日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「後輩を連れて、ダウンを買いに行ってきました。もう彼は大丈夫です」

2012-11-30 08:39:33 | 日本語の授業
 曇り。地面が濡れていましたから、また雨が降っていたのでしょう。最近、よく雨が降るような気がします。風さえ吹かなければ木の葉も、それほど散りはしないでしょう(今は、来週の金曜日の「紅葉狩」の心配をしています)。

 昨日、「Aクラス」でのこと。
ミャンマー人学生が、「○○さんを連れて、舞浜まで行ってきました。安いダウンがあったので、それを買いましたから、もう大丈夫」と報告してくれました。

 実は、七月生の中に、一人、ミャンマー人学生がいるのですが、彼がいつまで経っても、せいぜい秋頃までの服しか着てこないのです。それで、ちょっと心配になって、彼女に相談に乗ってくれと頼んでいたのです。本当は土日の安売りを狙っていたのですが、今週はヤケに寒い日が続き、土曜日まで待てなかったのでしょう。

 やはり、持つべきものは先輩。彼女も同じことを心配していたと見えて、一緒に買いに行ってくれたのでしょう。

 「最初は△△店へ行ったけれども、ちょっと高かった。それで駅の近くの◇◇店へ行ってみると、最初の店より千円くらい安くて、しかも品質がよかった。それでそれを買った。先生、もう彼は大丈夫。寒くないから」

 今度の日曜日には「日本語能力試験」があります。本当なら買い物をしに行く時間などないでしょうに。

 いつも、彼等の顔を見る度に、「勉強!ベンキョウ!べんきょう!」と喚いている私も、こういう話を聞くと、ちょっと目がウルルンとなってしまいます。

 私たちは教えるだけですから、学校でのことにどうしても視線が行ってしまいがちです。けれども、彼等はその他にも、慣れない日本での暮らしとも闘い、そしてまた、アルバイトでも、様々な問題に出くわして、「日本語を勉強するだけ」では、括れない苦労をしているのです。

 それは重々わかっているのですが、ついつい、教壇に立ち、昨日の授業の内容を一つも覚えていなかったりすると、嫌みの一つも言ってみたくなってしまいます(また実際私は言っているのですが)。本当に困ったものです。

 こういうことがあると、異国で皆助け合っているのだと言うことがよくわかり、頭が下がります。

 もっとも、こういうことだけではないのです。実は、日曜日の「日本語能力試験」が終わった後、その週の金曜日には「紅葉狩」にいくのですが、その時にも、そして、17日の「ディズニーランド」でも、その国から一人しか来ていない学生を他の(頼もしい)学生に頼むことがあります。すると、ちゃんと面倒をみていてくれるのです。それも、「大丈夫。同じクラスだから、みんなで行くの」と言ってくれて。

 勿論、違う国から来ているから却ってうまくいくということもあるでしょう。だいたいは、皆、一人、異国に来ていれば、どういう点に苦労するかは察しがつきます。他者の思いを自分のこととして考えてくれる人が多いと、やはりクラス全体の雰囲気も、学校全体の雰囲気も、よくなります。

 それが重なって、いい伝統になるといいのですけれども…。

日々是好日
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「『N1』って、本当はどのくらいのレベルなの…?」。

2012-11-29 08:33:30 | 日本語の授業
 晴れ。これでも雨になるのでしょうか。天気予報を信じないわけではないのですが。

 最低気温が5度を切ったといっては、皆は「冬だ。冬だ。本格的な冬だ」と騒いでいます。北国の人達から見ればおかしなこと…かもしれませんが、確かに5度を切ると、…寒いのです。

 とはいえ、今朝はお天道様が顔を出してくれました。日溜まりはホカホカとして暖かく、お日様の偉大さを感じてしまいます。こんな居心地の良さは現代科学でも追究しており、ほぼ模倣ができたのでしょうが、「青空と晩秋から初冬の頃の潔い空気と、お日様と光からなる日溜まり」というのは、なかなか難しいことでしょう。でも、そのほうがいいのです。なんでもかでも出来てしまうと、後はその中でぼんやりと寝て暮らすしかなくなってしまうでしょうから。何が面白くてここに存在しているのかさえわからなくなってくるでしょうし。

 「寒い、寒い」と足踏みし、頬を赤らめている時に、覗いた太陽の光に歓声を上げる。これが映像の中だけのことになってしまっては、元も子もない。寒いときは「寒い、寒い」と叫び、暑い時はタラタラと汗を流せばいいのです。そして稀に授かった恩寵に心から喜べばいいのでしょう。

 さて、今はまだ、果実を楽しむに至らない留学生のことです。

 今年の学生達は、お尻を叩こうが、耳を引っぱろうが、ウンともスンとも言わない、ピクリとも動かない…かのように感じていたのですが、彼等は彼等なりに、神経質になってきていたようです。

 「日本語能力試験」で、幾つか模試が作られており、学校でも2度ほどやってみたのですが、その「N1」に学生達からクレームがついたのです。「N1」が簡単すぎるというのです。中には、七月の「N2」の試験より簡単だったという学生もいて、彼等は心配しています。

 「本当に、『N2』より簡単でいいの。先生、特に『聴解』なんて超簡単。本当の試験はもっと難しいのでしょう」

 こう聞かれても、試験が変わってからのものは公表されていませんから、何とも答えられません。やり方は、公表されているものを使って練習すれば間違いはないでしょうが、どれくらいの難しさかなど、その勘が養われていなければ、本番の時、時間配分で失敗するかもしれません。こう聞いてきたのは非漢字圏の学生なのですが、読解にどれくらい時間を余しておけばいいのかちょっと不安になっているようなのです。

 かといって、以前の「一級」読解問題集などをやらせても、意味はありませんし…(勿論、漢字圏の学生なら、ドンドン読ませて、勝手に問題を解かせていけばいいのですが、非漢字圏の学生達には、それとは別に自信を持たせることも必要になってくるのです。本番で上がって緊張したりしたら何にもなりません)。

 まあ、こんなことを言いだすような学生は、本気なんでしょう。自分でもやっているようですし。

日々是好日
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「冬はセーター。…えっ、冬はセーターだけ?」

2012-11-27 08:57:13 | 日本語の授業
 晴れ。昼頃から北風が吹き始めるとか。

 昨日、今年の七月、十月に来た学生から、「とても、寒い。いつが一番寒いですか」と聞かれました。

 彼等は、まだ冬を経験していないので大変です。聞いた学生のうち、一人はスリランカから来た学生で、彼の場合はいざとなれば、去年の一月に来た学生と同室ですから、服を借りることも出来るでしょうが、問題は残りの一名です。彼はミャンマーから来ている学生で、私たちから見ても、かなりの薄着に見えます。

 「寒いですよ。それだけで寒くないですか」と聞いても、「大丈夫」と言って薄手のセーターを見せて「セーターを着ていますから」と答えるのです。その上はペラペラ上着。

 どうも、彼の頭の中では、「冬はセーター」と入力されているようで、いくら厚いセーターを着ていても、北風が吹けば、熱を全部持って行かれて寒いのだということが、わからないのです。

 早速、駅の近くに土日に安くなる店があるから、行って、ダウンを見てごらん。そしてもしよければ、一着は買った方がいいと言うと、直ぐにそばにいた二三人が、「私も一緒に行きたいです」と言います。

 そのうちの一人はかなり分厚いダウンを着ていましたから、「もう、あるでしょ」と行ったのですが、もしかしたら彼等は友達と一緒に洋服店に行きたいだけのかもしれません。

 そういえば、クラスメートとはいえ、皆、バラバラです。国籍も宗教も民族も違います。住んでいる場所もアルバイト先も違います。共通しているのは、同じ学校の同じクラスに所属しているということだけ。そして皆大学へ行きたいと、頑張って勉強していることだけなのです。

 部屋と学校と寮とアルバイトと三点を往復するだけの毎日。同級生と一緒に服屋に行き、あれがいい、これがいいと楽しみながら品定めするのも、気分転換が出来ていいでしょう。これが日本に来て一年ほども経っていれば、経験もあるでしょうし、それに従って、情報の入手先も広がり、いろいろな智慧も出てくることでしょうが。

 と、ここまで書いて、ふと気がつきました。その中の一人は、日曜日に「日本語能力試験」に参加することになっています。

 買い物を楽しんでいて、いいのでしょうかしらん。

日々是好日
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「経験を積むということは、甲羅に苔が生えていくこと…?」

2012-11-26 14:35:35 | 日本語の授業
 曇り。今日、午後から雨になるそうです。

 先週の金曜日の朝のことです。やって来た電車に乗り込もうとした時、降りてきた乗客の一人に「先生」と呼びかけられました。ぼんやりしていた私は、一瞬、空耳かと思いましたが、慌てて、顔を上げて前を見ますと、学生がニコニコしながら、こちらを見ています。

 金、土、日と連休が続くので、夜の部にしてもらっていたのでしょう。高校を卒業して直ぐの学生がよく頑張っています。いつも同じような表情なので、仕事の辛さというのは私たちには、ちょっとわかりかねるのですが、きっと嫌なこともたくさんあることでしょう。

 上のクラスの学生の一人が、立派な体格を持ちながら、卒業生やクラスメートにアルバイトを紹介してもらっても、直ぐに直ぐにやめてしまうのを見ていますと、本当にこんな学生にホッとしてしまいます。

 とはいえ、先日、寮費の計算をしてもらっていた時に、なかなかわかってくれなかった学生です。こうやって立派にアルバイトをして生活費を稼いでいるのを見ますと、確かに頑張っているなという気がしてきます。その時も、「私は大学に行きたいです」とはっきり言っていましたし。

 ベトナムから来た学生は、国で一度も外国語を勉強したことがないのかと疑われるくらい、日本語の音が取れない人が多いのです(普通、二つ目の外国語というのは、一つ目の時に比べてかなり楽に習得できるものなのですが)。勿論、他の国の学生と同じように音を取ることが出来る人はいることはいますが、それは、かなり少ないのです。これは何もこの学校の学生だけというわけでもないようです。

 一度でも外国語を学んでいると(ある程度のレベルまで)、外国語に対して、「カンが働く」という面もあるでしょう、それから、「あの音は取れないけれども、大丈夫、もう少し経てば何とかなるだろうから」といった飛ばして学ぶこともできるようになるでしょう。

 それなのに、それもない。音も取れない。もし自分たちの国にいて、生活費を稼ぐ必要がなければ、(時間とお金がありますから)勉強だけに集中することも出来るでしょう。けれども、ここは外国。アルバイトはしなければなりません。

 最初は、大学に行きたいと言っていた学生も、この日本語学校での2年間が終わる頃には疲れてきて、学費が安い専門学校へ行きたいと言い出したりするのです。

 なかなか思っていたようにはいきません。この学校も、留学生達を大学ないし大学院へやることを考えて教材なども準備していたのですが、やって来たのは、「初級」がせいぜいというスリランカの学生でした。初めてのことで、こちら側も、アップアップしながら教材作りに追われる毎日。「上級」が終わってからの教材のことを考えたことはあっても、「初級」の、しかも「四級」レベルの教材を考えなければならない羽目に陥ろうとは、多分、あのころの教員は誰も考えたことなんてなかったでしょう。だいたいそれまでは、「三級」とか「四級」というのは「流すだけ」のようなものでしたから。

 「本人がやる気がないのだから、いくらこちらが頑張っても無駄だ」という気持ちと、「それでも、日本にいるのだから何とかしなければ、辛い思いをするのは彼等の方だ」という思いとが、大波小波でやってきます。

 その頃は「いったい、どうしたらいいんだろうね」というのが教員達が集まればまず第一番に口から出てくる言葉でした。

 その、困ったさんの彼等が頑張れたのは、専門学校の入学試験の時だけ。「がんばれるじゃん」で、久しぶりに、教えれば覚えてくれるという満足感を味わい、そしてその時の学生達は「立派に」出ていってくれたのですが。ところが、こういう昂揚感はベトナム人学生からはどうも味わえないようなのです。

 なぜかと言いますと、ベトナム人で、今、学校にいる学生達は、本質的に真面目なのです。疲れていて、来られないとか、遅れてしまうということはあります。休み時間(10時半から11時まで。ただし、本来は漢字の練習時間です)になると、「先生、お腹が空いた。とても空いた。帰ってもいいですか」で、黙って帰ることなく、ちゃんと許可をもらって帰り、11時になる頃には大慌てで戻ってくるのですから。

 今はいい加減だと思われるような学生はほとんどいないのです。本当は適当にしたいと思っている学生も、皆の空気がこんなふうだとそれもしにくいのでしょう。だから、この面ではいいのです。ただ音が取れない。だから単語が覚えられない。習った単語をCDなどで聞き、確認しながら自然に覚えていくという作業が出来ない。「N3」のテストにしても、上のクラスは「ヒアリング」がよくて「読解」がガタガタなのに、彼等は「ヒアリング」がガタガタで、「文字語彙」は、まあ、それほどでもないのです。

 本当に同じ問題が生じるということはありません。とはいえ、確かに、こうやって、甲羅に苔が生えていくのでしょうけれども。

日々是好日
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「夏は暑い。では、春は……?」

2012-11-22 14:20:27 | 日本語の授業
 曇り。明け方に、雨が降ったようです。そしてまた雨になるとか。ひんやりとした空気が街を覆っています。

 昨日、下のクラスで、一人が、
「夏は涼しい」。途端に、だれかが「夏は涼しくない」。
「冬は、あれ、あれ、ええっと…」。すると直ぐに、「冬は寒い」
「じゃあ、春は」。「……」。

 困りましたね。…「初級」の時に勉強しているのに。嫌になるくらい繰り返していたはずなのに…。

 けれども、皆、大らかなものです。「春は暖かい」、「夏は暑い」、「秋は涼しい」、「冬は寒い」を一通り繰り返した後、「すっかり、忘れていた」で、大笑い。どうも、これが面白くてたまらなかったようです。

 とはいえ、そういうものなのかもしれません。季節に対する感覚が、やはり、皆、違うのです。日本人など、会えば、挨拶もそこそこに、まず、お天気の話が始まります。時には、挨拶がお天気の話だったりすることさえあるのですから。

 別に話すことがなくとも、お天気の話さえしていれば、場はどうにか繋がりますし、収まります。しかも、お天気の話をしていて、喧嘩になるなんてこともありません。どうにも話の持って行きようのない時とか、そういう相手とかとは、お天気の話をしてお茶を濁してしまうなんてこともよくあります。話に困った時は、これに限ると、きっとだれもが思っていることでしょう。だいたい、これ以外ないのですから。

 日本語学校の職員のように、外国人が相手の職業に従事している者が、まず第一番に心得ていなければならないことに、(どの国の人であっても、民族であっても)人は皆同じということがあるのですが、ところが、ことはそう簡単にはいきません。勿論、それはそうで大前提であることは間違いないのですが、何年もこの仕事をしていますと、付き合わなければならない「人」が増えるだけでなく、「国や地域」の数も増えていき(ドンドン増えてきます。30カ国以上にはなっているでしょう、わずか10年ほどで。そういう人達と一日に三時間ほどを二年ほども共に過ごすわけです)、嫌でも、彼等の考え方や、感じ方などの日本人との違いに気づかされるのです。

 世界は広い。「気候」も違えば、「地理」も違う。「宗教」も「民族」も、「風俗習慣」も違う。それらによって立つところに、人はいるのです。

 こうなってきますと、最初は、適当に「はい、はい。でも日本はこうですね」とか、「ああ、そうですか。その国ではそうなのですね」とか言って済ませられたことが、それで終わらなくなってしまうのです。

 そういう微妙な違いが気になってくると、勿論、指導する時に役立つという面もあることはあるのですが、別の意味で面倒になってきます。大きく括れなくなってしまうのです。この国ではどうだったかなと以前教えた学生達のことを考えながら、新しい学生達を理解していこうとするので、却って足を引っぱられてしまうのです。もっと簡単に人をとらえた方がいいのに、経験が余分な知識となって目を塞いでしまうのです。

 出来るだけ、白紙の状態で人を見ようと思っているのですが、一度ついたシミというものはなかなか消えてはくれません。

日々是好日
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「街は、紅葉、黄葉で華やかになっています」。

2012-11-21 08:53:48 | 日本語の授業
 晴れ。街でも紅葉のシーズンがやってきました。ただ、大木の多い地域とは違い(海のそばですので)、この紅葉の中で遊ぶというわけにはいきません。ただ見るだけ。

 秋の紅葉……、見ているうちに、なにやら悲しくなってきます。これほどの色が溢れているというのに…。秋の華やかさには、夕日に繋がるところの淋しさがつきまとっているような気がしてくるのです。

 さて、昨日の模擬試験のことです。満点っていったい何点だったっけと思われるような出来…だったのです。この人達は「3.11」のその年に、来日し勉強を始めています。四月からの予定がずれ込み、五月になった人もいます。十月生からは向こうの事情(日本に関する無理解、知識のなさから来るもの)で、遅れたということはなくなったのですが、授業の方でも、「待ち」の状態がしばし続きました。

 それ故、あまり多くを求めても、それは無理…なのでしょう。ただ四月生、七月生が少なかったこともあり、あまり速く授業を進めることができませんでした。まだ「上級」の教科書が終わっていないのです。しかも非漢字圏の学生が三人入り(このうち一昨年の四月に来日した学生が一名、後の二名は十月に来日しています)、また、中国籍とは言いましても、三名はモンゴル族ですから、漢字や文化にしても、漢族や朝鮮族が来日後日本で学ぶ必要のないものが多々あるというのとは違います。

 不思議なもので、日中関係が冷え込んでくると、他の国からの申し込みが増えてきます。これはこの学校がこの辺りで少しずつ知名度が増してきたというのとも関係があるのでしょうが、日本社会がそちらの方にシフトを移しつつあるのかなという気もしてきます。

 それに、既に来日している親族が日本の様子を彼等に伝えているのでしょう。経済的なダイナミックさや、発展途上の国特有の猥雑さ(これも魅力の一つでしょう)などこそありませんが、発展した社会の持つ穏やかさ、そして安定した生活と治安の良さ(まだまだいいのです。日本人は直ぐに「かつて」と比べ云々しますが、この国の治安の良さは、他国に行けば直ぐにわかることです。家と学校との道のりを子供が一人で歩けない、乃至は子供同士で行けない、だれかが送り迎えしなければならないという危機的な状況にあっても、傲然と偉そぶっている国だってあるくらいなのですから)。こんなこと、アジアでは稀なのではないでしょうか。しかも、それが、都会より田舎の方が安全なのですから。

 どこかの国のように、四六時中、どこかで暴動が起こっているとか、少し街を離れて歩けばまるで社会から隔絶しているかのように貧しい人達が互いに監視し合いながら生活しているとかいったこともありません。

 勿論、反対に、隣は何をする人ぞで、街では我関せずといった風潮もありますから、それが、国ではベッタリと一族や近隣の人達とくっついて生活してきた人達にとっては、辛いことなのかもしれませんが。

 ただ、来日後、きちんと学校へ通い、アルバイトも見つけられるようになりますと、そういうことに心を煩わせることもなくなり、とにかく忙しさに埋没してしまうようです。

 とはいえ、お金にだらしない人達が増えました。アルバイトで稼いだお金は寮費や光熱費、教材費などに使うよりも遊びに使ってしまい、払うように言われても、平気で「ありません」と言ったりする人が少なくないのです。

 それに、卒業生に紹介されたアルバイトを個人的な理由でやめてしまい、お金に困ったり、紹介されたアルバイトに好き嫌いを言ったりする人もいるのです。そんな状況ではない言い、指導もするのですが、わからないのです。わかっても、自分が嫌だからしないのでしょう。

 「払って欲しくば、アルバイトを持ってこい」まがいの人もいることですし。その上、「アルバイトがない、だからお金を払えない。どうする?」と私たちに聞く人もいるのです。まあ、私たちにしてもそういうタイプの学生は初めてというわけではないのですが、それにしても、だんだん額が大きくなっていくので、他人事ながら、「大変だア」と思ってしまうのですが。もっとも、そうは言いましても、彼の方では、私たちが大変だと思っているようには思っていないような…気がするのです。それがよくわからない……。

 もし、普通の日本人が思っているように思っていたとしたら、きっと我慢するでしょう、「このアルバイトを逃したら、次がない」と思って。「口惜しいけれども、しようがない、お金がないのだから」と、我慢するはずです。おそらくどの日本人もそうでしょう。あのアルバイトはいや、このアルバイトも嫌などと、好き嫌いを言える身分ではないのですから。

 今、日本の企業に入り、きちんと生活している、かつての留学生の多くも、来日後、直ぐにアルバイトが見つからず苦労した人がいました。アルバイト先で嫌なこともあったはずです、もうやめてやろうと、腹立ち紛れに言ったこともあったはずです。けれども大半はそんなことでやめずに、生活を成り立たせ、そして大学に入り、日本の会社に勤めているのです。

 些細なことでやめたり(他のアルバイトがないので、当然お金は入りません。借金するのは嫌でしょうが、それよりも、アルバイトでプライドを傷つけられる方が嫌なのでしょう)、遊びに使って平然としていたり、まったく、一つ問題が片付くとまた一つというふうに、(問題は)大波小波と学校を襲ってきます。

 けれども、お金(働けないわけではない。我慢できないだけ。しかも金を借りっぱなしどころか借金はドンドン増えていくのに)平気な人達は、日本社会で生きて行くには、どこかが大切な何かが、欠けているとしか思われません。つまり、それが「信用」というものなのでしょう。人から信用されなくなると、相手にされなくなります。彼らの国には「信用」とか「信義」とかいった言葉はないのでしょうか。時々、「我慢」しないで、「金を払わないまま」にしている人達を見ると、この人達は日本では生きていけないだろうなと残念になってきます。日本語を学ぶ能力は普通であっても、この一点が欠けると、人は相手にしませんから。

 いくらこちらが注意しても改めないので、処置なしなのですが。

日々是好日
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「模擬試験。やって来た卒業生…手伝いにあちこちへ」。

2012-11-20 17:34:01 | 日本語の授業
 晴れ。明るい陽が射しています。

 今朝は久しぶりにゴロリと日向ぼっこをしている猫を見かけました。最近は家猫は外出禁止になっていると聞きましたから、多分、野良か、家に収まっていることができない猫…なのでしょう。

 猫たちを見ながら学校へ向かっていますと、角のおうちで、散歩帰りの犬の足を洗っているご夫婦に会いました。いつとはなく挨拶を交わすようになったのですが、2匹の犬の足を順番に洗いながら、「寒いけどね、ジッとしているんだよ」と話しかけているご主人に、それを見ている奥さん。そしてたいてい黙礼してくれるのは周りを見ている奥さんの方なのです。ご主人の方は犬から目が離れません。

 人も年を取り、犬も年を取ります。老いた時は、生き物の姿というのはどれも同じです。足取りが覚束なくなり、毛づやが悪くなり、気働きができなくなります。それだけわがままになるのでしょうが、体力がないので、わがままも根気が続きません。ところが、このわがままだけに体力を費やす人もいるようで、皆が皆、年を取ったからといって枯れて落ち着いていくものでもなさそうです。

 さて、冷えが厳しくなりますと、寮の各部屋で、一人また一人と風引きさんが出てきます。今日はこの学生、明日は同室のあの学生、三人が順繰りに風邪を引き、休むと、今度は近くの部屋でまた風邪引きさんが出てしまう。最近は皆が揃うということが稀になってきました。

 来日後、一ヶ月二ヶ月とリキを入れて頑張っていても、病気になってしまうと、途端にフニャフニャになってしまいます。治っても、このフニャフニャ気分が続いてしまうということも、また、なきにしもあらず。なかなか異国で一人で暮らしていくのは難しい。

 そんなことを言っているうちに卒業生からの電話です。最初は顔を見たいだけなんて言っていたのに、弟さんの留学についての相談です。でも、お土産つきでした。ちょうど手続きに詳しい先生がいたので、いろいろなことを聞いています。それが終わって、話しているうちに、さて、立っているものは親でも使えとばかりに、いろいろ手伝ってもらいます。

 今日はちょうど模擬試験でしたので、監督の手伝いもしてもらいましたし、願書書きの聞き役にもなってもらいました。やはり卒業生はいいですね。経験がありますから、ツーカーです。そして最後には、「初級」の学生に、「大学生ですか。大学の先生の話は全部わかりますか」なんて聞かれていました。彼女、一瞬、固まっていましたけれども。

日々是好日
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「ふるさとは遠きにありて思ふもの  そして悲しくうたふもの 」。

2012-11-19 08:43:36 | 日本語の授業
 曇り。随分寒くなりました。各地の雪の便りも、いつの間にか、ごく普通のこととして聞いています。

 それにしても日本海側と大平洋側の空模様の違いに、改めて驚いています。その空模様も一因となって生まれた、「お国振り」という言葉は、きっとまだ「死語」にはなっていないのでしょう。
 
 夏になると、暑いところの人達、特に盆地に住んでいる人達の根性に感じ入り、冬になると雪国の、雪と闘い、それを手なずけようとしている人達に感服する。平凡な地に生まれた私にとっては、それが、せめてもの、出来ることなのですが、そういう私も、地震のない国の人達からみれば、地震が頻発しているのに、逃げもせず住み続けている、畏るべき人間の一人になるのかもしれません。

 異国から来た人達と、常時、共に過ごしていますと、気候というのも、大雑把な捉え方しか出来なくなってしまいます。あれは「乾燥地帯である」とか、「亜熱帯だな」とか、そんな区分で、ついつい、みてしまうのです。本来なら、そういう地であっても、「川沿いである」とか、「山の方である」とかいう違いはあるのでしょうけれども、そういう微妙な分け方に疎くなっているのです。そうして、いつの間にか、日本についても、幾つかの地方に分け、それを、それぞれ、国と称していた時代の、風土の違いまでが見えなくなっている自分に愕然としたりしてしまうのです。

 一言で「日本の風土」となり、「温帯である」となってしまうのです。どうも、他の異国と比べると、そういう漠然とした違いでしかものが言えなくなっているのです。そのくせ、そう言いながらも、「海側と山側は違うのにな」とか、「北と南、日本海側と大平洋側も違うんだけれどもな」とかが、心をよぎっているのです。

 おそらく学生達もそうでしょう。

「ミャンマーは暑いでしょ」
「いえいえ、北は寒い」
「モンゴル国は乾燥しているよね。砂漠とか荒れ地が多いかな」
「いやいや、川が多いし、草も木もたくさんある」

 人というものは不思議なもので、故郷を離れていると(何年も経っていなくとも)、自分の国が世界でもっとも美しく優れた国であるかのような気がしてきます。瞼を閉じると、自分の国が理想の国となって現れるのです。特に、「現状」に不満を持っていますと、それがドンドン増幅していきます。きっと人の脳の構造が、「今」が辛ければ辛いほど、それを麻痺させて、現実を見せなくさせるように出来ているのでしょう。自分に属する過去のものが、ドンドン美しくなっていきます。特に、若い人ではそれに縋って、日本を非難する人まで出てきます。そして、そのまま国に帰ったりしますと、彼らの国の現実が彼等を待っていますから、後悔…後悔…、あのまま日本にいればよかった……なんてことになりかねないのです。

ところが、最近は大卒でもそういう人が増えてきました。一度帰ったらと、そういう時は言いたくなるのですが、お金の関係でそれもできないのです。一度帰るにしても、彼等の習慣では、手ぶらで帰るなんてことは出来ませんから、それまで貯めていたお金を全部使い果たすほどお土産やらを買わなければなりません。それでそのまま国にいられればいいのですが、そういうわけにもいかず、また日本に戻ってくるのです。そうすると、今度は以前にも増してお金との格闘が始まります。

 戻って来ないというのならいざ知らず、一度でも帰ってしまうと、後が大変なのですが、いくら言ってもそれがわからない人がいて困ります。

日々是好日
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「日本の習慣、彼らの国の習慣」。

2012-11-16 08:39:26 | 日本語の授業
 晴れ。今日は一日中、晴れのようです。

 最近はどうも愚痴っぽくなってしまいます。学生達をみていると、それぞれにいろいろな面での壁があるのを感じてしまうのです。その壁が勉強という世界から彼等を遠ざけていると思われて、しかもそれに対処しきれていない自分に腹を立てて、つい、苛立ってしまうのです。

 この壁は、もしかしたら、彼等の内部で先が決まっていることにより、来ているのかもしれません。彼等の夢、あるいは、思い描いている将来の像というのは、本当に型に嵌められたようなもので、せっかく日本に来ているというのに、考え方も夢も何もかもが、彼らの国を出る前のものと変わらないのです。

 いろいろなことができるはずだと言っても、こちらからみれば、それは、たかが知れたことにすぎず、まず日本語を学び、大学へ行き、それから先のこと(何をするか、何が出来るか)は、今、考えてもしようがないから、後で考えた方がいいのじゃないかと言ってもそれが通じないのです。

 そして、毎日、彼等は、彼等の国の理屈、習慣でことを行っています。

 日本で暮らすには、日本人のルールに従ってやらなければ、うまくいきっこありません。それが出来る人といつまで経っても出来ない人というのは、在留期間が長ければ長いほど差が出てしまいます。これは本当に大切なことなのです。それなのに、なかなかこれができないのです。学校でもかなり力を入れてやっているのですが、どうしても、こっちの方が「得だ」で、動いてしまうのです。「そんなことを続けていると、日本人に相手にされなくなるよ」が、理解できないのです。

 これは、痛い目をみても変わらないのです。嗚呼。

日々是好日
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「女の子と男の子の『口げんか』。『先生に言いつける』」。

2012-11-15 08:12:19 | 日本語の授業
 晴れ。

 昨日大風が吹いたらしく、路肩には、落ち葉が吹き溜まっています。歩きながら、歩道の傍らをふと見ると、何の実でしょう、黒くて小さなものが、あちらにもこちらにも、パラパラと落ちています。相当風が強かったと見えます。マンションでは窓際を離れると、余程の風か雨でない限り、なかなか外の様子は窺い知ることはできません。それがいいのか悪いのか、自然と離れてしまうという意味では、動物としての幸せを一つ失っていると言うことなのでしょうが。

 さて、学校です。

 子供の喧嘩のような、それでいて放って置いてはまずいような、そんな言い争いがありました。タイの女の子が、バングラデシュの男の子を、言いつけにやってきたのです。まだ「初級Ⅱ」を勉強しているクラスですので、言いたいことが言えるというわけではなく、しかも怒っているので、しどろもどろで、とにかく、わかったのは、最後の、「『先生に言うよ』と言ったのに、彼は『どうぞ。言って下さい』と言った」という点。

 きっとタイでは、先生に言いつけるというのが、女の子の常套手段なのでしょう。それで、女の子の方は凱歌を上げ、男子生徒は黙ると決まっているのかもしれません。けれども、これは日本では、まずい。せいぜい、小学校の低学年の子供の喧嘩くらいでしか用いられないやり方なのです。

 普通は、小学校でも上学年になると、子供の世界が確立し、そこに教師や親を持ち出すと、却って皆にシカトされてしまうような、そういう暗黙のルールがあったような気がします。で、普通は先生を持ち出さない。まして、高校や大学へ行くくらいの年齢になると、まず教師というのは、「在ってなきが如き存在」と、なり果てていますから、こういう口喧嘩に教師が出るということはまずあり得ません。勿論、手が出たり、足が出たりする大喧嘩は別ですが。

 先生を引っ張り出してこようということは、まず、中学生でもしませんね。そんなことをしたら完全に仲間はずれにされてしまいます。(教師に)言いつけるにしても、誰も見ていない時とか、場所、時間などを、それなりに見計らって、こっそり言うような感じになるのでしょうか。

 「先生に言うよ」「いいよ、言って」という、売り言葉に買い言葉。で、カッとなって、教師の処に駆け込んできたのでしょう。けれども、これは、彼女の予期に反して、私たちは思わず、その幼さに笑ってしまいました。とはいえ、結局何でそうなったのかわかりません。

 授業が終わって、帰る時に、学生を捕まえて聞いてみます。もう一人のタイ人女性も、プンプンして何も言いません。(日本語が覚束なくて)言えないのか、それとも腹を立てて言わないのか、とにかく何も言いません。

 バングラデシュから来た彼にその経過を聞いてみたのですが、「わかりません。急に怒り出しました。どうしてですか」と途方に暮れている様子。しかも、逆にこちらに聞こうとするくらいですから、彼にも何が何だかわからないのでしょう。

 まあ、彼は、あまり気配りが出来るというわけではなく、反対に、人がカチンと来ることを(冗談で)言ったりする傾向が、「なきにしもあらず」なので、よく知らない人に怒られても、しようがないと言えばしようがないのです。それでも、これまでは、このクラスの人達は、「あれは、ああいう言い方をするだけで、別に邪心はない」と見て、大らかに対処していてくれたのでしょう。ところが、新しくこのクラスに入ってきた人はそうはいきません。これまでのいきさつがわかりませんから、自分の国での理解の仕方で、彼の言葉を解釈してしまいます。

 もっとも、私も、現場を見ていないので、何とも言えないのですが。

 しかも、これ(自分たちが怒っている意味を彼が理解しないと言うこと)にも腹を立てているのでしょう、彼女たちは。まあ、これは様子見するしかないでしょう。

 いろいろな民族、そして様々な国から来た人達がいて、それぞれ母国での習慣を引きずっているのですから、宗教や民族、また習慣や理解の仕方などで、揉めないはずがないのです。とはいえ、目的は同じ、日本語の勉強です。そして大学へ、あるいは専門学校へ、大学へと行くことです。ですから一緒にいる時間が長くなると、学生の方でも慣れてきます。「あの人はあの宗教だから」とか、「あの国の人だから」とかいった反応をしなくなります。「あの人は、ああだから」で終わってしまうのです。これは、日本人だけのクラスで「あの人は、ああだから」と思うのと同じです。

 ただそうなるには時間がかかります。互いに理解し合えるだけの時間、共にいることが必要なのです。実際、「七月生」が大半のこのクラスでは、「七月生」同士にはまず問題がありません。彼が気に障ることを言っても、無視したり、後でやり返したりすれば、それで終わりです。言葉が通じなかった期間に、互いを、言葉なしで見つめ合って、それなりに相手を理解していたのです。その間の感覚というものほど、ある意味では確かなものはないのかもしれません。だから何を言われても、またかという顔をするようになっているのでしょう。一言付け加えますと、このクラスには、タイ、中国(漢族、モンゴル族)、スリランカ、ベトナム、バングラデシュ、ミャンマーの、六カ国七民族の人達がいます。はっきり言えば、そんな些細なことなどに構っていられないのでしょう。

日々是好日
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「季節感」。

2012-11-14 15:51:44 | 日本語の授業
 晴れ。青空が広がっています。

 家々の垣根の上に、いろいろな色の木の葉が降り積もり、街は一層華やいで来ました。

 まだ11月も中旬に入ったばかりだというのに、気ぜわしい人々は、店でクリスマス飾りを売り始めています。さすがに「ジングルベル」の歌こそ聞こえて来ませんが、どうもこういう街の賑わいにも、どこやらミスマッチの感が否めず、本来の季節感が失われているような気がします。

 季節の移ろいとは、秘やかなものであり、気づかぬうちに、去っていくはずのもの。それ故に、古人は耳をそばだて、目を凝らし、時には触覚や味覚など、五感を用いて、感じ取ろうとしてきたのでしょう。

 それが、気ぜわしさの中に、「ああ、もう11月だ。そろそろ……。」というふうになってしまったのは、私たちの生活自体に問題があるのでしょうか。季節感を自分なりにとらえることが出来なくなれば、人生の醍醐味の大きな部分を失ったも同じこと。日本では、それに付随して発達してきた様々の文化、習慣などがあるのですから。

 「ススキ(薄)」が、売られるようになったのもその一つ。身近なところにないのですから、すんなりとしていた穂が、どんどん空気を含み、太りだした頃、「お十五夜様」を思うということもなくなりました。立派に、飾られるだけになった売り物の「ススキ」がスーパーに出回るようになって初めて、「ああ、お月見の季節か」と知るわけです。

 人が、人生に「限りある時間」を感じ始めると、なぜか山里を思い、そういう処に行きたくなるというのも、思えば、理に適っているような…。時間を自分の手に、取り戻したくなるのかもしれません。自分で野山の自然を見て、季節の流れを感じることが出来るのは、こういう時代、ある意味では、最高の贅沢なのかもしれません。

 さて、学校です。

 実は、「10月生」のうち、真面目そうな学生一人に、彼の授業の時間外ではあるけれども、朝の11時から、(私の授業の時に、その教室で)自習をしてもいいと言ってありました。その時の約束は、「休まない」の一つだけ。期間は一ヶ月です。それなのに、なぜか、今でも毎日来ています。もし、一回でも理由なく休んだら、もうここで自習はさせないと言っていたのですが、休んだのは体調を崩しての1日だけ。ちょっと、驚いています。

 まあ、彼も発音がいいと言うわけでもないし、聞き取れるようになったというわけでも、ない。けれども、とにかく、隅の机で「一人で」勉強できるのです。学校側が渡したのは絵カードのプリントと「初級Ⅰ」のテープだけ。後は自分で適当にやるように言っただけ。騒ぐでなし、飽きて(Aクラスの)授業の邪魔をするでなし。こんなに手のかからないベトナム人は、少ないのです。

 これまでのベトナム人学生の大半は、ベトナムの自由市場でワイワイガヤガヤ物を売る、あのときの騒がしさで教室にいる。一人で勉強なんて、まず出来ない。勉強し始め、少しでも知らない言葉、わからないことがあると、隣を見る、話しかける。同じことをずっとすることができないのです、飽きてしまうのです。それでいて、他の人に説明をはじめると、「あっ、休み時間だ」とばかりに、スマホを見たり、隣近所で話し始めたりする…こういう状態だったのです。

 もし、教室にいるのが、10人以下なら、そして皆ベトナム人であったら、こちらも彼らに合わせたレベルで、それなりに授業を進めていけるのですが、そこに真面目な他国人が一人でも入ると、その人はまず我慢できませんから、私たちもベトナム人にばかり合わせるわけにはいきません。

 ですから、「Aクラス」の教室に、「初級」のベトナム人学生を一人置くというのも、実験だったのです。騒いだり、勉強しなかったら直ぐに帰そうと思っていたのですが、まったく邪魔になりません。この「Aクラス」には、一人大卒のベトナム人がいるので、何か問題があったら、彼に通訳をしてもらうつもりだったのですが、それも最初の注意の時だけで、後は、一人で来て一人で勉強して一人で帰っていきます。そして昼ご飯を食べて、また午後の授業にやってくるのです。

 こんなに手がかからない学生だったら、どうにかなるのではないかと思ってしまいます。ヒアリングはやはり問題のようですが、アルバイトを始める前に少しでも聞き取れるようになっていれば、後々がずっと楽になるはずです。

 とはいえ、アルバイトなしで頑張れるはずもなし、これが崩れるのが、少々、怖い……。

日々是好日

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「試験に動物ものがどうして出てくるの?」。「会場で面白かったこと」。

2012-11-13 08:27:00 | 日本語の授業
 いいお天気です。晴れ。

 天気がいいと、皆、外に出たくなります。外に出て、枯れ葉に埋まりながら、空を眺めていたくなります。枯れ葉のお布団にくるまったことがありますか。いい匂いがします。これなど山というには気恥ずかしいような低山(低山にはたいてい公園がありますから)か、森林公園などへ行った時にできることなのですが。そういうところには、ちょっとした空き地に、間伐材などで作られた木のベンチと机が用意されています(そこに座ってお弁当を食べたり、本を読んだりするための)。そこに座れば、周りからは木の匂いがズンズンと迫ってきます。この木の匂いも青葉の頃、若葉の頃とは違います。今にも風に誘われて散ってしまいそうな紅や黄に染まった木の葉の匂いなのです。

 そして、そういう公園の端っこには、吹きだまりがあって、木の葉が集まっているのです。それで、それをお布団にしてその中に潜り込みます。空は本当に美しく、海底の「ヒトデ(海星)」にでもなったような気分で水に映る空を眺めます……。そういうことをしなくなって随分経つような気がしますが、今でも山に行けば、「あっ。木の葉だ。木の葉のお布団だ」と、吹きだまりの木の葉を見つけては、潜り込みたくなってしまいます。

 もっとも、その中でゆったりと寛いでいる虫たちにとっては、とんでもない侵入者でしょうが。

 さて、秋です。清々しい秋です。おいしい食べ物が店に並ぶと同時に、いろいろな試験が目白押しにやって来る季節です。

 というわけで、日曜日の試験のことを聞いてみました。言いたくないかなと思っていたのですが、まあ、出るわ出るわ。試験内容などは前の時間の先生に報告していたらしく、私へは、会場で、見たり聞いたりしたことのうち、びっくりしたことの報告です。

「すごいの、すごいの。隣にいたアメリカ人は名前を書いたきり、何もしないの。何にも書かないんです。丸をつけるだけでしょ、試験って。でも、それもしないんです」

「隣のベトナム人は二人とも、机について直ぐにグウグウと眠り始めた。それで、起きないんです。試験の間中、ずっと眠っていた」

「前の席のインドネシア人?は面白かった。ヒアリングの試験で『正しい』『正しくない』を選ぶところに、両方とも二つずつ丸をつけていたの。集めに来た先生がびっくりしていた。『読解』はちゃんと一つだけ選んでいたのに」

 どうも、試験を受けるだけではなく、いろいろな国の人の様子も観察できて楽しかったようです。

 それから、この試験を通して(実は、学校でも時間がある時には、十分乃至、十五分くらいの時間を利用して、動物ものを見せたりしていたのですが)、自分たちの知識がかなり狭いことにも、気がついた人は、気がついたようです。

 特に動物ものです。「留学試験」などで、動物のものが割と出されているのですが、その時に、学生の間から、「よくどうして試験問題に動物のことが出てくるの」という声が上がっていました。

 学生の中には、「その動物は知っている」で終わってしまう人がいます。けれども、試験に出てくるような見方はしていなかった、あるいはそういうことにまったく興味を持っていかったというのが正直なところでしょう。見たとか、知っているとか言っても、多分テレビや写真で、その姿を見たことがあるくらいのものでしょう。

 日本のテレビ番組(動物もの)では、動物の生態を見せると同時に、その動物の進化やら、その進化の過程で生まれた、身体の構造の変化やらについても、解説がなされています。皆、見るだけでは満足できないし、放送する側もそれに何かを加えないと「売れない」というのを知っているのです。そういうのを子供の時から見ている人とそうではない人とは、やはり興味の在り所が違ってきます。

 その理屈も多分こういうことを通して、わかっていくのでしょう。もとより、いつも学校に来ていない人はこういうものも見られないし、自分が母国で知っていたことだけで、終わりになるわけ(幅も深さもそれきりです)です。私たちから見ると、自分の不備を知らぬまま日本にいることになり、結局は、「発見」を身体で感じないまま、終わってしまい、残念至極に思われてしまうのですが、本人の目的がどこにあるかで、またそれもしょうがないことなのでしょう。

 さて、来週からは、「日本語試験」の模擬試験が始まります。やっと自分のレベルに戻れるとホッとしている学生もいることでしょう。

日々是好日
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「留学試験の翌日」。

2012-11-12 13:23:00 | 日本語の授業
 昨日は、夕方頃から、雨が降り始めました。「留学試験」の会場から、戻れたかな、それとも雨に遭ってしまったかなと心配してしまいました。

 行徳近辺は、それでも小雨で、傘がなくともどうにかなったはずなのですが、「留学試験(数学)」を英語で受けたミャンマー人学生は、一人「中央大学」まで行って受けなければなりませんでしたから、帰りは雨になってしまったかもしれません。

 他の学生達は、日本語で受けたので(大半は「日本語」だけでした)、西船橋から乗りかえ一回で済む千葉大学へ行けばよかったし、また皆一緒ですから、行くにしても受けるにしても心強かったことでしょう。一人というのは、ちょっと不安だったかもしれません、気丈な彼女にしても。

 さて、この学生達(来年の三月で卒業する学生達のことなのですが)、きっと試験が終わった翌日である今日にしても、いつも通りで何事もなかったかのような顔をしてやってくることでしょうね。ツナミの後と前とでは、学生達の質にしても、様子にしても、ガラリと変わってしまったような気がします。

 以前の学生達は、それなりに「点」を気にしていましたし、アルバイトの合間合間に、勉強もしていたような気がします。勉強に対する「欲」も「気力」も(今と比べれば)かなりあったと思います。同じ中国人でも、もしかしたら、漢族や朝鮮族がほとんどだったからかもしれませんが。

 あの頃の「四年大卒」は、「高卒」を、ある程度は、引っぱっていけるだけの「欲」があった気がしますけれども(高卒の学生達も、好奇心が強かったと思います)。昨今は、「三年大卒」にしても、「四年大卒」にしても、勉強の面で人を引っぱっていくことができないのです。母国で、意に染むようなことをしたことがないからでしょうか。何事も彼等の心を素通りし、跡を留めていないような気がするのです。


 そんな彼等を見ていると、日本に何をしにやってきたのかと、聞きたくなる時があります。勿論、理由は彼等なりにあるのでしょう。国を出たかっただけだとか、とにかく箔をつけたかっただけだとか。いずれにしても、国を出られたはいいけれども、後がないのです。来日後、いったい何をしたいのでしょうね。なんとなく、そう思って彼等を見てしまいます。

 多分、中国にいる時と同じように過ごしているのでしょう。勿論、アルバイトはしています。その面では、達成感はあるのでしょうけれども、日本ではアルバイトで手に入るお金なんて、あっという間に(普通に暮らしていれば)なくなってしまいます。根性をいれて貯めるとかしない限り、日本は物価がやはり高いのです、それにいろいろと買いたくなるものもあるでしょうし。どちらにしても、好きなことがないのかな、だから直ぐに飽きのかなという目で見てしまいます。どこか現実を逃避しているように見えてしまうのです。

 反対に、ベトナムやミャンマー、モンゴル国などの大卒の方に、学問に対する「欲」や「好奇心」を感じます。これも中国が安定期に入り、それほど懸命にやらずとも、どうにか「生活できる」ようになったからでしょうか。とはいえ、何のために来たのかなと思わざるを得ない学生の方が多くなるというのは、困ったことです。

日々是好日
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「若いうちに外国に住むということには、目に見えない良さがある」。

2012-11-08 16:20:30 | 日本語の授業
 晴れ。東の方からゆっくりとオレンジ色の光の範囲が広がってきます。光を遮る物は何もありません。時には光を受けて黒く見える雲の姿もありません。いいお天気になりそうです。

 この行徳地区にも外国から来た人達がかなり多く住んでいるのですが、そういう人達と、(外国人でも)日本語学校に通っていたり、日本の企業に勤めていたりしている人達との違いは、かなりの程度、見て取れます。これは日本語が話せるからとか、肌の色でわかるとかいうのではなく、日本に来ても彼らの国の習慣(物言いや態度など)を色濃く引きずっているいないかなのでしょう。

 それが、大の大人がまるで喧嘩でもしているような、大きな声で話したり、笑ったりしているとか、車と同じ左側通行をしている自転車(これはルール通りです)に、自転車で向かってきて文句をつけるとか、そんな、他愛のないことでわかる時もあるのですが。

 私もそういう目に遭ったことがあります。何語かはわかりませんでしたが、きっと「ぶつかるから、あっちへ行け」くらいのことを言ったのでしょう。一目で外国人とわかる人でした。

 普通日本人なら、ルール無視をしている方が、相手を避けます(遠くから来ていることがわかりますから、適当な距離のところでUターンするか反対側へ行くか、横道にそれるかするものなのです)。けれども、こういう人たちは「そこ退け、そこ退け、おいらが通る」で、やってしまおうとするのです。彼らの国では、それでも、自分のやり方で押し通せるのかもしれませんが、相手は男でしたからね。日本でそれをやると、ちょっとね。誰でも眉を顰めてしまいますし、もう相手にはしてもらえないでしょう。

 その時は、うざったいなと、無視していましたが。誰も教える人がいないと、日本の狭い道でも、車道まで広がって大声で話しながら悠然と歩き(日本の道は本当に狭いのです。そこに人の通る道と車道とがあるものですから、もっと狭く窮屈に感じられてしまいます)、足早に急いでいる人の行く手を、故意に塞いでいるよう見えることさえあるのです。
日本だから、車は止まってくれるのです。彼らの国だったら疾うに轢かれています

 当然のことながら、日本語が話せませんと、同国人の輪の中でしか生きていけません。お金が十分にあれば、お金を出してだれかにやってもらうということもできるでしょうが、日本は人件費が高いのです。それでどうしても、先に日本に来ていた同国人に頼ることになってしまいます。その、先に来ていた同国人が日本の事情に通じていたり、日本人の心情がある程度理解できていれば、あまり問題は生じないのでしょうが、それに長けていないと、全くわけがわからない人達が塊で存在するということになってしまいます。

 そうなりますと、嫌でも、彼らの住んでいるところで、日本人との間に、様々な軋轢が生じてしまいます。これは誰が悪いとかいうものではなく、いわゆる日本や日本人に対する無知・無理解から来ているもので、正確な情報さえ得られていれば防げることなのです。本来なら外国人を入れた行政がするべきことなのでしょうが、それにも限界があります。それで、親戚を頼って観光ビザで来た人達でも、一定期間いるうちに、やはり言葉が話せなくては自分で情報をとれないということに気づき、日本語学校で学びたいと思ったりするのでしょう。

 ただ、学ぶと言いましても、単に話したり聞き取れたりすればいい(工場で働く程度のことです)くらいのことでしたら、「非漢字圏」の人であれば、それほどの時間はかかりません(母語の種類にもよります。確かに、なかなか日本語の音がとれなくて苦労すると人もいるので一概には言えませんが)。それが、「話す・聞く」は、かなりできるが、漢字が書けないだけだから漢字を覚えたいとか、文章が書けるようになりたいとか、そういう人が、日本語学校で(それだけを)身につけたいとやって来ても、だいたい一ヶ月は持ちません。直ぐにやめてしまいます。続かないのです、強い意志がない限りは。

 日本語学校では「読む・聞く・話す・話す」を、それぞれ組み合わせながら、同時に或いは時間差をつけて学んで行きます。「私は話すことが出来るから、書くだけやりたい」とやって来ても、一斉授業ですから、自分がわからないことだけ(他の人のことを考えず)、学ぼうと、本時に関係のないことを質問し続けようとすれば、「ちょっと来てください」と注意されるのは当然のことです。

 日本人は周りを見ながら判断していくという傾向があるので、日本人の間では、普通、こういうことは起こりません。それで、そういう人達が来ると、最初の時には、戸惑うのですが、慣れてくると、スパッと切るようになります。こちらで待ってやれば、一寸譲れば二寸踏み込むという感じになってしまうのです。これでは、他の学生達が堪りません。

 きっと、こういう人達は、待てないのしょう(一ヶ月いくらで来ているから)出来るだけ早く聞いてしまって、適当なところでやめようと、どうしてもそこに返ってしまうので、腰が落ち着かないのです。言語というのは、勉強して、直ぐにできるようになるものではありません。他の人達を無視して、しゃべり続けて平気とかそういうことが一斉授業で許されるはずもないのです。「あなた、一人だけのための授業しているのではない」と言っても、「私はお金を払った」と言って終わりです。

 多分、こういうタイプだろうなと、(会った時にある程度はこちら側も予測がきますので)説明の時に、必要な事項をいれておくのですが、(そういう人に限って)直ぐに忘れてしまいます。やりたいことだけを覚えていて、自分に都合が悪いことは頭から消えているのです。これも故意にしているというわけではなく、端っから入っていなかったのでしょう。言うだけ無駄という人達も、中にはいるのです。勿論、相手がどうであれ、言わねばならぬことは言っておくのですが。

 日本語学校というのは、外国人が、共に切磋琢磨しながら学んでいるところです。それぞれ異なった文化を背負って、一つの教室の中で、日本語を学んでいるのですから、時にはいらいらすることも、割り切れぬこともあるでしょう(何と言っても、自分の気持ちを十分に伝えることの出来ない道具を使わなければならないのですから)。けれども、二年という、決して短くはない年月を共に学びながら過ごしていくと、どこが変わったというわけでもないのですが、自分の裡で他者を許せる範囲が広がってきたような感じがしてくるものです。

 気短で、これまでは、五分しか待てなかった者が、十分待てるようになっていたり、嫌なことを言われると直ぐにカッと頭に血が上っていた者が、ちょっと待てよと一呼吸おくことが出来るようになっていたりするのです。

 日本語学校の良さというのは、日本語だけを要領よく学ぶという点にあるのではなく、もしかしたら、こういう付随的なことの方が大切なのかもしれません。何と言いましても、彼等はここを卒業した後、専門学校に進めば二年、大学へ進めば四年、そしてその後も、日本で働くとなれば後数年は、この日本という国にいて生活していくことになるのですから。

日々是好日
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「桜の葉が少しずつ色づいてきました」。

2012-11-07 14:22:38 | 日本語の授業
 「サクラ(桜)」の葉が、少しずつ染まり始めました。赤でもなく、オレンジ色でもなく、その中に、かなりピンク色が入っているような、そういう不思議な色なのですが。それ故でしょうか、離れてみると、雨に濡れた黒い幹が浮き上がって、樹全体がピンクの靄がかかっているような具合なのです。本当にきれいな樹です。(「サクラ」の樹がこうなった)ということは、そろそろ里でも紅葉の季節になろうとしているということなのでしょうか。

 さて、今日は、霧に包まれた朝で明けました。それも、学校へ着く頃にはかなり晴れ、強い陽射しが戻っています。今朝は、少しも寒くありません。マフラーなしで、皆、スッスッと歩いています。

 ところで、ベトナム人の学生のことなのですが、来日後、彼等の苦難は、まず、お金のことから始まります。アルバイトを始める前は、ごく少人数を除いて、皆、定刻に来ますし、それなりに楽しんで勉強しているのです。ところが、アルバイトが始まってしまうと、疲れてしまって、勉強どころではなくなってしまうのです。これも、精神的なこともあるでしょうが、まず体力的にそれほど無理が利かないのです。

 以前の中国人学生だったなら、こなしてしまうような量でも、時間の長さでも、彼等にとってはそうではなく、随分身体に堪えるようなのです。これも日本語がなかなかうまく話せないということから、できる仕事というのが限られてしまい、そのせいで、もらえた仕事にはかなりの無理をしてしまうことから来るのでしょう。

 それで、学校としても、彼等がこういう状況にあるのなら(今の学生達の大半は、アルバイトをせずに学校へ通えるものなら、能力の問題はさておき、きちんと学校に来て勉強したいと言います。また私たちから見ても、それは本音であると思います)、それに応じた対策を取らねばということで、彼等向きにカリキュラムやら、授業の形態を変えてみたり、果ては教科書まで換えなければならないのではないかとまで思っているのです。

 勿論、こういう学生がいるので、授業の形態も変えてみましたし、カリキュラムも彼等向きにしています。が、こういう、(言い方は悪いのですが)小手先でやれることは、皆、やってみた上で、やはり、教科書から換えていかなければならないのではないかと思うようになったのです。

 まだ試みです。このやり方で彼等が今よりも読解力がつき、「話す」「聞く」が少しでも上の段階に行けるかどうかは、やってみなければわかりません。問題があれば、その都度変えていきます。これは彼等だけの問題ではなく、もしかしたら、次に来るベトナム人学生も同じようであるかもしれないのです。

 彼等が学ぶ上での問題点の多くは、発音が区別できないということから来ています。勿論、彼等だけではなく、中国の福建省から来ていた学生にも発音上の問題はありました。けれどもそれは「ラ行」と「ナ行」との区別が出来ないくらいのものでしたし、タイの学生も、この発音の問題はかなり厳しいものがあったのですが、一見、同じようであっても、タイの学生の方が早くにそこから抜け出すことができたのです。これは母国での勉強の仕方が違っていた故かとも思われるのですが(定かなことはわかりません)。

 このベトナム人学生の場合、まず先に単語を完璧に覚えておく、書けるようにしておくという作業が一人では出来ない人が多いのです。言いながら書く(口も手も、そして聞く耳も、それを見る目も使うわけですからこれはとても大切なことなのです)が、いくら言ってもそうしない、できないのです。そして、ディクテーションやテストの時には、いともたやすく周りの答えを見て書こうとします。多分、彼らの国では、いつもそうしてきたので、努力して書けるようにすることなど、愚かしい作業に過ぎぬとしか思えぬのでしょう。

 けれども、この学校ではそういう考え方を、たとえ二年丸ごとかかろうとも、粉砕していこうと努力しています。当然のことながら、そういう老婆心が全く相手の心に響かないということもあります。けれども、たいていの場合、私たちが見ているところではそれをしなくなります。少しでも席を外せば、直ぐに教えあうというのは、何もベトナム人学生だけのことではありません。タイの学生も、ミャンマーの学生もスリランカの学生も中国人の学生もします。

 まず、教師がいるところではしないようになるということが、第一番目の目標なのです。それは「ずるいことだ」と思うようになることが。

 こう言いますと、では、お金がある学生を選んで連れてきたらどうだとよく言われます。けれども、これは、お金の問題ではないのです。勿論、彼等の家庭が留学させることが出来ないほど、そのための資金を準備できないほど貧しければ、日本でアルバイトしても全部国に送ってしまうでしょうから、勉強することなど全く出来ません。これでは、学校に入っているという意味がありません。ですからこれでは困るのです(何となれば、私たちは教えたいのです)。

 彼等の家庭でも、「勉強が大切だということを知っている。そのための準備はしてやれる。けれども、日本に来たら、頑張って自分の力で勉強して生き抜いていけ」くらいのものは欲しいし、学生にもそれくらいのたくましさが欲しいのです。

 お金と言えば、この学校にも、ベトナム人で、お金に少しも不自由しないという学生がいたことがあります。けれども、こりゃ、うちには必要ないわと言いたくなるような人でした。するのは「ふり」だけ。如何にも自分は頭がいい、勉強ができるのだと言わんばかりに、全く読めない(そうとしか思えない)文法書を開けているのです。その時学んでいる教科書は見ずに、勉強と全く関係のないところを開いているのです。みんながしていることなどちゃんちゃらおかしい、自分はもっと上のレベルだというふうに。

 こういうのも疲れるだろうと思うのですが、こういう人はこういうこと(見え)で、疲れるのを全く意に介さないようで、その意味ではタフな神経だなと思います。

 ここの学校では勉強したい人、が、ほしいのです。お金があっても勉強しない人は、困るから要りません。自分の国で勉強できるなら、わざわざ大金を使って外国へ行く必要などないのです。外国へ行くと言うことは、自分の国では見つけられない何かを求めて行くのです。そのためにその外国、ここでは日本ですが、の言葉が必要なのです。

 それが、おそらくは、こういう日本語学校の存在する意味なのでしょう。

日々是好日
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