日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「成田空港への迎え」。「バイト探し」。

2012-09-28 08:26:39 | 日本語の授業
 地面が濡れていました。昨日、夕方から降り始めると言われていた雨は、随分遅れてやってきていたようです。

 台風17号は、沖縄を掠めて西寄りにルートをとり、海の向こうに逃げ去るであろうと思われていたのに、西からの風に吹き飛ばされて、どうもこちらの方へやって来そうです。先にやって来た18号と、17号が併走しているような予報図が出ていました。18号の影響はそれほどでもなかったようですが、この17号は列島を縦断するようですから、いろいろな所で牙を剥き出すかもしれません。学生達にも注意するように言っておきましょう。

 さて、「十月生」です。
 日曜日に、ベトナム人学生が一人、やって来るとの知らせが入りました。その日、教員は行けませんので、「Aクラス」のベトナム人学生に迎えに行ってもらいます。運良く、一人、日曜日にアルバイトが入っていない学生がいました。

 とはいえ、普段、教室にいるときには、とても、頼りなく見えてしまう、この学生。ところが、「大丈夫? 成田まで行ける?」と聞いてみると、「大丈夫。一人でも大丈夫」
と答えたのだそうです。

 それはあり得ないなと、日頃の言動から考えていると、例の調子で、
「先生、大丈夫よぉ」と来ます。
ますます、疑わしい…。

 とはいえ、成田に迎えに行くのは二度目とのことですから、「七月生」を一人連れて行ってもらいます(この「七月生」は、「十月生」と面識があります)。

 ところで、今、アルバイトを探している学生が「B・Cクラス」に、何人かいます(他のクラスにも、います)。アルバイトが軌道に乗ると、勉強の方にも力を入れることが出来るので、ある意味では、(アルバイトが順調であると言うことは)精神的にもとても大切なことなのです。

 この、アルバイトを探していると言いましても、既に来日後、一年を経ている学生達は、なかなか逞しい。土日は比較的、簡単に見つかるようですが、それ以外の日は、午後か午前に、学校での勉強が入りますから、それ以外の時間で、探さなければなりません。これがけっこう難しいのです。

 その、アルバイトを探す理由にしましても、「現にアルバイトをしているが、そこが学校やアパートから遠いから不便である。だから別のバイトを探している」というのやら、「工場のアルバイトでは日本語がうまくならない。だから日本語が使えるバイト先を探していると」、また、「アルバイトを首になった。だから必死で探している」とか、「工場でのシール貼りのバイトは男らしくない。もっと力が必要なアルバイトがいい」なんて、おかしなバイト探しの理由まであります。本当に、様々です。

 探すにしても、タウンワークを見て、印をつけ、片っ端から電話攻撃に出る学生もいれば、当たって砕けろとばかりに、近くの駅の周りや、工場地帯を自転車で駆け回っている学生もいます。ちょっと離れてはいます(東西線の行徳駅までは、学校から歩いて10分くらいです)が、東西線沿線の、どこかの駅の近くにあるレストランに狙いをつけ、とにかく「アルバイト募集」の張り紙を目当てに、探していく学生もいます。

 そういう面では、この東西線沿線というのは、なかなか便利なのです。ただ風に弱いので、大風が吹くと直ぐに快速が普通になったり、速度を極端に落としたりするので、それが難と言えば難なのですが。

日々是好日
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「大学とはどんなところかを知るところから…始まる」。

2012-09-27 15:31:19 | 日本語の授業
 晴れ。とはいえ、徐々に雲が拡がっていくようです。今日も夕方辺りから雨になるとか。その割には湿度も50%を切っているそうで(乾燥しています)、天気予報を見ない限り、台風が来ているといわれても、ピンと来ません。

 さて、昨日、例の女子学生がまた蕁麻疹が出たと言ってきました。彼女は夏休み中にエビが原因で、蕁麻疹が出て病院に連れていったことがあるのですが、今回は、あのときの検査で禁じられたエビも、カニも、魚も食べていない…なのにどうして出たのだろう、だったようです。診察の結果は、多分、「疲れ」だろうとのこと。

 アルバイトはまだ土日くらいのものですから、それでどうして疲れるのかと聞いてみると、前日が「私の誕生日だった。それでパーティを皆でした」そうで、その時に「牛肉も豚肉も鶏肉も、野菜も、たくさん、たくさん食べた」、そして「二時に寝た」…。なるほど。

 病院の先生も、「これは疲れですね。飲み薬を出しますから、後はゆっくり休んで下さい」としか言いようがなさそうな様子でした(これには、塗り薬は効力はなく、飲み薬が必要とのこと。彼女が、「私は前にもらった塗り薬を塗ったのに、痒いし、腫れている」と主張した時に、「関係ありません「と一言で却下されてしまいました)

 診察が終わり、処方してもらった薬をもらいに薬局へ行き、そこで待っている時に、「専門学校と大学はどう違うのですか」と、また聞かれました(確か、夏休みの時にも同じような場面があったなと思いながら答えたのですが)。勿論、ベトナムにも大学はあります(大卒の子が来ています)、専門学校もあるでしょう。けれども、彼女らがそういうところに入ったことがあるかどうかと言うと、少し疑問なのです。

 日本では大学祭とか、講演会とかで、地域の大学が、地域の人々に開放されている場合も少なくないのです(それに、何と言いましても、以前のように閉鎖的だと、大学も喰っていけないのです)。勿論、他の先進国に比べたら、それほどでもないでしょうが。大学というのは、それほど敷居の高いものではないのです。身分証明書を見せなければ入れないとか、準警察官みたいなのが目を光らせているとか、そういうところでもないのです。

 身内に、大学に行った人がいれば大学は近しいものになるでしょうし、講演や展示会、あるいは大学のショップに行ったことがあれば、二度三度と行くのは決して嫌なことでもないでしょう。それでも彼女らにとっては、大学生というのは雲上の人に近いような存在なのかもしれません。

 その意味でも、「留学生試験」や「日本語能力試験」が大学を利用して実施されるというのはありがたいのです。大学というものの、だいたいのイメージが作れますから。とはいえ、彼女らは来日後まだ三ヶ月足らず。「留学生試験」も「日本語能力試験」も、まだまだ先のことです。

 そうこうしているうちに、卒業生から電話です。先日頼んでいた大学の資料を届けてくれるとのこと。時間や都合を聞くと、今大学から戻ってきたばかり、5時から近くでバイトだから、ついでに届けると言うので、彼女に甘えることにしました。

 以前は、この女子大学は大学に行かない限りは、願書や資料をくれなかったのです。(彼女が)アルバイトに行くまでに10分ぐらい時間がありましたので、バイトの様子を尋ねます。すると、以前よりも、かなり時給が上がったと言います。いつもラストまでいなければならないから、ちょっとしんどい。けれども信頼されて任されているということはよくわかるので、それは気持ちのいいことだし、うれしい。

 去年の受験の頃には、このアルバイトの件でもいろいろと悩んでいました。けれども新しい店長とも、どうにか折り合いをつけてやっていくうちに、認められ、責任のある仕事も任されるようになったのでしょう。まさに石の上にも三年。日本では長くいるベテランは何よりも強いのです。勿論、ただいるだけの人をベテランとは言いません。

 「Aクラス」の授業では、上級に入ってはいるのですが、学生達が「あれも見たことがない、これも知らない」を連呼するので、足踏み状態になってしまい、なかなか先へ進めません。(以前は、とにかくDVDを見たいということで、こういう「詐術」も使っていたようですが、最近は、本当に見たことがないし、知らないようなのです)

 そのもの自体を知らないから、それについて書かれた文章が理解できないというのが、案外に多いのです。中国人の場合は、見たことがないし、知らなくても、そこはそれ、漢字がありますから、それとなく、(朧でも)論を追っていけたのですが。ところが、非漢字圏の人達にはそれが通用しません。それで、どうしても、DVDを使って、そのものを知らしめ、然る後に説明を加えるという手順を踏まねばならなくなってしまうのです。

 ただ、これも、「上級」まで来られた学生だけです。「中級」までですと、彼等が知らないものを見せなければならなくなったとしても、例えば、「剣道」とか「華道」とかくらいのものですから、それほど大変ではないのです。それに、多少「環境問題」などに入りそうであっても、「砂漠化」の様子などを見せれば事足れりで、それほど苦労しなくてもいいのです。

 (中級までは)だいたいよく編集されたものを見せたいと思っても、(そこで語られている日本語がわかりませんから)、飽きてしまいます。

 教える方としては、気ばかり焦っても、なかなかうまくいきません。それに、もしかしたら、学生の方では、それほど勉強したくないと思っているのかもしれませんし…。

日々是好日
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「今年は近所に『トンボ』たちが来なかった…。」

2012-09-26 17:47:04 | 日本語の授業
 昨日は一日中、曇り。今にも涙が零れそうで、でも、お空はよく頑張ってくれました。

 そして、今日は一転して「秋晴れ」。爽やかな、いかにも秋らしい…秋の空です。

 けれども、よく考えてみると、この辺りでは、今年、「アカトンボ(赤蜻蛉)」を見かけませんでした。「アカトンボ」どころか、「トンボ」の「ト」の字も気づかずに過ごしていたようで、我がことながら、なにやらぞっと致します。

 ただ、最近は、毎週、治療院へ通っていますので、そこで、「アカトンボ」やら「チョウトンボ(蝶蜻蛉)」やら、「シオカラトンボ(塩辛蜻蛉)」やら、「ギンヤンマ」「オニヤンマ」「イトトンボ」やら、子供の頃に親しんでいた仲間を見ました。それで、どうやら、身体はともかく、心に変調を来すことなくやれているのかもしれません。

 何と言いましても、あの治療院の辺りでは、夏の初めに「ウシガエル(牛蛙)」がモウモウと大合唱をしていたくらいなのですから。まったく生き物に関しては「何でもあり」という場所です。

 さて、最近は「夏バテ」ならぬ、「秋バテ」という言葉をよく耳にします。学生達が、バタリ、バタリと休んでしまうのも、そういう事情があるからなのかもしれません。特に来日後一年目というのは(大方の私費留学生というのは、日本語学校で、その一年を過ごすことになるのですが)、勉強と、それまでしたことのないバイトとの両立、それに日本の気候との調整が加わります。ここをどうにか乗り越えて二年目に入り、大学なり、専門学校なり、大学院なりに入れれる頃には、既に、三者との調節は終わっていますから、あとはそれなりに、その与えられた場で、彼等なりに世界を広めていけばいいのです。

 数年前は中国人学生が多かったので、しかも高校を出て半年後か一年後の学生が多かったので、直ぐに日本的な習慣にも、考え方にも慣れていけました。おまけに勉強のやり方が日本人と同じでしたので…、もっとも、一言付け加えますと、これはあくまでも、やり方だけです。つまり平たく言いますと、鉛筆を使って字を書く。字を書いて覚え、思考するというやり方です。

 それからもう一つ言わせていただければ、なんとなれば、中国と日本が「同じ」と聞きますと、日本人の中には「あれっ」と思われるかもしれませんし、中国人の中でも、「そうか、同じか。日本でも愛国教育をして自分の国が一番と教え込んでいるのか」と思われるかもしれませんので。それで、一言付け加えておきますと、内容は、全く違います。ただどちらのやり方が子供が成長していく上でいいのかというのは、どの社会で生きるかということで決められると思いますので、わからないとしか言いようがないのですが。

 日本の公教育では「愛国教育」など、他者のない、ただ自分を主張してだけのものは取り除かれていますし(第二次大戦中の教育は正にこれでありました。「周りを見ない、だから何も知らないし、わからない」という独り善がりのものでした。だから、今、普通の日本人(強調して言いますが、普通の日本人です)はこういうものを生理的に嫌っているのです。匂いがすると、スッと避けたくなるようなそんな感じで)。

 勿論、一人一人の、日本人の心の中には、生まれ故郷を慕う心も、日本を大切に思う心もあります。こういうのは、その国が素晴らしければ、また素晴らしい故郷で育っていれば、自ずから、養われていくはずのものです。ことさら政府が云々する必要はないのです。その地域に住んでいる人々が、自分の土地を大切に思い、それを行動で示していけば、そこで育った子供なら皆、それに倣うはずです。

 それに、日本では、思想が公教育の現場に入るのを極力排除していますし(勿論、最近はそうではない人達も少なからず出てきています。けれども、まだそれは傍流だと思うのです。多くの心ある教師は、偏りたくないと思っています。もとより人間ですから、どうしても偏りは生じます。けれども端っから偏っても当然だと思っているのと、人というのは偏るもの、だからそうしないようにしていきたいと思っているのとは違うと思います)だから、宗教も、「何でも来い」になるのでしょう。

 友達が大切に思っている神様なら、私にとっても友達の神様ですから、大切です。それと同じように、自分の神様・仏様も、他の人に大切に守ってもらいたい。そう考えて、その通りにすることが出来るというのが、今の日本なのでしょう。それが、日本にいることの、もっとも素晴らしいことだと思います。特に今のようにグローバル化の進んだ時代には。

日々是好日
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「今年の『仲秋の名月』は、…9月30日」。

2012-09-25 08:49:20 | 日本語の授業
 全くの秋です。今朝は20度にも届かず、日中も23度あたりで止まるとか。30度から急にこれですからね。風邪ひきさんが出てもおかしくはありません。

 30歳を超えた頃でしょうか、どこか、毎日が、いつも見慣れた光景であるような気がして、少し鼻持ちならなくなっていた時期がありました。その時、「年を重ね、日を繰り返そうとも、同じ日はない。だから100歳になっても、1000歳になっても、常にその日に対しては初心者なのだ」とういうような文章を読んだことがありました。

 その文章の中では、「毎日に、新鮮さを見つけ出せ。見つけ出せることも能力だ」とも書いてあったのですが、お天気についてもそういえるのでしょう。

 毎年のように、「今年は異常だ、異常だ」と騒いでいるような気がするのですが、もしかしたら、この「いつもと違う」「異常である」ということこそが正常であって、「例年通り」ということのほうが異常であるのかもしれません、とりわけ、日本のように災害の多い国にあっては。

 虫たちが鳴いています。今年は、9月30日が「仲秋の名月」に当たるそうですが、「ススキ、お団子を供え、名月を楽しみながら、虫の音に耳を欹てる」というのは、もはや学校行事の中にしか見られないことなのかもしれません。子供の時に、「ススキ」を取りに行かされたのが、なにやら懐かしく思われてきます。今はそういう家庭は少なくなっているのでしょうが。

 毎年、今年こそはと思うのですが、忙しくて忘れていたり、雨であったりして、しばらく、ゆっくりと月を楽しんでいないような気がします。月でなく月の光を楽しむために作られたような銀閣寺。今年こそは、思いは銀閣寺にいるつもりで、月を楽しんでみようと思っていたのですが、どうやら台風が来そうです。

 今年は、秋になっても、台風が来ないなんていう言っていたのですが、いざ来そうだとなると、大変ですね。台風の襲来は、この水不足の関東地方にとっては歓迎すべきなのでしょうが、ちょっと日にちが…ね。きれいな月が見えるように、台風の神様にお願いしておきましょうか。そしてあまりに風が強すぎたり、雨が多すぎたりして、人々を苦しめないように。

 学校の玄関に、和紙に描かれた「月見」の絵が貼られています。大きく描かれた月の中に「白ウサギ」はいずに、代わりに三方に飾られた月見団子の周りを跳びはねています。学生達は、月の中に白ウサギがいて、餅つきをしていても、これはなんぞやという顔をするでしょうが、月?団子?白ウサギ?でしょうね。

 さあ、そろそろ学生達が来る時間になりました。頭が痛いとか、風邪を引きましたとかいうメールや電話が、もう二件届いています。学生達は今日、どんな服装でやってくるのでしょうね。

日々是好日
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「課外活動、『桜』、『紅葉』…など」。

2012-09-24 13:27:47 | 日本語の授業
 九月も中旬を過ぎて、やっと、秋らしくなって来ました。昨日は10月並みの気温だったとか。雨も降っていましたし。あれでなくては「秋らしい」とは申せません。

 というわけで、その翌日の今日です。今朝は20度くらいだったそうで、肌寒ささえ感じられました。ところが、昼には30度までなるそうで、いつから内陸性の気候になったのだろうと、ちょっと不安な気がします。

 さて、学校です。
 秋の気配が深まると、そろそろ「明治神宮外苑」の「イチョウ(公孫樹)」が気になってきます。勿論、まだまだ早いのですが。それで、ついでに、7月に来たばかりの学生達がほとんどを占める「Eクラス」には、課外活動の説明をしておきます。彼等も来日後直ぐに、「富士山バス旅行」へ行っていますから、少しはわかるでしょうし。それに来日後、既に三ヶ月近くになっていることですし。

 ただ「課外活動」だけを考えてみると、一番いいのは、四月入学の「4月生」ですね。それも四月の中旬などに来たというのではなく、入学式以前にちゃんと来られた学生です。

 日本人の感覚の中には、「すべては春から始まる」というのがあります。三月の末か四月の初めに来日しておけば、そして新学期が始まってから桜が咲くという季節が味方してくれていれば、日本の「小中高大」と同じように、桜の中で新学期を迎えることが出来るでしょう。

 一昨年と今年の「サクラ(桜)」は、見事でした。特に一昨年はああいう不幸があったからか、それでも日本に残っていた学生達にわずかなりとも「幸せを届けよう」という天の配分であったのか(わかりませんが)、残った学生は「満開の桜」と、散る桜の「花吹雪」と、散ったサクラがお濠に散り敷いている「花筏」の中でのボートと、三つを同時に楽しむことが出来ました。

 この「Eクラス」の学生達に、四月の「桜」のことを話しますと、顔を見合わせて、「来年」と言います。日本では、東京に限らず、どこにでも「桜」が植えられています。それで、戦争で、すべてが焼け野原になった時、人々は「桜」を植えたのだと話します。(食べ物も十分になかった頃)来年も「桜」を見たい(生きたい)というのが生きる「希望の灯火」になったのだということも話します。

 今、平和で、何事もなく感じられる日本に、そういう暗い時代もあったのだということが、なかなか、彼等にはわかりません。けれども、一度、満開の「桜並木」や、山一面の「桜」、そして牡丹雪のようにハラハラと散る「桜」などは、絢爛豪華を通り越した、「宴の後」の寂しさ、儚さ、切なさまで感じさせてくれるわけですから、「桜」というのはいやはや、特別な樹です。

 ただ、「Eクラス」の学生達はそれを見たことがありませんから、この「雪のように」という言葉に反応して、「雪がありますか」が話題になってきます。

 富士山に行った時も、遠くから白い砂糖をかぶせたような絵はがき通りの富士山は見られませんでしたから、「雪」にどうもかなり強烈な思い入れがあるようです。

 そう思って見ると、そういえば、一人の中国人の学生以外は、皆、南国からの人達。インド、スリランカ、ミャンマー、ベトナム…。これじゃ…そうでしょうね。もしかしたら、日本には「雪がある」という思いだけで日本留学を決めた学生がいたのかもしれません。けれども、それでもいいのです。日本に来てしまえば…多分、大丈夫。日本に、安心するでしょうから。

 日本人は、津波、地震、台風など、様々な天災の中で生きてきました。これに、わざわざ「人災」を加え、戦争とか、あるいは人を口汚く罵ったり、人の財産を奪ったりしておめき散らす必要はないのです。不満が山ほどあったとて、それを他者に、八つ当たり的な憂さ晴らしをしたりする必要はないのです。

 勿論、日本人にもいろいろな人がいます。やられたら、やり返したくなるのも人情でしょう。が、それをジッと怺え、その人と同じ土俵に上ってやり合わないだけでなく、他者にも様々な事情があるのだろうと心配りしていくのが、教育を受けた(この場合は、学校教育だけをさすのではありません。父母による躾け、会社や近所などの、社会での注意なども含んでいます)人間。すぐに叫んで暴力に訴えようとしたりするような人は、今の日本では、他の人から冷たい目で見られ、端っこへ追いやられてしまいます。そういう人が、日本では暮らしていくのは難しいでしょう。

 皆、それぞれ、与えられた仕事を誠実にやって暮らしていく。本当なら、そういうことだけやっていれば事足りるはずなのに。そうはいかないから問題なのでしょう。どの国に住んでいても、皆が「普通に」暮らしていければいいのに。少なくとも、今の日本では、だれもが「普通」でいいと思っているのに、そうはならなくなってきています。

 ただ、そうは言いましても、治安はまだよく、いろいろな事件が増えたと日本人は思っていても、他国と比べれば、多分、雲泥の差でしょう。このまま、日本人だけでなく、日本がいいとやって来た外国の人も、望むような教育が受けられ、その能力を活かせるような職が得られればと、まだ日本語を学び始めたばかりの学生達を見ながら思うのです。

日々是好日
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「秋晴れ」。「やっとアルバイトに慣れた。生活のリズムが出来た」。

2012-09-20 08:26:50 | 日本語の授業
 晴れ。やっと「秋晴れ」と呼べるような日が来ました。お彼岸を過ぎると、この「秋晴れ」も何だかとても似つかわしい表現であるような気がしてきます。湿度も45%くらいとか。昨日までのムシムシ感と違って、カラリとした空気に包まれています。もっとも汗はやはり滝のように出てきますけれども。

 学生達もそのせいだったのでしょう、ここ数日、どこやらグッタリして見えました。ところが来日後、5ヶ月ほども経ったスリランカのS君、元気なのです。今のアルバイトが始まってから、もう学校に来るのがやっと、お願いだから文句を言わないでという叫びを全身から漂わせていたのに。

 昨日、私が授業(午前の三四時間め)に行った時には、机に打っ伏していたくせに(わずかな休み時間を利用して寝ていたのでしょう)、それから10分ほどもたったころでしょうか、爽やかな顔をしてホワイトボードを見ているのに気がつきました。「いつ、起きたの」と半ば冗談で聞くと、「寝ていません」。出た~です。いつも決して認めないのです。

 「今、寝てたでしょ」。「いえ、寝てません」。「よ~し、今度、寝てたら顔に落書きしてやるからな」。

 勿論、冗談ですが、いつもこれの堂々巡り。多分、本人は眠っていたという自覚がないのでしょう。前から見ると目が半開きになって、睡魔と戦うというよりも、完全に取り込まれている感じ…なのですが。本人にしてみれば、スッと睡魔に呑み込まれても、それが1分であろうが、30分であろうが、知らぬ間に二時間ほども経っていようが、同じなのです。時間が切れたくらいのものなのかもしれません。

 その彼が、そのまま涼しげに顔を上げたまま、授業に参加しています。しかも、いつものようにそれが20分で切れるとか、30分は持たないと言うのではないのです。授業が終わるまで続きました。

 実は、彼は、来日した時に受けた感じと、学校で授業を受けている時の様子とがあまりにかけ離れていましたので、ちょっと様子見だったのです(つまり、叱らないということです。文句は嫌でも口から出てしまいますけれども)。

アルバイトが決まるまでは不安定というよりも不安だろう。決まったら決まったで、その生活のリズムを作り上げるまで、時間がかかるだろう。これは職員室で皆と話していました。やはり日本語のレベルの問題で(それだけではないかもしれませんが)、なかなか安定した仕事が見つからなかったのです。見つかっても夜遅くの仕事ですから、朝9時からの授業に差し障りが出てしまいます。本当に学校に毎日来て、座っているのがやっとという日もありました。

 しかも、残業で、レストランの片付けなどをしていますと、どうしても、帰りが遅くなる。それが何日か重なってしまうと…辛い。どうしても、授業中、話を聞いているうちに船を漕ぎ出してしまう…。

 南国から来た大半の学生達は、彼らの国ではのんびりと過ごしていたようですから、無理に仕事をしたことなんてなかったのでしょう。冗談半分で、「時計なんて要らないでしょう。だって走っている姿を見たことがないもの」なんて言っていたこともあるくらいでしたし。

 けれども、日本ではそういう風には行きません。それで、最初、草臥れはててしまうのです。とはいえ、やっと友達に紹介してもらったアルバイト、あるいはやっと面接にまでこぎつけたアルバイト、やめるわけにはいきません。頑張っているうちに、スッと眠ってしまう…だったのでしょう。

 しかし、何と言っても、まだ若い男の子です。今の苦労は、もしかしたら精神を強くするだけではなく、身体も強くしてくれているのかもしれません。心身共に強くなり、あと一年半、頑張り続けて欲しいものです。

 さて、寮の話です。一昨日、女子学生が、掃除機が壊れたと言ってきました(掃除機は彼女の部屋にあります)。寮の上の階に住んでいる男子学生が機械に強いというので、見てもらったのですが、何かがないので直せないというのです。それで、午後、ルームメートの学生に持って来てもらいました。そして、昨日、別の用事があって学校に来た別の男子学生に、「これ、直せる?」と聞きますと、出来るというのです。では、ということで、しばらく格闘してもらいました。

 日本人であったら直ぐに部品交換とか、(電気屋さんに)見せに持って行ってとか、あるいは買い換えるとかなってしまうのでしょうが、彼等はそうではありません。チョコチョコッと何かやってしまうのです。彼は直すために、いろいろとやってみようとします(その中には、とんでもないやり方もありましたので、それは却下されてしまいましたけれども)。そして最後に出来たのです。完成!その後は、ひとしきり、すごいねとか、いい子いい子という、普段滅多に聞けない褒め言葉を浴び、いい気分で帰っていったようでしたが。

 しかし、考えてみると、やはりすごいことです。私たちは、そこにそれがあるのが普通という生活を子供の時からしていますので、壊れたら、直ぐに買い換えてしまうのです。勿論、高価なものは修理に出すでしょうが、ほとんどの電気製品は、修理代の方が高くつくのです。簡単に、そういうことができないというところから来た学生達は、自分の頭を動かす術を知っていますね。そういうところが私たちの敵わないところなのです。

日々是好日
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「教師は授業をしていない時も忙しい!」

2012-09-19 13:11:34 | 日本語の授業
 今朝、五時頃、急に雷が鳴ったかと思うと、ザーッと降って来ました。そして、それは直ぐに上がったのですが、それがいけなかった。すっかり安心して家を出ると、また例の交差点でザーッ。あちゃああ、しまった。傘を忘れてしまった…。それで例のコンビニに逃げ込み、今朝はお弁当まで買ってしまいました。

 中でしばらく雨の様子を窺っていたのですが、こういう時の時間のゆっくりなこと。んんん、どうやら、止みそう…小降りになってきたので、出発。ところが騙されたのですよね。歩いているうちにどんどん雨粒が大きくなるではありませんか。さすがに今日、傘を持っていないのは私くらいのものだったらしく、歩いている人一人一人がちゃんと傘をさしています。雨が降り出して慌てる者などいません。皆スマートにスッとかばんから傘を出し、サッとさして歩いています。ずぶ濡れは私一人…。

 あああ、今朝に限って、忘れてくるとは。いつも、こんな時、持って出ているのに。そして使わずにそのまま持って帰っていたのに。油断大敵。梅雨時ならぬ、秋雨時も要注意でした。

 と言うわけで、雨のシャワーを浴びて、学校にやって来ました。雨は、学校についても大降りになったり、小降りになったりしています。今日は一日中、こんな具合かもしれません。

 さて、学校です。
一昨日は敬老の日でお休みでしたから、昨日は三日ぶりの授業でした。元気にやって来たかなと思っていたのですが、連休疲れか、あるいは休みをこれぞとばかりに働いたせいか、皆、元気がないのです。いつもはちゃんと漢字を書いているミャンマーの学生までが、「先生、ごめんなさい。今日は漢字はだめ」と、ディクテーションが辛そう。

 お休みが、二人も出ていました。そのうちの一人、午後も三時を過ぎてから、「先生、お元気ですか。今、行ってもいいですか」と電話。どうもその時までぐっすり寝ていたらしい。

 先日、彼らに「どれくらい寝ますか」と聞いたことがあったのですが、10時間程度はざらで、中には何時間でも大丈夫ですなんて答える猛者までいました。19歳から二十歳、二十二、三歳というのは、どの国の若者でも、同じと見えます。いくら眠っても眠り足らないのでしょう。

 けれども、来た学生には、最後にお灸を据えておきました。少し日本語が自由に話せるようになると彼らは「話したい。日本人と話したい」と言い、学校の勉強よりもそちらの方に力を置きがちになるのです。しかもそのほうが日本語が上達すると思ってしまうのです。

 日本人と雑談したいなら、日本にいればいくらでもその機会がある。しかもただで。しかし学ぶには金を払わねばならない。金を払っても習いたいというのは、学ぶことに価値があることがわかっているからだ。その学ぶ機会を与えられていながら、それを活用しないということはどう言うことか。

 それからもう一言。「先生、暇ですか。話したいです」と言うのは、どういうことか。授業をしている時間だけが忙しいと思っているのか。これから大学や大学院、専門学校に行きたいという学生が出てくる。そのことも調べなければならない。他にもしなければならないことは山ほどある。皆が目に出来ない時間を遊んでいるとでも思っているのか。

 とはいえ、彼を怒ってもしようがないのです。彼等のように、彼らの母国で、彼らが目にしている人たちはそうなのでしょう。時間も、ゆっくり、世間話(多分、不満話)をしながら過ぎていくのでしょう。こういう、まだ、発展途上にある国の、若い人たちと話す時には、はっきりと、彼等の相手をしてもいい時間を言っておかないと(ダラダラと過ごすことに慣れている彼等の相手を)ダラダラとさせられてしまうことになるのです。

 以前、南の国の女子学生が、涙ながらに訴えてきて、その付き合いをさせられたことがありました。わたしたち教員は学生達に問題があれば、その解決に向けて何らかの行動を起こさなければなりませんから、それは当然のことだったのですが。ところが、なんということはない、ただの他人の悪口と、自分は先生に気に入られている(彼女の相手をしていますから)ということを他の同国人に見せつけるための、ただのデモンストレーションだったのです。そんなことのために、忙しい時に、何時間も時間を盗られてしまっていたのです(あれから、あの国の女子学生には一対一で話を聞かないことにしています。職員室か、あるいは来客用の、職員室のすぐそばの部屋でするようにしています。もう懲り懲りです)

 私たちの仕事の一つに、進路指導(話を聞いたり、願書の作成なども含みます)があります。これにもかなり時間を割かなければならないのですが、こういうことは少しも苦にはならないのです。手をかければ、かけただけのものができあがりますから。何よりもまず、彼等と話し、彼等の正直な気持ちを聞いていかなければなりません。そうでなければ、話が少しも進んでいかないのです。ある学生は単にインターネットからひいた単語を並べたて、如何にも自分は出来るみたいな風を装おうとします(聞くと全然わかっていない)、彼らの国の流儀に、偉そうな、しかも無内容のことを、ただ書き連ねて、それで事足れりとする風があるのでしょう。そういうものを少しずつ刮ぎ落としていかねばならないのです。

日本ではそんなことをせずともいいのだ。その専門に対する正直な気持ちを、まず言えるようになることが先だということをわかってもらわなければならないのです。それから後は、彼等の能力次第です。いくら偉そうなことを言ったり書いたりしても、嘘であったら、誰も見向きはしません。まったく、彼らの国のやり方の、泥や埃落としにかなりの時間を割かれてしまうのですが、それをやってから、面接に行くと、余分な澱は沈殿していますから、一応それなりに話は出来るようになっているのです。

 本当に、気の毒を通り越して哀れにも感じられてくるのですが、日本人がちょっと悪かったなと思ったら直ぐにごめんなさいとか済みませんというのと同じように、ちょっと不都合になると、「国のために尽くす」と叫んだりするのです。私たちはそれを聞くと、この国の人間は本当に二重人格だな。二重人格にならなければ、殺されてしまうからそうなるのだろうが、たまらないなと思うのですが、それは条件反射以外の何物でもないのです。それでも、それを叫べば、水戸黄門の印籠くらいの重さはあるのでしょう。皆、へへっと這いつくばり、無罪放免となるのかもしれません。

 ただし、それは日本では通用しません。自分が一生懸命好きなことをして、それが結果的に人のためになればいいのですし、(人のために)ならなくても、自分が好きなことを一生懸命しただけでもいいのです。それだけでも素晴らしいことですから。

 なのに、それがなかなかわかってはもらえないのです。困ったことですね。

日々是好日

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「ゴミの分別」。

2012-09-18 15:25:59 | 日本語の授業
 晴れ。昨夜、また、雨が降ったようです。最近はお空の調子が悪くて、ザッと来たかと思うとサッと上がり、晴れたかと思うと、黒雲がつよい風に追われてやって来る…。どうも安定しているようには見えません。

 そういえば、土曜日の昼過ぎ、ここでもザッというよりも、ドドッと来ました。おそらく降っていたのは実質10分くらいだったのでしょうが。ものすごく大粒の雨粒でした。一瞬、雹が降ってきたのかと思ったくらいでしたもの。

 ちょうど買い物に出たところでした。最初の交差点で青信号を待っていると、ポツンと黒いシミが地面に…。降るなと思った瞬間、突然、(雨が)叩き付けるように降ってきました。大きな大きな雨粒でした。慌てて近くのコンビニに駆け込んだのですが、店の中は避難民でいっぱい。申し訳ないので出しなに、安いお菓子を買ってしまったのですが、お店の人も困ったことでしょうね。

 昨日もそうでした。私の子供の時など、こういう雨を夕立と呼んで楽しみにしていたものでしたが(夕立の後には、よく虹が架かったのです)、昨今ではそんな悠長なことを言っていられません。日曜日など、(土曜日の事があった後なので、洗濯物も落ち着いて干していられません)、暗くなったなと思ったら入れる繰り返して、それに一日中振り回されたような気分になってしまいました。家にいなければ、まあしょうがないかで終わってしまうのでしょうが、家にずっと居るとだめですね。思わずこんな動作を繰り返してしまいます。

 というわけで、最近は花や樹に水を遣らずに済んでいます。木々も人間なんかから、チョロチョロッともらうより、バケツの底が抜けたようなのがドドッと降ってくれた方がいいのでしょうね。色ツヤが違って見えます。

 さて、学校です。

 どうもプラスチックゴミの中に牛乳などのパックを入れる輩がいるらしい。前に一人捕まえてお仕置きをしたのですが、まさかまたやったのではないでしょうね。

 このゴミの「分別」というのは、私たち日本人が考えているほどには簡単ではなさそうで、「うん、分けた方が理にかなっている」と、するしないはともかく、そう思えるのはまだいい方で、中には、「どうして先生はこんなシチ面倒くさいことをさせるのだろう。分けて捨てないと(先生は)怒るし」と、いくら説明しても、この趣旨が呑み込めない人たちもいるのです。

 で、その結果として、習慣から(目を光らせていなければ)「ポイ捨て」、あるいは、道端の適当な(?)ところに置いてしまう。見ぬこと清しなのでしょうね。それを、ちゃんとゴミ箱に入れるまで成長したと思えば、腹も立てずにすむのでしょうが、あまり何度もやられてしまうと、時々、プッツンいってしまいそうになります。

 とはいえ、日本語がある程度わかり、私達の言っている気持ち、乃至趣旨がわかるようになっている学生には、今さら言う必要もないのです。言わねばならぬのは、日本語が片言で、日本に慣れていない学生達なのです。

 これは言語の問題ではなく、習慣の問題。彼らの母国では全く問題になっていないことを、事々しく(私たちが)言い、しかももっともらしく、それを(彼らが)聞かねばならぬところからくる、鬱陶しさ(これは彼らの気持ちを代弁して)。

 中には、「どうして(ゴミを分別するの)ですか」と素直に聞いてくる学生もいますが、大半は馬の耳に念仏、暖簾に腕押しで、聞いているけれども聞いちゃいないのです。見ているけれども見ちゃいないのです。もう、こうなってしまいますと、思わず「豆腐の角にでも頭をぶっつけろ」と言いたくなってしまいます。

 彼らがどう捨てようと、ここは日本ですから、ゴミはそのままでは出せません。捨てる時に一回一回チェックをするのですが、そのままサッと出せた試しがないのです。

 よく「日本の小中高では、掃除の時間というのがあって、トイレの掃除まで自分たちでやるのですか」と聞かれるのですが、いろいろ問題はあるにしても、こういう面では社会が子供達を育てていると言えなくもないなどと感心してしまうのです。

 それほど、分別というのは難しいことのようです。

日々是好日
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「日本語能力試験の申し込み」。

2012-09-14 17:03:56 | 日本語の授業
 晴れ。

 早朝は無風状態だったのに、日が昇ると急に涼しい風が吹いてきました。うちを出て、のんびりと歩いていますと、昨日まで耳をつんざかんばかりに虫たちが合奏していた草むらが、きれいに刈り取られているではありませんか。虫たちの声は聞こえません。彼らはいったいどこへ行ってしまったのでしょう。もしかしたら草刈り機の餌食になってしまったのかも……。

 きれいに刈り込まれた芝生や、和風洋風を問わず、主義主張のある庭もいいけれど、やはり山里や、人の手の入らない草地の方に魅力を感じます。とはいえ、人の多く住むところでは、草ボウボウだと、そこにカンやペットボトルを投げ捨てる人が出てくるというのもこれまた事実。その地を所有している人や通行人から見れば、美観を損ねるということにもなる…。とはいえ、寂しい限り。

 こうなって来ますと、電車に乗って近郊の野山にでも遊びに行かなければ、夏の終わりの風情を感じることは出来ないかもしれません。夏の終わりというのは、いいものです。勿論、野山は本当にいつ行っても麗しい。それぞれの美しさが互いに労り合うと同時に、引き立て合っているのですもの。

 さて、昨日、『日本語能力試験』受験願書を皆で書きました。「Aクラス」では、一人欠席でしたが、まあ、スムーズに書いていきます。ところが「BCクラス」になると、申し込んだ人と「要る」と手を挙げた人の数が合わないのです。「願書が要る人」と言って見渡すと、あれれ、「試験を受けない」と言っていた人までが手を挙げています。このクラスは学生達の日本語の能力にかなり幅があって、先日、「(試験を受ける人は)手を挙げて下さい)」と聞いた時に手を挙げた人は、本当に、ポツリ、ポツリでした。「受けてみてごらん。練習になるから」と言っても、反応しなかったのに、その二三日後、「7月の(日本語能力)試験」の結果が発表になって、落ちた人が、ドドッと(それほど多いわけではないのですが)…と言ってきました。が、それ以上の数の人が、大きな顔をして「要る」と手を挙げているのです。

 「願書」というものが、学校に備蓄されているとでも思っているのかしらん。

 「『申し込みをする』と言わなかった人には、願書がないよ」と言っても、「どうして私にはくれないの」と不服そうな顔をするばかり。わからないのです、私の言っている意味が。これで「N2」を受けるのか…。「N3」も難しいと思うけれど…。いくら言ってもそれがわからないのですから、言ってしようがない。けれども、責任上、注意はしました。

 「『N3』も無理だったでしょう。点数がかなり足りなかったでしょう。それをわかっていますか。」優しく優しく言いました。けれども、「大丈夫」と平気です。多分、私が怖い顔をして、「受かるわけないでしょ」と言えば、とにかく「N3」にすれば先生の不機嫌は治るのだと思って「N3」と言うかもしれませんが、お金を払うのは彼女です。しかも、電話でお姉さんか、だれか身内に相談していたようでしたし、彼女のレベルがわからない人(彼女は、わかっている風を装うのがうまいのです。私たちも最初はそれでごまかされました)が、「当然、『N2』」とでも言っているのかもしれません。

 まあ、こういうことも、彼女に限ったわけではありません。結局は、本人の意思を尊重して、申し込むということになるのですが、ただ、本人は「必ず合格する」くらいの気分で受けるわけですから、落ちた時に、どうしてとガックリしてしまいます。もっとも立ち直りも早いのですけれども。

 日々是好日
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「富士山の『初冠雪』」。「暑さ寒さも彼岸まで」。「それぞれの『お国柄』」。

2012-09-13 08:46:50 | 日本語の授業
 9月13日、風が涼しいのにも、もうかなり馴れたとはいえ、今朝の風は特に「秋」でした。ただ陽射しは強く、まだ「猛暑日」は続くようです。

 昨日、テレビに、「富士山」の「初冠雪」の様子が映し出されていました。そういえば、「夏の富士山旅行」の時、「夏富士」の姿を見て、「えっ、あれが、富士山ですか。頂上に、雪が…ありません」と驚き悲しんでいた中国人学生がいましたっけ。やっと彼女の曰く「富士山らしい富士山」になったようです。

 「暑さ寒さも彼岸まで」。今年も、どうやら、そうなりそうです。「秋のお彼岸」と言いますと、9月20日だそうですから、我慢もあと一週間で終わり。これで暑さから解放されるとうれしいのですけれども。ただ、秋は台風の季節ですからね、涼しさを感じ始めると同時に、台風の襲来という記事が紙面を賑わすことになります。今も、数日前に、フィリピン沖で発生した台風16号が虎視眈々と日本列島を狙っています。秋雨前線と一緒になってまた大被害が起こらないといいのですけれど。

 さて、学校です。
 この学校は、アジア各国から来た学生が多いのですが、それぞれお国柄が異なり、時折その違いに、学生達のみか、(外国人に慣れた)私たちでさえ驚くことがあります。多分、風土や宗教などから来る違いなのでしょうが。

 学生同士でも、その違いに「あれっ」と思うことはあるのでしょうが、彼らがいるのは日本でありますから、ます、日本との違いに目を向けてもらわなければなりません。

 ベトナムの男子学生達は、女の子がいれば、「きれいね」とか「名前は」とかを、争って言おうとします。ベトナムに行った人が、「ベトナムでは男性は皆そうやって何かきっかけがあれば、女性に声をかけていたから、多分、それは習慣なのだろう。こんにちはと同じくらいの感覚なのだろう」と言っていましたが、日本でそれをやると、不審者と見なされる虞れがあります。軽佻浮薄な外国人と思われるのです。

 これはインドやバングラデシュ、スリランカ(スリランカの学生に関しては、今は、そういうタイプの学生はいません。どちらかというと、声をかけられると、退くタイプの法のような気がするのですが、三人は。もう一人はからかうと面白いので、女子学生の方から声をかけられているようです)からきた学生達には、日本の女性はかなり自由奔放であるように映るようです。

 夜遅くしごとで帰宅する女性もいますし、彼らから見れば、かなり大胆な服を着ているように見えるからなのでしょう。これは礼を失すると私たちが思うようなことでも、こういう女には言ってもいいのだと誤解してしまうようです。

 勿論、教室でそういう芽を見つけた時にはこっぴどく叱りつけています。説明が聞き取れるような日本語のレベルではありませんので、断定的に、「それはしてはならぬ」とか、「(そういうことを言ったりしたりすると、反対に)嫌われる。とても失礼である」という言い方しかできないのですが。

 先日、中国人の学生が、(卒業生ですが)ある女子学生の電話番号が書かれた紙をインド人の男子学生に渡そうとしているのを見つけ、驚いて注意しました。彼女からもらわない限り、それはしてはならないことだ、が、理解できず、中国人学生は「面倒だ」と私に聞こえないような小さな声で一言。またそれを聞きとがめられ、厳しく叱りつけられたというわけなのです。

 友達だからいいだろうというのは、日本では通じません。それは個人の情報で、電話番号を教えてもいいのなら、彼女が直接彼に教えるでしょうし、自分が教えてもらったからと言って第三者にそれを勝手に教えるのもルールに反します。

 そういうわけで、(今)、ベトナム、インド、バングラデシュの男子学生たちが、何でもやりたい放題に見える日本社会が、実は、かなり厳しいルールの下で構築されているということを少しずつ理解させられているところなのです。

 法に問われていなくとも、皆がそういう、目に見えないルールの下で生活しているから、女性が夜遅く帰宅しても(他の国に比べれば、今でも、比較にならぬほど)安全であるし、店の外に商品が並べられていても、盗まれる心配がほとんどないのだということを理解していって欲しいのですが。

 この目に見えないルールがあるということ、日本は何でもしていいのだというわけではないということがわかるのが第一段階とすれば、次は、「これは(日本で)、聞いてもいいことなのか」とか、「これは(日本人に)、言ってもいいことなのか」といったことに個別に対応できるようになるのが第二段階。

 最初、「日本人の女性は短いスカートをはいています、私たちの国では絶対にだめです(だから私たちの国の女性は素晴らしい。日本の女はふしだらです)」くらいに言っていたインド人男子学生が、最近はそんなことを言わなくなりました。

 アルバイトで、てきぱきと働く女性を見たり、男女の差なく働いている(つまり、女だから出来ないとか、男よりも下だとか思っていない)女性を見れば、それは言えなくなるのは当然でしょう。まだまだ彼らの国では、トップ(大統領とか首相)だけには、女性の姿があっても(これも個人と言うより、一族の代表で、男がたまたまいなかったから、その妻とか娘とかが出ているだけの話なのでしょうが。しかも、皆、大金持ちです)、中間層や普通の仕事をするのに、ひどい男女の格差がありますもの。想像出来ないのは当然だと思いますが。

 それでも、この学校にいる間に、こういうことが少しずつ理解できるようになり、普通に日本人の女性と話せるようになれるといいですね。

日々是好日
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「『3・11』から、一年半」。

2012-09-12 08:51:46 | 日本語の授業
 いつ、雨が降ったのでしょう。目覚めると、ベランダが水たまりになっていました。というわけで、五時を過ぎても空は暗いまま。夜明けを感じさせぬ夜明けになっていました。

 昨日の蒸し暑さが雨ですっかり洗い流されたと見えて、風は完全に秋です。涼しさを感じるとすぐに秋を感じ、そして冬の寒さまで予感させてくれるわけですから、日本の季節は侮れない。次へ次へと急がせます。

 留学生達を見ていると、勉強も、アルバイトも頑張れるという人は、本当に稀で、それは当然のことなのかもしれませんが、かつての、中国人(漢族)たち(の一部)を思いますと、隔世の感を禁じ得ません。勿論、スリランカ人にもそういう人はいましたから、一概に、漢族がなどとは言えないのですが、常夏の国と、寒い冬がある国との差とでも申しましょうか、それを、否定するわけにはいかないのです。

 日本だってそうです。日本には寒い冬があるだけでなく、常に地震や津波、台風に苦しめられてきました(世界中、同じような国は少なくはないでしょうが)。だからでしょうか、日本人は何事があっても、頑張れるようになったのかもしれません。とはいえ、こうまで科学が発達し、生活が便利になってしまうと、余程気をつけておかない限り、自然に揉まれ、抗いながら、やっとの事で、生き抜いてきた頃の智慧や経験を忘れてしまいます。

 もう、かつてのようなことにはならないだろうと、そんな気になってしまうのです、こんなに科学が発展したのだからと、そう誤解してしまうのです。

 日本の歴史書のみならず、先人達の日記、随筆、小説などを見ても、自然災害やそれによって引き起こされた別離、悲哀、恐怖などが描かれていないものはありません。そういう災害の渦の中にいても、人々はこの地を離れようとはせず、この地にしがみつきながら生きてきました。どういう魅力があって、こうまで、この地は日本人を惹きつけて放さないのでしょう。現在もそうだと思います。他の土地に行って国籍を変える人はほんの一握りだと言いますから。

 人は誰でも生まれた土地に深い懐かしみを覚え、どこへ行こうと、その原風景が基準になって、新しい土地を見てしまいます。見たことがある…というのが、大切なのかもしれません。人という動物は好奇心の塊で、新しいものを常に追い求めているにもかかわらず。

 ただ原発は別です。戻れません。この状態が数年も続けば、もうそれだけで、その土地とその土地に住んでいた人たちとの「歴史」が切れてしまうのです、「絆」が薄れてしまうのです。老人達の心では、離れているからこそ、強く濃くなるかもしれませんが、若者や幼子にとっては、未知の土地となってしまうかもしれません。新たに築き上げるにしても、どれほどの時間と労力と、強い意志が必要になってくることでしょう。

 阪神淡路大震災のとき、避難所にいる間に、別の仕事を得たり、どうしても戻れなかった人は別でしたが、住人たちは、元いた土地に戻り、また同じような生活を営めることを望みましたし、東日本大震災の時もそうです。多くの日本人が、津波や地震だけだったらと、どれほど歯がみし、口惜しがったことでしょう。それだけだったら、天災なのだから、歯を食いしばってでもまた頑張れる。しかし原発が相手では、まずその土地に戻れないのだから、そしてその地を浄化することができないのだから、踏ん張れない。個人の力や地域の力ではどうにもならないと言うのです。

 それで、今、日本は立ち竦んでいます。東北の人たちが立ち竦んだら、日本全体が立ち竦んでしまいます。何と言っても、日本で一番、我慢強く、互いを助け合うことのできる土地の人たちなのですから。

 こんな日本にずっといますと、日本に来る留学生達が、以前とは違って感じられてきます。「3・11」の前後では、同じようなことをしていても、同じようなタイプの学生であっても、以前とは違う認識の仕方をしてしまうのです。こんな時に、せっかく日本に来たのだから、もう少しどうにかしても良さそうなものだとか、つい、そう思ってしまうのです。

 これは、もしかしたら無い物ねだりなのかもしれませんが。

日々是好日
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「書く習慣」。「夏休みで、『ひらがな』さえ、忘れた…」。

2012-09-11 17:30:24 | 日本語の授業
 暑い。今朝は朝から蒸し暑いのです。天気図を見ると、秋雨前線も、高気圧が張り出している関東地方を避けるように延びているだけ。関東地方でも山沿いはにわか雨が降るかもしれない…らしいのですが、海の近くのこの辺りは、特に東京湾に沿った、この辺りは…期待薄でしょうね。

 9月になってから学生達のぼやきが増えてきました。
「先生、まだ暑いです」。
「いつまで暑いのですか」。
「日本は大変です」(勿論、日本は大変ですけれども、彼の言っている意味は、「日本で暮らすのは大変です」くらいかしら)。

 おまけに、次のアルバイトが見つかるまではやめてはだめと言っていたのに、耐えられないとやめてしまった学生が、自習室でパソコンをいじっていたのですが、これが、飽きると職員室に、遊びに来るのです。

 その都度「勉強しないのなら、学校へ来るな」と叱られて、自習室にいじけて戻っていきます。しかし、懲りないのです。最近はどうも、叱られることに、(非常に)馴れてしまったようで、何も言わないと(構ってもらえないのかと誤解して)「 先生、どうしたの」と聞く始末。文句を言うのも諦めて、今では、早く仕事が見つかれよかしと、違う意味で祈っています。

 この学校では、年に四回、学生達を募集しているのですが(4月、7月、10月、1月)、最初はそれぞれのクラスで勉強していても、11月の「留学生試験」や、12月の「日本語能力試験」を控えた頃になりますと、だんだん二つのクラスに集められ、最後は、卒業を控えた学生達は、「Aクラス」「Bクラス」に収めるようにしています。

 この二つのクラスに入れない(日本語のレベルが合わなくて)という学生も、時々出てくるのですが、それでも出来るだけこの二つのクラスに入れてしまうようにしています。

 この学校を卒業して、他へ行くとなりますと、それなりに教えておかなければならないことが出来てくるからです。そうなりますと、「日本語の能力」だけで、クラスを分けるわけにはいきません。

 来日後一年くらいまでは、「日本語」のレベルや、国で「勉強の習慣」がついているかどうかなどが、クラス分けの基準になるのですが、卒業を間近にしますと、授業の時に折に触れ、現在の日本の社会問題や政治などのついても話して行かなければならなくなります。これは、漢字が読めないとか、書けない学生であっても、(日本に一年以上いれば、ヒアリング力はついていますから)聞き取れるのです。

 「Aクラス」は、授業で普通にこういう問題を扱うことも出来るのですが、「Bクラス」では、卒業までに「上級」の教科書を終えることが出来れば御の字で、時には途中で卒業になったり、ひどい時には「上級」の教科書を扱えないまま、卒業させざるを得ないということもあるのです。

 これは、教師として、私たちも忸怩たるものがあるのですが、学生の中には、「よかった。また教科書を買わずにすむ」とホッとしている学生もいないわけではなく、勉強させたいと思っても、なかなか難しいところがあるのです。

 アルバイトで別に生活に困らない、しかも友達を招いて小パーティくらいはよくするという学生でも、「教科書代を払って下さい」というと、途端に「お金がありません」と言ったりする、しかも、それを不思議とも何とも思っていないという学生もいるのです。

 自分たちが使っている教科書なのにと思うのですが、これも、どうやら、個人の問題と言うよりも、お国柄のようで、学問(そのレベルではないのですが、いわゆる勉強です)のために金を使うという習慣がない(もしかしたら、もう国民性になっているのかもしれませんが)人たちが、こういう教育機関にやって来るというところに問題があるのかもしれませんが。

 おそらく、彼らの国ではそうなのでしょう。何度も「あなたたちは勉強すると言って日本に来たんだよ」と、言わずもがなのことを繰り返さざるを得ないという理由も、もしかしたらこう言うところにあるのかもしれません。

 日本語は、文字が、「ひらがな」、「カタカナ」、「漢字」、「ローマ字」とあり、日本人は必要に応じて、それぞれを使い分けています。日本人と同じような感覚でこれらの文字を使い分けられるとは、だれも思っていませんが、せめて、「ひらがな」、「カタカナ」くらいは、自由に書けるようになり、「漢字」も旧「三級レベル」くらいのものは書け、読めるようになっていて欲しいのですが、そのためには、手を動かさねばならないのです。

 「非漢字圏」の学生で、手を動かさずに、書け、読めるようになった学生を、私は一人しか知りません。ただ彼は中学生でしたし、旧「三級」までの漢字は確かに必死に書いていました。それから上は、多分、漢字のパーツを、彼なりのやり方で覚えられたのでしょう。初めのころも、一人でブツブツ言っていて、その時には幾度か注意したことがあったのですが、漢字の小テストをしても、ディクテーションでも、漢字は書けていたのです。自分なりのやり方で勉強していることが判ってからは、彼に注意するのをやめました。

 漢字を覚えるために、手を動かして書こうとしない、意味も知ろうとしない、読み方を覚えようとしない人は、まず、学校を卒業する頃には、以前に一度覚えた漢字も、忘れはて、スッカラカンになって卒業していきます。

 漢字教材のプリントも学校で作り、勉強の仕方も教えてあるにもかかわらずです。教えた通りのことが出来る人は、少しずつですが、「忘れては覚え、覚えては忘れ」を繰り返しながら、なにがしかの漢字は覚えていますから、読めと言われればそれなりに読むことは出来ます。その差は本当に大きい。漢字が白紙同然になっている学生達は、漢字の練習はしたのかと聞くと必ずと言っていいほど「した」と言います。一言言っておきますが、彼らは決して愚かではないのです。あと一歩の練習ができないだけなのです。

 多分、彼らの練習は漢字を見ながら10回書いたりしているだけなのでしょう。そのやり方では覚えられないと、こうやれと別のやり方を説明したのですが、やはり、見ると、見ては書きをずっと繰り返しているだけです。漢字を見ずに読み方を見て書くという後一歩の練習が出来ないのです。今、私がため息をついているのは、スリランカの学生達についてです。どうして言われたことができないのかと思います。

 そのような彼らに比べ、一人ベトナム人の女子学生が、最近漢字が書けるようになってきました。ヒアリングはかなり劣っているのですが、彼女は、言われたとおりに練習し始めたなと見ていると、漢字の小テストで少しずつ点が取れるようになってきました。彼女は、スリランカの男子学生に比べ、後一歩の気力というか、根気があったのでしょう。おそらくこれは母国で培われていたのだと思うのですが、スリランカの学生はどうも、そこがだめのようですね。

 中級の最初で、もう旧「四級」の漢字も書けない、読めないとなっていますと、「聞く」「話す」の世界だけの住人になってしまいます。つまり学校に来なくて、そこいらへんにいて、適当にアルバイトして生活しているスリランカ人と差がないのです。日本語が「読め」「書ける」から、学校に行っていない他のスリランカ人と区別できているのに、それがなければ、彼らはどうしてこの学校にいるのかさえ、私たちにはわからなくなってしまいます。それほどアルバイトをしているわけではありませんから、勉強する時間はかなりあるはずなのに。

 いっしょうけんめいアルバイトしていても、以前のスリランカの学生の中には出来る人がいました。彼と比べれば、アルバイトをしていないにも等しいような環境にあるのに、いったいなにをしているのでしょうか、不思議な気がします。やはり甘いのでしょうね。彼らは殴られたり、大恥をかかされない限りは、勉強なんてやらないような気がします。

 今、スリランカから日本に留学できる人の数は少なくなっているというのに、やっと来られたというのに、この様では、来られなかった人に申し訳なくないかとも思うのですが、そこは想像力が著しく劣っているから考えられないのでしょう。話せ、聞き取れることで満足しているのです。のんびりした国で、中でギャアギャア喧嘩ばかりしているだけだから、異国に来てもそうなのでしょう。それをおかしいとも、嫌だとも感じていなければ、多分このままどこかの専門学校へ行き、それで国へ帰ればいいことなのかもしれませんが、帰らなければならなくなると、帰るのは嫌だということになるのでしょう。

 勉強しなければ、嫌な思いをさせられますし、頑張っている人がいれば嫌でも己の無様さが目につきます。ただこのクラスにはスリランカ人が三人いますから。同類がいると言うことで、心が安まっているのでしょうか。二人がそうだともう一人もそうなるようです。三人がそうだともう一人もそうなってしまいます。十人がそうだといくら勉強する気で来ていても、(スリランカ人は周りと違うことが出来ませんから)直ぐに呑み込まれてしまいます。ただ彼らは来年もいるのですよね。この様のままいるのでしょうか。ちょっと不安になってしまいます。

日々是好日

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「秋の虫。宴の後」。

2012-09-10 15:23:24 | 日本語の授業
 晴れ。また暑くなる…と言いましても、蝉の声はもう聞こえなくなりましたし、朝夕はやはり涼しいのです。ここが違うところですね。何と言いましても、もう9月ですもの。

 これまでは、樹の上から蝉の声が降っていたのが、最近は秋の虫の声が降ってくるようになりました。よく聞いていると、リーン、リーンだけではなく、チンチンチンやら、ルルルルルやら、カチャカチャカチャやら…なかなか賑やかです。

 とはいえ、上やら下やらから、様々な虫の音が聞こえて来ますと、音を楽しむという気持ちにも、なかなかなれません。やはり、秋の虫というのは、かすかに聞こえ、それをしみじみと聞くというのがいいようです。

 さて、学校です。台湾の学生二人は、先週の金曜日で終わり。最後に「皆さん、私たちを忘れないで下さい。私たちも忘れませんから」という言葉を残し、台湾の大学生活へと戻っていきました。このクラスの学生達は(7月に来たばかりでしたから)、彼女らがいるのが当たり前で、彼女らがいないクラスなど、ちょっと想像出来ないのです。あの二人が抜けた後、クラスがどういう雰囲気になるのやら、ちょっと心配です。

クラスというものは、同じ国の人間が多くても、おかしくなるし、アルバイトを主に考えている学生が多くてもおかしくなるのです。だれか中心になる学生がしっかりと勉強をしていますと、どこかでそれが箍となって、みんなの勉強が案外緩まなくなるものなのですが、これから、このクラスも、どうなりますことやら。今日は三人も休んでいるそうですから。

日々是好日

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「人は、どうしても、生まれた場所の価値観に縛られてしまう」。

2012-09-06 16:20:36 | 日本語の授業
 蒸し暑い。今日も残暑のようです。早朝、(最近は窓を開けた時、涼しげな風が吹き込んできて、それとなく秋が感じられたものですが)、今朝は違いました。モワッとした生温い空気が吹き込むと言うよりも、感じられたのです。もう、それだけで不、快指数は90%を超えました。

 昨日、午後のクラス(七月生)でも、『日本語能力試験』のことを話しました。彼らは来日してから二ヶ月くらいですので、『試験』と聞いてもピンと来ないようでしたが、こういうことは早め早めに話しておいた方がいいのです。話しているうちに、いつかはわかるでしょうから。

 ところが、中に、きちんと計画を立てている学生がいました。(お兄さんがいるからでしょう。その人は日本語学校で学び、日本の大学へ入って、今は日本の会社で働いているそうです)。その学生曰く「今年の12月には『N4』、来年の6月には『N3』そして、来年の12月には『N2』。先生、それで大丈夫ですか」。

 非漢字圏の学生であれば、それで十分です。中には非漢字圏の学生であっても、一年半ほどで、「N1」まで行ったツワモノがいましたが(他の学生と同じように来日時にはひらがなが書ける程度でした)。何にしても、大学入試を受ける時に、(大学の試験とは別に)その時現在の日本語のレベルを証明するものが必要となります。「私は日本語をこんなによく話すことが出来ます。だから大丈夫でしょう」とは参りません。いくらペラペラと日本語をしゃべって見せても、大学で必要となる日本語は、工場で働いている時に話している日本語やレストランのアルバイトで話している日本語とは、ちょっと種類が違うのです。

 アルバイトの面接の時のつもりで、大学の面接に臨み、レストランや工場の日本人スタッフと話しているつもりで、大学の先生方と話してしまうと、「ああ、この人はアルバイトばかりしていて、勉強していなかったのだろうか」と思われてしまいます(いくら、その時だけは、学校で使う日本語で話そうとしても、直ぐにばれてしまいます。一旦、お里が知れてしまうと、そういう目で見られますから、かなり不利です)。どのような種類の日本語であれ、聞き取れるということは必要ですが、自分に必要な日本語を覚え、使えるようにすることが一番大切なのです。

 ですから、学生達には、短期的には一年半後の自分の姿、中期的には大学卒業時の自分の姿、長期的には、ありたいと思う自分の姿を思い描いて、今、どのような日本語が使いこなせるようにならなければならないのかを考えてみるように言っています。それは、今、みんなが描ける必要はありません。けれども、目的意識を持って来日している学生はそういえば直ぐに判るものです。

 二人欠席でしたから、9人ですね。そのうち、だいたいわかったであろうと思える学生が一人、おぼろげではあるが意味は想像出来たようだと思われた学生が二人。私がわからせたいと思った留学生は、わかってくれたようでしたから、それで十分です。

 したくないという人にまで、無理に首根っこをひっつかまえて、させる必要はないのです。人、さまざま。それでも本人がやりたいと思うようになったら、その時にそれを考えればいいのです。人はそれぞれ、生まれる場所を選ぶことも、親を選んで生まれてくることも出来ません。生まれ落ちた場所、環境に支配されてしまうわけで、ほとんどの人はその支配から逃れることはできません。

 地球上の人間の大半は、移動できるにもかかわらず、生まれ落ちたところから抜け出せないでいます。勿論、私もです。人は皆、その環境で生きてきて、そしておそらくは、これからも、その中で生きていくことになるのでしょう。

 以前、頭のいい中国人学生がいました、当時の留学生試験で奨学金が獲得できたほどでした。それに、家が貧しかったからでしょう、根性もありました。けれども彼女は、お金を稼ぐために日本に来ていたらしいのです。とにかく、彼女の任務は、金を稼いで家に送ること。まず金を借りて来日していたようですから、この借金を返す。それからは稼げば全部自分のものになると言うことで必死に稼ぐ。ただ、夜、寝なくても必ず学校に来ていました。当時の学校の進度であったら、彼女は寮で勉強せずとも、十分やって行けたと思います。他の学生はそうでもなかったようですが。辛いだろうにと思って見ることもあっったのですが、彼女は決して音を上げません。いつか聞いてみたところ、「朝の三時に仕事が終わる。それから始発電車に乗るまで駅で二時間ほど待たなければならない。これが無駄だ」と言うのです。「先生、五時まで仕事があったらいいのに。そうしたら、ただで待っていなくてもいい、お金が稼げたのに」

 三時まで仕事で、それから二時間を駅で過ごす、しかも真冬に…それを辛いと思わずにどうせ待つなら仕事をしていたい。二時間分の給料が手に入るから。

 最初、彼女は、私たちがどう勧めても、専門学校へ行くと言ってききませんでした。大学が、大学生活というものが、想像出来なかったのでしょう。だから金がかかると思い込んでいて、専門学校で思いっきり働いて、国に錦を飾ることしか考えていなかったのです。

 けれども、最後に、大学へ行きたいと言うようになりました。他の中国人学生が、皆、大学、大学と騒いでいましたし、そうなると、学校でもそちらの話題が増えていきますし、大学のパンフレットなども目にする機会が出てきます。そういうことが原因だったのでしょう、少しずつ大学へと心が傾いていったようです。

 学費のことを考えたら、当然国立の方が安い。成績もいいことですし、私たちは彼女に国立を勧めてみました。ただ国立大学を受験するということになりますと、それ相応の勉強をしなければなりません。これまでのように授業だけ受けていればいいというわけにもいきません。

 土曜か日曜日かに学校へ来られるようであったら、私が教えていくということを言ったのですが、彼女は、自分の都合のいい日、アルバイトがない日を言い張るのです。あなたが譲らないというのであるならもう教えないと言いますと、途端に黙ってしまいました。

 この授業の時以外に教えるというのも、私の好意でやってやるわけで、私や学校には一銭の得にもなりません。忙しいだけです。「この学生は勉強を良くする。このクラスの進度よりももっと速く広く深くしてもついてこられる」と感じられた時に、別に指導してやるのですが、これも、好意でしてやるわけですから、私が忙しい時には面倒はみてやれませんし、いくら彼女が「この時間が自分が暇だからこの時間の方がいい」と言っても、彼女に合わせてやるつもりもありません。

 結局はどちらをとるかなのです。国立大学へ行きたいという気持ちが強ければ、わずか一ヶ月に四回くらいの勉強です。アルバイトを四回我慢すればいいことです(教えて、後は個人作業の問題を渡しておきます。それを見て、まだ頑張れるようでしたら次にもう少し難しいものをやります)。試験の準備だけでなく、面接や論文書きのトレーニングもしなければなりませんし。
 
 結局、(彼女が)他の先生に泣きついて、私が面倒をみることになったのですが、この時には(彼女が)一つハードルを越えられたと私たちは単純に喜んだものです。日本語学校へ勉強しに来たと言っても、実際は「金がすべて。両親の期待通りに金を稼がなければならない」という、揺るぎなき信念(?)に凝り固まっていたわけで、その、彼女がアルバイトを休むという。

 つまり、私たちから見れば進歩、呪縛が解けたくらいに感じていたのです。多分これからはだんだん心が柔らかくなって行くだろう。世の中には、いろいろな物の見方、価値観がある、それを理解していけるようになるだろう。自分が後生大事に抱え込んでいた、ただ一つの価値観ですべてを推し量ったりしないようになるだろう。そして、家族の人生と自分の人生を、少しばかり、切り離して考えていけるようになるだろう。

 彼女は、まだ若いのだし、頭もそれなりにいいのだし、母国では学べなかったことをどんどん学んでいって、卒業後は日本で会社勤めができれば、本人が、今、大金だと思っていた以上のお金を稼ぐことも出来るだろうし(当時は、彼女にお金で説明するしかなかったのです。知識とか技術とか、あるいは友人や目に見えないものの価値をいくら言っても、理解できなかったのです。そういうものに価値を置く私たちに、彼女は彼女で懸命に「そうじゃない」と言っていたくらいですから。「また、先生はつまらないことを言う」と、そういう目で見るのです。けれども、実際に大学に入れば、違う世界に気がつくだろう、そうすれば、自然に、考え方も感じ方も変わってくるだろうと思っていたのです。

 けれども、実際には(彼女は)変わりませんでした。国立大学に入学しても、やはり相変わらず、考え方は変わらなかったのです、その前に帰国して、後はどうなったのか…。後できいたのですが、入学して直ぐに帰国したのだそうです。それから半年経って戻ってきても、さてもうもらうはずだった奨学金は返さなければなりませんし、長期帰国の手続きをして帰ったのかどうかも疑わしい。彼女のことはわからないと、当時の、彼女の友人は言っていました。

 あれくらい頭が良くても、そうなんだ。育った環境というのは本当に怖い。そこで、そこなりの責任感も倫理観も育っているのでしょうし。勿論、私たちが言うのが一番いいと言うのではありません。けれども、高校を卒業して直ぐの人たちにはもう少し広い世界でいろいろな知識を持っている人たちと交流してほしい。それから自分を考えていっても遅くはないと思うのです。

 もっとも、環境が許せばということになるのでしょうが。

日々是好日
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「まだまだ、残暑」。

2012-09-05 18:03:06 | 日本語の授業
 暑い。夏の終わりから初秋にかけては、どことなく物寂しさが漂うものですが、昼間はそんなことを言っていられないほど、まだ、暑い…のです。

 身体は、この「猛暑」に、とっくに慣れたはずなのに、却って辛くなったと見えて、辛抱が利かなくなっています。これもヒトが自然に背こうとした罰なのでしょうか。

 ヒトの発達というのは、大家さんである自然の意思に相反する道を辿ってきた嫌いがなきにしもあらずという具合に、なされてきたような気がします。

 「自然の意思に沿って」とは、ならなかったところから、軽く言えば「ヒトにとっての不都合」、重く言えば「ヒトの、いや、生物全体の生存までが脅かされる」ことになってしまったような…。

 多分、多くの人は、私をも含めて、何となくで流され、いつか、流されていくことが当たり前になって、立ち止まることを忘れ、忘れたままで、また流されていき、そして、大事件や大天災が起こって初めて、青ざめるということになるのでしょう。もっとも、その愚かさ故に、ヒトであると言えないこともないところが、また悲しいのですが。

 さて、昨日は、(授業に身体が)慣れるまでと、いつもより、一時間以上も前に来て、なにやかやと、やっていたのですが、結局、テンヤワンヤしてしまい、だめだこりゃあと、退散。

 今日も、昨日よりも早くやって来ても、また、結局、昨日と同じようにごちゃごちゃとしたことをしているだけなのです。本当に人間というのは(私と一緒にされた人は迷惑だというかもしれませんが、それも無視。何せ、今、頭がごちゃごちゃしているのですから)、成長していかないものですね。

 勿論、学校に長くいればいいと言うものでもないのですが、10時間を超した頃から、バテてきます。若い頃は踏ん張りが利いたものなのですが、それも、思えば、陰になり日向になり、職場の先輩や上司達が、それができるような環境を整えてくれていたおかげなのでしょう(若い頃中学校に勤めていました)。

 今に比べ、以前の中学校は、かなりのんびりしていたような気がします。何かあっても、暇な(相対的な意味で)、クラスを持っていない学年主任や、隣のクラスのベテラン先生、また、それでも間に合わない時には、教務や同じ教科のベテラン先生などが口を出し、手を出ししてくれたものです。もっとも、彼らにもそれができるだけの余力や時間があったのでしょうが。

 ところが、こういう日本語学校では、いつも、同じよう学生が続けてくるということはあり得ないのです。同じ国から、いつも同じような学生が来るということもない、だいたい同じくらいのレベルの学生が続けてくるということもあり得ないのです。

 同じような学生がいつも来ていれば、最初は大変でも、一、二年、アタフタとした後は、だいたい順調にやっていけるものです。ところが、ある年はスリランカ勢が大勢やって来る、それが数年続いた後は、ぱったりと来なくなり、次はベトナムが大勢やって来るというふうになりますと、その都度、振り回されるということになります。

 それぞれのお国柄や民族性、そして彼らの母語の関係などから、その都度カリキュラムが違ってくるのは当然として、そういう人たちにあった、教え方や教材作りなどに追われることになってしまうのです。

 中国人が多かった時には、勉強の仕方も日本人とそれほど違いがないので(相対的に)、内容をより広く、深めていくことだけに力を注げば良かったのですが、そうは言いましても、中には全く勉強する気がない人たちもいました。まあ、どこの国にもいるのでしょうけれども、勉強が目的ではないというタイプです。けれども、それはそれなりに、日本人と同じように対処していけばよかったので、それほど大変だとは思いませんでした。

 スリランカ勢が多く来た時には、最初、何も問題がないように見えました。穏やかに見えましたし、何を言っても、一応「はい」と返事をしますし。従順そうに見えたのです、表面的には。が、「はい」と言うだけでそれで終わり、言われたとおりにはしません。もしかしたら、できなかったのかもしれませんが。

 その時には、全く、彼らの国民性というのが掴めていなかったので、どうやったら、勉強するようにさせられるだろうと教科書に即した漢字の本を作ったり、あれやこれやのテストを作ったりしたものですが、単に勉強する習慣や、勉強する気がなかっただけだったのです。最後にわかったことですけれども。

 この、卒業する頃まで、「もしかしたら(こうやったら勉強するようになるかもしれない)、もしかしたら」と、一生懸命考えて策を練っていた私たちも、今となってみれば馬鹿みたいとしか言いようがないのですが。まあ、教員なら、目先に、学生がちらつけばみんなそうせざるを得ないのでしょうけれども。

 このとき、彼らの、ほんの数人にしか役に立たなかった教材は、それから後の非漢字圏の学生達を教える時に役だったので、何事も無駄ということはないのだと言えば、確かにそう。しかし、使い物になったのは作ったうちの、ほんの一割にも満たなかったものでした。私たちにしても、あれは失敗だったと思うものも少なからずありました。すべて初めての経験で、実験めいた気持ちもあったのです。何かは、もしかしたら、彼らに適したものが作れるかもしれないといった…。

 しかし、なにをどうしてみようと、勉強する意思がなければ何にもならないのです。彼らが(この学校を)出てから、本当にそれがわかりました。

 勉強しないにしても、いろいろな状況、レベルがあります。
「これまでに、母国で、勉強する習慣がついていなかったから、10分で飽きてしまう」というのも一つ。こんな人は、少なくとも「(日本に来たのだから)日本語を勉強しなければならない。できればしたい」という意思だけは、感じられます。それで合格(人は生い育った環境によっていろいろなことが左右されてしまいます。皆が皆、子供の時から好きなことが出来るような環境にはないのです)。ただ、この気持ちでどこまでいられるかというと、難しいところがあるのですが。

 それから、「本当は勉強したいのだけれども、いくら勉強しても…覚えられないし、できない」という人もいます。これは勉強の方法や、その人に適した内容、あるいはレベルを落とすということでどうにかなるものです。簡単な日常会話や応答でしたら、時間の問題で、誰でも出来るようになるものですから。

つまり、勉強したいという意思と努力する気持ちさえあれば、たとえ牛歩の歩みの如きものであっても、進んでいけるのです。

 けれども、どうにもならないのは、「日本にいたいから」、ただそれだけの理由でいる人。学校に来ても座っているだけ、下手をすれば騒ぐか眠っているだけ。とはいえ、来ているから出席にはなる。そういう肚でいるだけの人なのです。

 こちらは、かなりの忍耐力を要します。周りがそれなりに常識のある人たちであったらいいのですが、そうではなく、似たものが集まっていますと、まるで「はしか」か、「おたふく風邪」のようにあっという間に、こういう気分は拡がってしまいます。それを伝染させないように、授業で引っぱっていくというのも、大変なことなのです。

 こういう意味からいっても、同国人が多いというのは考えものです。似た流れで生きている人が多いものですから。

 どうも疲れていると、どんどんどんどん疲れが増すようなことを考えてしまいます。

 明日はもう少し、楽になりますように。プラスの方向に考えることが出来ますように。せっかく卒業生達がお土産を持って来て楽しい話をしてくれても、翌朝になると、「う~ん」といった気分になるのですからたまりません。

 明日はいい日にするぞ。声を大にして言っておきましょう。

日々是好日
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