学院の進学を考えて来た者。進学はしたいが、無理はしたくない。ほどほどの日本語が話せたら、専門学校へ行き、手に職をつけ、日本の会社で働きたいと考えて来た者。それから何が目的で来たのか(私たちには)わからない者。大きく分ければ、この三種の人達以外には、いないのです。

 この学校では、できるだけ、この3番目の人達を避けているのですが、それもなかなかうまくいかず、(彼らを)連れてくる人達は(どんなにしつこく私たちが言っても)、必ず、「彼は勉強したいと言っている」と言うのです。

 この真偽を見分けるのは、本当に難しい。彼らの国の有名大学を出ている人であっても、来日後の行動は、明らかに、「3番目の種類の人だな」としか思われない人がいます。もちろん、これは、日本人同士であっても、一度の面接で相手見抜けるかというと…そんなことはないでしょう。仕方がないと言えば、ある意味ではしかたがないとしか言いようがないのです。

 ただ、こういう人たちであっても、「遅刻しない、毎日学校へ来る」を繰り返しているうちに、日本語はそれなりに(日本で生活していて、それほど困らない程度には)上手になっていきます。ですから、彼らの希望に沿った専門学校を探せ、そこへ行き、そして適当な頃に帰国していくのでしょう(こういう人たちには、それなりのネットワークがあるようです)。

 それが、運悪く、経済的な理由で、一時、大学や大学院を諦め、専門学校で勉強した後に再チャレンジしようという学生が、こういう所に引っかかってしまうと、悲惨なことになってしまいます。先に、学校に言って、相談してくれれば、それなりの所を紹介できるのですが、一円でも安いところがいいと、目先の利益で動いてしまうと、却って墓穴を掘ってしまうのです。それに、変に自分に自信のある人は、最後の最後まで勝手にやってしまい、自分でドンドンドンドン傷を深くしていくことになってしまいます。直ぐに頼ってくれれば、傷は浅くてすむのですけれども…。

日々是好日
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